ラストスタリオン   作:水月一人

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バガボンド

 カードでカモにされかけていた鳳は、ふらりと店に入ってきた少年によって窮地を救われた。少年の目にも留まらぬ早撃ちで、狼男たちは文字通り尻尾を巻いて逃げていった。その時、少年が手にしていたピストルが、まるで元の世界のゲームの中みたいに、光の礫になって消えていく光景を目にして、鳳は腰が抜けるほど驚いた。

 

 何だこれは? 一体どうやったんだ? と目を丸くする鳳に、

 

「何って、ただの現代魔法(モダンマジック)だろうが」

 

 さも当然であるかのように少年は言った。

 

現代魔法(モダンマジック)……? 古代(エンシェント)があるならモダンもあるのかよって思ってはいたが、本当にそんなもんがあったのか」

「はあ? 何当たり前のこと聞いてんだ? 今どき、そんなことも知らないやつがいるか。どんなド田舎から出てきたんだよ」

「レベル2なんだよね」

 

 呆れ返る少年とポカンとした顔の鳳がお見合いしてると、バケツとモップを抱えたウェイトレスのルーシーがやってきて、ニコニコしながらそう告げた。彼女はまるで何事もなかったかのように、狼男たちの血で汚れた床を掃除し始める。

 

 見れば、騒ぎの間、皿を抱えて退避していた客たちが、おのおの自分のテーブルに戻っていた。ここではこれが日常茶飯事なのだろうか? 阿吽の呼吸で平然としている客たちに、鳳は呆れるしかなかった。

 

 ルーシーの言葉を聞いて、今度は少年の方が素っ頓狂な声を上げた。

 

「レベル2!? 嘘だろっ!? 一体、どういう生き方してたらそんなんなるんだよ、逆に凄いわ!」

「ううう、うっさいわい。誰も好き好んでレベル2なんじゃないやい」

「レベルを上げない苦行でもしてるのかよ……つか、なんでそんな奴がこんな場所に居るんだ? ミルクが飲みてえなら、入る店間違えてんぞ」

「お前に言われたくないわっ!」

 

 鳳が涙目でそう返す。すると彼らの周囲で床をゴシゴシモップがけしていたルーシーが、

 

「お兄さんと一緒に、冒険者登録に来たんだよね。お兄さんの方は、さっきミーさんに連れてかれたよ」

「じゃあ同業者か」

「いや、兄弟じゃないんだけどね」

 

 二人はルーシーを手伝い、床に転がっていたテーブルと椅子を元に戻してから、そこに座った。少年は珍しいもので見ているような目つきで鳳の顔をマジマジと見ながら、

 

「ふーん……お前、もしかしてあっちの街から来たんだろ」

「え? いや、その……分かるのか?」

「まあな。現代魔法は知らないわ、レベル2だわ、初対面の獣人(リカント)とカードなんかしてるわ、そんな世間知らず、なかなかお目にかかれねえよ。よっぽど大事に育てられたんだろう」

 

 そう言って少年は一人で納得していた。もちろん、鳳は箱入り息子というわけではないのだが、事情をどこまで話して良いのか分からなかったので、勘違いしてるならそのままにしておこうと黙っていた。

 

 それよりも、狼男たちの件で、まだお礼を言っていなかった。鳳は改めて少年に頭を下げると、

 

「そういや礼がまだだったな。助けてくれてありがとう。あのまま負けてたらどうなってたことか……おまえ、子供のくせにマジすげえな」

「子供のくせにってのは余計だ」

「ギヨーム君はこう見えて、ギルドでも指折りの腕利き冒険者なんだよ」

 

 鳳たちのテーブルの周りをモップがけしながら、ルーシーがえっへんと胸を張って教えてくれた。ギヨームというのが少年の名前だろうか。不服を申し立てながらもニヤニヤ笑いが絶えないのは、どうやら彼の笑顔は顔に張り付いているらしい。

 

 そう言えば狼男たちとやり合ってる時も、この顔でギルドを舐めたらどうなるかとか啖呵を切っていた。笑顔のくせに妙な迫力を感じると思ったが……ギルドの主要メンバーなのか、ルーシーの雰囲気からしても、かなり頼られているようだ。ぶっちゃけ、ただの小学生にしか見えないのだが、やはりこの世界では見た目で人を判断しちゃいけないのだろう。

 

「それで、現代魔法だったな」

「え?」

「おまえが聞いてきたんだろう。現代魔法ってなんだって」

 

