ラストスタリオン   作:水月一人

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ポニテ改め昆布

「ゴミ! 社畜! 社会の病巣! あんたなんか生まれてこなきゃよかったのよ! 死ね死ね死んじゃえ! 悪魔! 息すんな! 口臭が臭いって言ってるのよ! っていうか、キモいキモいキモいぃぃーーーっ!! 存在自体が信じられないくらい気持ち悪いっっ!!」

 

 鳳を巻き込むようにして、一緒にマダガスカルの砂浜に流れ着いたポニーテールは、目覚めるなり、目の前に魔族がいることに錯乱して大暴れを始めた。ぶっちゃけ、その反応自体は鳳も他人のことは言えなかったが、暴れぶりにかけては完全に彼女の方が上だった。

 

 アナザーヘブン世界もそうだったが、こっちの世界の人間たちも魔族に苦しめられているせいか、彼女の魔族に対する嫌悪感は遺伝子レベルで刷り込まれてるらしく、どうやら丸腰で魔族と対峙しているという状況に耐えられないようだった。まるでゴキブリでも見るような目つきで、真っ青になって罵詈雑言を並べ立てる彼女の表情はピクピク引き攣って、骨の髄まで恐怖に怯えているようだった。

 

 その様子はちょっと痛々しくもあるが……それにしても、よくもまあ、次から次へと悪口が出てくるものである。鳳も今や三児の父であるから、何を言われても鼻でもほじってノホホンとしていられるが、独身男性がここまで女性に面罵されたらしばらく立ち直れないのではないか。

 

 JKの『気持ち悪い』は思ったよりも破壊力があるのだ。事実、言葉が通じていないであろう魔族であっても雰囲気くらいは伝わるからか、さっきから猿人が心なしか元気をなくしているように見える。

 

 おまえは寝ていたから知らないんだろうけど、こう見えても命の恩人かも知れない相手なんだから、もうやめてやれよ……と、鳳が耳を塞ぎながらポニテの凶行を見守っていると、やがて彼女は全ての力を使い果たしたのか、突然、貧血でも起こしたかのようにパッタリとその場に倒れ、大の字になって天を仰ぎながら投げやりに、

 

「くっ……殺しなさい」

「女騎士かよ。殺さないよ。つーか、そろそろ落ち着いたか?」

 

 仰向けになった胸が激しく上下に揺れていた。海水に濡れたセーラー服が肌に張り付いて、体のラインがくっきり見えた。こうして見ると結構デカい。横になっても形が殆ど崩れないのは若くて張りがあるからだろうか……などとセクハラ裁判で不利になりそうなことを顔色一つ変えずにじっくり考えていたら、やがて恐々とした表情のポニテがか細い声で呟くように言った。

 

「……本当に、殺さないんですの?」

「殺さん殺さん」

「そう言って、油断させといて後ろからざっくりと……」

「人を殺人鬼みたいに言いやがって……その気があんなら、君が起きる前にそうしてるだろ? そうなってない時点で察しろよ」

 

 ポニテはそう言われればそうだなと言った感じに、少しキョトンとした表情を見せた後、すぐにまた険しい表情に戻り、

 

「そんな話信じられませんわ! こうしてプロテスタントと魔族が共謀している現場を見つけてしまった後では」

「共謀? 何いってんだ」

「何って……あなたが連れているその魔族ですわよ。あなた達、プロテスタントの仲間なのでしょう?」

 

 鳳は隣に並んでいる猿人を見て、なるほどと思った。どうやらポニテは二人が元から仲間同士なのだと勘違いしているようだ。

 

 鳳は首を振って、

 

「違う違う。こいつとはここで出会ったんだ」

「本当にぃ……?」

「ホントホント。実は、俺もここに流れ着いた時、気を失っていたんだけど、そしたらこいつが助けてくれたみたいで……」

「はいぃ!? そんな話、信じられるわけありませんわよ! 魔族と人間が意思疎通するだなんて!」

「そうは言っても……君だって同じように彼が助けてくれたんだぞ? 自分の格好を見ろよ。水浸しだろう? 本当なら波打ち際で海水に打たれていた君のことを、彼が運んでくれたんだぞ?」

