ラストスタリオン   作:水月一人

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神について

 レオナルドの長い講義が終わり、ギヨームはぐったりしていた。

 

 自分の現代魔法(クオリア)を強化するため、何かヒントが得られないかと、はるばるヴィンチ村までやって来たわけだが……魔法が本家レオナルドの幻想具現化(ファンタジックビジョン)に似ているとお墨付きをもらった上に、大君の講義を受けられると言う収穫を得たというのに、結局その内容が半分も理解出来なかったせいで、現状では何も得られていないに等しかった。

 

 レオナルドの言ってることは何となく分かるのだが、抽象的過ぎて具体的なものが何一つ掴めないのだ。

 

 老人はそれで良いと、いずれスイッチが入り、脳内で何かが変わるからと言っているのだが、自分の頭の出来にいまいち自信が持てない彼は、ただ焦りを覚えるだけだった。どのくらい自信が無いかと言えば、せっかくの講義も、多分、一晩寝たら忘れてしまうんじゃなかろうか……? というレベルだ。

 

 取り敢えず、そうなる前に今分かっていることを整理してみると……高次元とは目で見て捕らえられるようなものではないらしい。ただし確実に存在し、自分の脳は第5粒子(フィフスエレメント)を介してそれと繋がっているそうである。老人が言うには、魔法を使っている時に、空間の歪みを感じ取れるはずなのだということなのだが……

 

 そのためには、ひたすら考え抜いたり、魔法を行使し続けるしか方法がない。だが、それなら、ここに来る前にも散々やって来たのに、本当に意味があるのだろうか……彼は不安を覚えた。

 

 しかしそれは杞憂だったようだ。

 

 レオナルドの講義を聞いたせいで、予想以上に疲労してしまった彼は、その日はすぐに休むことにした。そして一晩眠った翌朝、変化はすぐに現れた。

 

 旅の疲れと、久しぶりの柔らかいベッドに包まれて、思った以上に寝坊してしまったギヨームは、寝起きのぼーっとする頭で、案の定、昨日の講釈がすっかり抜けてしまっていることに気づいた。あれだけ一生懸命教えてもらったのに、その内容の殆どを覚えてないのだ。

 

 仕方ないからダメ元で朝食後にレオナルドに会いに行くと、彼はまるで怒ることなく、すぐまた昨日と同じ講義をしてくれた。老人に言わせれば、ルーシーなんてこんなのいつものことだし、自分も説明することで考えをまとめられるから、悪いことばかりではないそうだ。

 

 とは言え二度手間には違いないから、ギヨームは礼を言いつつ、昨日以上に真剣に講義を聞くことにした。

 

 講義内容は昨日と全く同じだったが……二度目だからか、昨日よりもイメージが掴みやすくなっていて、彼は老人の講義がスラスラと頭に入ってくるように感じていた。

 

 講義が終了しても昨日とは違ってまだ余裕があったギヨームは、早速講義の内容を思い出しながら、現代魔法(クオリア)を実演してみることにした。

 

 すると、いつもの拳銃は特に変化が無かったが、ライフルを作り出そうとした時に、彼は何か新しい感覚を覚えたのである。

 

 相変わらず、魔法には失敗して、ライフルはすぐに光を放って消滅してしまったのだが、その際、彼は口では説明できない何か感触のようなものを感じたのだ。それはなんと言うか、ロッククライミングで例えるなら、小指の先にようやく届くようなところにある出っ張りに触ったかのような、そんな頼りないけど確かなものだった。

 

 ただの気のせいかも知れないと思い、改めて魔法を行使してみると、彼はまたしても同じような感触を得た。それが何かは相変わらず分からなかったが、とにかく自分が何かを掴もうとしている手応えを感じた彼は、その後何度も何度も同じことをやってみた。

 

 しかし、そうやって魔法を繰り返していたら、思ったよりも早く限界が訪れてしまった。

 

 さっき起きたばかりだと言うのに、なんだかやたら疲労を感じると思った彼が、体に変化がないかとステータスを調べてみたところ、なんとMPが減っていたのである。

 

