「え……ジャンヌ? ジャンヌか? うおおおおーーーっ!! ジャンヌ、おまえ……生きていたのか!」
ドミニオンと戦っていたら、いきなり急襲してきた人物は、あろうことかゲーム時代からずっと鳳の相棒だったジャンヌであった。鳳は彼女が生きていたことに大喜びしながらも、同時に戸惑ってもいた。
彼女は何故かこうして再会を果たした今も、喜び合うどころか鳳に剣を向けたままでいるのだ。その視線は鋭く鈍く、しっかと敵を真正面に見据えるものであり、ぶっちゃけ彼は彼女のそんな険しい顔を見るのは始めてだった。
「お、おい、ちょっと待てジャンヌ! 俺だよ! 俺だってば!!」
鳳はまるで親の仇でも見るかのような彼女の視線に戸惑いながら、必死に自分がかつての仲間であることをアピールしたが、
「プロテスタントに知り合いはいない」
しかしジャンヌはそう吐き捨てるや否や、またも問答無用で襲いかかってきた。
軽くステップを刻んでいるようにしか見えない自然な動きなのに、信じられないくらい高速の突きが幾度も幾度も迫りくる。金髪をなびかせるエルフ耳の彼女の剣技は速すぎて、鳳はそれを避けるのに精一杯だった。いや、寧ろ、避けられること自体が凄いと言わざるを得なかった。
彼女の持つ、その綺羅びやかな意匠の細剣からは、ゆらゆらと冷気が零れ落ちていた。ゲーム時代から彼女が愛用している魔剣フィエルボワ。もし、それが本物であれば、目の前のその人のステータスは、少なくとも鳳が知る限り世界で一番速く、そして繊細なはずだった。
「おわああああーーー!! ちょっと待て、ジャンヌ! 洒落にならん! 俺だよ俺! 鳳白だ! どうしちゃったんだよ、俺たち仲間だろう!?」
「それで私を惑わしているつもり?」
鳳は高速の突きを避けながら必死に叫ぶも、ジャンヌは聞く耳持たなかった。その目つきは相変わらず剣呑で、とても演技をしているようには見えなかった。世界には似た人間が三人いると言うが、まさかこいつは別人だとでも言うつもりか?
鳳が困惑して一方的にジャンヌの攻撃を受け続けていると、そんな二人のやり取りを唖然と見ていたサイドテールが、はっと我に返り、
「隊長、援護します!」
そう言って横から割り込んできた。この状況で、彼女まで相手になんかしていられるはずもない。
「ちょっ! おまえ、もう少し空気読めよ」
「えっ!?」
鳳は悪いとは思いつつ覚悟を決めると、身体強化と認識阻害の複合技で琥珀を目を眩ませ、死角から思いっきり彼女の腹を蹴り上げた。流石に女性相手に物理攻撃は気が引けるから手加減していたのだが、そのせいで完全に油断していた琥珀はもろに蹴りを食らって、腹の中身を吐瀉してその場に崩折れた。罪悪感が襲ってくる。
「女性の腹を蹴るなんて……なんて卑劣な!」
鳳が崩れ行く彼女を申し訳無さそうに見つめていると、ジャンヌが的確に彼の罪悪感を掻き立てながら飛び掛かってくる。彼は咄嗟に琥珀が落した剣を拾い上げると、刀身に第5粒子エネルギーをまとわせて彼女の剣を弾いた。
こうしておけば反発力が増すと思ったからだが、ジャンヌの強力な剣捌きも相まって、思った以上にダメージが返ったようである。驚いたジャンヌが、鳳から距離を取るように飛び退る。
「そいつのことは悪かったよ。でも、せめて話くらい聞いてくれないか?」
「プロテスタントと語る口はもってないわ。諦めて死になさい」
「選択肢、死ぬしかないのかよ! つーか、ジャンヌ、マジでどうしちゃったの? 俺のこと覚えてないの?」
「いくら惑わせようと、そんな与太話、誰も信じないわ」
そう言い放つジャンヌの声は、聞く耳持たないというより、本当に知らないと言った感じだった。そう言えば、あっちとこっちでは時間の流れが違うのか、16年の歳月が流れているはずだった。その長い年月の間に忘れてしまったのか、それとも本当に別人なのか……
