ラストスタリオン   作:水月一人

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戦術科

 宿舎内のトイレが女子のサンクチュアリになっていることに尻込みした鳳は、誰にも邪魔されず自由で豊かなうんこをするため、校舎のトイレを目指して外出しようとし、下駄箱から自分の靴が無くなっていることに気がついた。

 

 ゴミ箱の中から発掘して、ぐぬぬ……と怒りを堪えつつ、とにかくうんこをしなきゃ始まらねえと靴を履き替え、校舎にいって用を足して帰ってきたら、下駄箱の中に今度は謎の怪文書が紛れ込んでおり、なんだなんだと目を通して見れば、校内SNSに遊びに来てね☆彡と書かれてあったので、嫌な予感しかしないけど一応支給されたタブレット端末からログインしてみたら、そこは学校裏サイトで、案の定掲示板は陰口でいっぱいだった。

 

 匿名掲示板の陰湿さに悔し涙を流しつつ、ちんこちんこと1万回くらい連打してから意味が無いことに気づいて端末を放り投げ、気分を変えて明日からの講義の予習でもしようかと渡された教科書を開こうとしたとき、今度は名前の欄に『淫乱ビッチ』と記入されていることに気づいて本当に泣きたくなった。

 

「女ってマジ陰険だな、いや、俺も今は女なのか……?」

 

 TS漫画ならこのあと相談した親友に襲われる展開だなどと考えつつ、淫乱ビッチはあんまりなので取りあえず消そうと思って筆入れを開けたら、ホッチキスの芯が一本一本解体されていて、新品の消しゴムにブスブス突き刺してあった。どんな嫌がらせだ。

 

 こりゃあ明日からが思いやられるなと、夕食も取っていないのになんだか胸が一杯で食欲も減退してきてしまい、今日はもう早めに寝てしまおうかと、画鋲が落ちてないか確かめてから寝床に入り、沈みゆく意識の中で、あまりにも疲れ果てて本当に秒で眠れてしまえそうだぞ、3・2・1……と数えていたら、

 

 ズドオオオオオオオオオーーーーーーーンッッッッッッ!!!!!!!

 

 っと、全身をビリビリ震わす轟音で飛び起きた拍子に、ベッドの二段目に頭を思いっきりぶつけて、鳳の目から火花が散った。

 

「のわああ?! なんだなんだなんだ!!?」

 

 脳天を突き抜ける猛烈な痛みにクラクラしつつ、目を瞬かせてベッドの外を見れば、煙った室内のど真ん中には、何故かバズーカを抱えた少女が胡乱な目つきで佇んでいた。彼女は鳳が起きたことを確認するなり、ゴキブリでも見るような目でじろりと睨みつけると、そのまま何も言わずに回れ右して部屋から出ていった。

 

「………………高田純次かよっ!」

 

 窓の外を見れば、いつの間にか暗かった空が薄っすらと白んでおり、一瞬にして早朝に変わっていた。もちろん太陽が逆回転したわけではなく、どうやらマジで3秒で眠ってしまったらしい。

 

 中途半端に寝てしまったためにまだ体はクタクタに疲れていたが、バズーカの轟音で興奮しているのか、それともお腹がぐうぐう鳴っているせいか、二度寝する気は起きなかった。

 

 仕方ないのでベッドから這い出し、学校裏サイトのソースを開いて、見たことのないスクリプトを解読していたら丁度いい時間になっていたので、トイレの前で行列を作っている女子共を尻目にまだガラガラの食堂に駆け込み、嫌がらせを受ける前にさっさと朝食をかき込んだ。

 

 腹ごしらえをして部屋に戻りがてら、あちこちから突き刺さる視線のどれが敵でどれが味方なのだろうかと考えつつ階段を昇っていると、ドンと誰かに突き飛ばされて本気で転げ落ちそうになった。

 

「おい、こら! 洒落になんねえぞ!!」

 

 何者かは分からないが脱兎のごとく駆けていく後ろ姿に怒鳴っていたら、正面からやって来た別の女子が通りすがりにチッと舌打ちし、

 

「死ねばよかったのに……」

 

 とつぶやき通り過ぎていった。どうやら全方位敵しかいないアウェーに紛れ込んでしまったらしい。魔王に殺される前に女子に殺されないよう、これからは注意を払って生きていかねばならないだろう。

 

「ごきげんよう」「ごきげんよう」「皆様ごきげんよう」

 

 それにしても、自分はここに何をしに来たんだっけ……? マリみてみたいなお嬢様たちが優雅に挨拶を交わす中を、コスプレみたいな格好をしながら学校に向かい歩いていると、乙女ゲーの世界にでも転生してしまったような気がして頭が痛くなってきた。しかもこいつら意外とヴァイオレンスなイジメをしてくるのだ。

 

 ミカエルは、レヴィアタンと戦う戦力をここで揃えろと言っていたけれど、どう考えてもここでまとも人材が見つかるとは思えなかった。本当にこいつらは将来軍人になるのだろうか。何かの間違いなんじゃないのか。この調子で育てられた軍人が、まともに戦えるとは思えない。

 

 通り過ぎる教室の一つ一つからは例外なく動物園みたいな声が聞こえてきて、もしかしてここは前線の軍事基地ではなくて、ジャンヌたちに謀られているんじゃないかと本気で心配になってきた。

 

 もう、こんな場所さっさと見切りをつけて、パースに戻った方が良いんじゃないか。なんならサムソンとミッシェルの三人だけで魔王討伐に向かったほうがマシなように思える。

 

