ラストスタリオン   作:水月一人

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小休憩

 目をつぶって息を潜める。感覚を研ぎ澄ませ、来たるべき攻撃に備える。鳳はRPG的に言えば後衛職であり、近接攻撃は得意じゃない。普通に戦っていては、マニやサムソンのような格闘家相手には分が悪いだろう。だから彼は、普通じゃない方法を取った。どうせ目で追っても彼らの動きは捕らえられっこないのだから、いっそのこと目をつぶって、心の目で相手の動きを捕らえるのだ。

 

 その方法はマニ相手にはそこそこ上手く行っていた。こちらの世界に来る前、最後の頃には、彼から一本取れるようにもなっていた。だから、そこそこ自分もやれるんだと勘違いしていたのだが、それはとてつもなく甘い考えだったと思い知らされた。

 

「右……いや、左……? やっぱ、右だろ? うぎゃあーーー!!」

「うほっ!」

 

 真正面から飛んできたパンチをもろに食らって、鳳はもんどり打ってその場に倒れた。サムソンはそれを見てウホウホと手を叩いて喜んでいる。

 

 ミッシェルとの邂逅から一夜が明けて、鳳とサムソンは小屋の外で軽く手合わせをしていた。昨晩は結局、今後について具体的な話は何も出来なかった。アズラエルは元生物学者と言うだけあって研究肌なのだろうか、あの後ずっと彼女がミッシェルを質問攻めする感じになってしまって、口を挟めなかったのだ。

 

 会話に置いてけぼりだったサムソンはそのうち眠ってしまい、鳳もウトウトし始めそのまま眠ってしまったらしい。明け方頃に目を覚ましたら、二人はまだ議論を続けていたから、多分今頃ぐっすりだろう。

 

 鳳は目覚めるとすぐに小屋の外の空気を吸いに出て、溜池でバシャバシャ体を洗っていたサムソンとそのまま朝の訓練を始めたのだが、結果はいくらやっても大惨敗だった。彼は、なんでサムソンの気配はマニみたいに読めないんだろうかと首を捻りつつ、血が出てないかと鼻の下を手で拭いながら立ち上がった。

 

「いてててて……おまえ、何か目茶苦茶強くなってないか?」

 

 実際に手合わせしてみて、サムソンの動きが尋常じゃなくなっていることに気付かされた。

 

 最初は元の世界でマニを相手にやっていたように、目隠しをして対戦しようとしたのだが、不思議なことに、そうするとサムソンの気配がいくつも感じ取れてしまい、とてもじゃないが身動きが取れなくなってしまった。

 

 調子が悪いのかなと思って、目隠しを取って対峙してみたものの、今度は動きが尋常ではなくて目で追えない……マニみたいに速すぎて追えないのではなく、動き自体は緩慢なのだが、何故かその動きについていけないのである。なんというか、予測を悉く外されているように感じで、それでも動き自体は見えてるのだからと試合を再開しても、すぐに転ばされて相手にならなかった。

 

 こりゃ手合違いだったかと素直に負けを認め、どうしたらそんな動きが出来るのか知るために、今度はあっち向いてホイ形式の一発勝負で、目隠しの対決を挑んだのだが、やはり目をつぶると彼の気配があっちこっちに飛んでしまって、勝負にならなかった。

 

「……そういやあ、こっちは体感で16年過ぎてるんだったっけ。って言っても、どんな修行したらこんな風になるの?」

「うほうほ」

 

 鳳がぶつくさ言いながらサムソンの体をペタペタ触って調べていると、小屋の扉が開いて中からミッシェルが出てきた。

 

「やあ、サムソン君と遊んでくれていたのかい?」

「いや寧ろ、俺が遊ばれてたんですけど……なんか、目茶苦茶強くなってるんですよ、こいつ」

「それはそうだろうね。彼はこの島に来てからずっと、ベヒモスを相手に修行を続けていたみたいだから」

「はあ!?」

 

 鳳が仰天していると、ミッシェルは苦笑交じりに、

 

「人類が島から出ていってしまった後、ベヒモスは好物が全然手に入らなくなってしまったでしょう? そんなところに一人だけ美味しそうな魔族がいたら狙わないわけがないじゃない」

