護衛求む。行き先はネウロイ……そんな無謀としか言えない依頼のビラを手に、ギヨームはミーティアに頭をべちべち叩かれながら帰還の挨拶をした。その失礼な態度もさることながら、彼女にしては切羽詰まっている様子に、取り敢えず何があったのかと尋ねて、彼は自分が居ない間にあった出来事を知った。
鳳が酒に飲まれてアリスを襲ってしまったことを聞くと、彼は呆れたりがっかりしたりはせずに、寧ろ関心したそぶりで、
「へえ……あれがマグダラとはね」
などと意味深なセリフを呟いていた。ミーティアには何を言っているのかチンプンカンプンだったが、それ以上に彼がほとんど驚いていない様子が気になり、
「ところで、ギヨームさん。なんだかあまり驚いてないように見えますが……」
「ん? ああ、実はレオから聞いてさ」
「タイクーンから?」
ギヨームは軽く頷いて、
「実はレオも帝都にいる時に、ジャンヌみたいにソフィアから魔王化について聞かされていたらしいんだよ。俺が村に行ったら、スカーサハと一緒に丁度それを阻止する方法を探していたみたいでさ、そんで教えて貰ったんだ」
「だったらすぐ帰ってきて、私たちにも教えてくれたら良かったじゃないですか! そうしたらこんなことにはならなかったのに……」
ギヨームは、ミーティアの気持ちは分かるが、そんな風に責められても困ると言わんばかりに、
「つってもよお、レオもまだ調べてる段階で何か見つけたわけじゃないんだぜ? なのに、これこれこういう事情です。まだ何も解決してませんって、お前らに報告しても意味ねえだろ」
「それはそうですけど……」
「帰ってきてもあの時の俺じゃ何の役にも立たなかっただろうし、すぐどうこうなるとも思えなかったんだよ。それに、俺も色々行き詰まってたからさあ」
言われてミーティアは思い出した。そう言えばギヨームは、鳳と比べて自分の力不足を感じるようになり、修行のためにレオナルドに会いに行ったのだった。そんな彼にさっさと帰ってこいと言うのは酷である。ミーティアは声を荒げたことを反省しつつ、
「そう言えば、修行の成果はどうですか? レベルアップしたり、スキル覚えたりしましたか?」
「ん……? まあ、ぼちぼちかな。いや、本当、レオは偉大だよ。色んなことを教えてくれた」
ギヨームは苦笑交じりにそんなことを口走った。あまり人を褒めない彼が自然とそんなことを言うくらいだから、よほどいい経験が出来たのだろう。なら良かったとミーティアがホッとしていると、彼はパンパンと指でビラを弾きながら、
「んで? この張り紙はなんなんだ? ネウロイって、なんであんたそんなとこ行きたがってんだよ?」
「それは……クレアが教えてくれたんですけど、鳳さんが残した手紙には、自分の魔王化を止める手がかりを探すためにネウロイへ行くと書かれていたそうなんです。それを追いかけようかと思って……」
「はあ!? 追いかけるって、あんたマジで言ってんのか!?」
「……マジですけど」
「そんなの無謀だし、見つかるわけねえだろう? ネウロイってどこにあると思ってんだよ? 地球の反対側だぞ!? あ、いや……地球じゃないけど。惑星だけど。とにかくメチャクチャ遠くて、魔族も魔物もいっぱいいて、危険が危ないとこなんだぞ?」
ギヨームが目を丸くしながら彼女の無謀を指摘すると、彼女はうんざりしたような、もしくは拗ねるような表情で唇を尖らせながら、
「そんなの分かっていますよ。私が何年ギルド職員をやってると思ってるんですか?」
「なら分かんだろうが……」
「でも追いかけるって決めたんです!」
ミーティアは叫ぶように言った。
「もう待ってるのは嫌なんです……あの人がそこにいると言うなら、私は行くって決めたんですよ。何もしないで待ってたら、もしかしたらもう、帰ってこないかも知れないじゃないですか……そんなのもう、嫌なんですよ」
彼女には、それがいかに無謀であるかが分かっていた。自分なんかじゃ、そこへ到着するより先に死んでしまうかも知れないということも。自分が意固地になっているのも分かっていた。でも、それでも追いかけずにはいられなかったのだ。
そこが危険であればあるほど、あの鳳だって無事で済むとは限らないのだ。ただ座していたら、彼が死んだことすら分からず、もしかしたら一生彼を待ち続けることになるかも知れないじゃないか。