 ギヨームのクオリアは、ルーシーの現代魔法と違ってMPを消費する。しかし、それは銃弾を撃った場合に限り、拳銃を出し入れするだけならMPは消費しない。ところが今調べてみると、ライフルを作ろうとする時にどうやらMPがごっそりと減っているようなのだ。

 

 何が起きているのか不安に思った彼が、レオナルドに相談したところ、

 

「ふむ……MPを消費する、か」

「ああ、こんなことは今まで一度も無かった。MPを消費するのは銃撃を行った時だけだったんだが……」

「いつもの拳銃を作る際はMPを消費しないのか? ふむ……」

 

 老人は自分の禿頭をペチペチと叩き、興味深そうに何度も頷きながら、

 

「状況から考えられるのは、実はお主は拳銃を作り出す時にもMPを消費していたということじゃ。というか、何もないところに物体が現れるのじゃから、普通に考えればそれを生成するためのエネルギーが必要なはずであろう。拳銃は鉄の塊であるから、結構な重量じゃぞ。なのに、お主が今までMPを消費しなかったのは、拳銃を顕現させても使用後に元の場所へ戻していたからじゃろう。エネルギー的にはこれでチャラ……というわけじゃ。しかし、銃撃はこの世の因果に影響を及ぼす。チャラには出来ないので、それがMP消費という形で現れておったんじゃろうな」

「つまり何か? 俺はライフルを作ろうとして、失敗して元に戻せなくなったから、代わりにMPを消費しているってことか?」

「そう考えれば辻褄が合うじゃろう」

 

 ギヨームは首を振って、

 

「しかし、今までだって何度も失敗しているのに、MPは消費しなかったんだぞ?」

「今まではクオリアを生成するまでには至らなかったからじゃろう。今は形にはならなくても、何らかの失敗物を高次元から引き出しているのではないか」

「なら、失敗した残骸が残ってなきゃおかしいんじゃないのか?」

「それは光となって消えているのじゃろう。光もエネルギーであるから」

「う、うーん……」

 

 なら、これまでも光を発していたのだがと言おうとしたのだが、結局彼は口を噤んでしまった。これ以上言っても禅問答にしかならないだろうし、恐らくはレオナルドの言ってることは正しいのだ。

 

「それにしても、MPって何なんだ? 神人が魔法を使う時に消費するものとしか思ってなかったが……」

「儂は第5粒子(フィフスエレメント)そのものだと思っておったが……少し違ったようじゃの。恐らくは、第5粒子を受け取った際に得られたエネルギーを、人間が脳かどこかに蓄積しているもの、と考えれば良いじゃろうか。グリコーゲンみたいに」

「グリコーゲン……? また知らない名前が出てきたな」

「食べ物はそのままの形じゃエネルギーとして使えないと言うことじゃ。胃や腸で消化して、肝臓などで栄養を使える形に変換しなければならないじゃろ」

「ふーん、そう言うもんか」

 

 ギヨームは感心したように頷いてから、

 

「けど、まいったな。いちいちMP切れを起こしてたんじゃ、訓練が出来ねえじゃねえか」

「いや、訓練ならばMPを消費しない拳銃でやっても同じことじゃ。逆にMPを消費するということは、実感を得られることでもあるから、失敗と成功、両方を学べることでより正解に近づきやすくなったかも知れぬ」

「……ものは考えようってことか」

「それに今はMPの回復方法だっていくらでもある。鳳の置き土産が残っておるから、セバスに持ってこさせよう」

「うへえ……まさか俺も大麻に頼る日が来るとは」

 

 二人が話し合っていると、ドアがノックされ、工房にスカーサハが入ってきた。見れば昼食用にサンドイッチを乗せた皿を持っている。どうやらギヨームのせいでレオナルドの午前を潰してしまったようである。

 

 邪魔をしたなと頭を下げて部屋を出ていこうとすると、あなたの分も持ってきたのにと言われ、サンドイッチを渡された。急ぐわけでもないので礼を言って齧りつく。

 

 部屋は沈黙に満たされ、ティーカップをカチャカチャ鳴らす音以外には何も聞こえなかった。普段どんな会話をしているのだろうかと思っていたが、どうやら二人とも必要なこと以外は喋らないタイプらしい。

 