そう考えた時、鳳ははたと思い出した。彼女がジャンヌではない、もう一つ決定的なものがあった。元はと言えば、ジャンヌはネカマだったのだ。だから世界を渡る際、こっちで体を用意したのなら、出来上がる体は男のはずである。つまり彼女は本当に、ジャンヌのそっくりさんなのかも知れないのだ。
「うぬわあああ……ぬか喜びだったのか!」
そんな風に鳳が悶絶していると、
「おかしな奴ね。まあ、いいわ。どうせ今から死ぬ人のことなんて、考えるだけ無駄だわ……」
ジャンヌはそう言うと、半身に構えていた細剣をまるで剣道の下段みたいに腰だめに構え直した。鳳はそれを見た瞬間、嫌な予感がした。その構えには、冗談抜きで親の顔より良く見たような記憶があった。
「紫電一閃!」
彼女がそう叫ぶや否や、見えない斬撃が鳳へと迫ってきた。彼がそれを既のところで躱すと、ジャンヌは体勢が崩れた鳳に肉薄しながら、
「桜花襲爪五月雨みじん切り!」
なんかそれっぽい技名を叫んでめちゃくちゃに剣を振り回し、実際の狙いは……
「快刀乱麻っっ!」
思いっきり上段から振り下ろす打撃のコンボが鳳を襲うも、彼は地面をゴロゴロ転がりながらそれを避けつつ、
「やっぱり本人じゃねえか! てめえ、知らんぷりしてんじゃねえよ! 結構傷つくんだぞ、こういうの!!」
「何を言っているのかわからないわ……と言うより、あなた何故、避けられるの!?」
ジャンヌは最も自信があったであろう自慢のコンボがあっさり避けられて動揺している。鳳は更に、動揺を隠すつもりで繰り出してきた彼女の追撃を全て見切って、お返しとばかりに第5粒子エネルギーの光弾を四方からお見舞いしてやった。
ファンネルのように光の玉が鳳の周りでグルグル飛び回り、迫りくるジャンヌの動きを牽制する。彼女はそれを避けつつ尚も鳳に迫ろうとしたが、悉くを受け流されて遂に動揺が隠しきれなくなってきたようだった。
「うそ! 私の速さについてくるなんて……信じられない!」
「お褒めに預かりこりゃどうも!」
鳳は余裕の笑みを浮かべながらそう言い返したが、本当は余裕なんか全く無かった。彼女も言う通り、ジャンヌの動きは速すぎて、実際には彼には何も見えていなかったのだ。
それなのに的確に彼女の攻撃を受け流し続けていられたのは、彼女の攻撃がマニなどと比べて素直だったからだ。マニやギヨームなどが、身体的に劣る力をトリッキーな動きや技術で補うのに対し、ジャンヌは神人という種族の恵まれた体で剣を振るから、フェイントや無駄な動きを殆どしなくて、言ってしまえば型にはまってしまっているのだ。
更には、鳳はそんな彼女とゲーム時代からパーティーを組んでいて、砲台である彼は彼女の動きを、いつも背後から目で追っていたのだ。あのクソゲーは味方を誤射してしまうから、彼女が次に何をやるか分からなければ魔法を撃つことが出来ず、お陰で彼女の癖を殆ど覚えてしまっていた。
その、ゲーム時代からの長い付き合いが、鳳に彼女が本物であることを確信させた。
しかし、それじゃあ何故、彼女の方は鳳のことがわからないのか? 何か事情があって嘘を吐いている感じではない。そもそも、彼女はそういう腹芸が苦手だったはずだ。
ともあれ、一つだけはっきりしていることがある。笑っちゃうくらいジャンヌは本気だと言うことだ。ほんの一瞬でも気を抜いたら、鳳の首と胴体はいつでも離れ離れになってしまうだろう。かと言って、こっちも殺す気で戦うなんてことも出来ず、そもそもそんな余裕を彼女は与えてくれないだろう。この戦いは無意味だ。彼女が攻撃パターンを変えてしまう前に、さっさと逃げる算段をつけなければ……
余裕が殆ど無い中で、ちらりと周囲の様子を窺う。琥珀と桔梗は、もうこの戦いに介入しようと思ってないようだ。
「余所見をするなんて余裕ね!」
ザクッとした衝撃の後に、ズキッとした痛みが走った。一瞬の隙をついて、珍しくジャンヌがパターンを変えたせいで、その動きについていけなかったのだ。二の腕をざっくりと切りつけられたが、幸いなことに腱や骨は大丈夫なようだった。だがもうそんなに余裕はない。何か決め手を見つけなければ。
