ラストスタリオン   作:水月一人

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現代人の常識

 そんなこんなで、鳳の壮大なビジョンを聞いてぐったりしているギヨームを残して、彼は小料理屋から外へ出ると、人の流れが激しい雑踏へと入っていった。こう見えてもそこそこ都会の街であるから、みんなせかせかと早足で歩いていて、その流れに身を任せていたらだんだん息が上がってくる。

 

 息苦しいのはそのせいだけじゃない。この街のあちこちから上がる黒煙が、空気中に細かい粒子を撒き散らしているからだ。きっとここにずっと住んでいたら、そのうち喘息になってしまうだろう。

 

 だからもし小屋を建てるなら、街から少し離れた場所にしたほうが良いだろう。行く行くは栽培もと考えてるなら尚更だ。この街の土壌はとても植物が育つような環境じゃない。なんなら森に拠点を構えるのもいいが、流石にそれは魔物が怖いし……

 

 ジャンヌがいればそんなこと気にする必要もないだろうが、ギヨームも言っていたように、いつまでも彼の甘えているわけにもいかないだろう。ジャンヌは気にするなと言うだろうが、鳳にだってプライドがあるからそうもいくまい。プライドなんて生きていく上で不要なもの、かなぐり捨ててしまえばいいと思うかも知れないが、かと言って、冗談でもヒモになるなんて言おうものなら、その瞬間に友情は破綻するだろう。だから一日でも早く自立しなければならない。自分は今、試されているのだ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ギルドの小遣い稼ぎで知り合った娼婦が手を振ってきた。やはり自分で稼いだ金を持っていると気分がいい。これまではジャンヌに気が引けて彼女たちの前を素通りしていたが、今はその気になればいつだって買うことが出来るのだ。

 

 城で見た神人ほどでは無いが、この街の女もレベルが高い。まだ知り合って間もない頃、商売モードで押し付けられたおっぱいの柔らかさを思い出したらムラムラしてきた。いつも鳳のことをレベル2だと言って馬鹿にしてくるが、股間のマグナムはレベル2じゃないところを見せつけてやろうか?

 

 じゅるり……

 

 おっといけない。

 

 鳳はだらだらと垂れ落ちるよだれを拭った。これから土地を探して小屋を建てるつもりなのだ。今は何かと入用だ。こんなところで無駄遣いしている場合じゃない。鳳は娼婦たちに手を振り返すとニヤニヤしながら、街の外まで歩いていった。決して怖気づいたわけじゃないぞ……

 

 さて、現代ならば土地探しと言えば不動産屋めぐりをするところだろうが、この世界にはもちろんそんなものは存在しなかった。

 

 じゃあみんなどうしてるのか? といえば、住みたい土地の村長にお願いして認められれば、あとは人頭税を払えばそれでいいらしい。なんというか、非常にアバウトであるが、そもそもろくな税制もない時代なんてこんなもんだろう。

 

 この世界はエミリアから連なる神人による王権神授説が信じられているから、言うなればこの辺の土地はみんなヘルメス卿アイザックのものである。周辺の村の村長は、要するに徴税人の役割を担っており、村人は村長に年貢を支払う。代わりに村長は村人の面倒を見るが、村に人を養うだけの余裕が無ければ、断られてそれまでだ。

 

 村に住むのを断られたり、税金を払うのが嫌だというなら、どこか人里離れた場所に住むのは勝手である。ただし、その場合、野盗や魔物に襲われても文句は言えない。国家権力はそこまで及んでいないのだ。

 

 なにしろ、この世界には国民国家がない。勇者領がそうだと言えばそうだが、こちらは商人ギルドが牛耳っていて、まだ国家と呼べるような感じではないらしい。軍事力は傭兵に頼っていて、ここ数十年は戦争が無かったから、経済的に栄えていても、有事の際に帝国と戦える戦力はないだろうと言われている。

 

 何というか、科学的にはそこそこ発展しているというのに、本当にアンバランスな世界である。

 

 ついでだから、最近知り合った人たちから聞いたこの世界の話をしよう。それによると、大陸はこんな形をしているらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 かつてソフィアが建国したとされる神聖帝国は、ここバルティカ大陸の北部のおよそ半分を占めており、帝都の周りを五カ国が取り囲んでいる。それぞれの国家は五精霊の一人を守護精霊としてその名を冠し、便宜上対等の付き合いをしていることになっているが、実態は違うということは以前に述べたとおりである。

