バルティカ大陸最南端ネウロイの地で、鳳はようやく探し求めていた人工物を発見した。それは不毛の大地を虱潰しに探索していた時、思いもかけないような場所から見つかった。
ネウロイの奥地はかつて氷河に閉ざされていたのか、フィヨルドのようなデコボコとした地形が広がっていたのだが、そんな中でも特に目立ったテーブルマウンテンみたいな平たい山の頂上に、とても常識では考えられないようなお城が建っていたのである。
それは正に西洋の城塞といった趣の建築物だった。城の周りにはいくつもの円筒形の塔が立ち並び、それらが全て石積みの城壁で繋がれている。周りは水堀で囲われ、城に入るには跳ね橋を渡るしか無いが、その先のゲートを潜った広場には、ゴシック建築みたいな重厚な尖塔がそびえ立つ館が建っており、中でも一際高い尖塔は鐘楼となっていて、それが風に吹かれて時折、ゴーン……ゴーン……と音を鳴らしていた。
その音が、上空の風に乗って微かに聞こえてきたから、鳳は難なく城を発見できたのだが、多分、その音が山の麓に響いても、地上からは絶対見つからなかっただろう。山は断崖絶壁に囲まれていて、登る手段がない。それじゃ、どうやってこんなものを建てたのだろうかと首を捻りたくなるが……それはさておき、ようやく見つけた手がかりである。彼は逸る気持ちを抑えて、キャンプに置いてきたルーシーを迎えに戻った。
「うっわー! なにこれ! お城だよ! お城があるよ!」
「な? 俺が言ったとおりだろう?」
キャンプに戻った鳳が人工物を発見したと言うと最初彼女は喜んだが、それがお城だと言ったらこんな時にふざけるなと怒られた。それが普通の反応だろうが、端から否定されては堪ったものじゃない。嘘じゃないからとにかくついてこいと引っ張って、こうして舞い戻ってくると、彼女はそれに近づくにつれて興奮気味に叫びだした。
こんなマチュピチュみたいな秘境に人工物が建ってるだけでも信じられないのに、それが意匠を凝らした欧州風の建物なのだ。普通に考えてあり得ない。
「もしかして、昔ここに人が住んでいたのかな?」
というルーシーに対し、
「いや、ネウロイには少なくとも一千年以上、人間が近づいたことはなかったはずだ。それ以前から建っていたことも考えられるが、それだと朽ちもせずに、ここまで綺麗に残っているわけがない。十中八九、迷宮だね。アマデウスの迷宮だ」
鳳がそう断言すると、ルーシーが小首をかしげながら、
「迷宮っていうのは同意見だけど、どうしてこれが彼のものだと断言出来るの?」
「それはもう、建物の建築様式としか言えないね。これはヴィンチ村の爺さんの館や、フェニックスにあったヴェルサイユ宮殿に感じが似てるだろう?」
「うーん……うん。言われてみれば」
「彼らはみんな、生まれ故郷が近いんだよ。だから彼らが城って言うものをイメージすると、こういうのになる。クオリアは心象風景そのものだから、こういうのが迷宮として残ったんだとしたら、それはアマデウスの迷宮だと考えるのが無難だろう」
「ふーん……こんなお城が、おじいちゃんたちの故郷にはいっぱいあったんだ。鳳くんの国には無かったの?」
「俺は城って言うと、もっと別のものを思い浮かべる。まあ、こういうお城もあるにはあったけどね。地方の山奥とかに」
鳳が、そう言えば目黒川沿いにもでっかいのが建ってたなと懐かしく思っていると……ルーシーがどことなく緊張気味に言った。
「で、どうする……? 探検するなら、どっちかが偵察に行ったほうが良いよね……」
「どうして?」
「だって、迷宮でしょう? 最初、峡谷の迷宮に入ろうとした時、ひどい目に遭ったじゃない。忘れたの?」
「ああ~……そう言えば。精神攻撃される可能性があるのか」
