ラストスタリオン   作:水月一人

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あいえええ?

 空間の歪みを検知したというギヨームの言葉から、何者かが自分たちの周囲に潜んでいることに気づいた一行は、それを排除すべく先制攻撃を仕掛けた。ところが、脅威かも知れないと思っていたそれは、なんと現代魔法で隠れていたルーシーだった。

 

 これまで魔物の大群すらも寄せ付けなかった不可視の魔法を見破られ、不意打ちを食らった彼女は錯乱したが、ギヨームと一緒に駆け寄ってきたミーティアの声を聞いて、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 彼女は自分がポカポカと叩きまくってる相手がマニであることに気がつくと、鼻血を出して泣きそうな顔をしている彼に向かって、

 

「あいえええ? マニ君!? マニ君なんで!? どしたのその傷?」

「……ルーシーさんに殴られたんだけど」

「うわあーーっ!! ゴメン! ゴメンね!? っていうか……あれえ!?」

 

 ルーシーは未だに何が起きているのかわからず困惑しきっている。ミーティアは、言語能力が退化してしまっているルーシーに向かって、

 

「ルーシー、まずは周りをよく見て落ち着きなさい。命の危険はないんだから」

「そっ、そうだね。本当にゴメンね? わざとじゃないんだよ?」

 

 ミーティアの落ち着き払った声を聞いて、どうにか恐慌状態から回復したルーシーは、もう一度マニに謝ってから、

 

「って言うか、どうしてみんながここにいるの?」

「それはこっちのセリフでしょう。いきなり誰かが現れたと思ったら、こそこそ気配を隠すもんだから、怪しいと思った彼らが攻撃を仕掛けたんですよ」

「そ、そうだったの……こっちも、何かいると思って慌てて隠れたもんだから……だって、まさかネウロイに人がいるなんて思わないじゃない? しかもそれがミーさん達だなんて。てっきり怖い魔族だと思ってた」

 

 ルーシーは大げさに身振り手振りを交えて強調している。しかし、ギヨームは彼女の言葉に気になる点を見つけると、

 

「ん……? ちょっと待て。おまえ、ここがどこだと思ってやがる?」

「どこって、ネウロイでしょう? それにしても、みんな凄いね。普通に歩いてこようとしたら、数ヶ月はかかるって鳳くんは言ってたけど……こんなに早く追いつくなんて」

「やっぱり、おまえ、勘違いしてるな? ここはネウロイなんかじゃない。大森林のど真ん中、ガルガンチュアの村の近くだぞ」

「はあ……? そんなはずは……だって、鳳くんはまだネウロイに居るはずだし、私はそのつもりでちゃんと杖に願って飛んできたはずなんだけど……」

 

 ギヨームはポンと手を叩いて、

 

「そうだ。その鳳はどうした? さっきポータルの気配がしたが、あいつと一緒に飛んできたんじゃないのか?」

「違うよ。私が使ったんだよ」

「はあ? 何言ってるんだ? ポータルだぞ?」

「そんなことより、みんなこそ鳳くんと一緒じゃないの? ポータルは彼の元へ繋いでくれるはずだったんだけど……」

「……おまえが何を言ってるんだか分からねえが、鳳ならいないぞ。おまえこそ一緒にいたんじゃないのか?」

 

 ルーシーはミーティアの方を向いて、

 

「……本当に?」

「はい。本当ですけど」

「そんなあ~!! また失敗しちゃったの……?」

「どうしてそっちに聞き直すんだよ。つか、失敗って何がだ。そろそろ分かるように説明してくれ」

 

 ギヨームは失礼な相手にムッとしている。ルーシーはそんな彼の冷たい視線を浴びながら、ぐったりした様子でその場に崩れ落ちてしまった。その落胆っぷりと状況がいまいち分からず、ギヨームが詳しい事情を聞こうとしていると、先程の悲鳴を聞きつけて、キャンプにいたアリスが様子を見に来た。

 

 ギヨーム達はこのままじゃ埒が明かないので、取り敢えずルーシーを促して一度キャンプに戻ることにした。

 

*****************************

 

