ラストスタリオン   作:水月一人

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そんなこと言われても……

 目を閉じて、耳を澄ませて、風に揺れる体毛の感触だけで空気の流れを捕らえながら、マニは音もなく森の木々の間を俊敏に駆け抜けていた。そんな芸当、普通、獣人にだって出来るわけがないのだが、この一ヶ月間の訓練で研ぎ澄まされた今の彼なら苦もなく出来た。

 

 なにしろ、五感をフル稼働させても、ギヨームの動きは決して捕らえられないのだ。彼の動きは捕らえたと思った時にはもうそこにはいない。寧ろ、彼を見つけようとするなら五感に頼っては惑わされる。だから直感だけで行動するしかないのだが、そんなことを続けている内に、マニの感覚(センサー)は神の領域にまで張り詰められていた。

 

「……そこっ!」

 

 そんな風に神経を研ぎ澄ませていた彼は、肌で一瞬だけ感じた違和感に向けて、苦無(くない)手裏剣を放った。それはチッと何かを掠めて森の中へと飛んでいった。その瞬間、さっきまで微塵も気配を感じさせなかったギヨームの姿が臭い(・・)となって現れた。

 

 人間には、獣人の嗅覚を想像することが出来ない。だから、ギヨームがどれほど隠蔽が得意だとしても、臭いだけはどうやったって隠せなかったのだ。充満する血の匂いを追って、ゆらりとマニの体が動く。狩りの時間だ。

 

「朧……」

「うおッ!?」

 

 上腕部を苦無が掠めていった瞬間、ぎこちなかったマニの動きが一気に変わった。空中で向きを変える二段ジャンプに猛スピードで迫りくるタックル、そして影分身。マニは多彩な技でギヨームを追い詰める。

 

 しかし、そんな獣王の力すらも、今のギヨームには効かなかった。彼は突然動きが変わったマニに一瞬だけ焦りを見せたが、すぐにいつものニヤケ面に戻ると、次々繰り出される彼の技を全て軽くあしらってしまった。

 

 普通なら慌てふためくであろう影分身にも一切動じず、攻撃の意思のない分身には目もくれずに、必要最低限の動きだけで攻撃を躱し、二段ジャンプで襲いかかるマニを、あろうことかその空中の着地点を操作することで無力化した。

 

 彼は空間を操っているのだ!

 

 こんな信じられない芸当を見せる相手に、ただ速いだけの攻撃など無意味でしかなく、マニの一か八かのタックルは、ギヨームのカウンターの餌食になった。

 

「ぐぅっ……」

 

 脳天に待ち構えていた膝が突き刺さって頭がくらくらする。本当ならここで追撃を食らって、マニはお陀仏だっただろう。だがこれは訓練だと言わんばかりに、ギヨームはそんな彼に、次を打ってこいと言わんばかりにじっと待ち構えている。

 

「葉隠」

 

 そんな余裕しゃくしゃくのギヨームに対し、追い詰められたマニが起死回生の大技をかけた。

 

 葉隠は対象の影に潜んで不意打ちを食らわす技だ。実は神人のシャドウハイディングという技と同じもので、彼はこの大技を使うときだけMPを消費した。だから連発することが出来ないのだが、これを使えば必勝という切り札のはずだった。

 

 ところが、そんなマニの必殺技をも、

 

「おっと! ここだろ?」

 

 ギヨームは自分の影に文字通り手を突っ込むと、まるで田んぼの中に潜んでいたカエルでも捕まえるかのように、簡単にマニの首根っこを引き抜いてしまった。

 

 絶対に捕まるはずがないと思っていたマニが不意打ちを食らい、ゲホゲホと咳き込んでいる。

 

 彼はギヨームの前で四つん這いのまま動けず、負けを認めるしかなかった。

 

「まいった……降参! 一体、どうしたらこんな芸当が出来るんだ?」

「おまえ、途中から鼻に頼ったろう? 五感に頼ったら駄目なんだって、言ったろ? 空間の歪みを捕らえるんだって」

「ギヨームさんはそう言うけど……そんなの普通の人間にわかるわけないだろ」

「つっても、何度も言ってる通り、おまえも既にこの力を操ってんだぞ?」

 

 マニはお手上げと言わんばかりに地面に大の字に寝転がった。

 

 事の起こりはおよそ一ヶ月前、ガルガンチュアの村から一行が旅立ってすぐのことだった。アリスとミーティアを護衛しながら前方偵察をしていたマニは、後方から射撃で援護しているギヨームの攻撃に違和感を覚えた。彼の射撃はどう考えても、木々を迂回しているとしか思えないような場所から飛んでくることがあったのだ。まるで回折現象のように。

