ラストスタリオン   作:水月一人

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対物ライフル

 練兵場に用事があって、ギヨームはまだ早朝の官庁街へとやってきた。フェニックスの街から少し離れた場所にあるから、一般人は余り近づかないのだが、本当ならこっちの方が城下町のはずだった。

 

 ここには以前、放射状に伸びた見目麗しい町並みが広がっており、城の壮麗さと共にヘルメスの象徴だった。それがたった一度の戦争で瓦礫の山と化し、何もかも変わってしまうのだから、人の営みなど儚いものである。

 

 街に足を踏み入れると、何やら宿舎の辺りが騒がしかった。何かあったのかなと見ていると、宿舎からアリスが飛び出してきてパタパタと鳳の家へと入っていった。ヘルメス卿の邸宅と言えば聞こえは良いが、正直、見た目はただの掘っ立て小屋である。

 

元々は宿舎に住んでいたようだが、それだと職員が緊張するからという理由で、仕方なく外に建てたらしい。一応コンクリート造であるようだが、そのみすぼらしさもさることながら、セキュリティの方もどうなっているのだろうか……少なくともメイドは一度も止められていなかった。

 

 最近は殆ど鳳の使用人みたいになっていたが、アリスは元々ヘルメス貴族ルナ・デューイの侍女だったはずだ。鳳はその主人を助けるためにヘルメス卿になったわけだが、彼女は今ごろどうしているのだろうか……そんなことを考えていると、同じ宿舎から噂の本人が現れた。

 

 ルナは胸に抱いた赤ん坊をあやすかのように、体を揺さぶりながらウロウロし始めた。散歩のつもりだろうか。最近、無事に男子を出産したと聞いていたが、産後の肥立ちも良さそうだった。お嬢様育ちと聞いていたが、ちゃんと子供の世話はしているようで、ギヨームはホッと安心した。

 

 散歩かと思っていたが、どうやらルナはアリスを追いかけてきたようだった。鳳の家から出てきた彼女にすれ違いざまに声を掛け、二言三言交わした後、ホッとした表情を見せた。出産後、アリスは鳳の世話をするようになったが、ルナの方は相変わらず彼女のことを頼りにしているようである。ずっと二人きりで追っ手から逃げ回ってきたのだから当然だろう。

 

 しかし、何の用事でこんな朝からバタバタしてるんだろうか? と思って遠巻きに眺めていると、ギヨームはふと嫌な感覚を覚えた。それは前衛斥候としての勘というやつだろうか、危険が迫ってるときに感じる違和感だった。何がそんなに気になるんだろうと冷静に観察してみると、ギヨームとは反対側の街の入口の影から、ルナ主従をコソコソ見ている複数の影が見えた。

 

 一見すると官庁街に用事があってやってきた貴族とその護衛のように見えなくもないが、だったらさっさと中に入ってくればいいだろうに……ギヨームは何となく嫌な感じがして様子を窺ってみることにした。

 

 その時、アリスと分かれたルナが動き出した。今度こそ赤ん坊の散歩だろうか? 胸に紐でくくりつけた赤ん坊を相手に、ニコニコ何か話しかけながら、彼女は官庁街をふらりと歩きだした。するとそれを待っていたかのように、さっきの連中が動き出した。ギヨームは、こりゃ間違いなく彼女のことを狙ってるなと思い、双方に気付かれないようにルナの後をつけた。

 

 彼女は出勤してくる役人たちとは反対方向に、どんどん人気が少ない方へと歩いていった。通勤の邪魔をしないようにという配慮もあったかも知れないが、むずがる赤ん坊のために、単に静かな場所に行きたかったのだろう。官庁街は画一的だから行き先は大体見当がついた。少し離れた所に申し訳程度に公園があるのだが、どうやらそこへ向かっているらしい。

 

 彼女は2ブロックほど歩いて、近道のつもりか狭い路地へと入っていった。するとそれを待っていたかのように、先程の怪しい連中が動き出した。貴族らしき男の指示で、数人が路地の出口へと走り、残った者が彼女の後を追いかけて路地に駆け込んでいく。ギヨームは少し遅れてその路地へ駆けつけると、そっと姿勢を低くして中の様子を窺った。

 

「いやあぁぁーっ!! 離してっっ!!」

「この売女が!! 死ねっ!!」「気をつけろ! 古代呪文を使うぞ!」「ガキを狙えっ!!」

 

 狭い路地裏の丁度中間あたりでルナが男たちに捕まっていた。反対側の出口から、さっき回り込んだ連中が駆けつけてくる。神人であるルナは彼らに見えない何かをぶつけたが、相手は一瞬怯んだだけですぐに体勢を整えると、怒りに任せて彼女に掴みかかってきた。

