ラストスタリオン   作:水月一人

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傍観者Mの日常

 とりあえず、玄関先で立ち話もなんだからと言って、ミッシェルは鳳たちを家の中へと招き入れた。どうやらここの住人だったらしきサムソンがすぐ後に続き、仰天して固まっている鳳を置いてアズラエルが中へと入っていき、取り残されそうになって慌てて鳳が続いた。

 

 ミッシェルとアズラエルは初対面なので軽く自己紹介しつつ、彼の淹れてくれたハーブティーで一先ずはいっぷくすることになった。

 

 小屋は一人暮らしだからか手狭で、8畳くらいの広さに据え付けのベッドが置かれており、それに圧迫されるかのようにこぢんまりしたテーブルが脇に追いやられていた。鳳とアズラエルはそのテーブルに肩を並べるようにして座った。

 

 ミッシェルはその間、暖炉の炎で湯を沸かし、火箸に引っ掛けるようにしてヤカンを取り外すと、アチチアチチと言いながら豪快にハーブをその中に放り込み、ゆっくり揺するようにヤカンを回してからカップに注いだ。因みに、ヤカンもカップも日用品は全部、今日行った神域の街で拾ってきたらしい。探せばなんでも見つかるからと言って、逞しく暮らしているようだった。

 

「家を建てる時は苦労したけど、サムソン君が手伝ってくれてね? 彼は力持ちだから、梁を一人で持ち上げてもびくともしないんだよ。神域は近代的な都市だから、釘を見つけるが大変だったけど、意外なことに木製の扉や家具なんかに良く使われていてさ? なんだかんだ言って人間はいつの時代でも木製の家具を好むんだなって感心した。そうそう、それから水と食料だ。僕はアストラル体だから基本食べないでも平気なんだけど、サムソン君はそうもいかないから、水源を求めて井戸を掘るつもりでいたら、彼は豪快だからさあっという間に地面を掘り起こしちゃって、結局ここに溜池を作ることになってしまった。それから二人であちこちの川から魚を連れてきて繁殖させたり、バオバブの実を見つけてからは生活も安定したね。彼、木登りも得意だから、スルスルと上っていっちゃうんだ。あんな取っ掛かりのない木、よく登れるものだなあ」

 

 ミッシェルはお茶を入れながら、延々と自分の苦労話をし続けていた。彼の口ぶりから、この16年間サムソンと一緒だったようだが、話し相手にはならなかったせいか、人恋しいのかも知れない。

 

 そんな過去の偉人の話に口を挟むわけにもいかず、ぼんやりと相槌を打っていたら、話が散漫で全然本題に入らないのに嫌気が差したのか、アズラエルが小声で鳳に言った。

 

「君、それでこの人は何なんだ? 何故、こんな場所で暮らしていられるんだ?」

「えーっと、この人はその、俺の世界で迷宮って呼ばれている特殊なとこに住んでる人で……なんでここにいるのかって、それは俺が聞きたいくらいなんだけど」

「僕もタイクーンと同じ、こっちの世界の住人でもあるからさ。尤も、君とは生きた時代が400年ほど違うけどね」

 

 ミッシェルがサラリと会話に入り込んでくる。そう言われてみれば、彼はレオナルドと同じ時代に生きていた人物だった。ルネッサンスとバロック時代で、活躍した時期は一つずれているが。

 

「僕もこの世界に縁があるから、君みたいに世界を渡れたってわけさ。ただ、僕は歴史に介入する気はさらさらないから、受肉はせずにアストラル体でだけどね」

「アストラル体って、霊魂みたいなものでしたっけ……もしかして、ここはあなたの迷宮の中なんですか?」

「いいや、現実だよ。アストラル体のまま、現界している」

「そんなことが、出来るんですか?」

「肉体をもたない霊魂なんていくらでも想像がつくじゃないか。僕たちはその一つを神と呼ぶ……まあ、悪霊とも呼ぶわけだけど」

 

 そう言ってミッシェルは何がおかしいのかクククッと笑った。笑いにも飢えているのか、やけにハードルが低くなってるようである。話を聞くからに、もはや何でもありのスーパーマンのくせに、とてもそうは見えない男である。

 

 また蚊帳の外に置かれていると感じたのか、アズラエルが不快そうに言った。

 

「なんだか良くわからないが……この人も君と同じプロテスタントなのか?」

「いや、僕は別口だ。ルシフェルとは何の関係もないよ」

「じゃあ、どうしてこんなところに現れたんですか?」

 

 鳳が疑問を呈すると、ミッシェルはケロッとした口調で言った。

 

「君の助太刀をしてくれって、ルーシー君に頼まれたんだよ」

「……へ?」

 

 その答えがあんまりにも意外過ぎたから、鳳はぽかんと口を開いて絶句してしまった。もっと意味がわからないアズラエルの瞳が、また不快そうに鳳とミッシェルの間を行き来する。ミッシェルはそんな二人の様子を見ておかしそうに続けた。

 