 このままでは息が詰まりそうなので、話題を振るつもりで今やっていることを尋ねてみれば、彼らはどこかで見たことのある杖を持ち出してきた。

 

「これは……ケーリュケイオンか? 鳳の」

「そうじゃ。以前、村を訪れた時に、預かっていてくれと頼まれた。今は必要ないからのう」

 

 ヘルメス卿の仕事をしている間は、杖を触る機会が減るだろう。それで自分で保管するよりは、レオナルドに預けておいた方が良いと、鳳は考えたようだ。

 

 老人はこの預かった杖に、まだ何か隠されていないかと調べていたようだ。勇者はこれを残して消えてしまったわけだが、その中にはメアリー=ソフィアの記憶が封じられていた。同じように、勇者が消えた手がかりのようなものがないかと考えているわけだが、しかし、今の所あまり上手く行ってはいないようである。

 

 鳳の魔王化を阻止すると言っても、とにかく手がかりが少なすぎて、何もわからないから、今は様々な書籍をあたって資料を集めている段階らしい。具体的には勇者は300年前に消えてしまったわけだが、その頃の出版物に何か痕跡が残っていないかと探しているみたいだった。

 

 工房の隅にはうず高く書籍が積まれており、どうやら二人で手分けしてそれを調べていたようだ。その膨大な量は、活字を見ているだけで頭が痛くなるギヨームからすれば、一生かけても読みきれないほどだったが、彼らは既にそれを読み終え、今はニューアムステルダムの本屋に未読のものを注文しているそうである。

 

 二人顔を突き合わせてこんなものを読みふけっていたのなら、そりゃ会話も無くなるだろうなと思いつつ、ギヨームが書籍の山を覗き込むと……ふと、既視感のある本の表紙が目に飛び込んできた。

 

「これは……」

「何か気になるものでも……? ああ、それは初代ヘルメス卿の書籍ですね。それに興味があるのですか?」

 

 興味津々にスカーサハが尋ねてきた。ギヨームはその声に頷いてから、

 

「いや、興味があるっつーか……以前、こいつを鳳が読んでたのを思い出してよ。ほら、連邦議会に頼まれてボヘミアに行ったことがあったろう? あの時、船でみんながゲエゲエ吐いてる中で、あいつだけ元気にこんなもん読みふけってたから、何が面白いんだって言ったんだよ。それを思い出してよ」

「へえ、勇者がそれを……大君が貸して差し上げたのですか?」

「いいや、儂は知らんぞ」

 

 レオナルドが首を振ると、スカーサハは怪訝そうに、

 

「そんな高価な本、どこで手に入れたのでしょうね」

「高価? いや、鳳は安物だって言ってたはずだが……」

「そんなわけありませんよ。この世界ではまだ書籍は貴重で、それ一冊だけでもニューアムステルダムに家が建つくらいの価値があるんですよ?」

「家だって!?」

 

 ギヨームは仰天して手にした本を落としそうになり……慌ててそれを拾い直した。

 

「マジか……あいつ、そんなこと一言も言ってなかったんだが」

「あまりに高価だから、謙遜してたのでしょうか」

「うーん……あいつもヤクの権利とかで、そこそこ金は持ってるみたいだしなあ……」

 

 だとしても、あの鳳が家が建つような金額を、書籍一冊にポンと出すとは思えなかった。ホームレス生活が長かった彼は、どちらかと言えばどケチなのだ。確かに、これを手にした鳳は上機嫌だったが、それをどうしても手に入れたかったようには見えなかった。

 

 ギヨームは少々気になり、

 

「レオ、こいつを少し借りてってもいいか? 俺も読んでみたくてよ」

「うむ、構わぬぞ。何か気がかりな点があったら言ってくれ。儂らはここで、他の書籍を調べておるから」

 

 ギヨームは本を手に取ると、サンドイッチのお礼を言ってから部屋に戻った。

 

***********************************

 

「……さっぱりわかんねえ」

 

 本を借りて来たは良いものの、部屋に帰ってベッドに寝転がりながらそれを開いたギヨームは、すぐに本を投げ出してしまった。いくら活字を目で追っても、その内容がさっぱり頭に入ってこないのだ。

 

