ミカエルにオリジナル・ゴスペルを見せてもらった鳳たちは、そこで思いがけない物を発見した。ジャガーノートと称されていたゴスペルは、恐らくルーシーの杖カウモーダキーで間違いないようだった。
するとケーリュケイオンも同じように、この世界にオリジナル・ゴスペルとして存在している可能性が高くなったわけである。だが、それを探すため自由に動き回るには、まずは四大天使の要求を飲んで、レヴィアタンをどうにかしなければならなかった。
しかし、一度は倒したことのある相手とは言え、今の鳳が一人で魔王をどうこう出来るわけがない。まずは戦力を集めて作戦を練らねばならないだろう。鳳は検分が済んだゴスペルをしまっているミカエルに言った。
「レヴィアタン討伐にあたって人手が欲しいんだけど、まさか俺だけで倒してこいなんて言わないよな?」
「それは無論だ。倒せるのであれば、我々も可能な限り協力しよう」
「じゃあ、あんたらも一緒に来てくれるの?」
「馬鹿が。我々四大天使がプロテスタントに協力など出来るわけがないだろう」
「言ってることが矛盾してるじゃねえか!」
鳳が文句を垂れると、ミカエルも不機嫌そうに、
「可能な限りと言ったであろうが。第一、我々天使は直接魔族と戦うことを禁じられている。ましてや、プロテスタントと共闘なぞ理解されるはずがない。天使を戦力としてあてにしないことだ」
「……なら、ドミニオンは? つーか、ぶっちゃけジャンヌなんだけど」
ミカエルは厳かに頷いて、
「それなら構わない。どうせそのつもりだった。貴様にはこれから前線へ向かい、そこにある士官学校の訓練生として行動してもらう。必要な戦力はそこでかき集めろ。恐らく、それが一番やりやすいはずだ。またそこにはこれと別のオリジナル・ゴスペルもある。それを調査する機会も与えよう」
「学生ね。確かに動きやすそうだ……あとは武器が必要だけど、その前線にあるっていうオリジナル・ゴスペルを借りても構わないか?」
「貴様……無理とわかって言っていないか」
「無理をごり押されてるのはこっちの方じゃないか。もしもそこにあるそいつを使えば確実に勝てるってんならどうだ?」
「……その時はその時だ。仮定の話は出来ん。まずはそれを見極めてから許可を求めよ」
「ふん……まあ、その辺が妥当か。レプリカの方は支給してくれるんだよな?」
「形状と機能を言え。可能な限りリクエストに応えよう」
「そういやあ、あんたが製造責任者だったっけ」
となると、かなり無理を言っても通りそうである。これは後でよく考えて、しっかり仕様を煮詰めたほうがいいだろう。今は何が出来て何が出来ないのかもよく分かってないのだ。
「あと気になるのは……サムソンを連れてってもいい?」
「魔族を人の領域に入れるわけにはいかないだろう。そいつのことは我々に任せよ」
「うちの最大戦力だぜ? それでレヴィアタンに負けたらどうすんだよ」
「いよいよ戦うとなったらもちろん許可しよう。だがそれ以前に、人の目に触れさせるわけにはいくまい」
「……仕方ない。それじゃあ、ジャンヌに事情を説明したいから、一度彼女に会わせてくれないか?」
「いいだろう。だが、ドミニオンらもまだ宿舎についたばかりで落ち着いてはいまい。少し時間を置いて、明日以降にしたほうがいいだろう」
「そういやあ、あいつらどこに行ったの? 俺らとは別々に連れてかれたみたいだけど」
「人間を神域のあるパース市内に置くわけにはいかなかった。だから、郊外にある今は使われていない天体観測所の宿泊施設に連れて行った」
「ふーん、郊外ねえ……」
まあ、酷い目に遭っていないなら良いのだが。天使というのは、思った以上に面倒臭い連中のようである。
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翌朝。抗議の甲斐あって昨日よりは多少マシな部屋に寝泊まりした鳳たちは、午後を過ぎてからミカエルに呼び出された。行ってみればガブリエルが待っていて、ジャンヌたちのところへ送ってくれるとのことだった。
なんでこいつらはいちいち視覚障害者に送り迎えさせようとするのか気が知れなかったが、案外、それが理由で彼が一番暇なのかも知れない。それに移動には自動運転車を使うのだし、あまり気にする必要はないのだろう。今回は空港のときとは違って、スモークが効いていて後部座席が広い車だった。ミッシェルとサムソン、3人でもゆったりだ。
