ラストスタリオン   作:水月一人

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現代社会思想論考

 対魔族最前線の地ケアンズ。そこへ向かうため、ブリスベンで乗り換えの輸送機を待っていた鳳は、思いがけず反政府デモに遭遇してしまった。

 

 なんと、この追い詰められた世界にも、言論の自由があったのだ!

 

 しかし、それはカナンから聞かされていた話とはまったく食い違うものだった。彼は確か、この世界は神によって完全に統制されていると言っていた。それに、今までに出会ってきたドミニオンたちは、みんなちゃんと信仰心を持っていたし、ミカエルら四大天使との会談でも、そんなものが存在するとはおくびにも出さなかったはずである。

 

 でも今目の前には、おかしな連中がプラカードを掲げて、戦争反対を声高に叫びながら練り歩いている……何がなんだか分けがわからない。もしかして夢でも見ているんじゃなかろうかと、鳳がほっぺたをつねって正気を確かめていると、突然肩に柔らかいものが触れ、彼が覗き込む窓の横からニョキッと瑠璃の顔が生えてきた。

 

「あれは……! 反政府組織の連中、こんなところにまで現れるようになったんですのね」

「反政府組織? そんなのが活動してんの?」

 

 鳳が面食らっていると瑠璃は忌々しそうに舌打ちしてから、

 

「その通りですわ! 神の不在後、天使様の統制がゆるくなってくると、それまで鳴りを潜めていた反乱分子が徐々に活動を活発化してきたんですわ。奴らは神様への尊崇も、天使様への感謝も忘れて、処罰がないのを良いことにやりたい放題なんですのよ」

「へえ、よく天使がそんなことを許してるな……」

 

 いや……鳳は首を振り、すぐに思い直した。天使は動けないわけではない。人間はもう再生が効かないから、下手に処罰なんかして人口を減らすわけにはいかないのだろう。

 

 そう言えばミカエルは、16年前のあの出来事から、天使たちがどんどん中枢に顔を出さなくなっていると言っていた。それは(ボス)がいないから、これ幸いと仕事をボイコットしていたわけではなくて、本当に仕事が無くなってしまい、どうしようもなかったからなのかも知れない。

 

「今日は私たちを運んでくれる軍用機が来ますから、きっと嫌がらせのつもりですわ」

「そんでさっきロビーでも一般客がソワソワしていたのか」

「もう頭にきましたわ! ちょっと行って、一言二言文句を言ってきてやりましょう」

「ちょっとちょっと。瑠璃、やめなよ」

 

 頭に血が昇って鼻息を荒くしている瑠璃のことを、琥珀がやんわりと諌めた。

 

「もう戦いを放棄した連中に何を言っても無駄だよ。そんなことより、着替えたらターミナルを見て回ろうって楽しみにしてたじゃないか」

「でも」

「ケアンズに行ったら、もうこんな機会はないよ。遊べるときに遊んでおかなきゃもったいないよ。奴らの言う通り、僕たちはいつ死ぬかわからないんだからね」

「……そうですわね。あんな連中に気を取られているのも馬鹿らしいですわ」

 

 琥珀に宥められて、瑠璃は仕方ないと言いたげに窓から首を引っこ抜くと、鳳に向かって言った。

 

「それじゃ鳳様も一緒に行きましょう。輸送機が来るまでまだまだ時間がありますから、それまでたっぷり遊べますわ」

「そうだな……」

 

 鳳がその誘いに乗ろうかどうか迷っていると、彼女の背後から物凄い形相でこちらを睨みつけている桔梗が見えた。その瞳が、てめえ、こら、邪魔すんなと言っているような気がして、鳳は言葉を引っ込めた

 

「あー、やっぱ俺はいいわ。少し疲れたから、休憩室でのんびり過ごすよ」

「え? でしたら私も……」

「いやいやいやいや!! 君は琥珀君と一緒に回ってきなさいよ。彼女も言う通り、こんな機会滅多にないんだろう? 俺は別に逃げたりしないんだから、今日は女の子たちだけでたっぷり遊んでくるといいよ」

「そう……残念ですわ。では、お言葉に甘えて。桔梗も行きましょう?」

「私はいかないわよ」

「え!?」「え?」

 

 思いがけない桔梗の言葉に、思わず瑠璃とハモってしまった。

 

