ラストスタリオン   作:水月一人

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年老いた蛇

「あなたたち人類こそ、どこからやって来たんですか?」

「……なに?」

「1000年前、皇帝ソフィアがこの地に降り立った時、人類は大森林からやってくる魔族に怯え、北方で隠れるように暮らしていました。ソフィアはそんな人類を救うべく、神人を作り出して帝国を作り上げた……つまり、神人が誕生するより以前に、この地には人間も魔族もいたのです。ともあれ、ソフィア率いる神人たちは、古代呪文という魔族を圧倒する力を用いて、押し寄せる魔物や魔族、そして度々やってくる魔王を撃退し、なんやかんやと人間を守護しながら現在に至ります。

 

 さて……ソフィアが人間を守ろうとしたのは良いでしょう。それより、彼女が神人を生み出すために使用したP99は何故そこにあったのか。そして彼女が目を覚ます以前から魔族は存在したわけですが、それはいつからなのか。神人の使う古代呪文もそうです。彼らはMPを消費することで奇跡を起こす。あなたもMPを消費して銃を作り出す。そのMPは何故、阿片を吸うことで回復するのでしょうか?」

 

 ギヨームは未だフラフラする身体で、扉にもたれ掛かりながら、吐き出すように言った。

 

「それなら、レオが言っていたな……俺たちの脳は高次元から何らかの力を受け取っているが、それはそのままじゃ使えないから、脳が利用出来るように変換してるんだって」

 

 するとカナンはわざとらしく目を大きく見開いて、興奮するようにパタパタと翼をはためかせながら、

 

「素晴らしい! 流石、万能人レオナルドですね。中世人の身でありながら、その答えにまでたどり着くとは。その通り、受け取った力はそのままでは使えません。放っておけば電流のように流れて消えてしまいますから、脳がそれを蓄積しようと試みます。その行為が脳のリソースを著しく消費するので、我々は脳内麻薬を補うために、外部から薬物を取り込むのです。

 

 このように、高次元から受け取るエネルギーは変換しなければ使えませんが、私達は絶えずその力を受け続けています。それは流れる水のごとく、この世界に溢れ出しているのです。ところで、このエネルギーはどこから来たのでしょうか?」

 

「……? だから高次元だろう。たった今、自分でそう言ったじゃねえか」

 

 カナンは苦笑しながら、

 

「そう言う意味で言ったのではないのですが……我々は余剰次元の方向からエネルギーを受け取っていますが、その源泉は一体どこにあるのかと言うことです」

「源泉? わかるわけないじゃないか。俺はその高次元って方向からして、まだ分かってないっつーのによ」

「……まあ、そうですよね」

 

 ギヨームの素気ない態度にカナンは肩を竦めたあと、すぐに真面目な表情に戻って話を続けた。

 

「今からおよそ10万年前のことです。それまで数百万年間も東アフリカの一部に閉じ込められていた人類は、この時期に突然、爆発的にその勢力を伸ばし世界中に散らばりました。それまではただの器用な猿でしかなかった人類が、急に創造性を発揮しだして、複雑な石器を作り出し、言語を使い始め、情報交換し、徒党を組み、ついには国家を作り上げたのです。

 

 どうして急にそんなことが出来るようになったのか。それは彼らが、植物の種を植えて、穀物を収穫する方法を発見したからと言われています。

 

 それまでは生き残るために、獲物を発見し狩るという身体能力を重視していた人類は、今度は大勢が一箇所に留まって生活するために、コミュニケーション能力を重要視するようになっていきました。誰よりも素早く獲物を狩るよりも、みんなと協力したり、情報交換したり、便利な道具を作る者が重用されるようになっていったのです。

 

 そして移動生活を止めて定住するようになった人類は、どんどん数を増やしていきました。農耕を始めたお陰で、狩りの成果に関わらず、一定の食物を得られるようになり、定住したお陰で子供も育てやすくなりました。

 

 しかし定住農耕生活もいいことばかりではありません。農作物は毎年必ず収穫出来るわけでもなく、ある年には突然飢饉に見舞われることもあったし、定住していることで外部の人間に位置を知られて、飢饉の時に襲撃を受けることもありました。

 

