モニターには淡々と『絶対にセックスしないと出られない部屋』という文字列が映し出されていた。これまでの流れからして、命令に従わなければ、本当にここから外に出ることは出来ないのだろう。それは良い。いや、良くないけど、今は置いといて……自分の記憶が確かならば、ここは前人未到の魔族の巣窟ネウロイのはずである。まさか惑星の反対側とも呼べる僻地まで来て、こんなSNS界隈がざわつきそうなネタが転がってるとは思いもよらなかった。
ちらりと横目でルーシーの顔を盗み見ると、丁度同じようにこっちを見ていた彼女と目が合った。瞬間、どちらからともなくそっぽを向いて、お互い言葉を交わすことも出来ず、会話はそのまま途切れてしまった。気まずい。彼女の居る方の肩がムズムズする。
鳳はため息を吐いた。思い返せば、この迷宮に入った時から、その兆候は随所にあらわれていた。まず初めに、迷宮には男女ペアでないと入れないと来て、荷物を取られ、途中からはシャワーを浴びたり、スキンケアしたり、香水を振りまいたりして、終いには運動部の先輩みたいな助言までされた。この辺で気づければ良かったのだが、流石にこんな落ちが待っているなんて、想像出来ないではないか。
ここは300年前の、かの勇者パーティーの筆頭、アマデウスの迷宮なのだ。伝説の人物の残した遺産だと思えば、命に関わるようなトラップに警戒はすれど、こんなアホみたいなトラップは思いつきもしないだろう。
しかし、確かに迂闊ではあった。鳳はモーツァルトという音楽家を神格化しすぎていたのだ。思い返せば、注文の多い料理店みたいだなと思った時ルーシーが、それじゃ最後は食べられちゃうのかな? って言った時、鳳はアマデウスは殺人鬼ではないから大丈夫だと評した。
そう、知っていたのだ。鳳は伝記などを読んで、彼は殺人鬼ではないが、すこぶる
だから風呂に入った辺りで気づくべきだった。看板の文字はこっちの様子を見ているかのように刻々と変わっていた。と言うか実際に見ているだろうから、きっと今頃、この迷宮の主は、鳳たちを閉じ込めてニヤニヤしていることだろう。そう思うと段々腹が立ってきた。
「ルーシー!」
「はい!」
「この指令のことだけど」
「あーうん、流石にこれはお姉さんも、ちょっとと言うか、かなりと言うか、及び腰と言いますか……出来れば最初は、もう少しムードとかあった方がいいかなあ? なんて思うわけですよ」
「いや、こんなの従うわけないだろう。さっさとここから出る方法を探そうぜ」
「え? しなくてもいいの……?」
ルーシーは肩透かしにあったみたいにポカンとした表情をしている。鳳はなんでそんな顔してるんだよ、襲っちゃうぞと思いつつも、
「当たり前だろう。さっきから指令に従ってれば先に進めるから受け入れてたけど、物には限度ってもんがある。それに、看板の文字が変わることから、迷宮の主が俺たちのことを見張ってるのは明白だ。俺は誰かの前で致すことなんて出来ないぞ」
「確かに……誰も見てないならともかく、それは嫌だね」
鳳は、誰も見てないなら良いの? と聞きたいのをぐっと堪えながら、
「だろう? この迷宮の主は、俺たちの慌てる姿を面白がって、からかってるだけなんだ。きっとどこかに抜け道があるから探そうぜ」
「うーん……そうかなあ? 見たところ、部屋も狭いし、そんなのあると思えないけど……でも、そうだね。何事も、まずはやってみないとわからないよね。わかったよ」
二人は頷きあうと、改めて部屋の中を片っ端から調べ始めた。
鳳は、まずは入り口があったはずの壁を重点的に調べることにした。中に入った瞬間に扉は消えてしまったが、もしかしたらこの先に、ちゃんと前の部屋がまだ残ってるかも知れない。
迷宮の内部は空間がおかしくなってるようだから、正直望み薄だったが、それでも鳳はどこか壁が薄くなっていないか? と、ヤモリのようにへばりついてじっくりと探索した。
