ラストスタリオン   作:水月一人

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セーラー服と機関銃

 高次元世界へやってきて初めて出会った人……と言うか天使、アズラエル。念願の話が通じる人類とやっと出会えて、ホッとしたのも束の間、お互いに腹に一物を抱えている二人がちぐはぐな会話を続けていると、やがて恐れていた事態が起きてしまった。エミリアが出会ったらヤバいから即逃げろと言っていた、ドミニオンがやってきてしまったのである。

 

 ドミニオンの乗る高速のホバークラフトによって、行く手を遮られてしまった鳳たちは、成すすべなく筏の上で相手の出方を見ているよりなかった。その様子に逃亡の意思がないと判断したのか、やがてホバークラフトは速度を落として、ゆっくり筏の方へと近づいてきた。

 

 黎明が近づく仄明るい空の下、すぐ目の前に迫った船は思いのほか大きくて、見上げる艦橋はかなり高いところにあった。尤も、こっちが海面すれすれに立っているからそう見えるだけで、実際はそうでもないのかも知れない。

 

 暫く待っていると、およそ2階くらいの高さの甲板からひょっこりと人が顔を覗かせた。数は3。全員女性であるのは聞いてた通りだから驚かなかったが、鳳は彼女らの格好を見て面食らってしまった。なんと、セーラー服を着ていたのである。

 

 そう言えば、セーラー服はもともと水兵の制服だったはずだから、ある意味間違いじゃないのだろうが、まさかこんな異世界に来てまで、かつて日常的に見慣れていた光景を拝むことになるとは思わなかった。

 

 いや……ここが未来の地球であるなら、別におかしなことではないのだろうか? あまり考えすぎると脳みそが痒くなってくる気がするので、それ以上考えないようにしていると、やがて甲板から上陸用舟艇が下ろされて、その3人が乗り込んでいるのが見えた。

 

 エンジンが小気味良い音を響かせ、小さなボートが波を立てながら近づいてくる。船の上にはそれぞれ、ポニーテールとサイドテールとツインテールの、見た目そのまんま女子高生っぽい女子たちが乗っていた。

 

 女子高生たちは最初は気楽そうな感じであったが、そのうち筏の上にアズラエル以外の人間が乗っていることに気づくと、やや船の速度を落として、各々武器らしきものを構えてこちらを警戒し始めた。

 

 あと数メートルの距離までやってくると船のエンジンは切られ、慣性だけで近づいてくる船の上で、リーダー格らしきポニーテールが立ち上がって、武器を構えた。どう見ても機関銃にしか見えないそれに銃口を向けられ、鳳はいきなり撃ってきやしないだろうかと冷や汗を垂らす。

 

 鳳がそんなポニーテールの言葉を待っていると、その時、緊張する彼の度肝を抜くような大音量で、突然ホバークラフトの拡声器が鳴り出した。

 

「こちらはドミニオン海上警備隊マダガスカル方面第一中隊! こちらはドミニオン海上警備隊マダガスカル方面第一中隊! 天使アズラエル! あなたには殺人の容疑がかかっております! あなたには殺人の容疑がかかっております! よって我々は、大天使ミカエルの名において、あなたを拘束します! 繰り返します! あなたの身柄を拘束します! 抵抗は無意味です! どうか大人しく、我々の指示に従ってください!」

 

 おい、こら、殺人容疑てなんやねん……鳳は一瞬貧血を起こしかけて目の前がくらくらしたが、どうにかこうにか気を取り直して、すぐそばに佇むアズラエルのことを仰ぎ見た。

 

 そんな彼女は憎々しげにホバークラフトを見上げながら奥歯をかみしめていた。見た目はとても人を殺すような人物とは思えない。何せ、幼女だし、天使だし。それに、さっきまで話していた感じでも、彼女が自らの意思で人を手にかけるとは思えなかった。

 

 何かの間違いじゃないのか……? とりあえず、機会があればまたその時に聞いてみるとして、今はこの難局をどう乗り越えるか考えねばなるまい……

 

