ラストスタリオン   作:水月一人

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天使とテロと憲兵と魔族

「かつて私とミカエル、ガブリエル、イスラフェルの四人はルシフェルの部下だった。元々ルシフェルは神域の中でも特に中枢を管理する天使の代表、いわば天使長のような存在だった。その仕事はミカエルが引き継いだわけだが……

 

 ルシフェルが神に処罰を受けるより少し前、私は彼に呼び出され、さっき君が語ったような事を聞かされた。しかし、ゴスペルの製造は彼だけに許された神秘中の神秘。故にその製造法や仕組みを公開することは、神に対する反逆行為に他ならなかった。

 

 だから私は驚いて、私にそんな話をしないでくれと聞く耳を持たなかったのだ。その後ルシフェルは、ザドキエル、イスラフェルと共に、神に処罰されてしまったから、私はきっとこのことがバレたのだろうと思っていたのだが……」

 

 鳳はアズラエルに頷き返しながら、

 

「そのザドキエル、イスラフェルってのは?」

「堕天する前のバアル、アシュタロスのことだ」

 

 なるほど……考えても見れば当たり前だが、彼らも最初から悪魔の名前を名乗っていたわけではなかったようだ。恐らく、堕天する際に神から悪魔の烙印を押されたとかそんなところだろうか。

 

「君に言われて思い出したが、ルシフェルは確かに、ゴスペルはその内部に宇宙を構築していると言っていた。私はそれを聞いて一度は興味を覚えたが、先の理由ですぐに記憶から追い出してしまった」

「そうだったのか……多分、先生はアズにゃんにも一緒に来て欲しかったんだろうな」

「しかし、今君に再び同じことを聞かされても、いまいち信じきれない。君がゴスペルの中から来たというのなら……つまり、君は二次元の存在ということだろう? 例えるなら、絵に書いた人間が動き出すようなものじゃないか。とてもそうは見えないが?」

「いや、二次元どころか、俺たちはみんな一次元の情報らしいんだけどね。そうだなあ……例えばAIに作らせた疑似人格を、3次元の肉体に載せると考えたらどうだ?」

「それならばなんとなく……なるほど……そうか……人格が二次元に紐付いていたところで、三次元の肉体を動かすことは可能だろう……しかし……」

 

 アズラエルは鳳の言葉を自分の中でそれなりに噛み砕いて反芻しているようだった。理解が驚くほど早いのは、元々彼女がルシフェルの部下だったからだろう。きっと、彼に匹敵する知識が、元々アズラエルにも備わっているのだ。

 

 彼女はふむふむと頷いてから、ハッとなにかに気づいたように、

 

「つまり、君たちプロテスタントは、自分たちの世界にはた迷惑な情報を押し付けないよう、私たちにゴスペルを使用しないでくれと言いに来たわけか?」

「厳密には違うんだけど……まあ、結果的に同じことだから今はそれでいいや」

「……煮え切らない返事だな。違うと言うなら理由をちゃんと説明して欲しい」

「全てを説明してると時間がいくらあっても足りないんだよ。だから、それはまた別の機会に……とにかく、今言った通り、俺たちはここへ神を殺しに来たわけじゃなくて、ゴスペルの使用をやめさせに来たんだ。それだけは信じて欲しい」

「ふむ……ゴスペルを止めに来たはずのルシフェルたちが神を殺したのであれば、目的が達せられていないのは不自然というわけか……」

 

 アズラエルは少々不服そうにしていたが、確かにいつまでもここでグダグダと話を続けていても仕方ないと思ったのか、黙って話を続けた。

 

「ルシフェルの本当の目的は神への復讐で、単に君が騙されていただけということは?」

「それなら、わざわざ俺に言わずに勝手にやればいいじゃないか」

「確かに……そもそも何故、ルシフェルは君にこの世界へ来るよう相談したんだ?」

「それは、ゴスペルの中の世界から、こっちの世界に来ることが出来る人間には適性があるんだよ」

「適性?」

「あっちの世界から精神だけを引き上げても、それを載せる肉体がなければ、精神は消失してしまう。つまり、あっちとこっちで同一の肉体を持つ人間じゃないと駄目なんだ」

 

 アズラエルは鳳の顔をまじまじと見ながら、

 