 キャンプに戻った彼らは話を整理するために情報交換をした。まずはギヨーム達がここへ来るまでの話をして、マニが間違いなくここが自分の村の近くだと断言すると、ルーシーはようやく現実を受け入れ、その後ため息まじりにネウロイで鳳と逸れてしまった経緯を話し始めた。

 

「……でね? とにかくそのアマデウスの迷宮ってのが厄介で、攻略を諦めた私たちは、一旦帝都に戻ることにしたんだけど、何故か鳳くんがいつまで経ってもポータルから出てこなくって、そのまま閉じちゃったんだ。普通に考えて、彼が戻ってこれない理由なんてないから、きっとあっちで何かあったんだろうけど……それで急いで戻らなきゃって思って、たまたま帝都に来ていたジャンヌさんたちと、今度は占星術師の迷宮ってところを攻略して、不完全だけどポータル魔法が使えるようになったんだよ」

「……それじゃあ、マジでおまえ、ポータル魔法を覚えたっていうのか?」

「うん。私が覚えたって言うか、この杖の奇跡なんだけど……」

 

 ルーシーは自分の杖を見せながら、

 

「これはおじいちゃんに貰った物なんだけど、実は福音(ゴスペル)って呼ばれてる、精霊がくれた凄い武器だったんだって。私は、迷宮の主であるミッシェルさんから、その使い方を教えてもらって、そんでポータルを使えるようにはなったんだけど……行き先は鳳くんみたいに固定できないんだよ」

「そんな便利な杖が……それでこんな変な場所に飛んできたのか」

 

 ギヨームが感心していると、それを聞いていたミーティアが何かに気づいたように、

 

「ゴスペル……ですか。それって確か、ギヨームさんがアロンの杖のことをそう呼んでいませんでしたっけ? あれも精霊がくれたものだったんですか?」

「ん……? ああ、いや。多分、似たような経緯で出来た杖ってだけだろう。出どころは全然別のはずだ」

「アロンの杖って?」

「これです」

 

 ルーシーが何のことだろうかと首を捻っていると、気を利かせたアリスが荷物の中からそれを取り出してきて彼女に渡した。勝手なことをするなというギヨームを無視して、ルーシーはそれを握りしめると、

 

「これは……本当にカウモーダキーと似た物みたいだね」

「分かるのか?」

 

 ギヨームが驚いて目を丸くしていると、ルーシーは軽く頷きながら、

 

「ミッシェルさんと出会ったことで、私にもおじいちゃん達に見えている世界のことが、ちょっとは分かるようになってきたんだよ。これはアストラル界を通じてその先にある何かにアクセスしようとしている……ような気がする。ミッシェルさんは、それをアーカーシャって呼んでいたけど。ギヨーム君はこれをどこで手に入れたの?」

「ん、まあ、ちょっとな。借り物だから、あまり詮索しないでくれよ」

「なにそれ、怪しいなあ……教えてくれたっていいじゃない?」

 

 ルーシーは歯切れの悪いギヨームのことを疑り深く見つめている。彼はそんな彼女をはぐらかすように話題を変えて、

 

「それはともかく、ミーティアさんよ。これってもしかして、この一ヶ月が無駄じゃなかったってことじゃねえか?」

「どういうことです……?」

「俺達はこの一ヶ月、鳳を追いかけるつもりが、この辺をグルリと大回りさせられていた。さっきまで、それはガルガンチュアの村で待っとけって意味だと思ってがっかりしたわけだが、こうしてルーシーが出てきたってことは、もしかすると杖は、最初からこの日この場所に俺たちを導こうとしていたんじゃないか?

 

 ほら、俺たちは、ネウロイにいるはずの鳳に追いつこうとして、毎日距離を稼ぐことを最優先に移動し続けていただろう? もし、ここが目的地だったのだとしたら、あのペースで進み続けていてはどんどん離れてしまうことになる。だから杖はこのタイミングでここに辿り着くように調整していたんだよ。

 

 何故なら、どんなに急いだところで、やっぱり空を飛ぶ鳳には追いつけないんだよ。可能性があるとすれば、同じように空を飛ぶか、ポータルみたいな瞬間移動系の能力を持つ者だけ。そう考えれば、こんな何もない森のど真ん中で、偶然ルーシーと出くわした理由にもなるじゃねえか」

