ラストスタリオン   作:水月一人

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幻想崩壊

 ドンッ!

 

 ……衝撃波が走って、人々が円状にバラバラと吹き飛んでいった。砂煙が舞い上がり、ゆらゆらと陽炎のように空気が揺れた。中心には青白いオーラを発する巨大な繭が鎮座しており、それが何かを生み出そうとしているのを、人々はただ呆然と見守ることしか出来なかった。

 

 発光は徐々に強くなっていき、それの発する強烈な放射に目が焼かれそうになった。慌ててカナンがプロテクションをかけ人々を守り、鳳が土壁を築いて強い光を遮断した。思えば、敵が動けない今がチャンスだと言うのに、攻撃したくても太陽を直視しているようなそいつを前に、どうやって近づけばいいのか分からなかった。

 

 するとそいつの周囲に突然、1万丁を数える巨大な銃が次々現れたかと思うと、一斉に戦車をも撃ち抜く弾丸を発射した。ドドン! っとまた衝撃波が走って、鼓膜をビリビリと震わせる。

 

 こんな派手な技は他にはない、迷宮の中で一度見たことのあるギヨームの必殺技だろう。だが、そんな彼の必殺技を受けても繭はびくともせず、中からは何かがドクンドクンと脈打つ音が鳴り響いていた。物理が駄目なら魔法はどうかと言わんばかりに、今度は神人たちが古代呪文をお見舞いする。その強烈な熱に対抗するため、ブリザードをかけたが、文字通り焼け石に水だった。

 

 と、その時、パキッと何かが割れるような音がして、巨大な繭に亀裂が走った。それは大量の冷気に当てられてというわけじゃない。繭から成虫が産まれる時、もしくは、卵から雛が孵るときには何が起きるかということだ。鳥は空に羽ばたくために、まずは自分の殻を破るのだ。

 

 パキパキと音がする度、亀裂の数が増えていった。それが天辺に集中してくると、やがてそこにぽっかり大きな穴が空き、中から強烈な光の柱が吹き出した。

 

 青白い炎が天空に届いて空を焼き雲を吹き飛ばす。物凄い熱と光で目を開けていることすら出来ず、人々はまるで王に傅くように頭を下げて地に伏した。

 

 そしてその中心、繭の中から、何者かが飛び出してくる……それはバサッバサッと羽音を立てながらじわりじわりと空中に上がっていくと、上空数百メートルの高さで大きな翼を広げながら、まるで自分の誕生を祝うかのように身の毛もよだつ恐ろしい咆哮を天高く轟かせた。

 

 ゴオオオーッ! ゴオオオーッ! っと、いくつもの火山が同時に爆発するような音が、戦場となった荒野いっぱいに轟き、そこにいる者たち全ての体をビリビリと震わせた。ようやく収まってきた光に怯えながら空を見上げれば、そこには信じられないくらい巨大な竜が、大きな翼を広げて宙に浮かんでいた。

 

 その体は全身真っ黒な鱗に覆われ、下半身にかけてでっぷりと太ったあんこう型をしており、頭にはワニみたいな爬虫類の顔が乗っていて、口はカバだった頃と同じくらい大きく、巨大な4本の牙が上下に突き出していた。筋肉質な両腕は人間のように長くいかにも器用そうで、それでいてその先端には何もかもを切り裂く鋭い爪が伸びていた。

 

 水竜とは違ってその背中には不釣り合いなほど大きな翼が生えていて、それがバサバサと羽ばたく度に、その巨体が上下に揺れ動いたが、はっきり言ってそんなものであの巨体が宙に浮くはずがないから、おそらくは見掛け倒しのファンタジーなのは間違いなかった。

 

 レヴィアタンが東洋の竜なら、今目の前にいるそいつの姿は西洋のドラゴンを思わせるものだった。と言うか、ジャンヌはそれを見た瞬間に頭の中にその名が過ぎった。バハムート……終末に現れるという二匹の怪物の一つ、ベヒモスとも呼ばれている。そのベヒモスが、レヴィアタンを喰らって進化したのだ。

 