「なんだ。君は元々こっちの世界の住人でもあったのか?」

「ああ、詳しくはわからないけど数千年前……神が生まれた時代の人間だ」

「驚いたな……」

 

 彼女は目を丸くして絶句している。それどころか、その神を作ったのが、実は鳳の父親かも知れないと言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか……

 

 アズラエルはひとしきり感心したあと、少々怪訝そうに首を傾げながら、

 

「いや、待て。それなら何故、そんな大昔の人間がここにいるのだ? コールドスリープでもしていたのか?」

「それに近いね。この世界が一度滅びる前に何があったのかを、天使たちは知っているという前提で話を進めてもいいだろうか?」

「ああ」

「魔族の誕生後、もうこれ以上不毛な戦いを続けたくないと考えた旧人類は、地上を捨てて宇宙へ逃げたんだ。そこで旧人類は自分の身体を量子化し、情報体となって、そのまま衛星軌道上のデータベースの中で眠りについた……俺の遺伝子もそのデータベースに記録されてて、今も宇宙のどこかにあるはずなんだ。俺のこの体は、その遺伝子情報を元に作られたのさ」

「それで君は空から降ってきたのか……待てよ?」

 

 アズラエルは鳳の話に納得しつつ、何かに気づいたように、

 

「と言うことは、君のその体は遺伝子情報から再生されたクローンということか?」

「ああ、そう言っただろ?」

「プロテスタントには、遺伝子からクローンを生み出す技術があるというのだな!?」

「そりゃあ……じゃなきゃ俺はここにいないわけで」

「なんてことだ!」

 

 アズラエルは頭を抱えて天を仰いだ。

 

「その技術があれば、今の人口減少問題は一件落着じゃないか! そんなこととはつゆ知らずに、ドミニオンは君を殺そうとしていたのか!?」

「ああ、そうだな」

 

 瑠璃の話では、カナンたちの神域急襲以降、神が死んだせいで人類は復活が出来なくなってしまった。それは恐らく、彼らがDAVIDシステムを破壊してしまい、それをミカエルら天使たちが修理できずにいるからだろう。

 

 だが、それに代わるシステムなら、恐らく軌道上の播種船の中にもあるはずだ。それを手に入れることが出来れば、問題はもう問題ではなくなる。

 

 そう考えてみると、カナンは無益に神を殺してしまうというチョンボだけではなく、現生人類を危機に落とすだけ落としておいて何の解決策も与えず、目的も達せなかったことになる。本当に、彼は何をやっているのだろうか……

 

 あの時、鳳が一緒に来れてさえいれば、こんなことにはならなかったのだろうか……それとも、アズラエルの言う通り、自分が騙されているという可能性は……? 流石にそんなことはないと思いたいが……

 

 鳳がそんなことを考えていると、ショックから立ち直ったアズラエルがやや興奮気味に、

 

「君、それならばこういうのはどうだろう? 私をそのプロテスタントの基地に連れて行ってくれないか。私なら、まだ冷静に話し合いが可能だろう」

「いや、だから言ったろう? 俺はこっちの世界に来るなり、いきなり大気圏内に落っことされちゃったんだって。だからプロテスタントの本拠地がどこにあるのか、正確な位置はわからないんだよ」

「何故そんなことに?」

「さあねえ……でも、今までの話からして、俺の口から本拠地の場所が割れるのを嫌ったんじゃないかな。なんかあっちも逃げ支度に忙しそうな雰囲気だったし」

「ふむ……」

 

 アズラエルは考えを整理しているのか、少し沈黙してから、

 

「そう言えば、そもそも君はどうやってこの世界にたどり着いたんだ? もう一度同じことをすれば、また同じ場所に出るという可能性は?」

「いや、そりゃ無理だよ。俺はここに来るのに、アロンの杖って言う特別なゴスペルを使ったんだけど、それはあっちの世界に置いてきちゃったし……あー、でも、元々はこっちの世界の物だったそうだから、探せばどっかにあるのかな?」

 

 あるとすれば、それこそプロテスタントの本拠地の可能性が一番高そうであるが……鳳がそんな風に考え難しい顔をしていると、アズラエルが怪訝そうに、

 

