ラストスタリオン   作:水月一人

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タイダルウェイブ

 クレアの激を受けたヴァルトシュタインたちヘルメス軍が反撃の狼煙を上げると、それにまた勇気づけられた人々が後に続き、どうにかこうにか人類は戦線を立て直しはじめた。パニックに陥っていた戦場はそれによって落ち着きを取り戻し、いまだ乱戦が続いているものの、魔族と対等に渡り合えるようにはなってきた。

 

 そうなってくると、わりと戦線は人間有利に運ぶようになってきた。魔族は数が多いとは言え、なんやかんやいって、この戦場に集まっていた人間の数の方が多かったのだ。もはや人間同士で争っている時ではない。彼らは落ちている武器を拾い上げ、お互いに武器を融通し合うと、なりふり構わず敵にぶつかっていった。

 

 ジャンヌとサムソンは、奮戦する人々の間を縫うように駆け抜けながら、迫りくる魔族をバッタバッタと倒し突き進んだ。やはり戦場において彼らの力は目を引き、人々はそこに勇者ジャンヌの姿を見つけると、その美麗な神人の剣技に目を奪われながら、口々に叫ぶのだった。

 

 この戦場には女神が二人いる。ヘルメスの守護者クレアと、勇者ジャンヌだ。彼女らがいる限り、この戦いに敗北はない。

 

 そんな言葉はあっという間に戦場を駆け抜けていって、魔族に挑む人々を勇気づけた。クレアもまた、戦場にジャンヌが現れたことを知ると、恐らく助っ人とは彼女のことだと思い、

 

「勇者ジャンヌこそ、ヘルメス卿が送られた私たちの救世主です! 彼女に道を開けなさい! そして彼女のために魔族を討ちなさい!」

 

 その言葉にハッと顔をあげた人々は、勇者ジャンヌが向かおうとしている先に例のデカブツがプカプカ浮いていることに気がついた。この乱戦が続く戦場にあって、あの親玉を倒そうなどと考える者は一人もいなかった。そして、あれを倒せるとしたら、それは勇者ジャンヌをおいて他にないと人々は理解した。

 

 迫りくる魔族をただ撃退することに専念していた人々は、目的を見つけてより連携して動くようになってきた。彼らは露払いするように率先してジャンヌ達の行く手を阻む魔族を倒し、そして駆け抜ける彼らに道を開けながら声援を送った。

 

 ジャンヌとサムソンの前に道が開けていく。それまでもみくちゃにされながら人々の間を走り抜けていたのが嘘のようだった。彼らがそんな人たちの声援を背中に受けながら突き進んでいると、彼らに追いつこうと駆けてくる二つの影が現れた。

 

「勇者ジャンヌ、お供しますよ」「右に同じく」

「マッシュ中尉、フェザー中尉、こんなところに来ていいの?」

「それはこっちの台詞ですよ。陛下からあなたたちをサポートするように言いつかっております。でもまさか、こんな危険に飛び込んでいくことになるとは、やれやれですね」

 

 本来、観戦武官としてヘルメス内戦を遠くから見守るだけの任務のはずだった。皇帝は国賓であるジャンヌのためにと自分たちを一緒に派遣したわけだが、ところがそんなところに魔王が現れてしまったのだ。流石にこれを他人事と片付けて自分たちだけ逃げ出すわけにはいかないだろう。

 

 それに、前回のオークキング戦で、彼らは勇者鳳白が死ぬところを遠巻きに見ていることしか出来なかったのだ。護帝隊の面子を賭けて、今度こそ自分たちの名前を売っておかねばならないだろう。皇帝もまさかこんなことになるとは予想していなかったろうが、せいぜい派手に暴れて帝国ここにありと見せつけてやろう。

 

 彼らが気合を入れ直していると、前方の部隊でどよめきが起こった。その時、それまで自分の眷属たちを見下ろしながら悠々と泳いでいた上空の水竜が、突如、降下してきて人々を襲い始めたのだ。

 

