ラストスタリオン   作:水月一人

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神になろうとした男

 ヴィンチ村に到着するなり、レオナルドが病床に臥せっていると聞いた鳳たちは、慌てて彼の館に駆けつけた。最初はラバに乗っていこうとしたのだが、二頭しかいないから全員は乗れず、取り敢えず弟子のルーシーとギヨームを先行させて、残りはそれを追いかけて必死になって走ってる途中で、鳳は空を飛んだ方が速いことに気がつく始末だった。どうもそれくらい慌てていたらしい。

 

 先に行かせたルーシーを追い越し館に降り立つと、後からやって来た彼女に酷い嫌味を言われた。申し訳ないと謝りながら玄関まで歩いて行くと、いつものようにビシッとした執事服を着ていたが、いつもとは違ってやつれた表情のセバスチャンが出迎えてくれた。

 

「皆様、ようこそお越しくださいました。ルーシー……スカーサハ様がお待ちです。皆様にはお疲れのところ申し訳ございませんが、このままご案内してもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。ある程度の事情は村人から聞いてきました。こっちこそ、突然押しかけて申し訳ない」

 

 館に入った一行は、そのまま執事に先導されて、いつもの書斎兼応接室へと通された。本当なら寝室に案内したいところだが、肝心のレオナルドが二ヶ月前に倒れてから一度も目が覚めてない状況らしく、あまり大勢で押しかけるわけにはいかなかったのだ。

 

 そう不安げに語る執事に案内されて応接室へ入ると、部屋の中にはスカーサハが手持ち無沙汰に佇んでおり、その傍らには綺麗な箱に収められたケーリュケイオンが置かれてあった。彼女は鳳たちが入ってくると、いつも通り礼儀正しく会釈をしたが、こちらも執事同様少し疲れた様子だった。

 

「お久しぶりです、勇者。あなたがここに現れたということは、もしかして、魔王化について何か手掛かりを得られたのでしょうか?」

「ええ、おかげさまで、そっちの方は何とかなりそうで……それで預けておいたケーリュケイオンを取りに戻ってきたんですが。なんか大変なことになってるみたいですね」

「そうなんです……実は、大君はその杖を調べていた時に倒れたようでして……それで私たちとしてもどう扱っていいか分からず困っていたのですが」

「こいつが悪さしたんですか?」

 

 鳳が驚いて杖を指差すと、スカーサハは消極的に首肯して、

 

「もしかしたらと言った程度ですが。倒れた大君の傍らに、これが転がっていたのです。だから大君はこの杖を調べていた時、何かを発見したせいでこうなったんじゃないかと思ったのですが……かと言って、そう思ってずっと調べていても、私には何も発見できず……手詰まり状態なのです」

「うーん……」

「鳳くん、ちょっとそれ、借りていいかな?」

 

 二人が杖を前にして難しい顔をしていると、それを背後で聞いていたルーシーが進み出て言った。何がしたいのかと尋ねてみると、

 

「私のアストラル体とカウモーダキーは、アーカーシャを通じて繋がってるんだ。多分、鳳くんとそのケーリュケイオンもそうなってるはずだから、その経路を辿って、何があったのかを探ってみる」

「それで何かわかるのか?」

「多分。ミッシェルさんに言わせれば、アーカーシャにはこの世の全ての情報が刻まれていて、現在過去未来を見通すことが出来るんだ。尤も、遠くに行けば行くほど過去も未来も曖昧になるから、あんまり意味ないそうだけど。でも2ヶ月位なら問題ないでしょう」

「……あなた、いつの間にそんな事が出来るようになったんですか?」

 

 スカーサハが驚いている。

 

「先生に勧められた帝都の迷宮に潜ったんですよ。そこでちょっとあって……本当に、感覚的なものでしかないんだけど……」

 

 ルーシーがそう答えながらケーリュケイオンを握ると、それまで鳳にしか反応しなかった杖がブーンと音を立て、その先端に光の翼を生やしてみせた。それを見ただけで、彼女が何かをしたことは一目瞭然だった。

 

