ギヨーム、スカーサハ、二人を前にレオナルドが滔々と語りだした。
「さて、ギヨーム。お主は自分が『銃』しか作れないと言っておったが、あちらで訓練するのではなく、どうしてここにやって来たのか? 何か切っ掛けがあったはずじゃ」
彼は面倒くさそうに、
「それならさっきも言ったが、ヴァルトシュタインに俺の
「ふむ、それはつまり、お主は今まで『銃』じゃなくて『部品』を作り出しておったんじゃないのか? 例えばネジやバネ、銃身や銃床、これら部品全部が組み合わされば銃になるが、その部品の一つ一つは銃とは呼べんじゃろう」
「……そうだが、いや、しかし……そうなのか?」
「ところでお主、今は新しいことをやろうとして頭がこんがらがっとるようじゃが、元の拳銃を作り出すことは今でも出来るのか?」
「そりゃあ、もちろん……ほらよ」
ギヨームが実践してみせる。レオナルドはそれを見つめながら、
「今、お主がこれを作り出した時、新しく作り出そうとしているライフルと比べて、どれくらい部品というものを意識しておった? 少なくとも、ライフルの方と比較すると、無意識に近いのでは……?」
「そう……だな。なんか、全然感覚が違うのは確かだが……だが、どっちも同じようにやろうとしているのは本当なんだよ」
「誰も疑ってなどおりゃせんわい。お主は今までの拳銃も同じプロセスを経て作り出してきたわけじゃが、それを意識せずに出来たのは、生前から使い続けてきた馴染み深い拳銃だったからじゃろう。部品や構造、その一つ一つをいちいち思い出さずとも、お主は瞬時に思い描けた。じゃから、拳銃の方は迷わずに最後まで生成出来た。しかしライフルの方は無理じゃった。ところで、お主は射撃する際、その弾丸の重さや重力の強さ、風の向きや目標までの距離をいちいち数値化して考えておるか?」
「まあ、ある程度はしているが……殆どは感覚的なもんだ。今までの経験上から、このくらいだって当て推量の方が強いね」
「要はそれと同じことじゃ。他にも泳ぎ方や歩き方、乗り物の操縦法などは生涯忘れないという。こういったものは、一度やり方を覚えてしまえば、不思議と次回からは意識せずとも上手く出来るようになる。儂ら人間というものは、そういうスイッチみたいなものを、元から頭の中に持っておるわけじゃ。お主が
「つまり、もっと構造を研究して、一つ一つの部品を意識せずとも思い出せるくらいになりゃいいってことか……?」
ギヨームがそう質問すると、老人はニヤリとした笑みを浮かべて、
「残念じゃが、それだけでは何も生み出すことは出来ん。もし出来るのなら、もっとお主と同じ能力を持った連中がいなくてはおかしいじゃろう。お主のような現代魔法の使い手は、この慣れるという作業と言うか訓練を経て、確固たるクオリアを脳内……もしくは高次元のイデア界……そこに形成してから、現実に引き出すという作業を行っておるのじゃ。その際、それを現成させるためのエネルギーをどこから拝借しているかと言えば、それは高次元からやってくる
「高次元……フィフスエレメント……?」
レオナルドは難しい表情で頷いてから、
「儂らの脳は、なにかの物体を見る度に、それが何であろうかと考え、脳が高次元に存在するイデア界に検索をかける。そこで目的の物体のイデアを見つけ出し、それがなんであるかを認識すると、初めて脳内に記憶として保存されるのじゃ。
しかし、完璧なイデア界とは違って、現実は不完全であるから、例えば同じりんごでも、実際には一つ一つが違っていて、同一の物は一つとして存在しない。
なのに儂らがそれを『りんご』であると共通認識できるのは、世界中にあるりんご一つ一つと、りんごのイデアを結びつける特別な
お主は銃を作り出す際、このクオリアから不完全な一つを拝借してきておるわけじゃ。そして用が済んだら、使用した分のエネルギーを返して、チャラにしておる。その際、消費されるエネルギーが第5粒子なのじゃが、それが高次元……すなわちイデア界と繋がっておるから、お主はこんな芸当が出来るというわけじゃ。この際重要なのは、お主が無意識とは言え、高次元の存在にアクセスしているということじゃろう。恐らく、お主はそんな自覚はないのじゃろうが……」
「ああ、そんなの全く、これっぽっちも考えたことねえぞ。俺はそんなわけのわからねえことをしてたのか? どうやって?」
「無意識であれ、自発的にそれを行っているということはありうるのじゃ。例えば重力はその一つじゃが、話がややこしくなるから後回しにしよう……今は、この第5粒子が高次元方向からやって来て、儂らの脳に働きかけているということを認識出来れば良い。まあ、それが難しいわけじゃが……」
