ラストスタリオン   作:水月一人

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女だらけのこの世界で男は俺ただ一人だけ

 まるで太陽みたいな強烈な光に晒され、爆音を上げてベヒモスが炎に包まれた。ゴスペル・レプリカの威力は未知数で若干心配ではあったが、流石に100を超える神の兵器からの一斉射撃には、魔王であってもひとたまりもなかったようだ。一点集中すればあるいはと思っていたが、思った以上に上手くいったことに鳳はほくそ笑んでいた。

 

 問題は、これでも恐らくベヒモスは倒せないであろうことだった。もしもこれくらいで魔王が倒れるなら、あっちの世界でも自分たちは勝利していたはずだろう。とはいえ、倒せなくてもそれはそれで構わないと思っていた。あっちの世界でそうだったように、ベヒモスは分が悪いと思えば、まず間違いなく逃げるからだ。

 

 案の定、ベヒモスは生きているのが信じられないくらいの傷を負いながらもしぶとく生き残り、内蔵を撒き散らしながら逃げていった。去り際、気のせいでなければサムソンを見て悔しそうな目をしていたが、もしかしてもしかしなくても、現時点で彼は世界最強なのではなかろうか。

 

 まさか魔王化の影響が出たりしないだろうな? などと心配していると、隣にいたアズラエルが、珍しく興奮気味に声を上げた。

 

「上手くいったな! 本当に奴が退いてくれるか、実は半信半疑だったが」

「信じてくれるかどうかわからないけど、元の世界で同じような光景を見たことがあったんだよ」

「君が以前ベヒモスを倒したという話か……どうやら、信じないわけにはいかないようだな。そして、ゴスペルが君の世界を壊そうとしていると言う話も……」

「ああ、でもまずはサムソンを労いに行こうぜ、今回一番の立役者だ」

 

 二人はサムソンのもとへと歩いていった。魔王を撃退したばかりのサムソンは、既にその姿が見えなくなってもまだ警戒を続けていたようだが、二人がやって来たところでようやく肩の力を抜いて、いつものお気楽な調子でうほうほ言い始めた。

 

 そんなサムソンの肩を叩いて労いながら、早いとこ彼のことを元に戻してやらなきゃいけないなと、アズラエルを交えて話していると、少し遅れてミッシェルと三人娘が街の方から駆けてきた。

 

「アズラエル様、ご無事で! 上手くいったんですの? 私たちからは何が起きているのかさっぱりだったのですけど、物凄い光が差したように見えましたが……」

「ああ、無事に済んだ。君が見た光はゴスペルの一斉射撃だろう。どうやら攻撃を一点集中すると、光が増幅して威力が増すようだ。考えても見れば、光はエネルギーで、波でもあるからな。同じ機械から発した光が自然と波長が合って、レーザーのようになったみたいだ」

「へえ……私もずっとこれを使い続けていますが、そんなこと初耳ですよ」

「普通はそんな使い方をしないからな」

 

 じゃあ普段はどんな使い方をしているのだろうか……鳳は横で聞きながら少し気になった。普通、訓練をしていれば、あの程度のことは容易に想像がついただろうに、これだけの隊員がいて誰も知らないなんて、ちょっと考えられなかった。

 

 それに、彼女らが持つゴスペル・レプリカと、オリジナルは別物だと言うし、まだ何か鳳の知らないこの世界の常識とかがありそうだった。取り敢えず、そのことについてもいずれ話を聞いてみたいと思っていたが……それ以上に、今は周囲の空気の異変の方が気になっていた。

 

「ところで……ジャンヌ。その武器を下ろしてくれないか」

 

 鳳たちがサムソンを囲んで話をしていると、いつの間にかそんな彼らのことを取り囲むように、ドミニオンの兵隊たちが武器を構えて立っていた。完全に包囲状態で逃げ場はなく、銃口は全部こちらを向いている。どう見ても、ここから逃さないという敵対心の表れにしか見えなかった。

 

 ジャンヌは鳳を真正面に見据えながら、表情を崩さず、冷徹な視線のままで言った。

 

「出来ないわ、鳳白。死にたくなければ、大人しく私たちに投降しなさい」

「……この状況でそういうこと言っちゃう?」

「状況は関係ないわ。私たちの目的は、あくまで最初からあなたの拘束にあった」

「まいったね。完全に油断していたよ。おまえもやるようになったもんだなあ」

 

 どこかでジャンヌに対する甘えがあったか。不用意にドミニオンの前に立てばこうなることは予想できたはずなのに、ベヒモスとの共闘の後ですぐに敵対することはないだろうと、高をくくってしまっていたらしい。

 

