ラストスタリオン   作:水月一人

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ちょっと待ってて

「実はずっとマイトレーヤは……精神体、即ちアストラル体でこの世に顕現していたんだ。しかし、普通の人間は物質界に縛り付けられているから、アストラル界にいる彼の姿に気が付かなかった。だから彼は気づいて欲しくて、僕みたいにアーカーシャにアクセスし、アストラル界に通じることの出来る人間を探していたんだよ」

 

 そんな風に興奮気味に語るミッシェルに対し、ルーシーはずっと思っていた疑問を口にした。

 

「マイトレーヤって、確かおじいちゃんが前世で最後に見た精霊ミトラのことだよね? 結局、それって何だったの?」

「高次元存在、神だ。神は僕たちの宇宙の外側に居る、形而上存在と言い換えてもいい。僕たち人間は、物質として3次元の構造しか持たないけど、高次元存在はそれ以上の情報量を持っている。だから、そのままの姿で3次元に現れようとしても全ては収まりきれず、僕たち3次元世界の住人と接触する事はできないのさ。

 

 でも、僕たちは宇宙の境界にあるアーカーシャに記述された情報でもあるから、そこを通じてなら情報交換が出来る。そのためには修行を積んだ高僧や、僕みたいな変わり者が必要だったんだ」

「マイトレーヤはそうまでして何を伝えたかったの?」

 

 するとミッシェルは難しい表情を作り、

 

「少し複雑な話になるけど、平行世界は無限に存在し、ここと似たような世界もあれば、既に滅びた世界もある。高次元世界にも同じように無限の並行世界が存在するわけだけど、その構造がドミノ倒しのように壊れるというような、差し迫った危機が現在進行中らしいんだよ。それで彼はそれから脱却するための力を欲していて、僕たちみたいな変わり者をスカウトしていたのさ。

 

 そして彼は、レオナルドにこの世界に来て勇者を助けるようお願いしたんだけど、覚醒した時、すでに肉体が滅びていたレオナルドに力を授けることが出来なかった。そこで、彼の死に際、たまたま居合わせた僕に目をつけて、いずれ転生先……つまりここに現れるであろうレオナルドに、その杖を渡してくれと頼まれたんだ」

 

 彼はルーシーの所持するカウモーダキーを指差してから、

 

「僕自身は世界の危機にも勇者にも興味がなかったんだけど、レオナルドのことは好きだったからね。引き受けることにしたんだ。マイトレーヤが、彼に渡してくれれば後は好きにしていいと言ったから、僕はカウモーダキーを受け取ると、それを使っていくつもの予言を残した。

 

 その後、僕は肉体が滅びてからもアストラル体となって現世に留まり、人類の行く末を見守っていた。これがあれば簡単にアーカーシャにアクセスできる。そこには人類の全ての叡智があり、過去も未来もいくらでも見通すことが出来た。尤も、平行世界は無限に存在し、過去も未来も遠くに行けば行くほどブレるから、あんまり意味はなかったけどね。でも人類が滅亡するってのは概ね当たっていたよ。人類はAIによって段階的に滅んだんだ。

 

 こうして地球の最後を見守った僕は、その後も、平行世界を渡り歩いて様々な経験をしたあと、300年前にここでレオナルドと再会した。彼は僕のことを覚えていてくれて、僕たちは懐かしい地球の話を飽きるまで続けたんだけど……そうか、彼はもう、そのことを覚えていないんだね」

 

 ルーシーは、落胆しているミッシェルに対し、弟子として申し訳なく思いながらも、

 

「それじゃ、おじいちゃんは、マイトレーヤに言われた通り、高次元世界を救おうとして記憶を失ったのかな?」

「その可能性が高いだろうね。何をしたからそうなったかは、既に情報が無いから分からないけど」

「記憶を取り戻すことは出来ないの?」

「残念ながら。情報というものは、あるかないかの2つの状態しか持たないからね。一度失われた情報は取り返しがつかないんだ。でも、虫食いの情報は復元が可能だ。もしかしたら、何らかの切っ掛けさえあれば、芋づる式に思い出すことも出来るかも知れない」

「本当に?」

「案外、君が今日僕と会ったことを話せば、思い出すかも知れない。まあ、期待しないほうがいいってレベルだけどね」

「そっか……なら、一度ヴィンチ村に戻って確かめてみようかな」

「空間転移の練習には丁度いいかも知れないね」

 

