ラストスタリオン   作:水月一人

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反撃開始

 巨大な水風船のような物体が宙に浮いている……その中を一匹の水竜が悠々と泳いでいる。戦場から遠く離れたジャンヌとサムソンは、唖然とそれを見上げていた。

 

 ヘルメス国境で起きたロバートの反乱。それを討伐するためにヴァルトシュタインが兵を挙げたというので、帝国は慌てて監視団を派遣したが、彼女たちはその中に混ざっていた。

 

 ルーシーと別れてから、鳳不在のヘルメスの内情が気になって、ずっとその動向を探っていたのだが、どうやら反乱は対話ではなく、暴力で解決する方向で動き出してしまったようだった。

 

 それは非常に残念なことであったが、起きてしまったことを憂えていても仕方ない。ジャンヌたちはもしものことがあったら、鳳に変わってクレアを助けてあげなければと、帝国の監視団に混じってその機会を窺っていた。

 

 ヴァルトシュタインがそう簡単に負けるとは思わなかったが、ロバートの反乱軍は30万、それに対して正規軍はたったの1万。戦力比だけで考えると、それはあまりにも無謀すぎる賭けだった。一方的過ぎて、万が一のことが起きるかも知れないと、彼女らは心配したのだ。

 

 だが、その心配は杞憂だった。ヴァルトシュタインは30倍はある相手を巧みに手玉に取って、押し合いへし合いの駆け引きを繰り返した挙げ句、まるで魔法みたいにその敵軍をただの羊の群れに変えてしまったのだ。

 

 反転して攻勢に出ればひとたまりもないだろうに、30万の大軍がたった1万の軍隊に散々に打ち破られている。いや、そもそもあれはただ集まっただけの群衆で、例え武装していたところで軍隊ですらなかったのだろう。鳳と一緒にいたときにも思ったことだが、戦争とは数ではないと、彼女はつくづく思った。

 

 ともあれ、これで一安心だ。後はクレアの無事を確認したら、自分たちはまた帝都に戻ろう。彼女らがそうして安堵の息を吐いた時だった。

 

 突然、雲ひとつない空に雷鳴が轟き、戦場の隅っこの方に巨大な稲妻が落ちた。ゴロゴロと地響きを立てるような音が響き、その一瞬だけ戦場の動きが止まった。だがまた一時停止が解除されたかのように人々が動き出すと、そんな兵士たちのずっと向こう側で、何かおかしな物が宙に浮いていることにジャンヌたちは気づいた。

 

 それは巨大な水風船のような物体だった。もしくは、高精度カメラが映し出した水滴が、空中に留まっているようなそんな感じだ。しかもそれはただの水滴ではなくて、違うのは中に何かが泳いでいることだった。とんでもなく大きな何かだ。

 

 ジャンヌ達の居るここからあそこまで、距離にして一キロは優に越えている。なのにあれだけくっきり見えるのは、その大きさが尋常じゃないことを示していた。それは体長にして30メートル位はありそうな巨大な水竜だった。東洋の伝承にある竜のように、ウミヘビみたいに細長い体をして、長い髭を蓄えた水竜が何故か空中を泳いでいた。

 

 そんなものは常識的に考えられないものであり、だから戦闘中だと言うのに、人々はその手を止めて唖然と空を見つめてしまうくらいであった。たった今まで狂乱の怒号が響き渡っていた戦場のあちこちから、今度はざわめきが起きる。あれはなんだ? どうしてあんなものがここにあるんだ……?

 

 そして、その時だった。

 

 悠々と泳ぐ水竜は、まるでその水槽が狭いと言わんばかりに、突如として巨大な水風船から飛び出して、空へと飛翔し始めた。その瞬間、水風船がパーンと音を立てて割れて、戦場にその水滴がバシャバシャと土砂降りのように降り注いだ。そしてまた次の瞬間、その雨が呼び寄せたかのように雷鳴が轟き渡り、かと思ったら、ビシャンビシャンと耳をつんざく音がして、戦場のあちこちに雷が落ちて何人かの兵士が犠牲になった。

 

 落雷の衝撃から目を開けたら、そんな兵士たちの背後に人影が立っていた。肉が焦げるような臭いの中にいたのは、たった今犠牲になった兵士たちではなく、なんとそこに居たのは、全身が鱗に覆われた半魚人だったのだ。

