ラストスタリオン   作:水月一人

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言わんこっちゃない

 ミーティアが目撃してしまった深夜のハプニングはさておいて、その後、旅は順調に続き、ギヨーム達はついに中継点のガルガンチュアの村へとたどり着いた。オークの通り道があったお陰で、本来なら一ヶ月はかかるであろう距離を、たったの1週間で踏破した計算であった。

 

 元々、馬よりも優秀なラバを二頭も連れていたというのも早さの秘訣であったが、それ以上に驚いたのは、ギヨームがここへ来るまで一度もそのラバに乗らなかったことだ。

 

 彼はその間、当たり前のようにラバと並走し続け、不平も言わなければ疲れを微塵も見せなかった。魔王を倒してしまったという鳳の成長にも驚かされたが、彼もまたそれと同じくらい劇的に成長していたようである。そんな凄腕冒険者をタダで雇ってしまえるなんて、自分はなんて幸運なんだろうとミーティアは思った。

 

 ともあれ、ガルガンチュアの村に到着した彼女は、集落の周りだけ森がポッカリ開けていて、中央に巨大な木がそびえ立つ村を見るなり『帰ってきた』と思ってしまった。ここに居たのはせいぜい数ヶ月前のことだと言うのに、何だかどうしようもなく懐かしかった。

 

 尤も、村の雰囲気は以前とは大分様変わりしており、彼女が早速とばかりに懐かしのギルド出張所へ向かおうとしたら、ギルドへ続く森の小径は、いつの間にか両側に店が立ち並ぶ大通りに整備されていて、それを利用する村人や行商人たちで賑わっていた。

 

 店はレイヴン達が経営している鍛冶屋や道具屋で、彼らが作った皮革製品などを、外から来た商人たちが買い取り、レイヴン達は代わりにくず鉄などの材料を仕入れているようだった。

 

 他にも大森林で取れる香辛料と小麦粉を交換したりと、ヴィンチ村に留学していたマニの経験が、大分生かされているようである。

 

 ミーティアは、そう言えばギルド職員もレイヴンが引き継いだことを思い出し、新任に挨拶しておこうとギルドに向かったら、思いがけずそこでマニに出くわした。彼はギヨームの顔を見るなり、まるで犬みたいに嬉しそうに駆け寄ってきて、

 

「やあ! ギヨームお兄さん。ミーティアお姉さんも、よく来てくれました。千客万来ですね」

「よう、マニ。たった二人で千客もねえよ。大げさすぎんだろ」

 

 ギヨームがいつものように皮肉を言うと、マニは苦笑しながら、

 

「いえ、少し前に勇者のお兄さんとルーシーさんも来てたんですよ。なんでも、ネウロイに向かうとか」

「なに!?」

 

 ギヨームとミーティアは顔を見合わせた。やはり、鳳はここへ立ち寄ったらしい。それはある意味予想通りだったが、

 

「あの野郎、やっぱここに立ち寄ってたんだな。それで、やつはどうしたんだ?」

「えーっと、ネウロイに向かうって言ってまして、僕も一緒に行こうかと聞いてみたんですが、その必要はないから、代わりにみんなに自分が来たことを伝えておいてくれって言って……今頃ギルド経由でフェニックスに伝わってる頃だと思いますよ?」

「ふーん、それで」

「旅立とうとしたらルーシーさんが出てきて、一人じゃ危険だからって、ひと悶着した後、二人で飛び立っていきました」

 

 その言葉を横で聞いていたミーティアがホッとしながら、

 

「そうですか、一人で出ていってしまった時は心配しましたが、ルーシーも一緒なら安心ですね」

「そうかあ? 女と二人っきりなんだろ。案外、今頃抜け駆けしてるんじゃねえか?」

 

 ギヨームがそんな穿ったことを言うと、ミーティアはプンプン怒りながら、

 

