ラストスタリオン   作:水月一人

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勇者には3人の仲間がいた

 あの城の中の謎空間で出会った少女メアリー。彼女は鳳の幼馴染エミリアにそっくりな神人だった。彼女が言うには、あそこに居たのは、魔王襲来時に身を隠すためだったそうである。ところがその後、彼女をあの空間に隠した術者が死んでしまい、出るに出れなくなってしまった彼女は、なんとそれ以来300年間もあの中に閉じ込められてしまっているというのだ。

 

 神人という種族が、時間の流れをどんな風に感じているのか分からないからなんとも言えないが、それだけ長い時間を無為に過ごさざるを得なかった彼女には同情を禁じえない。

 

 因みに当代のアイザックとは面識があり、関係は良好のようである。アイザックの口調が丁寧だったのは、姿かたちを見ればアベコベに感じるが、本当は彼女のほうがずっと年長者だからだろう。

 

 恐らく彼は幼い頃から、彼女のところによく遊びに行っていたのではなかろうか。そして他に遊び相手もいない彼女に、きっと可愛がられていたのだろう。そう思うと、なんだか自分の幼馴染を取られたような気分になって、鳳は複雑な心境になった。

 

 それにしてもメアリー・スーとは……チート主人公の代表格みたいな名前をした少女が、幼馴染と同じ顔をしてこっちの世界にいるだなんて、何の冗談だろうか。他にも、この世界にはエミリアという名の神様が居たり、その化身が神聖帝国建国の真祖ソフィアだったというのだから、これがただの偶然なわけがない。

 

 鳳たちが勇者召喚をされた時、その場に『灼眼のソフィア』は居なかった。だが、実は気づいていないだけで、本当はあの時彼女も巻き込まれていたのではないか? もしくは、別の場所にいたけれどもやっぱり勇者召喚されたとか……何が起きたかは分からないが、彼女の身にも何かが起きたことは確実である。

 

 もし、彼女もこの世界にいるというなら、すぐにでも探しに行きたいところであるが……しかし、こうして創世神話なり建国神話なりが残っている事実からすると、彼女が同じ時代に召喚されたとは考えにくい。恐らく彼女は、鳳たちがいる現在よりも、ずっと大昔のこの世界に召喚されたのではなかろうか。

 

 そしてもしかしたら、先に呼び出された彼女が、何か助けを必要としていて、ゲーム上の仲間を呼び出したと考えれば、自分達がこの世界にいるということの辻褄も合うのではないか。鳳はそんな風にも考えてみたのだが……しかし、どうにもこれは決め手に欠けるようだった。

 

 というのも、アイザック達が語った勇者召喚の理由……鳳たちに種馬として期待しているやつの方が、ずっと説得力があるからだ。

 

 後でギルド長達にも確認したのであるが、この世界の神人が絶滅の危機に瀕していることは本当らしい。そして、この世界の住人全てが、もしも神人を増やす方法があるなら、喉から手が出るほど欲しがっていることもだ。だからもし、それを解決する方法があれば、それをやらない理由はないだろう。

 

 だが、これには不審な点もある。これまたギルド長たちと話していた時に出た話題であるが、そもそも勇者召喚とは300年前に一度だけ行われた禁呪なのだ。術者は皇帝ただ一人とされ、アイザックの周りに勇者召喚の方法を知るものはいないはずなのだ。

 

 それでも、鳳たちは身に覚えがあったから、本当に勇者召喚は不可能なのかと食い下がった。もし異世界から召喚した勇者が神人を産むのなら、また召喚して子供を作らせればいいじゃないかと、ずばり聞いてみた。

 

 だが、それこそが勇者召喚が無理な証拠だと彼らは言った。もし可能ならば、今代の皇帝が神人を増やそうとしてとっくにやっているだろうし、そんな話を聞かない時点で無理だとわかる。

 

 やはり勇者召喚は失われた技術であることは間違いない。つまり、それだけ難しいことを、アイザックはやったと言うことになる……それはどうにも説得力がないだろう。

 

 彼らがやったのは、本当に勇者召喚だったのか?