「ところで、さっきから居るそこの人! あなたは何者ですか?」

 

 そうして鳳がどうやって逃げればいいか頭を悩ませていた時だった。彼らの前に立ちはだかった三人組の一人が、アズラエルの背後で頭を抱えている鳳に向かって尋ねてきた。自分の存在に気づかれているのは分かっていたが、何もこのタイミングで話しかけてこなくてもいいだろうに……

 

 さて、どうする? 殺人者なんて知らなかった! と言えば、もしかすると彼女らが助けてくれるかも知れない。ここは適当に彼女らに合わせておくべきか、それとも、あくまでアズラエルを助けるべきか……鳳がどちらにすべきか迷っていると……

 

「動くな!!」

 

 その時、突然アズラエルが彼の背後に回り込んだかと思ったら、その首に手をまわして彼を羽交い絞めにしてきた。と言っても、体格が違いすぎるから殆ど鳳がおんぶしてるような格好ではあったが……一体何のつもりだろうと戸惑っていると、

 

「動くな! 動けば、この人の首をねじ切る!」

「え!? アズラエル様。一体、何をするおつもりですか!?」

「この人はドミニオンだ! もしも君たちが、私の邪魔をするというならば、私はこの人を殺す。君たちは仲間を絶対に見捨てたりはしないのだろう!?」

 

 アズラエルの怒鳴り声に三人組は動揺している。ねじ切るって、まさか本気じゃないよな……と思いつつ、鳳は両手を上げ、彼女らに助けてとアピールしながら、アズラエルにだけ聞こえるように小声でそっと耳打ちした。

 

「……おい、何のつもりだ?」

「今は話を合わせてくれ。この場を切り抜けるには、これしかない」

「彼女らを騙すつもりか? 潔白ならそう主張すればいいだけだろうに」

「出来ればそうしたいのだが、連中が話を聞いてくれるとは思えないのだ」

「うーん……」

 

 今なら、彼女らに保護を求めれば通るかも知れないが……結局のところ、鳳もその大天使ミカエルとやらのところに連れて行かれたら、身元がバレてただで済むとは思えなかった。だったら、今はアズラエルの芝居に乗っておいた方が得策かも知れない。

 

「わかったよ。でも、貸し一つだぞ?」

 

 鳳はそう言うや否や、突然、アズラエルに絞められた首が苦しくて仕方ないと言わんばかりに、顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげた。

 

「ひ、ひえええーー! おたすけ~!! 天使のものすごい力で、まったく身動きが取れない~!」

「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか、あなた!? 天使アズラエル! 今すぐその人を離しなさい!」

「それは君たち次第だ、早くそこを退くと言え」

「くっ……天使が人に危害を加えるなんて……裏切り者のアズラエル、やはりあの噂は本当だったんですのね」

 

 裏切り者とはどういう意味だろうか……それもあとでちゃんと説明してもらおう。彼はそんなことを考えながら、さらに切羽詰まった様子で涙ながらに、

 

「苦しい~! 死んじゃう~! お、お願いします! 助けてください! まだ死にたくない! やり残したことがいっぱいあるんだ~!」

 

 鳳がしくしくと泣きながら訴えかけると、その哀れな姿が彼女らの同情を誘ったのか、三人は戸惑うように顔を見合わせ何かを協議し始めた。

 

 尚も苦しげに泣き叫ぶ鳳の姿を、アズラエルがよくやるな~……と冷たい視線で見守っていると、やがて協議を終えた三人組は、おっかなびっくりといった感じに、

 

「ああ、天使アズラエル……私たちがあなたの邪魔をしなければ、本当にその人を助けてくれるのですね?」

「もちろんだ。だが、解放するのは私が目的地に着いてから。それでいいな?」

「くっ……上司に確認しますから、少々お待ちを!」

 