「確かに……ここは村に近いとは言え不案内な森の中ですもんね。こんな場所でピンポイントに彼女に出会うなんて、普通に考えたらありえません」

「だろう?」

「ちょっと待って、何の話?」

 

 ギヨームとミーティアが二人だけで納得していると、まだ状況を把握しきれていないルーシーが尋ねてきた。ギヨームは杖を指差しながら、

 

「さっきも説明した通り、俺たちは鳳を追いかけるためにその杖の奇跡に期待した。そしてその杖に従って辿り着いた先に、ポータルが使えるようになったルーシーが現れたんだよ。となると答えは一つっきゃないだろ。杖はここでおまえと合流して、おまえのポータルで鳳のところへ行けって示してるんだよ」

「でも、私もさっき言ったけど、鳳くんのところへ戻ろうとして、既に二回失敗しているんだよね。もちろん何度だって試すつもりだけど、本当にこの方法で戻れるのかな?」

「いや、だからこそ、おまえはここに来たんだろうよ」

 

 ギヨームはニヤリとした笑みを浮かべて、

 

「この杖には、人と人との縁を繋ぐ力がある。だから、おまえがこの杖の力を使ってポータルを生成すれば、今度こそやつのところへ繋がる可能性が高い。もしかすると、おまえが鳳のことを思い浮かべたのにここに飛んできてしまったのも、この杖の力だったのかも知れないぞ」

「うーん……そうか。そんな力が。なら、早速試してみたいところだけど……実は残りのMPが心許なくて」

「そういやMPを消費するんだっけな。何回くらい使えるんだ?」

「最大で4回。今日はもう3回使っちゃったから、後一回ですっからかんになっちゃう。せめてもう一回分は回復してから試したいところだけど」

「ルーシー。鳳さんと逸れてから、今日で何日になりますか?」

 

 二人の会話にミーティアが割り込んでくる。その背後には同じく心配そうな表情のアリスの姿も見えた。二人とも鳳がネウロイで消息を絶ったと知って、居ても立ってもいられないのだろう。その気持ちはよく分かる。

 

「えーっと……今日で6日目かな」

 

 これからMPの回復を待っていたら、ちょうど一週間になる計算だった。そんなのただの区切りでしかないはずだが、改めて考えると、何だか急かされているような気がしてきた。鳳と別れた部屋にはいくらでも食料があったが、これだけ音沙汰なしだと絶対に無事とも言い切れないのだ。

 

 二人の不安そうな顔を見ていたら、段々自分も不安になってきたルーシーは、少し迷ってからギヨームとマニに向かって言った。

 

「逆に言えば、あと一回なら使えるんだ。どうせ休憩するなら、試した先で休憩するほうが良いのかも。もし、鳳くんと合流できたら、それでいいんだし。二人ならネウロイの魔族が相手でも、遅れを取ったりしないよね?」

「まあ、魔王でも出てこなければな」

「……早く合流できる可能性があるなら、そっちの方が良いんじゃないか。あまり遅れて、彼が魔王化してしまう方が危険だと思う」

 

 そんなマニの指摘は説得力があった。そもそも、鳳はそれを阻止するためにネウロイを目指したのだ。すっかり忘れてしまっていたが、向こうに残らざるを得なくなったのも、案外それが理由かも知れない。ルーシーはそう判断すると、

 

「それじゃ、最後の賭けになるけど、もう一度だけやってみよう。これで駄目なら、行った先で一日MP回復に努める。それでいいかな?」

「ああ、いいぜ」

 

 そんな具合に話が決まると、ミーティアとアリスがホッとした表情を見せた。とは言え、まだ確実に彼のところへ行けると決まったわけじゃない。ルーシーは、彼女らを落胆させる結果にならなければいいなと思いながら、アロンの杖を握りしめると、

 

「それじゃあ試してみるけど……失敗したら嫌だから、ミーさん達も一緒にお願いできる?」

「え? 私たちも……? 素人が下手に触らないほうが、上手くいくのでは?」

「私自身も、昨日今日使えるようになったんだから、素人みたいなものなんだよ。この杖が、人と人とを結ぶものなら、出来るだけ彼と親しい人が使うのが良いと思う。それに、ここまで来れたのはミーさん達が彼のことを一生懸命に考えたお陰でしょう?」