ドミニオンたちの宿泊所は、その車で飛ばしても2時間もかかった。ミカエルは郊外とだけ言っていたが、大陸人の言う郊外と日本人の郊外の感覚は違うようである。市内を出てステップ地帯を通り過ぎ、なだらかな斜面に延々と続く荒野を進んでいくと、やがて大きな湖に辿り着いた。途中、いくつもの橋を越えたが、その全てが一つの河川だったらしい。湖に湛えられる膨大な水量や、右に左に大きく湾曲しながらどこまでも流れる河川というのも、これまた日本人には馴染がないものだった。
その湖の横にある小高い丘の上に、ドーム型の天体観測所はあった。今は使われていないと言っていたが、きっと在りし日はあそこの天井が開いて、一晩中レーダーが星を追いかけていたのだろう。そのドームから少し離れたところに、3階建ての横長な建物が建っており、恐らくそこが宿泊所のようだが、今はそこまで行く必要は無さそうだった。
何故ならドミニオンたちは、湖のすぐ側でドンパチ派手な音を立てながら戦闘訓練をしていたからである。
「あいつらこんなとこまで来て何やってんだ?」
「戦闘訓練とは感心ですが、着いて早々少しストイックすぎますね……おや?」
セダンから降りてその様子を眺めていると、隣に並んだガブリエルが何かに気づいたように言った。
「……ドミニオンの中におかしなのが混じってますよ。ラファエル!」
言われて目を凝らしてみると、確かに女に混じって小柄な天使がうろちょろしていた。ラファエルはガブリエルの呼びかけに気づくと、おおー! っと声を上げてから、ふわりと翼を羽ばたかせて飛んできた。
「ガブじゃねえか。おまえ、こんなところで何やってんだ?」
「それはこっちのセリフですよ。人間には干渉するなと言われていたのに。このことはミカエルは知っているのですか?」
「硬えこと言うなよ。こいつらがベヒモスを倒したって言うから、興味が湧いてよ。ちょっと実力を見せてもらいに来たんだよ」
そう言ってラファエルはカラカラと笑った。一昨日は殆ど喋らなかったから分からなかったが、どうやら見た目通り、四大天使の中で一番軽い性格をしているらしい。ラファエルはちらりとこちらを一瞥してから、またガブリエルに向き直り、
「ところで、本当にこいつらがベヒモスを撃退したのか? さっきから訓練に付き合ってんだけど、とてもそうは見えないんだよ」
「そう聞いておりますが……どんな調子なんです?」
ラファエルは端っこの方で射撃訓練をしているらしき一団を指差しながら、
「どうやって倒したんだって聞いたらよ? あいつらが一斉射撃したら、いつもとは違う凄い威力が出たんだって言うから、そりゃ面白いって再現させてみたんだけど、てんで駄目でさ。威力が増すどころか、寧ろ下がってるんじゃないかって感じだ」
「どうしてでしょうかね。鳳様……何か心当たりはありますか?」
ガブリエルが怪訝そうに振り返る。そんなこと急に言われても困ってしまうが、それが本当なら理由は確かに気になった。
「さあ? 取りあえず、どんな調子なのか実際に見せてもらえない?」
「おう、こいよ」
鳳が頼むと、ラファエルは素っ気なくそう言ってから、こちらを見向きもしないでスタスタ歩いて行ってしまった。まるで人見知りの子供みたいな反応である。精神は肉体に引っ張られると言うから、案外、本当に見た目通りの精神年齢なのかも知れない。
……とも思ったが、それだとアズラエルが老成している理由が分からないから、やっぱり個性なのだろう。もしくは、一部のドミニオンの隊員たちみたいに、プロテスタントのことが大嫌いなのかも知れない。そんなことを考えながら、その小さな背中を追いかけていくと、件の射撃訓練をしている隊員たちの中に瑠璃の姿を見つけた。
「まあ! 皆様、ご機嫌よう! 別々に連れて行かれた時は心配しましたが、またお会いできて嬉しいですわ」
「……どうも」「チッ」
にこやかに近づいてくる瑠璃の背後には、少しそっけない態度の琥珀と桔梗の姿も見える。自分は何か彼女にまずいことでもしたのだろうか……? 見た目は一番優しそうなのに、その実一番威圧してくる桔梗の姿に恐々としながら、鳳は瑠璃に向かって尋ねた。
「ああ、無事で何より。ちょっと君らの隊長に用事があって来たんだけど、そしたらラファエルが気になることがあるって言うから……ゴスペルの光弾の威力が増幅されないんだって?」
瑠璃は大きく何度も頷いて、
「そうなんですわ! いえ実は、全てがそうじゃないのですが……とにかく威力が増えたり減ったり、安定しないんです」