「失礼な人ですね。彼女がそんなことするわけないじゃないですか。あの子は私が鳳さんのことが好きだってことを知ってるんですよ? そんな彼女が裏切るはずがありません。私と彼女が、一体、何年付き合ってると思ってるんですか!?」

「あんたがヘルメスに来てからせいぜい2年ちょっとだろう?」

「年数なんか関係ないんですよ!」

 

 おまえが先に言い出したことだろうに……ギヨームはそんな理不尽な言葉に、これ以上何を言っても無駄だと肩を竦めた。尤も、彼の言葉は現時点では確かに誤りではあった。現時点では……

 

 ともあれ、鳳が無事だったことを知ると、ミーティアはそれを重ねて確かめるようにマニに詰め寄りながら、

 

「ところで、鳳さんの様子はどんな感じでしたか? どこか思いつめていたりとか、苦しそうな感じとかしませんでしたか?」

「ええ!? いいえ、そんなことは全くありませんでしたけど……」

「そんな馬鹿な!? ……本当に?」

「はあ……特に変わりなく。いつも通り、ルーシーさんと漫才みたいな会話を繰り広げた後、やっぱりいつも通りにふわっと飛んでっちゃいましたが……あ! そう言えば!」

 

 マニは会話の途中で何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。ミーティアはその様子に、何か良からぬことでも起きたのだろうかと気を揉みながら、マニの言葉を催促すると、彼は少しこそばゆそうな表情をしながら、

 

「えーっと、挨拶がおくれちゃいましたが……ご結婚おめでとうございます」

「……はい?」

「お二人からお話を聞いて知りましたが、最近、お兄さんとミーティアお姉さんは結婚されたそうですね。お兄さんはそれを嬉しそうに話していて、僕は、ああ、お兄さんは本当にお姉さんのことが好きなんだなって、その気持ちが凄く伝わってきましたよ」

「んまあ! 鳳さんがそんなことを……?」

「はい。だから、全然、思いつめたりとかそんなんじゃなくって、寧ろ浮かれていてルーシーさんに叩かれてたくらいですが……」

 

 どうやら本当に鳳は普段どおりだったらしい。あんな出発の仕方をしたから心配してここまで来たのに肩透かしではあったが、元気が無いよりはマシだろう。ミーティアがそう思って安堵していると、マニは人見知りするようにソワソワしながら、二人の背後に影のように付き従っているアリスのことを指差し、

 

「ところで、さっきから気になってたんですけど、そちらの方は?」

「ん? ああ、こいつはアリスって言って、鳳の新しい従者だ」

「ああ! それじゃ、この人がもう一人の奥さんですか」

 

 マニはポンと手を叩くと彼女の前に進み出て、

 

「あなたのこともお兄さんたちから聞いています。お兄さんはあなたのことを、まるで宝物みたいに、それはそれは大切そうに話していましたよ」

「ご主人様が私のことを……?」

 

 アリスはまるで神に祈りでも捧げるかのような恍惚とした表情を浮かべている。

 

「ぐぬぬ……」

 

 ミーティアはそれを尻目に見ながら、やはりこの子は侮れないとまた危機感を募らせていた。

 

 そんなミーティアの不安をよそに、マニは続いてギヨームの前に進み出ると、彼の全身を隈なく眺めるようにじろじろ見つめてから、

 

「それにしても……ギヨームお兄さんも大分感じが変わりましたね? 最後に別れた時と比べると雰囲気が格段に違います。もしかして最近、何かすごい力を得たりしませんでしたか?」

「……分かるのか?」

 

 ギヨームが少し意外そうに言うと、マニは当然だとでも言いたげな素振りで、

 

「森の中には危険がいっぱいありますから、獣人は元々そういうのを肌で感じるセンサーみたいなものを持っているんですよ。特に僕は兎人の血も引いていますからよく感じます。ついでに、ご先祖様の力を継承したのもあるんで……なんとなくですが」

