ラストスタリオン   作:水月一人

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メルクリウス研究所

 満潮時にはかなり海岸線が変動するのだろうか、地平線の向こうまで続いていた白い砂浜を抜けると、そこにはいきなり鬱蒼と茂った密林が待ち構えていた。

 

 マダガスカル島は南北に細長い山脈を形成しており、その山に東から貿易風が吹き付けるせいで、島の東部に行くほど降水量が多くなるという特徴があるらしかった。その貿易風は山の斜面で雨を降らせた後、稜線を越えて西側に乾いた風を送り込むから、逆に島の西部は乾燥して過ごしやすく、また、熱帯地方という土地柄、標高が高いほうが気温的に過ごしやすいため、街は高地に作られるのが一般的なのだそうだ。

 

 そのため、島の東部に上陸した鳳たち一行は、まずはこの東部のジャングルを抜けて険しい山を登らねばならなかった。海岸線をぐるりと西側に回れれば、なんならそっちの方がまだ楽だったかも知れなかったが、その場合は海を哨戒しているであろうドミニオンを警戒しなければならないため、敢えて直行するという強行軍である。

 

 アズラエルが言うには、それでも昔は東部の港から山を登る国道がいくつもあったそうであるが、この16年ですっかり見る影がなくなってしまったようだ。その程度の年月で、アスファルトで固められた道が跡形もなく消えてしまうのだから、やはり自然の中でも雨による侵食が一番強力なのだろう。

 

 ジャングルを進むに当たっては、瑠璃の持つゴスペル(レプリカ)が思いのほか役に立った。この島の熱帯雨林は大森林とは違って高木が少なく、背丈の高い下草が鬱蒼と茂っているのだが、行く手を阻むそいつを刈るのに、笑ってしまうが彼女の機関銃はうってつけだったのだ。

 

 彼女の機関銃は引き金を引くとセミオートで光弾が発射されるという兵器なのだが、そのエネルギーの流れを上手くコントロールしてやれば、銃口からバーナーのように光の刃を生やすことが可能だった。尤も、持ち主の瑠璃自身はそんなことは出来なかったのだが、3年以上ケーリュケイオンを使っていた経験を持つ鳳には、多少のコントロールが可能だった。

 

 自分の武器を草刈りに使われ不服そうな彼女から無理やり武器を借りて進んでいると、器用にエネルギーをコントロールする鳳を見ながらアズラエルが質問してきた。

 

「……初めて見た時も驚かされたが、君はその力をどうやって手に入れたのだ? 私はその力を行使するには、神の奇跡に縋るより方法はないものと思っていたのだが」

「現代魔法のことか? 俺のなんか本当に限定的なもんで、本物はもっと凄いぞ。姿を消したり、人を昏倒させたり、魔族を素手で倒したり、何もない空中から銃を取り出してみせたり……それどころか、世界をまるごと創り出した爺さんもいた。俺はその爺さんに恩があって、彼を助けたくてこっちに来たってのもあるんだよ」

「世界を創り出したって? それではまるで神ではないか」

 

 鳳は雑草をバッサバッサと刈りながら、

 

「ああ、そうだよ。爺さんは神になろうとしてたんだ。爺さんが言うには、昔はそういう連中がゴロゴロいたそうだぞ。ルネサンスとかあの頃」

「中世の神秘主義者のことか……そんなのはただの空想家の戯言に過ぎないだろう」

「それがそうでもなかったんだよ。ほら、人類が滅びたきっかけに第5粒子エネルギーってのがあっただろう? 高次元の方向からやってきて、何故か人間の脳にだけ反応する粒子ってのが」

 

 アズラエルは頷いて、

 

「ふむ、あるな。私たち天使は、その受容器官を通じて神の奇跡を受けたり、肉体の強化を行っているはずだ」

「その、今は神から一方的に送られてくるだけのエネルギーを、自分の意思で引き出せれば、神に縋る必要なんてないだろう? 第5粒子(フィフスエレメント)自体は、粒子加速器が発見する以前からずっと存在していたわけだから」