「安定しない?」
「はい。殆どは光弾を重ね合わせると威力が減る傾向にあるのですけど、例えば私と琥珀のように相性がいい場合もあるんですわ」
「実際にやってもらっていい?」
実演してみれば、その違いは一目瞭然だった。
まずは適当な隊員同士に光弾をぶつけ合ってもらうと、その弾の威力は殆どの場合が消滅するか減退するのに対し、瑠璃と琥珀が光弾を重ねるとそれはほぼ倍に膨れ上がり、桔梗の光弾を加えると更に威力は倍増した。
そうやって調べ始めてみれば、どうも隊員同士で相性があるみたいで、威力が増す組み合わせと、減ってしまう組み合わせがあることに気がついた。大体において、仲のいい同士は増すようだった。鳳はそれを見てすぐになんとなく理由が分かった。
「あー、なんとなく分かったよ。これならなんとかなるかも知れない」
「え!? たったこれだけで?」
鳳は頷くと、
「要は波長の問題だ。光ってのは粒子でもあれば波でもある。波長が合えばエネルギーは増幅するけど、逆位相の波は打ち消し合ってしまう。人間同士も波長が合うって言うだろう? だから、仲のいい同士は何となくその威力を寄せやすいんだろうね。でもそうじゃない時は、みんなてんでバラバラの威力で光弾を撃ってるから、打ち消しあってしまうんじゃないか」
「それじゃ何故ベヒモスを倒した時は一致したんだ?」
鳳が話していると、不服そうにラファエルが横槍をいれてきた。鳳もその点は気になっていたが、
「さて? 恐らくベヒモスを倒した時は、みんなの目的が一致していたから奇跡的に波長が合ったんじゃないか。もしくは追い詰められた者の火事場の馬鹿力みたいなものか……ゴスペルってリミッターはあるの?」
「ありますよ。こう見えて精密機械ですから」
ガブリエルのその言葉で確信した。
「じゃあ、それだ。あの時、追い詰められたみんなが後先考えずに一斉に、最大威力で光弾をぶっ放したから、否応もなく波長が一致したんだよ。光のエネルギーってのはその波長で決まるから」
「ははあ……なるほど。そんな現象が起きていたんですね。後でミカエルに教えてあげましょう」
「あの時、あの威力を見てみんな驚いていたから、どうして今まで誰もこの方法を試してこなかったんだろうって不思議に思ったんだけど、理由は単純だったな。普通にやったら打ち消し合うんだから、誰もそんなことしなかったんだ」
そんな風に二人で納得しあっていると、周りはしんと静まり返ってしまった。自分としてはわかりやすく説明したつもりだが、どうも瑠璃たちには理解出来なかったらしい。そう言えば、彼女らは魔族と戦う訓練は受けていても、ろくな学問は学んでいないのだ。
本当に、神はこんな彼女らを魔族の前に立たせて、何がやりたかったのか不思議で仕方がなかった。これがあのDAVIDシステムの出した答えなのか? 何かの間違いなんじゃないだろうか。
「ふーん……面白いな、おまえ。どこまでホントか眉唾だったが、どうやらベヒモスを倒したってのも、レヴィアタンを殺ったってのもマジらしいな」
鳳がそんなことを考えていると、その横で二人の話を聞いていたラファエルが小さな声で呟くように言った。彼は不敵な笑みを浮かべると、腕組みをしながらゆらゆらと鳳の前に歩み出て、ぐいと胸を張りながら挑発するように言った。
「どうだ、おまえ。ひとつ俺と勝負してみないか? 自慢じゃないが、俺はこの世界でも屈指の実力を持つセラフだ。退屈をさせるつもりはないぜ?」
ラファエルはギラギラとした瞳でまっすぐ鳳の顔を見上げながら、ニヤリと笑った。鳳はそんな背の低い天使に向かって当たり前のように言った。
「え? やだよ」
「そうだろそうだろ……って、はあああ!? いまなんつった、おまえ!?」
当然鳳が話に乗ってくると思っていたのだろう。ラファエルは体育会系のわざとらしいノリツッコミみたいな反応を見せた。鳳ははた迷惑な顔をしながら、
「やだよって言ったんだよ。当たり前だろ?」
「いや、当たり前じゃねえよ。俺と手合わせ出来るのなんて、普通に考えればありえない幸運なんだぞ? 大体、勝負を申し込まれたら受けるのが礼儀ってもんだろ」
「そんな礼儀知らないよ。そもそも、負けると分かってて勝負を受ける馬鹿がどこにいる」
「まだ負けるって決まったわけじゃ……いや、そりゃ俺が勝つけどよ!? ええい! おまえ、それでも男なのかよ!? ちんちんついてんのかよ!!」
「……見たい?」