 急降下してきた水竜が腕を振るい、その鋭い爪に真っ二つにされた人のひらきが宙に踊った。爪痕が地面を抉り大量の土砂を巻き上げ、そしてすれ違いざまに、水竜は器用に自分の髭を振動させて、魔族と切り結んでいた兵士たちを巻き上げて空中で噛み殺してしまった。

 

 更に前線の兵士が薄くなったところへ、どこからともなく追加の魔族が投入されて、あっという間にジャンヌのために作られた道が塞がれてしまう……

 

 と、今度は水竜の周囲に水滴のような水玉が浮き出て、それが水鉄砲のように高速で撃ち出された。迫りくるその水しぶきに、嫌な予感がしたジャンヌが地面にダイブして躱すと、その水撃は彼女の上を通過していって、背後にいた兵士を貫いた。まるで高速の弾丸に体を撃ち抜かれたかのように、兵士がピューッと血を吹き出して絶命する。水竜はそんな攻撃を何度も繰り返すと、また空へと帰っていった。

 

 どうやら、近づいてくるジャンヌ達のことを敵と認定したらしい。それまでこれといった動きを見せなかった水竜は、綻びを繕うように、自分に迫ろうとする兵士たちを退け、眷属の壁を厚くしていく。

 

 ジャンヌは歯ぎしりした。最初にそれが現れた時から思っていたことだが、どうやらこの魔王は全体で一つの魔王軍を形成しているようだ。どうやってるか分からないが、あの中央のデカブツは取り巻きの水棲魔族をいくらでも呼び出すことが出来て、こちらにぶつけてくるのだ。言うなれば、これは軍隊そのものが魔王なのだ。

 

 ジャンヌの前で道を切り開こうとしていた兵士たちが押されている。こうなってしまうともう近づくことが出来ず、彼女らもその揉み合いに加わらざるを得なかった。幸いなことに魔族の一体一体はそれほど強くなく、一般兵でも対処できるくらいだったが、問題は相手の底が見えないことだった。

 

 次々と投入される眷属は、あとどのくらい残っているのだろうか? もしもあれが無限に湧き出すのだとしたら、こんな押し合いへし合いを続けている意味はない。恐らくはこれを呼び出している水竜を倒さねばならないだろう。だが、どうやって近づけばいいのか……

 

「どけどけ! 一般兵は道を開けろ! これより、我らが道を切り開く! 勇者ジャンヌよ、我々のあとに続いてくれ!」

 

 ジャンヌたちが魔族に道を阻まれていると、散り散りになっていた神人部隊を組織し直して、ペルメルとディオゲネスの二人組がやってきた。彼らは一般兵を退けると神人たちパワーで、有無を言わさずに敵陣を突き進んでいく。

 

 流石にこれには魔王軍の取り巻き程度では歯が立たず、ジャンヌ達の前にはあっという間に魔王への道が開けていった。

 

「恩に着るわ、神人さんたち!」

「先にいけ、我々もあとに続く! 一般兵も神人も、この道を死守しろ!!」

 

 ヘルメスの兵士たちがディオゲネスの声に反応し、空いた穴めがけて殺到してくる。負けじと魔王軍の予備戦力が投入され、魔族と人間の死体が次々と積み上げられた。そこは一番の激戦区になった。

 

 ただし、こちらには予備兵力はない。急がなければ、いずれ力負けするのは間違いないだろう……ジャンヌ達は兵士たちが切り開いてくれた道を駆け抜けて、ついに魔王の直下まで辿り着いた。

 

 しかし、辿り着いたは良いものの、彼らはそれからどうすればいいのか分からなかった。敵は遥か上空を悠々と泳いでおり、こちらから手を出すには銃撃か古代呪文しかなかったのだ。これではいくらジャンヌとサムソンの金剛の力があっても仕方ない。

 

 だが、それは相手も同じようだった。空を飛ぶ竜が地上の虫けらを攻撃するには、地に降りて襲いかかるしかない。もしくは、遠くから水撃で狙うくらいだが、そんな攻撃ではジャンヌたちを傷つけることは出来なかった。