 ルーシーは、まるで瞑想するかのように厳かな表情で目をつぶっている。スカーサハがそんな妹弟子の姿を、息を殺して見守っていると、やがてルーシーは何かに納得したように頷いてから目を開けて、

 

「うん、何も分からない」

「分かんないのかよっ!」

 

 鳳たちが期待して損したとばかりにずっこけてると、彼女は言い訳するかのように、

 

「だから分かるって言っても、本当に感覚的なものでしかないんだよ。私はまだ理に触れただけだから、ミッシェルさんみたいになんでもかんでもってわけにはいかないんだ。でも、おじいちゃんがこれを使ってた時に倒れたってのは本当だと思うよ。ただ、この杖が悪さをしたか? っていうと、そんな感じはしないんだけど……」

「何が何だか分からないな」

「だから分からないって言ってるんじゃん」

 

 ルーシーと鳳がそんなやり取りを続けている時だった。部屋の扉が少し乱暴にノックされ、返事をするなり間髪入れずにメイドのアビゲイルが入ってきた。

 

 彼女は血相を変えた様子で、一瞬、鳳たちが来客であるのも忘れて、部屋の中にズカズカと乗り込んできそうな勢いだったが、ハッと我に返った感じで優雅にお辞儀すると、ほんの少し興奮気味にその場で執事たちに向かって報告した。

 

「スカーサハ様、執事長。お館様がお目覚めになりました」

「は?」

「ですから、たった今、お館様がお目覚めになったのです!」

 

 アビゲイルは焦れったそうに二度同じことを繰り返した。その場にいる者たち全員が、一瞬、わけが分からなくて固まってしまったが、彼らはすぐにその言葉の意味を理解すると、泡を食って部屋を飛び出した。

 

*****************************

 

 レオナルドの寝室に慌てて駆け込んだ鳳たちは驚いた。老人が倒れたと聞いた時も驚いたが、目覚めた彼は、まるで何事もなかったかのように、いつも通りの姿だったのだ。

 

 普通の人間は、二ヶ月も寝たきりになったら、体がやせ衰えて殆ど動けなくなるだろう。この世界の医療体制じゃ生きていること自体が奇跡みたいなものなのに、それどころか老人は今にもベッドから下りてきそうなくらい、いつも通りピンピンしていたのだ。

 

 その姿を見て、弟子のルーシーやスカーサハ、執事たちは喜びの涙を流していたが、鳳たちの方は正直戸惑いを隠せずにいた。そんな彼らの様子に気づいたレオナルドは、一体どうしたのかと彼らに尋ねたのだが、

 

「なに!? 儂は二ヶ月も眠っていたじゃと……? 馬鹿を申すでない。そんなに眠っていて無事な人間などあるものか。お主、儂を謀っておるのじゃろう?」

「いや、信じられないのは分かるけど、本当なんだよ。俺が信じられないなら、そこのお弟子さんなり執事さんにも聞いてくれ」

「……本当なのか?」

「はい、旦那様」

 

 忠誠心の固まりみたいな執事のセバスチャンが追認すると、流石のレオナルドも嘘ではないとわかったようで、

 

「信じられぬ……儂は昨日普通に寝て、今日の朝起きたくらいの感覚でしかないのじゃぞ? 最後に何をしておったかもちゃんと覚えておる。確か……お主の杖を調べながら、ウトウトしてきて少し目をつぶっていたはずじゃ」

 

 それは彼が倒れていた状況に合致している。つまり、彼はその時、本当に仮眠を取るつもりで少し目をつぶり……そして二ヶ月も目覚めなかったのだ。それだけではなく、目覚めた彼の体は全く衰えておらず、眠る前の状態のままだった。

 

 きっと本人からしてみればタイムスリップでもしたような気分だろう。老人は自分に起きた出来事が信じられないと言って、呆然と自分の体を調べていたが……しかし鳳たち、ネウロイの迷宮に行った者たちはみんな、何となくその理由がわかるような気がした。

 

 アマデウスは言っていた。この世界はレオナルドの迷宮の中なのだ。つまり、今の彼はミッシェルみたいな精神体であり、その肉体は殆ど見せかけだけのものに過ぎない。だから彼は人間でありながら300年も生きられたのだ。

