ラストスタリオン   作:水月一人

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終わる世界③

 フルダイブ・ログイン特有のふわふわした感覚が収まってくると、やがて真っ白な視界の中から、徐々に建物の輪郭が見えてきた。ほにゃららに再度ログインしてきた(おおとり)(つくも)は雲の上にある空中神殿の前に居た。

 

 昔、デジャネイロ飛鳥としてゲームを始めたときは、いきなり草原に放り出されたはずだった。今は新規に始めると、こんなチュートリアルが始まるのか……その分の開発費を他に回していれば、寿命ももう少し伸びただろうに……そんなことを考えながら、彼は神殿の中に入っていった。

 

『ほにゃららにようこそ。ここは剣と魔法が支配するファンタジー世界』

 

 神殿に入ると神官らしきNPCの女性が、何もしていないのに勝手に話しかけてきた。チュートリアルを始める気がない彼はNPCを無視して神殿内を探ってみたが、どうやって先に進めばいいのかが分からない。

 

「なあ、そんな話はどうでもいいから、さっさと街に飛ばしてくれないか?」

 

 仕方なくNPCに話しかけるも返事がない。まさかチュートリアルを進めなければ、ゲームが始められないなんて知らなかった。でも、こんなところで足止めを食っていたら、日付が変わってしまう……

 

 青ざめながら時計を確認していると、

 

「……あ……」

 

 神殿に別のプレイヤーが入ってきた。

 

 こんなサービス終了間際に新規スタートするなんて、物好きな奴もいたもんである……

 

 なんとなくバツが悪くて、早く先に言ってくれよと思いつつ、お互いにそっぽを向いていると、後から入ってきた新規プレイヤーは、神殿の片隅にある何やらオベリスクみたいなオブジェの前でごちゃごちゃやって、パッと居なくなってしまった。どうやらあれでチュートリアルを飛ばせるらしい。

 

 それを横目で見ていた鳳は、慌ててオベリスクに駆け寄ると、見様見真似で動かしてみた。仕組みは簡単だった。親切心過剰な注意書きで満たされたメニューが表示され、これに従っていけばどうやらゲーム内の主要都市なら、どこでも好きに転送してくれるらしい。彼は見知らぬプレイヤーに感謝すると、待ち合わせ場所に一番近い街への転送スイッチを押した。

 

 転送装置から降りて、慌てて街を駆け抜ける。待ち合わせ場所の丘の上に人影はなく、まだ彼女は来ていないようだった。ソフィアは先にログアウトしたのに、どこかで道草でも食ってるのだろうか?

 

 鳳は待ち合わせ場所にあったベンチに座ると、風に吹かれながら、眼下に広がる大草原を見下ろすように眺めた。

 

**********************************

 

 『灼眼のソフィア』こと、本名エミリア・グランチェスターと鳳白は、実はリアルでも知り合いだった。出会いは今から8年前。彼が通っていた小学校に、彼女が転校してきたのが切っ掛けである。

 

 それ以来、色々あって仲良くなった二人は、同級生たちの嫉妬の混じったからかいにも耐えながら、お互いの友情を育んできたのであるが……そんな日々はいつまでも続かなかった。やがて手足が伸び切って男女として意識し始める頃には、二人は段々疎遠となり、いつしか別々の友達と遊ぶようになっていったのである。

 

 なんやかや言っても二人は異性同士、いつまでも一緒には居られなかった。それは仕方ないし、それでいいと思った。鳳も男友達とつるんでる方が気楽だったし、彼女も女友達と遊んでいた方が楽しいだろうと思っていた。

 

 だが、それは間違いだった。

 

 鳳と遊ばなくなったあと、エミリアはどうやらイジメられていたらしいのだ。

 

 その名が示すとおり、欧州人である彼女は金髪碧眼でとても目立っていた。それが意地悪な連中の目について、彼女は居場所を失っていった。

 

 やがて、馬鹿な鳳が気づいた時には、もう彼女は学校に来なくなっていた。不登校の彼女は両親が心配するほど部屋に引きこもってしまって、いつまでも外に出れずにいるらしい。

 

 鳳はそんな彼女に何かしてやれないかと手を尽くした。でも何も出来なかった。家に行っても彼女には会えず、いつしか彼女の家族からも、エミリアを刺激するから来ないでくれと言われるようになってしまった。彼は彼女にとって、もはや重荷でしかなかったのだ。

 

 転機が訪れたのは今から4年前、風の便りで彼女がほにゃららをプレイしていると聞いたことだった。これなら部屋から出ないでも遊べるし、ゲームとは言え外の世界とつながる切っ掛けにもなるから、両親が買い与えても不思議じゃないだろう。鳳もダメ元でゲームを手に入れ、ほにゃららを始めた。

 

 そして見つけた。灼眼のソフィア……カスタマイズされたアバターは彼女と似ても似つかなかったし、エミリアという名前ですらなかったが、彼にはすぐにそれが彼女だと分かった。そのソフィアというキャラクターが、いかにも彼女らしかったのだ。