「ねえねえ、鳳くんちょっと来て? 凄いもの見つけた!」
すると背後からそんなルーシーの弾んだ声が聞こえた。鳳は先を越されたかと振り返ると、彼女の元へと駆け寄った。何を見つけたんだろう? と彼女のことを覗き込んだら、ルーシーは嬉々とした表情で冷蔵庫を開けながら、
「見てよ、この箱! 中に入ってる物が信じられないくらいキンキンに冷えてるんだよ!」
「そりゃ冷蔵庫ですからねっ!!」
鳳がすかさず突っ込むと、彼女はキョトンとした表情をしながら、冷蔵庫とはなんぞやと首を傾げた。鳳は、そう言えばこの世界の科学は遅れてるんだと言うことを思い出し、頭痛を堪えながら、
「えーっと……それは俺たちのいた世界じゃ珍しくない物で、普通のご家庭に必ずあるものなんだ。俺の部屋にも小さいのがあったし」
「え!? そうなんだ……鳳くんたちの世界って凄いね、こんないくらでも食料が出てくる魔法の箱が、当たり前のようにあるなんて」
「いや、魔法の箱じゃないからいくらでも食料が出てくるなんてことは……出てくるの?」
鳳は、何だかルーシーが聞き捨てならないことを口走ったような気がして、その点を問いただしてみた。すると彼女は目をパチクリした後、冷蔵庫の中に入っていたジュースの瓶を一本取り出し、それを鳳に確認させてから冷蔵庫の扉を一旦閉じ、そして再び、冷蔵庫の扉をおもむろに開けた。
「……補充されてる」
「うん。さっき中の物をこっそり食べたんだけど、凄く美味しかったからもう一個食べちゃえと思って気がついたんだ」
彼女はそう言いながら、カウチの横のローテーブルに乗ったカップケーキの残骸を指差した。
「人が必死になって出口を探している時に、何してやがんだこの女は」
「てへっ」
鳳がイラッとして睨みを利かすと、ルーシーはウインクしながら自分の頭をコツンと叩いた。鳳は呆れながらも……ともあれ、これで餓死しなくて済むと、ほんの少し胸をなでおろした。もしもこのまま出口が見つからず、何日間もここで足止めを食ったとしても、食べ物の心配はしなくて済みそうだ。
鳳は、今度はもうサボるんじゃないぞと言い含めてから、また部屋の中を調べ始めた。壁の方はさっき散々調べたが不審な点は見つからなかった。となると、次に気になるのは天井の鏡だ。もしかしたらあれがマジックミラーになっていて、その裏に何かがあるかも知れない。
彼はそう思い、ベッドの上に乗って、フラフラしながら天井の鏡を調べていると、
「鳳くん、鳳くん! 大変! 戻んなくなっちゃった、ちょっと来てくれるかな?」
「今度はなんだよ……」
あとちょっとで天井に手が届きそうだったのに……鳳がため息を吐いて、また彼女のところへやってくると、今度はルーシーが自販機の前で大量のコンドームの箱に埋もれていた。
「どうしたらこんなことになるんだよ……つーか、何ダースあるんだ?」
一箱12個入りだとして、これだけあったら何年くらいもつだろうか。いや、その前に体がもつかな? そんなことを考えていたら、使用中を想像してしまって、下半身がオッキして来そうになったが、鳳は鉄のような平常心で観無量寿経を唱えてどうにか抑えた。
ルーシーは床に散らばったコンドームの箱を一か所に寄せながら、
「わかんない。この大きな箱ってなんだろう? って思って見てたら、正面にボタンが付いてたから押してみたんだ。そしたら中身がバラバラ飛び出してきて……」
「これ、自販機だと思ってたけど、無料だったんだ」
「それで止めようとして連打してたらこんなになっちゃったんだよ。ねえ、こんなにいっぱいの箱、どこに入ってたんだろうねえ?」
「知らんけど……もはや何でもありだな。取り敢えず、床がコンドームまみれじゃ落ち着かない。手伝ってやるから片付けようぜ」
鳳はその場にしゃがむと床に散らばっていた箱を拾い始めた。ルーシーも正面にしゃがんだからちらりと見たが、パンツ丸出しなんてありがちなことにはなっていなかった。何を期待していたんだ?
