ラストスタリオン   作:水月一人

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おい、見ろ。戦争だってよ……

 300年前の魔王襲来時、伝説の五精霊が復活したにもかかわらず劣勢に立たされていた帝国は、最後の賭けに出た。古の禁呪、勇者召喚によって異世界から勇者を呼び出したのだ。彼は人々の期待に応え見事に魔王を討ち滅ぼし、そしてこの世界に平和が訪れた。

 

 そんな勇者には3人の仲間が居た。一人はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。現在ではオルフェウス卿アマデウスの名で呼ばれた彼こそが、最初は救世主だと思われていたそうである。

 

 魔王が襲来し、魔族が無差別に人々を襲うという時代、彼の生み出す歌と音楽は人々を勇気づけた。彼の音楽に触れていると、何故か力が湧いてきて、人々は神人に頼らずとも魔族と戦えるんじゃないかという気持ちになれた。それは正に魔法だったのだ。

 

 現在では共振魔法(レゾナンス)と呼ばれ、広く認識されている現代魔法(モダンマジック)は、こうして彼の手により生み出された。人々は陽気な彼を慕って集い、それがいつしか一大勢力にまで成長し、帝国に侵入しようとする魔族と最前線で戦い始めたのである。

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチはそんな人々の中に現れた稀有な人材だった。彼は人間にも関わらず、なんと古代魔法(エンシェント)を使う魔法使いだったのだ。それだけを聞けばジャンヌ達と変わらないが、彼が違ったのは幻想具現化(ファンタジックヴィジョン)を生み出したことだ。

 

 彼の描く絵画には魔が宿り、それが現実のものとして取り出せた。彼はこの力を使ってこの世界には存在しなかった兵器、銃や大砲を創り出して、人類が魔族と戦うための足がかりとした。

 

 ヘルメス卿アイザック・ニュートンは前者二人とは違って、これといった特技らしい特技はなかった。しかし彼はそんなものは関係ないくらいの、いわゆる知識チーターだった。レオナルドが創り出したライフルを量産したのも彼だった。その他、彼の持つ力学の知識をフル活用し、砲術の基礎をまとめ、要塞の強度設計の見直しなど建築関係にも力を注いだ。

 

 アイザックが最も優れていたのはその政治力だった。彼は帝国の貴族と渡り合い、人類を魔族と戦う対等のパートナーとして認めさせた。また戦後は、前世で造幣局長だった経験を活かし、通貨改革を敢行して、混乱していた帝国経済を見事に立て直した。彼はその功績を讃えられ、当時空位だったヘルメス伯の地位を授けられ、帝国貴族となった。

 

 オルフェウス卿アマデウスも同じく帝国貴族に叙されたが、こちらはアイザックとは違って、単なる名誉職みたいなものだった。彼もまた、勇者と同様に領地は与えられず、戦後は勇者に従って大森林の魔族の残党狩りへ向かい、その後、歴史に彼の名前は登場しない。

 

 レオナルドは他の仲間達とは違い、戦後は一線を退いて隠居生活に入ったそうだ。彼は自分が編み出した現代魔法、幻想具現化を改良し、新たにスクロール魔法を作った。そしてティンダーやウォーターなどの便利なスクロールを量産し、巨万の富を得たそうだから、きっと悠々自適な毎日を送っていたことだろう。

 

 そしてヘルメス卿アイザックは荒れ果てた領内を統治し、帝国貴族としてその末席に連なっていたわけだが……そんな時に勇者が殺されるという事件が起きる。この時、ヘルメス卿には帝国に恭順するという選択肢もあったが……結局、彼は友人である勇者を討った帝国と敵対する道を選んだようである。

 

 ここに帝国守旧派と勇者派による300年近くにも及ぶ戦いの火蓋が切って落とされたわけだ。初代ヘルメス卿は戦争が始まるや、間もなくその戦闘によって命を落とすことになる。以来、代々のヘルメス伯は勇者派の首魁として、帝国との戦争の矢面に立ち続けているわけだが……

 

 さて……城の中にあった謎の空間で出会った少女、メアリー・スーはこの初代アイザックによって城の結界(?)の中に閉じ込められたようであるが、ここに矛盾が存在する。

 

 というのも、彼女はあの空間に、魔王から逃れるために入ったと言っていた。しかし、歴史を紐解いてみれば、アイザック・ニュートンがヘルメス卿となったのは、魔王討伐後。つまり、魔王がいる間は、まだあのヴェルサイユ宮殿を模した城は存在していなかったのである。

