「身内の見苦しいところを見せてしまって、悪かった……とにかく話を元に戻そう。それでギヨームさん達は、この村には、お兄さ……勇者を追いかけて来たのか?」
ゲルトとのやり取りで、族長らしさを身に着けようと心に誓ったマニは、ともあれ話が脱線し過ぎてしまったことを詫びてきた。ギヨームは、最初は何の話をしていたのかを思い出し、ポンと手を打つと、
「おっと、そうだった。なんか妙な方向に話が逸れちまったが。えーっと……ガルガンチュア、一週間前に鳳がここを通ったのは間違いないんだな?」
「ああ、間違いない……勇者は俺に、ネウロイに行くからって伝言を頼んで、ルーシーさんと一緒に飛んでいった。さっき伝えた通り、おかしな様子は無かったと思うが……」
「おまえがそう言うなら、そうなんだろうな……となると、ミーティアさんよ。一つ提案がある。あいつはどうやら心配無さそうだから、俺はこのままフェニックスに帰るのも一つの手だと思うぞ?」
ボケーっとギヨームたちの会話を他人事のように聞いていたミーティアは、いきなり話を振られてハッと我に返り、あたふたとしながら言った。
「ご冗談を。ここまで来て今更引き返すつもりはありませんよ。それに私は出発する時、誓ったんです。鳳さんを連れ戻すまで、もうここには戻らないと」
「ふーん、そうかい。覚悟は決まってんだな。まあ、フィリップにもそう言っちまったし……それに、手ぶらで帰ったら他の女に出し抜かれそうだもんな」
「うっ……べ、別にクレアに負けたくないとか、そんなつもりはありませんからね?」
ミーティアは両手の指先を尺取虫みたいにクネクネしながらぶつくさ文句を言っている。マニはそんな二人のやり取りを見ながら、
「しかし、追いかけるにしても、あなたたちはどうやって追いかけるつもりなんだ? 彼は空を飛んでいるし、それにネウロイと一口に言ってもとても広く、一体どの辺を探せば良いのか分からないんじゃないか?」
マニにそんな風に当たり前のように突っ込まれると、何も考えずに勢いだけで出てきてしまったミーティアは、返答に窮した。正直、行けばなんとかなると思っていたが、ここまで来て、それが現実的でないことは流石に彼女も分かっていた。
ちらりと横目で盗み見たアリスは涼しい顔をしているが、多分、何も考えていないのは一緒だろう。彼女はただ、奥様についていくだけと、それしか考えてないはずだ。
どうしようか……やはり、ギヨームの言う通り、ここらで軌道修正したほうが良いのだろうか……
ミーティアが一人で煩悶していると、思いがけずそのギヨームが解決策をもたらしてくれた。
「まあ、一応、方法ならあるんだよ」
「え! あるの!?」
ミーティアが身を乗り出してキラキラした目で見つめると、ギヨームはなんでおまえがそんなに食いつくんだよ……と、迷惑そうにしながら、
「普通に考えればガルガンチュアの言う通り、やつに追いつくことは不可能だ。追いつけたら奇跡だろう」
「そうですね」
「だから、奇跡を使うのさ」
「……はあ?」
ギヨームが何を言っているのかちょっとわからない。マニとミーティアは同時に首を傾げている。彼は苦笑いしながら、自分でもどうかしていると思うがちょっと待てと前置きしてから、ラバに積んでいた荷物をゴソゴソと漁って、一本の杖を取り出してきた。
「これはちょっとした知り合いから借りてきた
「聖遺物……もしかして、迷宮の宝物ですか?」
「まあ、そんなもんだが、ちょっと違う。奴らは
「ゴスペル……」
ミーティアは聞き覚えの無い言葉に戸惑いながらも、好奇心からじっとその杖を見ている。ギルド職員にとって聖遺物はやはり特別なのだ。ギヨームはそんなに気になるならと言って彼女に杖を手渡し、
「これはその昔、人々を悪い王から逃がすために、神が指導者に与えたという由緒正しい杖なんだ。だから、こいつを使えば、その人が真に求めている
「それはまた、胡散くさ……霊験あらたかな杖ですね。っていうか、なんでそんなものをあなたが持ってるんです?」
ミーティアは指でつまむようにして杖を突き返してきたが、ギヨームはそんな彼女を押し返し、
「馬鹿、おまえが使うんだよ」
「……え? 私がですか? 私には何の力もありませんよ?」
ギヨームはそんなことは知っているよと面倒くさそうに頷きながら、
「まずは話半分でいいから黙って聞けって。あのな? 人間ってのはどこか心の奥底で一つに繋がっているものなんだよ。例えば生まれてすぐに生き別れになった兄弟が、数十年ぶりに再会してすぐにお互いのことが分かるとか、縁の強い者同士は例え遠く離れていても、強い絆みたいなもので結ばれてるものなんだ。双子なんかはその典型だな。で、この杖はその、人と人との繋がりってやつを検知して、お互いを惹き寄せあうように奇跡を起こすのさ。おまえが鳳のことを強く想えば、その執着がやつのところへ導いてくれるって寸法だ」
「うーん……本当ですかあ?」
「信じるものは救われるって言うだろう? つーか、信じていないと杖の奇跡は起こらないだろうから、今は騙されたと思って盲目的に信じてろ」
「……そんなこと言われてもなあ」
ミーティアはそれでもまだ信じられないと、半信半疑な表情で杖をじーっと見つめている。ギヨームは仕方ないとため息を吐いて。