 

 そうして思い返してみると、彼が村でゲルトを制圧した時の攻撃も不自然だった。みんなはギヨームの動きが速すぎて見えないと思っていたようだが、目のいいマニには、彼が瞬間移動したように見えていたのだ。

 

 その時はただの見間違いだろうと思っていたのだが、こうして何度も不自然な軌道を目撃しているうちに、それは確信に変わっていった。間違いない。ギヨームは何か超常的な力を使っているのだ。

 

 ある日、そのことを尋ねてみると、

 

「お? 気づいたのか。まあ、おまえならそのうち気づくだろうと思ってたけど」

「やっぱり……あれは一体?」

「空間ってのは、目に見えているそのままではなく、案外あちこち曲がっているものなんだよ。それを検知して利用すれば、普通の人間には不思議な力が掛かっていると錯覚させることが出来る。実は重力って力はそうやって生み出されているものなんだが……まあ、難しい話は抜きにして、おまえもこの力を使ってるんだぞ?」

「俺が……?」

「ああ。おまえの朧って技で、よく二段ジャンプしてるだろう。あれや葉隠って神技は、その空間の歪みを利用した技だ。だから、おまえが気づきさえすれば、案外すぐにこの空間の歪みってのを検知できるようになるかも知れない」

「そうだったのか? 先祖から継承した技だから、俺もよく分からずに使ってたんだが……」

 

 マニは感嘆の息を漏らした。ギヨームがどこでそんな技を会得したのかわからないが、レベルが上ったわけでもないのに、急激に強くなったように感じたのはそのせいだったのだろう。

 

 なにはともあれ、自分にもそれが使えるかも知れないと言われては、黙っているなんて出来ない。

 

「あの、ギヨームさん……俺もそれを覚えたいんだけど……」

 

 ゲルトとの約束もあり、下手に出ることが出来ないマニが口をモゴモゴとしていると、ギヨームは当たり前だろうと言った感じに、

 

「もちろんだ。鳳のとこに辿り着くまで、そこそこ時間がかかるだろう。どうせ夜の間は動けないんだし、時間を見つけて練習しようぜ。暗いほうが会得しやすいんだよ。俺も最初はそうだった」

「本当に? ありがとう!」

 

 そうやって久しぶりに笑顔を見せたマニの顔には、まだあどけなさが残っていた。考えてもみれば彼はまだ10歳で、こうしているのが自然なんだろうに、もう一族の未来を一身に背負わされているのだと思うと気の毒だった。

 

 父ガルガンチュアが生きていれば、まだ子供のままでいられたのだろうが……その父の死を乗り越えたからこそ、今の彼があるのだから人生とは本当にままならないものである。

 

 ともあれ、そうして昼間に移動したあと、夜に訓練するのが日課になった二人は、最初のうちはギヨームがマニに稽古をつけるだけの関係だったが、途中からはマニもギヨームに近接戦闘を教えるような間柄になっていった。

 

 ギヨームの得意武器は銃だから気軽に撃つわけにもいかず、徒手空拳のままずっと防戦一方だったから、それに気づいたマニが彼にナイフの使い方を教えてくれるようになったのだ。

 

 そんなのいつ覚えたんだ? と聞いたら、ヴィンチ村にいた時に猫人たちに教わったらしい。とは言っても、マニの実力はすぐに彼らを上回ってしまったから、それから後は独力だそうである。

 

 彼らは落ちていた枝木を削り、ナイフに見立てて訓練した。次第に暗くなっていく森の中で、木剣のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。そうしていれば、危険な野生動物も近づいてこないので、一石二鳥だった。

 

 そんな感じで、昼間は杖の向くままに移動し、夜はキャンプを張って訓練をするという日々が続き、そろそろ一ヶ月が経過しようとしていた。

 

 鳳が失踪してからは40日くらい経っているから、彼がちゃんとネウロイに向かっているなら、もうとっくに辿り着いている頃であろう。それに対して、追いかけるギヨーム達の方は、まだネウロイからは遠く離れた大森林の中にいた。

 

 それは奇跡でも起こらない限り当然のことだから、ある意味仕方ないことだったけれど……実はギヨームには懸念があった。杖の向くまま進んでいた彼らは、今までに進んだ距離や方角から計算すると、実質殆ど村から離れていなかったのだ。

 