 

 だが、それを本人に告げるのは酷ではないかと、鳳たちは躊躇した。レオナルドは、この世界を救う代償に記憶を失くし、今の自分が人間では無くなっていることを知らないのだ。それに彼が自分が何者かを知った瞬間、この迷宮(せかい)がどうなるのかも不安だった。

 

 しかし、そんな彼らの不安に察しのいい老人が気づかないわけもなく、

 

「ふむ……お主らのその顔は、何か知っておるな? 儂には話せないことなのか?」

「それは……」

「ところで、鳳よ。お主、いつ帰ってきたのじゃ? ギヨームから聞いた話では、大分追い詰められておった様子じゃが、もう、魔王化の影響は大丈夫なのか?」

「あ、ああ、おかげさまで何とかなりそうなんだ。それで、その報告も兼ねて今日こっちに戻ってきたんだけど……そしたら爺さんが倒れたって聞いたから、慌てて飛んできたんだよ」

「ほう……今日とな。それはまた、えらくタイミングがよく儂は目覚めたようじゃのう……これが偶然とはよもや思うまい。何かおかしな事態が起きつつあるのやも知れぬぞ。どうじゃ、話してみる気はないか?」

「うーん……」

 

 確かにその通りかも知れない。結局のところ、彼抜きで高次元世界の話をしたところで得るものは何もないだろう。ここは思い切って話したほうが良いのではないか。

 

 鳳はそう思ってルーシーに目配せした。決めるのは鳳ではなく、弟子の彼女だと思ったのだが……彼女は彼女で姉弟子にどうしようかと目配せし、まだ事情を知らないスカーサハが怪訝な表情で首を傾げているのを見ると、結局困った感じに涙目で鳳に視線を返してきた。

 

 彼は言いづらそうに首筋を爪で引っ掻きながら、

 

「実は……魔王化を阻止する方法を探すために、俺たちはネウロイに行って、アマデウスの迷宮を発見したんだけど……」

「ほほう! アマデウスとは、また懐かしい。あやつは元気にしておったか? いや、迷宮に元気もなにもないな。して、奴は何を遺しておった? お主は迷宮で何を見つけたんじゃ?」

 

 老人は興味津々身を乗り出してくる。その楽しげな様子に、鳳はもはや隠し事は出来まいと覚悟すると、アマデウスに聞かされたこの世界の真実について、その場にいる人々に語って聞かせた。

 

 この世界はレオナルドの作った迷宮の中にある。

 

 その真実を告げた時、普段は冷静沈着なメイド長のアビゲイルがぺたんとその場で腰を抜かしてしまった。彼女はもちろん主人のことを尊敬していたが、あまりにも事が大きすぎて心が追いついてこれなかったのだろう。そんな彼女のことを、執事とアリスが介抱するように両脇を抱えている。

 

 そんなメイド長を抱えている執事の顔も強張っていた。スカーサハの顔色も優れず、彼女は亡霊みたいに真っ白な顔をして、表情を失くしているようだった。

 

 だが、そんな中、張本人であるレオナルドはと言えば、彼は自分が何者であるかを知ったことで逆にすっきりしたようで、寧ろ生き生きとした表情になって興味深そうに鳳の話を聞いていた。そして、全ての話を聞き終えるや否や、はあ~……っと長い溜息を漏らして、

 

「ははあ……なるほどのう。儂は今まで、どうしてこんなに記憶が曖昧なのかと悩んでおったが、それは魔王化の影響などではなくて、儂自身が選んだ選択だったのじゃな」

「……爺さん、驚かないんだな」

「驚く? どうして儂が。お主も知っておるじゃろう? 儂は神になろうとしておったのじゃぞ。その儂が、ついに世界を創造したと聞いて、何を驚くことがあろうか」

 

 老人は当たり前のように言い放った。その自信満々な姿には、驚きを通り越して呆れて来るくらいだった。老人は喜々として続けて、

 

「しかし、そうか……なるほど。お陰で儂がどうして体調を崩したのかも分かったぞ。恐らく、それは儂が作ったこの惑星が、元の世界に戻ろうとしておるのが原因じゃろう」

「戻ろうとしてる……? それは本当か!?」

 

