ラストスタリオン   作:水月一人

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父の名に恥じぬように

 ガルガンチュアの村に到着したギヨームは、マニと話している最中に乱入してきた彼の政敵ゲルトをけちょんけちょんに畳んでしまった。今更、この程度の獣人をマニが恐れる必要なんてないじゃないかというつもりであったが、そんな彼の思惑とは裏腹に、ゲルトをやっつけたら慌ててマニが頭を下げてきた。

 

 どうやらマニはゲルトや取り巻きに尻込みしているわけではなく、族長として言葉で言って聞かせてやりたかったようである。そんなこととはつゆ知らず、いつも通り暴力には暴力で返してしまったギヨームは肩をすくめると、バツが悪くなって彼らから少し距離を取って背中を向けた。

 

 そんなギヨームの元へ呆れた素振りのミーティアがやってくる。

 

「どっちが年上かわからないですね。マニ君の方がよっぽど大人です。ギルドではそれで助かってましたが、あなたもそろそろ成長しなければ」

「うっせえな。わかってるよ。この商売、舐められたらお終いなんだよ」

「それにしても、いつの間に人間やめちゃったんです? 暫く見ない内に、また化け物みたいに強くなりましたね。何かおかしなものを拾い食いでもしたんですか」

「相変わらず口が悪いな、あんた……」

 

 二人がそんな会話を交わしている間、気絶したゲルトをマニとアリスがてきぱき介抱していた。アリスが水筒の水を布に含ませ口に当て、そんなゲルトを抱き起こし、マニがグイッと背中を押すと、彼は一瞬ビクッと跳ねるような動作をした後、薄ぼんやりと目を開けて、呆然と周りを見回していた。

 

 なかなか焦点が定まらないのか、暫くの間フラフラと頭を左右に振っていた彼は、その目がギヨームを捕らえるや否や、それまでの尊大な態度が一瞬にして崩れて恐怖に怯える表情を見せた。

 

「ヒィッ……!」

 

 彼はその時になってようやく自分がヤバいものに手を出してしまったのを悟ったらしく、トラウマスイッチが入ったかのようにハアハアと呼吸を取り乱す様は、これぞ正に負け犬といった感じで、彼をリーダーと仰いで従っていた取り巻き達を動揺させた。

 

 マニはそんな連中の姿を見て、ため息交じりに言った。

 

「ゲルト。おまえは無闇矢鱈と人間を見下しているが、これで人間にだって、獣人よりもずっと強い人がいるのがわかっただろう。自分の力を過信し、相手の力量も見極められずに突っかかっていって、挙句の果てにこてんぱんにやられて、おまえこそそんなのが誇り高き森の獣人と呼べるのか。

 

 おまえは普段から獣人こそが最強だと宣っているくせに、この体たらくはなんだ! さっきだって、お前一人がやられるだけならいいが、もしもギヨームさんが本当の敵対者だとしたら、おまえもその取り巻きも、みんなやられていたところなんだぞ?

 

 魔族は、気絶したおまえを優しく介抱したりなんかしない。みんな今頃お陀仏だ。そんな判断もできないやつに、村のことをとやかく言われたくないぞ!

 

 ……人間と協調するというのは、俺が族長になった時からの既定路線だ。そうした方が、獣人が種族として強くなれると、俺はそう思っているからだ。今更これを変えるつもりはない。

 

 もちろん、頭からそれを受け入れろというつもりもない。反対意見もあっていい。だが、やりもしないうちから排除するような真似はするなよ。大森林の獣人は、俺たちは、今変わらなきゃいけない瀬戸際に立ってるんだ。いい加減、そのことに気づいて欲しい。

 

 言いたいことは、これからも好きに言えばいい。だが、今は俺が族長なんだから俺に従ってもらう。それがどうしても嫌だと言うなら、力づくで奪いにこい。そりゃ俺はまだ若くて頼りないかも知れないが……」

 

「違う! そうじゃない!」

 

 マニが滔々と説教をたれている間、ゲルトは大きな体を小さく丸めて黙って聞いていたが、マニが自分のことを言及するや、慌ててそれを否定するように声を荒げ、

 

「人間にも強いのがいるのは知ってる。勇者は凄い強い。知っている。さっきはカッとなったが、今はそこの少年の力量も分かる……俺じゃ相手にならない。俺の間違いだった。だから少年には謝る。俺の負けだ」

 