レオナルドは、わけが分からないと言った表情で首を捻っているギヨームではなく、隣で背筋を伸ばして聞いていたスカーサハに向かって言った。
「スカーサハ。儂らが認識しているこの世界は、空間座標軸がいくつある?」
「3つです。時間を含めて4次元時空と言われてますね」
「そうじゃ。3次元というのはこの座標軸がいくつあるかを示しているに過ぎん。儂らは3次元空間のある一点を示すために、3つの座標を取り、それを例えば紙にプロットすることで視覚的に表すことが出来る。しかし、紙は二次元平面であるから、そこに3つの座標軸を書き入れることは本来不可能なはずじゃ。
今、目の前に真っ白な紙がある。まずはその紙の中央付近、左端から右端まで、一本の線を引いてみよう。
次に縦方向、上から下まで同じように線を引いてみる。すると紙の中心辺りで二本の線が交わって十字を作る。数学者はこの直交する線の横方向をX軸、縦方向をY軸と呼んで、平面を表すのに利用している。
しかし、儂らの世界は通常3つの座標軸で示される。このままでは平面は表せても空間を表すことは出来ん。だから3つ目の線を書き入れたいが、困ったことに紙に奥行きはないから、二つのXY軸に直交する3つ目の線、Z軸は書き込むことが出来ない。
しかし、実際には儂らはこのZ軸を書き込むことにそれほど苦労はしておらん。数学者たちはこういう時、XY軸と交わるように斜めに線を引いて、その線に添えるように『z』と書き入れる。
言うまでもなく紙は2次元平面なので、そこに書かれているのはただの縦横ななめの線に過ぎん。ところが、儂らはそれを見て、ちゃんと奥行きを持った座標軸として認識し、そこにある物を立体と捕らえることが出来る……本来2つの次元しか持たない紙の上に、3次元空間が現れたということじゃ。
他にも例えば、これは言葉にすれば12本の線分を描いたものに過ぎないが、お主の目には縦横奥行きを持った、3次元の立方体に見えておるはずじゃ。
何故、2次元の紙に書かれたものを、3次元の物体として認識出来るのか? もうわかっているかも知れんが、それは儂らの脳がそう見えるように補完しているからじゃ。
実を言えば普段から、儂らは世界を平面的にしか見ていない。儂らの目は、網膜という2次元のスクリーンに映し出された世界を見ているわけじゃから、そこから得られる情報は常に2次元情報なのじゃよ。
なのに、儂らがそれを意識することがないのは、脳が網膜から入ってきた平面のデータを、瞬時に3次元に変換して見せているからじゃ。脳というのは3次元空間を読み取ることが非常に上手い。儂らが3次元空間に縛り付けられて生きておるから、脳がそう進化したのじゃろう。
では、もし、儂らが4次元で暮らしていたら?
もしかしたら目が3次元的な視覚を見るように進化していたかも知れん、じゃが儂の予想では、今まで通り網膜に映った2次元情報から、脳が4次元空間を捉えるように進化していたはずじゃろう。と言うのも、体を複雑に進化させるまでもなく、4次元というのは、表現すること事態は容易いのじゃ。
先の座標軸の話であるなら、xyzの他に新たにwという斜めの線を足せば4次元座標を2次元にプロットすることは可能なのじゃ。同じように5次元6次元と、抽象的にはいくつでも次元を継ぎ足していくことが出来る。
しかし、そうして軸を継ぎ足しても儂らは4次元空間を認識できない。3次元空間に捕らわれておる儂らは、4次元空間の見方が分からぬからのう。故に儂らが四次元人でもない限り、この方法は意味がないのであるが……」
「ちょっと待ってくれレオ。わけがわからない……」
ギヨームが降参のポーズを見せると、老人は苦笑いしながら、
「話が抽象的すぎて分からぬか。まあ、始めはそう言うものじゃから心配するでない。今は分からずとも、黙って聞いておけば、後々必ず役に立つじゃろう……
そもそも、お主らには次元という物がどんなものかを正しく理解しておるじゃろうか。次元とは、それを表すのに必要な情報の数のことじゃ。
通常、○次元空間と呼ばれるものは、その空間上の点を表すのに必要最低限な座標軸の数を表してる。2次元ならxyの2つの座標軸が、3次元なら3つの座標軸が最低でも必要というわけじゃ……
ところで、これは最低限の数だから、別にそれ以上あっても良いわけじゃろう? 例えば2次元平面上に縦横を示すxyの二つの座標軸と、斜めを表すz軸を作る。このz軸は空間の奥行きを表しているわけじゃなく、単に斜めに伸びるの座標軸に過ぎん。
この2次元平面上にある点は、xy軸の2つだけで表せるが、xyzの3つの座標軸があっても差し支えがないのが分かるじゃろうか? 座標軸が少なかったら困ってしまうが、情報は多くても困らないというわけじゃ。
