ラストスタリオン   作:水月一人

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そして糞をひる、壁に塗る。

 飯時にこんなうんこくさい話を読んでいる読者は居ないと仮定して話を進めるが、壁にうんこを塗るという行為は、簡単そうに思えて意外と難しいものである。

 

 まず精神的に来ると言うのもさることながら、どうやって塗るのかという方法が問題なのだ。オマルにひり出したうんこをそのまま壁にぶち撒ければ良いじゃないと言う向きもあるかも知れないが、それでは満遍なく塗ることが出来ない。まだ濡れてない壁にピンポイントにうんこをぶつける技量が必要だ。更には、壁に放っただけでは殆どのうんちが床に落ちて無駄になってしまう。そしてその後片付けをするのも自分なのだ。

 

 これらを鑑みてやはり手で握ることが最重要課題なのだ。勇気を出してオマルに手を突っ込んでそれを掴むことで、ようやくスタートラインに立てるのである。だがその第一歩を踏み出すことの、なんと道の険しいことか。例えあなたが下ネタとうんこをこよなく愛する男子中学生であったとしても、初めてそれを掴むのにはものすごい抵抗感があるだろう。ましてやそれが年頃の女性であるなら尚更だ。

 

 ともあれ、あなたがその最初にして最難関を突破したとしても、まだ足りない。仮にあなたが針を通すようなコントロールで壁にうんこを投げつけることが出来たとしても、結局のところ大半のうんこは壁から床に落ちてしまう。それを拾い上げて、もう一度ぶつけることは出来るだろう。だがここまでくるとどうしてもそれでは満足できない。そう、今度はうんこを壁に薄く伸ばしたくなるのが人情だ。

 

 つまり、うんこを握るのが第一関門だとすると、それを潰すのが第二関門というわけである。もうここまで来たら大差無さそうなのに、それを手のひらに乗っけるのと、押し潰すのではやはり違う。そのむにゅっとした感触がMPを根こそぎ奪っていく。やっちゃいけないことをやってる感が半端ない。そしてあなたは両手で薄くうんこを伸ばして、壁にべちょーっと塗っていくのだ。

 

 さて、とにもかくにも、あなたはその難関すら突破したとしよう。だが、それで全てが解決したというわけではない。何しろ壁は広いから、一個のうんこじゃ全てを塗り尽くすことは出来ない。だからあなたは毎日排便しなければならないわけだが、なにしろこんな生活を続けているのだから相当なストレスがかかる。そのせいで何日も便秘になってしまう可能性がある。

 

 また、うんこの状態によっては全てが徒労に終わるかも知れない。ストレスの多いあなたは酒に逃げるかも知れないが、そんなことをして不必要に胃壁を刺激しては、翌朝、下痢便になってしまうこともあるだろう。君は知ってるだろうか? 下痢便は掴むことが出来ないのだ。なんならオマルの中に溜まったものを、バシャッと壁にぶっかけることは出来るかも知れないが、それはなんだかうんこを塗るよりも忌避感が強い。忘れてはいけないが、部屋にはもうひとり相方が居るのだ。その相方に、下痢便をぶち撒けた奴と知られるのは、ものすごいプレッシャーだ。

 

 そう、壁にうんこを塗るには、鋼のように強い精神力が必要なのだ。心を無にして恥辱に耐えながら、規則正しい生活を続け、常に健康なうんこを心がけねばならない。時に運動も必要だろう。そんな時は部屋に備え付けられたエアロバイクで汗をかくと良い。バランスの良い食生活も大切だ。動物性タンパク質を多く摂れば粘り気の強いうんこが出来るが臭いもキツくなるだろう。また、食物繊維が不足すれば大腸のヒダヒダに宿便が残り便秘を助長する。数日間、腹の中に溜まっていた糞は臭い。鼻がひん曲がるくらい臭い。だから毎日大量の野菜と植物性タンパク質豊富な豆類を中心とした献立を心がけ、酒や油はご法度だ。そして睡眠を可能な限り多く取り、起きてる時は出来るだけ体を動かして、常に腸内細菌の環境を整えておく。

 

 そして(くそ)をひる、壁に塗る。満遍なく、弛まぬように……

 

 声に出して読むとまるで大河ドラマみたいに壮大に聞こえるが、そんな人としての尊厳全てを投げ出したかのような生活を、彼らは数週間に渡って繰り広げることとなる。

 

********************************

 

 ミーティアは泣いていた。最初の数日間は本当に泣いてばかりいた。そんなに嫌なら無理しないでいいんだよ? と言うのだが、それは彼女を慰めるどころか重圧になるだけだった。だから暫くすると二人は言葉を交わさなくなった。ただお互いを貪り食うだけの肉と化した。セックスをしてる間だけは何も考えずにいられるから、彼女はまるで景品のように自分を差し出した。ミーティアはここに残ると言ったけれども、気持ちが先走るばかりで体がついてこれないのだ。そんな彼女の苦悩が、彼の胸をえぐった。

 