 未だ青白い炎を纏ったその巨体が、上空を羽ばたきながら地上を這いつくばる人間どもを睥睨している。それはまるでレヴィアタンだったころの記憶をも継承していたかのように、苛立たしそうに咆哮を上げると、その巨大な口から青白い光線のようなブレスを地上目掛けて吐き出した。

 

 それが地面に触れた瞬間、一瞬にして地面は灼熱して溶け、爆散した。連続して吹き出されるブレスの嵐に、あっという間に地上は溶岩の海に覆われ、死にたくないと泣き叫びながら人々が逃げ惑い始めた。

 

 カナンが駆けつけプロテクションの魔法で人々を守ろうとするが、それはブレスを止めることは出来ずに拡散するだけで、かえって被害が増えてしまう有様だった。

 

 鳳が急いでケーリュケイオンに取り込んだ土砂で土塁を作るも、それすらドラゴンは安々と溶岩に変えてしまった。

 

 地上はドロドロに溶けた溶岩のせいで灼熱地獄と化していた。人々が熱に喘いで悲鳴を上げている。杖に取り込んだ大量の水で冷やそうとすれば、それは水蒸気爆発を起こすだろう……どうすればいいんだ。鳳は判断に窮した。

 

魔弾の射手(フェイルノート)!」「神弓(シェキナー)!」

 

 と、その時、彼の迷いを吹っ切るかのように、喧嘩っ早い二人が先制攻撃とばかりに必殺技をお見舞いしていた。考えていても埒が明かない。殺られる前に殺っちまえの精神だ。二人の技が同時に突き刺さり、さしもの魔王も悲鳴を上げる……

 

 だが、それだけだった。そいつは無数の対物ライフルによる射撃を受けても、体の中から攻撃を受けても、まるでダメージを負った素振りは見せずに、全身が薄っすらと光ったと思ったら、その傷をすぐに修復してしまった。

 

 それはさっきの水竜に散々苦しめられた自己回復能力だった。ニューアムステルダムのあのカバが……鳳の最大の力で撃ち出された崩壊魔法でも倒れなかった化け物が、今度は自己回復能力まで手に入れてしまったのだ!

 

 ドラゴンは自分を攻撃してきた生意気な人間を見つけると、空中を物凄い速さで旋回し、遠くの高台から銃を撃ち続けているギヨームに向かってまっすぐ飛びかかってきた。迎え撃つ彼は逃げることもせず、真正面から対物ライフルの射撃を続けているが、そんなものでは魔王の皮膚には傷一つつけることは出来なかった。巨大な口が開いて、喉奥から青白いブレスが吹き出してくる……

 

 しかし、それがギヨームに届く前に、横から飛び込んできたアスタルテが彼をピックアップしていった。彼女の背中にはいつの間にか白と黒の斑模様の羽が生えており、彼女もまた堕天使であることを思わせた。

 

 そして、そんな彼女らを追いかけようとしたドラゴンの死角から、もう一人の天使が現れ、アッパーカットの要領でその腹を思いっきり撃ち抜いた。ドッパーン! っと大岩に波が砕けるような強烈な音が戦場に鳴り響いて、ドラゴンの腹から頭にかけて衝撃が伝わり、その体がぶるんと震えていた。

 

 内蔵を震わせるような攻撃を喰らって、魔王はその口からブレスの代わりに体液を吐き出した。それが地上にバシャバシャと土砂降りのように降り注ぐと、信じられない悪臭が辺り一面に漂った。

 

 魔王は、小鳥みたいな小さな人間に傷つけられたことに大いにプライドを傷つけられたらしく、雄叫びをあげると今度はベル神父に狙いを定めて襲いかかった。神父は鳶みたいに翼を広げて空中を旋回すると、小回りを効かせてドラゴンの周りを飛び回る。

 

 神父がまとわり付くように飛び回り、ドラゴンは鬱陶しいハエを追い払うように、滅茶苦茶に手を振り回している。神父はそいつの攻撃をスイスイ避けながら、的確に相手の関節を狙って攻撃を仕掛けていた。その動きは熟達していて、彼が空中戦をも得意にしていることを窺わせた。

 

