ラストスタリオン   作:水月一人

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どちくしょうめぁえあーー!

 朝目覚めたら、ミーティアが死のうとしていた。

 

「ああ゛ああああ゛あ、あ゛あ゛ああ、ああ゛あ゛あああ゛ーーーっっ! 死にたいっ! 死にたいよーッ! 殺して! いっそ殺してえええーーーっっ!!」

「ミ、ミーティアさん落ち着いて!」

 

 鳳が、昨日あんなに愛し合ったというのに、どうしてそんな悲しいことを言うの? と真顔で聞くと、彼女は一瞬白目を剥いた後、そんなキラキラした瞳で口走るんじゃねえと往復ビンタした挙げ句、ベッドの上で両手両足をジタバタさせながら悶絶した。

 

 どうやら一晩経ってみたら、二人でベッドインする直前に、自分が言ったセリフを思い出して死にたくなったらしい。彼女は目尻に涙を溜め、真っ赤な顔をして、

 

「ふ、雰囲気にあてられていたとはいえ、私はなんてことを言って……」

「えー……? 俺、すっげえ感動したんだけどなあ」

「やめてえええええああああぁあぁぁぁああーーーーっっ!!!」

「痛いっ! 痛いっ! 本気で痛いからっ!」

 

 ベチベチと容赦なく叩かれる度に、背中に一枚ずつ紅葉が出来ていった。それが昨晩つけられた爪痕に響いてガチで痛かった。というか、傷口が開いて鮮血が飛び出して彼女の手を汚すと、それを見た彼女はようやく我を取り戻し、

 

「はっ!? 私はなんてことを……すみません! 痛かったですよね……?」

「これくらい平気さ。ミーティアさんにつけられた傷だって思えば、男の勲章みたいなものだよ」

「だから恥ずかしいこと真顔で言うんじゃねええええぁーーーーっっっ!!」

 

 彼女の振り抜いた左フックがゴッと顎を捕らえて、鳳はクラクラと脳しんとうを起こした。そのまま真っ白になっちまったボクサーのようにベッドに突っ伏すと、再度ハッと我に返ったミーティアが涙を撒き散らしながら、慌てて崩れ落ちた鳳の頭を自分の膝の上に乗せた。

 

「だ、大丈夫ですか!? つい……」

「つ、ついでプロボクサーも顔負けな幻の左を繰り出されては、堪ったもんじゃないんですけど……」

 

 どうでもいいが、後頭部に当たっている柔らかい感触のすぐ下に、いま彼女の大事な部分が剥き出しになっているんだなと思うと、鳳は下半身のあたりが特に落ち着かなくなってきた。

 

 でもきっとそんなこと言ったら、処刑されるのは目に見えてるので黙っていると、彼女は泣きはらした後みたいな真っ赤な瞳で彼のことを覗き込みながら、

 

「ごめんなさい、私ガサツで。嫌いにならないでくださいね? は、恥ずかしいのが嫌ってわけじゃなくて、本当は嬉しいんですけど……そんな面と向かって言われるのは慣れてないと言いますか……ああああ! 無理! これ以上は許して!」

「あー、はいはい。俺も全く恥ずかしくないわけじゃないんで、気持ちはわかるから」

「そ、そうですよね!?」

「うん。でも恥ずかしい気持ちより、ミーティアさんのことが好きな気持ちが勝っているから平気……うっ」

 

 ドスッ……ミーティアの手刀が綺麗にみぞおちに突き刺さり、鳳は肺の中の空気を全部吐き出して悶絶した。

 

「はっ!? す、すみません! 私、つい無意識に……」

「だ、だから、ついでそんな的確に急所を突かないでくださいよ……」

「あうううう……乱暴な女でごめんなさい。す……捨てないでっ! おっぱい揉んでいいからっ!」

「あーもう! 可愛いなあー、ちきしょー! 捨てるなんてとんでもない! おっぱいは揉むけども!」

 