 

 じゃあ、何故、彼女はあそこにいるのだろうか。嘘をつかれてまで。

 

 そして、何故、彼女は幼馴染(エミリア)にそっくりなのだろうか。

 

 何故、この世界にはエミリアという名の神様が居て、その化身(アバター)がソフィアなのか……

 

 この世界のいわゆる古代魔法(エンシェントマジック)は、鳳たちの世界のゲームシステムをそのまま踏襲していて、ソフィアが生み出したと言われる神人のみが使えるものだった。

 

 ところが300年前、二人の天才が現れて、現代魔法(モダンマジック)という新しい魔法系統を作り上げ、そして現在、世界には2系統の魔法が存在している。これにより浮き彫りになるのは、古代魔法とはエミリアの存在が前提とされる、エミリアの魔法だったということだ。

 

 この世界は、エミリアがいなければ、神人も、魔法も、勇者召喚もありえなかった。

 

 この世界には創世神話があるようだが、冗談抜きで、この世界はエミリアから始まっているのである。

 

 一体、幼馴染(エミリア)に何がおきたんだ?

 

 それを知るには、300年前にブレイクスルーを起こした3人の天才のことを知る人物……そして自分の幼馴染にそっくりな少女……メアリー・スーにもう一度会ってみたいと、鳳は考えた。

 

*********************************

 

 月のない晩のこと、闇夜に乗じて、アイザックの居城の庭園の中を、不審な影が蠢いていた。ジャンヌは人気のない庭園に忍び込むと、コソコソと周囲を気にしながら、鳳に指示された通りの場所を目指していた。

 

 街外れの丘から城を眺めてみると、庭園に3本の大きな木が見える。その真ん中に隠し通路があると言うのだ。そして、ジャンヌが言われた通りの場所を調べてみたところ、その通路は実在した。彼はそれを発見するや、パーティーチャットで鳳に話しかけた。

 

『白ちゃん白ちゃん……聞こえますか?』

『ああ、感度良好だ。どうだった?』

『うん、あなたの言ったとおりの場所に隠し通路があったわ。茂みの奥をかき分けたら、枯井戸に偽装してるけど、その中は通路になってるみたい』

『そうか……じゃあ、あの爺さんの言ってたことは全部本当とみて良さそうだな……』

 

 彼が昔、あの城で暮らしていたことも、そして、勇者領の重鎮5人が行方不明になってることも……5人と聞いて思い出すのは、やはりあの城の地下で見た5つの死体だ。アイザックはあれを使って、何をやったというのだろうか……あの死体と、自分達との関係は? 無いとはとても思えない。

 

『どうする? この先も確かめてみる?』

『いや、見つかったら元も子もない。これ以上深入りするのはやめとこう』

『わかったわ』

 

 ジャンヌは踵を返すと、身を屈めてもと来た道を戻り始めた。本城から少し離れているとは言え、ここも一応城の中のはずだが、ここに来るまで歩哨の気配は皆無だった。もし隠し通路の存在を知っているなら、こんなに無防備なはずはないから、もしかしたら城の人間も知らないような通路なのかも知れない。なら、下手なことをして気づかれるより、今は大人しく引いておいたほうが無難だろう。

 

 そう考えると、それを知っていたあの老人の正体が余計に気になった。彼は本当に、かつてこの城に住んでいたのだ。この城を攻めるならどうする? なんて言っていたが、多分、ヘルメス卿の敵と言うよりは味方なのだろう。じゃなければ、こんな情報知るはずもない。

 

『本当に、その老人は何者だったのかしらね……』

『そうだな。こんな情報を知っていたことも胡散臭いが、それをわざわざ俺に教えたのも胡散臭い。これってつまり……俺たちが何者か、勘付いてるってことだろう?』

『そうかも知れないわね……それに、5人でしたっけ? 勇者領から消えた重鎮の数は。それが、城の地下室にあった死体の数と一致する。そして同じ空間に閉じ込められた女の子が……ソフィアにそっくりだったと』

『ああ、そうだ』

『うーん……おかしなことだらけね。ところでソフィアって、どんな子だったの?』

『え?』

 

 不意打ち気味の言葉に鳳は面食らった。ジャンヌはいかにも素朴な疑問を尋ねてるといった感じに続けた。

 

