ラストスタリオン   作:水月一人

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ストレートフラッシュ

 カードに誘われた鳳がテーブルに着くと、軽く自己紹介が始まった。狼男達は顔は怖いが意外とフレンドリーらしく、目を瞑っていればそんなに怖くはなかった。ただ口が大きい上に肉食だからか、思ったよりも口臭がきつかった。

 

 タバコの煙とアルコールの匂いに巻かれながらルール説明を受けてみれば、やはり彼らがやっているのは鳳も知っているポーカーだった。

 

 プレイヤーに5枚ずつカードが配られて1回だけドローが許される。ツーペアやフルハウスのような役を作り、レイズして掛け金を釣り上げる。一番強い役を出した者が勝ちだが、掛け金を釣り上げて相手を降りさせるのもテクニックの一つだ。

 

 細かいルールの違いはあるが、基本は大体こんな感じだろう。狼男たちがやっていたゲームも、オーソドックスなものだった。

 

 鳳はこれなら自分も出来ると思ったが、残念なことに掛け金がない。するとそれを見ていた最初に話しかけてきた狼男が、

 

「最初だから奢ってやるよ。もしも儲けたら返してくれよな」

 

 そう言って十枚ばかしコインを投げてよこした。レートはコイン一枚は銭貨一枚と交換出来るそうである。因みに銭貨一枚は百円にちょっと足りないくらいの価値らしい。レートが高いのか低いのか分からなかったが、どうせ他人の金だから、それが無くなるまで付き合っておけばいいだろう。

 

 第一ゲームは全員がブタで流れてしまったが、第二ゲームで鳳はいきなり勝った。たまたまフルハウスを引いたので自信を持ってレイズしたら、それをハッタリと見た狼男達がまんまと掛け金を釣り上げ、思わぬ収入が転がり込んできてしまった。早速、貸してもらったコインを返してゲームを続ける。

 

 それから第三第四とゲームが続き、勝ち負けを繰り返しながら、鳳は着実にコインを増やしていった。始めはビギナーズラックと揶揄していた狼男たちも、ゲームが進むにつれて段々口数が少なくなってきた。

 

 狼男達は顔が動物だけあって、本当に表情が読めなかった。怒ってるんだか、笑ってるんだか、苛ついてるんだか、青ざめているのか、後で突然激昂して襲われたりしないだろうな……と思いながら、おっかなびっくりゲームを続けていると……

 

 カランカラン……

 

 ドアを開く音が聞こえて誰かが店に入ってきた。しかし、ちらりと横目で見た出入り口には誰の姿も認められない。あれ? っと思って目を凝らしてみれば、なんてことない、背の小さな少年が扉を押し開けて入ってきたのだ。

 

「おいおい、ミルクが飲みたいなら入る店を間違ってるぜ」

 

 途端にあちこちからそんなヤジが飛んでくる。

 

 少年はそんな連中の言葉にもまるで気にした素振りを見せずに、ニヤニヤとした人懐こい笑みを浮かべながらテーブルの間を進み、マスターに向かって軽く手を上げた。すると、ルーシーが近づいていき、何やら親しげに会話を交わしはじめた。その様子は他の客とは明らかに違って、家族みたいに親密だ。

 

 あの二人、知り合いなのかな……と、ぼんやりそのやり取りを眺めていたら、

 

「おい、兄ちゃん。よそ見してないで早く続きやろうぜ」

 

 と、狼男に急かされた。慌ててテーブルに向き直る。

 

 そして再開して最初のゲームで、鳳はこの日最大のチャンスを迎えた。

 

 もう何回ゲームを続けているか分からないが、大分慣れてきた彼はちらりと見た手札を流れるように2枚捨て、場から2枚引いてきた。

 

 パッと見、ストレートかフラッシュが狙いやすそうだと思い、あまり考えずにカードを捨てたのだが……引いてきたカードはまさにその2つを同時に満たすものだったのだ。

 

 ストレートフラッシュ。

 

 彼は引いてきたカードを手札に入れて並べ、その大役が出来ていることに気がついた瞬間、思わず声を上げそうになった。

 