 

 水撃を避けながら、マッシュ中尉が下からファイヤーボールをチクチク当て続けていると、やがてその攻撃に焦れたのか、水竜が急降下して襲いかかってきた。突然の攻撃に驚いて一度目はスルーしてしまったが、どうやら敵は少しでも攻撃が当たるのが嫌みたいだった。眷属に戦わせて、自分はふんぞり返っているのが好きなタイプのようである。それは核になったロバートらしい個性と言えたが、とにもかくにも対策が見えたジャンヌは、彼らに遅れてやってきた神人部隊の兵士たちに言った。

 

「神人さんたち! 誰でもいいから、とにかくあいつに攻撃を当て続けて! あいつが焦れて降りてきたら、そこでカウンターを仕掛けるわ!」

 

 ジャンヌの言葉に応えてペルメルとディオゲネスもファイヤーボールを撃ち始める。それを見て続々と他の神人も加わり、更に遠くからは一般兵士のライフル射撃も加わった。

 

 はっきり言って、それら一つ一つの攻撃は全く効果を上げていなかった。辛うじて神人の魔法だけが、たまに鱗の隙間を広げてダメージを与えるくらいで、殆ど意味のないものだった。だが、例え刺されなくっても、ハエ蚊に自分の周りをうろちょろされるのは、思った以上に苛立たしいものだ。怒りの権化たる魔王にそれはよく効いた。

 

「グオオオオォォォォォーーーーーーーーッッ!!!」

 

 それまで、地面の蟻でも見下すかのように上空を悠々と泳いでいた水竜は、突然そんな咆哮を上げると、急降下して襲いかかってきた。今度は待ち構えていたサムソンが正面から突っ込んで行き、大口を開けて飛びかかってくる魔王の背中にひらりと飛び乗った。

 

 まさか人間ごときに上に乗っかられるとは思わなかったのか、そんなサムソンの動きを嫌った魔王が急上昇して振り落とそうと顔をあげる。だが、その瞬間を待っていたかのように、ジャンヌが隙をついて駆け寄り、その柔らかそうな腹部に狙いを定めて剣を薙ぎ払った。

 

「紫電一閃……春塵荒波風破斬!!」

 

 彼女の一刀が魔王の腹を深々と切り裂いた。その瞬間、ドバっと大量の血しぶきが舞って、魔王が初めて苦しそうな喘ぎ声をあげた。その声を聞いた神人たちが色めきだつ。魔王に攻撃は効かないわけじゃない。硬い鱗を避けて、腹部を狙うのだ。

 

 次々とジャンヌのつけた傷の辺りにファイヤーボールが着弾し、堪らず魔王は魔王らしからぬ情けない声を上げて上空へと逃げていった。サムソンがドスンと地面に着地し、足のしびれにブルブル震えていると、その時、彼の体が突然柔らかな光に包まれて、嘘みたいに痛みが引いていった。

 

「なんだこれ!?」

「サムソン、あなたステータスはどうなってる?」

 

 言われて自分のステータスを確かめたサムソンは驚いた。気がつけばいつの間にかレベルが嘘みたいに上っており、地上最強のSTRを誇っていた彼のSTRは、今度は宇宙最強レベルにまで上昇していた。それは多分、魔王の取り巻きを退治したからというわけではないだろう。

 

「おお! なんだか知らんが力が漲ってくるぞ?」

「これは……ヘルメス卿のお力なのか」

 

 見ればサムソン以外にもペルメルとディオゲネス、それに少し遅れて他の神人たちの体も金色に輝いており、彼らも一様に自分のレベルが上っていることに驚いているようだった。きっと鳳が思いつく限り、共有経験値をばら撒いているのだろう。

 

 ジャンヌがハッとして自分のステータスを確かめてみると、こちらも嘘みたいに上がっていた。既に100を越えている彼女のレベルは、普通ではまず上がることはないだろうに、これが勇者の力だというのだろうか。

 