「……そんなことが出来る人間がいるとでもいうのか?」

「いると言うか、昔からいたんだよ。俺たちが知らなかっただけで。パラケルススとか、アグリッパとか、ジョン・ディー博士とか……ノストラダムスとかね」

「ちょっと! そんなよそ事を考えながら雑に扱わないでくださいまし!」

 

 鳳がアズラエルとペラペラ駄弁りながら雑草を刈っていると、自分の大事な武器をそんなぞんざいに扱うなと瑠璃が抗議してきた。

 

「だったら君がやり方を覚えて先導してくれてもいいんだぜ?」

「御冗談を! 悪魔崇拝者のやり方なんて真似するわけにはまいりませんわ!」

「悪魔崇拝者て、君ねえ……もっと言い方があるでしょ」

 

 実在する神を信仰する瑠璃にとっては、神を信じない鳳もその技術も、悪魔崇拝でしかないと言いたいのだろう。突き詰めて考えれば、ぶっちゃけこれは彼女の信奉する神と全く同じ方法でしかないのだが……そんなことを彼女に言っても聞く耳を持つことはないのだろう。

 

 本来なら、武器を貸すのもお断りだろうに、じゃあ置いてくぞと脅して無理やり借りてる手前、あまり彼女の機嫌を損ねるのも得策ではないだろう。少なくともこの密林を抜けるまでは。

 

 鳳は肩を竦めると、まだ話を聞きたそうにしているアズラエルに背を向けて、黙って芝刈り機の如く機関銃を振り回した。

 

 ジャングルを抜けるのには、結局一週間もかかった。

 

 昔見た世界地図でマダガスカル島は、アフリカの南の方にある小さな島国のように思っていたが、メルカトル図法のせいでそう見えるだけで、実際の大きさは日本の国土の1.6倍もあるらしい。そんな大きな島の、まったく人の手が入ってない密林を進むわけだから、1キロ2キロでもかなりの体力を消耗するのだ。

 

 おまけに今回は馬などの移動手段を持っていなかったから、大森林を歩き慣れている鳳はともかく、アズラエルと瑠璃はかなりきつそうだった。途中で魔族に出食わしていたらどうなっていたことか……

 

 と言うか、アズラエルは天使で体力があるからまだしも、瑠璃は完全に足手まといでしかなかった。ゴスペルを持たない彼女はただのJKでしかなく、ほんのちょっと進むだけでも、やれ足が痛いだの虫が怖いだの喚き散らし、終いには疲れたから休憩すると座り込んで動かなくなったり、貴重な水も後先考えずに飲み干してしまったりと、我がまま放題で手に負えなかった。

 

 いっそ寝てる間に置き去りにしてやろうかと思ったが……しかし、本当に置いていってしまったら、数日も持たずに死ぬのは目に見えているし、大事な武器を借りている以上、多少の我がままは許してやるしかなかった。

 

 尤も、それもジャングルを抜けるまでの話であって、山に入ってからは、もういくら我がままを言っても無視して先に進むことにした。彼女はそれを不服としてまだブツブツ文句を言っていたが、武器を返したお陰で身体強化のサポートを受けることが出来、かろうじて食らいついてこれているようだった。

 

 さて、そんな足手まといの話はこのくらいにしておいて、逆に道中非常に役に立ったのは猿人のチューイだった。

 

 一体何が彼をそうさせるのか分からなかったが、一行にいつまでもついて来る彼は、ジャングルの木々を縦横無尽に飛び回り、瑠璃がダウンする度、近くの水場を探してきてくれたり、バオバブの実を取ってきてくれたりと、お陰で鳳が食料を調達する必要がないほど活躍してくれた。

 

 なんなら夜の警備までしてくれるほどで、ここまでしてもらっては悪いから、お返しに水場で仕留めたカエルを分けてやろうとしたのだが(大量に捕れたのだ)、瑠璃に遠慮してか、彼はキャンプファイヤーには決して近寄ろうとはしなかった。

