ラストスタリオン   作:水月一人

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いや、本名ですけど

 ブリスベンにて乗り継ぎ便を待つこと6時間。ようやくやって来た輸送機に乗り、2時間ちょっとのフライトを経て、鳳たちはついに人類の対魔族最前線ケアンズの地へと降り立った。最前線とは言っても、そこはいきなり魔物が跳梁跋扈する戦場というわけもなく、滑走路が一本のごく平凡な飛行場である。

 

 飛行機を降りて燦然と輝く太陽に灼かれていると、滑走路の横から瑠璃たちと同じ制服を来た女性たちが駆けてきて、積み荷を忙しそうに降ろし始めた。手伝ったほうがいいのかな? と思っていると、その内の一人がジャンヌに敬礼をしてから話しかけてきて、鳳たちは彼女の誘導で軍港のビルへと案内されることになった。

 

 一般人が迷い込む心配がないからか、空港の周りにフェンスはなく、そのまま外部へ続くアスファルトの道路に繋がっていた。背の高い管制ビルがその道路のすぐ脇に建っており、地上階にはトラックの積み下ろし用の倉庫と、軍人が駐留する詰め所が見えて、鳳たちはその中へと連れてこられた。

 

 ジャンヌが有名人だからか、それとも階級的なものでもあるのか、ひっきりなしに軍人たちがやって来て敬礼をしては去っていった。その際、何が珍しいのかいちいちジロジロ見られるのでうんざりしていると、キキっというブレーキ音と共に、詰め所の外に軍用車が停まった。

 

 マダガスカルでジャンヌたちが乗っていたのと同じ型だから、もしかしてドミニオンの標準装備なのだろうか。そんなことを考えながら、やってきた車を眺めていると、中から他の軍人とは違う制服を着た長身の女性が降りてきた。

 

 瑠璃たちを含め、ドミニオンはみんな同じ白いセーラー服を着ているのだが、その女性のは黒かった。どうして制服が違うんだろう。彼女もドミニオンなのだろうか? それとも、文官か何かなのだろうかと考えていると、詰め所の中にいるジャンヌの姿を見つけるなり、その女性はパーッと表情を明るくして建物の中に駆け込んできた。

 

「ジャンヌ! 久しぶりね! 3年ぶりくらいかしら」

「お久しぶり、あやめ。元気していたかしら」

「元気も元気! あんたと違って前線には出ないんだから、弱りようがないわよ。マダガスカルでは大変な目に遭ったそうだけど……ベヒモスと一戦交えたって本当なの?」

「ええ、本当よ。あなたが育ててくれた子達のお陰で、どうにか切り抜けることが出来たわ」

 

 ジャンヌのその言葉を待っていたのか、瑠璃たち三人が女性の前へ進み出るなりビシッと敬礼をしてみせる。

 

「お久しぶりです、教官! 第17期訓練生、宮前瑠璃、恥ずかしながら帰ってまいりました!」「同じく、武田琥珀」「同じく、島桔梗」

 

 瑠璃に続いて琥珀と桔梗も軍人らしいビシッとした敬礼をする。というか、こいつらにも名字があったことを初めて知ったが、これまた日本風なのは何か意味があるのだろうか。女性は三人に教官と呼ばれていたから、多分、これから向かう訓練校の先生であるに違いなかった。

 

「あなた方の勇戦を誇りに思います。そしてよく帰ってきてくれました。訓練生がこうして生きて帰ってきてくれることが、私には最高の喜びです。みんな無事で本当に良かったわ」

 

 彼女はそう言うと相好を崩し、まるで母親のように三人をぎゅっと抱きしめた。瑠璃たちも本物の子供のように、顔を赤らめてそれを受けて入れている。それだけで彼女らが良い師弟関係を結んでいたことがよくわかった。

 

 鳳がそんな美しい光景を一人蚊帳の外で眺めていると、やがて一人ずつハグを終えた教官は、彼の姿に今気づいたと言わんばかりに振り返り、今度は敬礼ではなく握手を求めるように腕を差し伸べてきた。

 

「あなたが……鳳白(おおとりつくも)……さんですね? この時期に、我が校に編入学したいっていう。おまけにオリジナル・ゴスペルの見学まで許されるだなんて、異例尽くしでちょっと信じられないのですが……」

「あ、はい。よろしくおねがいします」

 

 鳳が手を握り返しペコペコと頭を下げると、教官は眉根を寄せながら怪訝な表情で続けた。

 

