冒険者ギルドの受付嬢ミーティアはジャンヌを連れて店の奥に行ってしまった。その辺をブラブラしていろと言われたが、勝手の分からぬ異世界の酒場、おまけに強面の獣人達がジロジロと無遠慮な視線を投げかけてくる中では落ち着かない。仕方ないので掲示板を熱心に見ている振りをしてみたが、依頼の数にも限りがあるから、あっという間に手持ち無沙汰になってしまった。
ジャンヌ、早く帰ってこないだろうか……せめてミーティアだけでも戻ってきてくれればいいのに、客をほったらかすとは不届き千万な受付嬢である。ところでなし崩しになってしまったが、自分もちゃんと冒険者登録されてるんだろうか。言われるままにエントリーシートを書いてはみたが……
ふとカウンターを覗き込んで見れば、そのシートが無造作にほっぽり出されていた。ジャンヌの紙は見当たらないから、明らかに鳳の分だけ捨てられたのだ。ちくしょう、客を差別するなんて……彼はエントリーシートをひったくると、余白に『鳳白は将来性抜群。一考の価値あり』と書き殴った。
瞬間、インクが紙の上からふわりと浮いて、彼の落書きは雲散霧消してしまった。無機物にまで将来性を否定されなきゃいけないのか。鳳がギリギリと涙を噛み締めていると、そんな彼を哀れに思ったのか、酒場のマスターがこっちへおいでよと手招きをしているのが見えた。
ダンディといえば聞こえがいいが、見た目は完全に
「ほらほら、そんなところに突っ立ってないで、こっち来なさいよ」
と言って鳳の腕を引っ張った。
「でも、お金ないし……悪いし……」
「そんなの誰も期待しちゃいないわよ。レベル2のくせに遠慮しないの」
レベル2ってやっぱりそういう扱いなんだろうか……なんだかグイグイとくるウェイトレスに腕を掴まれて、鳳はカウンター席まで連れてこられた。ミーティアとは感じが違うが、これまた笑顔が目映い女の子だった。
年の頃は10代後半から20代前半、鳳と然程変わらないくらいだろうか。アキバのメイドさんみたいな格好ではなく、ドイツのオクトーバーフェストにでもいそうな感じの服を着ていた。こっちの世界ではこれが普通なのだろうか。
「私はルーシー、よろしくね」
「はあ……鳳白っす」
「鳳くんね。ほら、そんな背中丸めてないで、しゃんとしなさいよ。ミーさんも言ってた通り、登録しなくても出来るお仕事だってあるんだからさ」
「はあ、こんな俺でも出来るんでしょうか」
「大丈夫だよ。私にだって出来るくらいよ。だから元気出して」
「はあ……」
「こらっ! ため息ばっかり吐かないの!」
人の情けが身にしみる。なんか、こっちの世界にきてから初めて優しくされたような気がする。ルーシーは鳳の背中をバンバン叩くと、他の客に呼ばれて去っていった。途中で何度も振り返っては笑顔で手を振る姿が可愛らしい。鳳を見つめる瞳がどことなく潤んで見える。
もしかして俺のこと好きなのかしら……モッコリしてきた。などと鳳が思っていると、
「おい……あの子が優しいからって勘違いするなよ」
と、彼女に聞こえないくらいの声で、マスターがボソッと呟いた。もしかして、マスターも彼女のことを狙っているのだろうか。残念だったな、彼女は俺に夢中だぜ、フフンっ……とか思っていたら、ルーシーが呼び出された客の注文を取りながら、ベチベチと親しげにその背中を叩いているのが見えた。
遠くて聞き取れないから何を喋ってるかは分からないが、顔を真っ赤にしながら掴みかかった背中に胸をグイグイ押し付けている姿を見るに、相当話が弾んでいるようである。なんだあれは、俺の女に手を出しやがって、あの客、後で覚えてやがれよ……懲りない鳳がそんなことを考えていると、
「見ての通り、彼女は誰にでもああだから、凄い人気者なんだ。女性との一次接触に慣れてない童貞じゃコロッといっちまう。でも、勘違いして馴れ馴れしくしてると、店から出た途端にズドンだぞ。それで店に来なくなった客が何人もいる。お前も誰に闇討ちされるか分からないから、絶対手を出すなよ」
「天然トラップかよ! おっそろしいなあ……」
もう一度こっちに来たら尻を触ってやろうと思っていたが、危ないところだった。鳳が額に吹き出た汗を拭っていると、彼の目の前にスーッと音もなくグラスが滑り込んできた。八合目くらいまで注がれた透明な液体がシュワシュワと泡立っている。マスターに、注文はしてないし、お金もないことを告げると、
「この街のルーキーにお祝いだ。遠慮せず飲んでくれよ」
とのことだった。この店の従業員はとても親切だ。もしくはこの世界の住人がそうなのか。あまり文明の発達していない異世界だから、もっと殺伐としてるかと思いきや、意外と道徳的である。
匂いを嗅いでから口に含むと、炭酸水に溶けたレモンとはちみつの爽やかな風味が口いっぱいに広がった。ほんのちょっぴりアルコールが入っているようなので、ジンフィズというやつだろうか。頭の中でレシピを思い浮かべるが、他はともかく炭酸水が手に入るのは意外だった。
その辺で
「……レベル2なの?」
「ええ、まあ……レベル2ですけど、なにか?」
「……きっと良いことあるよ」
なんか慰められた。彼は話題を変えるように、
「連れの、あの……筋肉だるま?」
「ええ、はい、筋肉だるまがなんでしょうか」
「あの人、レベル101って本当? STR23なんて……そんな人間がいるなんて、信じられないが」
人間じゃなきゃ居るのかな? と思いつつ、マスターに本当だと返事している時、彼は自分にもちょっと不可解なものがあることに気がついた。
確かジャンヌはレベル99だったはずだ。元の世界でそうだったし、昨日そう言っていたし、今朝方、アイザックに陰謀で行われていたレベリングにも参加していないから間違いない。なのにいきなりレベルが上っているのはどうしてだろうか。
----------------------------
鳳白
STR 10 DEX 10
AGI 10 VIT 10
INT 10 CHA 10
LEVEL 2 EXP/NEXT 0/200
HP/MP 100/0 AC 10 PL 0 PIE 5 SAN 10
JOB ?