「まあ、信じられないなら仕方ない。それじゃあ、杖はそっちのメイドが使ってくれ。おまえも鳳のことが好きなんだろ?」
「ご主人様のことを想えばよろしいのですね? それなら、お任せください」
アリスは一点の曇りもない無垢な瞳で頷いている。ミーティアはその清々しい表情が、まるで後光が差しているかのように眩しくなり、自分の疑り深さを恥じては、慌ててアリスに負けてたまるかと鼻息荒く叫んだ。
「わーかりましたっ! わかりましたってば! 私もちゃんと信じますから!」
「そうか? いや、俺はどっちでもいいんだけど……そうだな。じゃあ、二人で使ってみろよ。二人別々に杖を使ってみて、同じ結果が出たら信憑性も増すだろう?」
「なるほど……それもそうですね。で、どうやって使うんです? これ」
ミーティアが杖を指差しながら尋ねると、
「ああ、使い方は至ってシンプルだ。こう、別れ道に来た時に、手近な棒きれを立てて、それが倒れた方向に行くって占いがあるだろう? あんな感じで、杖を立てて倒れた方向に歩いていけば、鳳のところへ辿り着くって寸法だ」
「ふーん……ますます胡散臭いですね」
「とりあえずやってみろって。メイドはちょっと後ろを向いててくれ。結果を見たら、ズルしてるって思われるかも知れないからな。この疑り深い奥様によ」
「はい。かしこまりました」
アリスは言われた通りに、ギヨームたちに背を向ける。ミーティアはそれを確認してから、説明されたとおりに杖を地面に立てて、その頭の部分を軽く指で押さえた。ギヨームはそれを見て、
「そのまま、鳳のところへ行きたいって強く念じながら指を離してみろ」
彼女は目をつぶって、言われた通りに鳳のことを考えながら指を離した。すぐにカランコロンと音が鳴って、目を開けると、杖は村から東の方向を向いて止まっていた。
「よし。それじゃ今度はメイドがやってみろ」
ギヨームは杖を拾い上げると、背中を向けて手で顔を覆い隠していたアリスの肩を叩いた。アリスは杖を受け取ると、ミーティアの横に歩いてきて、恭しく一礼してから彼女と同じように杖を手放した。
すると、杖は最初ミーティアの時とは逆方向へ倒れたのだが……
「おおおお~~っ!?」
それは地面に倒れるや、すぐにコロコロと回転しながら転がっていって、ついさっきミーティアの杖が倒れた方向と、寸分たがわぬ方向に頭を向けて止まったのだった。その様子を遠巻きに見ていたゲルトら、村人たちからも歓声が上がる。
ミーティアも流石にこれには驚きを隠せず、引ったくるように杖を拾い上げると、もう一度同じように杖を手放して……
「信じられませんが、どうやら本物みたいですね」
「本当に疑り深いやつだな、あんた……」
「だって、聖遺物ですよ? こんな凄いもの、どこで手に入れたんです? そう言えば最近修行の旅に行ってたみたいですけど。なんか凄い発見でもあったんですか」
「それは……まあ、いいじゃねえか」
「なんでそこで言葉を濁すんですか。まさか……盗品ってことはないですよね?」
「んなわけあるかよ! あんたホントに、俺のことどういう目で見てるんだ……? ったく。さてと。それじゃ、方針も決まったことだし、これからは、たびたびこの杖に行き先を聞いて、杖に導かれるままに進んでいこう。そうしたらいずれ、奴のもとにたどり着けるだろう」
「わかりました」「はぐらかした」
アリスが素直に応じて、ミーティアはまだぶつくさ言っていた。そんな感じで話がまとまると、横で聞いていたマニが進み出て、
「ギヨームさん達はもう行くのか……良かったら、俺も一緒に行こうか? 勇者には空を飛んでいくからと言って断られたけど、地上を歩いて行くんなら、人手があったほうが良いだろう」
「そりゃ、おまえがついてきてくれるなら助かるけど。村のことはいいのか……?」
「ああ……商売もある程度軌道に乗ってきたところだし、さっきみんなにも言われた通り、俺はもう商売には口出ししないほうが良さそうだ。なら、周辺の部族との交流も兼ねて、一度村から離れてみるのも悪くないかも知れない」
「そう言う事なら願ったり叶ったりだ。よろしく頼む」
「わかった。それじゃゲルト! 暫く村をおまえに預けるが、あとのことは頼めるか」
「ふん! 言われずとも、俺はいつも村のことを考えている。おまえこそ、俺との約束を破って、そいつらにペコペコするんじゃないぞ!」
ゲルトはマニの目は一切見ずに、プイッと明後日の方向を向きながら、不愉快そうに吐き捨てた。ゲルトは嫌な奴と見せかけて実はツンデレな男のようである。
そんなこんなで、マニを加えた鳳捜索隊一行は、ガルガンチュアの村を出発してネウロイに向け旅立った。それは他人の目からすれば、風まかせ杖まかせの、当て所もない旅であったが、不思議と彼らに不安は無かった。アリスはもちろん、ギヨームもマニも、一番疑り深いミーティアでさえ、近い内に鳳に追いつくだろうと思っていた。
だが、そんな楽観的な考えは間もなく吹き飛んでしまった。それからおよそ一ヶ月が過ぎても、彼らはネウロイはおろか、まだ大森林を出ることも出来ずに、村の周辺をさまよい続けていたのである。