「ここまでしてもらって、負けましたじゃ済まされないわね……」

「そうだな。どうせなら本物の勇者が来るまでに、あいつを倒してしまおう」

「ええ……みんな! 敵は思ったより手応えがないわ! 今の私たちならやれるわよ!」

 

 ジャンヌの鼓舞するような叫びに神人たちが喚声で応える。ペルメル、ディオゲネスの号令で一斉にファイヤーボールの雨あられが飛んでいく。さっきまでは散発的だった攻撃が、今は重点的に腹部を狙われて、さしもの水竜も嫌がっているようだった。

 

 だが、先程ジャンヌが切りつけた傷は、気づけばもう塞がっている。どうやら、魔王も神人同様に再生能力があるようだ。となれば神人もそうだが、それを倒すには、再生が追いつかないくらい強力な力を叩きつけるより他にない。ジャンヌは自分のステータス画面に現れたステ振りの矢印を使って、思いっきりSTRをあげた。もはや可愛くないなんて言ってる場合じゃなかった。

 

「ほらほら! 降りてきなさいよこのデカブツ! デカいのだけが取り柄なの?!」

 

 ジャンヌはステータスを振り直すと、上空の水竜に向かって挑発を始めた。効くかどうかはわからないが、あれに知能があるならもしかするとこっちの言葉の意味を理解している可能性がある。取り巻きの水生生物は確か言葉を交わしたはずだ。

 

 果たして、彼女の挑発が効いたかどうかはわからないが、少なくとも水竜は彼女のことを認識したようだった。さっき手酷い一撃を食らわせた彼女のことを、水竜は苛立たしく思っていたようだ。それは空中で発狂したような醜い叫び声をあげると、本当に狂ったようにジャンヌめがけて突進してきた。

 

 地上に降りてきたならしめたものだ。ジャンヌとサムソンが待ってましたと飛びかかる。

 

 ところが、彼らがそうして飛びかかろうとしたところを狙って、魔王は何本もある髭を触手のように使って、足を絡め取ろうとしてきた。ジャンヌは慌ててそれを避けたが、更にその動きも予測していたのか、別の髭が彼女に迫り、お返しとばかりに鞭のような一撃が叩きつけられた。

 

 ビシャンという衝撃と共に激痛が走り、彼女の血が飛び散った。神人であるゆえに傷口はすぐに塞がったが、苦痛にゆがむ彼女の顔を見て、魔王の方は気が晴れたのか、少し冷静さを取り戻してしまったようだった。

 

 魔王はまたアウトレンジで水撃を繰り返しながら、時折、狙いすましたように地上に急降下し、ファイヤーボールを撃つ忌々しい神人たちを襲い始めた。ジャンヌもサムソンもそれを待ち構えていたのだが、どうやら魔王はわざと彼らを避けて降下を繰り返しているようだった。

 

 恐らく、有効な攻撃を加えられるのは彼らだけと判断されてしまったのだろう。たまに追いついても、魔王はジャンヌたちを髭で適当にあしらうだけで、またすぐ空へと昇っていってしまう。

 

 魔王の魔王らしからぬその嫌らしくねちっこい攻撃に、ジャンヌもサムソンもほとほとに困り果てて地団駄を踏んだ。

 

「くそっ! なんて嫌らしいやつなんだ! 魔王なら正々堂々と戦え!」

「……本当に、軍隊が一つの魔王なのよ。彼の勝ち負けよりも全体で勝てばそれで良いって考えなのかも知れない。だとしたら厄介ね……」

「せめて空が飛べれば……あの鞭のような髭が邪魔で近づくことも出来ない」

「鞭のような髭ね……」

 

 ジャンヌはその言い回しに何か引っかかるものを感じた。と、同時に、彼女の脳裏に何故か一つの単語がフッと現れた。

 

 レヴィアタン。リヴァイアサンとも呼ばれる、おとぎ話の怪獣だ。日本では特にロールプレイングゲームでお馴染みの魔物だが、出典は確か聖書の終末を描いた外典か何かだったはずだ……しかし何故、こんなのを連想したんだろう? と考えた時、彼女は思い出した。