散らばってしまった箱はうんざりするほど大量だったが、嵩張るからか見た目ほど数量は無かったようで、二人で作業をしたら意外とすぐに片付いた。うず高く積まれたコンドームタワーは明らかに自販機よりも巨大だったが、本当にこれはどこから現れたのだろうか。
それにしても……異世界まで来て、なんで自分はラブホで女の子とコンドームの箱を積み上げているんだ? こんな常識はずれの不思議空間で、出口を見つけるなんて、やっぱり無謀なんじゃないか……鳳がそんな風に弱気になってると、ルーシーが最後の一箱をタワーに積みながら、
「ところで、これってなんなの? 0.01ってなんの数字?」
「え? ……薄さだと思うけど」
「薄さ?」
「コンドーム知らないの?」
「うん。コンドームって何?」
なんだろう? 哲学だろうか……? 鳳は一瞬、思考の迷宮に入りかけたが、すぐにここが地球ではなく、ファンタジー異世界であることを思い出し、
「ああ、そうか……考えみりゃこの世界ってゴム製品すらなかったんだよな。そりゃ、コンドームなんて見たことないか」
「うん。これってなんなの?」
「何って、避妊具だけど……」
「避妊具?」
それも知らないのか。まあ、異世界に相模ゴム工業はないだろうから、当然と言っちゃ当然の反応かも知れない。
鳳が、自分が実演するわけにもいかないしどうしたものかと悩んでいると……ふと見れば、テレビの前のカウチに極太バイブが落ちているのに気がついて、彼はおもむろにそれを取り上げた。そして箱からコンドームを取り出すと、ピッとフィルムを切って中からゴムを取り出し、それをバイブに取り付けようとして、
「って、俺は何をやってんだっ!!」
ゴムごとバイブを壁に叩きつけると、それはパリンと砕け散った。自分でやっておきながら、ちょっと股間がヒュンとなった。鳳はハアハアと肩で息をしながら、じろりとルーシーを睨みつけ、
「あのさ、色々気になるのは分かるんだけど、今は遊んでないで、ここから出ることを優先しようぜ?」
「ごめん。でも遊んでるつもりはないんだよ。ちゃんと手がかりを探してるつもりなんだけど……」
「見たことのない物だらけで、どれから手を付けていいかわからない感じか……しゃーない。それじゃあ、ルーシーは暫くそこのカウチで寛いでてくれ」
「いいの?」
「ああ。冷蔵庫の中のお菓子でも食べて、のんびりしててくれよ。作業を中断されるより、そっちの方がマシだからな」
ともすると戦力外通告のような冷たいセリフだったが、彼女は意に介さず、わーい! と諸手を挙げて冷蔵庫に向かって走っていった。鳳は彼女がカウチで大人しくしているのを確認してから、今度こそ手がかりを見つけるつもりで部屋の中央にある回転ベッドのところへ戻った。
さて……今、一番怪しいと思っているのはあの天井の鏡なのだが、あとちょっとで手が届きそうで届かない高さにあって、そんな調子では仮に届いても何か発見するのは期待できそうになかった。
何か台にでも乗ればもっと楽に手が届きそうだが、回転ベッドの真上という位置が悪く、足場を置くのは難しかった。いっそ下から何かをぶつけて割ってしまえば話は早いが、出来ればそれは最後の手段にしたかった。
後はレビテーションの魔法を使えれば良かったのだが、この魔法は空気の圧力を利用しているわけだから、こんな室内でやろうものならサガミオリジナルの嵐が吹き荒れることは目に見えていた。
まいったな……鳳はそう思いながら、天井を見上げるつもりでベッドに寝転がった。
考えても見れば、あれはマジックミラーだと思いこんでいるが、元々そんな保証はない。本当にただの鏡かも知れないのだから、他の場所を探した方が賢明かも知れない。しかし、他の場所ってどこだろう……そう考えながら寝返りを打った時、彼はそれに気づいた。
回転ベッドの枕元には、何やらたくさんのボタンが取り付けられていた。そう言えば、ホテルの照明スイッチなんかは、ベッドから操作できるように、こうして一か所にまとめられているものだ。もしかして、このうちの一つが外に繋がる出口と連動しているのでは……?
