「……してもいいよ?」
その言葉は脳みその奥の方にガツンとした衝撃を打ち込んできた。聞いた瞬間、頭の中は桃色に染まり、股間はこれまで自分でも経験したことがないくらい膨れ上がっていた。体の関節という関節が、一瞬にして錆びついてしまったかのようにギクシャクして、心臓がバクバク鳴っていた。
さっきから、エロいことばかり考えていたから、聞き間違えたんじゃないかと思ったが、振り返って見た彼女の真っ赤な顔がそれを否定していた。
「えっとさ? 今まで看板の指示に従ってきたら先に進めたのはホントなんだし、この部屋だって嘘は吐いてないと思うんだ。最初から、無理に抜け道なんて探さなくても、鳳くんもその方がスッキリするだろうし、私のことは気にしなくていいから……」
ああ、本気で本気なんだ……そう思った瞬間、鳳は理性がぶっ飛びそうになったが、それと同時に彼女の羞恥に耐える表情が彼を少し冷静にさせた。
落ち着け……もしかしたら、こういうこともありうるとは思っていたのだ。鳳が魔王化の影響に晒されていることを、彼女は最初から知っていたのだ。知っていて、この旅に同行してきたのだから、彼が理性を失った時、彼女は身を投げ出すだろうと予想もしていた。
だからこそ懸命に我慢してきたというのに、彼女にこんなことを言わせてどうするのだ……鳳は大きく深呼吸すると、心臓の鼓動を確かめるように、胸に手を当てながら言った。
「あー……ごめん。心配しないでくれ。男がこうなっちゃうのって、ある意味仕方ない面もあるんだよ。多分、初めて見てびっくりしてるんだと思うけど、見た目ほど大したことないから。あれだ。こんなの、一発出してスッキリしちゃえばどうってことないんだから」
「う、うん。それはわかってるつもりだよ。私のお母さんも、その……そういうことしていたから」
「あー……うん。そうだったっけ。ごめん」
「ううん。全然気にしてないし……っていうか、多分、もう気づいていると思うけど、私は最初からそのつもりでついてきたんだよ」
鳳はポリポリとほっぺたを指で引っ掻いた。それを返事として受け取ったルーシーは、相変わらず真っ赤な顔をしてそっぽを向きながら、
「実は、スカーサハ先生にも言われてるんだ。もしも鳳くんが魔王化に負けそうになったら、迷わず体を差し出しなさいって。最初はどうしてそんなこと言うんだろうって思ってたけど、今は私もそうしたほうが良いって思ってる。ううん、そうしたいって思ってるし、今がその時だって思ってる」
「うん、その気持ちは有り難いんだけど……そんな景品みたいな理由でルーシーのことを抱くことは出来ないよ」
「どうして?」
「仲間だからね」
鳳がそうきっぱりと言うと、彼女は口をパクパクさせてなにか言いたげな表情をしてから、結局なにも言わなかった。彼は申し訳ないと頭をかきむしりながら、
「だからそうならないように、我慢してきたんだけど……ちょっと見通しが甘かったようだ。本当に、こんなの暫くしたら収まるんだから、もうこの話は無しにしよう。俺のせいでこんなこと言わせて、ごめんね?」
ルーシーは少し険のある声で、
「鳳くん……そう言うのは紳士的って言うんじゃなくて、臆病なんだと思うよ」
鳳はそんな彼女に向かって、唇の端だけで笑みを作り、両手を合わせながら、
「悪かったって。チキンなのは重々承知してますから」
「はぁ~……鳳くんは大げさに考えすぎだと思うよ。結局、私だっていつかは誰かとセックスするんだろうし、それに全く興味がないわけじゃないんだ。だったら、最初は鳳くんでもいいかなって、そう……思ったんだよ。役得だな……くらいに」
「あー、うん。俺もそう思えたら良かったんだけど」
「もう童貞ってわけでもないんでしょ? 3人も奥さんが居て、そんなに気にすることなのかなあ?」
「うーん……」
鳳は、あれ? なんで責められてるのかな? と、ちょっと理不尽に感じつつも、とにかくこういう時はひたすら謝っておけとばかりに、
「だからごめんって。気にするっていうか、ちょっと怖いんだ。ほら、ルーシーとミーティアさんって友達でしょう? なのに、彼女の知らないところで、その友達とこっそりやっちゃうのは、やっぱ仁義に反するっていうか、それをやったら最低かなと……」
「あー……うん。まあ……最低だね。でも私、ミーさんには言わないよ?」