「だ、大丈夫だったんですか……??」

「うん、それで最初のうちはよく襲われていたんだけど、サムソン君も十分に強かったから、まあ問題なく逃げられてたんだよ。それで追いかけっ子みたいなのをずっと続けてたんだけど……そのうち、サムソン君の方が強くなってきちゃって、だんだん逃げるんじゃなくって撃退するようになってきてね?」

「は、はあ……」

「そしたら今度はあっちの方が近づかなくなってきちゃってね? 逆にサムソン君の方が修行相手を求めて追いかけるようになっちゃって、気がつけばよく島のあちこちでドタバタやってたんだよ」

「マジかよ……魔王相手に武者修行とは……」

 

 道理で目茶苦茶強くなっているわけである。そう言えば、元の世界で鳳も戦ったことがあるが、ベヒモスはただとんでもなくタフと言うだけで、能力自体は大して強くはなかった。あっちの世界で格闘家としての素質が開花しかけていた彼には、丁度良い修行相手になったのかも知れない。

 

 とは言え、サムソンとベヒモスでは、その大きさが違いすぎるから、いくら彼が強くても徒手空拳で勝てるほどとは思えないのだが……実際、ミッシェルの話では最初は逃げ回っていたようだし、どこでその強さが逆転したのだろうか。

 

 そう言えば、今のサムソンは魔族だ。今までそんな魔族がいなかったから分からなかったが、もしかすると魔族は相手を殺さなくても、対戦するだけでも普通に強くなれるんじゃなかろうか……

 

 鳳がそんなことを考えていると、ミッシェルが隣で盛大に伸びをしはじめた。大分お疲れの様子らしい。

 

「昨日はアズにゃんに質問攻めにされて大変でしたね」

「ああ、やっと解放されたよ。彼女は研究肌だね、質問が止まなくて大変だったけど、さっきそのまま力尽きるように眠ってしまった。起きるのは夕方以降だろうね」

「ミッシェルさんは寝なくて良いんですか?」

「僕はアストラル体だからね。生物としての眠りは必要ないんだ。まあ、それでも退屈だから寝るんだけど」

 

 なんじゃそりゃと鳳が引き攣った笑みを浮かべていると、ミッシェルはそんな彼を珍しいものでも見るようなに、

 

「それよりも、さっきは何か面白いことやってたね。君はいつも目隠しをしながら戦っているのかい?」

「あれですか? いや、普段は目隠しだけじゃなくて耳栓もつけるんですけど……ほら、昨日あなたも言ってた通り、俺たちの魂には感覚があるんでしょう? アストラル体が、宇宙の果てにある情報を参照してるんだって。もし、その感覚が分かれば、目や耳に頼らなくても戦えるんじゃないかって思って試してたんですよ」

「ははあ……いいや、いい方法だと思うよ。でも、その様子じゃ、まだ身についてないようだね」

「マニを相手にしていた時はいい感じだと思ってたんですけど、サムソンにはさっぱり通じなくて……どうしてなんだろって考えてたとこで」

「ふーん……それは多分、相手に慣れてしまって、知らず識らずのうちに癖を覚えてしまったか、微弱な振動を肌で感じちゃってるかしてるんじゃないかな」

「マニもそんな感じのこと言ってましたね……」

「五感を断ち切るってのは、思ってる以上に難しいことだから、あまり頭でっかちに考えると上手く行かないんだよ。ほら、ルーシー君なんて何も考えてなさそうでしょう?」

 

 なんだか酷い言われようだが、確かにそんなところはあった。彼女はなんというか天才肌なのだ。鳳はがっかりするようにため息をつくと、

 

「そう言えば俺もあなたに聞きたいことがあったんですよ」

「なんだい?」

「俺はあっちの世界でルーシーとスカーサハ先生に現代魔法を教わってたんですけど、恐らく、考えうる限り最高の教師に習っていたと思うんですけど、結局殆ど身につかなかったんですよね。不可視はもちろん、身体強化のスキルも自分に対してしか発動しないし、あと出来ることと言ったらエネルギーを直接飛ばすくらいのことで……もしかして俺って、現代魔法に向いてないんですかね?」