PER/ALI GOOD/DARK BT C
PARTY - EXP 0
鳳白
†ジャンヌ☆ダルク†
----------------------------
鳳は自分のステータスを確認してみた。すると、昼間はあったはずのパーティー経験値が無くなっていて、名前の横のレベルアップの文字も消えていた。考えられるのはこれしかない。アイザックの部下に襲われていた時、藁にもすがる思いでジャンヌの名前を連打したのだが……もしかして、ジャンヌはその時レベルアップしたのでは?
思い返してみると、あの時、パーティーチャットの向こう側で彼は妙に慌てていた。その後の出来事が色々ありすぎたせいでなし崩しになってしまったが、あとで話を聞いておいた方が良いだろう。
仮にもし鳳の予想が正しいとすると、これはパーティーの共有経験値ということになる。なら、今後まずはジャンヌに経験値を稼いでもらって、それで鳳のレベルを上げて、行く行くは一緒に冒険者としてやっていくというのも有りかも知れない……
「よう、兄ちゃん。おまえ、さっきの筋肉の連れなんだろ?」
そんなことを考えていたら、誰かが声をかけてきた。
振り返るとそこに狼の大きな口があって、彼は思わず仰け反った。そんな彼の姿を見て
「おいおい、レベル2だからってビビり過ぎだぜ。
「え、ええ……まあ……」
「そうだろそうだろ。あっちの街で暮らしてたんなら、俺達のことを見る機会はないだろうからな」
狼男は一人で納得していた。あっちの街とはアイザックの城下町のことだろうか……つい迫力に圧されて喋ってしまったが、まだこの世界のことがわからないうちは、あまり情報を漏らさないように気をつけたほうが良いだろう。
鳳がそんな決意をしている間も、狼男は構わず色々と聞いてきた。
「さっきの筋肉だるま、レベル101ってのは本当なのか? もし本当ならもの凄い手練だ。俺たちもこの辺で冒険者をしてるんだが、そんな奴は見たことがない。もしかすると今後彼に世話になるかも知れないから、覚えておいて貰えると助かるよ。だから兄ちゃんも、仲良くしてくれよな」
「は、はあ……」
「そう警戒するなよ。俺の顔が怖いのは、俺のせいじゃないんだからよ」
「そ、そっすね。人を見かけで判断しちゃあいけませんね」
鳳がおっかなびっくりそう返すと、狼男は、お? 分かってるな、とでも言いたげにしっぽをパタパタさせながら、
「こうして出会ったのも何かの縁だ。良かったら俺たちのテーブルに来て一緒にカードをやらないか? おまえ、置いてかれて暇してるんだろ」
「カード、ですか……?」
狼男が指差す方を見てみると、中央のテーブルを囲んでカードをしていた狼男の一団が、手を振ってそれに応えた。店に入ってきた時にも目立っていた連中だ。群れをなす狼とはなんとなく怖いイメージがつきまとう。
この狼男は感じが良さそうだが、あまり関わり合いにならないほうが良いだろう……彼はそう思って断ろうとしたが、その時、ふと彼らが持っているカードが気になって、
「カードって、ありゃトランプですか? 1スート13枚で、スペードとかクラブとかのマークが描いてあるやつ?」
「そりゃカードって言ったら、それしかないだろう」
狼男は何を当たり前のことをと言いたげにしていたが、鳳からしてみれば不可解な話である。世界が変わっても似たようなカードゲームなら存在するかも知れないが、自分の知っているトランプと同じものがあるとは思わなかったのだ。
さらに詳しく聞いてみれば、彼らがやってるゲームの名前はポーカーだという。これも彼が知ってる地球のポーカーと同じだとしたら、どうしてこんな偶然が起きているというのだろうか……?
鳳がそんなことを考えていると、ウェイトレスのルーシーがやってきて、
「やめときなよ、カモにされちゃうよ」
「そんなことしねえよ、失礼な姉ちゃんだなあ」
鳳を止めようとするルーシーと狼男がやり合っている。彼女の助言を聞いて断る方がいいのだろうが……
結局、鳳はトランプのことが気になってしまい、確認のつもりで狼男達の囲んでいるテーブルへと行くことにしてしまった。
背後でルーシーが不安そうな表情でこちらを見ている。彼女にしてみれば純粋に親切での行為だったろうから、あとで謝っておいたほうがいいだろう。彼は狼男達がたむろするテーブルに着きながらそんな事を考えていた。