それが嫌だと言うわけじゃない。苦痛であるわけでもない。だが、そうやってヒロイズムに浸っているのはもう嫌なのだ。彼女がぼんやりと待っている間に、幼馴染は別に運命の相手を見つけてしまった。鳳は、別の子を相手に罪を犯してしまった。
もし彼がまた間違いを犯すことがあるならば、その時は絶対に自分が傍に居ると決めたのだ。そしたらそれは間違いじゃなくなるのだから。
だから彼女は行こうと思ったのだ。それがそんなに悪いことなのだろうか。無謀なのは分かっている。馬鹿だとも思っている。だが、何もしないで諦めるよりは、まだマシな馬鹿だと彼女は思った。
笑いたければ笑え。彼女はふんぞり返りながらギヨームを見下ろした。しかし、彼はそんな彼女に向かって、やれやれとお手上げのポーズを見せると、
「しゃーねえ。じゃあ行くか?」
「……え? ギヨームさん、一緒について来てくれるんですか?」
「ああ、そう言ってるつもりだが?」
「……馬鹿にしないんですか?」
「馬鹿なのは鳳の方だろう?」
その身も蓋もない言葉に、ミーティアは胸のつかえがポロリと取れた気がした。
そうだ、馬鹿なのは鳳だ。ミーティアも馬鹿かも知れないけれど、鳳はもっと馬鹿なのだ。どっちも馬鹿なら、これ以上お似合いの二人はいないじゃないか。
「正直、ネウロイに行ったところで見つかるとも思えないが、ルーシーのことも気になるからついていってやるよ。せめてガルガンチュアの村辺りまでは行く意味もあるだろう」
「は、はい! ……それで、依頼報酬の方なんですけど」
「んなもん要らねえよ……でも、そうだなあ。もしあいつを見つけたら、俺の代わりに一発ぶん殴ってくれないか」
ミーティアは邪悪な笑みを浮かべながら言った。
「元よりそのつもりです」
「そいつは頼もしいな」
ギヨームはその言葉にニヤリとした笑みを向けた。
もしかしたら、彼は彼女の気持ちを汲んで、こう言ってくれてるだけかも知れない。きっと彼女が途中で音を上げるだろうと、高をくくっているのかも知れない。でも仮にそうだとしても、彼女は彼がついてきてくれるというだけで有り難かった。
何故なら、こんな無謀な依頼を受けてくれる冒険者なんて、他に誰もいないことを彼女は知っていたからだ。その気持ちに感謝しつつ、彼女はギルド長へ暇乞いをしに向かった。
護衛の冒険者が彼一人というのは、普通に考えれば心許ない気もするが、今は不思議と彼さえいればなんとでもなるような気がしていた。それはギルド長も同じだったようで、ミーティアが鳳を追いかけたいと言ったところ、彼は最初は驚いて反対したが、最終的にはギヨームが同行するということで許可してくれた。
鳳にはルーシーが同行しているかも知れない。見つけたら一緒に連れ帰ってくると言い残し、二人は続いてジャンヌを誘いに街へ出た。
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フェニックスの街の宿屋に居を構えていたジャンヌを尋ねると、彼女は丁度旅支度を終えたところのようだった。ギヨームが帰還の挨拶をし、暫し3人で雑談を交わす。
ミーティアはもしかして、彼女も自分と同じように鳳を追いかけようとしているのかと思い、嬉しくなった。ところが、サムソンと共に宿屋をチェックアウトしようとしていた彼女の目的地が、ネウロイではないと分かりミーティアは狼狽した。
「帝都へ……?」
「ええ、そうよ」
「あの……私たちはネウロイへ向かおうと思ってるんですけど」
「そう。私は白ちゃんを追いかけたりしないわ」
「なんだ、おまえは鳳ハーレムに入らないのか?」
ともすると決別とも思えるカラッとしたその宣言に、ミーティアが言葉を失っていると、背後からギヨームのド直球なセリフが聞こえてきた。彼女がそんな無遠慮なギヨームの足を踏みつけていると、ジャンヌは苦笑いしながら続けた。
「私にはその資格がないわ。多分、彼がああなってしまったのは、私のせいだと思うもの……」
「そうか? 元々のあいつの性格のせいだと思うぞ」
「それもあると思うけど、その切っ掛けを与えてしまったのは、やっぱり私だったと思うのよ。私が考えているよりもずっと、LGBTと普通の人とでは、感覚のがズレが大きいんでしょうね。私がこうして完全に女になっても、彼にとって私はいつまでも頼れるマッチョなお兄さんだったのよ。私はそれが嫌で、なんとかその認識を覆そうとしていたけど、そんなこと彼は望んじゃいなかったし、今やることでも無かったわ。