さて、具体的に情報を付加することによって何が起きるか考えていこう」
レオナルドはそう言うと、埃をかぶらないようにシーツに覆われていた絵画を何枚か取り出してきて、彼らの前に並べ始めた。
「ここにあるのは儂の絵じゃが……見ての通り、平面上に描かれておるのに、そこに3次元的な空間の広がりが感じられるようになっておる。これをケーキを切り分けるように細分化していけば、そこにあるのは平面に塗られた『色』だけのはずなのじゃが、少し離れて全体を見ると不思議と奥行きが感じられるのじゃ。
どうして立体的に見えるのじゃろうか? それはもう、言うまでもなく、そう言う情報が詰まっておるからじゃ。人間の目は、近くのものは大きく、遠くのものは小さく見えるように出来ている。そして光が当たっている場所は明るく、そうでない場所は暗く見えるように出来ておる。
儂の絵には遠近法と陰影が表現されておるから、見る者が錯覚を起こして立体感を覚えておったわけじゃ。縦と横と、色と遠近法と陰影……ここには最低でも5次元の情報が含まれておる。実際の空間座標よりも多くの情報が含まれておるが、要はそれくらい付加価値を付けねば現実は表現できないと言うわけじゃ。
逆に大昔の絵がのっぺりして見えるのは、この遠近法と陰影という情報が足りんからじゃ。そのせいでルネサンス以前の宗教画はほぼ立体感が感じられぬ……が、その代わりに別の情報が含まれておった。
その昔、教会に飾られておったイコンと呼ばれる板絵や壁画は、文字が読めない信者に聖書の教えを広めるために描かれた故に、物語性があった。大概、一つの絵に二つ以上の場面が描かれており、その二つに同じ人間がいることで、時と場所の切り替わりを表現しておった。つまり、絵の中に時間軸が存在したわけじゃな。
静的な場面だけではなく、動きそのものを描いて空間の広がりを表現しようとした者もおった。
18世紀のターナーは霧の中を疾走する機関車を、ぼやけた視点と極端な遠近法で描いて、本来なら止まっている絵の中には見えないはずの、『速度』というものを表してみせた。
モネの『ひなげし』は穏やかな陽気の中を散歩する二組の母子の姿が描かれておる。この二組の母子は実は同一人物で、時間の流れを表しているのかも知れないとも言われておるが……それ以上に重要なのは主題にもなっている花の方じゃ。見ての通りひなげしの花と思われるのは、絵の具を塗りたくったただの赤い点なのじゃが、なのに儂らの目にはそよ風に揺れ動く花がありありと見えているじゃろう?
かつての画家たちはそうやって様々な技法を駆使して、そこにある空間を切り取って描いてみせた。逆に、見えないものを描こうとしたものもおる。
ダリは3次元ではなく、高次元空間で磔刑に処されるキリストの姿を描いてみせた。キリストの背後には8つの立方体に分離された十字架が描かれ、前にある4つの小さな立方体によって、彼の体は十字架に括り付けられている。足元の地面には十字架の写像が映っておる。
神は我々とは住む世界が違う、高次元の存在であるということを、そうやって示したのじゃろう。
そしてパブロ・ピカソは、一人の女性を様々な角度から見た視点を、一枚の絵に描いてみせた。こうして描き出されたドラ・マールの肖像は、あり得ないほど2次元的な絵なのに、不思議とどんな絵画よりもずっと立体感が感じられる……
悔しいことに、儂はかつて写実的な方法でしか絵を描くことは無かったのじゃが、このように、情報の乗せ方、物の見方によって、3次元空間はいろいろな顔を持つ。儂の描いた絵と、ピカソの描いた絵は同じ空間を描いておるが、印象はまるで違うじゃろう。そしてダリは4次元以上の空間そのものを描こうとしてみせた。
この通り、4次元以上の余剰次元というものも、実は情報の捕らえ方次第で『見る』ことは可能なはずなのじゃ。儂ら人間がその方法を知らんだけでな。恐らく、4次元人がダリの十字架を見たら、儂らがイコンを見たときのように、のっぺりとしているが4次元的に感じるはずじゃろう」
「……レオはそれを見ることが出来るってのか?」
「見ると言うか、認識出来ると言う感覚じゃろうか。そしてお主もまた、儂と同じ認識力を持っておるはずなのじゃが」
「俺も……? まさか。俺はそんな意識まったくないんだが」
すると老人は首を振って、
「意識していないだけで、実は見ておるのじゃよ。クオリアを顕現させるということが、その『見る』ことと同義なのじゃ。お主が生成している拳銃は、元々はイデア界とでも呼ぼうか、この世界の外側にある高次元空間に存在しておる。それをお主の脳が第5粒子エネルギーを用いて引っ張り出してきておるのじゃ。見えなきゃそんなことは出来んじゃろう?
