ラストスタリオン   作:水月一人

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そして魔王が現れる

 鳳は決心した。高次元世界へ行って神の間違いを正そう。正直に言ってここまで大それたことを真面目に考えている自分に呆れもするが、思えば魔王化の影響が始まって以降、いや、それ以前からずっと好き勝手やられてきたのだ。ここらで反撃しておかなければおかしいだろう。鳳はそう自分に言い聞かせると、高揚してくる気分を落ち着けるようにカナンに確認した。

 

「ところで、さっきの話からすると、高次元世界へ行けるのは俺やギヨームのような放浪者(バガボンド)だけですね?」

「え? 私達は行けないの?」

 

 鳳の言葉にルーシーが先に反応した。黙って話を聞いていた彼女は、当然の如く一緒に来るつもりだったようだ。寧ろ、先程の話を聞いていたら辞退したがるのが普通だろうに、普段はすぐ逃げたがるくせに、こういう冒険には乗り気なのは何でなのだろうか。

 

 カナンは鳳にではなく、そんなルーシーに説明するように、

 

「高次元世界へ行くには、一つはアーカーシャにある我々の情報と、もう一つは高次元世界での肉体が必要なんです。アーカーシャから切り離されただけの情報は、ただのエネルギーですから、それを高次元世界の精神世界と結びつけるための触媒みたいなものが必要で、それが私たち自身のDNAから作り出された仮の体ってことですね」

「その何とかってのが上の世界には存在しないの?」

「はい。二つの世界は鳳さんが生きていた21世紀までは、ほぼ同じ歴史を辿っているのですが、そこから先が違うんです。だから当然、あっちの世界であなたは生まれていませんし、ましてや、ここは地球とは随分離れた別の惑星ですからね。あなたのDNAは宇宙のどこを探しても見つかりませんよ」

「うーん、そこはかとなく、全否定されてるような気分だ」

「例えば、こっちからルーシーのDNA情報を送って、あっちで肉体を用意してもらうことは出来ないんですか?」

 

 鳳がそんな質問すると、カナンは根気よく同じ事を説明するように、

 

「それが出来たら、神は刈り取りを行う必要がないでしょう。高次元から低次元宇宙への介入は可能ですが、個人の特定のような細かな作業までは出来ないから、神は根こそぎ奪おうとするのです」

「ふーむ……じゃあ、例えば、俺がルーシーのDNAを全部暗記してからあっちに行って、その情報を元に彼女の仮の肉体を作るのは?」

「可能でしょうが……まさか、あなたはそんなこと出来るんですか?」

「無理ですね」

 

 カナンはガクッとずっこけている。鳳は苦笑いしながら続けて、

 

「機械の持ち込みが出来れば良いんですけどね。そういえば、ケーリュケイオンは持ってけるんでしょうか? これが無くなっちゃうと、戦力半減しちゃうんですけど。いや、もっとかな……」

「それならば、あちらにその杖と同等の物が既に存在しているはずです。元々、それは高次元世界の精霊ヘルメスの所有物……ヘルメスはそれをあなたに託すために、こちらに送ったわけです。ですが……そうか……」

 

 カナンは話をしている内に何かに気づいた感じに少々黙考してから、

 

「……あなたがあちらでケーリュケイオンを手に入れれば、この世界の物を持ち出せるかも知れません。元々、ケーリュケイオンは別宇宙のゴスペルですから、そのイマジナリーエンジン内の宇宙はこことは切り離されているはずです。ならば、高次元世界へ行っても、二つは繋がっている可能性があります」

「え、本当に? じゃあ、もしかして、杖の中にルーシーや他のみんなを閉じ込めておいてから、あっちに行って解放すれば、体を用意する必要もないのでは?」

「かも知れませんが、いつ杖が手に入るかわかりませんからね……杖から出した時、中の人が餓死していては元も子もないでしょう。せいぜい髪の毛とか、そういうDNAを抽出できる物質を入れておくのが無難だと思います」

「そっか、ならそうしておきます。それからもう一つ聞いておきたいんですけど」

「なんでしょうか?」

 

 鳳は首を傾げているカナンに、それまでで一番気にしていた懸念を伝えた。

 

