ラストスタリオン   作:水月一人

318 / 384
ドミニオンの訓練校?

 ケアンズの前線基地は、空港から車でおよそ30分ほど行った先の、大きな河川の河口にあった。基地は水棲魔族の侵入を嫌ってだろうか、地面は草の根も生えぬほどアスファルトでガチガチに固められ、頑丈なコンクリートの建物が立ち並ぶ、乾燥して殺風景な場所だった。

 

 ヒートアイランド現象のせいで、じっとしてるとフライパンの上で焼かれているかのようにジリジリと熱く、川の対岸も似たようなものなのだが、ところが川の三角州にある巨大な島に目をやれば、そこだけ何故かマングローブの密林が鬱蒼と茂っていた。

 

 どうして川を挟んでここまで環境が違うのかと言えば、とどのつまり、元々この辺は放っておけば湿地帯だったのだ。

 

 後で知った話だが、マングローブは三角州という土地柄のせいで手がつけられないから放置されているだけで、気をつけていないとその島に魔族が入り込む危険性があるらから、実はこの基地の防衛ラインは海岸線ではなくて、このマングローブの生えた河口一帯というのが正しいそうである。

 

 その河口の先は大きな入り江が広がっており、人工的に作られた砂浜のマリーナには、多数のホバークラフトが停泊していた。普通のスクリュー船がまったく見当たらないのは、この辺がずっとサンゴ礁であるのも理由だろうが、おそらく水棲魔族を恐れてのことだろう。海中に潜む彼らに船底に取り付かれてしまったら為すすべがないから、海の上を高速で走るホバークラフトは理に適っているのだ。

 

 他に目についたのは巨大なレーダー施設と、いくつも建ち並んだ灯台であった。今は昼間であるからなんともないが、夜になるとその灯台が煌々と湾全体を照らすらしい。レーダーは係留気球を用いて、遠征中の部隊と連絡を取るためのものだそうで、なんでそんなローテクを使っているのかと言えば、アズラエルも言っていたが、この世界には大気圏外へ出る術がないから人工衛星もないからだった。

 

 そんな説明を受けながらだだっ広い基地の中を車で走り、何台もの装甲車が整然と並ぶ広場を通り過ぎ、基地で最も内陸に寄った端の方まで行くと、別段何の特徴もない近代的なコンクリートの建造物があって、そこがドミニオンの訓練校だった。

 

 教官の車を降り、言われてみれば学校っぽい風情の中庭を通り過ぎ、渡り廊下から建物の内部に入ると、そこには職員用の下駄箱があって、スリッパに履き替えさせられた。オーストラリアの学校だから土足かと思いきや、日本式に室内では靴を脱ぐらしい。名前の問題もそうだが、やたら日本が絡んでくるのは、やっぱり神がメイドインジャパンだからなんだろうか。そんな事を考えつつ、リノリウムの床をキュッキュッと鳴らしながら暗い廊下を進み、一階の端っこの方にあった校長室へと辿り着いた。

 

 そこで待っていた校長に関しては、取り立てて言うことはないだろう。校長は総銀髪の80がらみのおばあちゃんで、完全に引退ボケしており、聞けば16年前からここで校長をやってるそうなのだが、それは職業意識が高いわけでもなんでも無く、他になり手がいないから続けているだけらしかった。

 

 もはや学校経営には何の興味もないらしく、そのため鳳のことも大して不審がったりはせず、何も言わずに編入届けに判子を押した後は、机を挟んで二三会話を交わしたらそれで面会は終わってしまった。なんとも肩透かしな思いを抱えつつ校長室を辞し、すぐ隣の応接室へと案内される。

 

 それにしても、ドミニオンとはこの世界で唯一の軍隊であり、ここは対魔族戦線の要所である。そんな場所の訓練校の校長が、なんであんな無責任になれるんだろうかと首を捻っていると、鳳のために制服を持ってきてくれた教官が教えてくれた。

 