 前世から本を読む習慣など無かったが、それでも文字くらいは読めるんだから、少しは理解できるだろうと思っていたが甘かった。なんかもうその内容が、読み書きが出来るとかそういったレベルを遥かに超えているのだ。

 

 因みにその本の内容はと言うと……第一章のニュートン力学からはじまり、電磁気学、相対性理論、量子論へと20世紀までの物理学を網羅するものだった。何しろこの世界のニュートンは、生前の光の粒子波動論争に終止符を打つべく、この本を書いたのだから、その内容は高度に専門的だったのだ。故にギヨームには理解出来なかったが……

 

「鳳はこれを見て面白いっつってたのか……現代人だからスラスラ分かるってわけでもないんだろうなあ……」

 

 彼はため息交じりに吸っていた大麻の煙を吐き出した。もちろん、MP回復のために吸っているのだが、集中力も増すので丁度いいと思い、本を読むついでに吸っていたのだ。お陰でMPは回復したが、別の意味でMP的なものを消耗したような気分になった。

 

 今まで散々バカにしてきたが、気がつけば自分もMPを回復するのにクスリの世話になるようになってしまっているのだ。それが情けないというか、呆れるというか、そんな気持ちにさせられたわけだが、

 

「それにしても、MPってのはホントわけわかんねえな。なんで大麻で回復するんだろう……? レオの仮説が確かなら、エネルギー変換のために、脳を酷使するってことなんだろうけど……」

 

 だったら本を読んでもMPが下がりそうなものだが、そういうことは無いようだった。魔法は脳の使ってる部分が違うからなのだろうか? そう言えば鳳はMPの消費も激しいようだが、彼の頭の中は本当にどうなっているのだろうか。

 

「やっぱ俺とは根本的に頭の出来が違うのかね……」

 

 ギヨームは少々卑屈に呟いた。この世界に来た当初こそ面倒を見てやらなければ何も出来ない奴だったが、今となっては彼のほうが何をやっても上手のようだ。いつまでも兄貴分のつもりでいたが、そろそろ力不足を認めなければならない時期に差し掛かっているのだろうか……

 

「……お?」

 

 そんな風に憮然としながら、なんとなしに本をパラパラめくっている時だった。

 

 それまで何一つ頭に入ってこなかった難解な本の中に、彼にもスラスラと読み解けるページがあった。それはニュートンの本の最終章に当たり、普通なら結論をまとめる章だったのだが、

 

「……神について、だと?」

 

 彼は最終章をまるまる使って、神の実在について嬉々として説明しているようだった。それは今までの物理学を全く使わず、叙述的な説明のみに終止しているため、ギヨームにもその内容が読み取れたのだ。

 

「それにしても、ニュートンって偉い学者かなんかだろう……? 神なんてもんを本気で信じてたのかね」

 

 ギヨームは釈然としないものを感じながらも、ともかく、せっかく理解できるのであるからと、その内容を読み始めた。

 

 それによると、ニュートンはこの世界を死後の世界と考えていたようだった。キリスト教の世界では、世界の終焉が訪れた時、死者が蘇り最後の審判が下されることになっている。そして選ばれた者のみが神の国へと誘われて、永遠の命を手に入れるのだ。

 

 この考えはキリスト教世界ではわりとメジャーなもので、前世のギヨームの仲間にも、それを信じている者がいるくらいだった。彼らは終末、神に選ばれるには聖書に書かれていることのみを忠実に実行すべきだと信じており、従ってカトリック教会が勝手に決めた聖人やミサを全く不要なものと断じて譲らなかった。

 

 これをカトリック教会から独立したばかりの英国国教会は、都合が良いから認めていたのだが、議会に席を置いた彼らがあまりにも厳格に聖書の教えに従うように言うものだから、英国紳士らしく敬意を込めてこう呼ぶようになったのだ。この堅物野郎(ピューリタン)と。

 

「ヘルメス卿もピューリタンだったのかね」

 

 彼は意外に思いつつも、ニュートンが生きていた当時の社会ならば不自然ではないと、さして気に留めなかった。ところが、そこから数行先に、彼としてはいわく付きの単語を見つけてしまい、すぐに考えを改めざるを得なくなった。