「まあ、驚くのも無理はないね。僕も驚いたもの。さて、そろそろ話を進めようか。いい加減、そちらのお嬢さんの視線が怖いし。でも、何から話せばいいかな……タイクーン、君がこちらの世界に渡った後の話なんだけど、一緒に渡ったはずの真祖が帝都に戻ってきてしまったんだよ」

「真祖って……メアリーか! え? あいつ、あっちに残っちゃったの?」

 

 ミッシェルは頷いて、

 

「彼女はこっちの世界に定着出来ずに、アストラル体のままさ迷った挙げ句、最終的に帝都の神の揺りかごでリブートされて戻ってきてしまったんだ」

「なんでまた……俺がこうして成功してるのに?」

「多分、こっちで用意した体に、誰か別の魂が入っていたからだろうね……心当たりがあるんじゃないかい?」

「……まさか、エミリアか!」

 

 メアリーこと真祖ソフィアは、幼馴染エミリアの疑似人格……当然、その肉体は彼女の遺伝子をベースにしたものだった。故に、こっちでメアリーの体を用意したつもりが、レオナルドやギヨームみたいに、放浪者(バカボンド)としてエミリアが復活してしまったのだ。

 

 まさかそんな落とし穴があるなんて思いもよらず、鳳は唸り声をあげた。すると、エミリアは巻き込まれて復活してしまったことになる。もしも再会することが出来たら、その辺も謝らなければいけないが……

 

「けどまあ、とりあえずはメアリーが無事で良かった。俺とはまた別口に飛ばされちゃったんだと思ってたけど」

「逆に、彼女が戻ってきてしまったことで、ルーシー君たちは君のことが心配になったみたいでね。確か君が真祖を必要としたのは、こちらの世界の神の揺りかごを利用するためだったんだろう?」

「はい。彼女は元々P99のオペレーターだったから」

「うん。だから彼女が戻ってきてしまったと言うことは、君が力を失っているということになる……で、大変だって騒ぎになって、すぐに助っ人を送ろうって話になり、世界を渡れそうな人物を探していて、僕に白羽の矢が立ったのさ。普通はこんなこと思いつかないだろうに。彼女は面白いね」

「マ、マジっすか……なんかすんません」

 

 まさかそんな理由で彼が現れたとは思いもよらず、鳳が顔を真っ青にして謝っていると、ミッシェルはクククッと笑って、

 

「僕の迷宮なんて、レオナルド以外に踏破させるつもりはない、ただの嫌がらせなんだから、普通の人は入るだけ損なんだけどね。彼女はまた当たり前のように突破してきちゃったんだよ。長いこと迷宮なんかをやってるけど、こんなことは始めてだった」

 

 始めても何も、あの迷宮を突破できたのはレオナルドと彼女しかいない。今やタイクーンと呼ばれる鳳も、実は何度も挑戦したのだけれど、踏破出来なかった場所だった。それを二度も突破したと言うのだから恐れ入る。

 

「以前来た時に、彼女には僕の出自を語っていたからね。それを覚えていたらしい。またあの迷宮に誰かがやって来たと思ったらまた彼女で、いきなりちょっと世界を渡ってくれないかと来たんだよ。面白そうだから乗ることにした」

「面白そうって……そんな軽いノリで来れちゃうんですか?」

「上に行くのはそんなに難しくないんだよ。下に行くのは余程の縁がない限り不可能に近い」

 

 ミッシェルはさらりと言ってのけるが、当たり前だが簡単なわけがない。ただ、言ってる意味はなんとなくわかった。入れ子構造の世界では、高次元世界は一つしかないが、低次元のほうは無限にある。

 

「それで、こっちの様子を見にきたはいいものの、君に会えなきゃ意味ないからね。16年前に戻って、君が来るまでここで待っていたのさ。そしたら、サムソン君がふらふらと、アストラル体でさ迷っているのに気づいてね。そのままじゃ消えちゃいそうだったから、適当に合いそうな魔族の体に定着させておいた」

「またサラッと難しそうなことを……」

「実際、無理なことをしているから、早めに元の体に戻した方が良いよ。自分のではない体に憑依するってことは、相手の魂を支配出来なければならないということだ。簡単に言えば、元の人格を抑え続ける必要があるわけだけど、相手との知能差がない限り、そんなことは不可能だろう? だから、実はこの魔族の脳は人間と比べてかなりお粗末なんだよ。今のサムソン君はそれに釣られて思考力が大分衰えているから、幼児レベルでしか物事を考えることが出来ない。だから、君のことが分かっているといっても、かなりぼんやりとしたものでしかないんだ」

「そうだったのか……言われてみれば、知能がそのままなら、筆談すれば良いだけだもんなあ……」

「島にジャンヌ君が来る度に会いに行ってたのも、単に家族に会いたいがためだったんだ。でも、相手にはそれが伝わらないから、ジャンヌ君は気味悪がっているみたいだけど……健気な話だね」

「ミッシェルさん、あんた、ジャンヌのことも知ってたんなら、どうしてそのことをあいつに言ってやらなかったんですか?」

「そりゃ、無理だからさ」

 