 

 本来なら身体能力では劣らないはずの彼女も、胸に抱いている赤ん坊のせいで身動きが取れず、腹ばいになって自分の子供を庇うのが精一杯のようだった。男たちはそれを優位に生かして、彼女に覆いかぶさるように羽交い締めすると、赤ん坊を引きずり出そうとして彼女の胸のあたりに手を突っ込んだ。

 

 たちまちルナの悲鳴が上がって、同時に赤ん坊の泣き声がこだました。しかし、周囲を壁に囲まれているせいか、その悲鳴はどこにも届かず、官庁街の人々は気づいていないようだった。

 

「この殺人者! 図々しい女め! いつまでものうのうと生きてやがる! おまえがアイザック様を殺したせいで、俺たちがどんな目に遭ってるというのか……おまえが国をめちゃくちゃにしたのだ! 死んで詫びろ!!」

「やめてっ! 私の赤ちゃんを引っ張らないでっ!」

「こいつが全ての元凶だ。潰して見せしめにしてやる!!」

「やだっ! やだああぁぁーーーっっっ!!!」

 

 男たちはルナから赤ん坊を奪い取ろうと躍起になっていた。しかし我が子を必死に守る母親に勝てるはずもなく、上手く行かないことにイライラした一人が腹いせに彼女のことを蹴り上げると、一斉に他の連中も彼女に攻撃を加えはじめた。

 

 ドスドスとサンドバッグを叩くような音が響き渡る。その度にルナの小さな悲鳴が漏れた。赤ん坊はいよいよ派手に泣きじゃくる。

 

 神人は傷つかないと知ってはいるが……流石にもう見ていられない!

 

 せめて事情が分かるまで静観しようかと思っていたが、男の一人が石を拾い上げるのを見るや否や、ギヨームは堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに即座に銃を抜いた。

 

 と、その時だった。

 

 ブワッと猛烈な風が路地裏に吹き込んで、砂埃が男たちの目を襲った。石を手にしていた男が堪らずそれを地面に落として目を擦る。やがて風が通り過ぎると、咳き込む男たちの前に立ちはだかるように、一人の男が立っていた。

 

 現ヘルメス卿こと、鳳白である。まるで瞬間移動でもしたかのように唐突に現れた彼の姿に、相手が誰であるかすぐに分かった貴族らしき男は顔を青ざめ、他の男たちは驚愕の表情を浮かべた。彼はそんな連中を前に憮然とした表情で、

 

「……私刑は禁じられているはずだ。お前らを憲兵に引き渡す」

「なんだこいつ。どこから現れた?」「どうせ格好つけてるだけのガキだ。こいつも一緒に畳んじまえ!!」

 

 男たちはあっけにとられながらも、相手が一人だと知り勝てると踏んだのか、貴族が止めるのも聞かずに飛びかかってきた。鳳はそんな男たちの攻撃を最低限の動きだけで躱すと、お見舞いに軽く腕を伸ばした。

 

 ゴッ……っと、まるで石が叩き割れるような音がして、飛びかかっていった男たちが吹き飛んだ。彼らは嘘みたいに狭い路地の両壁をバウンドしながら飛んでいき、数メートル先でもんどり打って失神した。それを見ていた仲間の男たちが色をなくす。

 

「おおお、お許しを! どうかお許しを!」

 

 貴族の男は慌てて彼の前に進み出ると、地面に額を擦り付けて許しを請うた。鳳はそんなみじめな男の姿には見向きもせずに、遅れて路地に駆け込んできた憲兵隊に合図すると、彼らは最初の宣言通りに逮捕されていった。

 

 ヘルメス卿! ヘルメス卿! と叫ぶ男の顔からして、彼はこんなことをしたら鳳が激怒することが分かっていたように思える。それでも実行したのは、それだけルナが許せなかったのだろうか……正直、ギヨームにはその気持ちが全然分からなかった。

 

 そんなことより唖然とさせられたのは鳳の方だ。何だあれは。腕をちょっと翳しただけで、どうして人間が吹っ飛んでいくというのか。自分は斥候としてそれなりに自信はある。敵を先に見つけなければ死ぬような世界で暮らしていたからだ。なのに、彼が現れた時、ギヨームは全くその姿を確認出来なかった。

 

 あれが勇者の力というものなのだろうか。魔王を倒した時も相当強かったが、それでもものすごく強い神人……そんな程度の強さだった。もはや人類を超越して、神がかっていやしないか? 確か最後に聞いた鳳のレベルは99。STRは27だったはずだが、今はどれくらいになっているんだろうか……?

