ラストスタリオン   作:水月一人

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神は……死んだ?

 猿人チューイを追いかけて辿り着いたラグーンで、アズラエルを発見した。鳳は瑠璃の相手をするのに忙しくて、何も考えずに彼の後を追っていたのだが、どうやらこの猿人は、最初から鳳をここへ案内するつもりだったらしい。

 

 そう言えば、瑠璃を置いて二人で行動しようとした際、もう一人漂着者がいるはずだと彼に告げていた。ウホウホしか言わないから、てっきり言葉が通じているとは思っていなかったのだが、どうもこの猿人、最初から人間の言葉が分かっていたようである。

 

「……俺が人を探してるって言ったから、連れてきてくれたの?」

「うほ! うほ!」

「おまえ、もしかして言葉分かるの?」

「うほー!」

 

 チューイは嬉しそうにドラミングしている。本当に言葉が通じているんだなと鳳が感心していると、二人の様子を後ろで見ていた瑠璃が近づいてきて、

 

「……あれは、天使アズラエル!? やっぱり、あの裏切り者。魔族に通じていたんですわ。近寄るのは危険です。早々に立ち去りましょう」

 

 瑠璃は寝そべるようにして崖下を覗き込んでいる。そんな彼女が近づいてくるのを見るや否や、チューイはしょんぼりしてスゴスゴと離れていった。

 

 つまりなんだ。言葉が通じると言うことは、彼女の暴言も全て理解していたというわけだ。鳳はため息混じりに言った。

 

「大丈夫だろ。俺はアズにゃんに用があるから行くよ」

「はあ!? あれを見て、あなたは危険を感じないんですの?」

「逆に考えろよ。彼女が魔族を統制してる限り、あれは俺たちを襲ってこないんだと」

「そんな保証、どこにもありませんわよ?」

「そうかもな。まあ、気が進まないなら、君はここで待ってればいい。それより、チューイに謝っておけよ。可哀相に、すっかりいじけちゃってるじゃないか」

「はあ? 何故私が魔族なんかに……って、ちょっとあなた! お待ちなさいよね!」

 

 鳳は引き止める瑠璃を無視して立ち上がると、崖をひょいひょいと下っていった。その姿を見つけたインスマウスたちがまたギィギィと騒ぎ出したが、思ったとおり襲ってくることはなかった。そんなインスマウスたちを迂回して、波打ち際で黄昏れているアズラエルに近づいていく。

 

 月の下で初めて見た彼女の髪はブルーに見えた。だが、こうして陽の光の下で改めて見ると、それは薄っすらと紫がかった白髪のようだった。膝を抱えて丸まっている彼女は、鳳が近づいてもピクリともせず、じっと波打ち際に視線を合わせたままでいる。その燃えるような真っ赤な右目と、前髪に隠れた左目の金色が、軽く閉じられた長いまつげの間から、寄せては返す波を追いかけていた。その姿は、本当に小さな子供にしか見えなかった。

 

 彼女もまた、人間たちに裏切り者と罵られて、傷ついているようだった。それは心的なだけでなく、外的にもきっちり痕となって残っていた。天使……つまり、神人にルーツを持つ彼女の体はとっくに回復していたが、瑠璃の仲間に切りつけられた服の穴には血が滲んでいた。それが彼女の子供みたいな姿と相まって、酷く凄惨に見えた。

 

「……どうして、魔族と一緒にいるのだ?」

 

 どう話しかけていいか分からず、じっと彼女の脳天を見ていたら、アズラエルは視線を動かさずにそのままの姿勢で呟くように言った。多分、鳳がチューイと一緒に来たのを見ていたのだろう。きっと、瑠璃の姿も捕捉済みだ。

 

「君だって、一緒にいるじゃないか」

 

 鳳が肩を竦めながらそう言い返すと、彼女は不服そうにフンッと鼻を鳴らした。左右の足の親指を交互に交差させながら、相変わらず視線は波打ち際に釘付けであり、背中は丸いままだった。

 

「まさか、君がプロテスタントだったとは……正直、裏切られた気分だ」

「裏切るなんてとんでもない。最初から騙すつもりは無かったんだぜ? ただ、どこまで言って良いのかわからなくって」

「はっ! 言わないだけで十分裏切りだろう。プロテスタントがこの世界に何をしたか……知らないとは言わせない」

 