「アロンの杖……? そんな名前のゴスペルは、聞いたことがないな」

「そりゃ君だって全てのゴスペルのことを把握してるわけじゃないでしょう?」

「いいや、私は全てを知っているぞ。というか、この世界の人間なら常識だが」

「え!? だってゴスペルって、ドミニオン全員が装備してるような代物なんでしょ?」

「ふむ。君はなにか勘違いしているようだな」

 

 アズラエルは呆れながら、

 

「この少女が持っているのはただのレプリカ品……ゴスペルとは、原初に神が製造し、人類に下賜した奇跡の一品のことだ。それは両手で数えるほどしか存在しない」

「あ、そうだったんだ……じゃあ、アロンの杖ってのは一体?」

 

 もしかして、本当に自分はカナンに謀られていたのだろうか? それはちょっと考えにくいが……鳳は少し疑いかけたが、すぐに思い直し、

 

「いや、待てよ……? 確かルシフェルは、ゴスペルの製造と管理を司る天使だったんだよね?」

「ああ、そうだ」

「ならきっとアロンの杖は、先生がその立場を利用して、カインのために作ったんだよ。確か、そんな風に言ってた気がする」

「ん? ……カインというのは誰だ?」

「え? カインはプロテスタントのリーダーじゃないか」

 

 なんでそんなことを聞くのだろうかと鳳が首を捻っていると、アズラエルはそれこそお前は何を言ってるんだと言いたげに、

 

「プロテスタントのリーダーはルシフェルだろう。カインなどという名は聞いたことがないぞ」

「なんだって? そんな馬鹿な……」

 

 そもそも、プロテスタントはそのカインが神から逃げるために作った組織ではなかったのか? 確かカナンはそう言っていたはずだ。それにこっちで目覚めた時、聞こえてきた通信で、エミリアもカインの名を口にしていたはずだ。

 

 二人が同じ名を口にしたのだから、少なくとも、カインという人物は存在するはずである。では何故アズラエルは知らないのだろうか……? 鳳は何で自分の知ってることと彼女の知ってることが、ここまで食い違うのかと困惑しながら、一応、ドミニオンである瑠璃にも確認しておこうとして振り変えると、

 

「なあ、君はカインのことを……って、ルリルリ?」

 

 見れば、瑠璃は両耳を塞いで地面で丸くなっている。何をやってるんだろうか? とその肩をポンと叩くと、彼女は恐る恐ると言った感じに見上げながら、

 

「……話は終わりましたの?」

「いや、まだだけど……君、どうしたの? お腹でも痛いの?」

「いえ、その……お二人の話を聞いているうちに、なんだか私、段々聞いてはいけないことを聞いているのではないかと不安になってきてしまいまして……」

 

 そう言う瑠璃の顔は少し青ざめていた。言われてみれば確かに、神の正体だとか、ゴスペルの仕組みだとか、数千年前の旧人類だとか、何も考えずにべらべら話してしまっていたが、そんなこと、素朴に神様を信じてるような彼女が聞いたら卒倒ものだろう。

 

 アズラエルは賢明な判断だと言いたげに頷いている。鳳は申し訳ないことをしたと苦笑交じりに、

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだ。答えられる範囲でいいから答えて欲しいんだけど」

「……なんですの?」

「君はプロテスタントのリーダーは誰って教わった?」

「サタンですわ」

「じゃあ、カインって人間に心当たりは?」

「アダムの息子ですわね」

「いや、それじゃなくって」

「誰ですの? その方……」

 

 鳳はアズラエルの顔を見た。彼女はほらみろと言わんばかりに、

 

「聞いての通り、少なくとも、私たちにとってプロテスタントのリーダーはルシフェルというのが常識だ」

「まいったなあ……話が違うぞ」

「そもそも誰なのだ、そのカインというのは……?」

 

 鳳は肩を竦めて、瑠璃を脅かさないよう気を使いながら、ルシフェルがカインを逃した時の話を聞かせた。

 

「えーっと、彼女の話では、この世界では人間は老化すると、神域? ってとこで再生されるんだったよね?」

「……ああ、そうだ」

「その際、再生に失敗して、うっかり男として生まれてきてしまう個体があるそうなんだよ。普通なら胚細胞の段階で除外されるんだけど、カインはたまたま発見されずにそのまま誕生し、たまたま誰にも気づかれずに成人まで育ってしまった」