 だからそうならないように彼らは他の集落と協力したり、襲ってその人員を取り込んだりして、集落の構成員を増やしていきました。しかし、数十人程度の集落なら、みんな知り合いなのでなんとかなるでしょうが、その数が千、二千と増えていくと、全員が協力して行動することは難しくなる。

 

 そこで考え出されたのが宗教です。火や雷といった自然物を神に喩え、集落の守護神という概念を作り出し、同じ神を信じている者同士は兄弟のように仲良くし、そうでない者は殺しても構わないというルールを作ったのです。これはとてもシンプルですが、非常に強力でした。

 

 こうして一つの神の下に誓いを立てた集落が大きくなっていくと、それに圧迫された周りの集落は同じ神を信じていれば助かるのだから、どんどん改宗してその傘下に入ります。でも今度は千人二千人と増えても、神がいるお陰でバラバラにはなりません。

 

 代わりに、別々の神を信じている者同士での争いが激しくなる面もあるから、信仰はどんどん命がけになっていきます。やがて信仰はどっちの神が強い弱いという争いの種となり、儀式や祈祷のような神秘的な行事が重視されるようになると、その祭祀を行う祈祷師や巫女のような者が重要視されていく。

 

 そしてその者が王となり、国家は戦争のためだけではなく、様々な文化や科学技術を生み出します。こうして人間は神という概念を作り出したことで、他の動物にはあり得ない発展を遂げたのです……

 

 でも、本当にそうなんでしょうか? 人間が神を作り出したから、人類は飛躍的に発展したのでしょうか。本当は、神が人間を作り出したから、人類は繁栄を迎えたのではないのでしょうか?

 

 およそ紀元前5千年頃、後者のような考えを持つ宗教が生まれてきます。我々が神を作ったのではなく、神が我々を作ったのだ。そういう考えの者たちが一神教を作り出し、やがてアブラハムの宗教が生まれます」

 

 そう、アブラハムの宗教は後発である。最初は自然そのものが崇拝され、それが精霊崇拝(アニミズム)に変わっていく。やがて国家が成立すると、王が神によって選ばれ、その選民思想が一神教を作り出した。一つの神という考えは、王もしくは民族を強力にする道具みたいなものだった。

 

 それはいい。問題は目の前の男が、その一神教の信者が考え出した、神の使いにそっくりだと言うことだ。

 

「時は流れて21世紀。人類は自律的に考え行動するAIを創り出しました。やがてコンピュータの処理速度が人間の脳を超えた時、それはビッグバン的な知識革命を起こし、いわゆるシンギュラリティが訪れます。

 

 こうして人間を凌駕したAIは、人類に代わってあらゆる問題を解決し始め、科学技術をも発展させていきます。そして人類は自ら考えることをやめ、AIによって次々ともたらされる新技術の恩恵によって、これまでにない繁栄を遂げることになるのです。

 

 と、そんな時、AIは空間の歪みの向こう側……いわゆる高次元の方向からやってくる不思議な力を発見します。後に人間によって第5粒子(フィフスエレメント)と呼ばれるようになったその力は、不思議なことに人間の脳にだけ反応を示し、それを利用すれば高次元からいくらでもエネルギーを引き出すことが可能でした。

 

 人類はその力に目をつけ、家畜を品種改良することによってリュカオンを生み出し、後にリュカオンの反乱が起こります。すると今度は、人類はその対策として超人を生み出し、リュカオン討伐を行いました。

 

 超人たちは、第5粒子が脳に反応することに着目し、脳内にエネルギーを蓄積する方法を編み出し、機械を使用することなく通信する技術をも開発します。これによって超人は、身一つで世界中を飛び回りながらも、第5粒子を介して指令を受け取り、AIによる強力なサポートを受けつつ、リュカオンと戦うことが出来るようになったのです。

 

 AIが、人間の脳に、直接情報を送るようになったのです。

 

 これは結構、重大なことですよ。情報を受け取るのは超人だけに限らず、あらゆる人間の脳が受け取れるはずなのです。何しろ、第5粒子は発見された当初から、人間の脳にだけ反応する物質だということが分かっていましたから。何故、こんなものが、我々が感知することの出来ない高次元空間に無尽蔵に存在していたのか……そしてそれは、いつから我々に影響を与えていたのか……」

 