 確かアマデウスもこの世界は永遠ではないと言っていたが、それがこんなに早く訪れてしまうとは……世界が元通りになってしまったら、レオナルドはどうなってしまうのだろう? 鳳がそんな不安を抱いているにも関わらず、老人は自分のことなどどうでもいいと言った感じに、ひたすら感心した素振りで、

 

「世界が元に戻るのは必然なのじゃ。恐らく儂はある瞬間、この世界の元となる惑星をそっくりそのままコピーして、そこに住人を移し替えたわけじゃが……そうするには二つの惑星が、同じ時間、同じ場所に無くてはならないじゃろう? しかし、排他律によって物質(フェルミオン)は同一空間に留まることは出来ない。故に、儂の創造したこの世界は、誕生した刹那、元の世界の空間軸から離れなければならなかった。つまり、三次元軸に沿って回転したんじゃな」

「……どういうことだ?」

「もの凄くざっくりと説明するぞ? 例えば、一次元の線分の中を移動する点同士はすれ違うことが出来ない。右からくる点と左からくる点は、どこかで正面衝突してそれ以上進めなくなる。これをすれ違えるようにするにはどうすればよいか? 線を二次元方向に拡張して平面にしてしまえば良い。平面の上であれば、点はいくらでもすれ違える。

 

 同じように、平面上にある直線……これは無限の長さを持つ真の直線じゃぞ? この直線同士も平面上ですれ違うことは出来ない。それをしたいなら、今度は三次元方向に空間を拡張しなければならない。

 

 ところで、1次元空間を2次元空間に拡張するとはどういうことか。原点Oから少し離れた場所にある点を、原点を中心に回転させれば円が出来る。つまり平面じゃな。その円が今度はXY平面上にあるとして、例えばY軸を回転させるとそれはドーナツになる。原点上なら球じゃな。

 

 もう分かるな? とある衝突しようとする3次元の物体同士を、ぶつからないようにするには、今度は三次元の座標軸にそって回転させればよい。四次元空間を絵にすることは出来ぬから分かりにくいかも知れんが、要するに儂はそういうことをやったというだけの話じゃ。

 

 そして回転しておるからそれは必ず元の場所に戻ってくる。恐らく、この世界は300年掛けて元の位置に戻ろうとしておるのじゃ。そしてその時、儂は無機質な迷宮に戻るのじゃろう……」

 

 老人には自分の行く末が見えているのか、ほんの少し遠い目をしている。消えると簡単に言っているが、それは死ぬのと何が違うのだろうか。鳳がモヤモヤしたものを抱えていると、同じく不安に思ったルーシーが、

 

「おじいちゃん、死んじゃ嫌だよ。まだ何も教えてもらってないのに……一度弟子にしたのなら、最後までちゃんと責任とってよ」

「いや、お主いつも逃げ出しておったくせに何を言うか。それに儂は別に死ぬわけではない。ただ、元の迷宮に戻るというだけの話じゃ。儂のクオリアは不滅じゃから、恐らくこの世界がもとに戻ったら、どこかにひょっこり儂の迷宮も出現するじゃろうて。そうしたら二人とも、また遊びに来ておくれ」

「はい、大君。必ず……」

 

 スカーサハは目に薄っすらと涙を浮かべて師匠に誓った。しかし、鳳はそんな師弟の感動的な光景に割り込むように、

 

「ちょっと待て爺さん。潔いのは結構だが、本当にまだ消えられちゃ困るんだ。さっきも説明した通り、この世界は高次元の神からの攻撃に晒されている。恐らく、爺さんの迷宮が元に戻ったら、また上から魔王化情報が送られてくるはずだ」

「ふむ。それならまた儂の迷宮を使って同じように回避してはどうか?」

「いや、それは無理だよ。爺さんは300年前、そうすることによって力の大半を失った。カウモーダキーという触媒を使ってもそれだ、今度はどうなるかわからない。それに、仮に爺さんの命を削ってそうしたとしても……また300年くらい経ったら世界は元に戻っちまうだろう? それじゃ元の木阿弥じゃないか」