 ルーシーは自分の手の中にあるカウモーダキーをちらりと見てから、

 

「そう言えば、空間転移って言うのは、ポータル魔法とはちょっと毛色が違うんだったっけ? 場所を思い浮かべるんじゃなくって人を思い浮かべたほうがいいとか」

「ああ。人間は、より執着のあるものと心のどこかで繋がっている。それを引き寄せる感じかな。ロマンチックな例えだと、好きな人といつも一緒にいたいとか、そういう気持ちだ。とにかくやってみるのが一番だろうね」

「ふーん……」

「と言うか、今すぐそうして、ここを立ち去った方がいいかも知れない」

「どうして?」

 

 まるでさっさとこの場を立ち去れとでも言いたげな言葉に、それまでノリノリで話していたくせに、急にどうしたんだろう? とルーシーが眉間にしわを寄せると、彼は他意は無いと言った感じ肩を竦めて見せてから、

 

「物質世界の方の君は、今も椅子に座って放心状態のまま魔物の群れに囲まれている。それを心配した君の仲間が痺れを切らして戦闘中だ」

「ええ!?」

 

 驚いたルーシーが大声を上げて椅子から立ち上がると、それを切っ掛けとして集中力が途切れたのだろうか、白い世界はまた霞がかったように薄れていき、目の前に座るミッシェルの姿は徐々に徐々に見えなくなっていった。

 

 と同時に、ルーシーの目には、迷宮の中で魔物の大群と必死になって戦う仲間の姿が見えてきた。彼女は申し訳無さそうに頭を下げると、

 

「ごめん、ミッシェルさん! そろそろ行かなきゃ」

「ああ。どうやらお別れのようだね。僕はアストラル界に住む精神体。どこにでも居るし、いつまでも存在する。君がアーカーシャにアクセスする限り、またいつかどこかで会うこともあるだろう」

「うん、絶対にまた会おうね。その時が来るのを楽しみにしてるっ!」

 

 ルーシーのその言葉が彼に届いたかどうか、その姿は殆ど薄れてしまっていて分からなかった。ただ、アストラル体である彼は物質界からは見えなくても、心のうちにはいつも存在しているはずだから、多分、その言葉はちゃんと伝わったはずだろう。

 

 彼女はそう考えると、それ以上名残を惜しまず、ただ目の前のことに集中しようと頭を切り替えた。真っ白だった世界は徐々に色を取り戻し、ブレブレの輪郭線が収束するように、あらゆる物質がくっきりと視界に映し出されていく。

 

 そして全ての輪郭がいつものようにはっきり見えるようになると同時に、ルーシーは体にグンと強い重力を感じた。まるで深い眠りから急速に覚醒した時みたいに、全身にパリパリとした静電気が走って、彼女は自分の体のコントロールを取り戻した。

 

 その瞬間、ガクッと体がふらついたのを見て、魔物と戦っていたジャンヌが叫んだ。

 

「ルーシー! 起きたの!?」

「ごめん、ジャンヌさん。今、戻ったよ」

「まったく動かないから死んじゃったかと思ったわよ! それじゃもうここに用事はないわ。脱出しましょう。サムソン! 殿はお願いできる? 私が道を切り開くわ!」

「任せろ!」

 

 ジャンヌとサムソンが互い違いの方向へ走って、それぞれ大振りの攻撃で魔物の群れを牽制する。そんな二人の攻撃の隙間を埋めるように、メアリーがクラウド魔法を設置して、彼らはあの一人しか渡れそうもない吊橋への道を確保した。

 

 吊橋は、相変わらず今にも崩れ落ちそうだった。ジャンヌはここから逃げようと言うのか。ルーシーは慌てて彼女の行動を制止すると、

 

「待って、ジャンヌさん! そんなとこ4人で渡ったら絶対に橋が落ちるよ!」

「でも、他に逃げ場はないでしょう?」

「ちょっと待ってて!」

 

 今は説明している暇はない。そして、いろいろ試している時間もない。ぶっつけ本番になるけれど、彼女はもはや迷うことはないと言わんばかりに、手にした杖を両手で天に掲げた。

 