 そう言ったかと思うと、JKたちは船に積んであった昭和の携帯電話みたいにごつい無線機を取り出して、恐らくはホバークラフトの中にいるであろう上司に連絡を取り始めた。チラチラとこちらを見ながらやり取りが続く。すると間もなく彼女らは、恐る恐るといった感じに、今度は鳳に向かって話しかけてきた。

 

「あの~……先ほどアズラエル様がおっしゃっておりましたが、あなたはドミニオンの方ですのよね?」

「……あ、俺?」

 

 どうやら彼女らの上司が確認を求めてきているようだ。鳳はどうするよ? と言った視線をアズラエルに投げたが、彼女もそこまでは考えていなかったようで、困ったように口を結んでいる。

 

 なかなか返事をしない鳳のことを、不審そうな目でJKたちが見つめている。正直、賭けではあるが、ここは嘘をつき通すしかないだろう。

 

「えーっと、もちろんです! 僕はあなた方と同じドミニオンですよ!」

「でしたらどちらの所属でしょうか」

 

 鳳が返事をかえすと、彼女らは間髪入れずにそう返してきた。そりゃあ、官憲の名を出せば所属を問われるのは当然だろう。

 

 しかしどこと言われても……鳳が助けを求めるようにアズラエルを見ると、彼女はそれは盲点だったと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべていた。

 

 その表情を見て彼は即座に理解した。こいつは何も考えちゃいねえ!

 

 鳳が青ざめながら、どうにかこの場を誤魔化す嘘がないかと知恵を絞り出していると、

 

「どうしたんですか? 所属を答えられないなんておかしいですわね」

「いや……答えないんじゃなくて、答えられないと申しますか……」

「やっぱり、嘘でしたのね?」

「そそそ、そんなことはないって!」

「じゃあ、今すぐに所属を答えなさいな。さあ!」

 

 所属と言われても、ドミニオンがどんな組織かすら知らないというのに、答えられるわけないではないか。

 

 とはいえ、このまま黙っていては、嘘を吐いていると言ってるのと同じことだ。ここは嘘でも何か言うしかない。鳳はとりあえず真っ先に頭に浮かんだ単語を口にした。

 

「パ……パース……俺は、パースの所属で……」

 

 すると三人組はやっぱりと言った感じに目を見開いて、

 

「パース!? パースですって? 神域に私たち人間が近づくなんて、そんな不敬なことが許されるわけないじゃないですか! 馬鹿にしているんですの!?」

 

 しまった! 完全に地雷を踏みぬいてしまったようだ……どうやら神域=神や天使たちの領域に、ドミニオンはいないらしい。見ればアズラエルも呆れている。そんな目で見られたって、知らなかったんだから仕方ないじゃないか。

 

 いよいよ不審者を見る目つきに変わってきた女子高生たちは、さっきまで下げていた武器を、今度は鳳に向けて構えている。もはや挽回は不可能か……!?

 

 と、その時、三人組の一人が呆れるように呟く声が耳に届いた。

 

「さっきからおかしいと思ってたんですよ。そもそも、いつ死ぬかも知れない私たちドミニオンにとって単独行動はご法度、それなのに、あなたは一人しかいないじゃないですか。パートナーはどうしたんですか? もしも部隊と逸れたんであれば、救援要請はとっくに回ってきているはずですよ」

 

 鳳はその説明的な言葉を聞くや否や、すぐにピンと来て、

 

「それだ!」

 

 と叫んだ。ただでさえ不審者だと思っていた男の叫び声に、女子高生たちはびくっとして、手にした武器を鳳の顔面に向ける。

 

「待て待て! 早まるんじゃない! 私が単独で行動していたことこそが、実は私がパース所属であることの証拠だったのだよ!!」

「え……? それはどういう……」

 

 鳳は声のトーンを少し落として、彼女らにぎりぎり伝わるくらいのひそひそ声で話をつづけた。

 

