高度に発達した科学は、ついにDAVIDシステムを生み出した。しかし人類は、その後に訪れたリュカオン、ラシャと続く新人類との戦いにより疲弊しきっていた。
科学文明がこのまま突き進めば、人類は生物としての進化から逸脱し、生物ですらない、よくわからないものになってしまうかも知れない。そう言う自然派の言葉にも一理はあり、超人たちはとうとうラシャとの対決を諦めてしまった。
かくいうラシャも生物の進化とはかけ離れた存在である。彼らは自らの怒りによっていつか自滅するだろう。そうなってから地上に戻り、今度こそより良い社会を構築すればいいではないか。そうして超人たちは地上をラシャに明け渡し、地球の軌道上に衛星を作って量子状態で引きこもってしまった。
しかし、そんな中で危機感を抱く者たちも居た。確かにラシャは今後滅亡する可能性が高いだろう。だが物事に絶対は無い。彼らがこのまま発展する未来は本当に無いのか。その時、自分たちの生命が脅かされる危険は? 人類の歴史はどうなってしまうのか?
そんな未来を恐れた有志たちは、ある時、せめて自分たちが生きていた証を残そうとして、宇宙船にあらゆる遺伝子情報や文化的遺産を乗せて、宇宙のあらゆる方向に向けて飛ばすという、播種船プロジェクトを実行した。
人類の歴史の全てを詰め込んだ播種船は、もしも旅の途中で訪れた星系に、人間が生きていくのに必要な条件を満たした惑星を見つけたら、そこへ降り立ちテラフォーミングする。そして失われた地球文明をまた構築するのだ。
こうして当て所もない旅に出た播種船は宇宙のあちこちに散らばっていき、数千万年後、そのうちの一隻がついに人類が居住可能な惑星を発見した。
播種船の管理AIエミリアはこの惑星をアナザーヘブンと名付けて着陸することにした。エミリアは大昔の人間の人格を備えたAIで、量子化した肉体の遺伝子情報も船には搭載されていたので、彼女は受肉し地上に降り立った。
持って回った言い方はやめよう。
もちろん、彼女は鳳白の幼馴染であるエミリア・グランチェスターの人格だった。ただ、彼女は真の意味では人間とは呼べず、コンピュータの頭脳と、超人の肉体を持っているハイブリッドな人類だったのだ。
彼女は幼い頃に不幸な事故によって死んだ人間だったが、後にDAVIDシステムを作り出した鳳グループの総帥、鳳白によって復活させられたのだ。しかし死者の遺伝情報から作られた肉体は、彼女が死んだ時の記憶をも蘇らせてしまい、復活した彼女の精神は非常に不安定だった。彼女はずっと錯乱状態で、意思疎通も不可能であり、見ている方が辛いくらいだった。
自分のエゴで幼馴染をまた不幸な目に遭わせてしまった鳳は、その事実に打ちのめされ、それから間もなくして失意のままこの世を去った。残された彼女は鳳の遺産によって生かされていたのだが……時が流れ、奇跡的に正気を取り戻した時、彼女は自分を復活させた幼馴染が既にこの世から居なくなっているのを知るのだった。
オンラインゲームをしていた時の人格をベースに復活したエミリアは、超人となり不老不死の体を手に入れた後も、自分の人格をコンピュータ上にも持っていた。簡単に言えば、超人と違って、彼女は思考の全てをDAVIDシステムと同等の汎用AIに任せていたのだ。
そんな彼女は播種船の船長にはうってつけで、彼女自身もラシャとなった人類に嫌気が差していたこともあり、この計画に賛同するのは当然の成り行きだった。彼女は宇宙のあらゆる方向に突き進む播種船を管理しながら、気ままな旅を続けていた。
だが、そうしてようやく辿り着いた惑星アナザーヘブンに移住をしようとした矢先、彼女はとんでもない事実に遭遇してしまった。
なんとこの惑星には、既に人類と同等の知能を持つ知的生命体が存在したのだ。
それは二足歩行する類人猿で、どこからどう見てもホモサピエンスに間違いなかった。しかし、そんなことは絶対にありえないはずだ。この広い宇宙には、それこそ無限に惑星があるだろう。故に、そこに知的生命体がいる可能性はゼロではない。だが、数千万年かけてやってきた地球とはまったく縁もゆかりもない別の惑星に、地球と同じ進化を辿った知的生命体が生まれるなんて、何の冗談だろうか?