 もちろん、知らなかった。鳳はまた肩を竦めた。実際問題、世界を渡ったカナンたちが何をしたのか知りたくて、こうしてここまでやって来たというのが正解だった。そしてそれを聞く前にドミニオンがやって来てしまい、こうして流されてきてしまったわけだ。

 

「すまない……俺は確かにプロテスタント? の仲間かも知れないが、彼らと一緒に行動をしていたわけじゃないんだよ。だから、君らの言うプロテスタントが何をしたのかは知らないんだ」

「世迷い言を。では何故、君はプロテスタントと呼ばれているんだ?」

「それは……そんなつもりはないんだけどなあ……俺は単にカナン先生……サタンに神を倒すのを手伝ってくれと言われたから、ここへやって来ただけなんだけど」

 

 微動だにしなかったアズラエルの首がスッと動いて、鋭い眼光が鳳の目を捉えた。ものすごい形相で睨まれて、鳳はその迫力にたじろいだ。どうやら、彼の言い草に腹を立てたようである。神を侮辱するつもりなんてないのであるが……

 

 彼は白々しく話題を変えた。

 

「と、ところでアズにゃん。結局、君はマダガスカルに何しに来たんだよ? ドミニオンに襲われていた時も、なんとしてでもここへ来たがってる感じだったけど。ここに何があるってんだ?」

「何があると言われても……ここは人類第二の都市だっただろう。その調査以外にあるまい」

「人類第二の都市!? そりゃまた大きく出たもんだな」

「……君は何を言ってるんだ?」

「あ、いや、もちろん、バカにしてるわけじゃないんだ。俺の知ってるマダガスカル島と、君らの言うマダガスカル島にはギャップがあるというか……」

 

 正直、この世界がラシャによって滅びた後どうなったのか、カナンにもっと詳しいことを聞いておくべきだった。そうすれば、こうして話が噛み合わないことも無かったろうに……鳳はそれを後悔しつつ、

 

「さっき、あのドミニオンの子から聞いたんだけどさ? ほら、ポニーテールの。彼女が言うには、マダガスカルから撤退したとかなんとか……」

「ああ」

「どうして撤退しなきゃいけなかったんだ?」

「本当に、何を言ってるんだ、君は?」

 

 アズラエルは呆れるような、もしくは侮蔑するような眼差しで、

 

「マダガスカルは魔王ベヒモスによって占拠され、今はもう人が住めない環境になっているからじゃないか」

 

 それを聞いて、鳳は仰天した。

 

「ベヒモス!? ベヒモスがいるの!? それって、やたらデカいカバみたいな怪物で、何でも食べちゃう感じの?」

「あ、ああ……そうだが?」

「そうか、あのデカブツ、こんなところに出やがったのか」

 

 アズラエルは怪訝そうな表情を浮かべながら、

 

「……16年前、神域はアスクレピオスを起動してベヒモスを消去しようとしたが失敗し、人類はマダガスカル撤退を余儀なくされた。それ以来、ここは基本的に無人島であるわけだが……そんなの常識だろう? 君は学校で習わなかったのか?」

 

 もちろん、習うわけがない。何しろこの世界の住人じゃないのだから。それより、16年という年月が引っかかった。鳳がベヒモスを倒したのは3年前だった。カナンたちが世界を渡ったのも同じ年だ。もしかして、あっちとこっちでは時間の流れが違うのだろうか……?

 

 ともあれ、これでアナザーヘブン世界が消滅されようとした時の経緯は分かった。アスクレピオスというのが、恐らくその時に使われたゴスペルなのだろう。そしてそれが不発に終わったのは……鳳たちが抵抗したからなのだろうが、本当のことを言ったら怒られそうだから、今はまだ黙っておいたほうが良いだろう。こっちだって、ただ黙って消されるわけにはいかなかったのだ。

 

 アズラエルは続けた。

 

「その直後に突然、神域にルシフェルが現れたので、もしや全ては奴の奸計だったのではないかと、我々天使の間では考えられていたわけだが……」

「ふーん……ところでルシフェルって、サタンのことでいいんだよね?」

 

 彼女は、しまったといった感じに顔を歪めてから、

 

