シャーク湾でアズラエルとの再会を果たし、レヴィアタンの生態について新たな知見を得た鳳は、ウリエルの暴走4WDでまたパースに取って返すと、時間が惜しいとばかりに、すぐにジャンヌを呼び出して前線へ向かうことにした。
実を言えば、当初の予定ではミッシェルの能力に頼って敵中に潜入し、あわよくば魔王を倒してしまおうなどと甘いことを考えていたのだが、もはやそんな気は起こらなかった。
アズラエルの話では、レヴィアタンとは単体の魔王のことではなく群れ全体のことであり、そんなもの個人の力でどうこう出来るものではなかったのだ。そんな巨大な勢力をどうやって倒すのか、まずはじっくりと作戦を練らなければならないだろう。
そのためにはミカエルの提案どおりに訓練校の学生として行動するのが手っ取り早いと思われた。前線にあるという訓練校には、これまでレヴィアタン勢力と戦い続けてきた記録の蓄積があるはずだ。まずはそれを吟味し、取れる手段をいくつか捻り出さねばなるまい。本番はそれからだ。
また、前線に配備されているというオリジナル・ゴスペルの調査と、ついでに来たるべき決戦に参加してもらうドミニオンのスカウトなども考えると、ミッシェルをつき合わせるよりは、自分ひとりが学生として単独行動したほうが良さそうだった。
そんなわけで、鳳はガブリエルに頼んで移動用の小型ジェットを用意させると、案内人のジャンヌと共に前線に向かおうとしたのであるが……彼女を呼び出した空港には、何故か瑠璃たち三人娘が当たり前のようについてきていた。
「……一応聞くけど、君らまさかついてくるつもりじゃないよね?」
「もちろんですわ! 訓練校に行くなら、どうして誘ってくださらないんですの?」
どうしても何も、おまえらが役に立つとは思わないからだとは口が裂けても言えない。今回の目的を考えるに、出来るだけ単独で動けたほうがいいので、足手まといには是非ともご遠慮願いたいのであるが……
鳳が京都人のように上品な言葉を探していると、意外にもジャンヌがそんな彼女らの同行を強く推してきた。
「まあ、そう嫌がらないであげて。瑠璃たちは、これから私たちが向かう訓練校の卒業生で、あそこにはまだ彼女らの後輩がたくさん在籍しているのよ。あなたが学生として潜入するなら、寧ろ助けになるはずよ」
「あ、そうなんだ?」
「みんな優秀な成績をあげて、飛び級でドミニオンに配属された実力者揃いだから、教官たちの覚えもいいわ。そういう意味では、多分、私よりも案内役として適任ね」
「ふーん……そういうことなら。でも君たち、俺がこれから何をしようとしてるか分かってる? レヴィアタンと戦うつもりなんだよ? お遊び気分でついて来たら、下手したら死ぬかも知れないんだよ?」
すると瑠璃はいかにも心外だと言わんばかりに、
「お言葉ですが、死を恐れていてはドミニオンは務まりませんわよ。元々私たちはレヴィアタンと戦うため組織された神の尖兵。死ぬことこそが使命なのですから、かような心配をなさらないでくださいまし」
「あ、そう……見くびるようなことを言って失礼しました」
「わかればいいのですわ! それじゃあ早速飛行機に乗りましょう。隣同士の座席だといいですわね」
そう言って、瑠璃は当たり前のように鳳の腕におっぱいを押し付けてきた。おい、おまえ、そういうところだぞとツッコミを入れようとしたら、瑠璃の反対側の腕を琥珀が引っ張りながら、
「ずるいよ。瑠璃は僕と一緒に座ろうって約束したのに」
「いや、ずるいって言われても、俺は関係ないだろうが」
「両手に花ですわー!」
琥珀に理不尽な嫉妬をされて、鳳が困惑の声を上げるも、瑠璃は人の話などまるで聞いてないのか、にこやかな笑みを浮かべていた。だから、これから鳳は魔王と戦いに行こうとしていると言うのに、そうじゃないだろうと抗議の声をあげようとしたら、突然、足に激痛が走った。