「この訓練校は元々、一度死んで再生した人が、またドミニオンになるための養育施設だったんです。再生した元ドミニオンは、子供の頃からこの施設で育てられ、基礎訓練と英才教育を経て、また立派なドミニオンへと成長する。ところが、16年前に再生が出来なくなってしまうと、新たにドミニオンとなる候補生は生まれなくなり、我々はやり方を変えざるを得なくなったのです。

 

 問題は候補生がいなくなったことだけではなく、放っておけば既存の隊員も戦闘や寿命でどんどん死んでいきますから、増え続ける欠員をどうにかして埋めなければならない。それで普通の人を屈強な兵士へと育てる必要性が出てきて、ここは子供の英才教育施設から、一般の訓練校へと業態が変わったのです。

 

 校長はその時に責任者を押し付けられた口で、教員も軍人だけではなく、広く一般から採用されました。因みに私やジャンヌは公募で入隊した一期生で、私はそれまでブリスベンで工員をやっていたんですよ」

「あー、なるほど。そういやあ、瑠璃たちも名字で役人だとかなんだかがわかるって言ってたくせに、どうして軍人やってるんだろうと思っていたら、そういうことだったんですね」

 

 教官は黙って頷いている。おそらくこんなことは誰でも知ってる常識で、そんなことに感心している鳳の姿は相当不審に見えているだろうが、空港からの一連のやり取りでもう色々と察してくれているらしい。もしもウリエルの名前がなければ、今頃警察に突き出されているか、黄色い救急車に乗せられている頃だろう。これからこの訓練校で過ごすにあたって、ボロが出ないように気をつけねばなるまい。

 

「あなたには今年から新設された戦術科へ編入してもらいます。真面目な生徒が多く、詮索はされないでしょう。丁度、休暇明け最初の講義が始まるところですから、詳しい内容はそのとき教官が話してくれるでしょう。オリジナル・ゴスペルの見学については、また後日に。見たいと言ってすぐに許可が下りるものではないので、機会が訪れ次第連絡します。後は……宿舎は言われたとおりに一人部屋を用意しておきました。到着を寮監に伝えておきますので、今から行って確認してください。案内ですが、これは瑠璃さんたちに任せていいですか?」

 

 話を振られた三人娘が頷いている。彼女らはここの卒業生だから、きっと在学中にはその宿舎に住んでいたのだろう。おそらくジャンヌもそうなのだろうが、瑠璃たちに頼んだのは、まだ在学中の知り合いがたくさんいるこっちのほうが適任だと思ったのだろうか。

 

 ジャンヌはジャンヌで、ここに滞在中は職員用の宿舎で寝泊まりするから、そっちの方に案内されることとなり、鳳たちは一旦別行動をすることになった。

 

 また下駄箱で靴に履き替え、最初に入ってきた正門とは逆の方へと歩いて校舎裏に出ると、そこには多分一周800メートルはあるかなり大きなグラウンドと、併設するように遠くの方に射撃練習場が見えた。他にも見慣れないアスレチック施設が散見されるのは、ここが軍隊の教育施設である証拠だろう。

 

 炎天下の中、相変わらず木の一本も生えていないグラウンド突っ切って、謎のアスレチックの間を通り抜けると、その先に大きな建物が見えてきた。遮るものが何もないから校舎裏に出たときから見えていたのだが、行き先から考えて多分そこが宿舎で間違いないだろう。

 

 女三人寄れば姦しいというが、先導する三人娘は久しぶりの学校が懐かしくて仕方ないのか、鳳のことなどそっちのけでペチャクチャとおしゃべりを続けている。大抵、こういうとき男は黙っているしかない。彼女らの落ちも中身もないような話を聞いていると、男と女は全く別の生き物だということを再認識させられた。

 

 ところで、こっちから見えているということは、あっちからも見えていたのだろう。鳳たちが宿舎に近づいていくと、いつの間にかその玄関先に人だかりが出来ていた。

 

「きゃあああーーーーっっ!! 瑠璃お姉さま! 琥珀お姉さま!!」

 