「うん。分かってる。俺だって、もちろん言うつもりはない」
「だったら」
「そうじゃなくって、俺、まだミーティアさんとキスもしたことないから……」
「……は?」
それまで険しかったルーシーの顔が、一瞬にして素に戻った。鳳は完全に呆れられてるなと思いながらも、
「いや、ほら、ミーティアさんのこと好きだし、多分、彼女も俺のこと好きなんだろうなと思ってたけど、実際付き合ってたわけじゃないじゃん? 彼女と結婚するって決まった時も、俺は魔王化でアホなことになってたから、彼女とそう言う事するようなタイミングって、今まで全然なかったんだよ」
「はあ……」
「それなのに、その友達と先にヤッちゃうのはどうなのかと……それに、アリスが許してくれた時に誓ったんだ。もう、こんな力には負けないって」
「……そう」
ルーシーは、うーんと唸り声を上げて眉間に皺を寄せていたが、やがて諦めたようにはぁ~……っとため息を吐くと、またいつもの愛嬌のある表情に戻り、
「それなら仕方ないかあ……でも、どうするの? さっきからこの部屋を調べているけど、出口はやっぱり見つかりそうもないし……多分、あの指示に従わないと、ここから出ることは出来ないと思うよ?」
「ああ、それなら始めっから、出るだけなら何も心配していなかったんだよ」
「え……?」
「タウンポータル!」
鳳がその呪文を口にすると、部屋の片隅に光の柱が出現した。今までに幾度となく通り抜けた経験がある、タウンポータルの魔法である。この空間転移魔法を使えばあら不思議、何千キロも離れた街から街まで、ひとっ飛びなのだ。
ルーシーはそれを見た瞬間、唖然として固まり、続いて、
「あー……あー……あー……あー……あー……」
と、あーを数十回繰り返してから、がっくりと項垂れ、
「あー……そうだねえ。いざとなったら、これがあったかあ……いやあ、お姉さん、ちょっと勇み足だったかな」
「俺も先に言っとけば良かったんだけど」
「本当だよ! 知ってたらあんな恥ずかしいこと、絶対言わなかったよ!? あー、思い出したらなんか顔から火が出そうになってきた!」
「すんません。俺も出来ればこれは使いたくなかったから、意識的に避けてたのかな」
「なんで?」
「そりゃあ、ポータルを使えば街には戻れるけど、こっちには戻ってこれないから。一度来たから場所は分かるけど、また一ヶ月も掛けて帰ってくるのは大変だからな」
「あー……そっか。じゃあ……」
ルーシーはまた何か言いかけたが、すぐに有り得ないと言った感じに首を振ると、
「あー、まあ、でも、一度報告も兼ねて戻ったほうがいいよね? そろそろ、ミーさんたちも心配している頃だろうし」
「うん、まあ、仕方ないよな。ここから出れる方法も無さそうだし」
「そうだね。それじゃ、帰ろっか……」
そう言ってぷいっと顔をそむけた彼女の顔はもう赤くなかったが、代わりにその目は兎みたいに真っ赤だった。鳳は、なんでそんな顔をするんだろうと思ったが、自分にはそんなこと気にする資格はないと思って、黙っていた。
ルーシーはポータルへまっすぐ向かっている。鳳もその後に続く。
ポータルを抜けたらその先はフェニックスの街に繋がっていて、そこにみんなが待っているだろう。魔王化を阻止するために行ってくると書き置きした手前、まだ何も解決していないのに帰るのは格好悪いが、この迷宮を見つけただけでも、今回の遠征は成功したと言ってもいいだろう。
街ではきっと、勝手なことをした鳳を、ミーティアが怒っていることだろう。物凄い説教をされるだろうが、甘んじて受け、それから今までにあった出来事を伝えて協力を願おう。
この迷宮を踏破したら、きっと魔王化を阻止するための何かヒントがあると思うのだ。それを見つけたいと言えば、きっとミーティアなら協力してくれるはずだ。そのためにセックスをしなきゃならないわけだが……こんなこと彼女にしかお願いできないし、それにハネムーンも兼ねていると言えば、きっと受け入れてくれるだろう。断じて助平心ではない……
彼はそんなことを考えているうちに、ミーティアに逢いたくてどうしようもなくなってきた。彼女だけでなく、クレアとアリス、他のみんなにも会いたいと思い、彼は早くポータルを潜ろうとして足を早めた。だが、その時、彼はふと思った。
……でも、そしたらルーシーはどうなるんだ?