 だから鳳はそんな彼女を一日でも早く解放してあげたいと思って、自分が率先してそれをやろうとしたのだが、そんな彼でも初日は便秘になってしまうくらい、それは精神的にキツイ行為だった。彼は彼女のことを想って便器の上で二時間くらいウンウン唸ったが、やっと出たのは鹿の糞みたいにコロコロした粒だった。彼はそれをじっと見ながらまた数分悩んだが、こんなものを塗っても大した面積は稼げないと言い訳して流してしまった。初日はそんな感じで終わった。

 

 翌日は前日のストレスで下痢便になってしまい、勝負は三日目からだった。鳳は、この日、生まれてはじめてうんこを握った。インド人でもない限り、普通に生きていたらそんな体験するはずないのに、なんでこんなことをしているのだろう……? と思いながら、ホカホカのうんこを手に乗せていたら、なんとも言えない気分になった。彼は、手のひらに伝わる温度に、体内温度は肌よりも高いと漠然と考察しながら、それを機械的に壁に向かって放り投げた。ベチャッと壁に当たったうんこはそのまま地面に落っこちて床を汚した。鳳はそれを便器に戻すのが精一杯で、それ以上なにもする気にはなれなかった。

 

 そうしてうんこを壁に投げたはいいものの、その後、隣のラブホ部屋へ帰っていくのが凄く辛かった。ソロソロと部屋に入ると何も知らないミーティアが普段どおりに迎えてくれたが、鳳は自分が(けが)れたもののように思えてきて上手く返事が出来なかった。彼女に近づくのも悪いような気がして、きっと態度にも出ていただろう。

 

 鳳は眠くもないのにベッドの上で寝たふりをして、彼女はカウチの上でどこを見るでもなく壁を見つめていて、気まずい空気が流れて部屋にいても居たたまれなかった。食事は彼女が作ってくれるのだが、キッチンは隣のうんこ部屋にしかないから、それから暫くして彼女は部屋を出ていった。

 

 鳳がベッドの上で、今頃彼女に気づかれてるだろうな……と思ってクヨクヨしていると、さっき出ていったばかりのミーティアがふらっと帰ってきた。こんなに早く食事が作れるわけないからどうしたんだろうと思ったら、彼女は何も言わずに胸に飛び込んできて、

 

「好きスギィ! すきすきすきすきすきんあああーーっっ!!」

 

 そんな野獣のようなセリフを口走ったかと思うと、まるでマーキングする猫のように何度も何度も彼の胸に頭をゴシゴシと押し当ててから、ものすごく熱のこもった潤んだ瞳で見上げながら、めちゃくちゃキスをしてきた。それが今までにないような反応だったから、鳳は少々面食らってしまったが、一度火が点いてしまった感のある彼女は止まらず、彼のことを無理やり押し倒すと自分から服を脱ぎ始め、彼のことを強く求めてきた。

 

 鳳は気分が沈んでいたこともあって、そんな激しく求められたら辛抱なんてしてられるはずもなく、彼女をギュッと抱きしめるとまるで壊れた機械みたいにギュインギュインと腰を振り続けた。ミーティアはまるでスイッチが入ったかのように激しく乱れた。鳳は何をやっても感じてくれるそんな彼女の反応が嬉しくて、壊れるくらい彼女のことを求め続けた。

 

 自分はうんこを投げたのに、滅茶苦茶ばっちいのに、彼女はそんな自分のことを好きだと言ってくれるんだ……そう考えるとめちゃめちゃ愛しくてたまらなくなり、そしてその日はメシも食べずに、二人はそのまま気絶するまでひたすら愛し合うのだった。

 

 彼女がどうしてそんなに求めてきたのかは分からなかったが、翌朝、元気を取り戻した鳳は、自分のやってる行為に対する迷いが綺麗サッパリ無くなってしまっていた。今更、自分は汚れちまったなんてヒロイックに浸ってる場合ではないのだ。どうやってもここから出られないなら、やるしかないではないか。そして一日でも早く彼女を解放してあげるんだ。そんな使命感の方がずっと強くなっていた。

 

 何も食べてなかったから心配したが、お通じも思いのほか快調で、彼はそれをおまるにひり出すと、今回は思い切って手を使って薄く伸ばしてみせた。初めてそれを握りつぶした感触は夢に出てきそうだったが、これなら壁がうんこ塗れになるのも時間の問題だろう。待ってろよアマデウス……その時が来たら絶対にうんこぶつけてやるからな! 彼は鼻息を荒げ、決意を新たにすると、まだまだ真っ白いところだらけの壁を見上げた。

 

 それから先は案外楽だった。

 

 結局の所、うんこが襲いかかってくるわけでもなし、手で掴んで握り潰すという行為を一度でも乗り越えてしまえば、二度も三度も変わらなかった。問題は、食生活によって便の質が変わることと、運動不足はお通じの大敵ということだ。彼はそれから一週間くらいかけて、食事を改善したり運動する時間を作ったりしてコンディションを整えていき、壁に塗りやすいうんこを排泄する体を作り上げていくのであった。

 