 ギヨームは不服そうな声でそう言った。鳳はまさか教えてくれるとは思ってなかったのでちょっと戸惑ったが、素直に教えてくれと頭を下げた。モップがけをしていたルーシーがお盆に飲み物を乗せてやってきて、鳳たちの前に置いた。どうやらサービスしてくれるらしい。カウンターにいるマスターに目礼すると、皿を拭きながら無言で頷いた。気がつけば他の客たちもみんなテーブルに戻っていて、店内は何事も無かったかのようにざわついている。

 

「それで、お前は魔法についてどれくらい知ってる?」

 

 どれくらいと言われると困ってしまうが、鳳は城でアイザック達が話していたことを思い出しながら、

 

「確か……ファイヤーボールとかライトニングボルトのことを古代呪文(エンシェントスペル)っていうんだろ。んで、流し斬りとか二段斬りとか叫ぶのが神技(セイクリッドアーツ)

 

 元の世界のゲームと同じで、技名を叫べば自動的に発動するはずだ。その旨も話してみたら、彼はあっさりと肯定した。尤も……

 

「まあ、俺は使えないから本当かどうか分からないがな。大昔からそう言われてるから、多分そうなんだろう」

「ふーん」

「その2つがいわゆるエンシェントってやつだ。これらはなんでか知らないが神人しか使えねえ。んで、それ以外のもんが現代魔法(モダンマジック)ってわけだ。おまえだって、ティンダーのスクロールを使ったことくらいあるだろ」

 

 鳳はコクコクと何度も頷いた。城の部屋で、模様の描かれた紙をマッチみたいに使っていたが、あれが現代魔法だったのか。そう考えると、さっきのエントリーシートもそうなのだろうか。

 

「大昔は古代魔法(エンシェント)を使う神人しか居なかった。ところが300年前に魔王に攻め込まれた時、人間が身を守るために編み出したのが現代魔法ってやつだ。必要は発明の母とはよく言ったもんだな。これらは訓練次第では誰にでも使えると言われてて、基本的にMPを消費しないのが特徴だ」

「MPを消費しない? じゃあ、俺にも使えるのかな?」

 

 ギヨームを肩を竦めながら、

 

「あくまでそう言われてるだけで、才能が無ければやっぱり使えねえよ。興味があるなら訓練所に行けば教えてくれるが、それで才能が開花するやつはごく僅かだ」

「そうなんだ……」

 

 世の中そんなに甘くは無いらしい。鳳はがっくりと項垂れた。そんな彼のこと眺めながら、少年は珍しいものでも見るような目つきで、

 

「本当に何も知らないんだな……まあ現代魔法は神人には無用のものだから、帝国の奥に行けば行くほど認知度は低いらしいが……おまえ、本当にどこから来たんだ?」

「えーっと……」

 

 城に仲間を残してきた手前、正直に話して良いものか……せめてジャンヌと話し合ってから決めたほうが良いだろう。鳳がモゴモゴと口ごもっていると、ジャンヌを連れて奥に引っ込んでいた受付嬢のミーティアが戻ってきて、

 

「お客様の中にレベル2の方はいらっしゃいませんか~? お客様の中にレベル2の方はいらっしゃいませんか~?」

「お医者様みたいに呼ぶんじゃないっ!」

 

 堪らず鳳が叫び返すと、店内がどっと湧いた。会話したこともない客にまで笑われているのは、なんかもう、彼はそんな扱いになっているからだろう。

 

 ミーティアは店のど真ん中の席に陣取って、古参冒険者たちの間にもう馴染んでる鳳を見つけると、ほんの少し驚いた表情をしながら近づいてきて、

 

「この短期間でもう仲良くなってるんですか。ある意味才能ですね」

「知らん。周りの連中が一方的に俺のことを知ってるだけだ」

 

 鳳のことというよりか、レベル2であることの方であるが……ミーティアはそんな彼の前に座っているのがギヨームであることに気づくと、

 

「あら、ギヨームさん、いらしてたんですか」

「ああ。例の内偵が終わったから、これから報告に行こうと思ってたんだが」

「ならちょうど良かった。今、探しに行こうとしていたところなんですよ」

「そうなのか?」

「はい。ギヨームさんと、それからレベル2の……なんだっけ」

「鳳だ!」

 

 ミーティアはコホンと咳払いしてから、

 

「鳳さん、ギヨームさん、お二人のことをギルド長がお呼びです。よろしければご同行願えますか?」

 

