ラストスタリオン   作:水月一人

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パース会談③

 神とは一体なんなのか? 鳳の思いがけない質問に、四大天使は誰一人として答えることが出来ず、場は沈黙に満たされた。

 

 熾天使(セラフィム)だけが受け取れるという天啓、生まれつき現代魔法が使える智天使(ケルビム)たち上位天使、神は全人類の祈りを聞いているともいう。これらの情報を総合すると、どう考えても神はアストラル界とエーテル界、2つの精神世界のことに気がついているとしか思えない。

 

 するとルシフェルが世界を渡る前に予想していた、神が第5粒子が増え続けている事実に気づいていないという誤りは、それこそが誤りだったわけだが……神はこの世界の天使と人間を使役して、一体何をしようとしていたのだろうか?

 

 憶測でなら色々考えられるだろうが、そうして出した結論が正しいかどうかなんて誰にも分からないだろう。となると、これ以上神がどうだのと考えても仕方ないことである。現状では鳳はただの(プロテスタント)でしかないのだし、そんな奴になにを言われたところで、四大天使が造物主のことを否定することは出来ないだろう。彼らは彼らで天啓に従って、神を信じる道を進めばいいのだ。

 

 もし仮に、また天啓が下されて、ゴスペルを使うというのであれば、それも仕方ないことだろう。ミカエルの言う通り、この世界から魔族が駆逐されない限り、人類には核兵器(ゴスペル)を使う以外に魔王に勝てる有効な手段はないのだ。

 

 ならそろそろ当初の目的に戻ったほうがいいだろう。だいぶ話が脱線してしまったが、鳳がこの世界にやって来たのも、四大天使に会いたいと言ったのも、全ては消息を絶ってしまった仲間を探すためだったはずだ。残念ながら翼人の3人は絶望的だが、まだ残りの二人がいる。

 

「取引しよう」

 

 静まり返った神殿の中に、鳳の声が響いた。巨大なモノリスの前で、ぼんやり思考の迷宮に迷い込んでしまっていたミカエルはハッと我に返ると、また(いかめ)しい表情を作り、鳳を睨みつけた。

 

「取り引きだと?」

「16年前の経緯はよく分かった。聞かせてくれてありがとう。だが、俺はここに謝罪に来たわけじゃない。最初から、俺の生殖細胞を提供する代わりに取り引きを持ちかけるつもりで来たんだ」

「ぬけぬけと……我らがそんなものに応じるとでも?」

「話してみなきゃわからないじゃないか。大体、あんたたちもそのつもりで会ってくれたんだろう?」

 

 ミカエルは返事の代わりにフンッと鼻を鳴らした。四大天使は互いに顔を見合わせ、それぞれの態度を表している。鳳はその態度を、話してみろということだと受け取ると、早速とばかりに、

 

「まずは、そこのモノリス……神を調べさせてもらえないか? 別にバラしたりはしないから」

「そんなこと出来るわけがないだろう!!」

 

 ミカエルは烈火のごとく怒りだした。まあ、そう言うだろうと思ったが、最初に無理を吹っかけるのはセオリーだ。少しでも考えてくれれば儲けものだし……鳳は苦笑いしながら、

 

「あ、そう? まあ、流石に俺も図々しいかなと思ってたけど」

「図々しいにも程があるわ! 貴様、死にたくなければ口を慎むことだな」

「わかったよ。それじゃ、せめてゴスペルを見せてくれないか? 見るだけでもいいからさあ。頼むよ」

「ゴスペル……オリジナル・ゴスペルのことか?」

 

 ミカエルは眉を顰め、しかめっ面をしている。頭ごなしに否定してこないってことは、どうやらこっちの方はまだ見込みがありそうだ。鳳は彼の気が変わらない内に畳み掛けるように続けた。

 

「俺は元の世界でゴスペル所有者だったんだよ。だから扱いには長けてるつもりだ。元の世界に戻るためにもゴスペルを調べなきゃならないし、俺が使ってた杖も見つけなきゃなんない。ついでに、使い方次第では第5粒子エネルギーを増やさずに済む方法も見つかるかも知れない。刈り取りを行わずに魔王を倒せるなら、あんたらだってそっちの方がいいだろう?」