こんな場所で、二人揃って赤ちゃん返りなんてしてたら命がいくつあっても足りない。一人が先行して、もう一人がサポートに回るのが無難だろう。となると、どちらが危険を冒すかであるが……
「俺が巻き込んでしまったんだし、俺が先に行くのが筋だろう。ルーシーは後からついてきてくれ」
「ダメダメ! 私が先に行くよ」
「……なんで?? 危険だし、今の俺ならちょっとやそっとじゃどうにもならないから、俺が行った方がいいと思うが……?」
するとルーシーは首を振って、
「今の鳳くんにおかしくなられても、私じゃ止められるかわからないよ。逆なら問題ないでしょう?」
「あー、まー、確かに……」
「もしもおかしなことが起きたら、全力で止めてよね?」
鳳は少し気が引けたが、他にいい案も見つからないから同意した。
迷宮はおよそ70~80メートル四方と、城にしてはこじんまりしたものだった。断崖絶壁の上にあるため、この近辺に魔族はおらず、襲われる心配はなさそうである。と言うか、外界と完全に隔絶されている場所のようだから、ガラパゴス化しているのか、ちょっと歩いただけでも、見たこともないような奇妙な生物がちらほら見つかった。きっと、見る人が見れば、ここは宝の山に違いない。
尤も、そんなものをゆっくり観察している場合でもないので、二人は城壁を一周して周囲に危険が無いのを確認すると、いよいよ内部に入るために跳ね橋の前へと移動した。
平たい山の山頂であるため、強い風がビュービュー吹き付ける中、慎重にその跳ね橋を渡っていくと、城壁内へ侵入した瞬間にピタリと風が止んで穏やかな天気に一変した。多分、この城壁が既に迷宮なのだろう。二人は頷きあうと、当初の予定通りにルーシーが先行して迷宮内を調べていくことにした。
とは言え、少し慎重すぎたかも知れない。城壁内は明らかに外の空間とは違ったが、特に目立って危険な物は見つからなかった。中央の館の周りは誰かが手入れをしているような気配もなく、花壇や東屋のような施設もないため殺風景だったが、下草がそれほど伸びてはおらず非常に歩きやすかった。
となると本命は中央の館の中だろう。二人は玄関らしき両開きの扉の前に移動すると、ルーシーが今度こそ何かが起きるかも知れないと緊張しながら扉を開いて中を覗き込んだ。
その扉は木製で、綺麗な彫刻が施されたものだった。館の外観は遠目にはお城のように見えたが、この扉の感じからすると、もしかしてここは教会やレストランのような建物なのかも知れない。そんな印象を持ちながら彼女の動向を見守っていると、いよいよ決意して中に入っていった彼女が、暫くしてから外に呼びかけてきた。
「鳳くん! 取り敢えずは大丈夫そうだから、ちょっと入ってきてよ!」
声のトーンからしても危険は全くなさそうである。ホッとしながらその声に応じて玄関の扉をくぐると、中は電気も通ってないだろうに、明るくて柔らかな光に包まれた空間が広がっていた。
密閉された空間であったが床に赤絨毯が敷かれて足音が響くこともない。壁には等間隔にランプが吊るされていたが、部屋の明るさの正体がこれだけとは考えられないから、恐らく照明というより装飾用に取り付けられた物だろう。他にも観葉植物の入った花瓶や、なんだかこざっぱりした風景画などが飾られている。
部屋はおよそ20畳くらいの広さだったが、エントランスとしては少し広すぎる印象だった。さっきぐるりと一周りした館の大きさからして、この部屋だけで四分の一くらいのスペースを使っていそうである。なんでこんな無駄なスペースを? と思いつつ、彼を呼んだルーシーの方へと歩いていくと、部屋の中央に佇んでいた彼女は道を開けるように脇にどいて、そこにあった立て看板を指差しながら困った感じに首を傾げて見せた。
「なにこれ?」
鳳が尋ねると、彼女はさっぱり? とお手上げのポーズをしながら、