 

 因みに獲物は、グロいからと言って、瑠璃もアズラエルも食べようとはしなかった。こいつら、それじゃあ普段は何を食ってるんだ? と文句を言いながら一人で平らげたのだが、実際問題、チューイが取ってきてくれるバオバブの実があれば、カロリー的に全然問題ないようだった。

 

 こんなのがその辺の木にいくらでもぶら下がっているのだから、遥か昔インドネシアから渡ってきたオーストロネシア人は、きっとここに楽園を発見したと思ったことだろう。

 

 稜線を越え、島の西側は地獄の様相だった。

 

 山を登りきり、マダガスカル島中央に広がる台地には、まるでナメクジが這いずったかのような跡が、いくつもいくつも伸びていた。それは巨大生物が全てをなぎ倒して走り去った傷痕で、そんなものが交差したり、折れ曲がったりして続いているのだから、もう人が住めないというのが嫌でもよく分かった。鳳はこれと同じ物を見たことがあった。

 

「あれは……ベヒモスが通り過ぎた跡か」

 

 アズラエルが言っていたが、この島には本当にベヒモスが住み着いてしまっているようだ。

 

「16年前、アフリカからあれが渡ってきてからは見ての通りで、ここは人間が住めなくなってしまったのだ。魔王は人間を見れば問答無用で襲いかかってきて、奴の通り過ぎた後は建物も何もかも破壊されてしまう……私たちも、奴に見つかったら最後だと思っておいたほうがいい」

 

 因みに台地は森林限界と乾燥した気候のお陰で、草木が少なく遠くまでよく見渡せたが、肝心のベヒモスの姿はどこにも見当たらなかった。ベヒモスがいくら巨大と言っても、ここは日本よりもずっと広い島なのだから、常にどこからでも見えるというわけではない。

 

「ベヒモスに限らず、生き物は大抵寒さを嫌うから、元々山の上の方にはあまり近づかない。だからこのまま稜線を進んで、もしもあれが見えたら、山の反対側に逃げれば捕まらずに済むはずだ」

「別に逃げなくても、こんな山の上の人影なんかに気づかないんじゃないか?」

 

 鳳がそう言うと、アズラエルはそれはとんでもない間違いだと言って、

 

「ベヒモスはあらゆる物を食べるが、特に魔族と人間を好む。ところが16年前にこの島に渡ってきて以来、奴はろくに好物を食べられなくて飢えている」

「だったらアフリカに帰ればいいのに……」

「ああ、神域もそれを期待してずっと観測を続けてきたが、残念なことに奴が島から出ていく気配はまったくない。要するにあれは……馬鹿なんだ。最初に偶然、水棲魔族か何かを追いかけてうっかり海峡を渡ってしまってから、恐らくは自分がどこにいるのかすらよく分かっていないのだろう」

 

 地図で見れば目と鼻の先に見えるが、実際は、アフリカ大陸まで少なくとも数百キロの距離があって、海岸線から見えることはない。だから方角と途中の島々の位置を知らなければ帰ることは出来ないのだが、あのデカブツはそんな計画的な思考力は持ち合わせていなかったようだ。

 

 こうしてベヒモスはマダガスカルという檻に閉じ込められてしまったわけだが、それじゃ今度は食料が尽きて餓死しないかと期待しても、別に好物の人間や魔族ではなくても、なんなら木でもなんでも食べて栄養に変えてしまえるから、本質的には飢えるということはないらしい。まったくもって、存在自体がはた迷惑なやつである。

 

 なにはともあれ……それでここに来るまでのジャングルで、全く魔族に襲われなかった理由が分かった。ここが元々人類の生存圏だったからというのもあるだろうが、もっと単純に、居ればベヒモスが食べてしまうからだ。

 

 人間の住んでいない島なんて野生動物からすれば楽園みたいな場所だろうに、代わりにもっとたちの悪いのが住み着いてしまったせいで、ここは不毛の地になってしまっているのだ。