「なんだと!? 君はそんな人間が居るというのか!?」

 

 鳳が説明していると、突然、アズラエルがまるで殴りかかってくる勢いでがぶり寄ってきた。鳳は若干気圧されながら、

 

「あ、ああ……それがバレたせいで神に処分を命じられたそうだけど、もうそこまで育っている人間を殺すのは忍びないからって、先生がこっそり逃したんだそうだ。本を正せば先生が追放されたのは、それがきっかけだったって話だけど……」

「なんてことだ……」

 

 アズラエルは頭を抱えている。

 

「もし、そんな人間が今いれば、人類は自力で繁殖できた……こんな苦労しなくて良かったじゃないか! 何故、神はカインを処分しようとしたのだろうか……」

「それは……今と当時じゃ状況が違うからじゃないの?」

「しかし、神ならば当然、このくらいの事態は予測して、男性をストックしておくくらい出来たんじゃないのか!? 一人や二人であれば、人口統制にも影響は出ない。それこそ、私たち天使に管理させればそれで済んだはずだ。なのにこの失態……なにが神だ。全知全能でもなんでもないではないか!」

「アズラエル様……神に疑問を持ってはいけません」

 

 アズラエルは瑠璃の言葉に一瞬我を忘れて言い返しそうになったが、その顔が青ざめて震えているのを見るなり、すぐに自分の非を悟って、

 

「すまない。君の言うとおりだ」

 

 彼女は勇気を見せた瑠璃に謝罪した。だが、その瞳は君たち人間とは違って、天使はただ神を信じていればいいと言うわけにはいかないんだと言ってるようだった。

 

 剣呑な雰囲気が場を支配する。そのもやっとした空気を察知したのか、いつの間にか入り江で騒いでいた水棲魔族たちが大人しくなっていた。すっかり忘れていたが、こいつらを統制しているもアズラエルであるならば、本当に彼女は何者なのだろうか……

 

 それはもちろん気になったが、ともあれ、今やれる情報交換はこの辺りまでだろう。

 

 これ以上となると、流石に話が込み入り過ぎてわけがわからなくなってしまう。DAVIDシステムと四柱の神。神人と魔族。現代魔法と古代呪文。エーテル界とアストラル界。マルダセナ予想とホログラフィック宇宙論。第5粒子エネルギー……自分だって話していないことはいくらでもあるのだ。

 

 アズラエルは言った。

 

「まあ、大方の事情は分かった。君は仲間を探しに別世界からこの世界へやって来たのだが、たどり着いたは良いものの、プロテスタントの本拠地には一度も行くことが出来ず、いきなり無知のまま放り出されたわけだな?」

「身も蓋もないけど、おっしゃる通りで……俺は別に神様をどうこうしようとしに来たんじゃないんだ。もちろん、人間を害するつもりもない」

「なら、これからどうするつもりだ?」

「正直わからん」

 

 鳳はお手上げのポーズをして見せて、

 

「プロテスタントの本拠地を目指そうにも、それがどこにあるのかが分からない。仮に分かってても、そこが宇宙空間では今の俺にはどうしようもないし……他にも、一緒に渡ってきた仲間がいるんだけど、彼女を探したくても手がかりがない……あとは、16年前の襲撃について当事者にもう少し詳しく話を聞いてみたいとこだけど……オーストラリアに行ったら、やっぱり捕まるよね?」

 

 アズラエルは肩を竦めて、

 

「それはそうだろうな」

「となると……プロテスタントの方も俺を探していると期待して、彼らが接触してきやすい場所を探すのがいいかな。そういや、マダガスカルって元はこの世界の大都市なんだっけ?」

「ああ、そうだ。街は廃墟になっているが、使えるものはまだたくさん残されているだろう」

「なら、通信設備くらいありそうだな」

 

 おまけに、かつての大都市も今は誰も居なくて、潜伏するにはもってこいでもある。そう考えるとエミリアは、始めからそのつもりで鳳をこの場所に落としたのかも知れない。他に行く宛もないのだし、まずは街を目指すのが得策だろう。

 