そこで最初に戻るわけじゃが……お主は生前にずっと使い続けていた愛銃は生成出来るが、新たに得たライフルは生成できなかった。それはお主の認識力の差が、高次元で生成されるクオリアの出来に現れていたからじゃ。お主が生前の愛銃に持つクオリアは、限りなく銃のイデアに近いが、お主のライフルに対するクオリアはまだ不完全なんじゃな。故に、これを完成させたいなら、お主は4次元的な視点を持ち、よりイデアに近いクオリアを生成する必要がある。
この4次元的視点と言うのは、3次元の物質の全てが見えるということに等しい。それは部品一つ一つを良く見るという大雑把なものではなく……その部品を作り出す分子、重量、色や構造、そしてお主が使い続けていたという経験なども含めて『見る』ということなのじゃ。だから、お主が新たな
「そうか、なるほど、さっぱり分からん」
ギヨームが力いっぱい宣言すると、レオナルドは苦笑を漏らした。ギヨームは背筋がむず痒くて体が捩れそうになったが、どうにか理解をしようと頭を捻った。
「……話はいまいち分からなかったが、要は俺が作ろうとしているライフルのことを、もっとよく知れってことなのか? それこそ、俺が生前に使っていたサンダラーみたいに。だったら、こいつを使い続けていれば、いつかクオリアも生成出来るようになるんじゃないか?」
すると老人は意外なほどあっさりと頷いて、
「出来るじゃろうな。お主は既に4次元空間を無意識的に見ることが出来ているのじゃから……使い続け、考え続け、認識し続けていれば、いずれは……しかし、それはいつのことじゃろうか?」
それはギヨームが生涯をかけて愛銃に抱いた印象と同等か、それを上回る情報量を獲得しなければならないだろう。彼はそれを理解すると、
「……なるほど。それじゃ遅すぎるな」
「お主はそれを一足飛びに行いたいわけじゃろう。ならば、やはり4次元的視点というものを理解するのが一番の近道じゃろう」
そんなに都合よく、楽な方法は転がっていないというわけだ……ギヨームは憮然とした表情で、ため息交じりに言った。
「さっぱり分からねえな……見るっつっても、実際に見えるわけじゃないんだろう? 頭で考えるっつーか」
「左様。五感で捉えるようなものではない。理解して、初めて意識出来るようなもの……とでも言っておこうか」
「それじゃ、お手あげだ。俺はあんたらみたいに頭の出来が良くねえんだよ。考えるよりも慣れろってタイプで。つーか、そもそも、その4次元空間だかは何なんだ。本当に存在するものなのか?」
「ある……それは確実にある。高次元存在というものも実在しておる。儂は自分が死にかけた時にそれを見た。この世界で精霊と呼ばれる存在じゃ」
「うーん……」
ギヨームはいまいち信じきれず胡乱な目つきをしている。老人はやれやれと首を振りつつ、
「お主は実際に見たわけじゃないから信じられないのじゃろうな。ならばどうしてそれが存在するのか、もう少し噛み砕いて説明してみようかの」
「今度こそ、俺にも分かりやすく頼むよ」
「仕方ないのう……ならばお主のやる気が出るような話をしてやろう。これは儂らの時代の出来事ではなく、相当未来の話じゃ。従って鳳は言うまでもなく普通に知っており、あやつならば、お主が苦戦していることもすんなり理解できるじゃろう」
「なにい……?」
鳳の名前を出すと、ギヨームの目つきが明らかに変わった。元々、ここへ来た理由も、彼に置いていかれたのが原因であるし、負けたくないという気持ちが強いのだろう。レオナルドはそれを確認してから、ニヤリとした笑みを浮かべて話し始めた。
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