ラストスタリオン   作:水月一人

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悪夢

 死んだ人間を復活させることが出来る。それは量子化された超人だけではなく、あなたの良く知っている人であるならば、遺伝子が残っている限り、例え大昔の偉人であっても可能である。

 

 そんな技術が開発されたのは、リュカオンとの戦いも久しく、超人が肉体を捨て、自然派が地球上のあらゆる場所で鬱憤と悪意をばらまいている時だった。

 

 自然派が自分たちだけが人間であると主張し、他種族を排除しようと躍起になっている頃、それを否定するためにDAVIDが導き出した答えの副産物がそれだった。人間の記憶は遺伝子と結びついており、例え完璧でなくとも、二つがある程度揃っていれば、遺伝子を元に記憶を復元することが可能だと言うのだ。

 

 このニュースはまたたく間に世界中に広まり、また新たな議論を生み出した。

 

 ロマンチックな人はこの夢のようなテクノロジーを使って、例えばアインシュタインやニュートンのような天才を復活させようと言った。人類を代表するような頭脳を持つ彼らが復活すれば、この歴史の袋小路に入り込んだ世界をきっと良くしてくれるに違いない。

 

 他方、そんなことをしても無意味だという意見もあった。今更アインシュタインが復活したところで何も出来るわけがない。既に人類にはシンギュラリティに到達したAIが存在し、DAVIDの前では彼もまた凡百の科学者の一人に過ぎないだろう。

 

 それこそ人権という問題もあった。大昔の偉人はとにもかくにも天寿を全うした人間なのだ。人生を終えて安らかな眠りについた彼らを、未来人が勝手に起こすことは大問題じゃないのか? 彼らが復活を望んでいたのならともかく、そうでなければ単に苦しめるだけだ。

 

 偉人の復活なんてものは、一部の人権派やフェミニストはともかく、殆どの人にとっては単にミーハーなだけの願望に過ぎなかった。彼らを生き返らせたところで、サインを貰ったり、ほんのちょっと話を聞きたいというだけの話である。だから議論は結局、安易に死者を生き返らせるものじゃないという、当たり前の論調に支配されていった……

 

 ただ……そんな中、死者の復活に並々ならぬ思いを抱く者たちがいた。その人達は過去の偉人を生き返らせたいというわけではなく、例えば若くして病死した自分の子供だったり、不慮の事故で亡くなった恋人にまた逢いたいという、そんな過去を引きずっている人々だった。

 

 彼らは、故人が苦しい闘病生活に耐えながらも、生きようとする意思を持っていたと主張した。事故さえなければ、故人には輝かしい未来があったはずだとも……そう言う人達の願いを叶えるべきかどうかも議論された。しかし結論は出なかった。やはり、人間が人間を生き返らせるというような、生命を弄ぶような行為を人は恐れるのだ。

 

 そしてそんな頃、このまま人間の倫理観が変わるまで待っていては、故人が復活するよりも、自分たちが老いさらばえて死を迎えるほうが早いだろう。そんな焦りから、こっそり大切な人を生き返らせるような人々が現れた……

 

 その内の一人に、鳳白は含まれていた。

 

 リュカオンとの戦いの最中、急逝した父親から鳳グループを引き継いだ彼は、DAVIDシステムを所有する企業のCEOとして戦争の勝利に貢献した。彼の人類への寄与は大きく、各国から表彰されたが、それと同時にあらゆる方面から恨みも買っていた。

 

 そもそも、リュカオンを生み出したのはDAVIDだったからという理由だったが、実際には若くして成功者となった彼に対する嫉妬が殆どだった。だが彼はそんな群衆の心理には興味なく、戦争が終わるとさっさとCEOを辞職して歴史の表舞台から下りてしまった。

 

 彼にはこの世界を救う気持ちなどサラサラなかった。ただ、なんやかんやで育ててくれた父親に対する義務感だけで、その後を継ぎ、彼の尻拭いをしただけだったのだ。

 