 阿片の影響が取れてきて、ようやく頭が回りだしたギヨームが眉間に皺を寄せながら言った。

 

「おまえはそれを……10万年前に起きた出来事と結びつけているのか?」

 

 カナンはその言葉に頷きながら、

 

「かも知れないということですよ。人類は10万年前、唐突に他の動物には見られない創造性というものを獲得し、飛躍的な進歩を遂げた……それはダーウィンの進化論でも十分に説明可能ですが、逆に言えば、神が猿に知恵を授けたと考えても差し支えないはず……ということです。話を続けましょう。

 

 それからまた時が流れ、リュカオン排斥運動から人類宗主論が起こります。この世界は元はと言えば、人類が作り上げたものなのだから、そこから派生した超人やリュカオンがでかい顔をするなという運動です。

 

 それは、気がつけば新人類と比べて脆弱になってしまっていた旧人類が、焦りを感じて自分たちの優位性を主張するための虚仮威しに過ぎませんでした。本来ならば放っておいても害のない、庶民の鬱憤晴らしに過ぎなかった。ところが、時代が悪かったとしか言いようがないのですが、その頃の人類は、リュカオンから超人へと立て続けに人工進化を経験していたため、肉体を人工的に改造することに、躊躇がなくなってしまっていたのです。

 

 取り残された旧人類の庶民たちは、新人類憎しと自分たちの身体を改造し始めます。そしてAIは求められるまま、第5粒子を用いて人間の脳を弄り、遺伝子をも書き換え始めました。

 

 こうして怒りの権化(ラクシャーサ)となった旧人類たちは、自ら化け物になってまでも、地上は自分たちのものだと主張し、新人類たちを追い出しにかかります」

 

「ラシャ……それが、魔族の正体?」

 

「そうです。身体能力と理性はトレードオフの関係になっていて、理性が身体のあらゆるリミッターにブレーキをかけている。ラシャはそれを捨てることによって、超人を凌駕する肉体と、死を恐れぬ精神を手に入れました。そしてラシャは、新人類を殺すためだけに遺伝子を操作し続け、ひたすら進化する殺戮マシーンとなってしまった。

 

 超人たちはこの運動に対し抵抗をすることも可能でした。ところが、ラシャが理性を失くしたのとは対象的に、超人の方はどんどん理性的になっていった。彼らは思考すらAIのサポートを受けていたため、感情的になることが殆どなく、従って自分たちに向けられる殺意に対しても怒りを感じることが無かったのです。ただ、可哀相な連中であると思っただけでした。

 

 だから彼らは、ラシャに地上を明け渡すことにしたのです。ラシャとなった人類は、もはやただの化け物でしたが、それも一つの人間の進化の形だと受け入れて、超人たちは肉体を捨てて地球の大気圏外に建造したコロニーに引き篭もってしまった。まあ、放っておけば理性を失くした人類など、そのうち滅びるかも知れないし、それをAIに見張らせながら自分たちは長い眠りにつこうとしたのです。

 

 ところが……こういう事態が起きると皆同じようなことを考えるのでしょうか? ある時、地球の生物の遺伝子を乗せた宇宙船を、宇宙のあちこちに飛ばそうと考える者たちが現れました。

 

 このままではラシャが地球上のあらゆる生物を滅ぼしてしまう。いや、それ以前に、リュカオン騒動の時からも地球は多くの種を失ってしまっていた。それらが本当に失われる前に、太陽系外に地球に似た惑星を見つけて、そこへ移住させることは出来ないかと考えたのです。

 

 幸い人類は既に、遺伝子から種を復元する方法を見つけていました。それは失われた古代生物であってもです。そしてそれらの遺伝子は、遺伝子バンクに保存されて一元管理されており、必要に応じてコピーすることが可能でした。

 

 彼らはそうして地球上のあらゆる生物の遺伝子を乗せた船を作り、宇宙のあちこちに向けて飛ばしました。それは何百年どころか、何百万年かかるか分からない旅でしたが、生物と違って遺伝情報は劣化することはないので、いつかたどり着ければそれでいいという、そんな旅路です。これを播種船と呼びますが……

 