「お願い、カウモーダキー! 力を貸して!!」

 

 追い詰められた時、人間というものはすごい力を発揮する。彼女がそうして一心不乱に杖に願うと、次の瞬間、その願いに呼応するかのように、杖から柔らかな光が発し、先端から魔法陣のようなホログラフがぐるぐると回転しながら現れたかと思えば、レーザービームのような光が天井に突き刺さった。

 

 それが虚空に消えたかと思ったら、今度は術者であるルーシーの目の前に小さな光の点が収束していき、それが金魚鉢を満たすかのように徐々に膨らんでいった。

 

 やがてその光の集合体が一つの形を作り出した時、ジャンヌはそれが何であるかを理解し、驚きの声を上げた。

 

「それは……タウンポータル!? ルーシー、あなたやったのね!?」

「今は悠長に話してる場合じゃないわ。さっさと逃げましょ。スタンクラウド!」

 

 それを見ていたメアリーは、もはやMPの心配は要らないとばかりにスタンクラウドを連発すると、一目散にポータルの光の中に飛び込んでいった。続けて、しつこい魔物を打ちのめしたあと、サムソンが飛び込み、最後にルーシーを荷物みたいに小脇に抱えたジャンヌが飛び込む。

 

 ポータルをくぐると空気が変わったことを肌で感じた。別々の空間を繋いでいるのだから当然なのかも知れないが、だまし絵でも見ているかのような違和感を感じるのだ。鳳のタウンポータルでもいつもそんな感覚がしていたのだが、ルーシーの空間転移はそれとはまた違った。

 

 彼のポータルは空間座標という点と点を繋げているのに対し、ルーシーのはベクトルを結んでると言ったほうがいいのだろうか? 出口の向きが固定されておらず、おかしな方向を向いていたのだ。

 

 今回、彼女が繋いだポータルの出口は、どこかの天井から床に向かって開いていた。だから、そこに飛び込んだメアリーは天井から床に落下して強かに腰を打ち付けた。おまけに、そこへ後に続いたサムソンが飛び降りてきて、最後にジャンヌとルーシーまでもが乗っかった。

 

「むぎゅ~……」

 

 仲間たちに踏んづけられて、あんこが出そうになっているメアリーに気づき、サムソンは慌てて立ち上がったかと思いきや、彼は彼女に手を差し伸べるのではなく、思いっきり天井に向かってアッパーカットを振り抜いた。彼らの後についてきた魔物が、今まさにポータルから飛び出てこようとしていたが、そんな彼の攻撃で吹っ飛んでいった。

 

 まるでそれが合図であったかのように、ポータルの光がスーッと消えていく……しんと静まり返る室内で、4人は息を呑むと、天井を見上げながらお互いの無事を確認しあった。

 

「……どうやら、助かったみたいだな」

「危機一髪だったねえ」

「みんな無事?」

「無事じゃないよ~……早くどいてってば」

「ごめんごめん!」

 

 ジャンヌたちはメアリーの上に乗っかっていることに気がつくと、慌てて飛び降りて謝罪した。もしも彼女が神人でなければ、今頃大惨事になっていただろう。今回はぶっつけ本番だったから仕方ないが、ルーシーは今後は出口の方向もあわせてくれるように、杖に願おうと肝に銘じた。

 

「ところで、ここはどこかしら?」

 

 ともあれ、人心地ついた彼らは、今度はここがどこなのか気になった。ルーシーは咄嗟だったから、ポータルをどこへ繋ごうとも考えていなかったのだが、とにかく帰りたいという気持ちがそこへ繋いだのだろう。

 

 ふと気がつけば、目の前に皇帝がいて、彼女はぽかんと口を半開きにして彼らの姿を凝視していた。

 

「あ、あの~……みなさん?」

 

 いつものローテーブルを文机にして、何かの書類を書いていた皇帝は、状況がいまいち読みきれないのか目を丸くしながら、

 

「取り敢えず、おかえりなさい……お茶でもいかがです?」

 

 そして背後からは怒りに震えるドスの利いた男の声が聞こえてきた。

 

「あんたたち……だから、こうも簡単にセキュリティを破らんでくださいよ!」

 

 振り返ればマッシュ中尉がキレていた。本気でそろそろ誰かの首が飛びそうである。

 

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