 

 突然、どこからともなく、無数の水棲魔族が次々と現れた。それはオアンネスとインスマウスとして知られる、半魚人たちだった。片方は人の形をして手足が鱗に覆われており、もう片方は魚の体に手足が生えたような格好をしている。そんな連中が三叉の鉾を持ち、まるで軍隊みたいに一糸乱れぬ姿で行進している。そしてそんなありえない光景を前に完全に思考停止状態に陥っていた人々に向かって、突如として襲いかかってきたのである。

 

 阿鼻叫喚とはこのことだった。武器を持った半魚人たちは、まるでそうするのが当たり前であるかのように、その場に居た兵士たちに襲いかかった。あっという間に血祭りに挙げられた兵士たちから、助けを求める悲痛な叫び声があがる。それを間近に見ていた他の兵士たちからは、泣き声のような悲鳴が上がった。

 

 恐怖があっという間に伝播していき、戦場はパニックになった。さっきまで、追いかけられる側と追いかける側だった兵士たちの関係は、今は等しく魔族に狩られる側になっていた。

 

 最初の落雷の衝撃波で吹き飛ばされてしまったヴァルトシュタインは、上空で八の字を描くように悠々と泳いでいる水竜を見上げた。それは自分の目が確かなら、ロバートの体から飛び出したものだった。

 

「あいつ……どうなっちまったんだ? これじゃまるで……」

 

 魔王ではないか。

 

 ヴァルトシュタインは、ほんの数ヶ月前に戦場で出くわした魔王のことを思い出した。あの時もこんな戦闘の最中に、突然現れた魔族の軍団に襲われたのだ。あの時とは種族が違うが、あの時よりよほど組織されてるような気がした。少なくともオークは武器を持ってはいなかったのに、半魚人共はみんな同じ得物を持って、組織的に人々を虐殺しているのだ。しかもそれは捕食のためではなく、ただ敵をねじ伏せるだけの軍隊の行動にしか思えなかった。

 

 ならば、あれが指揮しているのか? ヴァルトシュタインが上空を見上げていると、

 

「ヴァルトシュタインさん! 早く逃げましょう!!」

 

 最初の衝撃から回復したテリーが、空馬を引いて走ってきた。ヴァルトシュタインの精鋭部隊は誰も死んじゃいなかったが、馬は殆ど逃げてしまった。そんな中でも彼の白馬は辛うじて踏みとどまり、主人の帰りを待っていたようだ。彼はそんな愛馬に跨って落ち着きを取り戻すと、

 

「クレアはどうした!」

「私ならここよ!」

 

 彼女もまた勇敢な軍馬に跨っていたが、残っていたのはどうやら二頭だけのようだった。未だにパニックになっている空馬を、部隊の兵士が捕まえようとしているが、多分、やるだけ無駄だろう。ヴァルトシュタインは上空を見上げながら、

 

「とにかく、ここを離脱しよう。あれに襲いかかられたら一溜まりもない」

「あれはロバートなの? どうしてこんな……」

「俺にも分からねえよ。とにかく、今は逃げるんだ」

 

 ヴァルトシュタインが号令を掛けると、馬を追いかけていた兵士たちはそれを諦め、彼の下へと集まってきた。流石に彼の麾下だけあって、この状況下でも取り乱したりせず、隊列を組む様は見ている他の兵士たちを安心させた。テリーの部隊の兵士たちもそれで落ち着きを取り戻すと、隊列を組んで彼らの後に続いた。

 

 戦場は酷いものだった。突然現れた魔族の大軍に完全に落ち着きを失くした兵士たちが、ほとんど抵抗もなく命を散らしていく。それはロバートのかき集めた烏合の衆ならともかく、ヴァルトシュタインが組織した正規軍もそうなのだから、彼はプライドを傷つけられたような気がして、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。

 

 現れた水棲魔族の群れは、オークと比べれば一体一体は戦えない相手ではなかった。ならば、兵を落ち着かせることさえ出来れば、この事態が収まる可能性もまだあるだろう。彼はそう判断すると、手近にいた自軍の兵士を救出すべく、魔族の群れに突っ込んでいった。

 

 思った通り、彼の指揮した部隊は魔族と辛うじて対等に渡り合っていた。半魚人たちは武器を持ち組織だって行動していたが、それ以前にここは彼らの棲息する水辺ではなく、乾いた荒野なのだ。落ち着いて対処すれば半魚人達の動きは鈍く、剣でも十分戦えた。