「はあ……そうですね。あなた一人に責任を押し付けてしまうのも気が引けますし。それで、私たちは何をすればいいんでしょうか?」

 

 ルーシーは、流石、分かっているなと苦笑しながら、

 

「簡単だよ。一緒に杖を握って、彼のところへ連れてってって願ってくれればそれでいいよ。そしたら私がポータル魔法を発動するから」

「わかりました。それじゃ、アリスさん?」

「はい。奥様」

 

 ミーティアとアリスは、ルーシーの手を包み込むように手を合わせた。そうして一本の杖を握りしめた3人は、頭上高くにそれを掲げるように持ちながら、邪念を捨てて鳳の無事を一心不乱に祈った。ルーシーは、二人が目をつぶって集中しているのを確認してから、自分も深呼吸して気持ちを整えると、

 

「お願い杖よ! 力を貸して!」

 

 彼女がそう言いながら杖に魔力を込めると、高々と上げた杖の先端から半透明の魔法陣が浮かび上がった。それは回転しながら徐々に大きくなっていき、やがてその中心付近に集まってきた光の礫が流れる水のように杖から飛び出て、彼らの目の前に光のゲートを作り出した。

 

 ギヨームは感嘆のため息を漏らした。これまで何度も鳳が作り出したのを見たから間違いない。ルーシーは、本当にポータル魔法を会得してきたのだ。鳳と逸れたのが6日前と言っていたが、この短期間に大したものである。

 

 そんな感想はともかく、ポータルは使用者が潜り抜けたら消えてしまう。ギヨームはルーシーに目配せすると、

 

「それじゃ先に行くぜ」

 

 ギヨームが真っ先にポータルへ入り、続いてマニが続いた。ルーシーと一緒に杖を握りしめていたアリスは、初めてのことに少し戸惑っているようだったが、

 

「アリスさん。手をつないであげますから、一緒に行きましょう」

「は、はい!」

 

 すっかり主従らしくなってしまった二人が続き、最後に残ったルーシーはそんな二人の背中を見届けた後に、

 

「……やっぱあれ、バレたらやばいよね」

 

 要らぬ邪念を思い浮かべながら、最後に彼女がポータルを潜った。

 

*******************************

 

 そして潜った先で、彼女は声を失った。

 

「うわっぷ!! 誰? 出口で立ち止まらないでよ!」

 

 ポータルから出た瞬間、何か柔らかいものにぶつかって鼻を強かに打ち付けた。恐らく、人の体じゃないかと思ったら、すぐ近くからミーティアの声がした。

 

「私です。ルーシー!? ここはどこですか? あのポータルはどこに繋がっていたんでしょうか」

「どこって……ちょっとゴメン。周りが見えないんだよ。あれ? 目をつぶってるつもりはないのに……」

 

 ルーシーは、さっきから周囲をキョロキョロ見回しているのに何も見えなくて焦っていた。目を塞がれているわけでもないので、単純に出てきた先が真っ暗だったと考えて間違いないだろう。問題は、夜目が効くはずの彼女にも、周りが全く見えないくらい、そこが真っ暗だということだった。

 

 こんなことは普通に考えてあり得ない。あるとしたら光が全く差し込まない、完全密閉された空間だろうが……なんでそんな場所に繋がってしまったのか? ルーシーが困惑していると、少し離れた場所からギヨームたちの声が聞こえてきて、

 

「おい! こいつは一体どういうことなんだ? さっきから手持ちの松明に火をつけようとしてるんだが、火が全く見えねえ。着火具の音だけが聞こえてくるんだ。マニ!? おまえ、目がいいだろう? 何か見えないのか?」

「俺にも全く見えてない。火花も起きないなんて、これは少しおかしいぞ……? 何かの超常現象が起きているんじゃないか?」

「まいったな……次元の狭間にでも飛ばされたっつーのか? いや、それならそれで、空間の歪みがあるってことか。なら、ちょっと待ってろ……これは?」

 

 ギヨームが何かぶつぶつと言っている時だった。突然、その場に居た全員の耳に、パリンとガラスが砕けるような音が聞こえてきた。何事かと身構えていると、またギヨームが緊迫した声色で、