 

 高地に入ってからは道も開けており、ジャングルとは違って16年前の公道もあちこちに残っていたお陰で、移動速度は格段に上がった。それでもやはり一番体力の低い瑠璃にはきついらしく、度々音を上げては休憩を要求するため行軍は遅々として進まなかった。

 

 まあ、急ぐ旅でもないし、多少のタイムロスは大目に見てやるしかないが、道端に寝そべりぐったりしている瑠璃に向かって、このだらしない奴めと罵っていると、

 

「うるさいですわね……はあ~……お姉さまだったら、きっと優しい言葉の一つもかけてくださいますでしょうに……」

「お姉さま? なんだい、その百合百合した響きは」

「百合百合……? よくわかりませんが、そこはかとなく馬鹿にされている気分ですわね」

「そこはかとではなく馬鹿にしてるんだよ」

「むきーっ! あんたなんかお姉さまにやっちゃけられちゃえば良いのですわ」

 

 瑠璃はチューイにもらったバオバブの種をプッと飛ばしてきた。汚い。

 

「で、そのお姉さまってのは一体何なんだ?」

「……私たちの隊長のことですわ。眉目秀麗、才色兼備、他の追随を許さないその美貌と、天使様に匹敵する戦闘力を併せ持つ、ドミニオンきっての大エースですの。私、お姉さまの隊に配属されたことが生まれてから一番の誇りなのですわ」

「ふーん……ルリルリの自慢程度じゃ、実際は大したことないんだろうね」

「なーんですってーーっ!! きぃぃぃーーーーっ!!!」

 

 瑠璃は興奮して地団駄を踏んでいる。そんな元気があるなら休憩なんか必要なかったんじゃないのか……ともあれ、実際の実力はともかくとして、瑠璃の所属部隊の連中に関しては、そろそろ対応を考えなければいけない時期に差し掛かっていた。

 

 瑠璃は、一人になるのが心細くて勝手についてきてしまったわけだが、そんな彼女のことを、恐らくあの時の連中は探していることだろう。まずはマダガスカルに流れ着いていると想定し海岸線を一通り調べたら、一旦捜査を打ち切って、そして今度はアズラエルを追うはずだ。

 

 瑠璃がアズラエルと共にいることを期待してというのもあるが、元々、彼女らはミカエルに命じられて、この天使を追いかけていたのだ。

 

 アズラエルは、ここマダガスカルでどうしてもやらなければいけないことがあって、ミカエルの命に背いて神域を抜け出してきたらしい。鳳は街まで案内してくれさえすればそれでいいから、それが何なのかは聞いていなかったが……恐らく、これから街に入るに当たって、ドミニオンの襲撃に備えるためにも、そろそろちゃんと話を聞いておいた方が良いだろう。

 

 問題は、この頑なな天使が素直に目的地を教えてくれるかどうかであったが……アズラエルはその行く先については特に隠すつもりはなかったようだ。聞いてみれば、思いのほかあっさりと教えてくれた。

 

「目的地? そう言えば、まだ言っていなかったな……どうして今まで聞かなかったんだ?」

「いやあ~……なかなか聞くタイミングがなくて」

「遠慮でもしていたのか? おかしな人だな、君は。まあいいだろう。別に隠し立てするつもりはない。私はかつて自分が所属していた研究所に、忘れ物を取りに来ただけだ」

「忘れ物って?」

「昔の研究資料だ。16年前、私はこの島のメルクリウス研究所というところで、魔族の研究をしていた生物学者だった。撤退時はだいぶ慌てていて、ほとんど何も持ち出せなかったから……当時集めた資料がまだ残っているかも知れないのだ」

 

 アズラエルは当時の状況を思い出しながら淡々とそれを口にした。そして彼女が口にした言葉は、鳳にとってはすごく耳馴染みがあり、絶対に聞き逃がせないものだった。

 

「メルクリウス研究所……メルクリウスだって!?」

 