「俺はエミリアのお陰で、こっちの世界では確かに強い力を持ってます。でも高次元世界に行ったらP99は無いから、結局また無能に逆戻りしてしまうんじゃないですか? あなた方は、俺に神に対抗する力があるって言いますが、俺にはちょっとそれが信じられないんですよ」

「ああ、なるほど。それは説明不足でしたね。P99ならあるんですよ」

「えっ、あるんですか?!」

 

 カナンは驚いている鳳に向かって厳かに頷いて、

 

「レジスタンスを組織したカインは、軌道上で大昔の衛星を発見し、そこで播種船プロジェクトの元になるデータベースを手に入れたんです。これが後にP99になるコンピュータで、後はこのオペレーターであるエミリアがいれば問題ないのですが……そのエミリアにはソフィアという分身がいて、更にはエミリアのDNAも高次元世界には存在します。P99が稼働する条件は、すべて揃ってるんですね」

「なら、ソフィアを連れていけばいいんですか? でも、あいつは思ったよりもポンコツで、自分は何も知らないって言ってましたが……」

「彼女自身は、そう思ってるようですね。ですが、彼女を作ったエミリアは伊達じゃありません。あなたが何度でも復活して無限の力を手に入れるように、彼女もP99が失われた時のバックアップとして機能するようになってるはずです」

「そうだったのか……じゃあ、俺たちはあっちの世界に行っても、今と同じ能力が使えるんですね?」

「はい。ついでに言えば、神人の古代呪文も、プロトコルは殆ど変わっていません。元はと言えば対リュカオンのために作られた技術ですからね。仮にP99が無くても、ジャンヌさんの神技や、あなたの魔法は問題なく使えるはずです。ギヨームさんのクオリアは言わずもがなですね」

 

 鳳はこれで胸のつかえが取れたとばかりに、ホッとため息を吐いた。いくら彼だって、いきなり神と対決しろと言われて全く不安が無いわけはないのだ。もちろん、これで何もかも上手くいくと楽観も出来ないが、この世界に来た当初みたいに、何もないよりはよほど上等だろう。

 

 ともあれ、これで高次元世界へ行った後での大まかな流れはつかめた。まずはあっちの世界にも体がある、鳳とギヨーム、ソフィアとジャンヌで橋頭堡を築いて、あわよくばケーリュケイオンを回収し、ルーシーやマニ、サムソンを呼ぶ。カナンたちも力を貸してくれるわけだし、これだけ戦力が整っていれば、神が相手でもなんとかなるような気がしてきた。

 

「それじゃあ、これから帝都に行って、皇帝やメアリーにも会わなきゃですね。真祖を連れていくって言ったら帝国は嫌がるかも知れませんが」

「はい。事情が事情ですから、理解していただけると思っています……鳳さんからも口添えしていただけると助かります。後は、魔王を呼び出すため、いつこの迷宮を元の世界に戻すかですが……レオナルド様」

 

 カナンが体面に座るレオナルドに視線を戻すと、老人は弟子の二人に寄り添われ、ソファの上でこっくりこっくりと船を漕いでいた。まさか、また意識不明になってしまったのかと焦ったが、

 

「……ふむ。すまぬ。眠気が酷くてのう……少し意識が飛んでいたようじゃわい」

「いえ、こちらこそ、レオナルド様が病み上がりだと言うことを忘れて、長々と申し訳ございません」

「実は途中から話が耳からこぼれておった。大方の事情は理解したつもりじゃが、悪いがまた明日にでも話を聞かせて貰えるかのう?」

「ええ、あなたさえよろしければ、是非。こちらはお願いする身ですので」

「左様か。ならばそうしてくだされ。なんだか今日は調子が悪くて、すまんのう……セバス! お客人を客間に案内してくれ。それから、儂には寝床の用意を」

「畏まりました」

 

 部屋の隅に亡霊のように立っていたセバスチャンが恭しく礼をしている。それで安心したのか、レオナルドが寝息のような呼吸をしはじめたので、弟子の二人がそんな彼を担ぐようにして部屋から連れ出していった。

 

 この様子では、今日はもう話にならないだろう。鳳たちは目配せし合うと、お開きとばかりに、それぞれの部屋に案内されていった。

 

*********************************

 

 レオナルドが寝てしまったので、また後日ということになったが……とりあえず今までに決まったことはミーティア達に話さないわけにはいかない。鳳は応接室を出ると、そのまま真っすぐ彼女らの待つ食堂へと向かった。