 女三人寄れば姦しいというが、百人いれば兵器にもなるだろう。突然、耳をつんざくような絶叫が轟いて、冗談抜きに鳳の三半規管を揺さぶった。まるで出待ちするジャニーズファンのように次から次へと女性が押し寄せてきて、なんだなんだと驚いている鳳を押しのけ、あっという間に瑠璃たちを取り囲んだ。

 

 突然、バーゲンセールの会場みたいになってしまった宿舎の前で、鳳は脇に退けられて耳をふさいでいるしかなかった。いきなりやってきたその群衆が、口々に瑠璃や琥珀のことを褒めそやしているのはわかったが、みんな興奮して自分勝手に喚いているせいで、実際何を言ってるかは殆ど聞き取れなかった。昔とあるアイドル声優のライブ会場から、ほっほーホアアーホアーと聞こえてきたそうだが、そんな感じである。

 

 取りあえず聞きとれるだけの頭の悪そうな単語を拾い集めてみれば、先輩スキスキ超愛してると彼女らは言いたいらしかった。瑠璃たちはここを卒業してまだ間もないらしいが、この様子を見るからに在校中は人気者だったのだろう。どちらかと言えばヘボいイメージしかないが、お姉さまと呼ばれて慕われている姿は、彼女らが相当優秀な訓練生であったことを物語っていた。

 

 しかし、女子校特有のわけのわからないノリと思えばそのテンションもわからなくもないが、ここが軍事施設だと思うとやっぱりわけがわからなかった。こんなんで本当に、彼女らはドミニオンになれるのだろうか。あのマダガスカルでベヒモスと死闘を繰り広げた部隊を思い出すと、とても信じられなかった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっと通してくださいまし」

 

 そんなことを考えつつぼんやり騒ぎを眺めていると、中から必死に人をかき分けて瑠璃が抜け出してきた。もみくちゃにされた髪は乱れて顔は真っ赤に紅潮している。背後にはそんな瑠璃の後ろ髪を引っ張りたそうに、物欲しげな顔で見送る女性の姿が散見され、彼女らのその瞳は瑠璃の行く先に立っている鳳をロックオンするなり、キッと吊り上がった。

 

「おおと……シロ様、ご案内の途中に申し訳ございませんわ。いきなりのことで驚かれたでしょう」

「人気者なんだな。別に俺のことは構わないから、旧交を温めてきたらいいよ。あとは中で寮監を探せばいいだけだろう?」

「頼まれごとを途中で投げ出すわけには参りませんわ。それに、寮監には私もお会いしたいですから」

 

 瑠璃はそう言うが、さっきから彼女と親しげに話している鳳のことを、おまえ何様なんだよと睨みつける視線が痛くて仕方なかった。変に目立ちたくないので放っておいて欲しかったが、瑠璃はそんな視線にまったく気づかない素振りで、

 

「琥珀はああ見えてこの訓練校を主席で卒業したエリートですの。今となっては数少ない生粋(ネイティヴ)のドミニオンですし、在校中はそれはそれはすごい人気でしたわ。お陰で私はいつもそれに巻き込まれて大変でした」

「え? ふーん、そうなんだ……」

 

 そう言う瑠璃の口調はまるで他人事のようだった。鳳が見るに、瑠璃も相当な人気者のようであったが、こいつ主人公体質なんだろうか。

 

「お姉さまなんて呼ばれてるけど、学年とかあるの? 訓練校だからそういうのは無いと思ってたんだけど」

「ええ、まあ、三つほど。本当は訓練生同士に上下関係はないんですけど、入学時期に差がありますから自然と。あとはテレビのせいですわね。みんなおかしなドラマに影響されて、やたら姉妹の契りなんてものをしたがるんですわ」

「姉妹の契り?」

 

 瑠璃はもじもじしながら、

 

「告白して……お付き合いをして、キスをしたりイチャイチャしたりするんですわ」

「そのまんまかい。あー、そういや空港で桔梗に見せられたけど、百合ドラマ。本当に流行ってるんだな」

「あの子は本当に……あんなもの何の役にも立ちやしませんし、バカになるから見るなって言っているのですが」

 