 

 ポニテはそう言われて、初めて自分の格好に気づいたようにマジマジとずぶ濡れの体を見てから、やっぱり信じられないと首を振って、

 

「嘘を吐かないで欲しいですわ! あなた、私のことを混乱させて誑かそうとしようったって、そうは行きませんわよ」

「嘘じゃないっての。つーか、誑かすなんて、そんなつもりは毛頭ないよ。俺は事実しか言っていない」

「馬鹿馬鹿しい……人助けする魔族なんて、そんなのいるわけありませんわ! あなた、まさか私が魔族の習性を知らないとでも思ってるんじゃありませんわよね!?」

 

 そう言われてしまうと今度は鳳の方が黙る番だった。

 

 彼だってもちろん、魔族の習性は知っている。魔族という種族は、基本的に他者を殺すか犯すか、どちらかしかしない。

 

 だから、アズラエルの連れていたインスマウスや、この猿人を見て、もしかしてこっちの世界では、魔族は話が通じる相手なのかなと思いかけていたのだが……彼女の様子を見るからに、それはやっぱり間違いのようである。

 

 じゃあ、本当にこいつは何なんだろうか……? さっき考えたとおり、先祖返りなんだろうか?

 

 鳳が隣でキョトンとした表情をしている猿人を見ながら、やっぱりこいつにはあまり気を許さない方がいいのかなと思っていると、猿人はまるでその空気を察したのかのように、急にうほうほ言いながら鳳たちに背を向けた。

 

 その背中は哀愁に満ちて物悲しかった。なんだか仲間はずれにしているみたいで居た堪れない。鳳はガシガシと頭を引っ掻くと、

 

「ああ……もう! 確かに君の言う通りだろうけど、こいつはなんか違うんだ。もう共謀でもなんでも良いから放っといてくれ。ほらよっ! これは返すからよ」

 

 彼はそう言うと、彼女から隠すように流木の影に置いておいた例の機関銃を取り出した。そしてそれを見て驚いている彼女にぐいと押し付けると、

 

「俺はもう行くから、君も勝手にしてくれ。多分、ここで待っていたら、仲間が助けに来てくれるんじゃないか」

「ちょ、ちょっと、お待ちなさい!」

 

 鳳がそう言って猿人を追いかけようと踵を返すと、その行手を阻むようにポニテが機関銃の銃口を向けながら割り込んできて、

 

「お待ちなさいって言ってるでしょう?」

「どけよ」

「あなた、まさかこのまま逃げられると思ってまして?」

 

 鳳は、はぁ~……っとうんざりするようにため息を吐くと、胸を張って、わざとその銃口を自分の心臓に突き立てるように彼女の前に立ちはだかり、

 

「ああ、そうかい。やれるもんならやってみろよ」

 

 ポニテはそんな鳳の挑発にムッとしながら、

 

「それで私が引くとでもお思いで……? お馬鹿さん。私にゴスペルを返すなんて、自分から逮捕してくれと言っているようなものですわ。あなたには本隊が来るまで私と一緒にいてもらいます」

「あのなあ、その本隊がやってきたら、俺はどうなるんだ?」

「どうって……?」

「忘れたとは言わせないぞ、いきなり襲いかかってきたのは君だろう。問答無用で殺されるんじゃないか」

「それは……」

「そのつもりなら今すぐ引き金を引けよ」

 

 鳳は更に銃口をぐっと押し付けるように彼女に迫ると、若干引き気味の彼女の眉間を指さしながら、

 

「いいか? よく聞けよ? もし俺に君を殺す気があったなら、君はとっくにあの世行きだ。信じようが信じまいが勝手だが、あの猿が君を助けてくれたのも事実なんだ。そして、その武器を君に返したのは、そうしなきゃ君がここに取り残されても一人で生きていけないと思ったからだ。君はそれが無けりゃ運動能力が著しく落ちるんだろう? 武器を奪ったまま、置き去りにしても良かったんだぞ?」

