ルーシーが侵入してから数十分後、皇居は大騒ぎになっていた。それは彼女がこっそり侵入したのがバレたのではなく、なんと、知らぬ間に真祖ソフィアが、皇居から抜け出していたことが発覚したからだった。
実は護帝隊は、隙あらば皇居を脱走しようとする真祖に、いつも手を焼いていたのだ。彼女は300年ぶりに帝都に戻って以来、ずっと皇居に閉じ込められていた。それは帝国人たちが自分たちの生みの親とも呼べる真祖を大切にし、二度と失わないようにという思いからきた、少し過保護な決まりごとだったのだが、一度自由を知ってしまった真祖からすれば、こんな狭い皇居に閉じ込められているのは退屈でしか無く、いつも外に遊びに行きたいとゴネていた。
そんな彼女が、隊士の目を盗んで、ついに皇居からの脱走に成功してしまったのだ。慌てふためく皇帝は、たまたま滞在していた勇者ジャンヌに真祖の捜索を依頼し、彼女は相棒のサムソンを連れて帝都を発った。次にここへ戻ってくる時は、必ず真祖ソフィアと一緒だと、皇帝に誓って。
……というのはもちろん大嘘で、メアリーはちゃんと皇帝に断りを入れて、普通に皇居の通用門から外に出た。ルーシーがやらかしてしまったことを真面目に報告してしまったら、本当に何人かの首が飛びかねなかったからだ。
だからメアリーは、自分が自由になるために、昔のよしみを通じて脱走を図ったことにしたわけである。そしてジャンヌたちはそんな二人と仲間だったから、その実力と縁を買われて皇帝直々に協力を求められた……これならばルーシーがやらかしてしまったことはチャラになるし、メアリーも久々に憂さ晴らしが出来て一石二鳥と言うわけである。
無論、護衛のマッシュ中尉は嫌がったが、自分にも落ち度があるため強くは出れず、最終的には折れた。真祖が外に出るといっても、なんやかんや、彼女と行動を共にするのは勇者パーティーのメンバーなのだし、メアリー自身の実力も折り紙付きなのだから、これ以上心配するのはもはや不敬だろう。
そんなわけで、メアリーはルーシーに
途中、本当に誰にも全く気づかれなかったことに驚いたメアリーが、また遊びに来てよとルーシーを絶賛していると、皇居から遅れて出てきたジャンヌたちが合流した。待ち合わせ場所に来た彼女らは、誰にも見つからないようにキョロキョロと辺りを窺いながら、
「……ルーシー、居るの?」
ルーシーが杖を鳴らすと、ジャンヌは複雑そうな表情をしてから、
「それ、本当にいきなり出てくるから、びっくりするわ。前はここまで完璧じゃなかったのに、いつの間にこんなに腕を上げたの?」
「うーん……ネウロイに行った時、常時発動していたからかな? 鳳くんが寝ている間は、二人とも無防備になるから」
「やっぱり……白ちゃんが居なくなった後、あなたの姿も見えなくなっていたから、もしかしてと思っていたけど、あなた達一緒に居たのね?」
「うん。どうせ鳳くんのことだから何かやらかすと思ってたら、案の定一人で旅支度を始めたから、こっそりついていったんだよ。今みたいに」
ジャンヌはそんなことをしてもバレなかったというルーシーの技量に舌を巻きながらも、鳳のことが気にかかり、
「それで……白ちゃんはどうしたの? やっぱり思いつめていたのかしら」
彼女は、ルーシーがこうして一人で帝都に帰されたことからして、また鳳が何か思いつめてやらかしたのだと思い、尋ねたのであるが、
「ううん、それが全然そんなこと無かったんだよ」
「……なかったの?」
「うん。私もさ、きっと鳳くんが最悪死ぬ覚悟でネウロイに向かってるんだと思ってたんだけど……蓋を開けてみたらあの人、いつもみたいに平然と、一人で行くのはその方が効率いいからって言い出したんだよ」
「はあ……?」