 

 地下室に転がっていた5つの死体。あれはなんだ?

 

 いや、そもそも勇者召喚とは何なのだ?

 

 わからないことだらけであるが……

 

 あの城にはまだまだ秘密がありそうだ。出来ればまたあそこへ行って、仲間たちと会って話をしたい……メアリーのことだって気になるし、どうにかして忍び込めないものだろうか?

 

 そんな具合に、自分の考えに没頭していたせいだろうか、

 

「見た感じ、完全に無防備な城だよなあ……その気になれば、楽に忍び込めそうだが」

 

 鳳は気づかぬうちに、そんなセリフを口に出していた。その言葉は本来なら、誰も居ない峠道では、風にさらわれてどこかに消えてしまうはずだった。

 

 ところが、

 

「ふむ、ではお主ならあの城をどう攻略する?」

 

 鳳がぼけっとしていると、いつの間にか背後に近づいていた老人が、いきなりそんな声を掛けてきた。

 

 ドキリとして振り返る。

 

 その老人は禿げ上がった頭の両サイドにカリフラワーみたいなモコモコした白髪を生やし、胸まで伸びる上等なヒゲを蓄えていた。服は古代ローマ人の着ているトーガみたいなあっさりしたもので、足元はサンダル履き、どことなくインドの修行僧を思わせるような、そんな出で立ちである。

 

 独り言を聞かれてしまうとは恥ずかしい……鳳はポリポリとほっぺたをひっかきながら、老人に向かって言い訳するように言った。

 

「いや、これは言葉の綾で、ホントに忍び込んだりはしないよ?」

「ふむ。そりゃそうじゃろうて。儂もそんなことは思っとらんわい。これはただの思考実験じゃ。もしお主に一軍を預けたとしたら、あの城をどう攻略する?」

「えー……? どうもこうもないだろう」

 

 変なのに絡まれちゃったなと思いながら、鳳は再度城の方を振り返ると、改めてその構造を眺めてみた。

 

 アイザックの城は東西に長い長方形をしていて、南側中央には式典用の大きな広場があり、その左右には大きな別棟が建っていてキルゾーンを形成している。更には、正門から放射状に広がる城下町は、いかにも石造りで頑丈であるから、市街戦になったら第二次上田合戦よろしく、大軍であるほど不利になるだろう。つまり、南側から攻めるのは馬鹿のやることだ。

 

 対して、城の北側は広大な庭園が広がっているばかりで、人の気配がなく完全に無防備である。庭園は生け垣の迷路になっていて、鳳は迷子になりかけたわけだが、そんなの軍隊には関係ない。焼き払ってそこに軍を進めてしまえば、無防備な城の背後を突かれたアイザックはひとたまりもないだろう。

 

 しかし、

 

「そんなの北から攻めれば……」

 

 そう言いかけたところで、何故か彼は口ごもってしまった。

 

 本当に、そんなに簡単に落ちるのか?

 

 仮にも城なんだぞ?

 

 そう考えると、かえってこの無防備さが罠のように思えてきて……彼はもう一度よく考えてみることにした。

 

 城の南の市街地は戦闘に向かない、これは間違いない。だから当然、誰もが北の庭園に軍を進めようと考えるだろうが……さて、実際にそうしようとしたら、どんな問題が生じるだろうか?

 

 城の北側には川が流れているのだが、これが半円を描くようにしてアイザックの城を囲んでいる。その円弧の内側には鬱蒼と茂る森があり、更にその内側に庭園とアイザックの離宮が建ててある。

 

 つまり、北の庭園に軍を進めるには渡河の必要があるのだが、仮に川を渡れたとしても、今度は森に阻まれて大軍を動かしにくい。渡河を避けて城の東西の平地から侵入しようとすると、隘路であるゆえに隊列が伸びて分断されやすい。

 