と、その時、焦る鳳の視界の隅で、何かがヒラヒラと飛んでいった。茶ばんだ一枚の紙が風に巻き上げられて空を飛んでいく。ドミニオンたちが潜伏していた際に、16年間ずっと瓦礫に埋もれていた本か何かが出てきたのだろう。
鳳はそれを見た瞬間、閃いた。
「な、なにこれ!?」
その時、突然、鳳の剣を握ってない方の手から、バサバサと大量の千代紙が現れた。まるでトランプ手品でも見ているかのように、滝のように溢れ出してくる紙を目にして、ジャンヌが奇声を上げる。
鳳は作り出した大量の紙をばっと宙にばらまくと、光弾を使って手当たりしだいに着火した。炎と炎が重なって瞬間的に激しく燃え上がり、それは一つの大きな炎になった。
いきなりの発火現象に、最初ジャンヌは驚いていたようだが、
「こんな目眩ましに、何の意味があるっていうの!」
所詮は紙束が燃える程度の炎である。エネルギー的には光弾の方が熱量が高いはずである。
それなのに、そんな炎を作り出したのは、おっしゃる通り、目眩ましのつもりであった。
ジャンヌが炎を切り裂きながら、鳳へ向けて魔剣を突き出してくる。鳳はそれを避け切れず、真正面から食らいそうになるが……しかし、その剣先は彼に届くことはなかった。
ジャンヌは自分の剣が、突然、ずしりと重たくなるのを感じた。見れば、その剣先が電話帳を何冊も積み重ねたくらい、大量の紙束の中に埋もれていた。紙は一枚だけなら簡単に破れてしまうが、積み重ねれば至近距離のライフル弾すらも止めてしまう。彼女の強力な魔剣も、つまりそれ式で受け止められてしまったのだ。
ジャンヌは慌てて紙束を振り払おうとしたが、一度食い込んでしまった紙は簡単には抜け落ちない。
「ちっ! 抜かったか!!」
「悪いなジャンヌ、暫く大人しくしててくれよ!」
そして、得物を無くして無防備になった彼女に向けて、無数の光弾が迫りくる。虚を突かれた彼女は、剣を捨てて逃げることも出来ず、避けることを封じられて、目をつぶって衝撃に備えるしかなかった。
そして……
「きゃああああーーーーっっ!!!」
ドンドンドン! っと光弾が弾ける爆発音が轟いて、続いてジャンヌの悲鳴が上がった。さしもの神人であってもこれだけ食らえば暫くは回復に時間がかかるだろう。
鳳はその隙に逃げてしまおうと、踵を返そうとしたが……
「……は?」
しかし、彼はそれを見てすぐに動けなくなった。
鳳は、爆煙が晴れた向こう側に、ジャンヌではなく、何故か猿人のチューイが立っているのを見た。
両腕で頭を守るガード姿勢で、ところどころの毛が焼け焦げているのを見ると、今の攻撃をチューイがジャンヌに代わって受けたようにしか見えなかった。
そんな馬鹿な!? と、慌てて次弾を迂回するように飛ばそうとすると、チューイはその光弾を素手で弾き飛ばしてしまった。
まったく見当違いの場所から光弾の弾ける音がして、様子がおかしいことに気づいたジャンヌの目が開く。
ここで彼女を止めなければ、今度こそ勝ち目がない。鳳は身体強化魔法をかけると、邪魔をするチューイの脇を抜けてジャンヌに襲いかかろうとしたが……
「うげぴっ!」
その時……猿人の横を通り過ぎようとした鳳は、突然、自分の視界がくるりと一回転して、上下の感覚を失った。何をされたのかさっぱり分からなかったが、空気投げみたいにポンと宙に飛ばされてしまった彼は、重力の方角が分からなくなって、受け身も取れずに敢え無く地べたに叩きつけられた。
追いかけていたつもりが、突然目の前から居なくなった魔族と、突然飛んできたプロテスタントを見て、理解不能状態に陥ったドミニオンの少女たちが、半円を描いて鳳のことを呆然と見おろしている。今、我に返られたらただじゃ済まないだろう。彼はゲホゲホと咳き込みハイハイしながら、必死になって彼女らから距離を取った。
一体、何が起きているんだ?