 そのことをマニに確認したところ、流石に森に住んでいるだけあり、彼はちゃんと気づいていて、ここは村から2~30キロくらいの場所だと教えてくれた。ネウロイに向かってるはずが、なんで近所をグルグル回っているのか気になってはいたが、みんなをがっかりさせたくなかったので黙っていたらしい。

 

 彼はギヨームの方から聞いてきてくれてホッとしているようである。そして、ギヨームのことを信じていないわけじゃないが、これからどうするんだと二人が話し合っていると……その事実に気づいたらしきもう一人の人物が近づいてきた。

 

「ギヨームさん、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「俺は外したほうが良いか?」

 

 マニが気を利かせて席を外そうとすると、ミーティアはそんな彼を止めて、

 

「いえ、ちょっと確認したいことがあるだけですから……って言うか二人共、多分気づいてるんでしょうけど、もしかして私たちってネウロイに殆ど近づいてないんじゃないですか?」

 

 たった今話していたばかりの、そのものズバリの質問が来てしまい、二人はバツが悪くなって黙りこくった。誤魔化すのは簡単だが、流石に一ヶ月も経過していて、これからどうしようか話し合っていたところで、それもないだろう。ギヨームが、仕方なく白状しようとすると……

 

「ああ、いいです。その反応だけでわかりました……実は、ちょっと前から気づいていたんですよね。ほら、杖を倒しているだけとは言え、この旅の行き先を決めてるのは自分じゃないですか。だから、ずっと杖の倒れた方角をメモして、どのくらい進んだか記録していたんです」

「そうだったのか……」

「暫く前から、なんかグルっと円を描いているんじゃないかと思い始めていたんですが……確信も持てず、杖のせいにもしたくなかったので、黙っていました」

 

 ギヨームはポリポリとほっぺたを引っ掻いた。その杖を使えと言ったのはギヨームだった。

 

 何しろ聖書にも載っているというその由来もさることながら、それを貸してくれた相手が相手だけに、ちゃんと奇跡は起こるはずだと信じていたのだが……今のところ杖は何の成果も出してはおらず、ギヨームもそろそろ疑問を感じ始めていたところだった。

 

 まさか、あの翼人がまがい物を寄越したとでもいうのだろうか……? それは考えられないのだが……ともあれ、自分を信じてついてきてくれた彼女に申し訳ないと思い、ギヨームは唇をひん曲げながら、謝罪の言葉を口にしようとしかけたが……

 

 しかしミーティアはそう言ってから、間を置くように長い溜息を吐いて、

 

「……もしかして、私のせいなんでしょうか?」

「え? なんでさ?」

 

 てっきり責められるかと思っていたギヨームは、逆に謝罪されて目をパチクリさせている。彼女はそんな彼に向かってため息交じりに、

 

「もしかすると、私が杖の力を信じていないせいで、ちゃんとした方角が出ていなかったんじゃないかと思いまして……」

「はあ? いや、そんなことねえだろ。杖はあんたとメイドの二人で使ってるんだから。その結果が同じなら間違いねえよ」

 

 即座にギヨームが否定するも、ミーティアはどこか思いつめたように、

 

「でも、現実はこの通りじゃないですか。私たちは鳳さんに追いつくどころか、寧ろ遠ざかっています。流石に、これだけ時間がかかってしまいますと、私も大分頭が冷えましたから、今更彼に追いつけるとは思っていません。それに多分、このまま進めば、あと数日で村に到着しますよね?」

 

 どうなんだ? とマニの顔を覗き込むと、彼はその通りだと小刻みに何度も頷いていた。ミーティアはそれを確認すると、

 

「やっぱり……私、思ったんですよ。これだけ時間が経ってしまったら、鳳さんならとっくにネウロイに辿り着いているでしょうし、もしかしたらもう何か発見して帰り支度をしてる頃なんじゃないかって。それで無事なことをマニ君に知らせに、帰りもあの村に立ち寄るでしょうから、杖は最初からそれを指し示していたんじゃないかと」

「うーん……その可能性は否定できないが、それなら杖は倒れないか、最初から同じ場所を行ったり来たりしていたはずだ。俺が借りてきた杖は、マジでそれくらいの信頼性はあるはずなんだよ」

「ふ~ん……捻くれ者のギヨームさんがそう言うのなら、そうなんでしょうね」

「捻くれ者は余計だが」

 

 ギヨームは頬を引きつらせつつ、ほんのちょっと戸惑いながら、

 