「うっ……」

 

 ポニテは鳳に迫られてたじろいでいる。彼はそんな彼女の目をじっと睨みつけながら銃身を掴むと、銃口をそっと横に向けた。

 

「じゃあな。俺は行くから、君は助けが来るまで、大人しくここで待ってな」

 

 鳳はそう言うと、悔しそうな表情で機関銃を構えたまま硬直している彼女の肩をポンと叩いてから、その横を通り過ぎた。やけくそで撃ってきたりしないか若干不安だったが、どうやら平気のようである。武器を返すのは結構な賭けだったが、彼女にも言ったとおり、この状況では仕方なかっただろう。

 

 そんなことよりも、さっきさり気なく会話の中で触れられたが、やはりあの機関銃はゴスペルだったらしい。アナザーヘブン世界では、神話に登場するような仰々しい名前のものしかなかったから確信が持てなかったが、どうやらこっちの世界では彼女のような一般戦闘員でも普通に持ってる代物のようだ。

 

 そう考えると、あの時、ポニテの仲間のサイドテールやツインテールが持っていた長剣やナイフも、きっとゴスペルだったのだろう。そして、彼女らはゴスペルから身体強化を受けなければ、ろくに戦う力も持っていないようだ。今度また戦う機会があったら、その辺のことも考慮してやるべきだろう……

 

 鳳はそんなことを考えながら猿人に追いつくと、その背中をパンっと叩きながら言った。

 

「よう、チューイ! そんなしょぼくれた顔してんなよ。一緒に行こうぜ?」

「……うほ?」

 

 猿人はまさか鳳が追いかけてくるとは思っていなかったのだろう。キョトンとした表情で、ウホウホ言いながら首を傾げている。鳳はそんな猿人に向かって、

 

「名前ないと不便だろ? おまえ、チューバッカみたいだからチューイな。今度からそう呼ぶよ」

「うほっ! うほっ!」

「あいつが言ったことなら気にすんな。思春期の女は面倒くさいんだよ。それよりお前、実は、もう一人行方不明のやつがいるんだけど知らないかな?」

 

 鳳がそうやって気さくに話しかけてやると、最初、猿人は喜んでいるようだったが……暫くするとなんだか急に態度が余所余所しくなってきて、彼はソワソワしながら鳳の背後を指差したかと思ったら、まるで身を引くように距離を置いた。

 

 鳳が、どうしたんだろう? と思って振り返ると、するとそんな一人と一匹の後を遠巻きに見るように、ポニテがこっそり後をつけてきていた。

 

「なんで追いかけてくるんだよ?」

 

 彼女のことに気づいた鳳がぞんざいに言うと、彼女は少し傷ついた感じに唇を尖らせ、そっぽを向きながら、

 

「た、たまたま行く方が同じになっただけですわ」

「あっそう。じゃあ、俺はあっち行くから……」

 

 鳳が別方向に足を向けると、彼女は一瞬ギョッとした表情をしてから、続いてソワソワした表情に変わり、最終的には何気ない風を装いながら、コソコソと彼の後についてきた。鳳が立ち止まって振り返ると、彼女も立ち止まって、何食わぬ顔をしてそっぽを向いて口笛を吹きはじめる。その様子を見るからに、多分、一人になるのが心細いのだろう。

 

 きっともう一度理由を問いただしても、たまたまだと言い張るに違いない。彼はため息混じりに、

 

「仲間が探してるんじゃないか? うろつきまわらないで、一箇所でじっとしてた方がいいと思うけど」

「そ、そんなことは分かっていますわよ。でも……そう! 仲間は私だけじゃなく、犯罪者のあなたのことも探していますわ。だから私は犯罪者を見張るために、仕方なくあなたの後をつけているのですわ!」

「……不安で不安で仕方ないって言うなら考慮するんだけどね。思いっきり犯罪者呼ばわりしながらついてこようって、君、いい度胸だよね」

 

 鳳が引き攣った笑みを見せると、ポニテはビクッと肩を震わせてから、機関銃を構えたり下ろしたり構えたり下ろしたりを繰り返しはじめた。まるでRPGのキャラクターの待機モーションみたいである。