 ゲルトはそう言うと、意外と素直にギヨームに向かって頭を下げてきた。その瞳は未だに恐怖に怯えているようだが、その場しのぎで言っている感じではなかった。

 

 ギヨームが謝罪を受け入れると、ゲルトは悔しそうに奥歯をギリギリ噛み締めてから深呼吸し、気を改めるようにマニへと向き直り、

 

「そうじゃなくて、おまえは族長だろう?」

「ああ、そうだ。頼りないかも知れないが……」

「そうじゃない! おまえが族長であることを俺は認めている。みんなも認めている」

「……そうなの?」

 

 ゲルトのその言葉に、マニは目をパチクリさせて周りを見た。マニの問いかけに、ゲルトの取り巻き連中はみんな頷き、と同時に、その様子を見に来ていた大通りのレイヴンたちも遠巻きに頷いていた。

 

 ゲルトは続けた。

 

「おまえは族長なのに、おまえが人間にペコペコしたら、みんなが人間に劣ってるように感じてしまう。だから、俺はおまえにだけは、誰にもペコペコして欲しくないと言ってるんだ。でも、どうしてもおまえは分かってくれない。おまえはいつまで経っても、そこの少年や女、勇者にペコペコする真似をやめない」

「……? ペコペコするなと言うが、しかし、俺はこの人たちにお世話になったのだし……実際に、ギヨームさんは俺よりも強いんだぞ?」

「そんなこと! ……あるかも知れないが、そうじゃなくて……ギギギッ……」

 

 ゲルトはどうしたらマニに分かってもらえるのかと言いたげに、渋い表情で歯ぎしりをしている。だがマニはそんなゲルトの気持ちがまだわからないようだった。

 

 そんな二人のやり取りを見ていたギヨームは、何となくゲルトが言いたいことが分かるような気がして、自分が撒いてしまった種でもあるので、代弁をしてやろうとした。

 

「マニ。そいつは、俺や鳳に頭を下げるなと言ってるんじゃない。おまえはこの森のリーダーで一番偉いんだから、誰彼かまわず頭を下げるなって言ってるんだ」

「……どういうことですか?」

「おまえは誰に対しても丁寧に応対するが、あまりに丁寧すぎるせいで、村人たちが獣人は人間よりも格下だと劣等感を感じるようになっちゃってるんだ。みんな、おまえが強いリーダーだと思っているからついてきているのに、これじゃやってられないだろう。だからそいつは、おまえには誰であっても頭を下げてほしくないと言ってんだ。おまえは、知らずしらずのうちに、部族を代表して人間にへりくだってしまっていたんだよ」

「そんなつもりは……」

「なら、こう考えてみろ。おまえの親父が、おまえみたいに、人間の商人相手にフレンドリーに振る舞ってる姿を想像してみろ。それを見たら、おまえはどう感じるだろうか?」

 

 マニはその言葉を聞いて、ようやく自分が何をしてしまっていたのかに気がついた。想像してみると確かに、もしも父ガルガンチュアが人間相手に、必要以上にベタベタしたり、フレンドリーに接していたら、相当な違和感を覚えたろうし、きっと気分が悪くなっていただろう。

 

 マニの記憶にある限り、父がそんな姿を見せたことは一度もなかった。族長としての威厳を損ねるような真似は決してしなかった。かと言って彼は冷血だったわけではなく、実は鳳相手によく村のことを相談していたらしいし、最後の瞬間、マニを抱きしめながら、ずっとこうしたかったと言っていた……

 

 父は、村のために、ずっと我慢していたのだ。

 

 人に親切にするなというわけではない。そうではなくて、親切にするにしても族長自らが応対する必要はないのだし、丁寧な言葉づかいは、時に他人からはへりくだって見えてしまう。そんな態度はこの森の長にはふさわしくない。ゲルトは、例え相手が神聖皇帝であっても、族長にはそんな態度をとって欲しくなかったのだ。父のように、族長には、いつも威厳を持っていて欲しかったのだ。

 

 ハッとして周囲を見回すと、いつの間にかそこにはゲルトの取り巻き以外にも、大勢の村人たちが集まってきており、彼の行動を見守っていた。今まで気にも留めていなかったが、彼らはゲルトとのやり取りを、いつもどんな思いで見ていたのだろうか。

 

 こんな衆人環視の中でゲルトのことを責めていたのか……そんなことにも気づけないくらい、自分は余裕をなくしてしまっていたようである。マニは反省すると、そんな彼らに向かって問いかけた。