 しかし、相手が悪かった。何しろ、相手はファンタジー生物なのだ。神父が翼の揚力を利用して飛んでいるのに対し、向こうはよく分からない力で浮いているのだ。間もなく、魔王はちょろちょろと逃げ回る神父に対応し、その動きを予測し始めた。

 

 こうなると、空中で自由が効かないのは、寧ろ小回りの利くはずの神父の方だった。善戦及ばず、ついにドラゴンの腕が神父の体を引き裂き、彼は物凄い勢いで地面に撃墜された。

 

 ドンッ! っと地響きがして、砂煙がモワモワと上空へと舞い上がった。ドラゴンが落ちた小鳥に止めを刺してやろうと飛び込んでくる。ズシンっ! っと本当に地面が揺れて、大量の土砂がまるで噴火のように巻き上がった。その時、神父がその土煙の中から辛うじて飛び出してきて、お返しとばかりに気弾を打ち込んだ。

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! っと、大砲のような音が連発されて、黒い鱗が弾け飛んだ。それが竜の逆鱗に触れてしまったとでもいうのだろうか、ドラゴンはまた狂ったような咆哮を上げると、空中を飛び回る神父を狙ってブレスを撒き散らした。炎がまるで火炎放射器のように拡散されていく。

 

 ジャンヌとマニはそんな一進一退の攻防を、地上から歯ぎしりをしながら見上げているしか無かった。近接戦闘を得意とする彼らには自らの力で飛ぶ手段がなく、この非常時にやれることは何一つ無かった。もしもあれが地を這う獣であったなら、自分たちにも何か出来ただろうに……肝心な時に役に立たないなんて!

 

 しかし、そう思っていたのは彼らだけではなかった。ヘルメスの一般兵士たちなんて、最初から物の数ではなかったのだ。彼らはただ魔王と戦う勇者たちの露払いくらいしか出来ることがなく、取り巻きの居なくなった今ではそれすら叶わなかった。

 

 ヴァルトシュタインもテリーも怪我をして、今は衛生兵に手当てをされていた。兵士たちの不安を鼓舞することも出来ず、指揮官である自分たちが足を引っ張っているのだ。彼らは余りの悔しさに身が引きちぎれそうな思いだった。

 

「MPをくれ! MPだ! ヴァルトシュタイン! テリーも! いつまでも寝てないで、あんたらも兵士たちに命じてくれないかっ!!」

 

 と、そんな時だった。ベル神父による肉弾戦、ギヨームとアスタルテによる援護射撃、時折放たれるカナンの獄炎魔法の中で、自分たちの勇者だけが目立たず、彼はどこにいったのかと思っていたら……その勇者が物凄い勢いで野戦病院と化している群衆の中に飛び込んできて、なんだかわけのわからないことを喚き散らした。

 

「鳳っ!? 突然、なんだってんだ、一体??」

 

 地面に横たわっていたヴァルトシュタインが面食らっていると、鳳はお姫様抱っこしていたクレアを地面に下ろしながら、

 

「さっきの戦闘で、俺もスカーサハ先生もMPを使い果たしちまったんだ。あれと戦うには圧倒的にMP不足なんだよ! もうポーションで回復しているような余裕もないから、あんたらのMPを俺に分けてくれないか!?」

「分けろって言われても……」

「とにかく、手を翳してくれればそれでいいんだ。みんな、クレアの話を聞いてくれ!! クレア、さっき言った通りお願い!」

「あ、は、はいっ!!」

 

 突然の魔王の襲撃と、いきなり鳳に抱えられて空を飛んだ衝撃から、半ば放心状態だったクレアが、ハッと我に返りながら思いっきり叫んだ。

 

「みんな聞きなさい! 悔しいけれど、私たちがあの怪物にやれることは何もないわ。せめて、勇者様たちの邪魔にならないように、ここから逃げるくらいのことしか出来ないでしょう。でもヘルメス卿は、そんな私たちにもまだ出来ることがあるというの。今は騙されたと思って、みんな手を天に翳しなさい。そうすれば、あなた達が持つ力を、ヘルメス卿が代わりに使ってくださるわ」

 