「いいかい? これはトップシークレットで下手すりゃ命にかかわることだから、絶対に他言無用だよ? 実は……何を隠そう! この私こそがミカエル様直属のスーパーエリート集団! エターナル・エタニティが一員、コードネーム・フェニックスナインティナインだったのです!!」

「な、なんですってー!?」

 

 JKたちは絵に描いたような驚愕の表情を浮かべている。こっちとしては多少うさん臭く思われたとしても、ほんのちょっとでも興味を惹ければそれでいいくらいのつもりだったのだが……

 

 思っていたよりも確かな手ごたえに、鳳の方が少々面食らってしまった。彼女らは興奮気味に顔を突き合わせ、何やらぶつぶつやり取りしている。

 

「そう言えば聞いたことがありますわ。ミカエル様が直属の秘密部隊を組織してるって話」「私も私も! なんでも、うちらには出来ない裏の仕事を請け負うんだって!」「……その仕事内容から、隊員同士もお互いの存在を知らないという」「あの、伝説の部隊が……」「ほほ、本当にありましたのね!」「エターナル……エタニティ……」

 

 JKたちは尊敬の眼差しを向けている。正直、ここまで素直に騙されてくれると嬉しいというより怖い。鳳はおほんと咳払いすると、早口でまくし立てるように続けた。

 

「そ、そんなわけで、私はミカエル様に直接命じられて隠密裏にアズラエルの行方を追っていたのだがしかし、この大海原のど真ん中では身を隠すことも出来ず直接対決の末に破れてしまったのだよ。アズラエルはこのエリートソルジャーである私でも敵わなかったくらいグレートな天使だから君たち3人がかりでも始末に負えないだろう……私は! ミカエル様に! 報告するために! 絶っっっっ対に生きて帰らねばならないっ!! だから今は彼女の言う通りにしてくれないか。ミカエル様のために。ミカエル様のために」

「そんなに念を押さなくて分かりましたわ。そう言うことでしたら私からもお姉さ……隊長を説得してみますから。少々お待ちを」

 

 JKのうち、リーダー格っぽいポニーテールはそう言って無線機を手に取ると、通信相手と何やら百合百合しい口調でやり取りしている。その間、残りの二人は好奇心を隠しきれない様子でうずうずしながら、他にどんな仕事をやったのですか? とか、どんな訓練をするんですか? とか、普段は何を食べてるんですか? とかとか、質問攻めを適当にあしらっていると、やがて無線機を下ろしたポニーテールが、

 

「お姉さ……隊長が、そんなスーパーエリート部隊があるなら、ゴスペルを持ってるはずだから確認しろとおっしゃってまして」

 

 どうやら隊長の方は彼女らと違ってなかなか疑り深い……ではなく、優秀な指揮官らしくて、鳳の与太話をそのまま鵜呑みにはしなかったようだ。

 

 しかし、確認のためにゴスペルを見せろと言うのはむしろ好都合だった。鳳はすぐさま目の前に光球を作り出すと、ぎょっとして武器を向ける三人組に向かって言った。

 

「じ、実は、戦闘に敗れた私はアズラエルにゴスペルを奪われてしまったのです。今こうして話している間も、実は彼女はずっと背中にそれを隠し持ち、虎視眈々とあなたがたの隙を窺っていたのだ」

「まあ、なんてこと!?」

 

 アズラエルは、よくそんな次から次へと口から出まかせが出るものだなと感心しながら、鳳の話に合わせるように、

 

「目的地までたどり着ければ、この人にゴスペルを返すと誓おう。しかし、それが叶わないのであれば……」

「ひぃ~! おたすけ~!!」

「わ、わかりましたわ! ですから、そんなに脅かさないでくださいまし!」

 

 ポニーテールはそう言うとまた無線機で一言二言話し、

 

「……隊長の許可が下りました。そう言うことなら島まで先導するとおっしゃっております。でも、この筏、どうやって動かしているんですの?」

「隊長に、それには及ばないと伝えて欲しい。君たちの監視の目がある限り、私はここから動かないし、この人を解放するつもりもない」

「何故?」

「君たちに詳細な行き先を知られるわけにはいかないのだ」

「はあ……そうですか……ええ、ええ……隊長が許可するそうです」

 