「わかんない。中に入ってすぐ目についたんだけど……とにかく読んでみてよ」
言われたとおりに彼女の指差す看板を見てみると、そこにはこんな言葉が書かれていた。
『当サロンは会員制となっております。はじめてお越しの方は、必ず男女ペアになってお進みください』
サロンというのは要するに会員制クラブみたいなものだろうか。しかし、こんな世界の果てみたいな場所にそんなものがあっても、会員など一人もいやしないだろう。これはこの迷宮の持ち主なりのジョークなのだろうか? ともあれ、肝心なのはその言葉の意味である。
「男女ペアってことは、二人同時に入ってこいってことかな……?」
「多分そうみたい。さっき私が中に入った時は、この看板が立ってるくらいで、他におかしなものは何も無かったんだ。でも、今は見て」
彼女がそう言って指差した先には、いつの間にか隣の部屋へと続く扉が現れていた。鳳が部屋の中に入った時点では無かったものだ。どうやら、彼が看板を読んだことで現れたらしい。
鳳たちはお互いに顔を見合わすと、扉の外から次の部屋の様子を窺ってみた。その先には今いる部屋と殆ど変わらない赤絨毯の広間が広がっていて、その中央にはまた同じように立て看板が立っており、
『クロークにコートをお預けください』
と書かれてあった。立て看板の隣には大きな籠が置かれており、恐らくここに今着ているコートを入れろということだろう。鳳は唸り声を上げた。
「……どうやら、この看板の指示に従えば次の部屋への扉が開く仕組みみたいだな」
「これじゃあ、どっちかが先行して偵察するなんて出来ないね……」
「どうする? 一旦出直して、何か対策を考えようか?」
「うーん……でも、対策って何?」
そう言われると返答に困った。要は立て看板の言うことを聞かずに先に進む裏技みたいなものがあればいいのだが、普通に考えてそんなものが見つかるとは思えなかった。
迷宮は、その持ち主のクオリアだから、この中に入った時点でその人のテリトリーの内なのだ。ルールに従わない者を、自分の心の中に受け入れようという者はいないだろう。いたらマゾである。この中では、迷宮所有者が絶対であり、言わば神みたいなものなのだ。
その神に従わないのは寧ろ自殺行為であり、強引なことをして下手に機嫌を損ねてしまったら、かえって危険なことが起きるかも知れない。ここは正攻法で攻める以外に、どうやら方法はなさそうである。
「仕方ない。今の所、危険はなさそうだし、このまま進もう。ここまで来て手ぶらで帰るってわけにもいかないからな」
「わかった。ねえ? 私を連れてきて良かったでしょう?」
鳳が提案すると、彼女はフフフんっと不敵な笑みを浮かべながらそういった。確かに、もし彼女がここに居なければ、鳳は迷宮の前で立ち往生しているところだろう。それについては感謝しているが……
何もこんな時にそんなことを言わなくてもいいだろうに、無理やり着いてきたことに、よほど引け目を感じていたのだろうか? 鳳は分かった分かったと同意すると、必要以上に謝辞を述べておいた。
隣の部屋に進んだ二人は、看板の指示通りに外套を脱いで籠に入れた。すると予想通り目の前の壁に、また新たな扉が現れた。二人は一応、何か仕掛けがあるかも知れないからと、クロークの部屋を隅々まで調べてから隣の部屋へと移動したが、案の定というか、そこにも同じような看板が立っており、
『当サロンは土足厳禁となっております。ここで靴をお脱ぎください』
と書かれてあった。看板の隣には下駄箱が置かれている。鳳は靴を脱いでそこに入れると、
「なんだか、注文の多い料理店みたいだな」
「なにそれ?」