『今までの話を総合すると、この世界にソフィアが居たことは間違いないでしょう。そして私が使える神技にも彼女の影響が見えるわ。だからこの際、彼女がどうやったのかは置いておいて、どうしてこんなことをしたのか……それを探るためにも、彼女の気質とか性格とかを知っておいた方が良いわよね』

『なるほど、それもそうか……と言っても、取り立てて目立つような性格はしてなかったんだよ。寧ろ陰キャとかオタクとか、クラスの目立たない連中の特徴を、まとめて体現してたのがエミリアだった……テストはいつも平均点。身長も真ん中くらい。運動神経は無くて、大概の競技でドベだった。

 

 ただ……とんでもなく、あれだ、美少女だったんだよ。それが、アニメとか漫画とか、そっち方面にばっかり興味を示すから、下手に目立ってしまったんだ。ほら、日本人って何故かオタクのことを軽蔑してるだろう? 見下してもいいって雰囲気さえある』

『そうね……そうだったわ』

 

 ジャンヌはげっそりとした感じでそう返した。

 

『仲良くなったあとに知ったことだけど、エミリアのお父さんは欧州の某有名ゲームデザイナーだったんだって。彼は子供の頃から日本のテレビゲームをやって育ったから、日本に憧れを持っていて、会社が日本に拠点を構える事になった時、自ら進んで転勤を志願したそうだ。

 

 エミリアはそんなお父さんの話を聞いていたから、きっと包容力のある素敵な国なんだって、日本に幻想を抱いてたそうだよ。でも実際に来てみたらオタクは常に肩身の狭い思いをしていて、何もしていないのに性犯罪者みたいな目で見られる。それで大分幻滅していたみたいだ。だから俺が話しかけなければ……欧州に帰っていたかも知れない』

 

 振り返ってみればあれは間違いだったと、彼は確信を持ってそう言えた。あの時無理して話しかけなければ、きっとその後、彼女が傷つくこともなかったろうし、鳳も今ここでこんなことをしていなかったはずだ。

 

 だが……もしそうしていたら、彼は彼女のことを好きになることは無かっただろう。楽しかった思い出だって、ちゃんとあるのだ。放課後の学校で先生に隠れて、二人仲良く肩を並べて、RPGのボスを攻略したことも。限定トレカを手に入れるために、隣町に出張したことも。禁止されてるゲーセンで、大昔のレトロゲームに、10円で何度も何度も挑戦したことも。それが間違いだったとは思えなかった。

 

『そう……白ちゃんはやっぱり、本当にソフィアのことが好きだったのね?』

『え?』

 

 ジャンヌがポツリと呟くように言った。

 

 鳳は反射的にそんなことはない……と言いかけたが、今更隠してもしょうがないと思い、どこか突き放すような投げやりな感じで続けた。

 

『ああ、好きだったよ。でもそれに気づくのはいつも失ってからだ。あいつといられたのは本当に短い時間でしかなかったけれど……俺はその貴重な時間の中で、彼女のことよりも周りの目ばかり気にしていたよ』

 

 彼女と居ると、いつもチャラい連中に睨まれた。オタクでしかない鳳は、自分よりも体が大きくて威圧的な先輩たちに、いつも怯えていた。おまえに彼女は似合わないと言われたら、おっしゃる通りだと同意していた。だから、いつしか彼女と一緒にいるよりも、彼女をいかに遠ざけるかと、そんな事ばかり考えていた。

 

 中学に入ってから、慣れない運動系の部活に入ったのもそうだし、先輩に彼女を差し出したのもそうだった。勇気が持てなかったのだ。しかし、当時の鳳に勇気を出せと言ったって、それは無理な話だろう。彼女はいつもそばに居た。居なくなって初めてそれが永遠じゃないと気づくのだ。

 

 そんな初恋の失敗談を話していると、だんだんと空気が重くなってきた。鳳は努めて明るく振る舞うと、ジャンヌに向かってお返しとばかりに尋ねた。

 

『つーか、ジャンヌはどうなの? あっちに、好きな人っていたのか?』

『え!? えええ~!? い、いないわよ、そんなの』

『おい、今更隠し事なんかするなよ、俺だけ話したんじゃ不公平だろ』

『そそそ、そんなこと言われても……年上をからかうもんじゃないわ』

『都合のいいときだけおじさんぶるなよ。そういや、おまえの好みってどんなの? ホモになった切っ掛けってやっぱあるの?』

『ないない、ないってば! 私は今まで人を好きになったことなんてないってば』

『そうなの……? まあ、いいけどよ』

 