 ちらりと横目でミッシェルに合図を送る。一応、彼がいればまだ逃げられる可能性もあるだろうが……認識阻害は瞬間移動をしているわけではない。万が一ということも有り得るし、下手な動きは出来そうもなかった。

 

 と、周囲の様子が変わったことに気づいた瑠璃が驚きの声を上げる。

 

「お姉さま……いえ、隊長! みんな! どうして……?」

「瑠璃、そこを退きなさい」

「そんな! この方達は、今回のベヒモス撃退の功労者ですわよ!?」

「ええ、そうね……それと同時に、プロテスタントでもあるわ」

 

 ジャンヌの淡々として冷静な声が、草木が焼け落ちて何もなくなった荒野に寒々しく響いた。風が吹き抜け、焼け焦げた地面はプスプスと音を立て、木の焼ける煙の臭いが辺りに充満している。砂を巻き上げるように、赤い火の粉が次々と天に上っていった。誰一人として動こうとするものはいなかった。

 

「思い出して、瑠璃。私たちがここに何をしに来たのか」

「もちろん、それは忘れたことはありませんわ、でも……!」

「このまま帰ったら、私たちはただ無駄死にをしに来たみたいなものじゃない!」

 

 瑠璃が尚も食い下がろうとすると、ジャンヌの背後にいた他のドミニオンの少女が苛立たしげに声を荒げた。

 

 見ればその隊員は、ジャンヌと瑠璃達がベヒモスを迎撃に行った際に、車ですれ違った者だった。つまり、犠牲者は彼女の隊から出たのだ……

 

「私たち人類にはもう後がないのよ。もう二度と子供が産まれることはないし、老化のせいで魔族と戦える人は減り続ける……それなのに、今回また多くの犠牲者を出してしまった。このまま、何の成果もなく帰ったら、一体彼女たちは何のために死んだの!? あなたの大好きなお姉さまだってただじゃ済まないわよ。ベヒモスがいるって分かっていながら、この島で待ち構えたのは失敗だった。そうでしょう!?」

 

 ともすると、自分たちが見捨てて逃げた犠牲者に対して責任転嫁するような発言であったが、その内容は間違ってはいなかった。

 

 確かに彼女の言う通り、今回の作戦はジャンヌの失策だった。プロテスタントがいるという事実に気が急いて、不必要に鳳たちを追いかけすぎてしまったのだ。普通に考えれば、魔王が占拠するマダガスカルに封じ込めておけば、それだけで済む話だったはずだ。

 

 だから恐らく隊員の言う通り、このまま手ぶらで帰ったらジャンヌの進退も怪しいだろう。この失態から挽回するには、何か特別な成果を上げるしか無いのだが……

 

「でも、そのために功労者を犠牲にするなんて、馬鹿げていますわよ。もしこの方達が居なかったら、犠牲はもっと増えていたに違いありませんわ!」

「いいえ。そもそも彼女らが抵抗しなければ、私たちはここに来ることはなかったはずよ」

「それは自分たちの失敗を棚に上げているだけですわ。なんなら、あの海の上で、話し合いで解決する方法もあったかも知れない」

「あなたは肩入れしすぎている。相手はプロテスタントなのよ!?」

「そんなの分かっていますわよ! 当たり前でしょう? 私は、それでも自らの良心に従うなら、こんな恥ずかしい真似はしちゃいけないと言ってるんです!」

「私が恥知らずだって言うの!? このっ……」

「よしなさいっ!!」

 

 激昂する隊員が掴みかかろうとすると、慌ててジャンヌがその間に入った。興奮冷めやらぬ隊員はまだギラギラとした目を向けている。ジャンヌはそんな彼女を無理やり回れ右させると、隊列の中に押しやってから、瑠璃に向き直って改めて言った。

 

「瑠璃……あなたの主張は立派よ。私は良心に従うというあなたのことを誇りに思うわ。でも、私たちはドミニオンなのよ。神域の指令に背くわけにはいかないわ」

「でも、お姉さま……」

「瑠璃、もうやめよう。これ以上食い下がると、君まで処分を受けかねないよ」

「ジャンヌ隊長だって困ってるわ」

 

 それでも瑠璃が食い下がろうとすると、今まで背後でオロオロしているだけだった琥珀と桔梗が彼女のことを押し留めた。

 

 彼女らの言う通り、もはや隊員たち全員のコンセンサスが取れない限り、鳳を逃がすことは不可能だろう。これ以上騒げば、瑠璃が規律違反を責められかねない。そうしたらジャンヌの立場も悪くするだろうし、隊員たちの信用も失うだろう。瑠璃は渋々引き下がらざるを得なかった。

 