「見ねえよ! 気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ!」
「自分から言いだしたくせに」
「うっせえなあ! なんなんだよ、こいつ、のらりくらりと……つーか、おまえは本当にレヴィアタンを倒した勇者なのか? その後出てきたもっとやばいやつも倒したって聞いたぞ? ありゃあ嘘だったんかよ」
「ええ……?」
そんなの誰に聞いたのだろうか。記憶を消される前のジャンヌだろうか? ともあれ、アナザーヘブン世界での強さを基準に喧嘩をふっかけられたのでは堪ったものじゃない。
「あの時は色々チート能力があったの。頼りになる仲間もいたし。今の俺なんて条件的には、レベル1の何も出来なかった頃と大して変わらんのだぞ。おまえみたいなのと喧嘩なんかしたら、芥子粒のようにワンパンで吹き飛んじまうわい。人殺しになりたいのかよ。もう少し物を考えて言えよ、ボケが」
「なに偉そうに自分を卑下してんだよ! おかしなやつだなあ……いいからやろうぜ? やってみたら案外いい線いくかも分からないだろう?」
「いや、わかるよ。絶対負けるから、やだ」
ラファエルは胸を張って戦いを拒絶する鳳を前に、ここまで潔くない人間は始めてみたと言わんばかりに、はぁ~っと盛大にため息をつくと呆れるように言った。
「おまえ、そんなんだから仲間に置いてけぼり食らうんだぜ? 慎重なだけがいい結果を産むとは限らねえ。男には、負けると分かっていても、やらなきゃいけない時ってもんがあるだろう?」
「天使に男がどうとか語られたくないんだけどね……つーか、俺は別におまえに恨みなんかないし、喧嘩なんかする必要ないじゃない」
「いやそんなことねえだろ……俺は……そう! 俺はおまえの仲間の仇なんだぜ?」
「……仇ぃ? なにそれ?」
するとラファエルは胸を反らし、まるで自慢するかのように高らかに宣言した。
「おまえの仲間最強のザドキエル……ベル神父を殺したのは、何を隠そうこの俺だ! 俺の自慢の攻撃を前に奴は為すすべもなく敗れ去り、ふらふらになって命乞いをしているところを、俺は獣のように踏みにじってやった。まったく、あんなんで天使最強を名乗るなんて恥ずかしいやつだったぜ。つまりよう、俺がおまえらの計画を阻止した張本人なんだ。どうだ? 悔しいだろう? やりたくなっただろう? フフン!」
うわー、嘘くさい……鳳が呆れ、ラファエルがふんぞり返りながら鼻を鳴らした瞬間だった。一陣の風が吹き抜け、鳳のほっぺたを撫でていった。舞い上がる砂埃に目を細めたその視界の中で、鳳の背後から飛び出した何かがラファエルに突っ込んでいった。
それが天使の横っ面に到達した時、ゴッと鈍い音がして、信じられない速度でラファエルが吹き飛んでいった。
「ぎゃっ!!」
ズザッ……ズザッ……っと、地面の砂を巻き上げながら、小柄なラファエルの体が水切りの石みたいにバウンドしながら飛んでいく。何事か!? と横を見れば、鳳のすぐ隣で鼻息を鳴らしながら、丸太みたいな腕を突き出しているサムソンの姿があった。
その体はいつぞやみたいに金色のオーラに包まれており、それがゆらゆらと湯気のように空へ向かって立ち上っていた。突き出した拳は力任せに握りつぶされ小刻みに震えており、そしてその目は怒りに燃えまっすぐラファエルを見据えていた。
戦いを避けようとしていた鳳はぎょっとして固まった。
「お、おい、サムソン……?」
もしかして、ベル神父の名に反応したのか?
ラファエルは幾度か地面をバウンドしたあと、最後にくるっと宙返りをして着地し、そのまま数メートル両足で地面を擦りながら後退して、止まった。砂埃が盛大に舞い上がり、風にのって湖の上を駆けていく。
「うがあああああーーーーっっ!!!」
サムソンの突然の凶行に驚いてあちこちから黄色い悲鳴が上がる。そんな中でサムソンはひとり胸をどんどんと叩いて裂帛の雄叫びを上げると、かかってこいと言わんばかりに真正面からラファエルのことを睨みつけた。
「……面白えじゃねえか」
サムソンの鋭い眼光を浴びながら、ラファエルは親指で鼻を拭うと、鼻血の混じった唾液をペッと地面に吐き捨てた。翼がバサッと音を立てて空を切り、ラファエルの小柄な体からサムソンと同じような金色の光が溢れ出す……そして次の瞬間、まるで弾丸のように目にも留まらぬ速さで飛んできた。
衝突はもう避けられないようだった。鳳は巻き添えを食うまいと、地面を転がるようにすたこら逃げ出した。