 クレアのキンキンと良く通る女声が戦場に響いた。鳳が叫ぶより、よほど広範囲に伝えられるから頼んだつもりだったが、この戦場を逃げずに戦い抜いた彼女のことを、よほど兵士たちは信頼していたようだった。普通なら少しは疑いそうなものを、鳳が杖を掲げるや否や、間髪入れずにあちらこちらからMPが杖に供給されてきた。

 

 手を天に翳した兵士たちの体が薄ぼんやりと光り、何かが鳳の持つ杖に吸収する様を見て、半信半疑だった他の兵士たちも恐る恐る手を挙げる。そんな兵士たちの姿を見て、また別の兵士が続き……次々と手を掲げる兵士たちの光が、水面を打つ波のように伝わっていった。

 

 ヴァルトシュタインもテリーもその光景を目の当たりにするや、すぐに伝令を走らせて戦場にいる全ての兵士に連絡を送ってくれた。クレアの言葉が、兵士たちからそのまた遠くの兵士たちまで伝わっていき、気がつけば戦場にはまるで光の絨毯が広がっていくような、そんな幻想的な光景が繰り広げられていた。

 

 だからそれはもちろん、上空を飛び回る魔王にも見えていた。バハムートは五月蝿い小バエのようなベル神父を追いかけながら、いつの間にか地面に広がっていた不思議な光というか、エネルギーの奔流に気がついて、恐らく直感的に危険を感じ取ったのだろう。魔王は神父を追いかける手を止めて突然、地上に広がるその光の絨毯目掛けてブレスを放ってきた。

 

 ヤバい! 誰もがそう思った、だがその時だった……突然、彼らが立っていた地面が光り輝いたと思ったら、兵士たちの視界が急に暗転し、次の瞬間には彼らは戦場とは全く別の場所にワープしてしまっていたのだ。彼らが目をパチクリしながら周囲を見回してみれば、そこは遥か西方にあるはずフェニックスの街のすぐ目と鼻の先だった。

 

 一体何が起きたのか? 戦場にはまばゆい光が溢れて、まるで光の洪水だった。ドラゴンのブレス、鳳の吸い込むMPの光……そして兵士たちを包んだその光はタウンポータルの光だった。

 

 それは信じられないほど大きなポータルだった。直径数キロメートルにも及ぶであろう戦場を覆い尽くすほどの巨大ポータルだ。驚いた天使たちが鳳のことを唖然と見つめている。

 

 だが、自分自身のことだからこそ、鳳はそれは自分が作ったポータルじゃないことが分かっていた。彼が慌ててルーシーの姿を探すと、彼女は戦場から少し離れた場所で、全身から血を吹き出して倒れていた。

 

 恐らく、カウモーダキーを無茶苦茶に使ってしまった代償だ。鳳が慌てて彼女の方へと飛んでいこうとすると、それを遮るようにスカーサハが飛び出し、

 

「勇者! ルーシーのことは私に任せてください。もはや私に戦う余力はありませんが、現代魔法で彼女をなんとか隠し仰せてみせましょう」

 

 そんな彼女を追いかけて、ジャンヌとマニが駆けていく。彼女らは自分たちの役割が戦うことではなく、ルーシーを守ることだと決めたようだ。だからお前はさっさとあいつをやっつけろと、その背中が言っているようだった。

 

 ポータルからは未だ光が溢れていて、鳳にMPを供給し続けていた。それはもはや戦場にいた兵士たちの分では説明がつかないくらい膨れ上がっていた。恐らく、ポータルで運ばれた先で、クレア達が街の人たちにも助力を求めてくれたのだろう。ステータスみたいにはっきりした数値は見えないが、もしそれがフェニックスなら、数万どころか数十万のMPが供給される計算となる。

 

 これだけあったら、流石に勝てる……彼はそう自分に言い聞かせて、また空へと舞い上がった。

 

 地上の人々を取り逃がしてしまった魔王は、その鬱憤を晴らすかのごとく、二人の天使を相手にドッグファイトを続けていた。カナンとベル神父が縦横無尽に飛び回り、ドラゴンがそれを撃ち落とそうとして、ブレスと爪を滅茶苦茶に繰り出している。

 