 信じられないくらい柔らかかった。鳳は、その指に吸い付くようなきめ細かい肌と、沈み込むような感触に宇宙を見た。重量感、張り、肌触り、そして先端の控えめな突起、この世の全てがこの中に詰まっているようだ。

 

 などとわけのわからないことを考えながら、膝枕の状態で下からおっぱいをモミモミしていると、最初の内は、え? 本当に揉むの? と、真っ赤な顔をしてプルプルしていたミーティアも、そのうち一周回って落ち着いてきたらしく、いつの間にか彼の頭を優しく撫でながら、恍惚とした表情でじっとその瞳を見つめていた。

 

 二人の上気した息遣いだけが部屋に響いている。

 

 鳳の下半身はもう完全に臨戦態勢で、このまま押し倒せばいつでも二回戦を始められそうな感じであり、彼は段々ぼーっとしてくる頭の中で、どのタイミングで彼女に飛びかかろうか、しかしこのおっぱいの感触も捨てがたい……などと煩悶していると、まだ辛うじて理性が残されていたミーティアが、揉みしだかれている自分のおっぱい越しに(それは信じられないくらい大きいのだ!)彼のことを覗き込みながら、

 

「あの……自分から大騒ぎしておいてあれなんですけど、そろそろ落ち着いて、ここから出ませんか?」

「えー? 俺、もっとミーティアさんと、ここでごにょごにょしていたいんだけど……」

「わ、私もその……ごにょごにょ……してたいですけど。でも、落ち着いて考えてみたら、私たちって外にルーシー達を待たせてるじゃないですか? あの子は中で何をしてるか知ってるわけですし、あんまり待たせるとその……私にも体面があると言いますか」

「あー、うん。そうだね。んー、でも、すぐ出れるってわけでもないしなあ……」

「え? でもここって、ごにょごにょしたら出られる部屋だったんじゃないんですか? さっき気づいたらあっちの方に扉が出現していましたし、あれを潜れば外に出れるのでは……?」

「いや、それが、確かにこの部屋からは出られるんだけど、続きがあると言うか……」

 

 鳳が歯切れ悪そうにしていると、段々不安になってきたのか、ミーティアはおっぱいを揉む彼の手を押し退けて、

 

「……そう言えば、ルーシーとしたって言ってましたよね。つまり鳳さんはあのドアの先に何があるか知ってるんですね?」

「まあ……」

「何があるんです? 気になるから見に行きませんか?」

「うーん……あまり気がすすまないなあ。それより、ねえ?」

 

 鳳がそう言って甘えるように彼女の腰に抱きつこうとすると、ミーティアはえいっと不届きな彼の頭をベッドに落として立ち上がった。そして服を着ようとして下着を取ったはいいものの、彼に見られているのが恥ずかしかったのか、慌ててそれを隠して、代わりにベッドのシーツをバスタオルみたいにクルクル巻いて、着替えを持って隣の部屋へと行ってしまった。

 

 鳳はそんな彼女のことをベッドの上から見送ってから、やがて仕方ないといった感じにゆっくりと起き上がり、その辺に落ちていたパンツとズボンをはいてから、シャツはどこにやったっけ? とベッドの下を覗き込んでいると……

 

「いやああああああああーーーーーっっっ!!!」

 

 隣室から、ミーティアの悲鳴が聞こえてきた。普通なら驚いてすぐに駆けつけるところだろうが、鳳はそれを聞いても微塵も動揺せずに、拾い上げたシャツの袖に腕を通した。

 

 まあ、隣の部屋に行って、あれを見たらああいう反応をするのも致し方ないだろう。鳳はシャツのボタンを上まできっちり留めてから、ゆっくりと隣の部屋へと移動した。

 

*******************************

 

『この壁一面に、うんこを満遍なく塗ってください』

 

 鳳が隣の部屋へやってくると、ミーティアはそんな文言の書かれた看板の前で腰を抜かしていた。

 