彼はそう思い、怪しそうなスイッチをポチッと押した。すかさず回転ベッドがぐるぐると回り始めた。どうやらハズレのようである。彼がボタンをもう一度押すと、ベッドは音もなく止まった。
何だかどっと疲れたような気がするが、ともあれこのやり方で正しいようだ。ここにあるボタンを片っ端から押してみれば、何か新しい展望が開けるかも知れない。
彼はそう期待して、隣のボタンをポチッと押した。
『アッアッアッアッアッ! アアァーッ! イクイクイッちゃう! 気持ちいい! アー! アヘアヘアヒンッ!!』
唐突に、部屋いっぱいに轟きはじめた喘ぎ声に度肝を抜かれ、鳳はオナニーの最中、親にドアをノックされた時の思春期男子よろしく、マッハでたった今押したはずのボタンを押した。ところが彼がいくらボタンを連打しても、喘ぎ声は止まらなかった。
真っ青になりながら声のする方を見ると、さっきまで『絶対にセックスしないと出られない部屋』と表示されていたモニターで、アダルトビデオが上映されていた。その下のテレビ台には四角いデッキが置かれており、よく見れば赤い電源ランプが点灯している。彼はそれに当たりをつけると、ズザザーッ……とスライディングしながらテレビ台に近づいて、乱暴にデッキの電源を落とした。
その瞬間、喘ぎ声が止まって室内に静寂が戻ってきた。戻ってきたついでに、モニターの『絶対にセックスしないと出られない部屋』も戻ってきた。思わず画面を殴りつけたくなる衝動を抑えつつ、鳳が額から流れ落ちる大量の冷や汗を拭いながら振り返ると、カウチの上で足首をクロスさせ体育座りをしていたルーシーが、ポテチをくわえながら、目をまん丸くしていた。彼女はパリッパリッと音を立ててポテチを口に押し込むと、
「い……今の、なに?」
「すまん。ちょっと操作をミスった。なんかのトラップが発動したみたいだ」
「……男の人と女の人が、裸で抱き合ってたように見えたけど」
「そういうビデオなんだよ!」
「ビデオ……?」
「あーもーあーもー!」
鳳は頭を掻きむしった。作業の妨げになるから大人しくしててくれと言っておきながら、自分のミスで早速これだ。取り敢えず、AVのことなんて説明出来ないから、彼女の冷たい視線に耐えつつ黙っているしかないが……
それにしても、どうしてこんなもんがこの世界にあるんだよと、その理不尽さに辟易している時、彼は気づいた。
そう言えば……さっきのビデオ、見たことがあるぞ? 確か、まだ地球にいたころ、インターネットのエロサイトで見つけて、隠れてコソコソ見ていたやつだ。そんなものが出てくると言うことは、やはりこの迷宮の主が鳳の記憶を覗いて、色々再現しているのだろうか……?