 

 ヴァルトシュタインの部隊は次々と襲いかかってくる魔族を撃退しながら進んだ。すると、それに気づいたヘルメスの兵士たちが助かりたい一心で我先にと彼らの保護を求めてやってきて、まるで蜘蛛の糸みたいに彼らの周囲に群がり始めた。

 

 何もなくてもギリギリなのに、彼らを保護しながらでは到底戦えない。ヴァルトシュタインはせめて武器を持つものは戦えと叫ぶと、ついてこれない者は置いていくつもりで彼らを引き離しはじめた。

 

「待って! 兵士たちが遅れているわ!」

 

 すると背後からクレアの叫び声が聞こえた。ヴァルトシュタインはイライラしながら、

 

「んなこたあ、分かってるんだよ!! しかし、あれに巻き込まれたら俺たちまで殺られちまう!」

「でも、ほとんどの人は武器を持ってない庶民なのよ!? そんなの見過ごせないわ。私たちが助けなきゃ!」

「それでお前が死んでは元も子もないだろうが! 今は庶民を見捨ててでも先に進み続けるしか、生き残る道はないんだ!」

「駄目よ! 庶民を見捨てて逃げるくらいなら、最初からこんな国作らなければ良い。ヘルメス卿なら、絶対に見捨てたりしないわ!」

「俺たちはそのヘルメス卿じゃないんだよ!!」

 

 ヴァルトシュタインは血眼になって叫んでいる。その顔は、彼も生死が掛かっているせいか、いつものような余裕はまったく感じられなかった。クレアはそんな将軍の本気の顔を見せられて、流石にもうこれには従うしかないかと歯ぎしりした。

 

 彼だって鬼ではない、助けられるなら助けたいのだ。でも自分たちだけでも精一杯の中で、一人でも生き残る人数を増やしたいのであれば、多くは見捨てていくしかない。そういう決断を、指揮官である彼はこの過酷な戦場で下しているのだ。それを戦えもしないクレアが邪魔をしていいのだろうか。

 

 ヴァルトシュタインが、さっさとしろと言わんばかりにクレアの馬を鞭で打った。グイッと加速する馬の首に落ちないようにしがみつきながら、彼女は後ろを振り返った。

 

 彼女の背後では多くの武器すら持たない庶民たちが、気持ちの悪い水棲魔族どもに虐殺されている。鋭利な鉾で体を貫かれ、異常な怪力に四肢を引っこ抜かれた人々が断末魔を上げながら、どうして助けてくれないんだ? といった表情で彼女のことを見ていた。

 

 クレアは馬のたてがみに顔を埋めて涙を流した。どうして人は争わなければならない? どうして人間は、こんなにも弱いんだ。この悪夢のような光景はなんだ? これがロバートの求めた物だったのか? 悠々と空を泳ぐ水竜が、地上の騒乱を蟻を見るような目つきで見下ろしている。あの時、ヴァルトシュタインを止めずにあれを殺しておけば、こんなことにはならなかったのではないか。もしかして、これは自分がまいてしまった種なんじゃないか。なのに自分だけ助かろうとして、卑怯にもここを逃げ出していいのだろうか。助けたい。守りたい。それじゃ何のために自分はヘルメス卿になろうとしたのか?

 

 クレアは悔しさで頭がおかしくなりそうだった。彼女はガンガンとする頭の中で、せめて最愛の彼がここに居てくれたならと願っていた。

 

『あー、シーキューシーキュー。聞こえるかな? クレア? 聞こえてる?』

 

 するとそんな願いが神に届いたとでもいうのだろうか? その時、不思議なことに、彼女の耳にその最愛の彼の声が聞こえてきたのだ。

 

「ダーリン!?」

 

 その声に驚いた彼女がハッとして顔をあげ、周囲を見回す。すると、突然そんな奇怪な言葉を発しながら、馬鹿みたいにキョロキョロしている彼女のことを、気でも狂ったのかと言った感じの表情でヴァルトシュタインが見ていた。

 

「おい、クレア。突然どうした? 大丈夫かおまえ頭が……」

「うるさいから、ちょっと黙っててくれる!?」

 