 

 ウォーターボール、噛みつき、引っ掻き、髭の鞭……そんな攻撃をする魔王のデータを、彼女は帝都の神の揺り籠の中で見つけていた。それは昔やったゲームのデータに紛れ込んでいたから何とも思わなかったが、今目の前にいる水竜はそれにそっくりなのだ。

 

 データの中のレヴィアタンも確か取り巻きを召喚するタイプの魔王で、空中浮遊をして自己再生能力もあった。そして一番まずいのは、定番とも言える必殺技タイダルウェイブの存在だ。もし、あれがデータの魔王と同じものであるならば、まだ飛び出していない必殺技に気をつけなければならない……彼女がそう考えた時だった。

 

 どこからともなくゴオゴオという、地響きのような、もしくは強烈な風のような音が聞こえてきた。それが何だかわからない人々は空を見上げて首をひねっている。しかしジャンヌはその音にあのものを連想した。それは波頭が割れながら陸に迫り来る、巨大な津波のようなイメージだった。

 

 そして、まずいと思った彼女がみんなに逃げてと叫ぼうとした時、それは起こった。

 

 突如、どこからともなく、十数メートルはあろうかという巨大な津波が、水竜の背後に現れたのだ。この荒野のどこにそんな水源があるというのか、完全に想定外だった人々は一歩も動くことが出来ずに、唖然とそれを見上げていた。

 

 そして津波はまたたく間に戦場に広がり、魔族も人間も関係なく、全てをあっという間に押し流してしまった。まるで洗濯機の中に落ちてしまったかのように、人々は水の中でもみくちゃにされながら流されていく。

 

 何しろ何もない荒野のことだから、津波はすぐに引いたが、しかしたったそれだけの出来事で、戦場は一瞬にしてひっくり返ってしまった。

 

 波に飲まれた人々の中には水を飲んで気絶したり、打ち所が悪くて死んでしまった者たちが居た。それ以外の人々は水浸しになっただけで怪我もなく比較的無事と言えたが、しかし悲劇は正にここから始まったのだ。

 

 そのたった一度の津波は、荒野だった戦場を泥沼に変えてしまっていた。どうにか体勢を取り直した人々は、立ち上がろうとして足元のぬかるみに足が取られることに気がついた。そして水を含んだ服は重くて体の自由が効かず、動くにはこの水を絞りきってしまうか、防具を脱ぎ捨てるしか選択肢がなかったのだ。

 

 ところが、対する魔族の方は正に水を得た魚と言った感じだった。元々水生生物であったオアンネスやインスマウスは、水辺でこそ本来の力が発揮できるのだ。それまで乾いた荒野で苦戦していた魔族の動きが変わり、人間側が優勢だった戦況が一瞬にして逆転した。

 

 人々は、津波に襲われた直後に、今度は魔族に襲われて、成すすべもなくその生命を散らしていった。それまで押せ押せだった空気は一変し、あちこちで悲鳴が上がり、勇敢に戦っていたはずの兵士たちが背中を向けて逃げ出そうとしている。

 

 それは神人たちも同じ事で、元々厭世的な彼らは世事に疎く、泳げるものも少なかった。そのため、津波に襲われた多くの神人が水を飲んで一時的に戦闘不能に陥ってしまい、そこを狙って魔王が突撃を仕掛けてきたのだ。

 

「みんな、今は耐えろ! 避けることだけに集中するんだ!!」

 

 辛うじて体勢を取り戻したペルメルとディオゲネスがゲホゲホと咳き込みながら叫ぶ。しかし、津波に飲まれて放心状態の神人の中には、そのまま魔王の餌食になる者も大勢いた。

 

 普通であれば、ちょっとやそっとの傷では死ぬことがない神人たちが、魔王のその鋭い爪に切り裂かれて命を散らしていく。ペルメルとディオゲネスは仲間を助けようと、必死になって攻撃を仕掛けるが、魔王はそんな彼らをあざ笑うかのように、わざと攻撃を喰らいながらも、身動きが取れない神人たちを次々と屠っていった。