 

「おい! 今、結界か何かを突き破った。気をつけろ! 何か居る!」

「ギヨーム君! 何をやっちゃったの!?」

「わからねえよ! わかるのは、ここは空間がめちゃくちゃに繋がってる場所だっつーことくらいだ! こんな場所、地上にあるわけ……って、あったな」

「何か分かったの?」

 

 するとギヨームは今度は打って変わって落ち着いた声で、

 

「ああ、こんな場所、あるとしたら迷宮の中だけだ。おまえ、鳳と迷宮の中で逸れたって言ってたろ?」

「あ! そうか!」

「ポータルは、ちゃんと奴のところへ繋がっていたんだ。でも、どうしてだ? なんでこうも周りに何もない……」

 

 ギヨームがそう言いかけた時だった。

 

 突然、ズシン! ズシン! ズシン! っと、脳天をかち割るような、巨大な衝撃音が次々と襲いかかってきて、その場に居た全員の三半規管を揺さぶった。

 

 彼らはその音の不意打ちを食らって立っていることが出来ず、みんなその場で膝をついてしゃがみこんだ。あまりに容赦のない音に目眩がする。慌てて耳を塞ごうとしたルーシーは、そして気づいた。

 

 さっきまで、何も見えなかったのに、今は自分の手足が見える。ハッとして周りを見回せば、他の仲間達の姿もはっきり見えるようになっていた。しかし、彼女は全然安心出来なかった。確かに仲間の姿は見えるようになったのだが、その背景は相変わらず真っ黒だったのだ。

 

 まるで、壁も天井も黒く塗りつぶされた巨大な部屋の中に佇んでいるかのようだった。もしくは、もしも彼女が宇宙を知っていたら、宇宙空間に投げ出されたような感じと思ったかも知れない。とにかく、そんな真っ黒の中で、自分たちの姿だけがくっきりと浮かび上がって見えるのは、ある意味不気味であった。

 

 でもこの感じ……どこかで?

 

 彼女が何か既視感を覚えた時だった。さっきからずっと続いていた、立っていられないほどの衝撃音が、ようやく少し落ち着いてきた。その音はまるで巨大な生物が歩いているかのように、彼らの真上を通過していくと、徐々に遠ざかっていき、やがて殆ど聞こえなくなった。

 

 助かった……誰もがそう思いながら冷や汗を拭っている。特に何をされたというわけでもないのに、彼らはこの一瞬だけで、全身汗だくになっていた。目を塞がれ、巨大な音に襲撃され、前後不覚に陥って、よほど恐怖を感じていたようだ。

 

 それにしても、あの音はなんだったんだろう。今にして思えば、何か巨大な生き物の足音だったようにも思えるが……

 

 彼らがそんなことを考えていると、今度はガシャン! っといった感じの、シャッターを落とすような音が聞こえた。

 

 いや、それは逆にシャッターを開く音だったのかも知れない。

 

 その音にビクッとなって振り返ると、いつの間にか彼らの背後に、サーチライトに照らされた、巨大な何かが立っていた。

 

 ぎょっとして目を見開いても、その姿ははっきりとは見えなかった。あまりにも巨大過ぎて、それは一台のライトでは全てを照らし出すことが出来なかったのだ。

 

 だが、それで慌てる必要はまったくなかった。それを照らすライトは、ガシャン! と言う甲高いシャッター音と共に、一台、また一台と増えていき……ついには全てを詳らかに照らし出した。

 

 ガシャン! ガシャン! ガシャン!

 

 音が響く度に、どんどんその巨大な姿が現れていく……緑色の肌。ゴツゴツとした筋肉。ゴーっと言う竜巻のような呼吸音。そして邪悪な赤い瞳と、天に向かって長く突き出た巨大な牙。

 

 彼らはその姿をよく知っていた。何しろ、彼らはそれを倒したことで、勇者と呼ばれるようになったのだから。

 

 振り返れば、そこに巨大な魔王の姿が目の前にあった。

 

 魔王オークキング……その十数メートルという巨体が、今、正に彼らを踏み潰そうとして、大きく足を上げているところだった。

 


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