 それらの難関を突破して、実際に北部の庭園へ軍を進めたとしても、今度は離宮の存在が邪魔になってくる。離宮を無視して本城を攻めれば、離宮から側面後背を急襲される恐れがあるし、逆に離宮を攻めれば本城から狙われる。おまけに、この2つの城の間には連絡用の人工運河が作られていて、これを埋めない限りは、どちらか片方を包囲するということさえ難しかった。

 

「なるほど……無防備そうに見えて、案外考えられてるんだな。結局、正解なんてものはないのかも知れない」

 

 鳳が腕組みをしながらそう言うと、老人は愉快そうに笑い声をあげて、

 

「ふぉっふぉっふぉ……そうじゃのう。お主が最初に感じたように、普通は無防備な城だと思うのが関の山じゃろう。しかし、そう思って十分でない兵力で攻めればしっぺ返しを食らう。結局は、3倍の兵力を集めて力押しをするのが一番マシじゃろうて」

 

 すると市街戦か……あそこに3万が籠もるとしたら、確かに10万くらいの兵力は必要かも知れない。

 

「しかし、それだと市街戦を仕掛けてる間に逃げられるんじゃないか」

 

 鳳は老人の言うことを認めるしかないと結論したが、最初に無防備だと言ってしまったことが悔しくて、名誉挽回のためになんとなく気の利いたことを言わなきゃと、ぱっと思いついた言葉を口にした。

 

 老人はおや? っとした目つきでマジマジと鳳のことを見ると、

 

「どうしてそう思うんじゃ?」

「ほら、あの離宮の配置からして、どこかに隠し通路があるはずだ。じゃなきゃ、連携が取れないだろう?」

「ふむ……」

「それにいくら防備を固めたところで平城(ひらじろ)は籠城に向かない。勝てないと踏んだのならさっさと捨てて、要害城へ逃げ込んで再起を図った方が良いだろう。このへんだと、あっちの山岳地帯や、森へ逃げるのも悪くない。時期さえ待てば、敵は10万の兵力を維持し続けることは困難となり、必ずすきが生じる。そしたら反転攻勢だ」

「なるほどのう……そうじゃったそうじゃった。確かにお主の言う通りじゃわい」

 

 老人はポンと手を打つと、突然、鳳の腕を取ってそれを前方に突き出すように持ち上げた。

 

「何すんだよ」

「いいから、お主の腕の先をよく見てみよ。あそこに三本の大きな木があるじゃろ?」

 

 鳳が抗議の声を上げるも、老人は意に介さず、片目をつぶって遠くの方を指差しながらそう言った。不満に思いつつも、老人の言うとおりに、自分の腕の延長線上を見てみると、確かに、庭園の中に三本の一際大きな木が見えた。

 

「あの真ん中に、庭園迷路の生け垣にカモフラージュした抜け道がある」

「なんでそんなこと言い切れるの?」

 

 鳳が目を丸くして尋ねると、老人はさも当然と言わんばかりに、

 

「昔、儂はあそこで暮らしておったんじゃよ。それはもう昔のこと故、すっかり忘れておったわい」

「暮らしてた……?」

「うむ。儂はあそこの城主と仲良しじゃったんじゃ。しかし、今のとは仲が悪いでの、訪ねていっても門を開けてくれんで、困っておったところじゃ。お主のお陰で、抜け道のことを思い出せた。これで楽に忍び込めるわい。ありがとう、ありがとう」

 

 老人はそう言うと、まるで悪巧みをしてる悪代官みたいな顔をしながら、

 

「なんなら、お主も一緒にどうじゃ? 道案内くらいならしてやらんでもないぞ」

「ははっ! アホらし。さっきのは言葉の綾だって言っただろ」

 

 鳳は苦笑しながら一蹴した。どう考えても、この老人は胡散臭い。突然現れて、城を攻めるならどうするかと尋ねてきたかと思えば、城への抜け道があるなどと言い出す……それが本当かどうかは分からないが……鳳のことをからかっていると言うよりも、何か試しているような、そんな感じがする。

 

 この老人は何者なんだろうか? あの城に害をなす危険はあるんだろうか? もし、他国のスパイかなにかで、敵情視察をしているとかなら、鳳はまずいことを言ってしまったのではなかろうか……大丈夫だとは思うが、あそこには仲間もいるのだ。もっと慎重に行動すべきだった。