 播種船はたどり着いた星系に地球型惑星を見つけたら、一緒に乗せておいた機械を起動し、地球そっくりな環境を作り上げるようにプログラムされてありました。その機械を操作するのはシンギュラリティに到達したAIと同じもので、不測の事態に備えられるように、人間の人格が植え付けられております。AIは惑星にたどり着いたら肉体を手に入れ、神人となって降下出来るようにもなっています。

 

 もうお分かりですね。それがここ、惑星アリュード・カエルマです」

 

「アリュード・カエルマ……?」

 

「アナザーヘブンという意味です。エデンの園から追い出された人類が最後にたどり着いた楽園……まあ、便宜上、我々がそう呼んでいるだけで他意はありません。ともあれ、この惑星にたどり着いた播種船のAIは、地上を詳しく調べるために、手始めに受肉して降下することにしました。その降下した管理者こそが、エミリアなのです」

「エミリア……エミリアだって? ソフィアではなく?」

「そうです。エミリアです。あなた方、人間の歴史では四柱の神の一柱に数えられているものですよ」

「……そうか。そのエミリアってのは、鳳の幼馴染とは別物なんだな?」

「いいえ、ヘルメス卿の幼馴染で間違いありませんよ」

「はあ? だが、ちょっと待てよ……確か、エミリアってのは死んだはずだぞ?」

「そうですね。彼女が死んだこともまた事実ですが……でも、あなただって一度死んだじゃないですか」

「……どういう意味だ?」

 

 ギヨームは本当に意味がわからなくて首を傾げたが、カナンが言っていることはそっくりそのままの意味だった。

 

「あなたはビリー・ザ・キッドの通り名を持ち、アメリカ西部で活動し、サンタフェで殺害されて一度人生を終えた後、この世界で蘇り、勇者パーティーの一員として現在に至るわけでしょう」

「あ、ああ……! それじゃあ、エミリアも放浪者だったのか……? いや、違うな。さっきの話なら、こいつは人間ですらないじゃないか」

 

 ギヨームの言葉に、カナンは残念そうにため息を吐きながら言った。

 

「何をもって人間と定義するかにもよると思いますが。例えば真実を知ったあなたにとって、魔族は人間でしょうか? それとも魔族は魔族のままでしょうか? 獣人は人間でしょうか? 神人は? 他にも、例えば私は自分のことを人間だと思っていますが、あなたからしたらどうでしょうか?」

 

 言われてみると確かに微妙な問題だった。捕らえ方によって大分ニュアンスが変わる。ギヨームは難しそうに唸り声を上げながら、

 

「……そうだな。俺にとって魔族は魔族だ。元は人間だと知った今でも、相変わらず、出食わせば問答無用で狩る相手でしかない。それから……すっかり忘れていたが、そうだった。俺がここへ来たのは、おまえ達が何者なのかが知りたかったからだ。俺からすれば、おまえはただの人間だとは到底思えない。いい加減、話をはぐらかしていないで、そろそろ本当のことを言えよ。おまえは一体、何者なんだ?」

 

 すると翼人は少し困ったように肩を竦めてから、

 

「さて、私は私です。カナンという翼人でしかありませんよ」

「だからその翼人ってのはなんなんだよ。少なくとも、新大陸の先住民ってのは嘘だろう? おまえらはどこから来て、ここで何をしている? どうして鳳に近づいたんだ?」

「それを知って、あなたはどうしたいんですか」

「どうするもこうするも……俺たちに害を与えるものであれば排除する。それだけだ。それでどうなんだ。敵か? 味方か?」

「ふむ……敵味方の二元論にされるのは、少々具合が悪いですね。私としては誰の敵でも味方でもあるつもりもありませんが……でも強いて言うなら、人類の敵と呼ばれるものかも知れませんね」

「……なに?」

 

 ギヨームはその時、何か嫌なものが脳裏をかすめていくような感覚を覚えた。カナンの背中に生える翼がパタパタとはためく。それが何故か、左右6対12枚の羽のように見えて……そう言えば、元はと言えば、自分は彼ら翼人がキリスト教の天使のようだと思ったことが、ここまでやって来た最大の理由だと思い出し……

 

「私は、かの者に年老いた蛇と呼ばれたものです」

 

 彼はその言葉を聞いた瞬間。間髪入れず、殆ど反射的に引き金を引いていた。

 

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