「いてえーーっっ!」
「あら、失礼。わざとじゃないんですよ」
見れば桔梗が鳳の足を思いっきり踏みつけていた。激痛に耐えかね、けんけんしている鳳の腕を、瑠璃は引きずるようにして飛行機に乗り込んだ。
本当に、こんな連中が役に立つのだろうか……やっぱり、今すぐにでも断るべきでは? そんな一抹の不安を抱えつつ、鳳たちは人類対魔族の最前線に向けて飛び立った。
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オーストラリアは大陸と言っても、気候条件が厳しくその殆どが砂漠のように乾燥した地域であるから、人が住んでいるのはほぼ南東部の沿岸部に限られていた。
シドニーもメルボルンも首都キャンベラも、聞き覚えのある都市はみんな南東部に位置しており、東海岸を北上するようにいくつかの街を経由してブリスベンを過ぎると、そこから先はもう大都市と呼べるような街は存在しない、大陸北東部は小さな町が点在するだけの寂しい土地だった。
それは要するに、その辺から気候が変わり熱帯地方となって、人が住みづらくなってしまうことを意味しているわけだが……その代わりにオーストラリア北東部の沿岸は、一年を通じて水温が高く、グレートバリアリーフと呼ばれる巨大なサンゴ礁地帯に囲まれた、世界有数のマリンレジャーのメッカでもあった。
その中間あたりに位置するケアンズは、かつては観光地として賑わう北東部の中心都市であったが、現在では人が訪れることなんて殆どない、人類の対魔族戦線の最前線となっていた。危険なケアンズへ向かう需要もないから、パースからは当然として、他の都市からも前線基地への直行便はなかった。
そんなわけで、鳳たちを乗せた飛行機はパースを発って約8時間後に、まずはブリスベンへと降り立った。今現在、ブリスベンより北に向かう航空便は存在しないが、2日に一往復だけ軍事基地に物資を運ぶ軍用機がやってくるので、それに便乗させてもらうためであった。
上空から見下ろすブリスベンの町並みはそれは見事に栄えていて、鳳はこの世界に来て始めて生きた人間の温もりを感じられた気がして、ちょっと感動した。マダガスカルもパースも都市はあったが、殆ど廃墟同然で人の気配がまるで感じられなかったのだ。それに比べてブリスベンは、この世界でもかなり栄えた大都会で、立ち並ぶビルは本物の摩天楼だった。
街の中心部よりやや北に位置する空港も、パースのそれとは大違いで、巨大で近代的なターミナルビルには何台もの大型小型のジェット機が横付けし、滑走路にはひっきりなしに離着陸する飛行機が見えた。
鳳たちを乗せたジェット機は、神域の威光で優先的に着陸許可をもらうと、ターミナルビルから少しはなれた場所に停止し、やってきたタラップ車に乗せてもらって、彼らは手荷物保管庫からビルの中へと入っていった。
職員用の通路から一般客のいる通路へ出ると、その先にあった天井の高いロビーには搭乗まで時間を潰す人々で溢れていた。柔らかそうなソファでスマホを片手にくつろぐ者、大理石の柱に寄りかかって音楽を聞く者、自販機でジュースを買ってサンドイッチを流し込む者、喫煙所で紫煙を燻らせる者。見ればロビーの周囲にはお土産物屋やレストランが立ち並んでおり、吹き抜けになっている二階部分にあるブティックで買い物をしている客まで見えた。
ここは普通の空港というよりも、もっと大きなハブ空港みたいな位置づけなのだろう。搭乗を呼びかけるアナウンスがひっきりなしに響き渡り、搭乗口へ誘導する電光掲示板には薄い液晶モニターが使われていた。
「どうしたの? あなたが来た世界より、こっちのほうが栄えていて、びっくりしたのかしら?」