 鳳のことを邪険にしているくらいだから、当然彼女も瑠璃達と一緒に遊びに行くんだと思っていたが、どうやら彼女はそれ以上に瑠璃と琥珀を二人っきりにさせたかったらしい。その熱い友情はもちろん買うが、そのせいで一人だけ残った彼女と、気まずい雰囲気になることは避けたかった。

 

 かと言って、やっぱ瑠璃と行くなんて言うわけにもいかず、鳳が口をひん曲げて煩悶していると、そんな彼の苦しみなど知ったことかと言わんばかりに、桔梗はにこやかな笑みを二人に向けていった。

 

「私は休憩室でテレビを見たいわ。せっかく本土に帰ってきたんだもん。新作ドラマのチェックをしなきゃ」

「こんな時までテレビだなんて……桔梗のドラマ好きは筋金入りですわね。それじゃ、私たちはロビーをぶらぶらしていますから、隊長によろしくお伝えしてくださいな」

 

 そう言うと瑠璃は手をひらひらさせて通路を逆走していった。その後を子犬みたいに琥珀がついて行く。窓に背を持たれていた鳳は、それを捨て犬にでもなった気分で見送ると、隣に立つ桔梗のことを横目でちらりと見た。

 

 正直、彼女が何を考えているのかはいまいちわからない。面倒くさいことにならなければいいのだが……と思っていると、彼の視線に気づいたのか、ちょっと前まではもの凄くにこやかな笑みを浮かべていたはずの桔梗が、一瞬でむっつりした表情に変わって、

 

「なによ。本当は行きたかったなんて言うつもりじゃないでしょうね?」

「いや、別に。つーか、君こそ一緒に行きゃよかったじゃないか」

「二人の邪魔するわけにはいかないでしょ。馬に蹴られて死ねって言うのよ。それに、テレビが見たかったのは本当のことだもん」

 

 桔梗はそう言うと、鳳のことなど眼中にないと言わんばかりに、いそいそと通路を歩いていった。彼はその後を追いかけながら、

 

「つーか、さっきから気になっていたんだけど、この世界ってテレビがあるの? テレビってのは……あー、テレビジョンのことだけど」

「当たり前じゃない。テレビくらいあるわよ」

「そうなんだ! いやあ……テレビなんて単語、数年ぶりに聞いたもんだから、ちょっと驚いちゃって」

「あなた、どんな未開地に住んでいたのよ?」

 

 ほんのちょっと前までは中世ヨーロッパレベルの国に住んでいたのだが、それ以前はここより科学文明が進んだ世界に居たって言っても、話が通じないだろう。神のことや、この世界の秘密についても、どこまで言っていいのかわからないし、下手に自分のことを話すよりも、この世界のことについて質問した方が良さそうである。

 

 鳳はそう考えると、改めて桔梗に尋ねてみた。

 

「テレビがあるってことはラジオもあるの? まさかネットは無いよね?」

「あなた、私のこと馬鹿にしてる? そんなの、あるに決まってるじゃない。外にいるデモ集団は、みんなSNSで情報交換して集まってくるのよ」

「マジかよ」

 

 テレビまでは何とか許容できたが、まさかネットまであるとは思わなかった。というか、SNSで情報交換なんて、21世紀の反政府デモとやり方も変わっちゃいないではないか。突然のテクノロジーのギャップに頭がクラクラしてきてしまった。この世界で出来ることと出来ないことを、もう少しちゃんと聞いた方が良さそうである。

 

「飛行機や車を生産しているってことは、どっかに工場があるんだよな。確かガブリエルは人間に技術は継承されていないって言ってたけど……なあ? 義務教育は何年くらいあるんだ? 大学はあるの?」

「義務教育? 大学……? なにそれ」

「一応聞くけど、四則演算は出来るんだよな? 方程式は解けるのか?」

「さっきから本当になんなのよ。喧嘩売ってる?」

「代数や行列、微分積分は? 円周率は何桁で計算してた? アボガドロ数はいくつ? オームの法則はわかる?」

「えーと……」

 

 桔梗の目は泳いでいる。どうやら義務教育らしきものは受けているが、せいぜい中卒レベルと言ったところみたいだった。

 

 その後、もう少し突っ込んだ話を聞いてみたが、この世界の人々は生まれつき将来何になるかが決まっているため、そのための教育を受けはするが、それ以外の学問はしないそうである。