「正直、どんな人がやってくるのか不安だったのですが、まともそうで安心しました。失礼ですが、どうしてこんなことをするのか、事情を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 前線の訓練校に入学するのは、そもそもミカエルの案だった。鳳としては自由に動ければなんだって構わないのだが、いきなり押し付けられた学校側からしたら堪ったもんじゃなかったのだろう。かと言って、事情を話すわけにも、他の方法も思いつかないので返事に困っていると、鳳の代わりに申し訳無さそうにジャンヌが答えた。

 

「ごめんなさいね、あやめ。その人はちょっと訳ありなのよ、今は理由を聞かずに協力してもらえないかしら」

「訳ありなのはわかってるわよ。なにせウリエル様から直々にお願いされたのよ。だから協力するのは当然ですけど、もし事情を聞ければその方が協力もしやすいと思ったのです……でも仕方ないわね」

 

 教官は肩を竦めて鳳の方へ向き直り、さっきよりほんの少し声を潜めて言った。

 

「それじゃ、鳳白さん? ウリエル様から頼まれたということは一旦忘れて、これからあなたのことを我が校の訓練生として扱うけれどよろしいかしら?」

「はい、お願いします」

「訓練は現在後期課程まで進んでいて、あなたはそこへ編入することになります。特例ですので、最低でもゴスペルが使えることが前提なのですが問題はありませんか?」

「ああ、それならミカ……げふんげふん……上司から支給されてきたんで大丈夫です」

 

 鳳がそう言って腰にぶら下げていたスティックを手に持ち、その先端からライトセーバーみたいな光の刀身を作り出してみせると、教官は暫し呆然と目を丸くしてから、その光に指を触れようとした。鳳はそれを見て慌てて光を引っ込めると、

 

「ちょっ、危ないですよ! 触れたら指が弾け飛びますって」

「え!? そ、そう……そうね。こんなの初めて見たので驚いてしまって。これが例の新型ですか。どうやら、あなたがゴスペル研究者だという噂は本当だったようですね」

「研究者……? そんな噂が立ってるんですか?」

「オリジナルを見たいと言うくらいですから、そうなんじゃないかと。違うんですか?」

 

 教官はキョトンとしている。無論違うが、そう勘違いされていたほうが色々都合がいいかも知れない。彼女の推察通りオリジナルを見学する理由にもなるし、少なくとも、鳳は他の人達には真似できない、第5粒子エネルギーの流れを操ることが出来る。その特技を生かして、あとは出たとこ勝負でなんとかなるだろう。

 

「ええ、まあ、そんなところです。詳しいことはちょっと話せないんですけど」

「わかっています。先技研に神楽ってのが居るんですが、これを見せたらきっと喜びますよ。ですが、普段はあまりこれを持ち歩かないでください」

「え、どうしてです?」

「まだドミニオンでない訓練生はただの一般市民ですから、ゴスペルの所持は禁じられています。それに訓練生は学校の備品を使うことになっていますから、私用品を持っているだなんて知れると変に目立ちますよ」

 

 言われて思い出したが、ゴスペルは神の兵器だった。考えようによっては、これは一般人が拳銃を携帯するのと同じような問題なのだろう。例えばブリスベンで見かけたあのデモ隊がゴスペルを持っていたら、危険そうなのは何となく分かる。

 

「幸い、それを見てゴスペルだと気づく人はいないでしょうから、取り上げたりはしませんけど、問題になるかも知れないので、さっきみたいなのは気をつけてください」

「わかりました」

 

 最前線で丸腰になるのは流石に不安である。鳳が肝に銘じたと言わんばかりに頷くと、教官はそれを見てから背後の装甲車を指差し、

 

「後は……ここで立ち話もなんですから車の中で話しましょうか。ついてきてください」

 

 彼女に促されて、鳳たちは彼女の運転する車に乗った。

 

********************************

 

 空港から出て、滑走路と平行に走るアスファルトの道路を道なりに進んでいくと、やがて前方に海が見えてきた。

 

 沖には高速なホバークラフトが優雅に走り、天上に燦然と輝く太陽と白い砂浜とサンゴ礁が美しいマリンブルーを左手に見ながら、何もない真っ直ぐな道路を突き進んでいると、まるで南国リゾートに来たような気分になってくるが、言うまでもなくここは魔族の出没する危険地帯のはずだった。

 

 そんな海沿いの道路は海風に巻き上げられた砂に埋れてとにかく状態が悪く、オフロードタイヤでなければ滑ってしまってとても進めそうになかった。それもそのはず、海沿いだと言うのに防風林が一切ないのは、おそらく海からやって来るであろう水棲魔族をいち早く見つけるためだろう。