 ジャンヌはそんな瑠璃に対し負い目を感じながらも、また心を鬼にして鳳たちへと向き直った。すると今まで黙っていたアズラエルが前に進み出て、

 

「話は分かった。君たちが神域に逆らえないというのも重々承知している。こうして目的を果たした以上、私はもう抵抗する気はないから投降しよう」

「天使アズラエル。あなたの決断に感謝します」

「だが、あっちは逃してやれないだろうか? 元々、君たちは私を神域に連れ帰るように命令されただけで、プロテスタントの捜索はついでだったはずだ。ならそれで十分だろう。神域も、ベヒモスを撃退するような相手だったと言えば、仕方ないと納得するだろう」

「そんなわけには行かないわよ!」

 

 それにはジャンヌではなく、その部下のドミニオン達が一斉に反対した。

 

「私たちドミニオンは人類を守護するのが役目。そう考えれば、プロテスタントの滅殺こそが使命で、あなたの捜索のほうがついでだったのです。アズラエル様。あなたもお忘れになったのですか? プロテスタントが何をしたのか……こいつらのせいで私たち人類は、今絶滅の危機に瀕していて、こいつらのせいで今回また少なからぬ犠牲が出たのです。ここでこいつを取り逃がすようなことがあっては、これまでに散っていった同胞たちに顔向けが出来ません!」

「しかしだなあ……」

 

 アズラエルが尚も食い下がろうとした時だった、

 

「いや、アズにゃん、いいよ。俺も投降しよう。寧ろ、俺も一緒に連れてって欲しいくらいだ」

 

 言い争いを黙って聞いていた鳳が、ついに堪えきれないと言った感じに口を挟んできた。その、素直に捕まると言う言葉には、アズラエルや瑠璃だけではなく、ジャンヌ以下ドミニオンたちも全員驚いていた。

 

 ジャンヌはそんな鳳に対して、

 

「……あなた、本当にそれでいいの? もしかして気づいてないのかも知れないけれど、あなたには殺害命令が出ているのよ?」

 

 鳳は苦笑しながら、

 

「何度も殺されかけたんだから流石に気づいとるわい。でも逆に考えれば、俺の首がまだ繋がってるってことは、君等も上司に口を利いてくれるつもりだったんだろう?」

 

 鳳がそういうや否や、ジャンヌは何のことかわからないと言った感じに目を泳がせ、ドミニオンの隊員たちも、バツが悪そうに押し黙った。その態度を見れば分かるが、瑠璃だけではなく、なんやかんやみんな鳳の貢献は無視できないと感じていたようだ。

 

 鳳は彼女たちから反論が返ってこないのを確認すると、

 

「ただ一つだけ注文をつけてもいいか?」

「……何かしら?」

 

 ジャンヌは死刑囚の最後の頼みのつもりで聞き返した。しかし、そうして返ってきた言葉は、最後どころか、まだ生きる気満々のものとしか思えず、彼女は面食らってしまった。

 

「俺を捕まえたと報告するついでに、俺が四大天使に会いたがっているって神域に伝えてくれないか?」

「はあ!? あなた、気は確かですの!? そんなこと出来るわけないじゃないですか!!」

 

 鳳のそんな要求に対してはジャンヌからではなく、何故か瑠璃から即座に返事が返ってきた。瑠璃どころか、友達二人も、その他のドミニオンたちも口々にふざけんなと怒声を上げている。鳳は騒然となった場を収めるために、一段トーンを上げて叫ぶように、

 

「待て待て! 落ち着けって! 俺は会わせろと要求してんじゃない。俺が会いたいと言ってると、伝えてくれと言ってるだけだ! それくらいなら出来るだろう? これ以上は、お前たちに迷惑をかけるつもりはないから安心しろよ」

「それだけでも十分に不敬だと思いますけど……」

 

 瑠璃は納得行かないと言った感じに引き下がる。代わりにジャンヌが、

 

「そう報告するだけなら問題ないわ。でも、そんなことして何になるの? 恐らく、無視されて処刑されるのが落ちよ」

「それならそれで仕方ないさ。でも、多分、そうはならない。きっと向こうの方から話に乗ってくると思うんだけどね……」

「やけに自信満々ね……何故、そこまで言い切れるの?」

 

 鳳は、関係ない彼女らにも言うべきかどうか少し悩んだが、なんやかんやジャンヌには報告の際に伝えなければならないのだし、これ以上、隠し事をしながら行動をするのは効率が悪いと思い、

 

「ああ、それはだなあ……実は俺が男だからだ」

「……はい?」

 

 ジャンヌは鳳が何を言っているのか分からないと言った感じに小首を傾げている。瑠璃も、ドミニオンたちもよくわかっていない様子だった。

 