猿人チューイの突然の裏切りに、そんなこと全く想定していなかった鳳は茫然自失となった。彼としては仲良くなったつもりだったが、やはり相手はしょせん魔族……気を許した自分が馬鹿だったのだろうか。それにしてもこのタイミングでの裏切りは、流石にタイミングが良すぎるだろう。
鳳は思った。もしや、チューイは埋伏の毒。ジャンヌの罠だったのではなかろうか? そう言えば、瑠璃は最初からチューイのことを知っていたのを思い出した。追い払っても追い払ってもついてくる魔族がいると……もしかして、彼は最初からそのつもりでついてきていたのでは?
鳳が、してやられたと臍を噛んでいると、
「ええい! また、あなたなの? なんなのよ、この猿!? 気味が悪いわ! このっ! このっ! このっ!!」
通じていたと思っていたその二人が思いっきり戦っていた。戦うというよりも、ジャンヌが一方的に攻撃するのを、チューイの方が必死に逃げ回ってる感じである。
あれ? やっぱり仲が悪いのかな? と思いつつ、鳳がチューイを援護しようと、追いかけるジャンヌに攻撃をかけようとしたら、
「うわっとっ!? 待て待て、チューイ! うぎゃっ!」
鳳の攻撃が無防備なジャンヌの背中に突き刺さろうとした瞬間、何故か逃げ惑っていたはずのチューイが、まるで瞬間移動するかのごとく突然現れ、またスッポーンと鳳を投げ飛ばしてしまった。
二度目だから流石に受け身は取れたが、その動きは全く読めず、自分が何をされたのかすら分からず、鳳は唖然としながら、ジャンヌ相手には何故か防戦一方の彼を仰ぎ見た。
ジャンヌを攻撃しようとすると止めに入り、ジャンヌにいくら攻撃されても反撃をしない。つまり、彼はジャンヌを守っているつもりなのだろう。
「っていうか……こいつ、こんなに強かったのか?」
鳳は呆然と立ち尽くした。
瑠璃に罵られてしょげ返っている姿や、さっきのドミニオンから逃げ惑う姿を見るからに、チューイはあまり戦闘向きじゃないのだと勝手に思い込んでいた。
だが、彼は戦闘向きじゃないどころか、鳳とジャンヌの二人を相手にしてもなお余裕があるほどの力の持ち主だったのだ。そんなことはおくびも出さず、のほほんとついて来た。信じられないことだが、魔族のくせに平和主義者だったのだ。
それにしても、何故ジャンヌなのだろう? アズラエルが言っていた通り、やっぱりメスと交尾がしたいからだろうか? そう考えれば、鳳相手に格好つけるよりも、ジャンヌ相手にアピールするほうが理に適っているが……
「……ん?」
そんなことを考えていた時だった。突然、鳳は妙な既視感を覚えた。
なんとなくだが、これと似たような光景を以前にも見たことがある。そう、ジャンヌの気を惹こうとして力を誇示する奴が……彼女には以前、鳳の他にも背中を預けられる相棒が居たはずだ。
そう考えた瞬間、彼は喉に詰まっていた何かが、すとんと腑に落ちていくのを感じた。思えば、さっきからチューイが見せているこの尋常じゃない動きも、いつかどこかで見たことがあった。この緩慢でありながらも的確な、円を基本とした滑らかな動きは、かつてレヴィアタンを相手に、彼と、彼の師匠が見せた戦いぶりとそっくりじゃないのか?