「……だが、貴様がそんな方法を見つけられるという保証はないだろう」

「そりゃ、まあね。でも、試してみる価値はあるんじゃないか?」

 

 ミカエルは少し考える素振りを見せてから、

 

「ふむ、異世界のゴスペル所有者か。報告にもあったが、嘘ではないようだな……ならば許可しよう。私の管轄内でならな」

「マジで! ありがとう! いやー、マイケル太っ腹!」

「誰がマイケルだ! ……こちらにも準備があるから、見学は明日以降にしろ。今日はもうこれ以上、貴様と話すのは疲れて仕方ない」

「はいはい、それから16年前にこっちに渡ってきた仲間についてなんだけど……」

「何!? まだ要求があるというのか?」

 

 鳳は肩を竦めて、

 

「当たり前だろう? ゴスペルを見るだけなんて、それじゃ割に合わなすぎだ。こっちは命を賭けてあんたらの目の前に立ってるんだぜ?」

「はあ……口の減らない奴め。まあいい。言うだけ言ってみろ」

 

 鳳は元気に頷くと、

 

「さっき聞かせてくれた16年前の話と、ジャンヌが生きていることから察するに、もしかしてギヨーム……ビリー・ザ・キッドも生きているんじゃないか? もし生きてるんなら、彼を解放してもらいたいんだけど……」

 

 鳳のその提案には、ミカエルだけではなく他の三人もそれぞれ反応を示した。全員がラファエルの方を見たところから推察するに、これは彼の管轄なのだろうか? 鳳がそのピーターパンみたいに小柄な天使に懇願の視線を送っていると、しかし返事はそちらではなく、またミカエルから返ってきた。

 

「それは不可能だ」

「どうして? まさか……ギヨームを殺したんじゃないだろな……?」

 

 ミカエルは、鳳の声の調子が変わったのを鼻で笑いながら、

 

「いいや、貴様の予想は正しい。ビリー・ザ・キッドなら生きている」

「そ、そうか……あ~、よかった。だったら……」

「だが解放することは不可能だ」

「なんでだよ? 何かまずいことでもしちゃったの? 異次元に閉じ込めちゃったとか……あ! もしかしてあいつ、逃げ出してサバイバル生活してるとか??」

「いや違う、奴なら特殊な監獄に捕らえている。解放が出来ないというのは……要するに懲役を課している罪人を、おいそれと許すわけにはいかないということだ」

「あー……」

 

 至極まっとうな理由を前に、鳳は苦笑いしか出来なかった。

 

「天使が力を取り戻した後も奴が頑強に抵抗したせいで、こちらにも相当の被害が出たのだ。信じられないことに100を超える天使が翼を射抜かれ、今も心的外傷(トラウマ)を抱えている……本来、病気もしなければ怪我など負うはずがない天使がだぞ? おまけに、奴は未だに反省している素振りすら見せない。そんなのを解放してまた暴れられたりしたら、奴にやられた天使たちが黙っちゃいないぞ」

 

 そう言えば世界を渡る前、最後の方の彼は異常な力を獲得していた。恐らく、火力だけならジャンヌよりも上だろう。恩赦してくれというのは簡単であるが、その暴れっぷりを聞いては何も言えなくなった。反省しないと言うのも実に彼らしかった。

 

 鳳は、しょうもないやっちゃなあ……とため息を吐くと、

 

「それじゃあ、せめて俺が来たってことを伝えてくれないか? そしたらあいつも少しは反省するかも知れないし」

「……考慮はしてやろう」

「頼むよ。それから、多分あんたら気づいてないんだろうけど、あいつも男だぞ?」

「何……!? 今、なんと言った?」

「だから、あいつは男なんだって」

 

 鳳がその点を指摘すると、案の定、四大天使は動揺していた。16年間、彼らは止まらない人口減少に悩まされ続けていたわけだが、まさか、自分たちが捕らえていた囚人に、そんな利用価値があったとは思わなかったのだろう。アズラエルが聞いたら、きっと卒倒するはずである。