 ともあれ、こうしてようやくリュカオン騒動から解放された彼は、羽を伸ばす意味でも人里離れて静かな余生を過ごしていた。彼は若く、余生と言うには、まだまだたっぷり時間が残されていたが、それでももう彼は歴史の表舞台に戻るつもりはなかった。もう、人類に対する責任は果たしたとそう思っていた。

 

 ただ、彼には一つだけやり残したことがあった。それは中学時代に死んでしまった幼馴染のことだ。幼かったとはいえ、自分の失敗で、彼女にはつらい思いをさせてしまった。最後は不慮の事故で死んでしまうなんて……

 

 せめてもう一度逢いたい……逢って謝罪がしたい。最近、DAVIDが発見した人間を復活させる方法。それを用いればエミリアを復活させることが出来る……彼はそんな気持ちだけで、禁断の扉を開いてしまったのだった。

 

 そうして復活したエミリアの様子はおかしかった。

 

 まだ確立したばかりの技術なので、なんらかの後遺症が出ているのかと思った。でもそれは違った。復活した彼女は支離滅裂な叫び声を上げ、殆どコミュニケーションが取れなかった。特に男性医師や、若い看護婦を恐れており、近づくことさえ出来なかった。ただ、そんな条件が判明し、年配の女性が対応することで、ようやく彼女が何を恐れているのかが分かった。

 

 彼女は不慮の事故で死んだのではなく、同級生に殺されたのだ。

 

 鳳が先輩に復讐を果たした数日後、彼女は犯行を知り彼に会いに行こうとした。彼女は自分がされたことを公表してでも、彼を助けるつもりだったのだ。それは彼女にとっては死ぬより辛い決断だった。しかし、それだけ思い切った彼女の行動を踏みにじるような出来事が起きた。彼女は警察署へ辿り着く前に、同級生によって見つかってしまったのだ。

 

 徒党を組んだ同級生に捕まったエミリアは、人気のない屋上へと連れ込まれた。同級生たちもまた鳳が事件を起こしたこと知ったばかりで、彼がその凶行を実行したのはエミリアのせいだと考えているらしかった。

 

 彼女らが慕う先輩たちは、今エミリアのせいでひどい怪我を負い、病院に収容されている。一番症状が重い先輩なんかは手術を受けても後遺症が残るそうだった。何故彼らがこんなひどい目に遭わなければならなかったのか。それもこれも、エミリアが鳳を唆したからだ。おまえは先輩たちに可愛がられていたくせに何が気にくわないんだ。謝罪しろ。土下座して謝れ。

 

 どうして自分が謝らなければならないのかわからないエミリアはそれを拒絶した。しかし、長い間引きこもっていた彼女は上手く返事すら出来なかった。目を逸らし、はっきり声を発するすら出来ず、怯えるような表情を見せる相手に、同級生たちは優位に立ったと勘違いし、更に無茶な要求を始めた。このままじゃ気がすまない。一発殴らせろ。つーか死ね。ここから飛び降りろ。

 

 誰も居ない屋上で追い詰められたエミリアは、なんとか彼女らの追求を交わして逃げ出そうとした。追いすがる同級生の腕をかいくぐり、昇ってきた階段へ逃げ込んだ。屋上は普段は人が入らないように鍵が掛けられていたが、それはダイヤル式のもので、同級生たちは簡単に開けることが出来た。そんなセキュリティ状態であったが、人が入り込むような場所ではないと想定された作りになっていた。

 

 階段へ逃げ込んだエミリアはそのまま階下の住人に助けを求めようとした。しかし、その背中に同級生が追いすがり、彼女のことを突き飛ばした。エミリアは階段を転げ落ち……普通なら踊り場で止まっただろうに……しかし、そこは人が入らないはずの屋上だった。階段の手摺はせいぜい腰の高さくらいしかなく、彼女はそれを乗り越えて落下した。

 

 12階以上の高さから落ちたエミリアは即死した。彼女を突き飛ばして殺した同級生は真っ青になった。このままじゃ自分が殺人犯にされてしまう。自分たちは何も悪くないのに。全部あいつが悪いのに! だから彼女らは嘘を吐いた。エミリアが事件のことを知って悩んでいたので相談に乗った。一生懸命慰めたが説得しきれず、彼女は思いつめたような表情のまま帰っていったと。

 

 全員が同じ証言をし、エミリアと彼女らは小学生のころから付き合いがあったから、警察はそれを信じた……

 

 なんてことだ!