 ミッシェルは肩を竦めて、

 

「僕が歴史に介入してしまえば、平行世界が分岐して生まれてしまう。そうしたら君に会えなくなるから」

「なんかよくわからないけど、何か縛りがあったんですか?」

「単純に考えてみてよ。僕は真祖があっちの世界に戻っちゃったから、ルーシー君に頼まれて来たんだ。なのに、僕が君が来る前の世界で、君の知らない情報に介入してしまったらおかしなことになるだろう?」

 

 なるほど、そうかも知れない……鳳はう~んと唸るしかなかった。

 

「予言者ってのは傍観者でしかないんだ。僕は時空を越えて現在過去未来を見ることが出来るけど、変えることは出来ない。変えてしまえば、それはもう過去でも未来でもなくなってしまうからね」

「サムソンの件は良かったんですか?」

「彼を助けても、君が来る未来に変わりはなかったからね。細かいディテールは違ったかも知れないけど。助けなかったほうが良かったかな?」

「とんでもない! 感謝してもしたりないくらいですよ!」

「なら良かった。僕も彼には生きていて欲しいからね」

 

 彼は飄々とそう言ってのけると、ここからが本題だと言った感じにトーンを落として、

 

「でだ……サムソン君を救うためには、彼の遺伝子情報を手に入れなければならないわけだけど……」

「はい。でも、サムソンは元々この世界にはいないんですよね? どうやれば手に入るのか……」

「方法は2つある」

 

 あるのかよ……鳳がぐっと身を乗り出すと、

 

「まずはサムソン君の魂を量子化し、彼を神人化してしまう方法だ。これは君がジャンヌ君を相手にやったことだね。神の揺りかご、つまりP99があればそれも可能だろう。問題は、この世界にあったP99は翼人たちが壊してしまったことと、もう一つがあるプロテスタントの本拠地には、どうやって行けばいいかわからないことだ」

「ミッシェルさんの予言で、ずばりその場所がわかったりしないんですか?」

「大雑把に宇宙……ということは言えるけど、それ以上となると僕にもわからない。不確定性原理と同じだ。位置を特定してしまうと運動量が不確定となる。この場合は未来が変わってしまって、結果的に予言は意味を持たなくなるんだ」

「うーん……」

 

 ミッシェルの能力は万能そうに見えて、意外と面倒くさそうである。鳳は諦めて、

 

「なら、もう一つの方法は?」

「君のケーリュケイオンを手に入れる。君は元の世界で、遺伝子情報になりうるものをあのストレージの中に保存していただろう?」

「あー! 確かに! サムソンの遺伝子情報もあるはずです」

 

 ついでに嫁やマニ、ペルメルやディオゲネス、何が起きるかわからないから割りと手当り次第に突っ込んであった。それを使って体を作ればいいのか……鳳はそう思って顔をほころばせたが、すぐにそれが無理だと気づき、

 

「いや、でもミッシェルさん。遺伝子を手に入れたところで、やっぱりP99が無ければ意味ないじゃないですか。俺は肉体を作り出すことなんて出来ないんだから」

「ところが出来るんだ。何しろ、こっちには生命のエキスパートがいるんだから」

「生命のエキスパート……?」

 

 ミッシェルは気色満面にやついている。何を言ってるんだろうと思いつつ、鳳がその視線を辿ってみると、そこにはどうして知ってるんだと言わんばかりの、複雑そうなアズラエルの顔があった。

 

「アズにゃん。あんた、遺伝子があれば肉体って作り出せるの?」

 

 するとアズラエルは更に難しそうに顔を歪めて、

 

「細胞を培養し、形を作ることなら出来る……だが、そんなことをしたところで、人間の死体が一つ出来上がるだけだ。何の意味もない」

 

 そう言うアズラエルの表情が荒んでいるのは、実際に彼女にはその経験があったからだろう。16年前、人類が再生できなくなってから、彼女はあらゆる可能性を試しては、失敗してきたのだ。

 

 だが、その失敗は次に繋がる失敗だった。鳳には、ミッシェルが何を言い出すのかが何となくわかった。

 

「それでいいんだよ。容れ物が出来たなら、次はその中身を用意すればいい。誰かがサムソン君の魂を取り出し、新たな肉体に定着させればいいのさ」

「……そんなことが可能なのか?」

 

 ミッシェルの言葉に、今度はアズラエルが身を乗り出す。彼はそんな彼女に笑顔で応えると、

 

「出来るとも。肉体と魂の分離。それこそが現代魔法の真髄なのさ」

「現代魔法……」

 

 アズラエルは鳳の顔をちらっと見てから、

 

「君が使っていたあの不思議な力のことか。教えてくれ、ミッシェル。もし、そんなことが可能なら、私にはそれが必要なのだ」

「いいとも、それじゃあまずは魔術のおさらいから始めようか?」

 

 ミッシェルは笑顔で言うと、長い講義に備えるかのように、豪快にハーブティーを飲み干した。

 

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