彼女はこんなことが起きるはずがないと確信していたが、とは言え事実は事実である。何故こんなことになっているのか理由は分からないが、そこに先住民が住んでいたことは受け入れるしかない。
とにかく彼女には二つの選択肢が出来た。この惑星を捨ててまた別の惑星を探して宇宙を旅するか、それともこの惑星で彼らと共存するか。数千万年を旅してきた彼女の答えは最初から決まっているようなものだった。
こうして彼女は惑星に降り立ち、最初の神人として人類の上に君臨し、そこに彼女の帝国を作り上げていった。まだ農耕を始めたばかりの人類は脆弱であったが、彼女の指導の下に集まり、人間社会は急速に発展していった。
とは言え、それはせいぜい石器時代から鉄器時代へ進んだ程度の変化でしかなく、そこまで急激な進化を彼女は望まなかった。自分は力を貸す程度で、この惑星の行く末は先住民の人たちが決めればいいと、彼女はそう思っていた。だから車輪の技術を教えたら、もう野生動物に怯えることもないだろうから、後は緩やかに進化していけばいいと考えていた。
ところが、そんな彼女の考えはすぐに改めねばならなくなった。彼女が急激な進化を望まなくても、人類の方がそう言うわけにはいかなくなったのだ。何故なら、この原始文明しか持たないはずのその惑星に、リュカオンやラシャが現れたのだ。
彼らは脆弱な人類を発見すると、容赦なく襲いかかってきた。当然、まだ原始国家を作り上げた程度の人類では成すすべがない。
どうして、こんなことが起きてしまったのか? 彼女の持ち込んだ播種船のデータベースに、何か仕掛けられてでもいたのだろうか? 彼女は何度も何度も確認したが、そんなものは何も発見出来なかった。
とにかく、分かっていることは、リュカオンやラシャ……魔族を退けねば、この惑星の人類は滅びてしまうということだけだった。仮に自分が持ち込んだ物でなかったとしても、今更この人たちを見捨てることなんて出来ない。
こうして魔族を撃退することを決めたエミリアは、播種船に搭載してきたあらゆる知恵を駆使して魔族と戦い始めた。自分以外の神人を復活させ、現代の兵器を作り出し、戦車や飛行機、果ては気化爆弾やドローンまで使用して、ついに魔王とも呼べるような強大な魔族すらも打ち破った。
だがその時だった。彼女の作り上げた帝国が、強大な魔王を倒した時、彼女の臣民となった神人達が次々と謎の失踪を遂げ始めた。帝国は機能を失い、残された人々は魔族の残党に襲われて散り散りとなり、そしてエミリアもまた謎の力によってその存在が脅かされた。
神による、刈り取りが始まったのだ。
「播種船が辿り着いた惑星アナザーヘブンの住人は、実はイマジナリーエンジンによって神に知恵を授けられた人類だったのです。先に説明した通り、ゴスペルはその内に生成した宇宙に誕生した生命に知恵を授け、進化を促進します。そしてその文明が十分に発達した時、魔王化情報を送って対決させ、刈り取る。
アナザーヘブンはまだ生まれたての文明でしたが、たまたまそこに播種船が辿り着いてしまったことで、見かけ上は高度な文明が誕生したように見えてしまっていたのです。そのせいで、勘違いしたイマジナリーエンジンが魔王化情報を送り始めてしまい、そこに魔族がいなかったから、未開の地にいた人類が無理矢理リュカオンやラシャにされ、動物たちは魔物になってしまったのです。そのバグの影響が、今でも残っているのです。
ともあれ、自身もAIであり、数千万年の時を経てDAVIDシステムと同等以上の能力を持っていたエミリアは、すぐに自分が高次元存在に消されつつあることに気が付きました。高次元世界は例え神であっても触れることが出来ません。突然のことに回避することは困難と判断した彼女は、仕方なくそれを甘んじて受け入れることにしました。
ただ、問題は播種船の管理者でもある彼女が消されたら、地球の播種船プロジェクトは全てがおじゃんです。彼女には人類の歴史を残すという目的があり、ここで高次元からの理不尽な攻撃に、何もしないまま屈するわけにはいきませんでした。人類が生きてきた証を、彼女はなんとしても残さねばならなかった。
そこで彼女は自分の乗ってきた船の全ての機能とあらゆる生物の遺伝子情報を『神の揺り籠』に移し、その管理者として自分の分身ソフィアを作りました。彼女がいれば刈り取りが行われても、最悪、人類は再生することが出来ます。
そして更に、またこの世界に魔王が現れても対抗出来るよう、不死鳥のように何度でも蘇る救世主を作りました。それがあなたです」
カナンによると、これがこの世界の成り立ちだそうである。鳳はそれを聞いて、道理で自分は死んでも死んでも蘇ったわけだと納得した。彼は最初は無能だったけれど、死んでも何度でも蘇り、蘇る度に強くなって、そしてついには魔王を凌駕する力を手に入れたのだ。今となってはその力を持て余して、他人に配り歩く始末である。
魔王化の影響が出始めた時は、どうして自分にばかりこんな意味不明で強大な力が備わっているのかと、ずっと悩んでいたわけだが、どうやらそれはエミリアによって仕組まれていたものだったらしい。