 備え付けのシステムキッチンを見れば、まな板の上にいくつかの食材が置かれており、流水に晒された新鮮な野菜が瑞々しく水を弾いていた。多分、部屋に入った瞬間は、彼女はそんな看板よりもキッチンの方が目について、そこにあった冷蔵庫を開けてウキウキと中身を覗き込んでいたのだろう。

 

 そして鳳の顔を思い浮かべながら、今日の献立は何にしようかなと考えている時に、ふとこの部屋にやって来た当初の理由を思い出し、いけないいけないと気を取り直して部屋の中を調べ始め、そして看板を見つけたのだろう。うんこを濡れと。

 

 その衝撃は、実際に一週間前に味わった鳳にはよく分かった。セックスしろっていうのは、普通の感覚からすれば相当抵抗感のあるものだから、それを乗り越えた今、怖いものなど何もないと思ってやって来たらこれである。

 

 放心状態の彼女は、そんな彼がすぐ隣に来るまでまるで気づかず、だらしなくM字に開脚しながらその看板を見上げていた。前に回り込めないだろうか。大事なところがまろび出ていないか心配だ。

 

「お、お、おおお、おおおお、鳳さん?」

「うん」

「ここ、これこれこれ、これ!?」

「うん……この通りなんだけど」

 

 鳳がやって来たことにようやく気づいた彼女は、未だシーツを体に巻き付けただけというセクシーな格好のまま、脇に立つ鳳の顔を唖然と見上げていた。鳳はそんな彼女にどんな顔をしていいか分からず、取り敢えず苦笑いで、

 

「つまりその……そんなわけで俺たちはこの迷宮の攻略を断念しようってことになったんだよ。一週間前、俺とルーシーはここまで来て、一応、部屋の隅々まで調べて他に方法がないか探したけど見つからなくってね? 散々悩んだ挙げ句にフェニックスに戻ることにしたんだよ。流石に……ねえ? こんなのはちょっと……ねえ?」

「むりむりむりむりかたつむり!」

 

 ミーティアは少々言語能力がおかしくなっていた。彼女は目をグルグル回しながら。

 

「わたわた、わたしっ! 鳳さんのことは好きですし、何でもしてあげたいですけど、流石にこれは無理ですから! って言うか、どうするの!? これ? 私たち、閉じ込められちゃってますけど!!」

 

 鳳は錯乱気味の彼女を落ち着かせるように、ドウドウと肩を叩きながら、

 

「あー! だから大丈夫だって。いざとなったらポータル魔法があるんだから。一週間前のルーシーもそうやってここから脱出したんだ。だからミーティアさんは大丈夫!」

「あ、そ、そうでした。それなら一安心……って、あれ? 駄目じゃないですか。そしたら鳳さんどうなっちゃうんですか? 確か、それでここに閉じ込められちゃったんですよね?」

 

 ミーティアはこれ以上ないくらい狼狽している。鳳はそんな彼女を見て、流石にちょっと申し訳なく思い、ここは彼女だけでも助けてあげようと、

 

「うん、まあ、そうなんだけど、こないだとは状況が違うから。多分、大丈夫だと思うんだよね」

「え? どうしてです?」

 

 ミーティアはソワソワしながら上目遣いにこっちを見ている。鳳は、そんな姿も可愛いなと思いながら、

 

「ほら。こないだと違って、今は迷宮の外にルーシーたちが待機してくれてるでしょ? だから今度は中の様子がおかしいと気づいたら、彼らが助けに来てくれると思うんだ。そしたらもう、ルーシーに無理やり協力させるか、ダメ元でアリスに頼んでみるから、ミーティアさんは先にフェニックスに帰って待っててよ」

「え……でも」

「正直なところ、俺たちのこともバレちゃったし、ミーティアさんが怒っていたって言ったら、ルーシーも観念すると思うんだよね。幸い、やってることが不衛生なくせに、ここは衛生的な設備が整ってるから、まあ、なんとかやってみるよ。だから、気にしないで帰ってくれ」

 

 鳳はそう言っているが、ミーティアは不安だった。彼女が激怒していると聞いた所で、あの女が逃げない保証はない……というか、絶対逃げる。そして鳳はまた途方に暮れるだろう……

 

 そこまではいい。そしたら今度は地の果てまでルーシーを追っかけて折檻してやればいい。問題はそこではない。彼女が気にしていたのは、寧ろアリスの存在だった。

 

 ぶっちゃけ、酒のせいとは言え、ほぼレイプ状態で襲われたくせに、恨むどころか全面的に彼のことを肯定し、あまつさえ、逢えない夜が恋しくて森でオナっちゃうような女の子なのだぞ?