 ギヨームとアスタルテが援護射撃を繰り返していたが、多少嫌がるだけで、もはやドラゴンは避けようともしなくなっていた。ギヨームはもう連発が効かなくなっているらしく、必殺技は封印して、対物ライフルの射撃に切り替えている。

 

 鳳が戦線に復帰したことに気づいたらしきカナンが距離を取り、ベル神父が魔王の注意を惹いて、隙が出来たところですかさず明けの明星(ポールポロス)を打ち込んでいた。

 

 地獄の業火に焼かれたそれが一瞬動きを止めた……だが、少し光を放ったかと思うと、すぐにその体は修復を始めてしまった。流石のカナンも必殺技を連発することが出来ず、お手上げ状態だ。

 

「いい加減、死に晒せ、このっ……! ディスインテグレーション!!」

 

 続けざまに鳳が現在彼の持つ全ての力を込めて、崩壊魔法を打ち放つ。INT99、MP999を注がれたその極大魔法を前に、さしものドラゴンもぐらついた。だが、それだけだった。その熱は魔王の鱗を焼き尽くし炭化させ、一瞬、その動きを止めたが、すぐにまたドラゴンの体が光を放ったかと思うと、炭化した鱗がパラパラと落ちて、下からまた新しい表皮が出てきた。

 

 そして魔王は忌々しそうに鳳に向かってブレスを放ってきた。その数千度はあろうかという炎から必死に逃れながらも、鳳は何とかやつを仕留める方法は無いかと考え続けていた。

 

 思えば、口の中から数千度の炎を吐き出しているのだから、元々あれの火炎耐性は高いのだ。かと言って、ブリザードは地面設置型の範囲魔法で、MPを注いだからって、急に魔王が凍りつくわけじゃない。この辺一帯が一瞬にして氷点下まで下がるだけだ。

 

 もしかして、絶対零度まで下げたら反応があるかも知れないが……それならいっそ、宇宙空間に飛ばしてしまったらどうだろうか。だが、それが出来そうなルーシーは、さっきの大魔法で気を失っていた。それにこれ以上代償を支払ってしまったら、今度こそ彼女の命に関わるかも知れない。

 

 大体、どうやって空を飛んでるのか分からないような化け物を、宇宙空間に飛ばしたところで、案外普通に羽ばたいてここまで戻ってきてしまうのではなかろうか。さっきからしつこいくらい炎の魔法を受けてもへっちゃらなことからして、酸素がなくても生きていけそうだ。

 

 とっくに試していることだが電撃も駄目。もちろん、クラウド魔法も効くわけがない……搦め手は通じそうもない。やはり物理で殴るしか他に方法がないのでは……

 

 鳳は再度隙を窺って、INT99MP999の極大魔法をお見舞いした。しかし今度は一発で様子見なんてせずに、杖からMPを回復するなり、連続して魔法を撃ち続けた。

 

 もはや音とも呼べない衝撃が、幾度となく荒野に轟き渡った。その度に空気が振動し、地面が揺れて、草木が吹き飛び、惑星が破壊されていった。

 

 こうなってしまうと近づくことも出来ず、カナンとベル神父がその様子を呆然と眺めている。だが、そんな光と音の暴力にも、その魔王には決定打を浴びせることは出来なかった。確かに鳳の魔法は魔王に効いているのだが、彼が一発打ってはMPを回復している隙に、魔王の方も自己修復を始めてしまう……その速度が拮抗してしまっているのだ。

 

 いや、いつまで経っても相手が空から落ちないところを見ると、きっと相手の回復速度の方が早いのだろう。このままこれを続けていても、もしかするとどこかで相手が力尽きる可能性もあるかも知れないが、こっちのMPが尽きる方が早い可能性も否定できなかった。

 

 仮に杖の中に今MPが100万あったとしても、鳳が撃てる魔法の数はたったの1000回だ。それは多いように思えて案外少ない。少なくとも、終わりははっきりと見えている。今までに何十発魔法を撃ち続けただろうか……もしかするともう100を越えているかも知れない。

 

 本当にこの方法でいいのか……考えろ……考えろ……せめて、最大MPがもう少しだけあれば……魔法の威力がほんのちょっとでも上がってくれれば、奴の回復速度を上回れるのに……なにか方法はないのか……自分では物語の主人公みたいに限界を超えられないのか……!?

