ラストスタリオン   作:水月一人

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終わる世界②

 フォーンリアファル・オンライン。通称ほにゃららは、今から15年前に発売された、世界初のフルダイブ型VRMMOである。

 

 VRMMO全盛期に、五感をゲーム内で再現することを売りに開発が始まったこのゲームは、期待感の大きさから誰もがその名前だけは知っているという超有名オンラインゲームなのであるが……今となっては当たり前の技術であるフルダイブ技術は、当時あまりにも革新的過ぎて、そもそもハードが行き届いておらず、おまけに開発費用を回収しようと躍起になった運営が無茶な課金体制を敷いたために見事に爆死し、あれよあれよという間に乱造された後発ゲームにその地位を奪われたという、曰く付きのゲームであった。

 

 ゲームシステムはよくあるハクスラ系RPGで、誰でも直感的に遊べるのが売りであったが、スキルを発動するためには技名を叫ばなければならないというのがこれまたネックとなって、知名度の割には全然売れなかったという経緯もあった。

 

 普段からロールプレイを楽しんでいる廃人ゲーマーならばともかく、やはり一般人には『流し斬り!』とか『やり逃げダイナミック!』とか技名を叫ぶのは、あまりにもハードルが高かったのだ。

 

 どうせ周りがみんな同じことをしてるんだから、恥ずかしくないんじゃないか……と思う向きもあるかも知れないが、考えてみて欲しい、フルダイブは五感の再現が売りなもんだから、技名を叫ぶたびについつい現実の方でも叫んでしまう危険性があるのだ。

 

 おまけに、ゲーム機本体が高価すぎてよほどの物好きでもなければ手が出せず、所有者が独身サラリーマンに偏っていたのも問題だった。普通、それくらいの年齢にもなれば中二病はとっくに卒業していて、MMOよりはFPSとかボイチャとかエロチャとかそっち方面に興味が向くものである。

 

 終いには五感の再現を売りにした『セックスが出来るVRゲーム』が発売されると、ますます一般人からは遠ざけられた。ハードの所有者はすなわちエロと見做されてしまうからである。こうなってしまうと、いくら本人が釈明しても、誰も信じちゃくれない。友達を誘ってVRMMOなんて夢のまた夢である。

 

 そんな中、ほにゃららは最古参タイトルとしての地位のお陰か、辛うじてサービス終了を免れ、細々とは言え15年もの長きに渡って続いてきたのだ。尤も、その実態はとんでもない自転車操業で、開発費用の捻出のために事あるごとにユーザーに課金を強いたせいで、いつしか課金豚オンライン、屠畜街道、狂ったマネーゲームと叩かれる始末であったのだが……

 

 ともあれ、新規に厳しくお財布にも厳しい、何が楽しくてそんなのを続けているのだと世界中から蔑まれたほにゃららも、15年という歳月には勝てず、ついにサービス終了の憂き目を迎えることとなった。今日はその最終日……あと1時間で、ほにゃららはこの世界からサーバーごと無くなってしまう、今は正にその瞬間だったのだ。

 

***************************

 

 耳障りな奇声を発しながら、ほにゃらら最強のレイドボス・魔獣ジャバウォックは光に包まれ消えていった。粉々に砕け散った体は燐光となって大気に散らばり、まるで星が降るような幻想的な光景を醸し出していた。

 

 殆ど役立たずであったとは言え、死闘を戦い抜いた初心者プレイヤーたちが歓声を上げる。彼らは今日、本サービスの最終日、最後の最後でこのゲームの最強ボスを倒したのだ。その喜びはひとしおだろう。

 

 雄叫びをあげるもの、荒ぶるペンギンの団の仲間とハイタッチを交わすもの、様々なプレイヤーがいたが、共通するのはみんな笑顔なことだった。

 

 初心者たちは、最後まで彼らの盾となって守り抜いた『†ジャンヌ☆ダルク†』にお礼を言っていた。その美貌のせいで、一見してとっつき悪そうに見られてしまうジャンヌであったが、意外にもその内面は気さくで世話好きなお姉さんであった。

 

 ゲーム内では率先して初心者の面倒を見てくれるので、あちこちに知り合いのいる、団の頼れるメンバーである。因みに、飛鳥も彼女にギルドに引っ張られた口だった。いつもサーバー内にいて何かやっているイメージがあるが、サービス終了した後はどうするのだろうか。

 

 そんなことを考えながらぼんやりと仲間のやり取りを見ていると、初心者プレイヤーたちが一人、また一人とログアウトしていった。最後までお礼を言っていた騎士に笑顔で手を振り、ギルドメンバーだけが残ると、途端にしんみりとした雰囲気になった。

 

「終わったわ。これで最後ね……」

 