 

 しかし、監獄に入れる時に身体検査くらいしただろうに、どうして気づかなかったのだろうか。それくらい、この世界は男と無縁だからだろうか? 理由は分からないが、取りあえず、今はこれでギヨームの命の心配はしなくて済むだろう。

 

 鳳はまだ動揺を見せている天使たちに続けて言った。

 

「ところでジャンヌのことなんだけど、久しぶりに会ったあいつの記憶が無くなってるのはどうしてなんだ? もしかして、あんたらあいつに何かしたのかよ?」

 

 するとミカエルはあっさりと、

 

「それは我々が彼女の記憶を奪ったからだ」

「なんでそんなことするんだよ? あいつをもとに戻してくれ!」

 

 鳳が強い口調で詰め寄ると、これまたミカエルはあっさりと、

 

「それは構わないが」

「え!? いいの?」

 

 まさかそんなに軽い調子で返してくるとは思わず、肩透かしを食った鳳が目をパチクリしていると、ミカエルは自分の顎をさすりながら少し考えるように続けた。

 

「しかし……記憶を戻すのは容易いが、本当にいいのか? 彼女には彼女の16年間があるのだぞ?」

「どういう意味だよ?」

「ジャンヌ・ダルクは、ビリー・ザ・キッドとは違って、負けを悟った後は殆ど抵抗を見せなかった。だから我々は彼女を許し、この世界の市民として迎えることにしたのだ。だが、そうするには彼女の記憶が邪魔だった。

 

 言うまでもなく、人間にとってもプロテスタントは世界の敵だ。元の世界に帰るあてもない中で、彼女のことを敵としか考えていない人々の中で暮らしていくのは不安であろう。いつ爆発するとも限らない。だから我々は彼女の記憶を奪い、事実だけを伝えたのだ。記憶が無ければ、少なくとも罪の意識に苛まれることはないだろうからな」

「そうだったのか……」

 

 ジャンヌの記憶が無いことに気づいた時は、記憶を奪った連中には悪意しか感じられなかったが、こうして理由を聞いてみれば、思っていたよりずっとまともな理由に、鳳は溜飲を下げざるを得なかった。少なくとも、四大天使は彼女に対する敵意は持っていないようである。

 

「市民となったジャンヌ・ダルクは自ら進んでドミニオンとなり、多大な貢献を上げて人々の間で英雄と称されている。隊員に限らず、彼女を慕う人間は多い。その点も踏まえて、望むのであれば彼女の記憶を戻すのは構わないが……しかし、彼女の記憶を取り戻すということは、彼女の16年間を奪うのと同じことでもある。元の世界に帰る方法がわからない内は、まだそのままにしておいた方が良いのではないか?」

「なるほど……そういうことなら、そうしておいた方がいいか。それじゃあ次に……」

「まだあるのか!? いいかげんにしろ!」

 

 尚も頼み事があると知ってミカエルがいきり立つ。鳳はそんな大天使を相手に、硬いこと言うなよと言わんばかりに愛想笑いを浮かべながら、

 

「いいじゃん。これで本当に最後だから、聞くだけ聞いてくれよ」

「……本当に最後だからな」

「分かってるって。アズラエルのことなんだけど」

「アズラエル……??」

 

 その名が出てきたことが余程意外だったのか、四大天使は目を瞠りながらこちらの様子を窺っていた。鳳はそんな連中に揉み手しながら下手に出るように続けた。

 

「出来ればこっちに帰ってきても、罰は与えないで欲しいんだ。彼女が命令を無視して逃げ出したのも、マダガスカルに向かったのも、全ては人類のためを思ってのことだったんだ。失敗はしちゃったけど、その気持ちは汲んで、せめてあんたらだけでも評価してやってくれないか」

 

 ミカエルは訝しげに言った。

 

「……何故、ほんの知り合い程度の天使に肩入れする? 仲間でもないだろう」

「いや、同じ目的を持って一緒に行動したんなら、もう仲間だろう。仮にそうじゃないとしても、俺がそうして欲しいって思うんだからそれで構わないじゃないか。あんたらだって、例えそれが見ず知らずの人だったとしても、その人が不当に扱われていたら助けてやりたいって思うだろう?」