 

 大体みんな、数えで16歳になるまで訓練校で教育を受け、そこを卒業したらそのまま仕事に従事し、労働者として一生を終える。仕事の殆どは、農林水産業のような一次産業に従事する労働者と、神が用意した工場に勤務する工場労働者に分かれるらしい。

 

 あらゆる製品は全て工場で作られているが、そこでは機械が生産するものを、人間がただ検品しているだけというのがこの世界の現実のようだった。そんなんで飛行機や車を作っているのだから、普通は怖くて乗れたもんじゃないが、上手くいっているのだから、神が用意する機械は相当信頼が置けるのだろう。

 

 あとは少数の行政官が存在し、それぞれ役人(ヴァーチュー)軍人(ドミニオン)と呼ばれているらしい。因みにその他の労働者はパワーと呼ばれ、要するに、天使の階級をそのままカーストに当てはめているようだった。

 

 因みに人類の最高カーストはドミニオンだそうだが、文民統制(シビリアンコントロール)がされていないように見えるのは、その上に天使(スローンズ)がいるからで、実際にはちゃんと文民統制されているようである。

 

 尤も、殆どの天使がやる気を失ってしまったために、現在は人間の幹部が指揮を取っており、少しタカ派に触れていた。それが先程のデモの『ドミニオンは人殺し』に繋がっているようだ。瑠璃たちは、人間に命令されて魔族と戦っているのだから、そう捕らえることも確かに可能だろう。

 

 16年前の事件は産業界にも影響を与えており、それまでは完全な計画経済によって粛々と運営されていた人間社会は、いきなりの人口減少に対応しきれず、生産調整が追いつかなくなって過剰供給に陥ったり、逆に人手不足に悩まされて過労死する者まで出てしまったようである。

 

 お陰で現在では、一部農場や工場が閉鎖し、地方はゴーストタウン化、配給制が崩れてインフレが起きてしまい、それもまた人類の分断に拍車をかけているようだった。

 

 これら全てを引き起こした原因がプロテスタントだというなら、そりゃ鳳が問答無用で殺されそうになったのも頷ける。彼は桔梗からそんな話を聞いて、自分がやったわけじゃないのに、なんだか申し訳ない気分になってきた。

 

「あら桔梗、あなたは瑠璃たちと遊びに行かなくていいの?」

 

 休憩室に戻ってくると、ジャンヌが一人でお茶をすすっていた。ツヤツヤのリノリウムの床の上のテーブルには、せんべいが置かれていてちょっと面食らったが、どうやらこっちの世界でも米食は可能のようでホッとする。

 

 桔梗は鳳には絶対見せないにこやかな笑みをジャンヌに見せると、

 

「はい。久しぶりの人里だから、溜まりに溜まったテレビ番組のチェックをしなくちゃって……うほー! 冬のアナタ、完結したんだ! 長期バケーションも! 恋ジェネも!」

 

 桔梗はどっかで聞いたことがあるようなタイトルを叫びながら興奮している。よくわからないけどテレビドラマが好きなんだろうな……と思いながら、ぼんやりその姿を眺めていると、彼女は休憩室のテレビをガチャガチャザッピングして、とあるチャンネルに合わせた。

 

「な、なんじゃこりゃあ……」

 

 するといきなりテレビ画面に女性同士のキスシーンが映し出されて、鳳は腰を抜かしそうになった。

 

 キスシーンと言っても、小鳥のキッスみたいにチュッチュとしたやつではなく、濃厚でディープでフレンチなキスである。おまけにキスをしている最中、女優たちはお互いの体を(まさぐ)り合い、獣のように息を乱し興奮しながら、くんずほぐれつ愛の言葉を囁いているのだ。

 

 しかもその内容は卑猥で、エロ同人も真っ青だった。こんなもんを昼間っからやってもいいのかよとドン引きしていると、桔梗はジュルジュルとヨダレを啜りながら、

 

「これよこれ! ああ、なんて美しいの! 女同士の熱い友情。それは一点の曇りもない純粋な愛。求め合う二人の体液の交換は、これぞまさに永遠の美としか思えないわ! 私もこんな風に、一途に誰かのことを想いたい! ねえ、わかる? これが美しい愛の形なのよ! ジーザス・クライスト!」