 

 鳳は頭を抱えた。ずっと彼女を追い詰めていたのは、自分の犯行のせいだと思っていた。実際、社会復帰した後に聞かされた話では、彼女は自殺したことになっていた。辻褄が合っていたからそう信じていた。だから謝りたかったのに……

 

 なのに、その前提が崩れた今、復活したエミリアにとってこの世界は悪意に満ちた場所でしか無かった。彼女は自ら生命を断ったわけでも、不慮の事故で亡くなったわけでもない。人の悪意によって殺されたのだ。一度死んだ彼女にとって、その恐怖は常に死と直結している。

 

 復活したエミリアは人を極端に恐れ、ほぼベッドで寝たきり状態だった。辛うじて相手が出来るのは年配の女性だけで、それも母親が子供に接するような忍耐力が必要だった。

 

 鳳は深く後悔した。こんなことになるのなら、生き返らせるんじゃなかった。

 

 結局、人間の復活なんてただの感傷に過ぎないのだ。生きている者同士ですらすれ違うというのに、死者が生前に何を考えていたかなんて、わかるわけないじゃないか。どんな理由があったとしても、死者を復活させるなんてことはしてはならない。人間の生死は、例えそれが善意であっても、他人が勝手に決めていいようなものではないのだ。

 

 彼が自分の愚かな行いに対し、自分を責めている時だった。エミリアの部屋の方が騒がしくなった。何が起きたのか聞いてみれば、どうやらテレビを見ていた彼女が突然おかしくなったらしい。でも、その何が彼女の琴線に触れたのか、医者も看護師も分からず困っているようだった。

 

 鳳はどういうことだろうかとテレビを点けた。するとそこにとんでもない物が映っていた。なんとそこには中学時代の先輩が映っていたのだ。

 

 テレビは最近増え続けている自然派の主張を取材するドキュメンタリーだった。エミリアを襲ったあの先輩は、その後紆余曲折を経て自然派の一員になっていたのだ。彼はこの世界を支配しているのがDAVIDというコンピュータと、肉体を持たない超人であることに不快感を覚えていた。

 

「この世界は俺たち人間が築き上げきたもんでしょう。なのに今の超人は、コンピュータの言いなりになって、肉体を捨てるなんて馬鹿げてますよ。こんなのは人間じゃないっつーの。ただのメモリ上のデータじゃないっすか。俺たちの、子々孫々、親から子へ受け継がれた生命のリンクが、このままじゃ途切れてしまう。だから俺達みたいにちゃんと親から貰った体を大事にして、真面目に働いて、きちんと結婚して子供を生み育てる普通の人間にこの世界を返すべきなんすよ。

 

 つーか、世界の危機を救ったなんて偉そうに言ってるけど、鳳グループとか超人が支配者面していられるのは、機械と遺伝子操作っていうチートを使ったからじゃないっすか。そんなチート使って偉そうにされてもね……なら、俺らもチートを使えばいいって話じゃないですか。

 

 おかしいっすか? 確かに、おまえら自然派って言ってるくせに、肉体改造なんて矛盾してるだろって良く言われるんですけど……でも、例えば整形手術って悪いことですか? 虫歯ができたら誰だって抜いて差し歯にするでしょう。遺伝子操作も人間が正当に手に入れた科学技術なんだから、それを受け入れて使っていきゃいいんですよ。

 

 自然というのはね、ちゃんと男と女が愛し合って、子供を産むってことなんですよ。そうやって人と人が愛しあって、子供を産み育む。そういう意思がある人間だけが、この世界を支配していけばいいんですよ。

 

 その方がよっぽど自然じゃないっすか! なのに、その支配者が、いつまでも非力なままっておかしくないっすか? だから俺たちも素手でリュカオンを倒せる程度には強くならなきゃね」

 