 意外にも、瑠璃は百合ドラマはあまり好きじゃないらしい。ジャンヌのことをお姉さまとか呼んでいたから、てっきりそっち系の人だと思っていたが……

 

「昔からドラマでは愛だの恋だのが語られてきましたが、私にはそれがどうしても嘘くさく思えて仕方なかったんですの。女性同士の愛情は肉欲を伴うものではありませんわ。桔梗は愛というものを誤解しているんです」

「こりゃまた辛辣だね。どうしてそう思うんだ?」

 

 友達同士だから許されるのだろうが、瑠璃がこんな思いっきり誰かを批判するとは思わず、鳳はびっくりして聞き返した。正直、どうでもいい話だったのだが、返ってきた彼女の考えは割りとしっかりしたものだった。

 

「聖書をしっかりと読めば書いてあります。愛には種類があるんですわ。多分あなたも聞いたことがあると思いますけど、神様や母親の子に対する愛情のことをアガペーといい、それに対して肉欲を伴う性愛のことをエロスといいます。

 

 そしてもう一つ、友達同士が相手を思いやる心……これも一種の愛情ですが、このことをフィリアと呼ぶんです。昔からキリスト教では、友情もれっきとした愛に数えられていたのですわ。

 

 ところが百合ドラマはこのフィリアとエロスをごっちゃにしているものが多いんです。友達を助けたい、喜ばせたい、チームのみんなの力になりたい、そういう友達を思う純粋な心を、百合ドラマはまるで切り貼りのように何でもかんでもエロスに結びつけてしまうから、歪な恋愛模様がそこに繰り広げられてしまう。でも、そのことに誰も気づいていないんですわ」

「ははあ……なるほどなあ」

 

 確かに瑠璃の言う通り、友情と愛情をごっちゃにしている物語は昔からよくある。例えば、死線をくぐり抜けた男女が恋愛関係になるようなテンプレストーリーがあるが、それをそのまま同性同士に当てはめてしまうと、同人レベルでは問題ないが、一般にはまず受け入れられない。だから同性愛は書くことが難しいのだが、書いてる作者がそれに気づいていないのだ。

 

「近年、やたらと頬を赤らめるスポ根漫画が流行っているが、そういう反応に違和感がないのは腐女子だけだと肝に銘じて欲しい」

「何を言っているかわかりませんが、概ねその通りですわ。だから私は姉妹の契りに反対なのです。そういうことは、ちゃんと異性間でするのがいいんじゃないかって思うんですわ」

 

 そう言うと瑠璃はほんのりと頬を赤らめながら、鳳の腕におっぱいを押し付けてきた。その感触は男としてはとても幸せで、彼は思わず鼻の下が伸びかけたが、正直、今は状況が悪すぎた。

 

 その時、本当に数秒間だけ、けたたましかった群衆の声がピタリと止まった。風が吹き抜け、砂埃が舞い、自分の心臓の音だけが本当に耳まで届いていた。ドクンドクンと耳たぶで脈打つその音が、きっかり3回半ほど鳴り響いた時、また突然、辺りには騒然となり、何事もなかったかのように動き出した。

 

 鳳は慌てて自分の腕にぶら下がっている瑠璃を振りほどくと、不満げに唇を尖らせて抗議の声をあげる彼女を無視して、周囲に目を走らせた。見たところ、鳳たちの方を注目している者はいない。だが、不穏な空気だけはビンビン届いていた。

 

 瑠璃は自分のことを琥珀のおまけくらいに思っているようだが、さっきの騒ぎからしてそんなことはないのは明らかだ。気がつけば全身に冷や汗をかいていた鳳は、額から流れ落ちる汗を手の甲で拭った。今のを見て誰もなんとも思っていなきゃ良いのだが……しかしそれが虫のいい考えであることは言うまでもないことを、彼はすぐ思い知ることになる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。