 無線のやり取りは今度はあっという間だった。どうやら、向こうも全面降伏を受け入れたらしい。暫くすると、前方を塞いでいたホバークラフトが筏を回り込むように旋回し始めるのが見えた。

 

 それを見て三人組たちもボートのエンジンを始動すると、

 

「それでは、私たちも船に戻ります……天使アズラエル。あなたが我々を裏切ったりはせず、真に天使であることを願います。まさか約束を違えることはありませんわね?」

「……ああ、誓おう。私が用があるのは、この人ではなく、あの島なのだ」

「その言葉を信じます。それでは、私たちは沖合に停泊しておりますから、島で解放されたらあなたには信号弾を上げて欲しいのですが……」

 

 ポニーテールは今度はアズラエルではなく、鳳に向かって話しかけてきたのだが、途中で何かに気づいたように言葉を止めると、

 

「そう言えば……あなたのお名前をまだ聞いておりませんでしたわね?」

「ん、ああ、そうだな」

「お名前はなんておっしゃるのですか?」

「ああ、俺は鳳白。あんたは?」

 

 ようやく解放されそうだという安心感から、完全に油断しきっていたようだ。

 

 鳳が何気なく本名を告げると、その瞬間、場の空気が一変したような気配を感じて、彼はほぼ反射的に背中におぶったアズラエルごとその場から飛び退った。

 

 するとすぐ目の前のポニーテールの持つ機関銃から、パパパパパ……っと銃の連射音のような音が聞こえてきて、その銃口から鳳が作ったような光球がいくつもいくつも飛び出してきた。

 

「ぎゃふっ!!」

 

 アズラエルを押しつぶしながら背中から着地すると、不意打ちを食らった彼女が情けない悲鳴を上げていた。もちろん、申し訳なく思ってはいたが、謝罪する余裕すら与えてくれないくらい、容赦なくポニーテールの射撃が続いた。

 

 鳳は筏の上をゴロゴロ転がりながら、背中の反動だけで飛び上がり着地すると、迫りくる光弾を素手で払いのけるようにして弾き飛ばした。

 

「そんなっ?! この距離で外すなんて、あり得ませんわっ!!」

 

 ポニーテールは目の前で起きている光景が信じられず、叫び声をあげた。それもそのはず、実は彼女の射撃は正確で、実際には殆ど当たっているはずだった。それを鳳が空間の歪みを利用して逸らしていたのだ。そんな芸当が出来る人間なんて見たことが無い彼女には、さぞかしショックだったであろう。

 

 しかし、ギヨームと違って鳳にはこっちの才能がない。死を前にした咄嗟の集中力と爆発力で、今回はたまたま上手くいったようなものだ。こんなことは何度も続かないだろう。問題は、なぜ急に彼女が襲ってきたかだが……

 

「おいっ! いきなり何しやがる!!」

「対象をストレンジャーと確認。対象をストレンジャーと確認。これより交戦に移る。これより交戦に移る」

 

 見ればポニーテールの後ろの方で、ツインテールが無線機に向かって叫んでいた。

 

 すると次の瞬間、おそらくその通信を受けたのであろうホバークラフトが急旋回を開始し、サイレンを鳴らしながらこっちへと引き返し始めた。船内からは緊迫した館内放送が漏れてくる……第一種戦闘配備、繰り返す、第一種戦闘配備。

 

「何をしたんだ君は!」

 

 サイドテールの振り回す剣をさばきながら、アズラエルが叫んでいた。

 

「そんなの俺が知るか! つーか、マジなんなの!? さっきまで俺たち仲良しだったよね?」

「世迷言を!!」

 

 ポニーテールが憎しみのこもった鬼気迫る表情で連射を続ける。鳳がそれを必死になって避けたり弾いたりしていると、最後までボートに残っていたツインテールが、筏に飛び乗りながら叫ぶようにアズラエルに向かって言った。