 代わりに、そんな鳳の言葉に反応したのは、言うまでもなくアズラエルだった。

 

「……なに? なんだって!? 君! 君、今、なんて言った!?」

「いや、だから、俺は男なんだよ。生物学的に、ホモサピエンスの、オスだ」

「嘘だっ! そんなはずはっ……!!」

 

 アズラエルは血相を変えて鳳に飛びかかってくる。彼は彼女が何をしようとしているかを即座に察知し、最初はさっと躱すことに成功したが、すぐに捕まって股間の大事な一物をぎゅっとニギニギされ、

 

「あふんっ! ちょっ! やめて! そこは、とってもデリケートなのよ! そんな激しく握らないで!!」

「そんな……そんな馬鹿な!? いや、だって……私は君の裸を見たことがあるぞ。その時確認したはずだ……なのに……」

「あー……あの時は縮こまっちゃってたからなあ」

 

 アズラエルは生物学者であるとは言え、まさか男の生殖器は冷えるとちっちゃくなっちゃうなんて情報までは知らなかったのだろう。鳳は苦笑いしながら、

 

「なんかおかしいとは思ってたんだよ。一緒に行動していても、君も瑠璃も少し無防備過ぎるところがあったし、終いには研究所に精液を探しに来たとか言いだすから」

「なんてことだ……私はずっと、求めていた相手と旅をしていたというのか? どうして言ってくれなかったんだ!!」

「だから、ついさっき君が研究所に精子を探しに来てるって知るまでは、勘違いしてるなんて思わなかったんだって」

「信じられない……私はなんて馬鹿だったんだ……そうか……そうだな。プロテスタントはこの世界の住人ではない。ならばそういうこともあり得るのか……」

「あの~……アズラエル様? さっきからあなた方は一体何を言って……?」

 

 アズラエルが脱力してその場にしゃがみこんでしまうと、瑠璃が話しかけてきた。彼女は二人のやり取りを聞いていても、その意味するところがわからなかったのか、キョトンとした顔をしている。いや、彼女だけではなく、ジャンヌも、ドミニオンの少女たち全員が同じような顔をしていた。

 

 この世界には男がいないとはいえ、ここまで言っても分からないものなのだろうか?

 

 まあ、そうなのかも知れない。どうせ性行為をする相手がいないのなら、性教育などする必要すらないのだから、彼女らには生殖の知識が全くないのだ。

 

「あー、つまりだなあ……」

 

 アズラエルは面倒臭げな表情を隠しもせず、投げやりに言った。

 

「君たちも家畜が交尾して繁殖してることくらい知ってるだろう? 花が実を結ぶのは、雄しべと雌しべがくっついて受粉するからだ。大抵の生物には雌雄というものがあって、オスとメスが交配することで新たな生命が誕生する。君たち人類も、大昔は他の生命体と同じように雌雄に分かれていて、女性と男性が交配することで子供が生まれていたのだ」

「はあ……そうなんですね。それで?」

「鈍いやつだなあ、君は! 彼はその人間の男なんだよ。君たちは女で、彼は男だ。つまり、彼がいれば、人類は何の苦もなく繁殖することが……赤ちゃんを作ることが出来るんだよ!」

 

 アズラエルがそう吐き捨てるように言い放った瞬間、どよめきが起こり、その場の空気が一瞬にして変わった。

 

 驚愕と戸惑い、ショックで放心している者もいる。男……と口にしただけで、何故か悶えるようにもじもじしだした者や、さっきまで鳳のことを捕らえていた憎悪のこもった瞳が、今はどことなく熱っぽいものに変わっているように見えた。

 

 性教育を受けていない彼女らが、どんな反応を示すかなんて考えもしなかったが……鳳は、ちょっと早まったかな? と後悔しつつも、殺されるよりはなんぼかマシなのだからと腹をくくった。

 

 どっちにしろ、この世界で生きていくなら、人類から逃げ回っているわけにもいかないのだ。

 

 サムソンを元に戻さなきゃいけない。ジャンヌの記憶も取り戻さなくちゃならない。

 

 そして、行方不明のギヨームを見つけるためにも、何でも交渉材料にして生き残っていかなければならない。たとえそれが、自分の精子だとしても。

 

 女だらけのこの世界で男は俺ただ一人だけ……

 

 こんなアホみたいな条件を切り札に、周りは敵しかいないこの上位世界で、鳳の戦いが今ようやく始まろうとしていた。

 

(第七章・了)




次章は12月1日の再開を目標にしています。何かあったらツイッターで。一応、割烹にも投稿するかと。ではでは。
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