 クレアはそんなヴァルトシュタインのことを鋭く睨みつけると、たった今聞こえてきた声が単なる幻聴ではないと確信し、必死に耳をそばだてた。果たして、彼女のそんな希望は紛れもなく本物であり、

 

『あ! クレア!? 聞こえてるな?』

「ダーリン? 本当にダーリンなのね!? 一体どこにいるの、ダーリン!?」

『いや、ダーリンて。現実で言われると恥ずかしいな……って、そんなこと言ってる場合じゃないか。クレア、聞こえてるんだな?』

「え、ええ。これはどうなってるの? どうしてあなたの声だけが聞こえて……」

『今は説明している余裕がないから、また今度にしてくれ。ところでもしかして、君は今、戦場に居るんじゃないか? そしてそこに突然、魔王が現れたんじゃないか?』

「どうしてそれを知ってるの!? ロバートが突然おかしくなって……」

『ロバートが……?』

 

 鳳は少々意外に思ったが、思えば彼もなんやかんやで人望が厚かったのだし、その憎悪が核になったとしたら有り得なくはないと思い直した。人々が彼に向ける想いのせいで、ヘルメス卿になれなかった彼が憤怒の沼に堕ちてしまったのだとしたら、なんとも皮肉な話である。

 

 たらればを言えば切りがないが、もしこの世界に鳳たちが呼び出されなければ、もしアイザックが死ななければ、彼は別にヘルメス卿になどなろうとは思わず、今頃は悠々自適に暮らしていたはずだ。

 

 権力は人を幸せにしない。なのに何故、人はそれを欲しがるのだろう……鳳は首を振ると、今はそんなことを考えている場合じゃないと思い直し、クレアに告げた。

 

『その魔王の出現は予め予想されていたものなんだ。だからもう少ししたら、そっちに助っ人が到着するはずだ。実は、俺たちもさっきまで別の魔王と戦っていて、そいつを追いかけ、そっちに向かってるところなんだ』

「ダーリン、ここに来てくれるの!?」

『ああ、だが直ぐってわけにはいかないから、彼らと協力してもう暫く持ち堪えててくれ』

「で、でも、敵が多すぎて倒しきれないの。私たちの領民も次々犠牲になっていて……」

 

 クレアが弱々しくつぶやくと、鳳は少し考え込むように間をおいてから、

 

『敵はオークキングみたいに取り巻きを連れてるタイプか……一対一ならなんとかなる感じか? それなら、君に力を与えよう。ヴァルトシュタインもそこにいるんだな?』

「え、ええ。でも、力を与えるってどういうこと??」

『そのままの意味だよ。詳しいことはやっぱり後で。それまで君はその力で凌いでいてくれ。本体には手を出さなくていい。そっちは必ず俺がやるから。だから君は君自身と、君の大事な領民と、出来るだけ多くの人々を救ってくれ』

「私が、みんなを……?」

 

 その時、クレアは自分の体に力が漲ってくるのを感じた。気がつけば彼女は不思議な光に包まれており、その光に触れていると、なんだかとんでもなく体が軽くなってくるような気がしていた。

 

 そして、今まで一度も剣など握ったことがなかったと言うのに、彼女は何故か、その腰に佩いている剣の重みが、いつもそこにぶら下げていたように、当たり前のように感じられた。今ならこの手にしっくりと馴染んだそれを、いくらでも振り回せるようなそんな気がした。

 

『他にも思いつく限りの人たちに共有経験値を送ったから、きっと君の力になってくれるだろう。だから頼んだよ、今、人々を助けられるのは君しかいない』

「……わかったわ!」

 

 鳳の声はそれ以上聞こえてくることはなかった。だが、クレアにはもう心細さはどこにもなかった。今は体の底から漲ってくるこの力を信じるだけで、いつでも彼と一緒にいるような、そんな心強さを感じられた。

 

 彼女は剣を高々と天に掲げると、

 

「みんな、聞きなさい! もう少ししたら、ヘルメス卿が私たちを助けに来てくださいます! だからそれまで、私たちだけでなんとかこの戦場を切り抜けましょう! 今、多くの無辜の民が、そして私の大事な領民が、魔族によって傷つけられています。私はヘルメス卿の妻として、そんな人々を見捨てることなど出来ません! この戦場から魔族を追い出すまで、私の夫が到着するまで、私は彼らを守護して戦いましょう! 腕に覚えのあるものは続きなさい! 突撃! 突撃! 突撃ーっ!!」