 先輩はインタビューの間、ずっと寄り添うように肩を組んでいた伴侶にキスをしてみせた。

 

「今、妻のお腹の中に5人目の子がいるんですよ。来年生まれてくるこの子のためにも俺たちが頑張んなきゃ。人が愛し合ったら、子供が産まれる。それが自然ってやつじゃないっすか。ラブアンドピース。だから子供を作る気概もない超人は、さっさとこの世界から退場してくれってね」

 

 先輩の高笑いが響き渡る。鳳はテレビを消した。

 

 リュカオンとの戦争が終結してから暫くして、こういう身勝手な主張をする連中が増えてきた。彼らは戦中は自然派と言って徴兵を拒み、超人になることを拒否した。ところが、戦争が終わると今度は自分たちも改造しろ、不公平じゃないかと言い出した。

 

 結局、自然派なんてものは、馬鹿げた反体制派の戯言なのだ。

 

 彼らは肉体的にも精神的にも他種族に劣っているというコンプレックスを持ち、それを暴力的な方法で解決しようとしているだけだ。だから本来、こんな主張は切って捨てるだけなのだが……

 

 鳳は受話器を取った。

 

「……俺だ。さっきテレビに出ていた反体制派の男と連絡を取りたい」

 

 鳳は彼らの望み通りにしてやることにした。リュカオンを討伐し、DAVIDを所有し、世界中の富を独占する企業のトップであった彼ならそれが可能だった。だから彼は敢えてそうすることにした。

 

 自然派の言う通り、好きに遺伝子操作を出来るようにしてやって、そして奴らの遺伝子をぐちゃぐちゃにしてやるのだ!

 

 強くなりたいと言うのなら、あらゆる獰猛な動物の遺伝子を組み込んでやろう。下手に理性などがあるから、我々は躊躇してしまう。だから理性も奪ってやれ。人格も余計だ。そもそも、あんな下等な奴らにそんなもの必要ない。奴らも言っているじゃないか。闘争のために情けは無用だ。

 

 何が、人が愛し合ったら子供が産まれるだ。

 

 愛など無くても子供は産まれてくる。

 

 エミリアはそのせいで、今も苦しんでるんじゃないか!

 

「クソがっ……」

 

 鳳は吐き捨てると椅子を蹴飛ばし立ち上がった。部屋にあるものを手当り次第なぎ倒し、テレビを真っ二つにぶっ壊した。破片が飛び散り、頬をかすめて飛んでいく。そんなもの別に痛くもないのに、視界が滲んでよく見えなかった。

 

 彼はハァハァと荒い息を吐き出しながら、部屋の続きに作られた洗面所へと向かった。落ち着け。何をするにしても、まずは冷静でなくてはならない。気を静めて、これからの戦略を練らねば……彼は怒りに震える自分の腕を押さえつけた。

 

 と、その時、彼は妙な違和感を覚えた。押さえつけた自分の腕が、何故だか自分のものじゃないような気がしたのだ。おかしいと思って見てみるも、暗い洗面所で涙に濡れる視界ではそれはよく確認出来なかった。彼はチッと舌打ちすると蛇口をひねり、バシャバシャと顔を洗った。すると彼の爪先が額を引っ掻いて猛烈な痛みを生じた。

 

 おかしい。痛い。何だこれ?

 

 慌てて自分の手を引き剥がし、彼は洗面所の電気スイッチを押した。するとそこには……全身毛むくじゃらで、顔には鋭い牙が生えていて、丸太のような腕の先には巨大なクマのような手と、トラのような爪をもった一匹の獣が立っていた。

 

********************************

 

「うわああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」

 

 早朝の官庁街に叫び声が響き渡った。丁度、出勤しようとしていた役人たちは目を丸くした。その声は自分たちが住んでいる宿舎のすぐ隣に作られた、ヘルメス卿の邸宅から聞こえてきた。どうせ暫定だからと言って、一国の主が住むような場所では無かったが、それでも鉄筋で作られたそれなりの家がガタガタと揺れていた。

 