 

 ギヨームが遠目にそれを盗み見ていると、危機を救われたルナが涙目で鳳の元へ駆け寄ってはペコペコと頭を下げていた。鳳は気にしなくて良いからと言った感じに手を振りながらも、明らかに少し迷惑そうな顔をしていた。その時、赤ん坊がまた泣き出して、ルナも泣きそうになりながら子供をあやし始めた。そうして一瞬、彼女の視線が離れた瞬間、鳳が見せた胡乱な目をギヨームは見逃さなかった。

 

 なんだろうあれは……ルナのことが……いや、赤ん坊が苦手なのか?

 

「ギヨーム!」

 

 彼がそんな二人の様子を遠くから傍観していると、突然、その鳳から声がかかった。距離はそんなに遠くはないが、建物の影に隠れていて向こうからは見えないはずだった。ギヨームは肩を竦めて路地裏に姿を晒すと、

 

「気づいてたのかよ」

「ああ」

 

 鳳は頷く。ギヨームはフンっと鼻を鳴らすと、彼の目の前まで歩いていき、じっとその目を睨みつけるように見上げながら、

 

「なら何故、あいつらを制圧するときに呼ばなかった」

「必要ないからだ」

「……ああ、そうかい」

 

 全くもってその通りだ。ぐうの音も出ない。あの時、ギヨームがしゃしゃり出たところで結果は何も変わらなかったし、寧ろ鳳の邪魔になっただけだろう。それくらい、今の彼我の差は開いていた。

 

 鳳も、ギヨームも、どちらからともなく、そっけなく視線を逸らした。

 

「……俺は仕事があるから、ルナさんを宿舎まで送ってってくれないか」

「いえ、ヘルメス卿、お構いなく!」

 

 そのルナが慌てて口を挟むが、たった今襲われた母子が何を言うのか。ギヨームはため息をつくと、

 

「分かったよ。俺は暇だしな」

「頼むよ……」

 

 鳳は素っ気なくそう言うと、踵を返して帰っていった。ルナはそんな鳳の姿が見えなくなるまで何度も何度もお辞儀をしながら見送っていた。その動きが面白かったのか、さっきまで泣きじゃくっていた赤ん坊が、今度はキャッキャと笑っている。どんな生き物でもそうだが、赤ちゃんというのはみんな可愛いなと、ギヨームは口をほころばせた。

 

 ……鳳は何故、あんな顔をしていたんだ?

 

「……私はヘルメス卿から嫌われているのでしょうか」

 

 ギヨームがそんなことをぼんやりと考えていると、鳳を見送っていたルナがポツリと呟いた。彼女の瞳は涙で潤んでいて、鳳のあの素っ気ない態度に本当に傷ついているようだった。

 

「んなわけねえよ」

 

 彼は、柄じゃないと思いつつも、落ち込んでいる彼女にそう言わざるを得なかった。

 

「あいつはあんたを助けるためにヘルメス卿になったんだぜ? 今だって、あんたを助けに駆けつけてきたじゃねえか。なんとも思ってない相手に、こんなことしねえよ」

 

 ギヨームがぶっきら棒にそう言うと、ルナは目をパチクリさせながら彼の顔をまじまじと見ていた。赤ん坊がそんな母親の顔を見上げながら、手を叩いて喜んでいる。ギヨームがそんな赤ん坊の目の前に指を翳すと、赤ん坊はそれに手を伸ばして一生懸命握って笑顔を見せた。

 

 ルナは息子のはしゃぐ声を聞きながら、目尻の涙を指で拭うと、

 

「……ありがとう、あなた、いい人ね」

「いいからさっさと帰ろうぜ。俺にも行くとこがあんだよ」

 

 二人は襲撃犯を拘束している憲兵隊の横を通り過ぎ、路地裏から表通りへと出た。敬礼する憲兵の脇を抜けると、ギヨームはルナ親子を先導するように先を進んだ。

 

 それなりに時間が経っていたのか、動き出した街には人出が多くなりつつあった。道行く人々が憲兵隊を見つけて、何があったのだろうかと興味深そうにチラチラとこちらの様子を窺っている。

 

 振り返ると路地裏は狭く、憲兵が立っていなければ誰も何かがあったなんて気づきそうもなかった。実際、ルナが襲われている時、誰一人として事件が起きていることに気づいていなかった。ギヨームはルナを追いかけて来たからあそこに居合わせたわけだが……鳳はどうしてルナが襲われていることに気づいたんだ?