「……そうだ。あの悪魔(サタン)のことだ」

「そのサタンはどうなったのさ?」

「どうって……プロテスタントは皆殺しに決まってるだろう。奴が処刑されたから、人類はまだ生存できているんだ」

「そ、そうかあ……」

 

 じゃあ、エミリアの言っていたことは本当だったのか……鳳は落胆した。

 

 この世界にたどり着いてすぐ、通信で彼らの死を伝えられてはいたが、それでも本当は生きているんじゃないかと、鳳は淡い期待を持っていた。しかしこうして、この世界の天使にはっきりその死を告げられたのでは、もはやその可能性はなくなったと思ったほうが良いだろう。

 

 彼らは神域を襲撃し、神を倒すことに失敗し……殺されたのだ。

 

 悪い人たちでは決してなかった。彼らは鳳たちの住んでいるアナザーヘブン世界を守り、それどころか遍く上下全ての宇宙を守ろうという、とても重大な使命を抱いて戦っていたのだ。寧ろ、彼らはこの世界にとっても救世主たり得る存在だったはずだ……それが、あっけなく命を散らしてしまっていたとは……

 

 鳳は、あの時、自分も一緒に来れていたら、結果はまた違ったのだろうかと後悔した。あの時はアナザーヘブン世界が消滅するかも知れなかったから、仕方なかったとは言え、結局、あの世界はレオナルドの犠牲によって守られたのだ。自分がいてもいなくても、何も変わらなかったかも知れないのだ。

 

 鳳が下唇を噛みながら、カナンたちの死を悼んでいると、

 

「……君は驚くほど常識がない。何故だ? 君みたいな人間がいてたまるか」

 

 そんな彼に不思議そうな口ぶりでアズラエルが言った。そのセリフだけ聞くと馬鹿にされているようにしか聞こえないが、実際問題、彼女からしてみれば鳳のような人間は不可解にしか映らないだろう。

 

 正体を明かすことにリスクはある。しかし、ずっと隠したまま行動するのも限界がある。どっちにしろ、もう一度会ったらちゃんと話をしてみようと思っていたのだ。彼女は鳳と同じく『神域』から逃げているらしいから、少なくとも目的が一致する間は、敵対することはないだろう。

 

 そろそろ、種明かしをした方がいいだろう。鳳は両手をわざとらしく挙げて、降参のポーズをしながら言った。

 

「オーケー、オーケー……じゃあ、話そう。君が俺に不審感を抱くのには理由がある。俺が常識知らずなのも。実を言えば、俺はこの世界の住人じゃない……」

「君は何を言って……」

「話は最後まで聞けって。アズラエル。君は4日前、空から火球が降ってくるのを見たんだろう? そして、なんだろうと思って落下点に向かって行ったら、遭難している俺に出会った」

「……ああ」

「あの火球に乗っていたのが俺だ。4日前、俺は空から……大気圏外からこの地球(ほし)に落ちてきたんだ」

 

 アズラエルは眉間に皺を寄せて唸り声をあげた。

 

「やはり……あの火球が君の乗っていたボートだったのか。おかしな構造で、とても飛行機には見えなかったから、確信は持てなかったのだが。君は、宇宙から来たのだな?」

「ああ、そうだ」

「道理で……地上をいくら探してもプロテスタントの基地が見つからなかったわけだ。月か? 火星か? プロテスタントの基地は一体どこにあるんだ?」

「いや、月でも火星でもない。つーか、俺はプロテスタントの本拠地がどこにあるのか知らないんだ。目覚めたら、あの脱出ポッドに入れられて、地球に落っことされていたんだからな」

 

 アズラエルは険しい表情で鳳を睨みつけながら、

 

「そんな都合のいい話があるか。いい加減に嘘はやめて、本当の話をしたらどうなのか」

「嘘じゃないんだって。つーか、本当のことを言えば、君はもっと信じられなくなるぞ」

「……どういうことだ?」

「俺は確かに大気圏外から落ちてきたわけだが、この宇宙……太陽系のどこかにいたわけじゃない。もっと別の次元……簡単に言えば、別の世界からやって来たんだよ」

 

 アズラエルは、尚更そんなこと信じられないとばかりに、

 