 その声をなんとか飲み込み、狼男達に気づかれないように表情を隠すと、彼は悩んでいる振りをしながら、警戒されない程度に最大限までコインを釣り上げる。

 

「レイズ」

 

 その強気な姿勢に狼男達が動揺した。鳳は自信があるらしい、降りたほうが良いだろうか? 彼らはそんな弱気な態度を見せるが……しかし彼らにも意地があるのか、それともビギナーズラックなんていつまでも続かないと踏んだのだろうか、最終的には次々と掛け金を釣り上げ始めた。

 

 レイズ、レイズ、レイズ……誰一人として降りる者が出ない中、一周して鳳の番が回ってきた。彼に許されているのはコールかドロップだけであるが……

 

 積み上がったコインを数えて、彼はゴクリとつばを飲み込んだ。正直、こんな場末の酒場で賭けるような金額じゃない。勝っても負けても禍根を残すのは間違いないだろう。よく見れば、コールしようにも彼の手持ちのコインでは足りなかった。

 

 普通なら地団駄を踏みそうな場面であるが、彼は寧ろホッとした。残念ではあるが、ここは降りた方が懸命だろうか……

 

「どうした? コインが足りないのか? 自信があるなら貸してやってもいいぞ」

 

 鳳が悩んでいると、隣の狼男が話しかけてきた。彼はもうカードをテーブルに伏せていて、どうやら次で降りるつもりでいるらしい。このゲームで勝てば、借りた金はすぐ返せるだろう。その時、お礼だと言って多めに渡せば、彼の顔も立って他の連中も手を出しにくいかも知れない。

 

 しかし、本当に勝負していいのか?

 

 テーブルを囲む狼男達の表情は相変わらず読めない。もしかしたら凄い手札を握っているのかも知れない。だが自分の手札はストレートフラッシュだ。そう簡単に負けるはずがない。なんせこれより強い役は二つしか残されていないのだ。ここは強気に行くべきだ。

 

 いや……しかし、彼の手札はハートのストレートフラッシュだった。もし、この場の誰かがスペードのそれを持っていたら、負けである。そんな可能性なんて万に一つもあり得ないと思うのだが……まったく表情を読めない狼男達の顔を見ていると自信が無くなってくる。

 

 やっぱり、降りたほうがいいだろうか。別に金を稼ぎたくてやってるわけじゃないのだし……変に恨みを買うのも良くないし……頭の中でぐるぐると様々な言い訳が飛び交う。

 

 と、その時、

 

「あっ!」

 

 鳳が突然上げた声に、テーブルを囲む狼男達がビクッと震えた。

 

「どうした?」

「あ、いや……すんません、何でもないです」

 

 彼はペコペコと頭を下げると、真っ赤になった顔を隠すように、自分の顔の前で手札を広げた。その時、彼は気づいてしまったのだ。

 

 これまでずっとそうしていたから、まったく気にしてなかったのだが……普通、ポーカーでは手札を捨てる時、カードを伏せて捨てるはずだ。ところが、ここの狼男たちはカードを表にして捨てていた。つまり、今、鳳の目の前に、このゲームで捨てられたカードが表のままで積み上がっていたのだ。

 

 その捨札を注意深く観察してみると、スペードのカードは五枚……そして、そのバラバラの五枚を抜くと、残った数字では決してストレートを作ることは出来ないのだ!

 

 つまり、狼男たちの中にスペードのストレートフラッシュを持つ者はいない。鳳は勝利を確信した。

 

「すんません、借ります」

 

 彼は隣の狼男に頭を下げると、彼の差し出したコインを掴み、自分の掛け金の上に乗せた。そしてそれをテーブルの中央に突き出し、いざ尋常に勝負! とコールしようとした時だった……

 

「やめとけ」

 

 ガシッ! ……っと、コインを差し出す鳳の手首が誰かに掴まれた。

 

 驚いて振り返ると、さっき店に入ってきたばかりの少年が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、鳳の腕を掴んでいた。

 

 なんだこいつは? 鳳が小首をかしげる。もしかして、心配してくれてるのだろうか。その気持ちはありがたいが、でも今は負ける気がしない。

 