「あー、うん。そうだね。向いてないと思うよ」

 

 ミッシェルはにべもなくケロリとした表情で言い切った。多少覚悟はしていたが、そこまであっさり否定されるとは……しかし鳳が口をパクパクしていると、彼は違う違うと言った感じに首を振りながら、

 

「向いてないっていうのは、ルーシー君みたいな高レベルの認識阻害や不可視、スカーサハ君のバトルソングみたいな、他人の認識を変える魔法のことだよ。例えば彼女らは他人の五感を操作して、自分の姿を石ころと誤認するように操作をしているわけだけど、君の場合は君自身の影響力が強すぎてそういう方法が取りにくいんだろうね」

「俺自身の影響力、ですか?」

「ほら、君は勇者としてあの世界に召喚されたわけじゃない。そして望み通りに魔王を倒し、ヘルメス卿として君臨し、タイクーンの名を受け継いで無数の迷宮を踏破さえした。もはや人類は君に対して信仰に近い感情を抱いているから、それが現代魔法に悪影響を及ぼしちゃってるんだよ。例えば、君の奥さんのアリス君に、いくら君が『僕は石ころ』って言っても、彼女は君への認識を変えることが出来ないでしょう?」

「はあ……そうですかねえ……?」

「まあ、まず効かないだろうね。そんな感じで、君は他人の認識を操作するような魔法を使うには向いてないんだ。でも逆に、君は光弾を作り出すみたいな、世界の外側にある第5粒子エネルギーを操る能力に長けている。それは君が高度な科学文明の社会で暮らしていたからイメージしやすいんだろうけど、これは彼女らに対するアドバンテージだよ。だから才能を伸ばすならこっちの方がいいだろうね。認識を変えるんじゃなくって、世界を変えるんだ」

「世界を、ですか……?」

 

 鳳がどういう意味だろうかと首を傾げていると、ミッシェルは出来の悪い生徒でも見るような目でやれやれと肩を竦めてから、

 

「ほら、現代魔法には二種類あったでしょう。利己的な共振(レゾナンス)、そして幻想具現化(ファンタジックビジョン)だ。直感的で天才肌のルーシー君は前者に向いていたけど、論理的な君は恐らく後者の方が向いてるってことだよ」

 

 鳳は目を丸くして仰天しながら、

 

「はあ!? いやいやいや、無理ですよ! 俺は絵なんか書いたこともなければ、爺さんみたいに凄い才能があるとも思えませんよ?」

 

 ミッシェルは全力で否定する鳳に苦笑いしながら、

 

「そうじゃない、そうじゃない。レオナルドみたいにスクロールを作るんじゃなくって、ギヨーム君みたいに一時的に物質を具現化させる方法だよ。この宇宙の外側には、無限のエネルギーが存在する。君は以前、ケーリュケイオンにMPを貯め込んでいたけれど、それを直接取り出せるようにすればいいのさ」

「ああ、ギヨームのクオリア魔法ですか……それなら俺もちょっとだけ」

 

 鳳はそう言って、何もない空間から千代紙を取り出してみせた。美しい模様の描かれた折り紙が、まるで水のように溢れ出してくると、それを見ていたミッシェルは手を叩いて喜んで、

 

「それだよ、それ! なんだ、君は既に魂の感覚が分かっているじゃないか」

「ええ? これで……何が分かるって言うんです?」

「はあ? ……それは僕のほうが聞きたいくらいだよ? どうしてここまで出来ていながら、君は自分のアストラル体がわからないのかな」

「ええっと、そんなこと言われても……」

 

 二人はお互いに顔を見合わせ、まるで鏡みたいに同時に首を傾げた。ミッシェルは、軽く一息吐くと、

 

「ふむ、何か偶然にそれを引き出すような出来事があったのかも知れない。それが何なのかはわからないけど、とりあえず、そこまで出来るならもうちょっと突っ込んだ話をしてみようか。何か切っ掛けがつかめるかも知れない」

 

 彼はそう言うと、また昨晩のように滔々と語り始めるのだった。

 

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