 

 まあ、彼女が不安がるのも仕方ないかも知れない。実際、こんな辺鄙な場所に一人取り残されて、来るかどうかもわからない救助を待つのはとんでもなく憂鬱だろう。つい昨日、同じ状況で死にかけたからその気持ちはよく分かった。

 

 問題は、本隊と出食わした時、後ろから撃たれるかも知れないにも関わらず、彼女の同行を許すのは、普通に考えてあり得ないわけだが……確かに、後ろから撃たれる可能性は否定できないが、彼女が横にいたら本隊の方も撃ちづらくなるはずだ。最悪の場合、人質に取るという選択肢もある。

 

「まあ……いいんじゃないの。ついてきたいなら、好きにすれば?」

 

 鳳が皮算用をしつつ、ため息混じりにそう言うと、彼女はパーッと瞳を輝かせてから、ハッと気づいたように真顔に戻り、もじもじしながら、

 

「べ、別にあなたのためについていく分けじゃないんですのよ? あくまで監視のついでなんですからね……」

 

 彼女はツンデレみたいなセリフを吐きながらピューッと走ってくると、ツンツンした表情で鳳の横に並んだ。と言うか、よほど不安なのだろうか、その距離がやけに近かった。腕を差し出したら、しがみついてきそうな勢いである。

 

 後をつけているのではなかったのか……とは言え、今更、意地悪なことを言うのも大人げない。鳳は黙って歩きだすと、鴨の親子みたいにくっついてくるポニテに向かって言った。

 

「で、君、名前は?」

「はあ!? そんなの教えるわけないじゃないですか」

「それじゃ俺はなんて呼べばいいの? 昆布って呼んでいいの?」

「はあ? どうして昆布……」

「そっちは俺の名前知ってるからいいけど、一緒に来るなら呼び名が必要だろ」

「それは……まあ、そうですわね……」

 

 ポニテはそう呟くように言ってから、しばらく考え込む素振りを見せた後に、不承不承と言った感じに重い口を開いた。

 

「私は瑠璃。宮前瑠璃ですわ」

「はあ!?」

 

 その名前を聞いて、今度は鳳の方が素っ頓狂な声を上げた。その様子を見て、瑠璃が不服そうな声を上げる。

 

「なんなんですの? 人に名前を聞いておいて、そんな不愉快な声を上げるなんて、失礼じゃありません?」

「い、いや、ちょっと驚いちゃって。つか、君、日本人だったの?」

 

 言われてみれば黒目黒髪だし、顔つきも日本人っぽく見えなくもない。まさか、日本人が生き残っているなんて思いもしないから、名前を言われるまで、その可能性をこれっぽっちも考慮しなかったのだが……

 

 しかし、どうやらそれは早とちりだったらしく、彼女の方は鳳が言ってる言葉がわからないといった感じで首を傾げ、

 

「にー……ほんじー……? なんです、それ?」

「え……そんな名前のくせに、日本人じゃないってのか? そうか……それは残念。それじゃあ、日本風の名前でも流行ってるのかな?」

「……その、日本というのが何なのか、私にはわからないのですけど」

「わからない!? そんな名前のくせに?」

「そんな驚かれるようなおかしな名前ではありませんわ。失礼な人ですわね……」

 

 瑠璃は自分の名前をバカにされてると思ったのか、ぷんすかしながら、もうこの話はおしまいと言わんばかりに、

 

「ところであの魔族、いつまで私たちについてくるつもりですの?」

 

 そう言って彼女は、ウホウホ言いながら二人の前を先導するように歩いている猿人のことを、おっかなびっくり指差した。と言うか、勝手についてきているのは自分のくせに、人の連れに文句をつけるのはどうなんだ。

 

 因みにその並びからして、ついていってるのは鳳の方で、彼は瑠璃に遠慮してかどこかへ行こうとしているチューイのことを追いかけているところだった。猿人もそれが分かっているのか、時折振り返ってこっちの様子を気にしている。そのたびに瑠璃がビクビク怯えているが、彼がどこへ向かおうとしているのかも気になるから、鳳は黙ってその後についていった。