「ふむぅ……そうじゃのう。しかし、儂にはどうすることも出来ぬぞ。もしかすると、300年前の格好いい儂じゃったらどうにかなったかも知れぬが」

 

 もし出来るなら、そっちの方にも会ってみたいと思うが……鳳がそんなことを考えていると、老人は続けて、

 

「お主、アマデウスに会ったのじゃろう? 奴は何か言っておらなんだか」

「ん……そうだった。アマデウスは、恐らく魔王化情報が送られてきた際、核にされるであろう俺がそれを回避できるように、オルフェウスの竪琴を授けてくれた。これを使えば、高次元からの攻撃は何でも防げるらしい。でも、仮に俺が魔王にならなくても、別の誰かがなってしまえば、俺たちはこれを倒さなければならない。だが、魔王を倒してしまえば、今度は神の刈り取りが始まるんだ……」

「厄介じゃのう。それも、オルフェウスの竪琴を使えば、お主らだけは助かるかも知れぬが、人々がいなくなった世界に残ったところで意味はなかろう。いや、そもそも、神が欲しておるのは魔王を倒した情報であるなら、お主らが存在する限り刈り取りは終わらぬのか……となると、もはや神を倒すくらいしか方法はないのではないか?」

 

 鳳は、神を倒すという言葉にハッとして、

 

「そうだ……アマデウスは神に挑むって言っていた。そのために、悪魔と契約したんだって」

「悪魔じゃと……?」

「ああ。300年前、残った勇者パーティーの二人は、再び起こるであろう神の刈り取りに対抗する方法を探していた。そんな時、悪魔がやってきて、彼らに力を貸してくれたと言ってたんだ。そして恐らく、そいつらは俺にも接触してくるんじゃないかと……」

「くくく……はははは……わっはっはっは!!」

 

 その時、鳳が言葉を言い終わるよりも前に、突然、レオナルドが腹を抱えて笑い声をあげた。そのけたたましい声は本当に愉快そうで、腹が立つより寧ろ呆気にとられ、鳳が何がそんなにおかしいのかと尋ねてみると、

 

「なるほど……なるほど……そう繋がるわけじゃな。鳳、お主も知っておろうが」

「……なにが?」

「悪魔とは堕天使のことじゃ。羽の生えた人間のことじゃな。ところで、ギヨームはどうした? お主ら、一緒ではなかったのか?」

「え……? そう言えば、あいつ、いつの間に居なくなったんだ?」

 

 鳳はその時ようやく気がついた。ギヨームとはこの村に来て、確か館に向かうときまでは一緒だったはず

だ。だが、最初に応接室に通された時にはもういなかった。彼はルーシーと一緒にラバに乗ってきたはずだから、どうしたのかと尋ねてみれば、

 

「ギヨーム君なら、ラバを預けてくるって言って厩舎に向かったよ。それから戻ってきてないけど……いくらなんでも遅すぎだね」

 

 そして鳳たちが首を傾げている時だった。コンコンと控えめに扉がノックされる音が聞こえて、ようやくショックから回復したアビゲイルが、制止する執事に代わって大丈夫だからと扉を開いた。

 

 するとそこには彼らとはまた別の使用人が立っていて、何しろ状況や集まっている面子が面子だけに、少々気後れするような小さな声で、

 

「あの……このような時に大変申し訳ございません。実は、先程からギヨーム様の友人を名乗る方がお屋敷に尋ねておいでで、お館様に会わせろとおっしゃってまして……そこへギヨーム様もいらして、今は無理ですと断っていたのですが、いいからお館様に伝えろの一点張りで……」

「左様か。通せ」

「へ……よろしいので?」

 

 使用人は、思いがけずベッドの上の主人から声がかかったことに驚いて目を丸くしていた。老人がそんな使用人に向かって二度は言わないと言った感じに手を振ると、彼はお辞儀をしてから慌てて去っていった。

 

「では、会うとしようかのう、その悪魔とやらに」

 

 老人はそんな使用人の背中を見送りながら、愉快そうに笑っていた。

 


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