 

「……俺はペコペコしていたか?」

 

 するとゲルトやその取り巻き達は、お互いに顔を見合わせてから、恐る恐ると言った感じに頷いた。

 

「そうか……」

 

 マニはそれを見て、後頭部をポリポリと引っ掻いて反省すると、自分の否を認めてゲルトに頭を下げようとしたが、

 

「だから謝るな! おまえは俺に頭を下げるのも禁止だ! おまえはいつも堂々としてなきゃいけない。おまえはいつも強さを誇示しなければならない。おまえが間違っていたら、俺たちが力で分からせる。獣人は強いから、それがルールだ」

 

 ゲルトはフンと鼻を鳴らすと、明後日の方に顔をプイと背けて、不機嫌そうな表情を見せた。いっつも突っかかってきて嫌な奴だと思っていたが、ゲルトは意外とツンデレなやつだったらしい。マニはそんなゲルトに、今までのことは悪かったとまた言いかけては、慌ててその言葉を飲み込んだ。

 

 ともあれ、彼らが嫌がっていることが分かったのなら、改善しなければならない。だが、マニはうーんと難しそうに唸り声をあげると、

 

「お前たちの言いたいことは分かった。しかし俺は、やはり村を大きくするには、人間の手を借りなきゃいけないと思っている。だからこれからも人間の商人を呼び込みたいと思っているんだが、そのための対応はどうしたらいいんだ?」

「それこそレイヴン達に丸投げすればいいじゃないですか」

 

 マニがそんなことを危惧していると、傍で聞いていたミーティアが見かねて言った。

 

「獣人は無愛想だから接客には向いていませんが、レイヴンならそんなことありません。ここに来るまで村の様子を見てきましたが、既にレイヴン達は外からやって来た商人たちと、普通に商談を交わしていましたよ。それに、こんなところまで来る商人なんて、よほど逞しくないとやっていけないんだから、あなたが子供を世話するように応対しなくても、ほっといても自分で勝手にやってくれますよ」

「そ、そうでしょうか……」

「そんなもんですよ。あなたは族長になったばかりで意気込んでいるのかも知れませんが、何でもかんでも一人で抱え込む必要はありません。もっと部下を信頼して、仕事を丸投げするくらいが丁度いいんですよ。その方が、彼らも気楽なんです」

 

 働き者の上司の下では部下は気が休まる暇がない……そう言うミーティアの言葉には、妙な実感が込められていた。マニはそんな彼女の言葉を素直に受け取ると、

 

「それじゃあ、暫くはそれで様子を見よう……みんなもそれでいいだろうか?」

 

 族長がそう呼びかけると、その様子を遠巻きに見ていたレイヴン達が頷いていた。ゲルトは話がまとまったのを見ると、ようやく分かってくれたと言いたげな表情で立ち上がり、ギヨームの方をちらりと一瞥してから、

 

「……世話になったな」

 

 と言って、ぶっきらぼうに腕を突き出してきた。ギヨームは、獣人にしては意外と礼儀正しいやつだとその手を握り返すと、そんな二人が和解する姿をホッとした表情で見ていたマニに向かって言った。

 

「マニ……いや、ガルガンチュア。これからは、俺相手にもタメ語で話せよ」

「え? どういうことですか??」

「おまえ、いつもはお兄さんお姉さんと言ってるけど、こいつらの前だと族長らしく振る舞おうとして、態度を変えているだろう? 俺もそれでいいから、普段からそうしておけ」

「いいんでしょうか……?」

 

 マニは突然の提案に戸惑って恐る恐ると言った感じにそう返したが、ギヨームは何を当たり前のことをと言わんばかりに、

 

「たった今、こいつと族長らしく振る舞うと約束したんだろう。なら、そうした方が良い。俺は気にならんし、おまえもそうした方が、変な甘えも抜けるだろう。おまえはガルガンチュアの名を受け継ぐものなんだからな」

 

 ガルガンチュアの名を受け継ぐもの……その言葉を聞いた瞬間、マニは何かずしりとした重いものが、自分の両肩に伸し掛かってきたような錯覚を覚えた。しかし、それは決して不快な重さではなく、どこか懐かしく、そして心地よい重さだった。

 

 彼はギヨームの言葉に小さく頷くと、

 

「わかりました……いや、わかった。努力するよ、ギヨームさん」

 

 そう言って、父の名に恥じぬように振る舞うことを心に誓った。

 


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