今回の件で踏ん切りがついた気がするの。私がやるべきことは、彼が間違えたときに、逃げ場になることじゃない。一緒に戦うことだったのよ。それを忘れて、女になったって浮かれて騒いで、ずっと彼にプレッシャーを掛け続けていたのね。だから罰が当たったのよ。
彼が一番苦しんでいる時、私はミーティアさんみたいに彼を支えてあげたいって言い出せなかった。クレアさんやアリスちゃんみたいに、まっすぐ彼を愛せるとも言えなかった。私の現在位置はそこで、これからもう近づくこともないでしょう。完敗ね。だから、ミーティアさん。彼のことはあなたにおまかせするわ」
「ジャンヌさん……」
ミーティアはそれでもまだ諦めることはないと言いたかったが、自分が好きになった相手を好きになってくれとは言えず、黙っていることしか出来なかった。考えてもみれば自分たちは恋のライバルで、彼が必ず自分を選んでくれるとは限らないのだ。
そんな二人がお互いに黙りこくっていると、バツの悪い雰囲気を嫌ってか、ギヨームが話題を変えるように言った。
「それでジャンヌ。どうして帝都へ行こうとしてるんだ? この街で待ってるんじゃ駄目なのか」
ジャンヌは、はたと気づいた感じに首を振ってから、
「あら、勘違いさせちゃったみたいね。別に私は、みんなとお別れしようと思って帝都へ行くわけじゃないのよ。私は私で、白ちゃんの魔王化を止める手立てがないか、探しに行こうと思ってね」
「なんだ、そうだったのか。でも、どうして帝都なんだ?」
すると彼女は難しそうな顔をして、腕組みした片手で頬杖を突きながら、
「これはただの女の勘でしかないんだけど……白ちゃんはネウロイに何かがあると思ってるみたいだけど、私はそう思わないのよね。きっと彼は、ネウロイに、帝都や勇者領の峡谷にあった『P99』みたいな機械があると思ってるんでしょうけど、もしそんなものがあるとするなら、誰が管理してるのかなって……」
「管理……?」
「もし誰かが神人を作るように魔族を作り出しているなら、その機械を操作するオペレーターがいるはずよ。そうじゃなくて、単に魔族を狂わす電波を発するような機械があるだけだとしても、今度は理性を持たない魔族に囲まれてるのに、千年以上も破壊されずに稼働し続けているのは妙でしょう?
それに、魔王化の影響はネウロイだけじゃなく、この
なるほど、確かにそうだ……ギヨームは感心して頷いた。どうやら今は鳳よりも、ジャンヌの方がよっぽど冷静であるようだ。彼女は続けて、
「で、考えてみたのよ。元々、魔族っていうのは、獣人や神人に嫉妬して対抗しようとした人類が、人工進化して生まれた種族なんでしょう? だったら今はどうあれ、初期には神人や獣人と同じように、DAVIDシステムの力を借りていたはずじゃないかしら……? なら、実は怪しいのは場所じゃなくて、P99なんじゃないかなって……」
「ふーん……言われてみれば怪しいな」
「うん。あくまで直感でしかないんだけどね。どちらにせよ、魔王化についてはソフィアに一日の長があるんだし、相談がてら調べてみようかなって」
「そうか。ならそっちの方は頼むよ。俺はネウロイに賭けてみる。どっちにしろ、あの馬鹿を連れ帰らなきゃなんねえしな」
「頼んだわ」
ギヨームとジャンヌがお互いに健闘を称え合っていると、それを背後で聞いていたサムソンが歩み出てきて言った。
「なんだか、そっちの方が大変そうだな。もしよければ俺も一緒にいってやろうか?」
「はあ?」
まさかそんなこと言い出すとは思いもよらず、ギヨームは面食らって素っ頓狂な声を上げてしまった。サムソンは当然、ジャンヌと帝都へ向かうのだと思いきや、ついてきてくれるという。そりゃ場所が場所だけに、戦闘員はいくらいても助かるが……
「はあ!? 何言ってるんですか、サムソンさん。それじゃジャンヌさんの方はどうするんですか?」
「ジャンヌなら俺がいなくとも、帝都に行くくらいわけないだろう?」
「そう言うことじゃなくってですねえ……!」
ミーティアはイラッとしながら、
「気持ちは嬉しいですけど、私たちはこれからネウロイに戦いに行くんじゃなくて、人を探しに行くんです。戦闘は極力避けて通るつもりなのに、そんな中にあなたみたいな図体がデカいだけの人が混じってしまったら、かえって目立って邪魔なだけですよ」
「じゃ、邪魔!? いや、しかし、戦闘をしなくとも俺は役にたつと思うが」