 鳳たちは顔を見合わせた。ついさっき知り合ったばかりだと言うのに、どうしてそれを知らないギルド長のところへ、同時に呼ばれたのだろうか? 二人は首を捻りながらミーティアの後についていった。

 

***********************************

 

 冒険者ギルドのカウンター横の扉をくぐると、酒場の裏庭に出た。ギルド長の執務室は同じ建物には無く、裏庭を挟んだ離れにあるらしい。そりゃ酒場なんかが同居していたら仕事にならないだろうから、当然と言えば当然だろう。

 

 酒場の二階は宿屋になってて、その二階から渡り廊下が伸びているのが見えた。剥き出しの地面を踏み、廊下の真下を辿っていくと、酒場の玄関でも見たギルドの小さな看板が掛けられていて、そこがギルド長の執務室であることを示していた。

 

 ミーティアが扉をノックして開けると、酒場より少し照明が利いた部屋の奥には、いかにも社長机といった感じの光沢のある大きな机が置かれてあり、その前方にはクッションの利いてそうな応接セットがあった。

 

 上座に座っていた長身痩躯でロマンスグレーの男性が立ち上がる。おそらく彼がギルド長だろう。慇懃に挨拶をする彼に向かって、これまたバカ丁寧にお辞儀をし返すと、彼はどうぞ座ってくださいと、先に来ていたゴリラの隣を指差した。

 

 鳳は大人しくそこへ座ったが、ギヨームは勧めには従わず、当たり前のように入口近くの壁にもたれて立っていた。部屋の人口が増えて気を利かせたのか、ミーティアがお辞儀をして去っていく。

 

 はて、なんで呼ばれたんだろうか? と、隣に座るジャンヌの顔をチラ見したら、彼は見るからに顔面蒼白でオロオロしながら応接セットの机を凝視していた。何かまずい事でもやらかしたのか……警戒していると、その理由はすぐに判明した。

 

「突然呼び出して申し訳ない。私はこの支部を任されているフィリップという。そこのジャンヌ君と話をしていて、少々気になることがあってね……尋ねてたんだが。彼はどうしても君と一緒じゃなきゃ話せないと言うので来てもらったんだよ」

「えーっと、何でしょうか?」

「単刀直入に聞こう。君たちは何者で、どこから来たんだ?」

 

 もう少し心の準備をさせてくれれば上手く誤魔化せたかも知れないが、いきなり過ぎて、鳳は表情を取り繕うことさえ出来なかった。ギョッとして助けを求めるように隣のジャンヌを見たら、彼は申し訳無さそうに顔の前で手を合わせていた。もうこの態度だけで何かやらかしたのは明白だろう。ギルド長は事の経緯をかいつまんで話してくれた。

 

「ミーティア君が期待の新人だと言って連れてきたから話を聞いていたんだけどね、するとこのジャンヌ君が神技(アーツ)を使えると言うじゃないか。神技は神人しか使えない古代魔法のはずだ。まさかとは思ったがエントリーシートには嘘は書けない。STR23なんてのも尋常じゃないし、これは何かあるなと詳しいことを尋ねてみたんだが……彼は君と相談しないと話せないの一点張りでね」

「あー……なるほど」

 

 鳳は引きつった愛想笑いを返しつつ、ジャンヌに顔を寄せ小声で話した。

 

「おい、どうすんだよ」

「ごめん、白ちゃん。出来るだけ話さないように意識していたんだけど……」

「おまえ、そういう腹芸苦手そうだもんな。仕方ない」

 

 鳳はため息を吐くと、どこまで話して良いものか考え始めた。

 

 正直、右も左も分からないこの異世界で生きていくことを考えたら、これから世話になろうとしているギルドに、事情を話しておくのは悪い選択じゃないだろう。しかしまだ、この人たちがどれくらい信用出来るかわからない状況では、全てを話すわけにもいかなかった。

 

 城を出る際、アイザックはここでの事を話したらタダじゃ済まないと言っていた。具体的に何をされるかは分からないが、仲間がまだ城に残っている現状では、下手に漏らして怒りを買うのは避けたほうがいいだろう。

 

 だから話すとしても自分達のことだけ……異世界のゲームで遊んでいたら、知らぬうちにこっちの世界に迷い込んでしまったということだけなのだが……こんな話、一体誰が信じるというのだろうか。

 

 しかし鳳がダメ元でそのまま話してみると、

 

「やはり、君たちは異世界からやってきた放浪者(バガボンド)だったか」

 