 

 その一つ、ヘルメス国は帝国の南西部に位置し、南を大森林に接している。帝国唯一の勇者派で、勇者領とは同盟関係にあるが、しかし二国を繋ぐ連絡線である街道は大森林の中を通っているから、交通の便は非常に心許ない。

 

 鳳たちが住む名もなき街はこの街道の出入り口に位置し、すぐ近くにアイザックの居城もある。こんな僻地にヘルメス卿の城があるのは、勇者領と連携が取りやすいからだろう。お互いの街には絶えず商人のキャラバンが行き交っており、物流は盛んであるが、城下町に獣人や他国の人間は入れないことになっているから、人の出入りは少ない。

 

 その代わり、手前の街に人が集まるから、鳳たちの住む街は意外と栄えてもいるが、治安の悪さも折り紙付きである。冒険者ギルドはそんな環境で発生する様々なトラブルに対処するという、ニッチな需要を満たしているようだ。

 

 南部の大森林はワラキアと呼ばれ、かつては部族社会(トライブ)がヒャッハーしあう未開の地であったが、前回の魔王襲来で懲りた部族同士が結束して、現在は共和国(コモンウェルス)となっている。しかし実態は相変わらず部族社会の集合体だから、国家としては非常に脆い。

 

 大森林には魔物が跳梁跋扈し、本来ならとても人が住めるような土地では無いが、逆に言えばそれさえなんとかしてしまえば食べ物には困らないわけである。部族社会は、魔物を追いかけて捕食する人々が、食べるものが無くなったら移動するということを繰り返しているうちに、自然発生的に形成されたものである。

 

 そのため縄張り意識が強く、かつては部族間で激しい抗争を繰り広げていたわけだが、現在はお互いに魔物や魔族の情報を融通しあって、上手くやっているらしい。大森林は全ての部族を養えるくらい十分に広く、また、南半球にはネウロイという魔族が住む土地があり、そこからやってくる強力な魔族と戦うには、喧嘩するよりも仲良くしたほうがメリットが多いことに気づいたのだ。

 

 部族社会には人間系と獣人系のそれぞれの部族が存在するのだが、帝国が獣人を差別するため、共和国は勇者領とだけ国交を結んでいる。共和国は森では手に入らない物資を、勇者領は魔族の動向を知るために、お互いのことを重宝しているから、関係は良好のようである。

 

 また大陸北西部にも、帝国五カ国に属さない人間の国がある。南が大森林ならこちらは山岳地帯で、この一帯には鉱山が集中しており、それを経営する炭鉱夫による自治が行われている。一応、帝国に従属してはいるが、支配が及びにくい土地で独立心が強く、勇者領とも接しているため、度々、神人に対する不満を漏らしては帝国を怒らせているようだ。

 

 ここから産出される資源は全て帝国の物であり、北部のセト国を通って帝都に運ばれるはずなのだが、最近は勇者領に横流しするものがいるらしく、帝国はピリピリしている。因みに、そっちに流すのは、単純に高く買ってくれるからだ。

 

 資源の運搬には海路か、湖を通る水路を利用するのだが、ヘルメス国には一切入らないルートを取っているらしい。それだけみても、帝国が勇者派を非常に警戒していることが窺えるだろう。

 

 ところで、ヘルメス国だけが爪弾きにされているのかと思いきや、案外そうでもないらしい。帝国領内は守護精霊ごとに五カ国に分かれているが、分かれているくらいだから、そもそもあまり仲がよろしくない。元からそっぽを向いているのだ。

 

 一応、精霊に上下関係はなく、各国は対等ということになっているが、実際には国の方には格付けが有り、昔からカイン国がリーダー的な存在と目されてきたそうである。

 

 そしてアイザックの話では、魔王討伐後、勇者の台頭に苛立ったカイン国が主犯となって勇者を殺してしまい、それに怒ったヘルメス卿が勇者派となって、帝国の分裂が始まったとされているわけだが……

 