 

 桔梗は女同士のキスシーンを見ながら鼻息を荒くしている。その姿は美しい愛どころか、肉欲丸出しで(よこしま)なものにしか見えなかった。つーか神様に謝れよ。

 

 あまりにぶっ飛んだ光景に鳳が頭を悩ませていると、それを隣で見ていたジャンヌと目があった。

 

「……こっちでは、こういうのが流行ってるの?」

「え? そうね。ゴールデンタイムはどの局も、だいたい百合ドラマを放映してるんじゃないかしら」

「嘘だろ? 信じらんねえ……」

「あら、深夜はもっと濃いのをやっているのよ」

「これ以上すごいの? そんなの地上波で放映しちゃっていいのかよ?」

 

 どう考えてもBPO案件だったが、これが通用してしまうのは、きっとこの世界には女しか存在しないからなのだろう。鳳の(若干)ノーマルな目からすれば、目の前で繰り広げられてる光景はただの性欲の発露にしか見えないのだが、そもそも生殖という概念がない世界では、それは愛情表現の延長でしかないのだ。

 

 彼女らがいくらキスをしようが、ペッティングをしようが、子供が生まれないのだから、その行為はどこまでいってもただの愛情表現にしかならない。だから誰に隠すことも、恥ずかしいと思う気持ちも、この世界の女性たちは殆ど感じないのだろう。

 

 いや、そもそも何故人類は生殖行為を隠そうとするのだろうか。子供が生まれることは本来美しいことに違いない。自分が妊娠していることを恥じる妊婦もまずいない、それは生殖行為(セックス)の結果だと言うのに。アダムとイブがそれを恥ずかしいと思った瞬間から、それは我々のDNAに刻まれたのだ。

 

 そんな小難しいことを考えていたら、段々頭が痛くなってきた。鳳が眉間をモミモミしていると、ジャンヌがこっそり彼にだけ聞こえる声で打ち明けてきた。

 

「内緒だけど、私は女同士でああいうことをするのは変だと思っているのよ。でも、ここではこれが普通なのよね……」

 

 彼女は嫌悪感丸出しの目で、テレビに釘付けになっている桔梗の後頭部の辺りを見つめていた。でも、君、男同士には興味あるんじゃなかったっけ? と、ツッコミたいのを我慢しつつ、鳳は同族嫌悪に気づいていないジャンヌに重ねて問うた。

 

「こういうのって、検閲しないの? ミカエルなんてすげえ嫌がりそうなのに」

「してるわよ。でも、検閲してるのは天使じゃなくて人間なの。だから芸術活動なんて言えば、大概のことは許されちゃうみたいね。私は行ったこと無いけど、年に2回ある同人誌即売会では、もっと際どいのが売られているそうよ」

「コミケまであんのかよ!? なんか思ってた以上にゆるい社会だな……」

 

 もっとガチガチのディストピアを想像していたのだが拍子抜けである。しかしそれにも理由があった。

 

「16年より以前はもっと堅かったそうだけど、ここ最近はタガが外れちゃってる感じね。自分たちは死なないんだから当たり前だけど、天使は実は人間に対して無関心なのよね。その無関心が神の不在後、どんどん顕著になってきて、彼らは人間が何をしてても何も言わなくなってしまった。再生が出来なくなってしまった人間はそんな天使に批判的で、最近は彼らが無関心なのを良いことに、インフルエンサーが対立を煽り、反政府デモが頻発しているのよ」

「ああ、さっき見たあれのことか……ドミニオンは人殺しとか、天使は詐欺師とか、すげえこと言ってたけど、どうなっちゃってんだよ、あれ」

 

 いくら天使が無関心といっても、あんなあからさまに攻撃されたら普通は黙ってられないだろうに、それが許される土壌が出来上がってしまっているのは、ある意味異常だった。

 

 そもそも、彼女らは何が不満であんな行動に駆り立てられているのだろうか。その辺の事情を詳しく聞くと、ジャンヌは少し難しい顔をしながら、こんなことを言い出した。

 

「終末思想については知ってる? この世界が、神の千年王国に通じる最終戦争の真っ最中だって話」

「ああ、そんな話を瑠璃としたな」

「でも、その神が死んでしまったら、人類に未来は無いじゃない?」

 

 身も蓋もないがその通りである。鳳はうなずいた。

 

「神の作る千年王国に行けないのであれば、私たちは何故戦っているのかしら。それまで神の代弁者である天使に依存していた人類は、今度は逆に天使に対して不信感を抱き始めたわけよ。

 

 何しろ、天使は人類に魔族と戦えと言ってるくせに、自分たちは戦おうとしないじゃない。どうして人類ばっかり戦わなきゃいけないんだろうか? 本当は神なんて最初からいなかったんじゃないか? もしかして、天使は嘘を吐いているんじゃないのか……?