 

 彼は反省しつつ、老人の真意を探ろうとして話を続けた。

 

「どうして城に忍び込みたいんだ? 正面から入れないのは分かるが、それなら代理人を立てるとか、他にやり方があるんじゃないのか」

「それではいかんのじゃ。儂は別に城主とお茶を飲みたいわけじゃない。もっと他の目的がある……」

「何がしたいんだ?」

「なに……ちょっとした人探しじゃよ」

 

 老人はそう言ってから、手にしていた杖をズイッと城に向けて突き出し、

 

「今から数ヶ月前のことじゃ。勇者領(ブレイブランド)の重鎮が、帝国首都アヤ・ソフィアへ向かったまま帰ってこなかった。彼らは勇者領建国当時からの商人貴族で、勇者の子孫に当たる。つまり帝国と敵対している勢力なのじゃが……しかしここ数十年、両国の間にこれといった戦はなく、平和が続いておったがゆえに、もう帝国との争いは忘れて国交を正常化しようという機運が起きていた。勇者領はヘルメス国を通じてしか帝国との国交がない。商人である彼らはその販路を帝国全域にまで拡大しようと考えたのじゃ。彼らはその交渉のために帝国首都へと向かったのじゃが……」

「帰ってこなかったのか」

「そうじゃ。行方不明になった彼らの足取りを辿ってみると、どうもこのヘルメス国に入ったあたりで途切れてしまう。つまり……目の前にあるあの城じゃな。無論、儂らはヘルメス卿に彼らのことを知らぬかと尋ねてみた。しかし返事はつれないものじゃった。では、彼らは一体どこへ消えたというのじゃろうか……? お主は何か知らんかの?」

「俺が何か知ってるわけないだろう?」

「5人なんじゃが……知らんか?」

「……わからないな」

 

 5人って……あの地下室の?

 

 鳳は真っ先にそのことを思い出したが、そう気取られないように黙っていた。目の前の老人が何者であるのか、はっきりしたことが分からないからだ。下手なことを言って、おかしなことに巻き込まれたらたまらない。それに、あの城にはまだ仲間たちがいる。彼らに迷惑がかかるようなことは、なるべくなら言いたくなかった。

 

 老人は城を指していた杖を下ろすと、両手をその頭に乗せて、仕方ないと言った感じに肩を竦めた。とても高齢に見えるが、背筋はピンと伸びていて、まだまだ足腰はしっかりしていそうだった。

 

 ビューっと風が吹き抜けて、老人のカリフラワーみたいな白髪を揺らした。耳は短くて、神人でも獣人でもない、こうして見ているとただの老人のようである。しかしその得体の知れなさは警戒を抱かずに居られなかった。

 

 微妙な空気が流れているのを感じて、鳳は話題を変えることにした。さっさとこの場を後にしてしまえば良かったろうに、なんとなく、この老人の正体が気になったのだ。彼は微動だにせずじっと城を見つめている老人に向かって何気ない素振りで尋ねた。

 

「そう言えば爺さんはあの城の中に入ったことがあるんだっけか」

「ふむ? ああ、そうじゃが」

「なら、謁見の間の前にあるフレスコ画は見たか? あれは見事なもんだった」

「そうか? そうかのう……まあ、それを聞いたら、あれを描いたやつも喜ぶじゃろうて」

「それにあの、鏡の間もすごかったよな。シャンデリアがこれでもかってくらい吊り下げられてて、外の景色が鏡に反射して、どっちに向かって歩いてるのか、だんだんわかんなくなってくるんだ。友達が言うにはヴェルサイユ宮殿みたいだって。きっと、ああいう発想を持った人間が、こっちの世界にもいたってことなんだろうけど……」

 

 鳳はそこまで言ってから、この老人にあっちの世界とかこっちの世界と言っても通じないことを思い出し、慌てて話題を変えようとしたが、

 

「そうじゃの、確かにあれはヴェルサイユ宮殿じゃ」

 