 

「アズラエル!! そいつはプロテスタントですよ! 何故、天使であるあなたが一緒にいるんですか!?」

「なっ!?」

 

 その言葉がよほどショックだったのだろうか……反射的に鳳のことを凝視し棒立ちになってしまったアズラエルの肩に、サイドテールの剣がざっくりと食い込み血しぶきが舞った。

 

 アズラエルは激痛に顔を歪める。その手ごたえに、はっきり勝利を確認したのであろうサイドテールが、勝ち誇ったような声をあげた。

 

「いい気味、裏切り者に相応しい末路だね!!」

「私は……裏切ってなど……」

「プロテスタントと一緒にいたのが何よりの証拠です……お覚悟!」

 

 アズラエルは必死に弁明をしようとしていたが、死角から忍び寄っていたツインテールは問答無用で背後から短刀を突き刺した。身体能力的には神人と変わらない天使であっても、前後から切り刻まれたら流石にノーダメージとはいかなかっただろう。

 

「や……めて……」

 

 アズラエルは苦し気に吐血すると、目の前のサイドテールを押しのけようとした。

 

「今更、命乞いなど見苦しいですよ。あなたも天使であるなら、覚悟を決めて、神の下へおかえりください」

 

 しかし、そうはさせじとツインテールが、短刀を体内のより深くに刺し込んだ。アズラエルは苦し気に喘いでから、持ち上げた腕をだらんと力なく下ろした。どうやらその短刀には、相手の力を吸い取るような何か仕掛けがあるらしい。

 

「ギィーーッ!! ギィギィーーーッッ!!!」

 

 その時、主人の危機を察知したのか、水中に隠れていた魚人たちが唐突に現れ、筏の上にいる彼女たちを攻撃し始めた。

 

「きゃっ! なにこいつら!! どこから出たのっ!?」

 

 堪らずサイドテールは剣を引き抜くと、登ってこようとする魚人たちをバッタバッタと薙ぎ払う。細工をされているのはサイドテールの剣も同じなのだろう。彼女が剣を引き抜いても、アズラエルの傷はなかなか再生しようとしなかった。

 

「や、やめろ……彼らを攻撃してはいけない」

 

 アズラエルは暴れる魔族を止めようとしたが、殆ど動けずその場に蹲ってしまった。肩からぼたぼたと流れ落ちる血液を止めようと、必死になってその傷口を手で押さえつけている。そんな無抵抗のアズラエルに対し、ツインテールは尚も執拗に攻撃を続けながら、

 

「やはり魔族と繋がっていたか、サタンの手先め。この世のすべての人の恨みを背負って死ぬがいい」

 

 捨て台詞のように言い切った彼女の瞳は、さっきとはまるで別人だった。何が彼女にそこまで憎しみを駆り立てるのだろうか……

 

 ともあれ、このまま放っておいては天使といえども死んでしまう。しかし鳳が何とか助太刀に入ろうとしても、ポニーテールに阻まれて近づけなかった。

 

 だが、その時だった。

 

「ふざ……けるな……誰が……悪魔(サタン)の手先……だ……」

 

 アズラエルが絞り出すようにそう呟くと、その瞬間、なんとなく場の空気感がずっしりと重くなり、鳳は嫌な予感めいたものを感じた。

 

 ギィギィと騒がしく鳴き叫ぶ魚人たちの動きが著しく変わり、サイドテールが泡を食って剣を振り回す。

 

 すると次の瞬間、アズラエルの体から金色の光が溢れ出して、背中の片翼がバサッと音を立てて開かれた。

 

「私は……天使……天使アズラエル……私が……どんな想いで……人類の……ために……人類の……ために!!」

 

 すーっと立ち上る金色のオーラに彼女の前髪がゆらゆら揺れて、その下にある金色の左目が露になった。

 