 もし誰かを好きにならなければ、ホモになんかならないはずだ。でもどうしても話したくないなら、無理に聞くようなことじゃないだろう。きっと忘れたい過去があるのだ。自分だってそうだ。傷を舐めあったところで虚しくなるだけだ。

 

**********************************

 

 それからおよそ一ヶ月が経過した。

 

 鳳たちはこの街にやってきてからずっと世話になっていた安宿を出て、新たに建てた小屋へと引っ越した。最初は鳳が一人で引っ越すつもりだったのだが、ジャンヌがどうしても自分もついていくと言って聞かないので、結局二人で住むことになった。

 

 鳳としては、いつまでもジャンヌに頼り切りってわけにもいかないからと思っての行動だったが、そのことを彼に話してみたら、頼っているのは鳳ではなく、寧ろ自分の方だと反論された。

 

 考えても見れば、右も左もわからない土地に放り出されて、同郷のものがいるだけでどれだけ心強いだろうか。海外留学なんかでも、日本人は日本人、同郷ばかりで集まっているではないか。要はそういうことだと言われて妙に納得した。

 

 そんなわけで、二人は改めて対等なパートナーとして、この世界でやっていくことに決めた。鳳が挫折して冒険者をやめたことも、ある意味では功を奏した。鳳は薬屋として、ジャンヌは引き続き冒険者として、別々のことをやっていれば、不用意にお互いの生活に踏み込むことがなくなるからだ。

 

 小屋を建てる際にはギヨームが駆けつけ、色々と世話をしてくれた。もはや彼のほうが、よっぽどジャンヌの相棒としてふさわしいような気がしていた。その旨を伝えてみたら、心の底からやめてくれと真顔で返されたが……

 

 建築にはツーバイフォー材が非常に活躍した。まさかそんな規格が存在するとは思いもよらなかったが、小屋を建てようとして材木屋に行ったら、どこもかしこも当たり前のように置いてあったのでびっくりした。

 

 元の世界でもツーバイフォー建築は、アメリカの開拓時代に流行したのが始まりだったそうだから、こっちの世界でも新大陸への移民ラッシュの際に自然と規格が出来上がったのだろう。もしくは、これにも放浪者が関わっているのかも知れない。

 

 トタン屋根も、外壁材に染み込ませるためのクレオソートやコールタールも簡単に手に入った。何しろ、貧乏人が集まって出来た街だから、この辺では家を自分で建てるのが当たり前らしく、新築を建てていたらあちこちから人が集まってきて、頼んでもいないのに色々とアドバイスしてくれた。お陰で思ったよりも立派な小屋が建ち、家具まで一式揃ってしまった。間取りとしては鳳のおクスリ工房を中央に建てて、その左右にそれぞれの寝室を設けた格好である。

 

 竣工お披露目パーティーには、魔法具屋の店主やギルドで知り合ったメンツも集まってきて、思ったよりも賑やかになった。これでもし城の仲間と連絡が取れれば最高だったが、残念ながらパーティーチャットも繋がらないし、城には近づけないので断念せざるを得なかった。

 

 いつかほとぼりが冷めたら会いに行きたいところだが、一体いつになることやら……

 

 しかし、そのいつかは割とすぐにやってきた。

 

 そして、二人の新しい生活も、いつまでも順風満帆とはいかなかった。

 

 ある日、アイザックの城から兵士が大勢やってきて、街の広場に何かを建て始めた。最初、鳳たちは自分達を探しに来たんじゃないかと、気が気じゃなかったが、どうやらそれは取り越し苦労のようであった。しかし、兵士たちがこの街にやってきた用向きは、それよりもっと深刻なものだった。

 

 兵士たちが城へ帰っていくと、広場には一枚の大きな看板が残されていた。街の人達がその周りを取り囲んで喧々諤々としている。兵士に見つからないように遠巻きに見ていた鳳は、何があったんだろうかと近づいていくと……

 

 その途中で飛び込んできた街の人たちの会話を耳にして、彼は思わず立ち止まった。

 

「おい、見ろ。戦争だってよ……」

 

 ギョッとして見上げた看板には、募兵の二文字が踊っている。鳳は、突然、自分の身に降り掛かってきた危機をすぐには認識できず、ただその場で立ち尽くすばかりだった。

 


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