 

 そういう観点で改めて見直してみれば、道路の両側はやたらだだっ広いスペースが取られていて、海岸線から上がって最低200メートルは視界を遮るものは何もなかった。その広大なスペースで水際迎撃をするのが、このケアンズの軍事基地の役目なのだ。

 

 そのど真ん中を走る道は、基地のある都市部に近づくにつれて広がっていき、海沿いを走っているはずなのに、あまりにも乾燥しているものだから、なんだかデスバレーを走っているような気分にさせられた。アスファルトの両脇の、太陽に照らされ完全に乾ききってしまったこの真っ赤な荒野を見たら、かつてこの都市に暮らしていた人たちは目を回すことだろう。

 

 そんな殺風景な車窓を見ていると、教官がバックミラー越しに後部座席の鳳たちに話しかけてきた。

 

「さて、当基地に滞在するにあたって、あなた達にはこれから校長先生に会ってもらいます。話は通してありますから、ただの挨拶だけですので気楽にしててください」

「わかりました」

「一応確認ですが、この基地に滞在中、ジャンヌには当校の臨時講師として働いてもらい、三人にはそのアシスタントとして、主に実技を担当してもらうつもりでいますが……それで間違いありませんか?」

「ええ、ウリエル様からそうするように仰せつかっているわ。瑠璃たちも去年までここにいたんだから問題ないわよね」

 

 三人娘がそれぞれ頷いている。そう言えば、彼女らはここの卒業生だから、鳳と違って学生として潜入するわけにはいかないのだ。アシスタントとは言え、こいつらに指導されるのかと思うと憂鬱である。

 

 しかし、もっと憂鬱なことが思いもよらぬところから転がり出てきた。

 

「それで制服ですが、一応、予備で一番大きなものを用意しておきましたが、もしかしたらそれでもあなたにはサイズが合わないかも知れません。その場合、取り寄せになるので一週間くらいかかってしまいますが……」

「え!? 制服!? 俺も制服着るの??」

 

 鳳が素っ頓狂な声を上げると、突然の大声に教官は眉を顰めながら、

 

「当たり前でしょう。軍隊では規律が第一。制服の乱れは心の乱れですよ」

「い、いや、でも制服って言っても、それってあなたも着ているそのセーラー服ですよね!?」

「それが何か問題でも?」

 

 問題大アリだろう! ……と言いたいとこだが、この世界の人にわかるわけもなく、鳳は言葉を飲み込んだ。

 

 忘れてしまいがちだが、この世界には女性しか存在しないのだ。だから鳳がどんな服装をしていようが、喉仏が出て野太い声をしていようが、何ならちんこをぶらぶらさせていようが、彼女らは鳳のことを男として認識できないのである。

 

 だから、ある程度は女扱いされるのは仕方ないだろうなと思っていたが……鳳も潔癖だとは言わないが、いきなりセーラー服を着ろとは、難易度が高すぎではないだろうか。ブルセラショップじゃないんだぞ。

 

「……実は死んだ祖母にセーラー服は着るなと遺言されていて」

「何を言ってるんですか? 編入したいのであれば着るしか無いですよ」

「しかしセーラー服は……せめてスカートは勘弁してもらえませんか? ジャージ登校の子だっていますよね? 個性の時代ですよ、現代は」

「はあ……なにが言いたいのかわかりませんが、スカートが苦手であるなら、スラックスも用意できますが」

「え?! スラックスでいいの? それなら、まあ……」

 

 上がセーラー服でも下がスラックスなら、昭和のアイドルにでもなったと思えばまだ許せるだろう。取りあえず最低限の尊厳だけは保たれたようである。

 

 落ち着いて考えてみれば、セーラー服は元々海外の水兵の制服なのだから、男が着ていても問題はあるまい。鳳が必死になって自分に言い聞かせていると、教官は奇妙なものでも見るような目つきで続けて言った。

 

「それからもう一つ、さっきは人目が気になって言いあぐねたのですが……あなたのその名前のことなんですけど」

「はい、なんでしょう?」

 

 鳳が、また俺なんかやっちゃいました? と小首を傾げていると、教官は一度開きかけた口を閉じ、再度思い切ったように声の調子を上げて、

 

「失礼ですが、あなたのその名前は偽名ですよね?」

「は? いや、本名ですけど……」

「……色々と事情があるのは察しますが、流石にそこまで露骨な偽名は、私が指摘しなくても周りから不審がられますよ。最初はスルーしようと思っていましたが、校長に会ってからではもう訂正も出来ないですから、ここは私を信じてもらって、偽名なら偽名でもう少しまともなものに変えてもらえませんか」