 その左目はオーラを受けて輝き、本当に光を発しているようだった。

 

 サイドテールはいよいよ魚人に追い詰められて後退る。ツインテールの方はさらに力を込めてアズラエルを抑え込もうとするが、その刃先はもはや彼女には届いていないようだった。

 

 そしてついに、アズラエルは明け方の空をも染めるくらい強烈な光を放ちはじめた。

 

「人類の……ためにいいいぃぃぃーーーーっっ!!!」

 

 爆発のように光が溢れ、鳳は直感的にヤバいと感じた。

 

 似たようなものを、以前にも見たことがあった。あれは確かバハムートとの戦いの時、ベル神父が見せたオーラだ。彼は魔王を仕留めきることは出来なかったが、本気の天使がどれだけの力を持つかを人類にまざまざと見せつけた。

 

 あの時の神父ほどでないにしても、少なくとも、本気になった天使はここにいる全員が束になっても敵う相手ではないだろう。鳳は慌ててアズラエルを止めようとしたが、

 

「逃がしませんわよ!!」

「空気読め、馬鹿! こんなことしてる場合じゃないだろう!!」

「そんなこと言って、アズラエル様に加勢するおつもりでしょう!」

 

 この期に及んで事態を把握しきれていない単純なポニーテールは、尚も鳳に立ちはだかってきた。しかし、単純であるのは確かだが、馬鹿と言うのは訂正しなければならない。

 

 射撃が効かないと判断したのか、見れば彼女は銃口をまっすぐこちらへ向けて、銃剣突撃のように向かってきた。これが意外と隙が無くて避けにくい。これを狙ってやってるんだとしたら、相当場数を踏んできた証拠だろう。

 

 鳳は、もはや手加減してる場合ではないと判断し、身体強化のスキルを使うと、すかさず筏を思いっきり踏みぬいた。すると雑な作りだった丸太が一本抜けて、出来た隙間に前進する彼女の足が絡まった。

 

 一瞬、穴に落ちかけた彼女の体がぐらつく。

 

 鳳にはその一瞬あればよかった。彼女がよろけた瞬間、彼は即座に彼女の側面に回り込み、穴に気を取られている彼女の腕に思いっきり手刀を叩きこんだ。

 

 バシッ! っと乾いた音が響いて、苦痛に顔を歪ませる彼女の手から武器が転げ落ちる。アサルトライフルの形をしたその武器は、くるくるスピンしながら筏の上を転がり、今まさに海へと落ちようとしていた。

 

 彼女は慌ててそれを拾い上げようとしてダッシュしたが、しかし、先にそれを拾い上げたのは鳳の方だった。

 

「わ、私のゴスペル!」

 

 鳳は、奪った武器を彼女に向けると、

 

「今は退け! アズラエルの様子が変だ!」

「返して! 返しなさいな!」

 

 鳳が警告するも、武器を奪われた彼女は必死すぎて、彼の話など聞いていないようだった。

 

 そんなに大事な物なら返してやるのも吝かではないが、それで大人しく退いてくれるだろうか……それにしても、武器を奪ったら、なんだか彼女の動きがやけにのろくなったような……

 

 ポニーテールは、鳳が頭上に掲げている武器に向かって必死になってぴょんぴょん飛び跳ねている。その動きはまるで大人と子供のバスケみたいだった。

 

「人の子よ聞け、悲しみと共に苦しみあろうと、飢えと共に渇きあろうと、ためいきと共に悲嘆あろうと、慈愛を忘れたお前らのために、私は涙を流すだろう」

 

 と、その時だった。

 

 鳳がポニーテールの動きが変わったことに首を傾げていると、まるで頭の中に直接響いてくるかのように、金色に光輝くアズラエルの声が聞こえてきた。その神々しく厳かな様は、正に神の使いに相応しく、見る者の心臓をぎゅっと鷲掴んだ。

 