 老人はまるで意に介さずに、当たり前のようにそう返してきた。

 

 その瞬間まで話題を変えようとしていた鳳は言葉を飲み込んだ。

 

「……は?」

「さては、気づいておらんかったな? お主の言う通りじゃよ。あれは初代ヘルメス卿がヴェルサイユを真似して作った代物じゃわい」

「まさか、そんなはずは……爺さん、嘘ついてるんだろ?」

「失礼な男じゃのう……お主が言い出したことじゃろうて。鏡の間、それが答えじゃよ。よく見よ、とても有名な城じゃ。お主もあの外観に、見覚えがあるのではないか?」

 

 老人は改めて杖を突き出し、城の方角を指し示した。鳳は呆然としながらその先を目で追った。外国の城だから、はっきりそうだとは言えない。だが、言われてみると確かに、その外観はどこかで見た覚えがあるような……そんな気がした。

 

「本当に……ヴェルサイユ宮殿なのか? でも、どうしてこんなところに前の世界の建物が……」

 

 ……そう驚いている時、彼はハッと思い出した。

 

 放浪者(バガボンド)……

 

 ギルド長が言うには、この世界にはたまに異世界の記憶を持ったまま紛れ込んでくる者がいる。他ならぬ自分自身がそうであったし、ジャンヌも、そしてギヨームもそうだと言っていた。

 

「つまり……この城を建てた初代も放浪者だったのか??」

 

 老人は驚き戸惑う鳳に向かってゆっくりと頷いた。鳳はその事実に驚いたし、これ以上ないほど狼狽してもいた。まさかこんなところにまで、前世の影響が見て取れるなんて……

 

 しかし、驚かされるのはこれだけでは済まなかった。老人が続けて口にした言葉は、鳳を思考停止させるには十分なものだった。

 

「いかにも……勇者には3人の仲間がおった。おそらく、名前くらいは聞いたことがあるじゃろう。一人はレオナルド・ダ・ヴィンチ」

「……はあ? それって……あの?」

 

 ルネッサンス期に生まれた巨匠で、あらゆる分野に精通し、万能人間と呼ばれ、後の歴史に多大な影響を与えたという……

 

「もう一人はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」

 

 鳳が老人を問いただすよりも先に、彼の口から出てきた名前は、鳳を更に混乱させるに十分なものだった。

 

 モーツァルト? モーツァルトが勇者の仲間だって? どうして音楽の天才の名前がここに出てくるのだろうか……そう考えた時、彼の脳裏に稲妻のような閃きが走った。

 

 利己的な共振(エゴイスティック・レゾナンス)……現代魔法を習得しようとして、鳳は訓練所で何をやらされた?

 

 そして老人は、酸欠の鯉みたいに口をパクパクさせている鳳に向かって、更に驚きの事実を口にするのだった。

 

「そして最後はアイザック……アイザック・ニュートン」

 

 その名前には聞き覚えがあった……いや、現代人ならば彼の名前を知らない者など居ないだろう。そうではなくて、こっちの世界で聞いた、今目の前にある城の主の名前は……

 

「もしかして……あの城にいるアイザックってのは?」

 

 老人は首肯した。

 

「そうじゃ。あれはアイザック・ニュートン……確か、11世くらいじゃったか」

 

 ヘルメス卿アイザック……その初代とは、なんと鳳もよく知る世界の偉人、アイザック・ニュートンだった。

 

 まったく予想外の事実に衝撃を受けて、鳳はついに言葉を失った。開いた口が塞がらないとはこのことで、様々な疑問が頭の中を忙しく駆け巡っているというのに、何一つ言葉として現れてはこなかった。

 

 老人は完全に思考停止状態に陥ったの鳳を愉快そうに眺めた後、何も言わずに踵を返して、街の方へと歩き去ってしまった。

 

 一体、この世界に何が起きているのだろうか?

 

 その疑問に答えてくれるとしたら、きっと目の前の老人しかいないだろうに……その背中が小さくなるまで、鳳は呆然と見送るより他なかった。

 


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