 

 ストーカーでも無い限り、あんなの気づくわけないだろうに……そして、その彼女のことをギヨームは見張っていたのだ。自分はスカウトとしてそれなりの経験と自信がある。鳳が居たなら気づかないわけがない。あいつはどこから現れたんだろうか?

 

**********************************

 

 ルナを送り届けたギヨームは、当初の予定通りに練兵所までやってきた。官庁街のど真ん中にある、ヴァルトシュタインの根城である。

 

 一等地と呼べるようなこんな場所に、どうしてこんなものがあるのかと言えば、元々城の練兵場があった場所だったからだ。ヘルメス戦争でここは激戦区となり、城の陥落後には死体が集められたり、勇者の屍が晒されたりしたから、誰も縁起が悪くて近づきたくないという心理が働いていたのだ。

 

 因みにその城攻めを行った将軍こそがヴァルトシュタインであり、巡り巡って彼がヘルメスの司令官として戻ってくるのだから因果なものである。

 

 ギヨームがそんな練兵場に姿を現すと、はじめは門番の兵士に通せんぼされた。知らない者からすれば、彼の見た目はただの子供だから、ふざけていると思われたのだろう。

 

 イライラしながらこれまでの経緯を説明していると、騒ぎを聞きつけた副官のテリーがやって来て、彼の身分を保証してくれた。お陰で誤解は解け、番兵はしきりに謝っていたが、ギヨームは憮然と通り過ぎるしかなかった。まあ、子供の姿が役に立つこともあるので、慣れるしかないのだが。

 

「よう! ギヨームじゃねえか。久しぶりだなあ」

 

 司令官室に案内されると、ヴァルトシュタインは似合わない銀縁の眼鏡をかけて、何かの書類を見ていた。戦場でしか会ったことが無いから意外だが、彼は後方支援の方が向いている指揮官らしい。実際、もしも彼が猛将タイプの将軍だったら、最初のフェニックスの街の攻防戦で、損害を覚悟して仕掛けてきたかも知れない。鳳はそこまで見抜いていたのだろうか……などと考えていると、眼鏡を外して眉間をモミモミしながらヴァルトシュタインが聞いてきた。

 

「今日はどうした? 冒険者をやめて軍隊に入りたくなったか?」

「んなわけねえよ。ちょっとあんたに頼みがあってさ」

「頼み? 俺に出来ることなら、言ってみろ」

「ああ、簡単な話だ。この間、戦場で使ってた巨大ライフルがあったろう? あれをもう一度見せてもらえないか」

「巨大ライフル……ああ、お前がオークを一撃で粉砕していたやつか。まだ残ってたかな?」

 

 ヴァルトシュタインが確認すると、テリーが頷いてから兵器庫へ飛んでいった。ライフルは巨大で、一人では持ちきれなかったらしく、彼は10挺のライフルと数人の部下を従えて帰ってきた。

 

 ギヨームは1挺でいいのに……と言いながらそれを受け取ると、ヴァルトシュタインに向かって、

 

「悪りぃんだけど、こいつをひとつ譲ってくれねえか?」

「そんなもの持ち出してどうするんだ? どうせお前にしか扱えないんだから、欲しけりゃやるが……知ってると思うが、こいつは銃身が衝撃に耐えられなくてすぐに壊れる、玩具みたいな代物だぞ。こないだ、おまえが使ったやつも、軒並み壊れちまって全部スクラップ行きだ」

「ああ、知ってるよ。けどまあ、使い道はあるんじゃないかと思ってさ」

「どうやって使うってんだよ?」

「……こうやってさ」

 

 興味津々に尋ねてくるヴァルトシュタインに、ギヨームは肩を竦めてから、じっと真剣な表情を返して見せた。すぐには何も起こらず……テリーや兵士たちが何をしてるんだろう? と首を傾げていると、突然、ギヨームの目の前にキラキラと光の礫が現れ、それが一箇所に集まっていき、何かの形を作り始めた。

 

 それが目の前のライフルであることに気づくと、部屋にいた者たちが感嘆の息を漏らしたが、残念なことにその光は最後まで収束せずに、暫くすると弾けるように消えてしまった。

 

「……今のは?」

「俺の現代魔法(クオリア)だ。普段はこれで拳銃を作り出しているんだけどよ」

「ああ! いつも手ぶらなくせに、どんな手品だと思っていたら……現代魔法はこんなのもあるのか。初めて知ったぞ」

「俺のは頭の中で思い描いた銃を作り出すっていうスキルだ。見ての通り、そのイメージが完璧じゃないと失敗しちまう。だから実物を見ながら、構造を頭に叩き込もうと思ってよ」