 ジャンヌが誰ともなしに呟く。その呟きに呼応するかのように、ギルメンの数名からため息が漏れた。飛鳥と同じく、みんなのやり取りを遠巻きに見ていた『灼眼のソフィア』も、珍しく眉根に皺を寄せている。場の空気を察してか、ジャンヌは取り繕うように慌てて続けた。

 

「あらやだ。しんみりしちゃったわね。そんなつもりは無かったのよ。ただ、レイドボス戦もこれで打ち止めかなって思ってね」

「ああ、そういう意味ですか、ジャンヌさん」

 

 仕切り屋の『カズヤ』が合いの手を入れる。ジャンヌの言う打ち止めとはどういうことかと言えば、つまり以下の通りである。

 

 ほにゃらら最終日の今日、荒ぶるペンギンの団のメンバーは彼らが本拠地としているギルド砦に集まり、最後の瞬間を一緒に迎える約束をしていた。そんな彼らは夕方頃にログインすると、今までに溜め込んでいたアイテムやらお宝やらを、どうせ最後だからと盛大に無駄遣いした後、こっちも最後だからと言ってゲーム内最強のボスであるジャバウォック討伐にやってきた。

 

 ところが、いざボス戦に挑もうと思えばそこには既に先客がおり、見れば到底敵いっこないレベルの初心者だらけ。それを見るに見かねて、ジャンヌが手助けを始め、なし崩しにみんなで手伝う流れになっていったのである。

 

 ジャバウォックはゲーム内最強と言われているだけあって、もちろん初心者が気軽に戦えるような相手じゃない。普段ならどうしてこんな場所に迷いこんだんだろうと首を傾げるところだったが、これもサービス最終日の習わしというやつか、彼らも自分たち同様、どうせ最後だからと無理して遊びに来たのだろう。

 

 そう思って周りをよく見てみれば、レイドボス戦を遠巻きに観戦しているグループがちらほら見える。普段は過疎っている高ランク狩場に、こんなに大勢人がいるのは珍しい。おそらく彼らも目の前の初心者たちと同じ口なのだろう。

 

 案の定、最初のグループの手助けを終えて、最初で最後の出会いを記念し、スクショを撮ったり、和気あいあいと会話をしていたところ、さっきまで遠巻きに見ていた別のグループがおずおずと話しかけてきた。曰く、自分達も記念にボス討伐してみたい。

 

 こうなりゃ一人助けるのも何人助けるのも同じである。そんなわけ次々やってくる初心者たちの手助けをしながら、気がつけば日付が変わりそうな時間になるまで、彼らはずっとレイドボスを狩り続けていたのである。

 

「ちょっとサービスしすぎたかな。本当なら、ギルメン水入らずでもっと色んな場所を回るつもりだったのに」

 

 誰かの愚痴が聞こえてくる。とは言え、それじゃレイドボス戦以外に何をしていたら不満がなかったのかと言えば、長いこと遊んできたゲームとは言え、特に思いつかなかった。というか、思いつかないくらいだからサービス終了するわけで、愚痴は言っても誰も後悔はしている様子はなかった。

 

「ま、これはこれで俺たちらしいか」

 

 そんな言葉に、誰も彼もが苦笑いを漏らす。思い返せば最後の最後まで、よく遊んだものである。もし明日があるなら……そんな気持ちを押し殺しながら、祭りの余韻に浸るようなどこか物憂げな声が聞こえてくる。

 

「結局、レヴィアタンもベヒモスも実装されなかったな」「サービス初期から実装予定だったくせに」「やるやる詐欺だ」「どうする? 最後にもう一戦やってく?」「いや、ジャバは流石にもういいっしょ」「それより、最後だからメアド交換しないか?」「おまえ、これが終わったら次はどのゲームに行くの?」「俺は最近流行りの……」

 

 魔獣討伐も終わり、周りにギルメン以外の人も居なくなって、静けさに包まれた月明かりの草原で彼らが最後の余韻に浸っている……みんなこれで最後だと思うと、名残惜しくてなかなかこの場を離れられない。

 

 ところが、その時、そんな男どもを遠巻きに見ていたソフィアがスッと立ち上がり、いつもと変わらぬ無表情で、

 

「……それじゃ私、用事あるから」

 

 驚いたことに彼女はそう言うや否や、ギルメンの返事も待たずにさっさとログアウトしてしまった。まるで今日が最終日だと気づいていないかのように、普段どおりの行いに一同が唖然と見送る。

 

 え? 本当にこれで最後なの? 呆れるような寂しいような、そんな顔でカズヤが呟く。

 

「やれやれ、あいつ最後まで平常運転だったな。そりゃまあ、いきなり性格変わられてもビビるけどよ」

 

 あっけない別れに、みんななんて言っていいか分からずまごついていると……

 

『ほにゃらら運営チームです。ユーザーの皆様に置かれましては、当ゲームをご愛顧いただき誠にありがとうございました』

 