「それじゃあ、俺は最初っから、魔王と対決するために、この世界に呼び出されたというか、復活させられたんですか?」
「そうです。ソフィアさんからも言われたでしょうが、彼女にとって救世主のイメージはあなたなのです。気の毒とは思いますが……」
「自分のまいた種ですから、今は仕方ないと思ってます……ところで、ソフィアが1000年前にこの地で目覚めた時、既に魔族が存在していたのは?」
「神は魔王を倒した
「なるほど……そして300年前、今度はこの惑星の人たちを消そうとして、また刈り取りが行われたんですね」
「そうですね。そう考えるのが妥当なんですが……しかし、それは有り得ないのです」
どういうことだろう? 300年前の刈り取りは現に行われたことだった。そのせいでレオナルドはとんでもないことになってるわけだし、鳳なんかは一度消えてしまったのだ。
カナンはもちろん、それは大前提として認めながらも、
「もう一度、刈り取りが起きる条件を思い出してください。まず第一に、ここより高次元の世界に魔王が現れます。ゴスペルを持った使用者は、その魔王と戦うべく、イマジナリーエンジン内に無数の低次元宇宙を作り、そこで人類の歴史をシミュレートさせます。そしてその文明が高度な社会を築き上げた時、魔王の情報を送って戦わせ、刈り取りが始まります。
肝心なのは、途中の歴史をシミュレートさせる段階です。ゴスペルは、自分の社会とそっくりな社会を作ろうとするわけですから、歴史を繰り返させるのは一つの宇宙に一つの文明でいいわけです。低次元宇宙は無限に存在するのですから、一つの宇宙に複数の社会を誕生させるよりは、そうした方がずっと効率がいい。どの宇宙も同じやり方で済むわけですからね。
実際、私はゴスペルを管理していた側でしたから、はっきりそうだと申し上げることが出来ます。少なくとも、私の知る高次元世界のゴスペルはみんなそうなっていた。
ところが、先程の話からすると、私たちが今いるこの宇宙には、複数の文明が存在していたわけです。エミリアさんがやってきた地球と、この惑星と……これはどうしてなんでしょうか?
また、私が先程説明した通り、本来であれば刈り取りが行われた宇宙は消滅するはずなのです。一つの宇宙に一つの文明しかなければ、その文明の情報がごっそりと失われた宇宙は脆弱となり崩壊が始まるはずなんです。ゴスペルの作り出す宇宙は、本来ならシミュレート世界でしかないのですから、情報密度はそれで十分なのです。ところがこの世界は残っている……私は高次元世界でゴスペルの管理をしていた時、この事態に直面しました。
故障するはずのないゴスペルが故障し、何が起きたのかと調査していた時でした。原因を突き止めた私は驚きました。本来なら消滅するはずの刈り取りが行われた宇宙が残っていたのです。そのせいでゴスペルは、簡単に言えばオーバーフローを起こした状態でした。
私はこれを、単なるバグとして訂正することも可能でした。しかし、神の作った完璧な兵器が故障するなんて、本来なら有り得ないはずだ。不安を覚えた私は、このことを神には報告せずに、もう少し調べてみようと考えました。その頃の私が、世界の仕組みに疑念を抱いていたのもありました。
ともあれ、私はどうしてこんなことが起きたのだろうかと一生懸命に考えました。そうして出した答えは、このようなことがあるとするなら、それは同一宇宙、同一時間、同一空間で同一の現象が起きた場合しか考えられないという結論でした。何を言ってるか分かりにくいでしょうが、つまり、実は我々の世界は、同一進行する同一世界がいくつも折り重なって存在しているのではないかと考えたのです。
そんなことがあり得るのか? 私はゴスペルを手にしながら自問自答しました。
今、この中には自分たちと同じ歴史を辿る世界が存在する。その社会が高度に発達した時、魔王化情報が送られるはずだが、もしかしたら例外的にそうならず無視される世界も存在するのではないか? 何しろ宇宙は無限にあるのだから。
そして、もしもそうなら、その社会はいずれラシャと対決し、ゴスペルを作り出すことになる。そのゴスペルのイマジナリーエンジン内には、またその世界よりも低次元な宇宙が作られて……こうして入れ子構造のように次々と低次元世界が作られていく。
その終わりはどこか?
そう考えた時、私は自分の世界に絶えず溢れてくる第5粒子エネルギーのことが気になりました。この出所不明のエネルギーは一体どこからやってくるのか? そして宇宙が崩壊した後に、ゴスペル内に漂っている残り火のようなエネルギーはどこへ行くのか……
もしかして、この入れ子構造は、自分たちの世界に繋がっているのではないか? もしもそうなら、この世界は永劫回帰を繰り返し、いずれ第5粒子エネルギーの海に沈んで消えてしまうのではないか……? そう考えた私はついに居ても立ってもいられなくなり、神にこのことを報告することにしました。
そして神は、そんな私のことをバグと判断し、追放したのです……」