 

 こうしてオンラインゲームの中で彼女を見つけた鳳は、自分とは悟られないようにキャラクターを作って、彼女と同じギルドのメンバーとして過ごしてきたのだ。もし彼女に悩みがあるなら、相談できる相手になろうとして。いつかまた彼女が元気になった時、もう一度会えると信じて。

 

 でももうそれも終わりだ。仮に彼女が受け入れてくれなくても、時間のほうが待ってくれない。ほにゃららは今日終わるのだ。そうしたらもう、オンラインでも彼女に会える方法がない。

 

 だから最後の最後にこうして彼女の前に現れ、ずっと隠していたけれど、今まで一緒に居たのは鳳白だったのだと。中学時代に疎遠になってしまったけれど、ずっと心配していたのだと。今日はそれを伝えようと……彼はそう思ってここまで来たというわけである。

 

『ほにゃらら運営チームです。ユーザーの皆様に置かれましては、今まで当ゲームをご愛顧いただき誠にありがとうございました。間もなく当ゲームは15年の幕を閉じて……』

 

 サーバー内にアナウンスが流れる。ぼんやりと景色を眺めていた鳳は、その声にハッと我に返って、慌てて時計を見る。無機質なデジタル時計の表記は23時55分……

 

「……俺は、フラレたのか……?」

 

 鳳は立ち上がってぐるりと辺りを見回した。待ち合わせの丘には人の気配はない。動くものなんて、せいぜい、遠くの方でモンスターが見えるくらいだった。木陰にも、ベンチの下にも、建物の中にも彼女の姿は見つからなかった。彼は呆然と立ち尽くした。

 

 ゴーン……ゴーン……

 

 っと、どこからともなく鐘の音が聞こえる。毎晩0時を迎えた時に運営が鳴らす、時報の鐘だ。

 

『ほにゃらら運営チームです。まもなく、当ゲームはサービスを終了させていただきます。今までご愛顧くださった皆様に置かれまして、どうかご自分の健康をお考えの上、自発的なログアウトをお願いしたく……』

 

 呆然と立ち尽くす彼の耳にそんな声が聞こえてくる。どうやら、サービス終了時間が過ぎてもなかなかログアウトしないユーザーを心配して、運営が時間を延長しているみたいだった。

 

 ゲームはまだ終わっていない。とは言え、ここで待っていてもソフィアはもうやってこないだろう。

 

 鳳は目眩がするのを堪えながら、フラフラした足取りで待ち合わせの丘から離れた。もう、こんな場所にはいたくなかった。かと言って、ログアウトもしたくなかった。

 

 もしかして何かの行き違いで彼女はまだここにたどり着いていないだけじゃないのか? ログアウトせずに残っていたら、彼女がウィスパー通信で話しかけてくるんじゃないか? そうだ! もしかしたら入れ違いでギルドの方に顔を出しているかも知れない。

 

 そんなことを夢想しながら、彼は駆け足に近い速度でギルド砦へと向かった。行く宛なんて、他にどこにもなかった。彼女がいるとしたら、もうそれくらいしか思いつかなかったからだ。

 

 と、その時……ギルド砦のある街角に差し掛かった彼の耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。ハッとして振り返ると、街の広場にギルドの面々が集っている。ジャンヌ、カズヤ、リロイにAVIRLにクラウド。見慣れた面々の姿に、何故か安堵する。

 

 その中には、残念ながらソフィアの姿は見当たらなかったが、何故か勇気を貰ったような気がした鳳は、彼らに近寄っていくと、

 

「おーい、みんな! ちょうど良かった」

 

 と話しかけた。しかし、どこか焦った様子を見せる鳳が近寄ってくると、ギルドの面々は怪訝な表情をしてみせた。それがまるで知らない者を見るような目であったから、思わずどきりとしたが……

 

「……誰だ、あんた?」

 

 そう言われて思い出す。そう言えば今、鳳はギルドの魔法使い飛鳥ではないのだ。

 

「あ、すみません! 間違えました」

 

 血の気が引くような思いがして、鳳は咄嗟に初対面の振りをした。もちろん、自分がデジャネイロ飛鳥の別アバターだと言うのは簡単だ。しかし今、アバターに付けてる名前が問題だった。何しろこれは本名なのだ。付き合いが長いとは言え、いきなり身バレはしたくなかった。それに、さっき別れたばかりなのに、別キャラを作って何をしてるんだ? と言われてもバツが悪かった。

 

 胡散臭そうな目つきのギルメンたちから逃れるように、彼は回れ右してすぐ近くの建物の影に身を潜めた。はっきり言って隠れているのはバレバレだったが、わざわざギルメン達が確かめにくることもないだろう。

 

 しかし、これからどうしたものか。ゲームサーバー内は相変わらずログアウトを促す運営のアナウンスが流れている。これで最後だと言いながら三回も延長しているから、まだ強制切断されることはないはずだ。

 