「おい、クレア、何言ってやがんだ!?」

 

 突然、奇声を張り上げて突撃していったクレアを見て、ヴァルトシュタインはぎょっとしてすぐに追いかけようとした。だが、そんな彼の目の前で、信じられないことにクレアが熟練の騎士のごとく馬を駆り、バッタバッタと迫りくる魔族を屠っていた。

 

 その剣に触れた魔族は、まるで生ハムのように真っ二つに切り裂かれ、紙切れみたいに吹き飛んでいった。彼女の繰り出す剣撃はとても素人のものとは思えず、一体全体何が起きているのか、人々は目を疑った。そして不謹慎かも知れないが、綺羅びやかなドレスを纏い、剣を振り回して敵を切り伏せる彼女の姿は、この戦場によく映えた。それを見た人々はそれに心を奪われ、同時に勇気が湧いてきた。

 

 間もなく、彼女に刺激された兵士たちが次々と彼女の後に続き始め、それは一つの流れとなって、まるで波を切り裂く杭のように魔族の群れを真っ二つに割っていった。

 

「……ええぇ~~」

 

 ヴァルトシュタインがそんな有り得ない光景を呆然と見送っていると、さっきのクレアみたいに、自分と、彼の精鋭部隊の体も不思議な光に包まれていて、彼はなんだか妙に体が軽くなっているような、そんな感じがしてきた。

 

 テリーと目が合うと、彼も同じように光を放ち、何かに気がついたようにこちらに向かってうなずき返していた。ヴァルトシュタインはうんざりしたようにため息を吐くと、

 

「こうなりゃもう、やけっぱちだ! 俺たちも続くぞ! 総員突撃! 自分が死んでも、あの姉ちゃんだけは絶対に死守しろ!!」

 

 彼の号令に兵士たちはまるで怒号のような喚声で応えると、先を行ったクレアに追いつけ追い越せとばかりに、猛然と敵を切り捨てながら突き進んでいった。

 

******************************

 

 戦場から少し離れた小高い丘の上で、それを見ていたジャンヌとサムソンは驚いていた。突如現れた魔族に取り囲まれたヘルメスの兵士たちは、殆ど蛇に睨まれた蛙のようだった。人がまるで虫けらのように次々と殺されていく姿を見ていたジャンヌ達は、すぐに彼らを助けなければと思った。しかし、そうは思っても敵の数が多すぎてどうしようもなかったのだ。

 

 戦場は広範囲に広がりすぎていて、仮に彼らが何人か救ったところで焼け石に水だった。おまけに、上空には未だに巨大な水竜が泳いでおり、あれがいつ襲いかかってくるのかもわからないのだ。

 

 だが、そうして彼らが戸惑っているときにそれは起こった。突如として、戦場の片隅に不思議な光が溢れたかと思うと、その光が周辺に広がっていき、それまで劣勢を強いられていた兵士たちが突然魔族に反撃を開始したのだ。

 

「ありゃ、一体、何が起こってるんだ?」

 

 それを初めて見たサムソンは驚きの声を上げたが、ジャンヌはすぐに何が起きているのか察した。

 

「あれは白ちゃんが共有経験値を使ったときに起きる現象よ。今、あの光の中にいる人達のレベルがガンガン上ってるの」

「なに? そんなアホな……」

「本当に、そんなアホなとしか言えないけど、この世界の人たちってそう言うふうに出来ているのよ。あなたの自慢のSTRだって実際そうなのよ。私たちはあの不思議な力で強さを補完されてるの」

「う、う~ん……よくわからんが。鳳があれをやってるのか?」

 

 ジャンヌは頷いて、

 

「そう考えるのが妥当よ。さて、それじゃ、行きましょうか……」

「行くってどこへ?」

「あれが起きたってことは、彼が帰ってきたって証拠よ。まだ戦場には到着していないみたいだけど、彼が来るまで、私たちで舞台を温めておかなきゃね」

「むむっ、それはいかんな。俺たちも少しは役に立たねば、見せ場を取られてしまう」

「狙いはあのデカブツよ。どうにかして、あいつを地上に引きずり下ろしましょう」

 

 彼らは頷きあうと、水竜が泳いでいる戦場の真ん中めがけて飛び込んでいった。

 


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