 鳳は少年を諭そうとして口を開きかけた。ところが、その時……突然、鳳よりも先に、何故か狼男たちの方が苛立たしそうに一斉に立ち上がったのである。

 

「なんだガキ! 邪魔するんじゃねえよ!! そいつの手を離しなっ!!!」

 

 その勢いがあまりにもわざとらしくて、鳳は思わず目を白黒させた。どうして彼らはそんなに鳳に勝負をさせたがるんだろうか? まるで勝利を確信しているかのように……

 

 少年はそんな彼らをあざ笑うかのように、

 

「そんなムキになるなよ。まるでイカサマしてるって白状してるみたいだぜ」

「イカサマ!?」

 

 その言葉にギョッとした鳳が少年に聞き返すと、彼は相変わらずニヤニヤとした人懐っこい笑みをしたまま、親指を立てて背後を指差し、

 

「さっきからこいつがお前の手札を見て、合図を送っていたのさ」

 

 振り返ると、鳳たちとは別のテーブルに座っていた冒険者風の男がギクッとした表情で肩を震わせた。まさかと思って鳳が目をぱちくりさせていると、いきり立った狼男たちが、

 

「証拠は!?」

「目撃者が居る」

 

 少年がそう言うと、それを遠巻きに見ていたルーシーがニコニコしながら手を振った。

 

「ここんとこギルドに顔を出さなくなった冒険者が増えてよ、調べてみたらみんな借金抱えて鉱山に飛ばされてるじゃねえか。そんでお前らが怪しいと内偵してたのさ……なあ、お前ら、冒険者ギルドに楯突いたらどうなるか、覚悟の上なんだろうな」

 

 声変わり前の少年の声は甲高くて、しんと静まり返る店内でよく通った。だが、その可愛らしい声には妙な迫力があった。鳳はなんだか喉元に刃物を突きつけられているような、得も言われぬプレッシャーを感じた。

 

 狼男たちもそうだったのか、彼らは獣人特有の不思議な表情で顔を歪めると、びっしょりと鼻の頭に汗をかきながら、尚もしらばっくれ、

 

「それは誤解だ。俺たちは確かにギルドの仲間とカードをしていたが、それだけだぜ? 借金をこさえたのは連中に運がなかっただけだ。イカサマなんてしていない、そっちのテーブルのやつなんか知らないし、ウェイトレスの見間違いだろう?」

「嘘だよ、私ちゃんと見たもん」

「嘘つき女はすっこんでろっ!!!」

 

 狼男が怒鳴り返すと、ルーシーは怯えるように顔を歪めてすごすごと引っ込んだ。常連客の何人かが、それを見て一瞬険しい顔をしてみせたが、残念ながらそれで男気を見せるような者はいなかった。

 

 いや、一人だけいた……

 

「おい、俺の前で女をイジメるなよ」

 

 少年はそう言うと、威圧するように胸を張って、彼女を恫喝した狼男の前に歩み出た。狼男を見上げる少年の顔が、あざ笑うかのように軽薄に歪んでいる……その笑顔にさっきから妙なプレッシャーを感じるのは何故だろうか。どうもこの少年の笑顔は、そのままの意味で受け取ってはいけないようだ。

 

 とは言え、体格差は文字通り大人と子供。狼男はそんな少年の滑稽な姿を見下しながら、

 

「おいおい、僕ちゃん。こいつは濡れ衣だ。俺たちはただカードを楽しんでいただけだ。あの女は俺たちに悪感情を抱いていて、嵌めるために嘘ついてるんだ。分かるな? 今日はこれで許してやるから、おまえは家に帰って母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってな。それでもしつこく俺たちが悪いっていうんなら、こっちにも考えがあるぞ?」

 

 しかし少年はそんな連中の言葉にもまるで怯んだ様子を見せず、ニヤニヤとした笑みを一切崩すことなく狼男の懐に入り込むと、

 

「じゃあ、こいつはなんだ」

 

 と言って、鳳の隣に座っていた狼男が伏せたカードをパタパタとひっくり返した。

 

 鳳はそれを見てギョッとした。そこに並んでいた数字は10・J・Q・K・A。しかもその全てにクラブのマークがついている。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