 それだけ聞くと、カイン国はとんでもなく傲慢な国家だと思われそうだが、ところが、城を出てからギルド長など、勇者領の人たちから聞いた話では、ちょっとニュアンスが違うのである。

 

 それによると、カイン国が勇者を殺したのは、自分達のプライドのためというよりは、実は勇者の浮気が原因だと言うのだ。

 

 どういうことか簡単に説明すると、勇者は魔王を討伐した英雄だからすっごくモテた。そりゃもう、あちこちに愛人が居て、どこでも誰とでもやり放題なくらいだった。そして英雄色を好むの格言通り、あちこちに子供を作った。その中には帝国貴族も大勢いたわけだが……勇者はその上下関係にまったく無頓着だったのだ。

 

 勇者が手を出した女の中には、カイン国の有力貴族の娘も数多くいたのだが、彼は貴族間の力関係を無視して全ての女を同列に扱ってしまったのだ。これはカイン国の貴族には耐えられないことで、当然、彼らは勇者に、形の上だけでも娘たちを尊重するようにと釘を刺した。

 

 ところが勇者は言うことを聞くどころか、そんな面倒な女はいらないと逆に遠ざけてしまったのだ。挙句の果てに、彼は神人が見下している獣人の女ともよろしくやっていて、彼女らをとても可愛がった。神人からしてみれば、おまえ達はペットや家畜と同類であると、挑発されているようなものであろう。

 

 勇者は恐らく現代人らしいフェミニストだったのだろうが、あっちの世界の常識をこっちの世界に持ち込みすぎたのだ。郷に入りては郷に従え。ワンマン経営者にありがちな失敗である。だから、いきなり殺されたとしても、そりゃ勇者の自業自得だとギルド長らは言うわけだ。

 

 どうやら同じ勇者派でも、ヘルメス国と勇者領、神人と人間とで、結構意識の差があるらしい。アイザックは決して勇者を悪く言わなかったが、人間たちは勇者の泥臭い面もそれはそれで愛しているようだ。まあ、ヘルメス卿の立場からすれば、もう引き返せないから、勇者を盲目的に崇拝するのも仕方ないのだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか件の城が見える丘までやってきていた。峠には樫の大木が聳えており、風が吹く度に葉っぱがざあざあと騒がしくざわめいた。

 

 鳳は丘に登ると、その木陰に立って街を見下ろした。いつ見ても美しい街並みである。二か月前に出てきたばかりの城はまるで馴染みがなく、観光旅行にでも来たような気分になった。

 

 だが、忘れてはいけない、あそこが全ての始まりなのだ。二か月前、あそこでアイザック達に異世界召喚され、鳳たちは元の世界に帰れなくなった。人の気配がしない真っ暗な城の中には白骨死体が転がっており、300年も閉じ込められている女の子までいて、そんなところに仲間たちは今もいるはずなのだ。

 

 鳳たちが城を出てから、彼らの消息はまったく分からないが、今頃何をしているのだろうか。元気にしてればいいのだが、もしかして出来るかなと思ってオープンチャットで呼びかけてもみたが、反応はなかった。

 

 出てくる直前は、城の美女たちを抱いて上機嫌だったが、二ヶ月も経ったら流石に飽きも来ているんじゃなかろうか。彼らは今、どう思っているんだろうか。出来れば直接話してみたいが、城に近づくわけにもいかなかった。多分、アイザックたちは城から出ていった鳳たちを絶対に近づけようとはしないだろう。城に残った仲間たちまで出ていってしまったら困るだろうから。

 

 それに鳳には、アイザックが隠したくて仕方なかった、メアリーを見つけてしまったという前科がある。絶対に口外無用と言った目つきは本物だった。あの場は彼女の取りなしでなんとか凌げたが、今度はそうはいかないだろう。

 

 それにしても……どう見てもエミリアにしか見えない謎の少女メアリー。彼女は本当に、何者だったのだろうか? 仲間たちのことも気がかりだが、彼女のことも気になった。出来ることならもう一度接触を試みてみたいが……

 

 こうして見下ろしてみるアイザックの城は無防備そうで、忍び込むことは不可能じゃないように思えた。鳳はなんとか城内に忍び込めないかと、その城を眺めながら、メアリーのことを考えていた。

 


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