 そんなこんなで壁の汚物も順調な広がりを見せていったある日のこと、彼はその日も快便するために、隣のキッチン部屋までエアロバイクに乗りにきた。何しろ二部屋あるとは言え狭い室内のことだから、十分な運動をするには(セックスと)これしかないから日課にしていたのだが、その日は朝から便秘だというミーティアに部屋が占拠されてしまっていて、中々乗りにこれなかったのだ。彼は気分が悪いと言って帰ってきたミーティアと入れ替わりに部屋に入ると、早速とばかりにマシンに乗った。そして数十分間バイクを漕いで、しっかりと汗をかいた後でそれに気づいた。

 

 汗を洗い流そうとガラス張りのユニットバスまでやって来たら、何故かその中央におまるが置かれていた。普段は、使った後にここで洗ったら、また外に出しておくのだが、昨日は忘れてしまったのだろうか……? そんな風に思いながら、それを元の場所に持っていって、彼ははっと目を見開いた。

 

 いつも彼がうんこを塗りたくっている壁の反対側に、小さな黒いシミみたいなものが増えている……それは非常に小さくて、鳳と比べたら微々たるもので、普通の人なら気づかなかったかも知れないが、今やうんこのエキスパートとなった彼にはそれが何なのかはすぐにわかった。

 

 ああ、そうか……あんなに嫌がっていたのに、あれだけ泣いたというのに……宣言通り、彼女はそれを乗り越えたのだ。それを見た瞬間、彼はそれが汚物と言うよりも、何か黄金とかそんな尊いもののように思えてきて、と同時に彼女のことが愛しくてたまらなくなった。

 

 彼女は彼のために、こんなことまでやってくれたのだ。心の底から嫌がってることを、恥も外聞もかなぐり捨てて、彼を思って必死に実行してくれたのだ。女性にしてみれば本当に受け入れがたいことだろう、なのにあの美しくて若くて可愛くてどうしようもなくおっぱいの大きい彼女が、自分のためだけにこんなことまでしてくれたのだ。

 

 それを知った瞬間、鳳のミーティアを想う気持ちが爆発した。

 

「好きスギィ! すきすきすきすきすきんあああーーっっ!!」

 

 鳳が絶叫しながら部屋に入ってきた時、彼女はベッドの中で布団にくるまっていた。無理矢理ガバっとめくると中から泣きはらした彼女が出てきて、その顔を見た瞬間、鳳の脳の理性を司る何かがブチ切れて、殆どタックルみたいに彼女の体に飛び込んでいた。

 

 ミーティアはいきなり好き好き言って抱きついてきた鳳に面食らって、最初のうちはちょっと抵抗したが、なんやかんやですぐに力を抜いて体を開くと、彼のことを受け入れた。鳳が堪らず彼女の唇に吸い付き、彼女が舌を絡めて応戦する。まるでどっちがどれだけ愛しているかを競い合う格闘技のようだった。そのまま興奮してわけがわからなくなった彼らは、ベッドの中で揉み合いながら服を脱ぎ散らかすと、ぶつかり合う獣のように激しく愛し合い、その日は本当に気絶するまでセックスし続けた。

 

 結局、それは吊り橋効果みたいなものだったのだろう。こんな狭い閉鎖空間に閉じ込められて、二人でいけないことをしているという背徳感が、二人を異常なまでに縛り付けていたのだ。だが、言葉にしてしまえば簡単でも、切っ掛けがどうあれそれでも二人が互いを求める気持ちは本物だった。

 

 鳳は、ミーティアの体に触れているだけで、全身にとろけるような快感が走った。自分のために彼女がどんな嫌なことでもやってくれるんだと思うと、どうしようもなく興奮した。例えそれがうんこを手で握る行為だとしても、いや、だからこそ余計に興奮した。嬉しくて仕方なくて、彼女を求める気持ちが溢れて、溺れそうだった。

 

 彼女は彼女で、汚れた自分をこんなに強く求めてくれる彼に完全にまいっていた。普通に考えれば、こんなうんこを素手で握るような女なんて嫌われても当然だろうに、彼は嫌うどころか寧ろガラス細工でも扱うかのように、大事に大事に彼女の全身を愛撫してくれた。それがどうしようもなく彼女の琴線に触れた。

 

 そして二人はマウントを取り合うレスラーみたいに、どちらが上になるかを争ってお互いに相手の気持ちいい部分を攻め続けた。セックスって共同作業なんだなとつくづく思った。自分が気持ちよければいいなんてのはセックスとは呼べないのだ。

 

 もしも倦怠期のカップルがいるなら、うんこを壁に塗るといい。うんこは自分の相手に対する想いを赤裸々に教えてくれる。そして相手の愛を白日の元へと晒してくれるのだ。そこには二人の愛がはっきりとした形となって現れている。それを見て二人の愛を確かめあって欲しい。大家には追い出されるかも知れないが。

 

 そんなこんなで、二人は朝起きて、メシを食い、軽い運動をして汗をかいたら、一緒に風呂に入って、うんこして、そしてひたすらセックスしては気絶するように眠るという、健康的だか不健康だか良くわからない、ただれた生活を続けていた。

 

 そして……何しろ室内に閉じ込められているから、正確な日数は分からなかったが、それが一ヶ月くらい経過した時、ついにそれは訪れたのだった。

 


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