「そんな馬鹿な話を信じるとでも思うか? そりゃ、宇宙へ行く方法がないから、君の嘘を確かめる方法もないわけだが」

「いや、だから嘘じゃないって。そうだな……ちょっと見方を変えてみようか。君の話では16年前、神域がサタンに襲撃されたわけだが、そのサタンはどこから現れたんだ?」

「それはわからない。本当に唐突だったんだ。でも、奇襲をかけてきた相手がどこにいたかなんて、分からなくても仕方ないだろう」

「いや、分かるんだ。アズにゃん、一つ確認するけど、サタンっていうのは、元々ルシフェルと言う名のこの世界の天使だったんだろ?」

「……ああ、そうだが」

「かつてルシフェルは神に逆らい、仲間のバアル、アシュタロスと共に処分された」

「そうだ」

「ところで処分された彼らはどうなったんだろうか?」

「え……?」

 

 アズラエルは目を瞠った。

 

「16年前、その処分されたはずのルシフェルが、突然、神域の中に現れた。どうやってってのは、まあ置いといて、つまり、彼らは死んでいなかったんだよ」

 

 その言葉に、アズラエルはぽかんと口を開きながら、鳳のことを見上げた。言われてみれば当たり前のことだが、神を信奉するあまり、彼女はその当たり前が頭から抜け落ちていたのだ。鳳は続けた。

 

「実は神に処分されそうになった彼らは、それを恐れて別の世界に逃げ込んでいたんだ。そこはここと全く同じ、人類が魔族に苦しめられている世界だった。彼らはそこで、神を倒す計画を立てていたんだ。で、率直に言えば、俺はその世界の住人なんだよ」

 

 アズラエルの瞳がキョロキョロと忙しく動き回っているのは、考えごとに夢中で周りが見えていないからだろうか。しばらくの間、彼女は黙ったまま鳳の言葉を吟味し、ゴクリと唾を飲み込んでから言った。

 

「……冗談だろう? 別世界だって? そんな話、信じられると思うか?」

「でも、そう考えれば彼らが生きていた理由にもなるじゃないか。もしこの世界に残っていたら、例えそれが大気圏外だろうが太陽系外だろうが、きっと彼らが神から逃れることは出来なかっただろう。それが出来るとしたら別世界だけだ」

「し、しかし、どうやってそんなことを……」

「ゴスペルだ」

 

 全てをきちんと話すのは難しい、だから鳳は掻い摘んで説明した。

 

「実はゴスペルとその世界は繋がっているんだ。で、まあ、とにかく色々あって、ルシフェルはそれを利用して、この世界に戻ってきたんだよ。確か、ルシフェルはこっちでゴスペルの製造をしていたんだろ?」

「あ、ああ、そうだ……確かにそうだった。言われてみれば、奴以上のゴスペルの専門家はいないだろう。今のミカエルであっても、あるいは……」

 

 その口ぶりからすると、ルシフェルの仕事はミカエルが引き継いだようである。あらゆる文献が示すとおり、天使だった頃のカナンは本当に神の重鎮中の重鎮だったのだ。そんな重要人物が裏切ったとなれば、天使たちが必要以上に辛辣になるのも頷ける。

 

「じゃあ君は、悪魔(サタン)は別世界に逃れて神に復讐する機会をじっと窺っていたんだと言うのか?」

「いや、復讐するつもりなんてなかったんだ。彼らは事情があって神を制止しようとしただけなんだ。それが、彼らが神に処分されそうになった理由でもあるんだけど……」

「それは一体なんだ……?」

 

 アズラエルの食いつきぶりからするに、半信半疑とは言え、どうやら鳳の話を少しは信じてくれたようである。鳳は、このまま問われるままに話し続けてもいいとも思ったが、その前に、はっきりさせなきゃいけないことだけは、はっきりさせておこうと思い、

 

「君が知りたいことには何でも答えよう。ただ、その前に、一つ聞かせてくれないか?」

「なんだろうか?」

「アズにゃん……何故、君はドミニオンに追われている? 彼女らは、君に殺人容疑がかかっている言っていた。君は、何をしてしまったんだ?」

 

 それはアズラエルにとって完全に不意打ちだったのだろう。鳳の不思議な話を前に興奮していた彼女は、突然冷水をかけられたかのように硬直した。彼女の容姿のせいもあってか、いじめているような気がして胸糞悪かったが、しかし、こっちも命がかかっているのだからそうも言ってられなかった。