風呂を作って裸を意識させ、ラブホの部屋を再現してコンドームをばら撒き、AVを見させて理性を奪う。迷宮の主は、そうまでして鳳にセックスをさせたいのだろうか? しかし、若かりし頃の彼ならノーマルなセックスでも十分勃起出来たから実用性に堪えたが、今となってはあんな程度では下半身は一ミリも動揺すまい。
残念だったな、アマデウス……鳳はニヒルな笑みを浮かべながら、愚かな迷宮の主をあざ笑ったが……
「あ……あれ? あれれ?」
ところがその時、彼の股間に何かズキュンとした衝撃が走って、途端にズボンの前が突っ張って身動きが取れなくなった。まさかと思い、股間を見れば、そこには立派なテントが立っていた。しまった……下手にAVのことなんて意識したせいで、寝た子を起こしてしまったようだ。やばいと思って大乗起信論を諳んじてみたが時既に遅く、ポケットのモンスターはムクムクと成長し続けている。
このままじゃルーシーにバレてしまう。彼は何とか衝動を抑えようとしたが、
「どうしたの……?」
その時、鳳の様子がおかしいことに気づいたルーシーが、きょとんとした顔をしながら近づいてきた。さっき、馬鹿みたいに振りまいていた香水が、まるで暴力的なフェロモンみたいに彼の鼻孔を突き刺した。それが一瞬、彼の判断力を奪ったのだろう。まずいと思った時にはもう、彼女は彼のズボンの前が突っ張っている事に気づいてしまっていた。
「えーっと……その……」
「なにも言うな!」
鳳は取り敢えずちんポジを直した。そしてその姿を見て、気まずそうにしているルーシーに背を向けたまま、こうなっては仕方ないと開き直って、必死に言い訳するのであった。
「いや、これはその、仕方なかったんだよ! このところご無沙汰だったし、魔王化の影響もあるし、こんなとこで女の子と二人っきりだし、さっきのあれのせいでスイッチが入っちゃたみたいなんだ」
「そ、そうなんだ……」
「でも大丈夫! こうなってもまだ何とか理性は保ってられるから……迂闊だったなあ。そう言えば、ここに来るまで、思ったより戦闘が少なかったから、魔王化の影響を完全には緩和しきれてなかったようなんだ。そう、魔王化のせいなんだよ。魔王化さえなければ、こんなことにはならなかったのに……極めて遺憾だ」
鳳はそんな言い訳を口走りながら、なんとか動揺を収めようとした。しかし、彼の言う通り本当に魔王化の影響があるのか、股間のそれは収まるどころか、よりいっそう元気になっていく始末だった。
せめてこの場にいるのが自分ひとりだったらまだしも、それなりに意識していた女の子と一緒だというのが、また最悪だった。彼が懸命に意識しまいとしても、見られてしまったという事実が、どうしようもなく彼女の存在を意識させるのだ。
まいったなあ……こんな格好悪いとこ、出来れば知り合いには……ましてやルーシーには絶対に見られたくなかった。今はビックリして黙っているみたいだけど、落ち着いたら後でみんなに面白おかしく言いふらしちゃうんだろうなあ……などと、鳳が彼女の人格を全否定している時だった。
「すごっ……おっきいね」
気がつけば息がかかるくらいすぐ近くにルーシーの顔があって、彼女は肩越しに鳳のアレを覗き込んでいた。彼女の吐息が鼻をくすぐり、その瞬間、必死に抑えようとしてた息子が、また一回りくらい大きく成長したような気がした。
「男の人って、そんなになっちゃうんだ……そんなの本当に入るのかな?」
「ちょ! 今そんな事言われたら!? アッー! ……あいたたたた!!」
「え? うそ!? 痛いのそれ……?」
「いや、普段はそんなことないんだけど、急に話しかけるから……ってか、なに見てんだよ!?」
「あ、ごめん……」
鳳は必死になって股間の一物をズボンに押し込めた。そのせいで変な方向に曲がってしまって激痛が走った。お陰でぶっ飛びそうになっていた理性が戻ってきたが、代わりに何か尊厳のようなものが失われた気がした。
子供みたいに好奇心旺盛なのは彼女の長所かも知れないが、今は本気で殺意が芽生えるくらい腹立たしかった。こんな時に不用意になんつーことを口走るんだあの女……と、鳳が涙目になりながら懸命に股間の暴れん坊を抑えようとしていると……そんな彼の努力を台無しにするようなセリフが、また彼女の口から飛び出してきた。
「あのさあ……鳳くん?」
「なに!? 今ちょっと余裕ないんだけど」
「さっき、ソファに座りながら考えてたんだけど……」
「だから、なに?」
「……してもいいよ?」
その言葉を聞いた瞬間、頭のどこかで血管が一本プツッと切れるような音がした。脳内麻薬がドバドバと溢れ出して多幸感に包まれる……驚いて振り返ると、そこには真っ赤な顔をしたルーシーがもじもじしながら立っていた。