 意外にも、ギルド長はあっさり鳳の話を受け入れてしまった。これには逆に鳳たちの方が驚いた。

 

「ええ!? 信じてくれるんですか??」

「ああ、放浪者は昔からたまに現れるんだ。そこまで珍しくはない」

「放浪者?」

 

 ギルド長は軽く頷いてから、

 

「この世界の住人の中には、君たちのように異世界の記憶を持って生まれた子供や、ある日突然前世の記憶に目覚める者がいるんだ。そういった人物は大抵の場合、能力に恵まれており、突出した才能を見せたりする。恐らくだが、君たちはここよりもずっと進んだ文明のある星からやってきたんじゃないか?」

 

 鳳とジャンヌが顔を見合わせてから頷くと、ギルド長はさもありなんと言わんばかりの納得顔で続けた。

 

「それならジャンヌ君のSTRが異常に高いことや、神技が使える理由もわかる。放浪者は優れた前世の記憶を持ち、この世界に貢献してくれることが多いんだ。かつての勇者パーティーとか、現代魔法の創始者たちもそうだったんだよ」

「勇者パーティー……じゃあ、もしかして勇者召喚ってのは、その放浪者を呼び出す儀式なんですか?」

 

 鳳が探りを入れるつもりでそう尋ねてみると、ギルド長は首を振って、

 

「いや、それは帝国に伝わる、真祖ソフィア復活のための儀式のことだ。元々はソフィアを呼び出すつもりが、何故か分からないが勇者が誕生してしまったので、今日では勇者召喚と呼ばれているだけさ。君は勇者に興味があるのか?」

「いえ、もしかして、俺たちもそれで召喚されたのかなあ~って……」

「あっはっはっは!!」

 

 ギルド長は大声で笑った。

 

「それはない。それは皇帝位を持つものにだけ許された禁断の秘技、300年前に一度だけ行われたと言われる禁呪だよ。先代皇帝が死んだ今となっては、使える者なんていないのではないかな」

 

 それじゃアイザックたちは一体、何をやったのだろうか……? 彼らは鳳たちのことを勇者と呼んだ。それに、地下室で見つけた5つの白骨死体……気にはなったが、下手につついてやぶ蛇になっては元も子もないだろう。鳳は勇者召喚のことについては、まだ黙っておくことにした。

 

 ともあれ、この世界で異世界の記憶を持っていると言っても、それほど不思議がられることもないようだ。それなら今後は、ある日突然、前世の記憶に目覚めたことにしておこう。鳳がそんなことを考えていると、ギルド長は壁にもたれ掛かっているギヨームを指差しながら、

 

「因みに、そこの彼も放浪者だ。君たちの先輩だな」

「え!? そうだったの??」

 

 びっくりして鳳が振り返ると、壁で腕組みをしていたギヨームは珍しくニヤニヤ笑いをやめて斜め上の方を見ながら、

 

「……ニューメキシコのド田舎で暮らしていたんだ。牧畜以外に、何の取り柄もない土地さ」

「へえ、アメリカ人だったんだ?」

「まあな」

 

 口数が少ないのは、あまり前世のことに触れてほしくないからだろうか。ならばこちらもスネに傷がある手前、黙っておくのが賢明だろう。二人がそんな具合に微妙な空気を醸し出していると、それを察したギルド長が話題を変えた。

 

「まあ、そういうことなら、君たちのことを歓迎しよう。ジャンヌ君があまりにも得体が知れないから警戒していたが、放浪者と判明した今なら拒絶する理由もない。寧ろ、ジャンヌ君ほどの能力持ちなら即戦力間違いなしだ。是非、うちに冒険者登録して活躍して欲しいくらいだ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ジャンヌはホッとした表情で礼を言っていた。受付でエントリーシートを書く時も様子がおかしかったが、よほど就職活動に嫌な思い出があるのだろう。

 

 ギルド長はそんなジャンヌにニコニコ笑いかけながら、

 

「始めのうち、分からないことがあったらそこのギヨームに聞いてくれ。彼はこう見えて、このギルドで最も頼りになる冒険者だ。同じ放浪者でもあるし、気が合うかも知れない」

 

 突然話を振られたギヨームは一瞬面倒くさそうに眉を顰めたが、すぐに思い直したようにいつものニヤニヤ笑いを作ると手を差し出し、

 

「ギヨームだ。討伐をメインにやってるが、潜入や探索も得意だ。討伐隊(パーティー)を組む際は一緒になるだろうから、その時はよろしく頼む」

「よろよろ……よろしくお願いするわ」

 