 

 と、その時、鳳の脳裏に天啓が過ぎった。

 

 物語の主人公といったら、もうとっくにそんなことをやっているではないか。鳳は人々から元気(MP)を分けてもらって、そいつを魔王にぶつけている。だが、なんでいちいち魔法に変換しているのだ?

 

 思えば、第5粒子(フィフスエレメント)とは高次元に溢れている未知のエネルギー(・・・・・)だ。神人は、そのエネルギーをそのまま扱うことが出来ないから、わざわざMPに変換してから、魔法としてそれを利用しているのだ。MPは元々エネルギーだったんだから、それをそのままぶつけてやれば良いじゃないか。

 

 鳳はもはや自分の分身とも呼べるようになった愛杖を見つめた。最初、これを手に入れた時、彼は等価交換の杖だと思っていた。杖に取り込んだ椅子を原料の木材に戻したり、また元通り椅子にしたりすることが出来たからだ。

 

 そう、材質が同じならば、いくらでも変換は可能なのだ。MPは元々ただのエネルギーの塊に過ぎない。

 

「始まりにして終わり。アルファにしてオメガ。死者は蘇り、生者には死の安らぎを与えん」

 

 ブーンと機械音のような音がして、杖の形状が変化した。その先端に絡みつく二匹の蛇から光の羽が生えて、キラキラと光の礫を撒き散らしながらそれは羽ばたいた。

 

 鳳の魔法が途切れたことに気づいたカナンがこちらを見ている。ベル神父が攻撃を再開すべきか知りたいのだろう。鳳はそんな天使に首を振ると、代わりに魔王に向かって杖を振り下ろし叫んだ。

 

「ケーリュケイオン! 全てのエネルギーをぶちこんでやれっ!!」

 

 その瞬間、杖の先端から、膨大な量の光が溢れ出した。むき出しのエネルギーは即ち熱であるから、一瞬にして周辺の土砂が溶け始めた。杖の先端から生えた二枚の羽がオーロラのように輝き、ヴァン・アレン帯のように鳳の体を覆った。彼は反動で後ろに吹っ飛びながら、その杖をただ魔王に向け続けることだけに専念した。

 

 回復を終えたばかりの魔王は、その直後に飛び込んできたエネルギーに撃ち抜かれ、腹にぽっかりと大きな穴が空いた。瞬間、断末魔のような叫びが上がったが、暴力はそれで終わらなかった。熱光線はそのまま魔王の体を覆い尽くし、あっという間にドロドロの液体に変えてしまった。

 

 それまで何をしても怯むことの無かった魔王の体が、真っ赤な火球となって空に浮かんでいた。それは徐々に浮力を失い、ゆっくりと地上に落ちていった。それが地上に触れた瞬間、あらゆる物が吹き飛んで、そこに巨大なクレーターが生まれた。

 

 クレーターの底からは灼熱の溶岩が吹き出しており、そこから火柱が何本も空へと昇っていった。魔王だった火球はその中心で強烈な光を発する七色の点になっていて、それに鳳の杖から発するエネルギーがいつまでもいつまでも注がれ続けていた。

 

 やがて、全てのエネルギーが火球に注がれた時、それは暫くの間、奇妙な光を放つただの点であり続けたが……雨上がりの土砂が予兆もなく崩れるように、直後、爆炎を吹き上げてそれは爆発した。

 

 まず衝撃波が襲い、続いて炎の嵐が吹き荒れた。爆発はクレーターの周囲10数キロメートルに渡って広がり、そこにある何もかもを飲み込んだ。地面はえぐれ、灼熱の溶岩と化し、あらゆる建造物が塵に消えた。森の木々は吹き飛び、何一つ残さなかった。天が焼かれ、朝のように輝き、もしもそれを宇宙から見るものがいたら、ダイヤモンドのリングのように見えただろう。

 

 鳳たちはそんな爆発の中を魔法の力で耐えながら、それが収束するのをひたすら待った。だが、それはいつまで経っても訪れることはなかった。何しろここは幻想の中なのだ。崩壊はこの時、始まってしまっていたのだ。

 


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