「そう言う有名なお話があるんだよ。主人公が山奥で見つけたレストランに入ると、ここみたいに看板が立っていて、色々と指示が書いてあるんだ。主人公はお腹が空いてて早くご飯が食べたいから、書かれているとおりに指令を実行していくんだけど、それがどんどん奇妙なものになってくんだよ」
「奇妙ってどんな?」
「服を脱いで塩コショウを体に揉み込んだり、小麦粉をまぶしたりしろって言うんだ。で、流石にこれはおかしいぞと思った主人公が、そっと様子を窺ってみると、実はそのレストランは化け物の巣で、食べられるのは主人公の方だったって話だ」
「うひゃー! そんなの普通、食べられる前に逃げ出すよね!?」
「うん。物語でもちゃんと主人公は逃げ出すんだけどね」
「なら安心だ……って、安心してちゃ駄目か。もし、ここも同じような場所なら、私たちが食べられちゃうってことだよね?」
「まあ、それは無いと思うけどね」
なにしろ予想では、ここはアマデウスの迷宮なのだ。かのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが食人鬼だったなんて話は聞いたことがない。
「でも、もしかしたら武装解除をしておいて、戦闘はあるかも知れないから、ちょっとは警戒しといたほうが良いかもな」
「その時は頼りにしてるよ? 私、戦闘系のスキルはまったくないからね」
二人は気を引き締め直して先に進んだ。ところが……続きの部屋の立て看板には、早速二人が気にしていたようなことが書かれていた。
『お荷物をお預かりします。こちらにお預けください』
看板から少し離れたところに、クローゼットみたいな大きな棚が置かれている。二人は顔を見合わせた。
キャンプを引き払って来たばかりだから、二人は大荷物を抱えていた。その中には数日分の水や食料、地図にコンパスに、ロープやナイフなどの道具類が入っていた。言うなればそれは命綱であり、これをこの得体の知れない迷宮の中で手放すことは正直考えられなかった。
しかし、これまでの経緯からして、言うことを聞かなければ先に進めないことは間違いないだろう。鳳が下唇を噛みながら看板の文字を見つめていると、隣に立つルーシーが困った表情で言った。
「……どうしようか?」
「流石にこれは、ちょっと勇気が要るなあ……」
「一度外に出て、水と食料だけでも安全な場所に置いてくるのはどうかな?」
「そうだな……でも荷物をここに置いてけって指示なんだから、それが許されるかな?」
「わからないから、試すだけ試してみようよ」
ルーシーがそう言って踵を返そうとした時だった。二人が見つめていた看板の文字が、突然スーッと消えて、すぐに代わりの文字が浮かんできた。
『駄目です。荷物を全部、ここに置いていってください』
二人はまたお見合いした。
「……どうやら、こっちの行動を監視してやがるみたいだな」
「引き返すならそれまでって感じだねえ……」
鳳はため息を吐くと、
「はぁ~……それじゃこうしよう。荷物はここに置いていく。だが、装備を置いて行けとは書かれて無いんだから、それは持っていこう」
鳳はまるで挑むみたいに、誰もいない天井に向かってそう宣言すると、リュックサックの中から着火具とナイフとロープ、それからMPポーションを取り出して、ウエストポーチに突っ込んだ。ルーシーはそんな鳳の行動をぼーっとしながら見ていたが、やがてハッと気づいたように自分の荷物を漁りだし、最終的にはレオナルドに貰った杖を手にした。そんな装備で大丈夫か?
二人はそうして残った荷物を全て指示通りにクローゼットの中にしまうと、これでどうだと言わんばかりに踏ん反り返りながら看板の前に立った。部屋は暫くなんの反応も無かったが……やがて、まるで諦めたかのように、看板の文字が消え、彼らの目の前に次の部屋への扉が現れた。
鳳たちは勝ち誇るようにフンッと鼻息を鳴らしつつも、内心ドキドキしながら隣の部屋へと向かった。