 ジャンヌは立ち上がって彼の手を握り返すと、その小さな脳天を見下ろしながら、本当にこいつが先輩なのか? といった感じの表情を見せた。まあ、そう思うのも仕方ないだろう。ギヨームは見た目は小学生……せいぜい高学年といったところなのだ。しかし、その実力は折り紙付きである。

 

「ジャンヌ、この世界では人を見かけで判断しないほうが良いぞ。おまえだってそうだろ? そいつにはさっき危ないところを助けてもらったという実績があるんだ」

「そ、そうだったの? それは失礼したわ。改めてよろしく」

「ああ、せいぜい役に立ってくれ」

 

 ギヨームがぶっきら棒に挨拶を返すと、ギルド長が何やら書類を持って二人の間に入ってきた。

 

「それじゃ、ジャンヌ君。形式上だが書類にサインを頼むよ。文字が書けないなら拇印でもいい」

「いいえ、文字の読み書きは出来るみたいよ。考えてみれば不思議な話ね。一体、どうなってるのかしら?」

「さあな、考えても仕方ない。便利ならそれでいいだろう」

 

 三人が和気あいあいと話を進めている。鳳はそれを蚊帳の外で眺めながら、

 

「因みに、俺の分は?」

 

 自分も冒険者登録をしてくれないかと尋ねてみたら、ギルド長はギクリと肩を震わせ目を逸した。この様子からして、ミーティアから報告を受けているのだろう。

 

 彼は今までにないほど余所余所しい態度で、しどろもどろに、

 

「あ~……君は正直、登録しても回せる仕事がないと思う……簡単なものなら受付にあるから、ミーティア君に聞いてくれればいいんだが」

「うん、知ってた。そうなるんじゃないかと思ってた」

 

 鳳が不貞腐れてみせると、ギルド長は期待の新人がいる手前で、その仲間をあまり無下には出来ないと思ったのか、苦笑交じりに冷や汗をかいていた。しかし突然、何かを閃いたといった感じで、ポンと手を叩いたかと思えば、

 

「そうだ! ギヨーム、彼のことも面倒をみてやってくれないか?」

「はあ!? なんで俺が」

 

 その言葉に、ギヨームが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「今後、ジャンヌ君と行動を共にするなら、彼ともしょっちゅう会うことになるだろう。それに、考えてみれば彼だって放浪者なんだ。磨けば光る玉かも知れない」

「レベル2なのに?」

「レベル2でもだ」

「おいこら、あまりレベル2を連呼しないでくれないかっ!」

 

 堪らず鳳が抗議の声を上げると、ギルド長はまあまあ抑えて……といった感じに胸の前で両手のひらを見せながら、面倒くさそうな素振りでいるギヨームに向かって、

 

「なら、面倒見てくれたらボーナスあげるから」

「……具体的には?」

「そうだな。彼が使い物になるんなら、これこれ、こんな具合に……」

 

 ギルド長とギヨームは額を突き合わせてソロバンを弾き始めた。ギルド長が出す条件に対し、途中、何度もギヨームは口を挟んで訂正したが、やがて諦めたようにため息を吐くと、

 

「わかったよ。それで手を打とう。しかし期待はするなよ? ただでさえ低レベルなくせに、放浪者ときている」

「それでいい。だが手を抜くなよ?」

 

 ギルド長との話し合いがまとまると、ギヨームは面倒くさそうにポリポリと後頭部をかきむしりながら、今度は鳳に向かって手を差し出しながら、

 

「それじゃ、見ての通りお前の教育係を任された。知ってると思うがギヨームだ」

 

 鳳はその手を握り返しながら、

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 鳳とジャンヌ、二人の異世界生活はこうして始まった。まだ右も左も分からない異世界で、これからどうやって生きていけばいいのかと悩んでいたが、こんなにも早く行き場が見つかったことは幸運だったと言えよう。

 

 冒険者ギルドなんて鳳ひとりだったら思いつきもしなかっただろうから、ジャンヌという仲間の存在はそのステータス以上に心強かった。逆を言えば今の所、鳳は何の役にも立っていないから、早く自分の立場というものを確立していかなければ、この世界で埋没するどころか、いつ野垂れ死んでしまってもおかしくないだろう。

 

 そんなプレッシャーを隠しつつ……鳳はまだ見ぬ冒険に思いを馳せていた。

 

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