「へえ。そいつは便利だな」

「お兄さんもそうだったんですけど、ギヨームさんからも、魔王に匹敵するような凄みみたいなものを感じます。今のお二人が力を合わせれば、例え相手が誰であっても敗北は無いんじゃないですか?」

「でも、下手したらその鳳と戦わなきゃなんねえ状況だからなあ……奴が来たんなら、魔王化の話は聞いてるんだろう?」

「はい。どうやら深刻な事態みたいですね……」

「ああ、俺たちはこれをどうにかして止めなきゃなんねえわけだが……そのために、俺はこいつらを奴のとこまで連れてこうとしてるんだが」

「奥さんたちですか?」

「おい、ガルガンチュア! 何をやってやがる!?」

 

 ギヨームとマニが首を突き合わせてそんな話をしている時だった。ギルドに通じる大通りの道幅いっぱいに広がって、たくさんの取り巻きを引き連れた狼人が現れた。

 

 マニはその姿を見るや否や、それまでの愛嬌のある子供らしい表情が鳴りを潜め、どことなく剣呑な雰囲気を漂わせながら、現れた連中を睨みつけた。そして一段トーンの低い声で、

 

「ゲルト! お客さんの前で失礼だぞ」

「客? 客なぞどこにいる。ここにはおまえと人間しかいないぞ」

「またおまえは、誰彼構わず威圧して、いい加減にしないかっ!」

「威圧? 俺は威圧などしていない。人間が勝手に怖がって逃げていくだけだ」

「それを威圧していると言ってるんだ! おまえのせいで、せっかく来てくれた人間の行商人達が、今までどれだけ離れていってしまったことか」

「ふん! あいつらが売りつけようとしていた物は、トカゲ商人よりもずっと高かったじゃないか。不必要に獣人を差別するような輩がいなくってせいせいするぞ」

「族長は俺だぞ! それを決めるのはおまえじゃない!」

 

 ギヨームはそのやり取りに驚いた。マニが感情をあらわにして他者を批判するとは珍しい。話の内容からして、恐らくは村長を巡ってのライバルなのだろうが、よほど手を焼いているのだろうか? とは言え、こんな物語の序盤で登場する噛ませ犬みたいな奴に、今更遅れを取るようなマニではないはずだ。

 

「おい、マニ。そんなのさっさと畳んじまえばいいじゃねえか。なんなら俺が始末してやろうか」

 

 だから、何を手こずっているんだろうと思ったギヨームは、自然とそんな言葉を口にしていた。彼にしては当たり前の言葉だったが、しかし、見た目は子供でしかないギヨームに、いきなりそんなことを言われたゲルトは怒り狂った。

 

「何だと貴様!? 今、俺を倒すと言ったのか!? この俺を! 森の獣人最強の種族である狼人のこの俺を!?」

「ん? ああ、わりいわりい、プルッちまったか。悪気は無かったんだよ。つい、ポロッと本音が漏れちまってよ」

「生意気なガキめっ!! ぶっ殺してやる!!」

 

 怒り心頭のゲルトは目を吊り上げると、牙をむき出しにして自慢の爪をニョキッと伸ばした。狼人のその鋭利な爪は、分厚いクマの皮をも引き裂き、まともに食らっては一溜まりもないであろう。食らえばの話であるが……

 

 ゲルトは自分より半分以上も小さいギヨームに、敵意を剥き出しに襲いかかってきた。そんな二人の間にマニが慌てて飛び込んで、ゲルトを押し留めようとする。

 

「やめろ! ゲルト! この人に手を出してはいけないっ!!」

「黙れ、ガルガンチュア! こんなガキに舐められていて黙ってられるか! それもこれも、おまえのせいだぞ! おまえが人間なんかにペコペコするから!!」

「そうじゃない! わからないのか!? おまえじゃ相手にならないって!!」

「うるさい! 臆病者は引っ込んでろっっ!!」

 