「どうしたんだよ? 珍しく弱気じゃないか」

「……そりゃ、弱気にもなりますよ。一ヶ月も森の中をさまよい歩いて、結局、元の場所に戻ろうとしているんだから」

「まあ、なあ……」

「やっぱり私が信じきれてないのが原因なんじゃないでしょうか。もしかしたら、これからは、アリスさんだけで杖を使ったほうが良いかも知れない……あの子は、私と違って盲目的に鳳さんのことを想って杖を振るのに、私は色々考えてしまうんですよ。こんなの馬鹿らしいとか、騙されてるんじゃないかって……」

 

 ミーティアは体力的にも精神的にも大分参っているようだった。ギヨームは自分が借りてきた聖遺物(アーティファクト)のせいなのに、彼女が弱ってしまっているのを申し訳なく思い、

 

「まあ、あんたは自分のせいだって言うけど、俺はそうは思わねえよ。つーか、縁ってのは盲信とは違うから、信じる信じないの問題じゃないんだよ……例えば、嫌いな相手同士にも、強い縁ってのはあるんだ。宿敵とかな。で、杖はそういった人と人の縁を結びつけるものだから、あんたが信じようが信じまいが、自然と奴のところへ案内してくれるはずなんだ。あんたと鳳は、それくらいの縁はある。俺が保証するよ。ガルガンチュアだって、そう思うだろう?」

 

 マニはゆっくり頷いている。ギヨームは続けて、

 

「それに、盲信って言ったら、ネウロイに行こうって言い出した段階で、あんたも相当イカれてるぜ。あのメイドに負けないくらいに。だから別に信じなくってもいいけど、やつに会いたいって気持ちだけは忘れないでくれ。何度だって言うけれど、奴を追いかけるには、あんたが頼りなんだ」

 

 彼の言葉を黙って聞いていたミーティアは、じっとその言葉を噛みしめるように目をつぶると、長い溜息を吐いてから戒めるように自分の頭をコツンと叩いて、

 

「……すみません。少し弱気になり過ぎていたかも知れません。どっちにしろ、私の目的は鳳さんに追いつくことですから、そこがネウロイであろうと、ガルガンチュアさんの村であろうと構わないんですよね」

「ん、まあ、そうだな」

「なんというか、旅に出た当初は、きっと鳳さんが感動するような劇的な再会をしてやるんだって、無邪気に妄想していたんですが、時間が経って頭が冷えてきて、余計なことを考えるようになってしまったみたいです」

 

 ミーティアはどことなくモジモジしながら、

 

「ほら……私って、3人の中じゃ一番鳳さんと付き合いが長いのに、一人だけその……おぼこじゃないですか? だから自信がないと言いますか、あの二人ほど自分に性的な魅力があるとは思えないんです。だから例え鳳さんが帰ってきても、彼女らは彼に上手に甘えられるんでしょうけど、私は自分から彼に迫ったりとか、クレアみたいなことは出来ないだろうなあ……なんて考えてしまって。だから、この旅で少しでも鳳さんに印象づけられたら良いなって思っていたのに、その野望が潰えてしまってガッカリしたというか……いえ! 鳳さんの身が心配なのだって本当なんです。本当に、一日でも早く彼に逢いたいんですけど、でもそれは出来ればもっとロマンチックなものであって欲しかったと申しますか……」

 

 いや、そんなこと自分に言われても困るのだが……ギヨームは、何だか語りだしてしまったミーティアを遮ることも出来ずに、眉をハの字に曲げて黙って聞いているしかなかった。

 

 正直、こんな話をされても一つも気の利いたことは言えないし、他人の恋バナなど聞きたくもないのであるが……考えてもみれば、冒険者でもない彼女からすればこの一ヶ月もの流浪の旅は、肉体的にも精神的にも相当きつかったのかも知れない。彼女らはずっとラバに乗って行動していたわけだが、それで疲れないというわけでもなし、流石に限界が近づいているのかも知れない。

 

 もしかするとこれはもう、杖の結果がどうあれ、一度村に戻って疲労を回復したほうが良いのかも知れない。幸いなことに、ここは村の近くであるそうだし、彼女の愚痴が終わったら、後で夕食でもしながら提案してみよう。

 

 彼はそう思いながら、黙って彼女の話を聞いていた……その時だった。

 

「……ちょっと待て、ミーティア」

 

 ぶつぶつと愚痴っぽく語るミーティアの声を遮って、ギヨームは耳をそばだて周囲を警戒した。何か危険を察知したのだろうか? その偵察能力には、かなりの信頼を置いている彼女は口を手で覆って息を潜めた。ところが、そんなギヨームに対し、マニは不思議そうな表情で尋ねた。

 