「で、それじゃあ、なんで誰にも相談しなかったのさ? って問いただしたら、今度は恥ずかしいからだって……あの人、ミーさんに好きって言われたことで舞い上がってたみたいなんだよ」
「はあ!? えーっと……なにそれ?」
ルーシーがため息交じりに彼が言ったことを詳しく伝えると、ジャンヌは最初は顔を真っ赤にしていたが、段々げっそりしてきて、
「それは……言っちゃ悪いけど……キモいわね……」
「うん、だから私、一発引っ叩いといたよ」
「ありがとう。みんなを代表してお礼を言うわ」
二人はがっしりと固い握手を交わした。サムソンは二人のやり取りを見て、そこまでボロクソ言うことないのにと内心気の毒に思いながら、
「それで勇者はどうしたんだ? 何故、君一人だけで帰ってきたのだ?」
「そうだった。それが私にもさっぱりなんだよ。実は私と鳳くんは、ネウロイで迷宮を見つけたんだけど、それがちょっと変わった迷宮でさ? 何とか二人で攻略しようと試みたんだけど、結局断念するしかなくなっちゃって……」
「迷宮を見つけたの!? それも凄いけど……今の白ちゃんが諦めるしかないなんて、そっちも凄いことね。一体、どんな迷宮だったのよ?」
「えっと、それは……」
ルーシーは迷宮の立て看板のことを言いかけて、はっと言葉を飲み込んだ。
それを言ってしまったら、何をしていたのかバレバレなのではないか? 途中までなら別に話しても構わないが、最後の方は絶対に言えない。しかし最後の方を言わなければ、それで何故、攻略を断念したのか? と勘ぐられるのが落ちだった。
つまり、言うなら包み隠さず言うしかなくて、言わないなら何一つ言うことが出来ない……そんなジレンマに陥って、彼女はウンウンと唸り声を上げた。
「そ、そんな口にするのも憚られるような、恐ろしい迷宮だったの?」
「うーんと、そんなこともないんだけど……」
「じゃあ、どうしてそんな顔をするの? ねえ、白ちゃんに何があったのよ? 彼、ちゃんと生きているんでしょうね?」
「それはもちろん! そうじゃなくって、えっと、迷宮は、そう! 峡谷の迷宮みたいに、精神的に来る感じのやつだったんだよ」
「精神的に……? どんな感じで?」
「それはだから……精神的なことだから、言えないっていうか、言いたくないというか……」
「そう……その気持ちは少しわかるわ。でも、言ってくれないと対策を立てようもないでしょう? ところで、ルーシー? あなた、帰ってきた時から、少し歩き方がおかしいように感じてたんだけど。それも迷宮のせいなのかしら?」
「ギクーッ!! ぜぜぜ、ぜんぜんぜんぜんそんなことないよっ!!?」
ルーシーはしどろもどろになっている。その様子が不審すぎて、ジャンヌの視線はいよいよ険しくなっていった。それは女性であったらもしかしたら気づいたのかも知れないが、最近までおっさんだったジャンヌでは、何があったのかまでは察することが出来なかったのだ。
一体彼女は何を隠しているんだろうか? 現実に鳳は居なくなっているのだし、ここは無理にでも聞き出さないと……ジャンヌはそう思い、慌てふためくルーシーに詰め寄った。しかし、そんな彼女の背後から、したり顔をしたメアリーが、
「ルーシーの歩き方なんてそんな細かい話はいいから、それよりもどうしてツクモが居なくなったのか、その時の状況を教えてちょうだい。ネウロイにいたはずのあなたがここに居るってことは、二人はポータルで帰ろうとしたんでしょう?」
「そうそうそうなんだよ!」
ルーシーは地獄に仏とばかりに食いついた。ジャンヌは煮えきらないものを感じているようだが、それ以上追求してはこなかった。ルーシーは話を蒸し返されないように、少し早口で続けた。