 だが、多分もうアバターを変えてここに戻ってくるほどの余裕はないだろう。ソフィアを探すならこの姿のままで何とかするしかない。やはりギルメンに正体を明かして手伝ってもらおうか……

 

「ギャハハハハハ!」

 

 と、その時だった。焦る鳳の耳にギルメンたちの下品な笑い声が聞こえてきた。笑い声から察するに、カズヤだろうか。何がそんなにおかしいのだろうかと耳を傾ける。

 

「にしても傑作だったな、飛鳥の顔。あれでバレてないと思ってるのかね」「ああ、あいつ、ソフィアに告りに行ったんだろ? 気合入りすぎて、鼻の穴ヒクヒクしてやがったな」「あははははは!」

 

 うっ……そうだったのか。

 

 鳳は顔から火が出るような熱を感じた。どうやら彼の想いはギルメンたちにはバレバレだったようである。自分としてはバレてないつもりだったのだが、やはりあの寡黙なキャラに必要以上に話しかけたり、色々と接触を持とうとしていたのが目についたのかも知れない。

 

 だったら今更恥ずかしがることもないだろう。こうなったら正体を明かして、みんなの知恵を貸してもらおうか……

 

 そんな風に彼が表に出ようかどうかと逡巡している時だった。

 

「でも今頃、あいつどうしてんだろうな」「どうって?」「いや、だってさ、待ち合わせ場所に行ったって、いつまで経ってもソフィアは来ないぜ?」

 

 ……え?

 

 鳳は目をパチクリさせる。

 

「ソフィアが来ないって、どうしてだ?」「実はよ。あいつが昨日、ソフィアを誘ってるの見かけて」「うん」「俺、待ち合わせ場所が変わったって、後でこっそり変更してやったんだよね」「なんでそんなことを?」「そりゃもちろん、面白いからに決まってんだろ!」「ギャハハハ! そりゃひでえ」

 

 ……なんだって?

 

 鳳は唐突な目眩に襲われた。膝がガクガク震えている。

 

「だからいつまで経っても来やしないよ。100%待ちぼうけだ」

 

 なんてことしやがんだ……

 

 鳳は怒りのあまり、頭から血の気が引いていくのを感じていた。脳みそでシナプスが暴れているのか、パリパリと静電気みたいなものが走っている。こみ上げてくる吐き気を抑えつつ、彼は千鳥足のようにフラフラよろけながら、建物の影から飛び出した。

 

「おまえ……なんてことしてくれんだ……」

 

 ギルメンたちは不思議そうな目で彼を見ている。鳳はあまりの怒りに血の気を失った真っ青な顔で、そんな彼らを睨みつけ、唸るように叫んだ。

 

「これで……最後だったんだぞ? もう、彼女に会えないかも知れないんだぞ……? どうしてそんな酷いこと、平気で出来るんだよ、てめえはっ!!!」

「はあ? おまえ、誰だよ?」

「ずっとずっと……今日のために頑張ってきたんだ! みんなのレベルについていくために、必死になってアルバイトで貯めた金をつぎ込んで、家族に呆れられても、彼女に会うためだけに部屋まで借りて……なのに……なのに……」

「もしかして、あなた……」

「ちくしょうっ!! ぶっ殺してやる!」

 

 怒り心頭の鳳が叫び声を上げると、流石にカズヤも焦ったようだった。突然現れた見知らぬ男に、いきなり殺意を向けられれば当然だろう。困惑する彼のもとへ拳を振り上げながら鳳が迫る。慌ててジャンヌが間に入って、彼を押し留めようと身構えるが……

 

 だが、その必要はなくなった。鳳の拳がカズヤに届くよりも、ジャンヌがそれを押し止めるよりも先に……

 

「な、なんだこれ!?」「あれえ? 体が動かない」

 

 突然、彼らの足元に光る謎の魔法陣が現れて、彼らの自由を奪ったのである。

 

 キラキラとした光に包まれ、体を拘束される。必死になってメニュー画面を開くが、それを操作することさえ覚束ない。唐突な出来事にパニックになる一同。その時、誰かが泡を食ったように叫んだ。

 

「も、もしかして運営が何かしたんじゃねえかな? 強制切断するとか」

 

 しかし、それを否定するようにまた誰かが叫ぶ。

 

「でも、こんなギミック今まで一度も見たことがないぞ? 最終日にいきなり実装するわけないだろう!」

「じゃあ、なんだよこれ!」

 

 彼らの足元に現れた魔法陣は、いつの間にか彼ら全体を包むように大きくなり、徐々に光量を増していった。やがてその光は周囲の景色をかき消し、すぐ隣にいる人の姿までもが見えなくなった。

 

 鳳はそんなまばゆい光の中で身動きも取れず、焦燥感に駆られながらも、必死にエミリアのことを考えていた。

 

 一体何が起きているかわからないが、ここに彼女がいなくてよかった……後になって考えても見れば、今生の別れだったかも知れないというのに。彼は最後までそんなことを考えていた。

 


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