「へえ~……現代魔法ってのは奥が深いんだな」

「俺がいま作り出せる拳銃じゃ火力不足でよ。でもこれなら、壊れてもまた作り直せばいくらでも撃てるから、戦力アップになるだろう?」

「なんとかなりそうか?」

「どうかな。今の感じじゃ全然だから、一度ライフルをバラしてイメージを膨らましてみるよ。ところで、こいつの製造法って軍事機密か何かか? 出来れば、作った工房を訪ねて、部品から手に入れたいんだが……」

「いいや、ただの町工場に頼んで作らせたものだから、秘密でもなんでもねえよ。地図描いてやるから、あとで行ってみろ」

「助かるよ」

 

 ヴァルトシュタインは見ていた書類を脇によけて、白い紙に地図を描き始めた。ギヨームがそれを上から覗き込んでいると、彼は線を描いたり消したり、ああでもないこうでもないと言いながら、会話の間をもたせるような感じに、

 

「しかし、部品一つからイメージしなきゃならんものなのか。大変だな」

「ああ、なんつーか、銃を作り出すってのは、頭の中で形を思い描くんじゃなくって、ネジやらバネやら、一つ一つの部品を組み立てていくようにイメージするんだよ。完成品を作り出すには、そのイメージを明確に、瞬時にやらなきゃならない。俺が今まで使い続けていたのは、前世で使っていた愛銃だから出来たわけだが……これは一から覚えるしかないからな。実際、上手くいくかどうかは未知数だ」

「ふ~ん……部品を一からね。幻想具現化(ファンタジックビジョン)みたいだな。同じ現代魔法だし、なんか関係あんのかね」

 

 ヴァルトシュタインはぼんやりとした口調でそう言った。それが余りにも自然だったから、ギヨームは一瞬聞き逃しそうになったくらいだ。だが、その意味に理解が及ぶと、彼は一転して驚愕の表情を浮かべ、地図を描いているヴァルトシュタインの腕を押し留めて、勢い込んで尋ねた。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

 せっかく地図を描いてやっていたのに、いきなり腕を掴まれたヴァルトシュタインは憮然としながら、

 

「何が?」

「俺のクオリアが、幻想具現化みたいだって、どうしてそう思ったんだ?」

「どうしてって……? どうしてだろう?」

 

 ヴァルトシュタインは首を傾げた。ギヨームはそんな彼をイライラしながら見守っていた。自分で言っておきながら、なんでそんな言葉が出てきたのか、ヴァルトシュタインは最初分からなかったようだが……やがて何かを思い出したかのように、

 

「ああ、そうだそうだ。部品を組み立てるってところがな……お前は知らないかも知れないが、この世界の銃はその昔、レオナルドが作り出した物なんだよ。確か、初代ヘルメス卿が設計図を描いたんだが、当時の技術じゃ上手く作り出せなくてお蔵入りしかけたんだが、レオナルドがそのパーツの一つ一つを幻想具現化で作り出した。そうして生まれたのが、この世界最初の銃だったんだ。暫くは彼の専売特許だったんだが、そのうちその辺の鍛冶屋でも作れるようになってからは、一般に普及していった」

「そう言えば、そんな話も聞いたことがあるな」

「何もないところから部品を作り出して、組み立てる。お前がやろうとしていることと同じだろう? それを頭の中で一気にやるか、ワンクッション置いて外で組み立てるかの違いはあるが……俺の勝手な想像だから、全然見当違いかも知れないがよ」

「いや、そんなことはない……すげえ助かったよ」

 

 ギヨームはヴァルトシュタインの腕を離すと、邪魔して悪かったと謝って一歩下がった。ヴァルトシュタインは、もういいのか? と言って肩をすくめると、今度こそ最後まで地図を完成させてギヨームに渡した。彼はそれを受け取ると、改めてお礼を述べて部屋を後にした。

 

 今日、ここに来たのは大正解だった。もしかしたら、あの巨大ライフルを作れないかと、漠然とした考えだけで来たのだが、実物をいただけるどころか、まさかそのヒントまで貰えるとは……

 

 意識していたわけではないが、確かに、ギヨームが今やろうとしていることは、レオナルドの幻想具現化に近かった。一人で何もかもやろうとしていたが、前例があるならそれに倣わない理由はない。彼は近い内にヴィンチ村を尋ねようと心に決めつつ、まずは貰った地図を頼りに鍛冶屋を目指した。

 


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