 彼が素っ頓狂な声を上げた瞬間だった。

 

 突然、鳳のすぐ頭の上から、ブオンッ! っと空気を切り裂く音が鳴り、もの凄い速さで獣人の腕が、少年に向かって振り下ろされた。鳳はその風を顔に受けて、当たってもないのによろよろと尻もちをついた。

 

 先程までトランプを握っていた狼男の指先に、いつの間にか鋭い爪が伸びている。その爪に切り刻まれたら人間の肌など一瞬でズタズタにされるに違いない。さっきまで軽口を叩いていた口からは、鋭い牙がむき出しになっていて、目は異様な光を讃えていた。

 

 狼男が突然、ウオオオオーン!! っと遠吠えのような雄叫びをあげると、鼓膜がビリビリと震えて平衡感覚が失われた。明らかに戦闘モードといった感じの狼男を前にして、鳳はおしっこをちびってしまいそうなくらい恐怖を感じていた。

 

 やばい……さっきまではやけにフレンドリーだったからそんな風に思わなかったのに、こんなのもう魔物と変わりないじゃないか。自分は一体何とポーカーをしていたんだろう。彼は自分の浅はかさを呪った。

 

 しかし、対する少年は、一切動じることがなかった。

 

 いつの間に距離を取っていたのか、振り下ろされた狼男の腕が空を切る。見れば少年は遠く離れたところでポケットに手を突っ込みながら、あくびを噛み殺したような仕草をしていた。

 

 その挑発的な態度に腹を立てた他の狼男たちが加勢に入るも、少年は一向に焦る素振りは見せずに、逆に狼男たちの間合いの中に詰め寄ると、

 

「なあ、おい。これはもう、俺たちはイカサマしてましたって白状してると見なしていいんだよな? 抵抗するなら反撃しても構わないんだよな? 俺は割と辛抱強い方なんだ。反省してるんなら許してやらないこともないんだが……」

「ざけんな、ガキがっ!!」

 

 軽口に激昂した狼男たちが一斉に少年に飛びかかる。その速さは弾丸もかくやと言わんばかりで、少年の悲惨な結末を見て取った鳳は、思わず顔を歪めて目を伏せた。

 

 しかし、そんな光景はついにやってくることはなかった。

 

 少年に飛びかかった狼男が、まさに彼にその鋭い爪を振り下ろそうとした瞬間だった。少年は目にも留まらぬ速さでその腕をかいくぐり、狼男の懐に入り込むと、その腹に向かって腕を突き出した。

 

 するとその瞬間、パンッ! っと、どこからともなく乾いた音が鳴って、飛びかかっていった狼男が、突然、糸の切れた人形のようにその場に転がった。

 

 何が起きたんだ? ……それを確かめるより先に、仲間がやられた狼男たちが激昂し、次々と少年に飛びかかっていく。しかし、そんな彼らの結末もまた、最初と同じ無様なものだったのである。

 

 少年は迫りくる狼男たちの攻撃をひらりひらりと掻い潜りながら、彼らの攻撃とすれ違うタイミングで、腕を突き出し、パンッ! パンッ! っと、その腹に拳を突き刺していく。すると狼男たちは面白いように体勢を崩して、その勢いのままゴロゴロと床を転がっていった……

 

 最初は、少年が何をやっているのか、どうして屈強そうな狼男たちが、少年の細腕ごときで次々と倒れ伏すのか分からなかった。

 

 だが、交差する瞬間、一瞬だけ光る少年の拳と……全員が制圧された後に、中心で佇んでいる少年の両腕に握られていた小さな銃を見て、鳳はようやく彼が何をしていたのかを理解した。

 

 少年は隠し持っていたピストルを使い、目にも留まらぬ早撃ちで、狼男たちを至近距離から撃ち抜いていたのである。

 

 このファンタジー世界……そんなものにお目にかかれるとは思いもよらず、鳳は目を丸くした。狼男たちも同じく、床に這いつくばったまま驚愕の表情で少年の顔を見上げている。少年はそんな狼男たちにニヤニヤしながら近づいていくと……

 