「ネウロイで迷宮を見つけた私たちは、二人でその奥まで行ったんだけど、それ以上先に進めなくなっちゃって、しょうがないからポータルでこっちに戻ってこようって話になったんだ。そのとき鳳くんが、手ぶらで帰るのは気が引けるからって、何かあるかも知れないし帝都の機械を調べに行こうって言いだして……それで私はポータルに入ってこっちに戻ってきたんだけど……」
「ツクモは一緒に戻ってこなかったの?」
「そうなんだよ。ポータル出て振り返ったら、もうそこには何も無くって……おかしいなと思いながら暫く待ってみたんだけど、いつまで経っても鳳くんは戻ってこなくて」
「……向こうで喧嘩したから、一人だけ帰されたりってことはないのか?」
サムソンが聞きにくいことをあっけらかんと聞いてくる。確かに鳳ならそう言うことを平気でやりそうな雰囲気はあるが、あの時の状況からしてそれは考えられない。
「それは絶対にないと思うな」
「……寧ろ、今まで以上に仲良くなった感じよね」
「それはともかく!」
メアリーのぼそぼそ呟くようなツッコミに冷や汗を垂らしながら、ルーシーは話を強引に戻した。
「ポータルを潜ってしまったら、もう元には戻れないから、しつこく最終確認してたって可能性はあるかも知れない。でも、あの状況で急に心変わりして、一人だけあっちに残ったなんて、正直、考えられないんだよ」
「あなたが帰った後、迷宮内でなにかがあったってことね……突然、敵に襲われたとかは?」
「それも無いと思うんだけど……仮にあったとしても、今の鳳くんならそんなのさっさと倒しちゃうか、それこそポータルを潜ってしまえば戦わなくて済むわけだから」
「そうね……じゃあ、どうして戻ってこなかったのかしら?」
「それが分からないから、こうして相談してるんだけど……」
四人は顔を突き合わせてお互いに誰か何かアイディアを出さないかと目配せしあった。しかし、いつまで経っても誰からもなんの意見も出やしなかった。それまでどこか他人事のように聞いていたメアリーが、眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「ルーシーがこっちに戻ってきてから、どのくらい時間が経ってる?」
「大体、二時間かそこらだけど……」
「そう。なら、まだそんなに心配いらないと思うけど……これだけ待ってもツクモがこっちに帰ってこないってことは、やっぱり何かアクシデントが発生したってことよね」
「どうしよう……? なんとかして、あそこまで戻れないかな? メアリーちゃんはポータル魔法が使えないんだっけ?」
「ええ。禁呪と言われている古代呪文は、どうやら私たち神人には使えないみたいよ。どうしてなのか、理由は分からないけど……」
「でも、レビテーションは使えたよね? それなら、ここからネウロイまで飛んでいくってことは出来ないかな?」
「無理よ」
メアリーは呆れたと言わんばかりに肩を竦めながら、
「さっき聞いた話では、あなた達は大森林の村から1ヶ月かけてネウロイに到達したんでしょう? 場所がわかっているって言ったって、ここからだと倍はかかる計算になるわよ。それに、私はツクモほどMPが多くないわ。途中で力尽きるのが落ちよ」
「そっか……」
「可能性があるとしたら、どうにかしてポータル魔法を使える人を探し出して、その人に大森林の村まで連れて行って貰うことね。そこからなら……私と、ルーシーだけでいいならネウロイまでたどり着けるかも知れない。みんなで移動するのは、やっぱりMPが持たないと思うわ」
「困ったなあ……ポータルを使える知り合いなんて心当たりないし、ギルドに相談しても無駄だよね?」
「そもそも、そんな大魔法使いがいるなら、とっくに帝国が召し抱えているわよ。少なくとも、皇室はその存在を知ってるはずね」
「はぁ~……それもそうだよねえ~……」
「世界は広いから、もしかしたら勇者領や新大陸にはそんな人もいるかも知れないけど……今からそれを調べに行くんじゃ、どっちにしろ遅すぎるわよね。まあ、そんな人、居るとは思えないけど」