「そんじゃ呉越同舟と行こうぜ。どうせ街へ行くつもりだったんだろう? 俺もアズにゃんの手助けするから道案内よろしく」

「強引な人だな……だが、いいだろう。私も君に聞きたいことがまだ山程ある。道すがら聞かせてもらおうか」

 

 アズラエルはそう言うと、尻についた砂を払って立ち上がった。鳳がそんな彼女に先導されるようにあとに続き、入り江から出ていこうとすると、それを指を加えてみていた瑠璃が慌てて、

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさいな! 私を置いていくおつもり?」

「置いてくも何も。もともと敵同士だろう?」

「そ、それはそうかも知れませんが……」

「君とはもう戦いたくないから、また会わないことを期待するよ。じゃあな」

 

 ほったらかしにするのは少々気が引けたが、とは言えここでグズグズしていたら、彼女を探しに来たドミニオンに今度こそ捕まってしまうだろう。そうなる前に、さっさとここを離れなければ……鳳は取り残されて心細そうにしている彼女に背を向けた。

 

 瑠璃は去っていく二人の背中を呆然と見つめ、焦燥感に駆られながら、自分はどうすべきか思い巡らせた。

 

 確かに仲間と合流するには、この海岸線で待っているのが一番であるが……ふと海に目をやれば、アズラエルが連れていたインスマウスの群れがまだその場でギィギィと騒いでおり、さらに丘に目をやれば、あの猿人が彼女の様子をじっと窺っていた。

 

 瑠璃は全身にブルブルと悪寒が走るのを感じた。さっきまではアズラエルが居たから平気だったが、このままここに居て無事でいられる保証なんてないのでは……?

 

 二人の背中はどんどん小さくなっていく。今すぐ追いかけなければ見失ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと待って! お待ちなさいって言ってるでしょう!」

 

 結局、彼女は不安に勝てずに、二人の後を追いかけた。息せき切って駆けてくるそんな彼女に、鳳は眉毛をハの字に曲げて困惑の表情を見せる。

 

「なんだよ? あそこで待ってりゃ救助が来るんじゃないのか? 勝手に離れちゃっていいのかよ」

「そうかも知れませんが……来ないかも知れないじゃないですか!」

「しかし君、私たちと一緒に行くのは、規律違反になるのではないか? 処罰されたくなかったら、戻ったほうが良い」

 

 アズラエルにまでそんな風に煙たがられて、瑠璃は慌てふためいた。確かに彼女の言う通り、これは規律違反かも知れないし、嫌がる相手に強引について行くのは本意ではないが……かと言って、今はこんな場所に一人で残る方がもっと嫌だった。

 

 彼女は目玉をぐるぐるとさせながら、苦し紛れに無理やり絞り出すような口調で、

 

「き、規律違反にはなりませんわ! 私はあくまでも監視……そう! 部隊のため、お二人の行動を監視するために尾行しているのですわ」

「まあ、そう強弁するのは勝手だけどさあ……」

 

 鳳たちは顔を見合わせた。瑠璃が一人で取り残されるのを嫌がっているのは明白だった。正直、その気持ちは分からないでもない。かと言って、ドミニオンである彼女の同行を許すのは、こちらになんのメリットもない。まあ、デメリットも特にないのであるが……

 

 鳳がどうする? と視線で尋ねると、アズラエルはやれやれと言った風に肩を竦めて返した。

 

「はあ……なら好きにすれば?」

「ええ、好きにしますとも!」

 

 瑠璃はふんふんと鼻息荒く鳳の後ろについてくる。実際問題、彼女がついてきたところで、戦力的にも大した問題にはならないだろう。寧ろ放置して何かあった時の方が気が引けるというものだし、それこそこっちが監視するつもりで同行させたほうがマシかも知れない。

 

 そんなことを考えながら瑠璃を横目で見ていたら、その肩越しに、遠巻きから例の猿人が見ているのに気がついた。鳳の視線に気づいたのか、ウホウホと手を叩いて喜んでいる。その様子から察するに、どうやら彼も一緒についてくるつもりらしい。

 

「なんだか妙なパーティーになっちゃったな……」

 

 天使とテロリストと憲兵と魔族。敵対関係のバラバラの四人が、何の因果で集まったのやら……そんな不思議な集団を引き連れて、鳳はいよいよマダガスカル島に足を踏み入れた。

 


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