 

 『再生』が出来た頃ならまだ信じられたかも知れないけど、今の人類はもう再生が出来ないから、魔族に殺されたらそれっきりなのよ。ところが、不死であるはずの天使の方は、相変わらず魔族と戦おうとせず、人類にばかり戦いを強要してくる……これって、おかしいじゃない?

 

 それで、もう天使に言われるままに魔族と戦うのはやめて、人類は独立独歩の道を歩もうっていう動きが、あの反政府デモなのよ」

「ははあ……思ったより真っ当なんだな。俺は彼女らの言い分も理解できる気がする」

 

 鳳が感嘆のため息を吐いていると、ジャンヌはそれを否定するように首を振って、

 

「ううん。一見、正しく思えるから流されそうになるけど、でもそれは突き詰めると破滅思想でしかないのよ」

「どういうこと?」

「そもそもこの主張は、仮に魔族(レヴィアタン)を駆逐したところで人類は救われるのか? ってところから発生しているの。再生が出来なくなった以上、人類の滅亡は時間の問題よ。100年後には、今の人類は綺麗サッパリいなくなっているはずだわ。なのに今、わざわざ魔族と戦って人類が命を散らすのは馬鹿げている。それは、その時生き残ってるはずの天使の問題なんだから、彼らがどうにかすればいい。だから私たちはもう本土を魔族に明け渡して、安全な場所で滅びを迎えましょう……って考えが、反政府デモの根底にはあるの。要するに自暴自棄になって諦めちゃってるだけなのよ」

「なるほど……どうせ滅びは避けられないのだから、その後世界がどうなろうが知ったこっちゃねえって考えか。老害みたいな連中だな」

「今の所、水棲魔族は寒さを嫌ってこのブリスベンより南には出没しないわ。でもそれで実際に前線を下げたら、どうなるかなんてことは誰にもわからないわよね。案外、地上に順応して、奴らはもっと勢力を伸ばすかも知れない。批判ばかりして、そのリスクを考慮しないのはだだの無責任よ。

 

 もちろん、彼女らみたいな考えが多数派ってわけでもないわよ。本当は、いつか神が復活することを信じて、天使と共にこの危機を乗り越えようって人の方が多いの。でも、そんなことをおおっぴらに言うと批判されちゃうから、みんな黙っているのよね」

 

 神が復活するかどうかなんて誰にもわからないから、誰もデモ隊に何も言い返せない。かと言って、神を否定するほど信仰心が薄いわけでもないから、黙って現状維持に努めているのが現実といったところだろうか。なんだか、鳳が生きていた21世紀の社会みたいで息が詰まりそうだった。

 

「私たちドミニオンは、将来がどうなるかなんてことはわからないから、とにかくこのまま前線を維持し続けましょうって行動理念で動いているの。それで人が死ぬことは実際にあるけど、それを人殺しなんて批判される筋合いはないわね……少なくとも神が復活するまで、誰かがやらなきゃいけない仕事なのよ。たとえ理解されなくても」

「おまえは神が復活すると思っているのか?」

 

 鳳が聞いても、ジャンヌは肩を竦めるだけで返事はしなかった。それこそ、神のみぞ知るということだろう。追い詰められた人間社会の中で義務を果たし続けるには、きっとあまり考えないのがコツなんだろう。考え過ぎれば、あのデモ隊と同じになってしまう。軍人が職場を放棄する未来なんて、きっと目も当てられない世界に違いないだろう。

 

 だが、このままの状態が続けば、いずれ彼女らもストレスに負けてしまうかも知れない。そうなる前に現状を打破出来れば良いのだが……

 

「あなたは本当にレヴィアタンを倒すことが出来ると思う?」

 

 そういう彼女の声は、まるで他人事のようだった。

 

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