 鳳はその言葉を聞いた瞬間、目をひん剥いてアズラエルに迫った。何故もっと早く彼女に確認しなかったのだろうか……メルクリウスとは水星マーキュリーの語源でもあるラテン語。元となるその意味は、ギリシャ神話の神ヘルメスである。

 

 その様子があまりに劇的だったから、さしもの冷静な天使もたじろいだ。

 

「な、何だ君は、突然……」

「悪い! その研究所の名前には、ちょっとした因縁があって……」

「因縁? 君と?」

「俺は元の世界ではヘルメス卿って呼ばれてたんだよ」

 

 これが大気圏外から落っことされて、たどり着いたマダガスカルに、偶然あったとしたら出来すぎだろう。やっぱり、あの時、エミリアは目茶苦茶に落としたわけじゃなかったのだ。

 

 鳳がこの名前を聞けば、ここを目指すのは間違いない。もし、これがエミリアの誘導であったなら、そこに何があるかは期待してもいいはずだ。

 

「アズにゃん……確かベヒモスがマダガスカルに渡ってきた時、ゴスペルが使用されたんだよな? そのゴスペルの名前は?」

「アスクレピオスだが……」

 

 こっちも大昔の神様の名前のはずだが、確かヘルメスと深い関係があったはずだ。特にその神様が持つ杖はWHO(世界保健機構)のシンボルマークにもなるほど有名で、意匠は木杖に蛇の巻き付いた格好……つまり、ケーリュケイオンと殆ど同じである。

 

「その杖は蛇が巻き付いたデザインじゃなかった? あと、ケーリュケイオンって名前に何か心当たりは?」

「ああ、確かに、蛇の巻き付いた杖だった。ケーリュケイオンという言葉には、まったく心当たりがないが……」

「そうか……ところで、そのアスクレピオスは今どこにある? 出来れば実物を見てみたいんだが」

 

 するとアズラエルは残念そうに首を振って、

 

「残念ながら……杖はベヒモスとの戦いで失われてしまったんだ」

「なんだって!?」

 

 鳳が驚愕の事実にショックを隠しきれずにいると、アズラエルは当時のことを思い出しながら淡々と続けた。

 

「マダガスカルに奴が侵入すると、最初、神域は何とかしてベヒモスを追い出そうと努めたのだ。しかし上手く行かず、そうこうしている内に犠牲が大きくなりすぎて、最終的には慌ててゴスペルの使用を決めた。ところが……今度はその頼みの綱が、何故かベヒモスには効かなかったのだ。

 

 そして、急ごしらえの作戦だったからバックアップも何もなく、作戦が失敗するとその後は散々なものだった。作戦に当たったドミニオンの部隊は全滅し、天使にも犠牲者が出た。そして、アスクレピオスはそのどさくさの中でどこかに紛失しまったのだ。

 

 もちろん、神域は貴重なゴスペルの回収に努めた。ベヒモスのうろつく、ここマダガスカルに幾度も捜索隊を送り出し、その行方を追ったが……16年経つ今でもそれは発見されていない。何しろ広い島だし、最後に誰が持っていたのかすら分かっていないのだ」

「まいったな……」

 

 ケーリュケイオンが無ければ、アナザーヘブン世界に残っているルーシーを呼ぶことが出来ない。口にこそ出さなかったが、実は鳳は彼女のことを相当あてにしていた。

 

 彼女の師匠であるスカーサハも、この世界ではかなり貴重な戦力だ。あっちの世界と連絡がつかないのも相当な痛手だった。

 

 そして何より、ケーリュケイオンを持たない自分など、半身をもがれたようなものである。

 

 これから、どうしたらいいのだろうか……

 

 まだ、アスクレピオスがケーリュケイオンであると決まったわけではないが、今は一縷の望みをかけて、アズラエルの旧職場へ行ってみるしかないだろう。ヘルメスの名を冠するメルクリウス研究所……そこに何かがあればいいのだが。

 

 そんな期待も、今は漠然とした不安の前に押しつぶされそうになっていた。

 


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