「あら、それならいるじゃない」
メアリーとルーシーが、状況が厳しいことに変わりがないとため息を吐いていると、そんな二人の話を聞いていたジャンヌが言った。
「私の記憶が確かなら、タイクーンがフェニックスの街からの撤退戦のときに、禁呪を使っていたはずよ。普段はMPを大量に消費するから使わないって言ってたけど、もしかしたら、ポータルも使えるのかも知れないわ」
「それだぁ~っっ!」
そんなジャンヌの言葉に、ルーシーが喜々として大声で応える。メアリーは興奮気味に喜びの声を上げた彼女のことを不審そうに眉を顰めて見つめながら、
「ちょっと待って、ルーシー。レオはポータル魔法は使えないはずよ。もしも使えるなら、私たちは大森林に潜伏しなくても、最初から新大陸に逃げちゃえば良かったんだから。それに、仮に使えたとしても、ヴィンチ村はガルガンチュアの村より更に遠くにあるのよ? 結局そこまで行くんじゃ無意味じゃない。ちゃんと、私の話を聞いてたのかしら……」
「違う違う、そうじゃなくってね?」
メアリーが不服そうに言うと、ルーシーは慌てて説明不足を詫びながら、
「スカーサハ先生に言わせると、おじいちゃんが古代呪文を使えるのは、帝都の近くのとある迷宮を攻略したからなんだって。以前、そこへの行き方を教えてもらったから、もしかして、そこなら私たちにも、禁呪を覚えられるチャンスがあるかも知れない」
「え!? そんな迷宮がこの帝都の近くにあったの??」
「うん! 先生は、私に攻撃手段がないから、そこへ行って魔法を修得するように勧めてくれたんだけど、なかなか帝都に来る機会がなかったから……それに、一人じゃ攻略できなくても、今のメンバーなら十分に攻略可能でしょう?」
ルーシーが目配せすると、ジャンヌとサムソンが黙って頷いた。メアリーはそんな二人の姿を見てから、
「なら、みんなで行ってみましょう? 私も禁呪には興味があるわ。それで、その迷宮ってのはどこにあるのかしら?」
「えーっと、確か先生は……なんか帝都のすっごい辺鄙な場所に住んでる、パリスって皺くちゃのお婆ちゃんが知ってるって言ってた。今からその人を探して尋ねてみよう」
ルーシーがそう言うや否や、メアリーはいかにも呆れたと言わんばかりに、口をあんぐりと開けてみせた。何か知っていそうなそのリアクションに、どうしたのかと尋ねてみれば、
「それ、多分、エミリアのことよ?」
「え? エミリアって……皇帝陛下!?」
「うん。エミリア・パリス……今はグランチェスター姓を名乗ってるけど、元々はそう言う名前なの。そういえば……学者だった頃のあの子とスカーサハは仲が悪かったわ。エミリアとレオはよく意見が食い違っていたから、自分の師匠がバカにされてると思ってたみたいね」
「先生……大人げないなあ」
「とにかく、最初の行き先がわかったわ。早速、エミリアのところへ戻って、迷宮の場所を聞き出しましょう」
メアリーとルーシーが皇居に引き返そうとすると、慌ててジャンヌが突っ込んできた。
「ちょっと待って、二人とも! 戻ってどうするつもり? 私たち、たった今、そこから逃げてきたわけよね?」
そう言えば、二人はその皇居から脱走したことになっているのだ。今、戻ってしまっては、護帝隊に捕まってもう二度と外に出してもらえなくなる……
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「だからって、また当たり前のようにセキュリティーを突破しないでくださいよ!」
ルーシーの
一行は皇帝から迷宮の場所を聞き出すと、そんな危険な場所に行っちゃ駄目だと慌ててる中尉を煙に巻いて、またそそくさと皇居を抜け出したのであった。