 そんな天使を手にかけようとしていた二人は、弾かれるようにその場を飛び退ると、恐れおののくように乗ってきたボートへと逃げ帰った。本能が危機を察したのだろう。魚人たちがそんな彼女らに飛び掛かり、二人はそれに抵抗をしながら必死になってポニーテールに叫んだ。

 

「様子がおかしい! 一時撤退するよ!」「早く戻ってきて! そんなにはもたないわっ!!」

 

 仲間の必死の呼びかけに、鳳から武器を奪い返そうとしていたポニテも迷いが生じたのか、その目が武器と仲間の間をくるくる行ったり来たりした後、彼女は涙目になりながらボートの方へと走っていった。

 

「あとで覚えてらっしゃいよ~!」

 

 あとがあればの話であるが……逃げ帰っていくポニーテールの動きは、やはりさっきとは別人のようだった。もしかして、このゴスペルとやらに何らかの魔法がかかっていたのだろうか?

 

 そんなことよりも、今はアズラエルの方をどうにかしなきゃならないだろう。彼はそう思って振り返ったが、しかし、行動しようとした時にはもう手遅れだった。

 

「七日七晩涙を流し、地上のすべてを洗い流そう。世の穢れ、人の堕落、争いと憎しみ。破壊と再生を乗り越え、真の楽園へといざ向かわん。死よ! 恐れるな! その腕に抱き、すべての生命を流し尽くせ! 冥府を下り深淵を導かん、来たれ大洪水(タイダルウェイブ)!」

 

 その時、アズラエルの体から、直視できないほど大量の光が溢れ出し、周囲を真っ白く染めた。

 

 鳳は目を閉じながらも、それが第五粒子の奔流であること、そして膨大なエネルギーが何か巨大な物を引き寄せようとしていることを、その気配から察知した。

 

 船の方からは、三人娘の悲鳴が聞こえる。あいつらは無事だろうかと考えていると、間もなく静寂が訪れて光が去ったことに気がついた。恐る恐る目を開ければ、周辺の海が驚くほど静かに凪いでいて、まるで鏡みたいに真っ平らになっている。

 

 だがそれもつかの間のことだった。間もなくゴオオオ……という、遠くから地響きのような音が聞こえてきて、水面はパシャパシャと白く泡立ってしまった。嫌な予感に振り返れば、天を衝くほど巨大な高波が、ものすごい速さでこちらへ向かっているのが見えた。

 

 浅瀬でもない限りこんな沖合で津波が起きても、それはうねりにしかならないはずだ。だがどういう原理かは分からないが、その波は最低でも30メートルは下らない高さを誇り、波頭が白く砕けていた。はっきりとした正体は分からないが、あれは波と考えるよりも、何らかのエネルギーと思っていたほうが良さそうだ。

 

 ただ一つだけ分かることがある。あれに巻き込まれたらタダじゃ済まないだろうということだ。とはいえ、こんな大海原のど真ん中で、一体どこへ逃げろと言うのだろうか。

 

 逃げ場がないのならマストにしがみついてるくらいしか出来ない。鳳は慌ててマストに飛びついた。

 

 しかし、その時、彼は筏の隅っこでポニーテールがまだ立ち往生していることに気がついた。どうやらボートに帰りたくとも、間に立ちふさがる魚人の群れが邪魔で出来ないらしい。

 

 最初に見た彼女の身体能力ならば、そんなの物ともせず飛び越えられるはずだが……鳳は自分の手の中の物を見た。もしかして、自分がこの武器を奪ったせいなのだろうか?

 

「きゃああああーーーっっ!!」

 

 その時、魚人の一匹が彼女に気づいて襲いかかってきた。すぐ真上からは、ゴゴゴゴゴと、ものすごい音を立てて波が崩れる音が聞こえる。死にたくなければ、必死にマストにしがみついているのが正解だ。

 

「ち……ち……ちくしょーーーっ!!」

 

 しかし、鳳はマストを蹴って駆け出した。迫りくる波が、間もなくそんな彼のことを、頭から飲み込んでしまった。

 


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