「それにサムソンさんみたいにきっついヨーグルト臭を漂わせていたら、いくら隠れていても魔物に感づかれてしまいます。いいえ、それ以前に、そんな人が四六時中隣にいたら、私のほうが先に参ってしまいますよ。もしそれでもどうしてもついて来たいと言うのであれば、まずはそのキツイ体臭をどうにかしてください。あともう少し小さくなってから出直して来てください。あとあと、私、生理的にハゲは受け付けないんでよろしく」
「ひどいっ!!」
サムソンはここまでけちょんけちょんに言われるとは思わず、ショックを受けて泣き崩れた。その隣ではジャンヌが苦笑しながら、そんなに体臭きつくないよと慰めていた。ミーティアはそれを見ながら、またサムソンが心変わりしないうちに、さっさと出発してしまおうと、
「それでは、ジャンヌさん。私たちはこれで、慌ただしい出発になってしまいましたが、生きていたらまたお会いしましょう」
「え、ええ、その時は白ちゃんと一緒に」
ミーティアはごきげんようと爽やかに挨拶をすると、気の毒そうな顔をしているギヨームの服をグイグイと引っ張り、ジャンヌの宿屋から外に出た。往来まで引っ張られてきた彼は、やれやれとため息をつくと、
「あんたさあ……酷いんじゃね? あんなこと言われたら、あいつ立ち直れねえぞ?」
「はあ? 何言ってるんですか。私、メチャクチャ優しいじゃないですか。サムソンさんが魯鈍なのが悪いんですよ」
「いや、言いたいことは分かるけどさ……」
しょっちゅう鳳と漫才を繰り広げているのを見てきたが、彼女は笑顔が怖いだけではなく、根本的に口も悪いようである。ギヨームは、道中は下手に彼女を怒らせないでおこうと心に誓った。
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帝都へ旅立つというジャンヌたちと別れて、ミーティアとギヨームはまたギルド酒場へと戻ってきた。今度は自分たちが旅支度をする番だった。
とは言え、旅慣れているギヨームと違って、問題はミーティアだけだった。一般人の彼女は何をどれだけ持っていけばいいか分からず、行き先も行き先だけあって、最初は両手に抱えきれないほどの荷物を持っていたが、すぐにそんなんじゃ駄目だとギヨームに断捨離させられた。
彼女は彼に言われるままに荷物を減らしていったが、そのあまりの捨てっぷりに段々自信が持て無くなっていった。最終的には彼女が想定していた一週間分くらいの荷物しか残らなくて、流石にこれじゃ保たないんじゃないか? と抗議の声を上げたら、
「あのなあ、保たないんじゃないか? じゃなくて、どうせ保たないんだよ。物資は必ずどこかで尽きる。そこで動けなくなるんなら、最初からネウロイなんて目指すべきじゃないんだよ。寧ろ、物資が尽きてからが本番で、そこから先は色々と工夫して進まなきゃなんねえ。極端な話、荷物なんて何も持たずに森に入っても生きていけるサバイバル技術こそが必要なんだよ」
残念ながらそんな技術なんか持ち合わせてはいない。まあ、そのためにギヨームが居るわけだが……彼女は本当に大丈夫かな? と思ったが、今となっては森歩きのエキスパートである彼の言うことを聞くのが、結局のところ最善だと割り切り、言われた通り荷物をスッキリさせた。
最終的に彼女には背負って駆け足が出来る重さのリュック一つだけが残り、ギヨームが野営用の荷物を持ち、食器類はミーティアが担当することになった。取り敢えず食料はここから持っていかず、物資は森に入る直前に周辺の村からかき集めることにして、そして彼らは馬車を捕まえるべくギルドを出た。
往来は喧騒に満ちていて、街の人々はもうこの間の騒ぎを忘れてしまっているかのようだった。時折聞こえてくるうわさ話も、これと言って深刻なものはなく、単に鳳が休暇を取ったらしいという程度で、思ったよりも混乱は少ないようだった。
もしかするとこの国は、もう彼がいなくてもやっていけるんじゃないかという錯覚すら覚えるが、実際には鳳が居なくなった段階で勇者領が手を引き、帝国との綱引きが始まるはずである。その時、この国の舵取りを行う者がこの繁栄を維持できるかが問題なのだ。正直なところ、現状では誰が後継者になったところでそれは不可能だろう。
だがそんなことにはならないだろう。
ギヨームは、実はミーティアよりも、ずっと鳳を連れ帰ってくる気満々だった。彼にはそうしなければならない契約があるのだ。
街の玄関でもある広場までやってくると、大量の馬車と荷物と荷運びの労働者たちでごった返していた。即席の市場が立ち、威勢のいい声があちこちから聞こえてくる。