 

 食堂に着くとそこに使用人が居るというのに、アリスがすっ飛んできて鳳のために椅子を引いてくれた。そんなことしなくていいよと断ってから、そのアリスをミーティアの隣に座らせて、鳳は彼女らの対面に座った。

 

 隣に座らず、わざわざそんなことをするのだから、きっと何か話があるのだろう。それと察したミーティアがケーキを食べていたフォークをお皿に戻すと、鳳は使用人が紅茶をいれてくれるのを待ってから、話を切り出した。

 

「それでは、今度は別世界にまで行こうって言うんですか?」

 

 鳳がカナンとの話を掻い摘んで説明すると、ミーティアは世界の仕組みなんて理解が追いつかないと目を回していたが、それ以外は思いのほか冷静に受け止めていた。神と戦うなんて大それたことを言われてもイメージが沸かず、いまいち事情が飲み込めてないのかなと心配していたが、別にそう言うことでも無いらしく、

 

「アマデウスの迷宮で話を聞いた時から、なんとなくそんなことになるんじゃないかと思っていたんです。確か300年前の魔王を送ってきたのは、その困った神様なんですよね?」

「ああ、そう言うことらしい。だから行って、もうこんなことは止めてくれと言わなきゃならない。じゃないと、いつかこの宇宙が壊れてしまうかも知れないから」

 

 それは自分たちが生きている間というわけではないだろう。だから、このまま放置していても、きっと彼らの生活は何も変わらないはずだ。それにオルフェウスの竪琴がある今となっては、神の刈り取りが始まったとしても、それを防ぐことさえ出来るのだ。そう考えれば、何も鳳が率先してそんなことをしなくても良いような気もする。

 

 しかし、ミーティアはそうは思っても彼を引き止めることはなく、

 

「それじゃ、仕方ないですね」

 

 と言って、あっさりそれを受け入れてしまった。

 

「あなたの力が、みんなに求められているというのに、それを私のワガママで止めることは出来ませんよ。あなたが居たからこの世界は救われたと知った時から、勇者様の妻になるというのは、そう言うことなんだと思っています」

「ごめん……」

「でも、一つだけお願いを聞いてもらえますか?」

「もちろん。なにかな?」

 

 ミーティアはテーブルの上に両手を差し出している。鳳がその手を握ると、彼女はそんな彼の手を握り返して、

 

「その代わり、必ず生きて帰ってきてください。神に敗れても、たとえそれで世界が滅びても、何があっても私だけはあなたの味方ですから、絶対に戻ってきてください」

 

 それはともすると甘えに繋がる言葉だった。彼女はもし彼が倒れても、自分が逃げ場になると言っているのだ。だから優等生ならこんな時、絶対に神に打ち勝ってみせると言うのだろう。だが、鳳はこれ以上格好悪い言葉はないと思いながら、彼女に約束した。

 

「うん。わかった。もしヤバそうだったら、全力で土下座して許してもらう。それでも駄目そうだったら、尻尾を巻いて逃げ帰ってくるよ。だからその時は慰めて」

 

 すると彼女はクスクスと笑いながら、

 

「しょうがないご主人様ですね……アリスさんも、彼に何かないですか?」

 

 ミーティアが促すと、アリスはそんな二人の繋いだ手の上に自分の手も乗せて、

 

「私はお二人とこうして居られることが何よりも幸せなのです。だからまたこんな日が来ますように、あちらへ行っても私のことを覚えていてくださると嬉しいです」

「もちろん。アリスのことを忘れるなんてありえないよ。今だって四六時中、君のことを考えているんだから」

「私もです。ご主人様……アリスはあなたのことをお慕いしております」

「あの……私の目の前で、二人だけの世界に入らないでくださいね」

 

 ミーティアがキラキラした瞳で見つめ合う二人に向かってげんなりした表情でツッコミを入れる。鳳はそんな彼女に苦笑いしながら、自分でも最低だなと思う言葉を口にした。

 

「俺も、二人のことを愛している。だから絶対に帰ってくるよ」

 

 鳳がそんな言葉を口にして、上気した二人と見つめ合っていると、いつもなら何があっても微動だにしない館の使用人が、珍しく顔を赤らめてそわそわしていた。鳳はこれまでずっと、バカップル死ね、TPOわきまえろと思っていたくせに、いざ自分がそうなったら、案外こういうのも悪くないなと手のひらをクルクル回していた。