「ギヨームさん。何か気になることでも……? 俺には何も聞こえなかったが」

「ん? ああ……多分なんだが、この周辺で大きな空間の歪みが起きた」

「え!? 俺は気づかなかったが……」

 

 マニは眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしてる。空間の歪みは、最近マニも体得しようとして、ギヨームと訓練しているものだ。残念ながら、まだ訓練中の彼には検知出来なかったようだが、ギヨームにだけ分かる何かがあったらしい。

 

「一瞬だけど、俺の視界が目眩みたいにぐらついたんだ。こんなことは自然にはあり得ないから、多分、何者かが空間の歪みをわざと発生させたんだと思うんだが」

「それって……敵ですか?」

 

 ミーティアが、ヒソヒソ声で尋ねると、するとギヨームは首を振って、

 

「わからん。だが、こういう真似が出来るのは俺たちの知り合いに一人しかいない。もしかしたら、鳳がポータルを通って来たのかも知れないが……」

「鳳さんが帰ってきたんですか!?」

 

 ミーティアが身を乗り出すように迫ってくる。ギヨームはそんな彼女を落ち着けと押し返しながら、

 

「待て待て、まだそうと決まったわけじゃないって。鳳だとするとちょっとおかしいんだ。あいつのポータルは街に直接繋がるはずなのに、ここは村からは遠すぎる。それに、さっきまであった気配が今は消えている……恐らく、こっちに気づいて隠れたんじゃないか。ガルガンチュア、分かるか?」

「ああ……ここから100メートルほど前方に、何かがいる。恐ろしく巧妙に隠蔽しているけど……こいつは、勇者の気配とは違う気がするな」

 

 流石に動物に近いだけあって、こういう感覚は獣人のほうが優れているようだった。ギヨームのわからない気配を、マニはまだ追えているようだ。ギヨームは彼に向かって頷くと、少し小声になって、

 

「どうする……? このままやり過ごすか?」

「相手が襲ってくるでもなく、隠れているのが気になる……ここは俺の村に近いし、脅威なら放ってはおけない」

「わかった。じゃあ、俺がここから援護するから、おまえが前衛でいいか?」

「もちろん。あれの気配が追えるのは俺だけだ」

 

 方針が決まるや否や、マニは姿勢を低くしながら茂みの間を音もなく、スーッと駆けていった。ギヨームの手が一瞬光り、いつの間にか拳銃を握っている。ミーティアはそんな彼の背後に身を隠したが、彼が拳銃で狙っている先は真っ暗で何も見えなかった。彼らは、こんな暗闇の中で、何かの気配を察知したというのか……? ミーティアが信じられない思いを抱きながら、息を潜めて見守っている時だった。

 

 100メートルほど先を駆けていたマニは、それまで何の音も立てていなかったのに、急にガサガサと葉っぱを揺らしながら速度を増した。恐らく、獲物の捕獲体勢に入ったのだろう。

 

 ミーティアには、マニが狙っている対象が全く見えなかったが、どうやらそれはギヨームも同じだったらしい。

 

「ちっ……見えねえ」

 

 援護すると言っていたのに、一発も弾を撃つことが出来なかったギヨームが忌々しそうに舌打ちをする。すると、その時、見えないなにかに飛びかかったマニが、その手を荒々しく上にあげると、

 

「きゃあああああーーーーーっっっ!!!」

 

 甲高い悲鳴が森の中に響き渡って、ギヨームはぎょっと目をむいた。その声は人間の女性に近く、もしかすると魔族が忍び寄ってきていたのかも知れないと思った彼は、慌てて銃口をマニの掴んでるものに向けようとしたが、

 

「ちょっと待った! ギヨームさん! あれって、ルーシーの声じゃないですか!?」

 

 そんな彼にタックルするように、ミーティアが背後から腰にしがみついて来た。その言葉に驚いて、彼が目を凝らしてみると……

 

「いやああー!! 食べないで食べないで! 私は美味しくないから、食べないでー!!!」

 

 マニにとっ捕まって、ジタバタと大暴れしているルーシーの姿が目に映った。彼女は目をつぶったまま、マニの頭をぽかぽかと叩いている。対するマニの方は彼女にとっくに気づいていて、そんな彼女のめちゃくちゃな攻撃を受けながら、どうすることも出来ずに困った顔をして突っ立っていた。

 

 どうしてルーシーがこんな場所に居るんだろう……? ギヨームとミーティアはお互いに目配せしあい首を捻りながらも、取り敢えず、取り乱している彼女をあのままにしてはおけないと、ボコボコにされながら耐えているマニの元へと駆け寄っていった。

 


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