そんな中、東へ向かう馬車を探して二人がうろついていると、遠くの方から息せき切って小さな影が駆けてきた。それがまっすぐこちらへ向かってくることに気づいたミーティアが顔を上げる。見ればこのところ鳳の使いっぱしりで、すっかり見慣れてしまったアリスだった。彼女はいつものメイド服ではなく、どこか旅立ちを想起させる簡素な出で立ちで現れた。
「おや、アリスさん。珍しいところでお会いしますね」
ミーティアが、この間の騒動もあってバツが悪いなと思っていると、アリスはそんな彼女を見つけると息を整えながら近づいてきて、
「ギルドへ行ったら、今日は店じまいと言われまして……マスターさんに、追いかければまだ間に合うかもって……」
恐らく、ギルドに何か依頼をしに来たのであろうに、いきなり店じまいと言われて彼女は戸惑っているようだったが、すぐに意を決したように、
「あの……私も勇者様を追いかけたくて……」
多分、ギルドに護衛の冒険者を斡旋してくれるよう依頼しに行ったのだろう。そうしたら、一足先にミーティアが旅立ったと聞いて、慌てて追いかけてきたのだ。
考えることは同じか……
はっきり言って、アリスは恋のライバルであり、助ける義理はまったくない。もし鳳と再会したら、彼は彼女の方へ靡いてしまうかも知れないし、自分同様、何の戦闘スキルも持ち合わせていない彼女は足手まといにしかならないだろう。そもそもギヨームが同行を拒むかも知れない。だから断るのは簡単だが……
しかし、ミーティアはため息を吐くと、
「……一緒に来ますか?」
するとアリスは恐る恐ると言った感じに、
「よろしいのですか?」
「ええ。どうせ拒否しても、別の冒険者を雇って追いかけて来るつもりでしょう? そんなことしても騙されるだけかも知れませんし……ネウロイまで到達できる冒険者なんて、彼の他に居るとも思えません。なのに拒否して、あなたが今ごろどうしてるのかな? なんて考えるのは寝覚めが悪くて仕方ありませんから、だったら初めから一緒に居たほうが良いでしょう。ギヨームさん? よろしいでしょうか?」
「ああ。いいぞ。荷物持ちくらいにはなんだろ」
頭の後ろで手を組みながら、二人の様子を見ていたギヨームが、まるで近所に散歩に行くくらいの気安さで請け合った。以前の南部遠征で、ルーシーの同行を拒んだ彼と同一人物とは思えないほどである。
ヴィンチ村で、よほど良い修行が出来たのだろうか? 今の彼からは自信というか、何かオーラのようなものを感じさせた。ミーティアはそれを頼もしく思いながら、
「ではアリスさん。これからは彼の言うことに何があっても従ってください。こう見えても彼は腕利きの冒険者ですから、言うことさえ聞いていれば道中の安全は保証出来ます。と言うか逆に、彼が駄目な時は私たちも駄目なんで、その時は思いっきり罵ってやってください」
「はい、奥様」
「……奥様?」
聞き慣れない言葉にミーティアが面食らう。まじまじとアリスの顔を覗き込んでいたら、彼女は何か悪いことでもしてしまったのかと言った感じに、
「あの……何か失礼でも申し上げましたでしょうか?」
「いえ。いきなりだったので、ちょっと驚いて。奥様って私のことですか?」
「……? はい。勇者様の……いえ、ご主人さまの奥様でしたら、そうお呼びしたほうがよろしいかと思って……それともミーティア様とお呼びした方が良いでしょうか?」
「いいえ! 奥様でいいです。良いですね、奥様……これからもずっと奥様と呼んでください」
「はい」
「因みに、クレアのことはなんて呼ぶつもりですか……?」
「……? クレア様はクレア様ですけれど……」
「あなたいい人ですね。気に入りました」
ミーティアはキャッキャウフフと浮かれている。二人はまるで数年来の友のように仲睦まじく、並んで往来を歩いていった。
そんな感じに、どことなく嬉しそうなミーティアと、それに子犬のように従うアリスを追いかけて、ギヨームが後からのんびりとついていく。彼はそんな二人を遠巻きに眺めながら、彼女らに聞こえないくらい小さな声で呟いていた。
「……聞こえるか? カナン。ああ……ああ……分かってる。そっちの方は任すよ。後は鳳次第だが……まあ、なんとかなんだろ」
彼はニヤリとした笑みを浮かべると、
「じゃあ、始めようか。終わりの始まりを……」
(5章・了)
次回更新は4月1日を予定してます。ではでは