 

 彼女ならやる……間違いなくやる……うんこを壁に塗るどころか、うんこを食うくらい平気でやる。そしてまたキラキラした瞳で彼のことを見上げながら、ご主人様のためならなんでも致しますと言い放つに違いない。

 

 鳳は彼女に負い目があるから、そんな彼女がここまでしてくれると知ったら、惚れ直すどころかその感情は崇拝にまで昇華するだろう。そしてお互いにリスペクトしあい、お互いに命を投げ出すことすら厭わないような、そんな関係性を築き上げてしまうはずだ。

 

 そんな中に、一体、誰が入っていけると言うのだろうか……?

 

「ど……ど……ど……ど……」

 

 鳳はオロオロしていた。良かれと思って帰っていいよと言ってみたら、ミーティアは何だか腹の底から響くような低音でブツブツつぶやき始めた。もしかして、言い方が悪かったのだろうか。それとも一度くらいは土下座で頼んでみるべきだったか。彼女のプライドを傷つけてしまったのなら、なんとかフォローしなければ……

 

 そんな彼が恐る恐る彼女に声をかけようとした時だった。

 

「どちくしょおおおおーーーーーーめえええあああぁぁぁえぁっっ!!!!」

 

 ミーティアは顔を真っ赤にし、涙腺からピューと涙を吹き出しながら、腹の底から絞り出すような大声で叫んだ。それを耳元で聞いてしまった鳳はクラクラしながら、

 

「わー! ミーティアさんどうしたの!? いきなりキャラ変しないでよ!?」

「やる! やりますよ! 私、やりますからねっっ! うんちでもなんでも、もってこーーーいっっ!!」

「えええええぇぇええぇぇええーーーっ!?」

 

 鳳は度肝を抜かれて目を丸くした。まさか、ミーティアが自らやると言い出すなんて、夢にも思わなかった。

 

「え!? するの!? うんこだよ? ミーティアさんうんこするの? じゃなくて、ミーティアさん、まさかスカトロに興味あったの?」

「あるかあぁぁー! ぼけえぇーいっっ!!!」

 

 ベチン! 痛い……容赦なく殴られた。鳳がヒリヒリする頬を擦っていると、

 

「あのですねえ……私だって女の子ですから、こんな下品なこと何度も言わせないでください! もちろんやりたくないですよ、やりたくないけど、だけど、そうしなきゃ鳳さん、ここから出られないんでしょう? だったらもう……やるしかないじゃないですか!」

「いや、だから、何もミーティアさんがやらなくても……」

「じゃあ逆に聞きますけど、私がやらないで、誰がやるっていうんですか!? 私が鳳さんの一番なんですよ!!」

「え? はい……そうですけど」

「だから私がやるんですよ! 覚悟してください! 私があなたのためなら何でも出来ちゃう女だってことを……これから見せつけてやりますからねっ!!」

 

 見せつけるって、うんこを……? 思わずそう言いたくなる言葉を飲み込んだ。

 

 まるで怒鳴るように叫んだ彼女の決意は本物のようだった。目尻に涙をいっぱいに溜めてプルプルと震えるその姿は控えめに言っても愛おしかった。鳳は、今すぐ彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、しかしその決意を秘めた瞳が見つめているのは、これからうんこを塗る未来なのだ。

 

 どうしてこうなった……

 

 前人未到の大地であり、魔族の巣窟でもあるネウロイで、壁にうんこを塗っている。そんなわけのわからない状況に、そして彼らは自ら突入していくことになるのである。

 


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