「ふむ……」

 

 鳳のその言葉に、始めて室内の空気が柔らかくなったように感じられた。どうやら四大天使は、いくらプロテスタントと言えども、目の前の男にも良心があることを、ようやく信じられたようである。

 

 ミカエルは少し態度を軟化させ、

 

「貴様に言われずとも、元よりそのつもりはない。何か勘違いしているようだが……我々は、アズラエルが何をしたのかはもちろん知っている。そして、彼女が連れている魔族のことも」

「あ、そうだったの?」

「事が起きてしまったあと、実は我々もあの魔族を保護しようと思っていたのだ。だが、無理だった。自分の子が魔族になったなどと、母親に知られるわけにもいかない上に、天使の理解も得にくい。それから、やはり魔族であろう? 一度暴れだしたら制御できるわけもなく、みんなで殺し合った挙げ句に大半は逃げ出してしまった。アズラエルが連れているのは、あれでもごく一部なのだ」

 

 そんな事情があったとは……アズラエルが何も言わないから分からなかったが、四大天使は寧ろ彼女に同情的だったようである。それどころか、罰を与えているつもりも無いらしい。

 

「アズラエルを蟄居にしているのは、混乱を鎮めるためと魔族を連れているためのカモフラージュだ。結果はどうあれ、母親たちが子供を失ったのは事実であるから、名目上は罰を与えるより仕方がなかったのだ。あれは何も言い訳をしないからな……こちらで意図を汲んで罰を与えてやらねば、どんどん自分に不利な方向へと突き進んでいってしまう」

「そうか。それを聞いて安心したよ」

 

 鳳はそう言ってホッと胸をなでおろすと、

 

「それじゃあ、俺の要求は以上だ。精子の提供はいつでもする。必要なら追加オーダーも受け付けるぜ。でもその時はどっか個室を用意してくれよな」

「いや、その必要はない」

「え!? まさか衆人環視の中でやれってのかよ!? 俺の息子はナイーブだから、おっきしてくれるかもわからんぞ?」

 

 ミカエルはうんざりした感じに吐き捨てた。

 

「誰がそんなものを見たがるか。そうではなく、今は貴様の精液なぞ交渉材料にならんと言っているのだ」

「それじゃなんで俺をここに呼んだんだよ?」

 

 鳳は、まさかそんな返事がかえってくるとは思わず、2度びっくりして聞き返した。するとミカエルは大仰に首を振って、

 

「勘違いするな。必要ないと言っているのは、あくまで今は、ということだ。考えても見よ。仮に今貴様の精液を手に入れたとしても、アズラエルの一件があった後では、おいそれと使えるわけがなかろう。それに、今回の件で我々も学んだのだ。子の父親が誰でもいいというわけではない。今度はプロテスタントが父親だなどと知れれば、また要らぬ混乱が起きる。子供はやはり、祝福されて生まれてこなければならないだろう」

「そりゃあ、まあ、俺もそう思うけど……じゃあどうすりゃいいんだよ?」

「貴様が人類に受け入れられるだけの実績を作ればいいのだ」

「……実績?」

 

 なんだか話が妙な方向に流れていると思いながら問い返してみると、ミカエルはこれまた大仰に頷いてから、とんでもないことを言い出した。

 

「報告によれば、マダガスカルでベヒモスを撃退したのは貴様の手腕だったと聞き及んでいる。その実績を買って、我々は貴様に依頼しよう。現在、オーストラリア北岸からメラネシア・インドネシア方面にかけて、総数1億個体を超える水棲魔族が棲息し、人類の生活圏を脅かしている。様々な事情もあって、ニューギニア奪還は我々の悲願でもある」

「……それで?」

 

 鳳は嫌な予感がしながら聞き返した。

 

「よって貴様には水棲魔族を駆逐し、その頂点に立つ魔王レヴィアタンを殲滅することを望む……貴様が人類の救世主となるのだ!」

 


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