 

 ともあれ、ここにいる二人はこれで良しとして、あとはクレアとヘルメスの部下たちにも事情を話しておかなければならない。ヴィンチ村とは時差が違うが、あっちもまだ昼間のはずだし、行ってこようかどうしようかと思っていると……

 

「大変です! 大変です! どなたかいらっしゃいませんか!!」

 

 突然、廊下の方からそんな叫び声が聞こえてきて、館内がにわかに騒がしくなってきた。鳳たちが驚いていると、廊下をバタバタと誰かが駆けていく音が聞こえた。まさか、レオナルドの身に何か起きでもしたのだろうか?

 

 慌てて廊下に出て様子を窺ってみると、どうやらその声は彼の寝室ではなくて玄関の方からするようだった。どうしたんだろうかと、鳳がミーティア達を連れて歩いていくと、すぐ後ろからギヨームが追いかけてきて、

 

「何があったんだ?」

「わからない。俺たちも今来たとこだから」

 

 玄関に来てみると、そこに居たのはヴィンチ村の駅馬車の御者だった。何度か乗せてもらったことがあり、顔見知りの彼が顔中にびっしりと汗をかいて、ハアハアと肩で息をしている。酸欠状態でぼんやりとした目をしていた彼は、メイド長から水を受け取るとそれをゴクゴクと飲み干し、暫く放心したように周囲を見回したあと、そこに鳳が居ることに気づいて、

 

「勇者様! あんたが居てくれて良かった! 助けてください!!」

「何があったんです?」

「ニューアムステルダムが……首都が火の海なんです!!」

 

 御者はそう叫ぶと鳳の足にしがみつき、グイグイと引っ張った。そんなことされてもズボンが脱げちゃうだけなので、彼はやんわりと御者を引き剥がすと、

 

「ニューアムステルダムですか……? あなた、そこから走ってきたの?」

「はい!」

 

 もちろん、馬に乗ってだろうが……これだけ疲れているところを見ると、遠乗りで滅茶苦茶に走ってきたように思われる。

 

 馬の方は大丈夫なんだろうか? 鳳はそんなことを考えつつも、このままじゃ埒が明かないので、

 

「とにかく何があったのかちょっと見てきます」

 

 彼がそう言ってギヨームを引き連れて館の外に出た。すると、今度は館の上の方からマニの声が聞こえてきて、見上げればマニはどうやって登ったのか知らないが、館の屋根の天辺付近でこっちに大きく手を振っていた。その様子はさっきの御者とどっこいどっこいと言った感じに慌てて見える。

 

 本当にどうしたんだろう? 鳳とギヨームがレビテーションの魔法で屋根に上がっていくと……その途中で、すぐに彼らはそれに気がついた。

 

「なんだありゃあ……」

 

 見れば、確かにニューアムステルダムの方角から、陽炎のような黒煙が何本も上がっている。御者の言っていた通り、そこで火事が起きているのは明白だった。しかも、その規模はとんでもなく広く、殆ど街全域と言ってもいいくらいだった。

 

 だが、真に彼らの目を引いたのは、そんな大火事の方ではなかった。なんと、その火の海の中で、何か生き物のような影が蠢いていたのだ。

 

 しかし、そんなことは有り得ない。何しろ、ここから首都までは馬車を使っても小一時間はかかるのだ。確かにここは高台にあるとは言え、距離にして数十キロも遠くのものがこうして見えるとしたら、それは建物よりも大きな動物ということになる。そんなもの、この地上に存在するわけがない……魔王を除いては。

 

「そんな馬鹿な! 何故、魔王が!?」

 

 鳳たちがその有り得ない光景を呆然と眺めていると、階下からカナンの叫ぶ声が聞こえた。どうやら、下の階からもあれが見えているようである。だとしたら、その大きさはもはや笑い話にしかならないレベルだ。

 

 しかし、カナンの話ではまだ魔王が現れることはないはずである。その有り得ないことが何故、突然起きたのか。

 

 ともあれ、ニューアムステルダムは火の海だ。大災害が起きていることは間違いない。鳳たちはそれを放っておくわけには行かないだろうと、慌てて屋根から降りると、それをまだ呆然と見つめているカナンの下へと走った。

 


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