鳳は、何だか今、自分がものすごく大切なものを失おうとしているような気がして、殆ど反射的に前を行くルーシーの手を取った。
たった今、ポータルを潜ろうとしていたルーシーは、突然後ろにガクンと引っ張られて、びっくりして振り返った。鳳も、自分がなんでこんなことをしたのか分からなくて、びっくりしていた。
グイと引っ張った拍子にうしろによろけた彼女の背中が胸に当たって、社交ダンスでもしているような密着した姿勢になった。彼女はそのまま首だけを後ろに向けて、
「え? なに?」
キョトンとする彼女の瞳に、鳳はバツが悪くなって天井を見上げた。顎のあたりに感じる視線でスースーする。
このポータルを抜けて帰るのは良いだろう。だが、帰ってすぐまた別の女を連れてとんぼ返りするなんてしたら、ルーシーは立つ瀬がないんじゃないか。連れてくるのがどうでもいいような商売女だったらまだ良い。だが相手が、彼女が最も信頼しているミーティアだというのは、相当まずいんじゃなかろうか。
ガルガンチュアの村から旅に出た当初から、ルーシーは多分、鳳が魔王化の影響でおかしくなった時のための、保険のつもりでいるんだろうと言うことは、なんとなく気づいていた。だからこそ、そんなことにならないように、彼は細心の注意を払ってここまで来たのだ。
そもそも、それなりに好意を持っている女の子と一ヶ月も一緒に行動していたら、意識しないのはどだい無理な話だ。ここに来るまでに、彼女が河原で水浴びをしていたり、鳳のすぐ側で無防備に眠ってる姿を見て、何も思わないわけはなかった。それでも、大事な仲間であるからこそ、鉄の意志で自分を律して、こうして逃げ道まで用意して、彼女に手を出さないようにしていたわけだが……
確かにそれで鳳の気は晴れるかも知れないが、彼女の気持ちはどうなってしまうんだろうか?
してもいいよと言った時、彼女は相当勇気が要っただろう。いくら『絶対にセックスしないと出られない部屋』なんて免罪符があったところで、口に出すのはかなりの覚悟が必要だ。鳳は、逃げ道が有ることを初めから知っていたから堪えられたのだ。だが、彼女は知らなかったんだから、本気でここに閉じ込められたと思っていたはずだ。そしてここから脱するために、自分を犠牲にしようとしてくれたのだ。
最低でも、その気持ちには答えなくてはならないんじゃないのか……?
いや、持って回った言い方はやめよう。
アリスを襲ってしまった時、自分はもう二度とこんなことは起こすまいと誓ったのだ。それは本気だ。もう形振り構って居られないのだ。なのに、まだ格好つけようとして、おまえは何がしたいんだ。
鳳は社交ダンスみたいに彼女の体をくるりと回転させると、その肩をむんずと掴んで、血走った目で勢いよく言った。
「ルーシー……実を言うと、滅茶苦茶セックスしたいんだ!」
「……は?」
「本当は、してもいいって言われた時、そのまま押し倒したかったんだ! 余裕ぶってるけど、ちんこなんてもうギンギンだし、一こすりしただけで出ちゃいそうだし、滅茶苦茶ルーシーに欲情していたんだ!」
「えーっと……」
「実はお風呂入ってる時からセックスのことしか考えられなかったんだ! ルーシーの匂いと香水の匂いが渾然一体となって襲ってきた時には俺は既に脳をやられていたし、フェニックスに帰ろうって言った時はホッとするよりも寧ろ残念で仕方なかったし、帰ったらオナニーすることしか考えてなかったんだ!」
「ちょっ!? 鳳くん、何言ってんの?」
鳳は彼女には返事せずに、ガバっとその場で土下座すると、
「無理を承知でお願いします! 本当はすぐ街に帰れるんだけど、それでも俺とセックスしてください! ぶっちゃけると、ここで帰ったら一ヶ月の苦労が台無しだし、また一ヶ月かけて戻って来るのも大変だし、出来ればこのまま先に進みたいんだ。魔王化を阻止するためなら、俺はなんだってすると決めたんだ。そのために君にセックスしてくれなんて、本当に人間として最低だと思うんだけど……最低ついでに言わせてもらうと、俺はルーシーのことも好きなんだ! 多分、ミーティアさんと同じくらいに!」
鳳は思ってることを全部ぶちまけると、摩擦で頭が着火するんじゃないかと言うくらいに額を床に擦り付けた。ひりひりする額の痛みに耐えながらも、下半身は尚も勃起していた。多分、今断られてしまったら、未知なる性癖が拓けてしまいそうなくらいだった。
しかしまだ、どうにかノーマルに踏みとどまっていられそうだ。
「しょうがないなあ~……」
その声に恐る恐る顔を上げると、ルーシーがまた真っ赤な顔をしながら目の前にしゃがんでいた。そんな彼女の膝小僧と膝小僧の間に見える暗がりを見た瞬間、彼の理性は吹き飛んだ。
鳳は無防備な膝小僧の彼女に飛びかかると、そのまま力強く彼女を肩に担ぎ上げて、ベッドに直行した。