 彼はその日初めて笑顔をやめて、真顔で、透き通った瞳で、狼男たちの顔を見つめながら、ゆっくりと、言い含めるように、

 

「なあ、おい、痛いか? 急所は外してあるから死にゃあしねえよ。分かるだろ? 外してやってるんだよ。だがまだやるってんなら、今度はおまえのそこでドクドク言ってる動脈ぶち抜くぞ。痛いぞ、きっと。大抵の男は泣き叫ぶからな。なあ、おい、試してみるか?」

 

 甲高い声の小柄な少年が、大きな獣人を足蹴にしながら凄んでいるさまは、まるで映画でも見ているみたいにアベコベで滑稽だった。しかし狼男たちの方はもうそんなことを感じる余裕もなかったらしい。

 

 始めこそ虚勢を張って少年を睨みつけていた狼男も、少年に銃を向けられ、容赦なくガンガン傷口を蹴り上げられるうちに、キャンキャンとまるで犬みたいな鳴き声を漏らし、ついに屈服してしまった。

 

「わかった! わかったから! 俺が悪かったっ! やめてくれっ!!」

 

 一人の狼男が降参すると、それを見ていた周りの連中も大人しくなった。さっきまでピンと張っていた耳が、今は萎れて伏せている。その姿はまるで子犬のようである。

 

 少年はそんな狼男に、最後に思っきり蹴りを入れると、

 

「なら、とっととこの街から消えやがれ! もし次に見かけた時は、おまえらはもう狩られる側だと肝に銘じろ!」

 

 少年がピストルをぶっ放しながら威圧すると、狼男たちは文字通り尻尾を巻いて逃げていった。去り際に覚えていろと悪役っぽいセリフを吐き捨てて言ったが、大抵、このセリフを言うやつはその後出てきた試しはない。

 

 酒場の床には狼男たちの血と、ばらまかれたトランプと、割れたガラスの破片が散乱していた。

 

 さっきまであんなに楽しく遊んでいたのに……西部劇の世界にでも放り込まれたような一連の出来事に、鳳は改めて自分の立場を思い知った。ここは元の世界と違って、気を抜いたら簡単に身ぐるみ剥がされていても、おかしくない世界なのだ。

 

 もしこの少年がいなかったら、今頃どうなっていたことか……

 

「よう、大丈夫だったか?」

 

 鳳はそんな少年にお礼をしようと立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立てなかった。そんな彼の無様な姿を見かねたのか、少年の方から近寄ってきて、彼に手を差し伸べた。

 

 だがその手の先にはピストルが握られている。銃口を向けられた鳳が反射的に手を挙げると、少年はようやくそれを思い出したかのように、

 

「おっと、いけねえ」

 

 と言って、指先でピストルをくるくる回して、手慣れた手付きで腰のホルダーにそれを収める……のではなく、まるで腰にある見えないホルダーに入れるかのような仕草だけをしてみせた。

 

 すると、その瞬間、彼の指先でくるくると回転していたピストルが、キラキラとした光の礫を撒き散らしながら、鳳の目の前で虚空に消えてしまったのである。

 

 それはまるで、元の世界のゲームで倒したモンスターが消えるエフェクトのように見えて……鳳は素っ頓狂な声を上げた。

 

「え! なにこれ!? 今の、どうやったの?」

 

 彼はさっきまでピストルを握っていた少年の手のひらを、まるで手相でも見るような格好で覗き込んだ。しかしその手を穴が空くほど眺めてみても、ピストルはどこにも見つからない。本当に、痕跡一つ残さず空中に消えてしまったのだ。

 

 手品でも見せられているのだろうか? それとも、夢でも見ているのだろうか?

 

 少年は鳳の手を振り払うと、迷惑そうに答えた。

 

「どうって、こんなのはただの現代魔法(モダンマジック)だ。それくらい知ってるだろ?」

 

 当たり前のように少年はそう言ったが、もちろん、鳳にはなんのことだかさっぱり意味不明だった。ポカンとしている鳳を見ながら、少年はガリガリと後頭部を引っ掻いた。

 

 親切心で助けてやったが、どうも面倒くさいやつに絡まれてしまったらしい、その顔がそんなセリフを雄弁に語っていた。

 


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