 

 すると、やがて諦めたのか、本当に襲ってこないんだと学習したのか、ようやく落ち着いてきた瑠璃が、突然、何かに気づいたようにおやっとした声をあげ、

 

「……あら? あの魔族は……もしかして」

「なんだ? 何か気になることでも?」

「え、ええ、まあ……」

 

 瑠璃は何かを思い出すようにこめかみに指を当てながら、

 

「マダガスカル撤退後、私たちは調査のために何度か島に上陸しているんですの……それで、その度にどこからともなく現れて、何度追い払ってもついてくる魔族がおりまして、みんな気味悪がっていたんですわ。私も一度戦ったことがあるのですけど……」

「あいつだったの?」

「さあ? 魔族の区別なんて出来ませんから、はっきりとは……ですけど、種族は同じですわね」

「ふーん……」

 

 人間とは違って、同じ種類の魔族が10体いたところで区別はつけられない。だから瑠璃が以前に見たという魔族とチューイが同じ個体とは言い切れないが、もしかすると、この猿人の種族自体が、やたらと人間に対してフレンドリーという可能性があるのかも知れない、といったところだろうか。

 

 逆に、そうやって油断させといて、仲間が集まる集落に誘い込み罠にかけるという可能性も否定は出来ない。魔族ならそれくらいのことをやるだろう。しかし……チューイの純粋な目を見ていると、とてもそんなことするやつとは思えないのだ。でもこのままついて行っちゃっても本当にいいのだろうか……

 

 とその時、鳳はふと気になることに気づいた。

 

「ん……? マダガスカル撤退? 撤退ってどういう意味だよ。君ら、マダガスカルから来たって言ってなかったっけ?」

「そのままの意味ですけど? 私はドミニオン・マダガスカル方面隊。本部はモーリシャス島ですわ」

「じゃあ、マダガスカルには今、誰が住んでるの?」

「……あなた、本気でおっしゃっていますの?」

 

 瑠璃は狂人でも見るかのような不可解な表情を浮かべている。もう何度も似たような顔をされているからいい加減に慣れてしまったが、知らないことだらけではやはり会話もままならない。

 

 アズラエルと再会したら詳しい話を聞こうと思っていたのだが、こうなったら瑠璃に色々聞いといたほうが良いかも知れない。どうせ、プロテスタントだかなんだか知らないが、彼女の敵対勢力であることはバレてしまっているのだ。

 

 鳳がそう思って口を開こうとした時だった。猿人の後を追いかけてきた二人は、行く先からざわめきのような声が聞こえてくるのに気がついた。

 

 そこはちょうど海が切れ込んで丘を削り、ラグーンのようになっている場所で、鳳たちからは何があるのかまでは見えなかった。そんな場所から、何らかの気配を感じる。しかもかなりの数だ。

 

 鳳は、まさかさっき考えていた通り、猿人に嵌められたのか? と、一瞬疑ったが、当の猿人の方が落ち着いた様子で、相変わらず呑気にウホウホ言っているのを見て警戒を解いた。

 

 自分も瑠璃に言った通り、殺すつもりならいくらでも機会があったのだ。今更、彼を疑って何になると言うのだろうか。

 

 だが、そうなるとこの先には何があるのだろうか……? 彼は、警戒して顔をこわばらせている瑠璃を置いて、小走りに猿人の横を通り過ぎると、そっと丘の上から下を覗き込んでみた。

 

「ギィギィギィギィーー!!」

 

 するとそこには、水揚げされた魚みたいに、海水溜まりの中でビチビチと跳ねている無数のインスマウスが見えた。それはおびただしい数で、一斉に飛びかかられたら、いくら陸上でも鳳に勝ち目はないだろう。

 

 しかしもちろん、そんな心配は必要なかった。そのインスマウスたちの遊んでいる波打ち際で、海をじっと見つめながら、体育座りで小さく丸まっている影が見えた。片翼の天使アズラエルがそこにいた。

 


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