 

 鳳はいきなり自分の名前にダメ出しを食らって面食らった。鳳の名前は確かに滅多にないような珍しいものだが、それでもここまではっきり嘘だと言われるようなものでもない。一体、どこに問題があるのだろうか? と目を泳がせていると、その様子を見て鳳が本当にわかっていないことを察したジャンヌが話しかけてきた。

 

「えーっと……あなたの名前はね? 確かにこの人たちからすると少し変なのよ」

「どういうこと?」

 

 鳳が口をぽかんとしていると、ジャンヌは少し困ったような素振りを見せてから、

 

「……この世界に生まれた人間は、生まれつき職業が決まっているでしょう? えーと、つまり、再生を受ける前に兵士だった者は兵士に、教師だったものは教師にって感じね。そしてその職業は、名字によってある程度わかるようになってるの」

「え? そうだったの?」

 

 ジャンヌは頷いて

 

「例えば、武田琥珀は『武』の字がついてるから兵士。島桔梗は『島』で漁師、宮前瑠璃は『宮』で主に天使に仕える文官職だってことがわかるわけ。でも、あなたの『鳳』にはそれがない」

「へえ~……そんな意味があったんだ」

 

 言われてみれば、この世界の人間はみんな『再生』を受けるのだから、生まれ変わってもまた同じ名前で、同じ職業に就くのが当たり前なのだ。最初は違ったのかも知れないが、そのうち名字だけでも誰が誰だか区別がつくように、制度自体が変わっていったとかそんなところだろう。改めてここがカースト制度も真っ青な管理社会であることを思い知った。

 

「あれ? でもそれじゃ、ジャンヌは?」

「私も武田姓よ、正式には」

 

 鳳が突っ込むと、ジャンヌは慌てて間髪入れずにそう答えた。その様子からして、彼女も同様にやらかした口なのだろう。多分、最初はジャンヌ・ダルクと名乗っていたのだが、痛い人扱いされたか、ミカエルみたいな堅物にフザケてるのか! と怒られたかして、そのとき咄嗟に名乗ったのが武田姓だったのだろう。武田信玄とかいるし、なんか出てきやすかったのではないか。

 

 そんなことを考えていると、またミラー越しに視線が突き刺さった。ハッとして顔を上げたら、教官がもの凄く不審げな表情をしてこちらをチラチラ見ていた。まあ、ここまで来たら開き直るしか無いので、彼は鏡に愛想笑いを向けてから、ジャンヌに言った。

 

「鳳だから畜産業ってんじゃ駄目なのか?」

「鳳凰は家畜じゃなくて神鳥のイメージが強いわよね。っていうか、人名辞典ってものがあるのよ。そこに名字が載ってない時点で、それは偽名でしかないわ。ついでに白って名前もおかしいのよ。(しろ)はともかく、白と書いてツクモなんてどうして読むわけ?」

「まいったな……まさか名前にダメ出しされるなんて」

 

 こちとらお天道様に顔向けできないような真似はしたつもりはないのだが、本名を名乗って嘘つき呼ばわりされるのではやってられない。とは言え、無駄な波風を立てても仕方ないので、郷に入っては郷に従うしかないだろう。

 

 まあ、ハンドルネームだと思えば、それほど腹も立たないしすぐに慣れるに違いない。

 

「それじゃあ、飛鳥(あすか)は? ネットではデジャネイロ・飛鳥ってよく名乗ってたんだけど」

「飛鳥なら問題ないわ。でもその、デジャ……なんとかは無理よ。人名とは思えないわ」

「まあ、元は地名だからな。リオ……はまずいし、じゃあもうシロでいいや。飛ぶ鳥は白いで、アスカ・シロだ」

 

 なんだかガンダムにでも乗ってそうな名前になってしまったが、前科がついてるのよりはマシだろう。鳳が投げやりにそう言うと、ジャンヌは良いんじゃないと二度頷いて、

 

「うん、それなら問題ないわね。それじゃ、あなたはここにいる間は、飛鳥白。名前で呼び合うのが普通だから、白ちゃんと呼ぶわね」

 

 彼女にそう呼ばれるのも随分久しぶりのような気がする。思いがけず目頭が熱くなってしまったが……どうでもいいけど、瑠璃たちは呼び捨てなのに、どうして鳳のことはちゃん付けなのだろう。

 

 そんなこんなで偽名も決まったところで、改めて教官に口裏合わせをお願いして、鳳たちは訓練校のある軍事基地へと入っていった。

 

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