 ゲルトは押し留めようとするマニをドンと突き飛ばすと、ギラギラと目を光らせてギヨームを凝視した。大森林の獣人は屈強で、並の人間なら、それだけで恐慌状態に陥るには十分な迫力だった。だが、修羅場を潜ってきた数が違うギヨームが、今更そんなものを恐れるわけもなく、彼はポケットに手を突っ込んだまま、いつものニヤニヤ笑いをしながらゲルトの顔を見つめていた。

 

 その生意気そうな表情がますますゲルトの自尊心を傷つけた。彼はうおおんと大きな雄叫びをあげると、マニが止めるのも聞かずに牙をむき出しにしてギヨームに飛びかかった。

 

 しかし、そんなゲルトの腕が、ギヨームに届こうとした瞬間だった。

 

 ドンッ! っと腹の底から響いてくるような振動音が辺りに轟いたかと思うと、たった今ギヨームを切り刻もうとしていたゲルトの腕が空振りし、代わりにいつの間にか背後に回っていたギヨームが、ゲルトの背中を思いっきり蹴り飛ばしていた。

 

 相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、まるでサッカーボールを蹴るような気安さで振るわれたにもかかわらず、その蹴りを食らったゲルトの体は、空中を錐揉しながら吹き飛んでいく。

 

 そのまま地面に激突したゲルトの巨体が、ズザザッ、ズザザッと、水切りの石みたいに地面を跳ねながら飛んでいき、彼の体はやがて大木の幹にぶつかりズシンと大きな音を立てて止まった。

 

 そのあまりの衝撃に目を回しながらも、どうにか立ち上がろうとしたゲルトは、しかしその時、既に彼の間合いに入り込んできていたギヨームの姿を捕らえて絶望した。

 

 その姿はあまりにも速すぎて、周りの者達は誰も目で追うことが出来なかった。暴力を振るわれているゲルトですら、何が起こっているのかわかなかった。ただ、気がつけばいつの間にかそこにいて、そして次の瞬間、ギヨームが軽く彼の体に触れたと思ったら、ゲルトはまるで内蔵を直接抉り抜かれたような強烈な痛みが全身を突き抜け、その時にはもう失神していた。

 

 ぶくぶくと泡を吹きながら、巨大な狼人の男が、小さな男の子に打ちのめされている。そんな光景を、ゲルトの取り巻き達は、唖然呆然と眺めては、ぽかんと棒立ちするばかりであった。

 

「言わんこっちゃない……」

 

 マニは頭を抱えてため息を吐いた。そして、未だに身動き一つ取れずにぼーっとしているゲルトの取り巻き連中に向かって、

 

「お前たち、闘争心が強いのは結構だが、相手との力量差すら測れないで、何が獣人だ! 今回は相手が俺の友達だったから良かったものの、これが森の中だったらゲルトは死んでいたんだぞ!? なのにおまえたちは彼を止めも、助けもしないで、何をいつまでぼんやりしているんだ!!」

 

 族長がそう言うと、取り巻き達ははっと気がついた感じに体を震わせ、正に今ゲルトを踏んづけているギヨームに向かって一歩進み出た。しかし、そうしたまではいいものの、それからどうしていいのか分からず、彼らは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 

 マニは呆れ果てたと言った感じにため息を吐くと、彼らの代わりに前に進み出て、ギヨームに向かって頭を下げた。

 

「ギヨームさん、すみません。そいつは俺の村の仲間なんです。非礼はお詫びしますから、今回は許してやってくれませんか?」

「ん……? ああ、俺は別にいいけどよ」

 

 ギヨームは、やれやれと言った感じに肩を竦めて、いつものお手上げのポーズを見せた。そんな少年を前にゲルトの取り巻き達は何も言うことも出来ず、おずおずと自分たちの族長の背中に隠れていることしか出来なかった。

 


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