鳳がロビーの天井を見上げながら、バカみたいに口をぽかんと開いていると、その様子に気づいたジャンヌが話しかけてきた。鳳は首を振って、
「いや、違う。どっちかって言うと懐かしい感じがして、ちょっと感慨にふけっちゃったんだよ」
「あら? あなたの来た世界もここ同様に科学技術が発展していたのね。天使様たちの話では未開の文明だったって聞いていたのだけど?」
「いや、その認識で合っているよ。色々でたらめな世界で、科学なんてあってないようなものだった。ただ、俺がちょっと特殊なだけでね……」
鳳はなんとも説明が出来ずに口を噤んだ。今更、戻れない
「そう……実は私も、そう思ったのよ」
鳳がだんまりを決め込んでいると、ジャンヌもまた返事を期待していないような口調でポツリと呟いた。どういう意味だろうと黙って聞いていると、彼女は面白いことを口にした。
「私も、この世界の都市を始めて見た時、なんとなく懐かしい気分になったのよ。ミカエル様たちはそんなはずはないとおっしゃったのだけど」
鳳は一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったが……よくよく考えても見れば、ジャンヌも鳳と全く同じ境遇だったのだ。彼女もまた、現代日本からアナザーヘブン世界へと飛ばされ、そしてこの世界へと渡ってきた異邦人なのである。
彼女は記憶を失っているが、自分が別の世界からやってきたと言うことを知識では知っている。だが彼女はそれがどんな場所だったのかは思い出せず、彼女の記憶を奪ったミカエルたちに言われた通り、中世ヨーロッパ風の未開の国だと勘違いしているのだろう。しかしその心の奥深くには、まだ原風景が残っていて、この近代的なビル群が彼女の記憶を刺激しているのだ。なんとも皮肉な話である。
ジャンヌの記憶のことも、いずれどうにかした方がいいのだろうか。ミカエルたちはいつでも元に戻せるというが、鳳はそうすべきかどうか、未だ悩んでいた。
「隊長……そろそろ人目が気になりますわ」
鳳たちがそんな会話を交わしていると、蚊帳の外だった瑠璃がソワソワしながら話しかけてきた。無邪気に人の腕におっぱいを押し付けてくるようなやつだから、人目なんか気にするタイプだとは思っていなかったのだが、どうしたんだろう? と思って周りを見てみると、確かに空港ロビーのあちこちから妙な視線が感じられた。
鳳たちを見てソワソワする者、露骨に敵意を浴びせてくる者、気にしてない素振りでチラ見してくる者、ガン無視して通り過ぎる者などなど、なんだか良くわからないが、彼らは注目を浴びているようだった。
「僕たちが軍人だから目立ってるんだよ」
そんな不思議な光景を前に首を捻っていると、琥珀がそっと教えてくれた。
そう言えば、ただのセーラー服だと思って気にしていなかったが、彼女らが着ているのはこの世界では軍服である。元の世界でも駅などで軍服を見かけると妙に落ち着かない気分になったが、そんな感じで悪目立ちしてしまっているのだろう。
乗り継ぎの軍用機が来るにはまだ5~6時間はかかるそうである。その間、人目につかない場所に隠れているわけにもいかないし、どうしたものかと困っていると、受付から職員がそそくさと出てきて、鳳たちを誘導してくれた。
おそらく、空港職員は彼らがパースからやって来たことを知っていたし、軍人が他の一般客を刺激するのも避けたかったのだろう。誘導されるまま職員通路を通って来賓用の個室に案内され、ここを自由に使ってくれと言われた。これも四大天使の威光だろうか、至れり尽くせりで有り難い。とは言え、窓もない個室に缶詰もどうかと思っていると、
「どうやら服装がまずかったみたいね。乗り継ぎの輸送機が到着するまでは、私たちも私服に着替えていましょう」