 

「逃げろ! マッシュ!」

 

 そしてその爪が大量の水を飲んでしまい、えずいているマッシュ中尉に届こうとした時……護帝隊の中では珍しく武闘派のフェザー中尉が飛び出してきて、彼のことを突き飛ばした。

 

 フェザー中尉は腰の剣を抜刀し、迫りくる爪に向かって果敢にそれを叩きつけた。おかげで直撃こそ免れたが、その攻撃で彼の剣は折れてしまった。ただの鉄の剣では、魔王の爪は傷つけられないようだった。フェザー中尉は忌々しそうに剣を投げ捨てると、たったいま突き飛ばしたマッシュ中尉を引っ張って逃げ出そうとした。

 

 だが、そんな彼を魔王が許すはずもなく、それは空中を旋回して戻ってくると、執拗にフェザー中尉を狙って爪を振り下ろしてきた。

 

 ガキンッ! っと音がして、今度はその爪を一本の細剣がしっかりと受け止めていた。

 

 ジャンヌは逃げようとしている二人の神人の間に入って、魔王の攻撃を弾き返す。彼女の持つ魔剣フィエルボワは、少なくともゲーム上の設定では決して折れることが無かった。この世界ではどうなってるか分からないが、とにもかくにも今はその性能に感謝しつつ、彼女は魔王の爪を弾き返すと、追撃とばかりにその細い腕の腱を狙った。

 

「グオオオォォォーーーーーッッ!!」

 

 ズッ……っと刀身がその体に差し込まれると、魔王は狂ったような声を上げて、切られた腕を振り回した。剣が抜けた反動を利用して彼女がバックステップをすると、そこを目掛けて魔王の爪が彼女の体を掠めていった。

 

 血が飛び散り、ずきりと傷口が痛んだが、神人である自分ならこんな傷はすぐに治ってしまうだろう。彼女はそう考えて、激昂して判断力を失っている魔王に追撃をかけるべく、地面を蹴ろうとした時だった……

 

「あっ……!」

 

 彼女が魔王に飛びかかろうと足に力を入れると、その足がズルっと滑ってぬかるみにはまり、彼女はそのまま地面に倒れ伏してしまった。掴んでいた剣が飛んでいき、慌ててそれを拾おうとして、彼女は地面に膝をついて立ち上がろうとした。

 

 しかし、その時、もう彼女の目の前には魔王の爪が迫っていた。彼女が追撃をかけようと思ったと同様に、魔王の方も彼女にカウンターをお見舞いしようとしていたのだ。魔王は振り返った時、彼女が倒れている姿を見てきっとほくそ笑んでいたに違いない。

 

「う、そ……で……しょ?」

 

 ズンッと、彼女の体にものすごい衝撃が走って、次の瞬間、信じられない激痛が走った。あまりの痛みに気が遠くなりながらも、彼女は薄れゆく意識の中でそれを見た。

 

 ジャンヌの体は上半身と下半身が真っ二つに避け、半分にちぎれ落ちそうになっていた。そんな彼女の体目掛けて、魔王が突っ込んでくる。

 

 ガキンッ! っと歯と歯がぶつかり合う音が響いたと思ったら、その瞬間、ジャンヌの上半身が消えていた。魔王が通り過ぎた後には、立ち上がろうとして跪いた姿勢のままの、彼女の下半身だけが残されていて、その腰の辺りからビュービューと、噴水のように血液が飛び出していた。

 

 サムソンはそんな変わり果てた彼女の姿を目の前に、呆然と立ち尽くしていた。頭から血液が引いていくような、シュワシュワとした感覚がして、気づけば戦場から音が無くなっていた。代わりに心臓がバクバクと爆発しそうなくらい早鐘を打って、耳の血管が千切れそうなくらいドクドク音を立てていた。

 

 水竜は楽しそうに空中を泳いでいる。その口のあたりがモグモグと咀嚼するように動いたと思ったら、次の瞬間、何かを吐き出して、それは地面に落っこちた。

 

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