「おまえ、まさか……サムソン!? サムソンなのか!!」
鳳がそう叫んだ瞬間、それまで一切滞ることのなかったチューイの動きが一瞬だけブレた。
ジャンヌがその隙を見逃さずに突きを繰り出すと、ざっくりと切りつけられたチューイが悲鳴をあげて飛び退いた。そのジャンプ力はあり得ないほどで、彼はくるりとバック宙をしながら、5階建ての廃ビルの屋上まで一足飛びに飛び上がってしまった。
そしてそれを唖然と見上げているドミニオンたちの前で、
「うおおおおおおぉぉぉーーーーーーっっ!!!」
と、甲高い雄叫びを上げると、チューイはうほうほ言いながらドラミングを開始して、嬉しそうに鳳に合図を送ってきた。
間違いない。何でこんなことになってるのか分からないが、少なくともあいつにはサムソンの記憶があるに違いなかった。
だから、最初からやけに鳳に懐いていたり、ジャンヌ相手にアピールしたりしていたのだ。
「紫電一閃っ!!」
5階の高さを一息で上がってしまった猿人に向けて、ジャンヌが忌々しそうに追撃を放つ。見えない斬撃が半分崩れているビルに当たると、パラパラとコンクリート片が飛び散って、真っ白い砂煙が辺りを覆った。
「きゃあああーーーっ!!」
それをもろにひっかぶったドミニオンたちから悲鳴が上がる。
その悲鳴を聞いて我に返った鳳が周囲を見渡せば、彼女らもチューイの尋常ならざる動きに呆気にとられて、ほぼ全員が戦闘をやめてビルの上を見上げているようだった。
逃げるなら今しかない……鳳は姿勢を低くしながらアズラエルのもとへ駆け寄ると、その小さい体を小脇に抱えて、すたこらさっさと逃げ出した。
「うわっ! ちょっと! 何だ君は!」
「今は撤退だ! アズにゃん、あんた飛べんだろ!?」
「なに?」
「コントロールは俺がするから、いいから飛べ!」
アズラエルは鳳の突然の提案に困惑しつつも、言われたとおりに空を飛ぶ奇跡を行使した。すると下方から猛烈な風圧が起こり、二人の体がふわりと宙に持ち上がった。それに気づいたドミニオンの数人が、泡を食って駆けてくるが、もう遅い。
「ふははははははっ!!!」
鳳は邪悪な笑みを浮かべ、高らかな笑い声を上げた。
思ったとおり……さっきアズラエルが空を飛ぼうとしていた時から、なんとなくそうじゃないかと思っていたのだ。アナザーヘブン世界のP99と、こっちのDAVIDシステムはそもそも同じ物である。つまり彼女の使う浮遊術は、あっちの世界のレビテーションの呪文と全く同じ原理だったのだ。だとしたら、彼には一日の長がある。何しろ数千キロを飛んで移動した経験があるのだから。
空へ上がったアズラエルは、また片翼に風を受けてバランスを崩しかけた。しかし、崩れかけたそのバランスは、すぐに鳳の体重移動によって修正された。
二人なら飛べるのか……アズラエルの金色の瞳が驚愕に見開かれる。ふわりと宙に浮かんだ二人は、間もなくチューイの上を飛び越えて、はるか上空に舞い上がった。もうこうなってはドミニオンたちには手が出せない。
「待てっ、プロテスタントッ! 逃げるつもりっ!?」
「待てと言われて待つバカがいるかってのよ! あばよー! とっつぁん!」
この状況で逃げない奴がどこにいるのか。鳳は、地べたで地団駄を踏んでいるジャンヌにお決まりのセリフを吐き捨てると、アズラエルとともに町の外へ向けて飛び去っていった。
そんな彼らの後を、ビルの上をカエルのように飛び跳ねながら猿人チューイがついてくる。ジャンヌたちもまたすぐに彼らの後を追いかけたが、空を飛ぶ相手に追いつけるはずもなく、森に逃げ込むのを見たのを最後に、ついにその姿を見失ってしまうのだった。