 オープンチャットでいわゆる天の声が聞こえてきた。時計を見れば23時30分を回っている。いよいよ、15年続いてきたゲームの終焉が訪れたようだ。みんなほんの少しばかり陰りのある表情で、黙ってそれを聞いていた。

 

 運営は一通り謝辞を述べたあと、ユーザーにログアウトするように促した。どうせ最後だからデータの破損など気にする必要もないのだが、実はフルダイブの性質上、正規のログアウト方法を使わずに落とされると、吐き気がするとか頭が痛くなるなどといった弊害があった。

 

 だから運営がサーバーをシャットダウンする前に自発的にログアウトするほうがいいのだが……そうは言っても、なかなか自分から落ちるとは言い出しづらい。

 

 こうなったら吐き気上等で最後までいようかな? そんな雰囲気が辺りを支配する中、飛鳥は一人、バツが悪そうに口を開いた。

 

「えーっと……ごめん、みんな。俺も明日仕事早いからお先に」

 

 飛鳥が苦笑しながら申し訳無さそうにそう言うと、意外そうなみんなを代表してジャンヌが話しかけてきた。

 

「あら、飛鳥君。あとたった30分じゃない、どうせなら最後まで居たら?」

「ごめん、ログアウトしないでバステ食らったら、仕事に支障が出ちゃうから」

 

 バステとは強制切断時の気分の悪さのことだ。人によっては翌日まで引きずるので、意外と馬鹿に出来ないのである。みんなそれは重々承知だから、

 

「そう……仕事じゃあ仕方ないわね」

 

 と、ジャンヌもあっさりと引き下がった。

 

「名残惜しいけど、それじゃこれでお別れね」「またな、飛鳥。おまえと旅した冒険は楽しかったよ」「次のゲームでもよろしくな」「メールするから」

 

 ギルメン一人ひとりと別れの挨拶を交わしたあと、飛鳥は自分にしか見えないメニュー画面からログアウトボタンを押した。名残惜しそうに手をふるジャンヌに手を振り返す。

 

 そうこうしていると映画館で上映後に照明がついたときのように、世界がどこか薄ぼんやりとした色合いになっていき……やがてギルメンたちの姿が消え、目に映る全てが真っ白に染まった。

 

 そして今度はズンッと重力に押さえつけられるような感覚がして……次の瞬間、彼はリアル世界の自分の部屋のベッドの上に戻っていた。

 

 防音を施した部屋の中は静まり返っており、耳鳴りがするくらいだった。部屋のドアに鍵はかかっていたが、かかってなくても誰も入っては来ないだろう。家族は居ない。ゲームの邪魔をされないように、だいぶ前に家を出たからだ。

 

 ベッドの上に横たわっていた彼は被っていたヘッドギアを取り外すと、ふぅ~っとため息を吐いてから、首をポキポキ鳴らして起き上がった。ヘッドギアから伸びるケーブルの先にはパソコンデスクがあり、そのモニター上にほにゃららのログイン画面が今も映し出されている。

 

 彼はヘッドギアを置いてデスクに向かうと、パソコンを操作して、ログイン画面から新規キャラクタークリエイトのボタンを押した。

 

 終了ではない、新規スタートである。

 

 ほにゃららはフルダイブ型VRMMOであるが、操作するキャラクターは自分の姿ではない。キャラクリで予め用意しておいたキャラクターを選んで操作する……つまり、今彼は新たなキャラクターを作って、再度ゲームにログインし直そうとしていたのだ。

 

 新規キャラクターの名前は『(おおとり)(つくも)』。変わった名前だが、れっきとした本名である。

 

 デフォルトで用意された無個性なキャラクターに自分の名前をつけると、彼は再度ヘッドギアを被ってベッドに寝そべった。HMDに睡眠導入画面が映し出され、ヘッドホンから流れる音楽が徐々に彼の意識を奪っていく……

 

 特殊な機械であるから、人によってはログインするまでに時間がかかる。だが今はそんな悠長なことは言ってられない。何しろサービス終了まで30分も残ってないのだ。彼はあまり意識を集中しないようにと集中して、精神が機械と早くリンクするように努めた。

 

 相手をあまり待たせてはいけない。何しろサービスの終了と同時に、彼女との関係も終わってしまうかも知れないからだ。

 

 先程、ギルメンたちと別れる前、用事があると言って飛鳥より先にログアウトした『灼眼のソフィア』……彼女が言っていたその用事とは、実はギルメン抜きで彼と二人きりで会うことだったのだ。

 

 いや、その時、自分はもう魔法使い・デジャネイロ飛鳥ではない。鳳白だ。

 

 彼はそんなことを考えるともなく考えながら、またあの世界へとダイブしていった。

 

 鳳は彼女に伝えるつもりだった。実は自分達はゲームで出会う前からの知り合いだったことを。自分がリアルでは鳳白という名前であること。そしてずっと一緒に戦ってきた彼女のことを、自分がどんな風に想っているかを……

 

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