「そうですね。下手に市民を刺激しても悪いですし」
ジャンヌたちはそう言うと、いきなり服を脱ぎにかかった。四人とも当たり前のように脱ぎだしたので、鳳は思わず飛び上がった。
「って、おいおいおいおい! ちょっと待てー!」
「どうしたんですの?」
「いや、どうもこうもねえだろうって、あーもう! 俺は外に出てるからっっ!!」
目をパチパチ瞬いている4人を置いて、鳳は慌てて部屋の外に飛び出した。
男が目の前にいるというのに、いきなり脱ぎだすのはどういう了見かと思いもしたが、考えても見れば男がいないこの世界ではあれが普通なのだ。彼女らは今まで、誰かに着替えを見られて恥ずかしいと思ったことはなかったのだろう。だらしないと言われることはあっただろうけど。
「やれやれだぜ……」
なんだか妙な汗が額に滲んでいた。普通ならラッキースケベを笑ってられそうなものだが、ツッコミ役が不在のこの社会ではそうも言っていられない。こっちが気をつけてあげないと、彼女らはいくらでも無防備を晒してくるのだ。
鳳は額の汗を手の甲で拭いながら、通路を進んで外が見える窓辺まで歩いてきた。狭い通路に設けられた窓は、はめ込みではなく便所にでも取り付けられてそうなハッチ式の窓だった。明り取りのためにつけられただけで、換気用途にはまるで適しておらず、近づいても空気が淀んでいて蒸し暑かった。
それでも外の空気が吸いたいと思って、顔を窓枠に乗っけて外を覗き込めば、そこは空港の裏手と言おうか、車ががずらりと並んでいる駐車場であった。並んでいる車はどれもこれも、ガブリエルが乗っていたようなダサいセダンだらけで、なんだか急に発展途上国に飛ばされた気分になった。上空から見た街はあんなに近代的だったというのに、こういったセンスは皆無らしい。それとも、女性ばかりだから車の形など気にならないのだろうか。
そんなことを考えながら、駐車場の車を吟味していると、鳳の耳に奇妙な音が聞こえてきた。どこか遠くから、ちんどん屋みたいに太鼓やラッパを吹き鳴らして行進している団体の声が聞こえてくる。
なんだろう? お祭りでもやってるのだろうか? そう思いながら、狭いハッチ窓に首を突っ込み外を見やると、鳳はそこに信じられない光景を目撃した。
「戦争反対ー! 戦争反対ー! ドミニオンは無駄飯食らいー! 人殺しの軍人はもういらなーい! 人殺し! 人殺し!」
空港の外の道路で、プラカードを持った集団がそんなことを声高に唱えながら練り歩いている。
「みなさん、聞いてください! 政府が発表する今のGDPがあれば我々は戦わずとも生きていけます! ベーシックインカムで平穏な社会を築けるはずなのです。なのに役人共は未だに死ななくてもいい命を前線に送り続けています! 我々は今こそ天使達の甘言に乗せられず、自分たちの意思で立ち上がるときなのです!」
「ドミニオンは人殺し! 自分たちは後方にふんぞり返って、若い子供たちが命を散らしていく! こんな不公平な社会は正さねばならない! さくら司令は天使によって作られた偽りの英雄だ! 天使は詐欺師! 天使は詐欺師!」
「もう魔族と戦うなんて嫌だ!」
「私たちだって自由意志がある!」
「今こそ魔族との共存を! 自由平等、戦争反対ー!」
チンドンチンドン鳴り物をかき鳴らしながら、集団は道路のど真ん中を通り過ぎていく。それを歩道から眺める人々、迷惑そうにしているドライバーたち。これはもしや、反政府デモというやつなのだろうか……
「えー……」
鳳は脱力して、思わず窓枠で首を吊りそうになった。これから魔王を倒しに行こうかという男の目の前を、魔族とはもう戦うなという集団が通り過ぎていった。彼はそんなデモ集団を、なんとも言えないしょっぱい気分で眺めているしかなかった。