 

「翼人だって……?」

 

 そこには著者がこの世界を神の国と考えるようになった切っ掛けが書かれていた。

 

 勇者の仲間として魔王を倒し、ヘルメス卿となった彼は、ある時、翼人と呼ばれる種族と出会った。彼らは背中に真っ白な翼を持ち、神人のように見目麗しい容姿をしており、それが彼の信じるキリスト教の天使にそっくりだったものだから、彼は本当に神の使いなのではないかと思うようになった。

 

 そう考えると、ここが死後の世界であるという傍証はいくつもあった。そもそも、この世界にやってきた放浪者は、彼を含めてみんな死んだ後に転生してきた人たちだった。他にも普通の物理法則では考えられない魔法があったり、人間以外の種族が存在したり、彼は帝都で神が作ったとしか思えない機械を見つけたとも書かれていた。

 

 これらの事実を鑑みれば、ニュートンがここを神の国と考えたことも頷けるが……ギヨームはフェニックスでの出来事もあり、何となく引っ掛かりを覚えた。

 

「……つーか、こいつはどこで翼人と知り合ったんだ?」

 

 書かれている内容からすると、彼が翼人と出会った時期は、ヘルメス卿になってから勇者戦争が起きるまでの間と推測できた。だが、その頃の彼は今の鳳みたいに領内の復興に忙しく、海外を旅して周るような余裕は無かったはずだ。

 

「いや待て……つーかこの時期、新大陸には街すらないはずだぞ?」

 

 なのに、新大陸に住んでいたはずの翼人とどうやって出会ったというのか? 今までにも、彼らが頻繁に旧大陸を訪れていたのなら話はわかる。だが、それなら旧大陸で暮らしている翼人がもっといなければおかしいだろう。

 

 しかし、そんな話は聞いたこともないし、下手したらこの大陸の人々は翼人の存在を知らない人のほうが多いのではなかろうか。実を言えばギヨームも、つい最近までそれを知らなかったのだ。

 

 そう、知らなかった……

 

「なのに、何故、当たり前のように受け入れているんだ……?」

 

 ギヨームは、頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えた。

 

 そうだ。何故、こんなに簡単なことに気づかなかったのだ。彼はあのカナンの村で、生まれてはじめて翼人を目撃したのに、それをなんとも思わなかった。普通なら天使みたいな容姿に驚き、強い印象を残しているはずなのに……もしくは直接彼らに色々質問をしていてもおかしくないはずなのに、特に何もしなかった。

 

 あの時、彼は翼人を見てもなんとも思わなかったのだ。せいぜい「ふーん、本当にいたんだ……」程度にしか思わなかった。

 

 何故なら、彼はカナンの村に辿り着く前に、この世界には翼人がいるということを、既に知っていたからだ。

 

 ニューアムステルダムからボヘミアへ向かう船の中で、鳳がこの本を読んで嬉々として話していたのだ。その時、ギヨームたちは吐き気に見舞われグロッキー状態であり、ハンモックに寝転がりながら、寝物語のように鳳とメアリーの会話を聞いていた。

 

 まるで予習するかのように、予め知らされていたのだ。

 

 鳳は、この本をニューアムステルダムで買ったと言っていた。その直後に、本の中に出てくる翼人と出会うなんて、これは本当に偶然なんだろうか?

 

 今にして思えば、フェニックスの街で、翼人に対する不信感を鳳に伝えに行こうとした時も、あのアスタルテとかいう女が口を挟んできたのは、タイミングが良すぎるのではないか。ギヨームは彼女の言葉にぐうの音も出なくて、その後鳳に会いに行くことはしなかったのだが……あの時、ちゃんと伝えていたら、何がどう変わっていただろうか。

 

「……やっぱり、あの翼人って連中は何かがおかしい」

 

 ギヨームは本を閉じると、急いでレオナルドの工房へ向かった。スカーサハは新大陸の住人だから、彼女ならもっと翼人のことを詳しく知っていると思ったからだ。

 

 しかしそれは全くの期待はずれだった。

 

 やはりと言うべきか、300年も新大陸で暮らしているスカーサハですら、これまで一度も翼人に会ったことがないと言うのである。

 

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