 丁度その時、毎朝の日課で鳳を起こしにきたアリスは、驚きながら家の中へと駆け込んだ。ものすごい悲鳴が聞こえたが、何があったのかと彼の寝室へ飛び込んでいくと、鳳はソファから転げ落ちて荒い息を吐いていた。

 

 床には大量の酒瓶が転がっており、またこんなに飲んだのかとアリスを呆れさせたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。彼女は慌てて彼の元へと駆け寄ると、その体を抱き起こそうとした。

 

「触るなっ!」

 

 その時、ドンッ! っとものすごい衝撃がして、アリスの体が吹き飛んでいった。多分、彼女が現代人だったら、ダンプカーにでもはねられたような、ものすごい衝撃だったとでもいうだろう。

 

 壁に叩きつけられたアリスは肺の中身を全部吐き出してしまったのか、息苦しそうに咳き込んでいた。鳳はその姿を見て、ハッと夢から覚めたように正気を取り戻し、

 

「ごめん、大丈夫かっ!?」

「……だいじょぶです……」

 

 アリスはゴホゴホと咳き込みながら必死に立ち上がると、

 

「勇者様こそ、大丈夫ですか? 何か凄い悲鳴が聞こえましたが……」

 

 それでも鳳のことを介抱しようと近づいてくる彼女に向かって、鳳は制止するように手を翳すと、

 

「俺は大丈夫だ! 俺のことはいいから、自分の体を心配しろ!」

「でも……」

「単に夢見が悪かっただけだから! 君は心配しなくていい」

 

 鳳は必死に彼女を近づけさせまいとしている。その様子が不自然で、アリスはもしかして鳳が怪我でも隠しているのではないかと思ったが、と、その時……

 

 ぐぅ~……っと鳳のお腹が鳴って、その間抜けな音が緊張感を根こそぎ奪っていってしまった。

 

「……どうやら、お腹が空いているようだ。空腹な上に酒を飲みすぎて、悪夢を見たんだろう。他に悪いところはない。体の調子は本当に良いんだ」

「……すぐにお腹に負担が少ない物を用意します」

 

 彼女はペコリとお辞儀すると、慌てて部屋から出ていった。鳳は突き飛ばしてしまった彼女の体が大丈夫かと心配だったが、思ったよりもその足取りがしっかりしていたのでホッとした。

 

 バタンとドアが閉じられ、静寂が戻ってきた。窓を見やれば外はもう完全に明るくなっており、通勤する人々の気配がしていた。また、一時間も眠れなかったようだ。彼はズルズルと重い体を起こすと、傍にあったソファに背中を預けた。

 

 足元には酒瓶が散乱しており、部屋は汗の匂いが充満していて酷かった。どうしてこんなに飲んでしまったんだっけ? と思い出した時、解決出来ない問題を思い出して憂鬱になった。だが、それ以上に心に重く伸し掛かるのは、さっき見た夢だった。

 

 あの夢の内容が本当ならば、ラシャを作り出したのは鳳だったのだ。彼は幼馴染を殺した者たちが許せなくて、せっかく救った世界の何もかもをぶち壊す策を取った。その結果、生きたまま遺伝子を操作する機械が作られ、人間は魔族になった。彼が憎しみに駆られ、人を殺したい衝動に駆られるのは、そのせいなのだ。

 

 彼は両手で顔を覆った。

 

「俺が魔王になるのは自業自得だ……全部、自分が悪いんじゃないか……」

 

 あの夢が本当かどうかはわからない。だが、自分の胸のうちに燻る殺意衝動は本物だった。さっきも、心配するアリスが駆け寄ろうとした時、彼は彼女のことを『喰いたい』と思ってしまった……

 

 限界は刻一刻と迫っている。魔王になってしまう前に、早く自分の生命を絶たねばなるまい。でも、どうやって……?

 

 なにしろ、この世界に来てから3度殺され3度生き返ったのだ。死ねるんならとっくに死んでいた。思い悩む彼は結論が出ない。なのに周りから期待され、胃がキリキリ痛むようなストレスを抱え、結論を先送りにしながら、仕方なく生きていた。

 


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