 

「プロテスタントだかなんだか知らないが、俺もこの世界の体制側に追われているんだ。君がどういう人なのかも分からず、何もかもを話すわけにはいかないだろう? 俺は君のことをある程度は信用したから話をしようと思ったんだ。だから君も、少しは俺のことを信用してくれないか?」

 

 アズラエルは、それでも眉間に皺を寄せたまま押し黙っている。真一文字に口を結びそっぽを向いている様は、どうしても話をしたくないと言っているようなものだった。これ以上は無理だろうか? 正直、右も左も分からない状況で、信用を置けない相手とこれ以上行動を共にするわけにもいくまい。

 

 鳳が、ため息混じりに彼女に別れを告げようと、口を開きかけた時だった。

 

「そんなに知りたいのなら、私が教えてあげますわ」

 

 背後から瑠璃の声が聞こえた。振り返ると、いつの間にか彼女も崖から降りてきていて、入り江に屯するインスマウスの群れをおっかなびっくり遠巻きにしながら、こっちに向かってきているところだった。

 

 彼女は鳳の隣まで来ると、彼の腕をしっかと掴んで恐恐と視線を海に向けたまま、

 

「別世界から来たというのは信じられませんが、本当に何も知らないというのでしたら、教えて差し上げますわよ。プロテスタントが何をしたのか。そして、アズラエル様が何をしたのかも」

 

 するとアズラエルが慌てたように割って入って、

 

「待て。勝手なことはするな」

「勝手なのはアズラエル様ですわ。疑義を正すつもりがおありなら、素直に私たちと同行してくださればよかったのに、どうして逃げ回るんです?」

「刃物を突き立てておきながら、どの口が言う!」

「……それもアズラエル様が否定しなかったからですわ。あなたがしたことが本当なら、間違いなくあなたは裏切り者です。それだけは私もはっきり申し上げます」

 

 そのはっきりとした物言いに、アズラエルは忌々しそうに舌打ちすると、また不貞腐れたように背中を丸めて座り込んでしまった。良くわからないが、人間にとって天使は神に次ぐ尊崇の対象であろうに、毅然とした瑠璃の態度を見るからに、よほどのことがあったのは間違いなかった。

 

 本当に、彼女は何をしてしまったんだろうか……?

 

 人間に刃を向けられ、ベヒモスの徘徊する島に逃げ込み、魔族を引き連れている姿から推察するに、ろくなことじゃないのは確かだろう。

 

 だが、そうしてアズラエルのことばかりに気を取られていた鳳は、不意打ちを食らうことになった。

 

 寝耳に水の出来事は、アズラエルの凶行以外にもまだ転がっていたのだ。

 

「本当にあなたが何も知らないと仮定して、まずは16年前のことから話し始めましょうか……16年前、神域の中に突如出現したプロテスタントの手により、神殿は破壊され、そこに御わす神様はお隠れになりました。それ以来、私たち人類は神不在の状況で……」

「……え? ちょ、ちょっと待ってくれ!? お隠れって……?」

 

 鳳は、まったく想定していない言葉が出てきて戸惑った。瑠璃はいきなり話の腰を折られたことにムッとしながら、

 

「そのままの意味ですわよ。つまり……神様や天使様、やんごとなき御方がお亡くなりになられた際、私たち下々のものは憚ってお隠れになると表現しますでしょう?」

 

 瑠璃は断言した。さっきアズラエルと話していた限りでは、カナン達は襲撃に失敗したのだと思っていた。ところが、瑠璃の言い分では、どうもそうでもないらしい。

 

「神は……死んだ?」

 

 鳳はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 もし、それが本当であるなら、カナン達は目的を達成したことになる。しかし、この宇宙の外側、高次元方向には相変わらず第5粒子エネルギーは存在しており、今も宇宙を圧迫し続けている。少なくとも、鳳はそれを感じることが出来るのだ。カナンが言うには、神を阻止すればこのエネルギーは消滅するのではなかったのか……?

 

 なにかがおかしい。どうも想定外の事態が起きているようだ。鳳は困惑しながら、瑠璃に話の続きを促した。

 


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