 ところが、そんな暗澹たる気持ちを抱えながら進んでいくと、渡り廊下を挟んで校舎が切り替わり、今度は異様なくらい校内は静かになっていった。

 

 静まり返る廊下には、パタパタという自分のスリッパの音だけが響いている。さっきまでの騒ぎはなんだったのだろうか。もしかして、教官にも騙されているんじゃないかと疑心暗鬼になりかけたとき、目的地のドアに昨日言われたとおり『戦術科』のプレートが掛かっているのが見えてホッとする。

 

 そう言えば、戦術科は今年になってから新設されたばかりと言っていたが、普通の学校と同じように、科が違えば通っている学生の質も違うのかも知れない。そんなことを考えつつ扉を開けると、予想通りと言おうか、それとも想像以上と言ったほうが良いか、個性あふれる面子がそこには並んでいた。

 

 教室に入ってまず目についたのは、教卓の真ん前の席に座っていた厳ついおっさんの顔だった。いやもちろん、おっさん顔をしているだけで、彼女は女性なのだろうが、とにかく体が大きくて、歴戦をくぐり抜けた戦士のような風貌をしており、年齢もとても10代とは思えず、4~50代にしか見えなかった。

 

 そうやって見渡してみると、教室には彼女以外にも年配の人がちらほらいて、一応10代の若者っぽいのもいるにはいるが、平均すると20代後半から30代くらいがその教室には集まっていた。

 

 まるで夜学みたいだが、これ如何に……? 取りあえず、空いている席にこそこそ座るも、宿舎の時とは違って誰も鳳に関心を示さなかった。その様子からしても、ここは本当に人種が違うようである。

 

 それで思い出したが、元々この訓練校は、再生が出来なくなった人類が、減り続けるドミニオンの隊員を補充するために、一般に公開した施設だった。だから訓練生も若い娘ばかりではなく、人によっては長く社会人を続けてから、転職したのもいるのだろう。実際、鳳だって宿舎のJKたちよりも歳を食っているのだから、もっと早く気づくべきだった。

 

 どうやらこの訓練校は、さっきのキャピキャピしたJKみたいなグループと、この教室みたいに不退転の決意で転職してきたグループとで二極化されているらしい。多分、この教室以外にも、年配者の混じったまともなクラスがあるはずだ。

 

「……カ……スカ……カシ……」

 

 昨日からの一連の出来事で、とんでもないところに来ちゃったなと若干後悔しつつあったが、ミカエルにクレームの電話を入れる前に、もうちょっとだけ様子を見る価値はありそうだ。少なくとも、あの歴戦の勇士は何者か気になるし、オリジナル・ゴスペルを見学させてもらうという約束もまだ果たしていない。とにかく、今はこのクラスのレベルがどんなものか知りたいとこだが……

 

「アスカ・シロ! 居ないのかアスカ・シロ!!」

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか教卓の前に教官が立っていて、こっちをじろりと睨みつけていた。鳳はその姿を見てもまだ暫く呆けていたが、呼ばれているのが自分の偽の名前だと気づくと、やっちまったとばかりに慌てて返事をした。

 

「はい! います! アスカいます! チャゲいません!」

「貴様、編入初日にお大尽だな。特例で入隊した者が来るというからどんなやつかと思っていたら……立て」

「はっ!」

 

 鳳は内心渋々ながら、気付かれないように背筋をピンと伸ばして立ち上がった。教官は丸めた教科書をバシバシ叩きながらゆっくりと彼の方へと歩いてくる。いきなりビンタされたりしないだろうなと冷や汗をかいていると、彼女は鳳の前で立ち止まり、

 

「戦術科は今年度から新設された士官候補生の育成専科だ。ここを無事に卒業できたら、諸君らは晴れて他人の命を預かる士官として各地に赴任することになる。よって責任は重大であり、落第だって十分ありうる。そんなところへ前期課程をすっ飛ばして、いきなり後期から編入しようなどという輩がいるというから、今日は前期の復習も兼ねて色々説明してやろうと思っていたのだが……どうやら貴様にはその必要はないようだな」

「サー! 申し訳ありません、サー!」

「……返事だけは立派だな。言い訳をしないところは良い。だがサーを付ける必要はない」

「はっ! ありがとうございます!」

 

 教官は威勢だけは良い鳳の返事に、フンッと鼻を鳴らし、手にしていた教科書をパラパラめくると、

 

「貴様が小隊を預かる部隊長だと仮定する。現在、貴様の部隊は森林と草原の境界部分を進軍中だ。森林には伏兵の可能性があるが、貴様の部隊は前衛と合流するため、可及的速やかにここを進軍しなければならない。草原は十分に広く、森林から離れて進軍することも可能だ。この場合、貴様はどういうルートを取るか」

 

 鳳はいきなりの質問に面食らいながらも、これ以上心証を悪くしないよう咄嗟に答えた。

 

「はっ! 森に出来るだけ沿って、草原を速やかに進軍します」

「理由は?」

「森から離れ過ぎれば、かえって森の中が見えず、伏兵がいても気づけません。また森に入れば進軍速度が落ちます。だから伏兵を警戒しつつ、森に沿って歩きやすい草地を進軍するのが上策と思われます」

「その場合でも、森に潜む伏兵に気づかず奇襲を食らう可能性があるのではないか」

「寡をもって大軍を破ることを奇襲と言います。敵に同規模の兵があるなら、森に伏せて乱戦に持ち込むより、もっと良い策があるはずです。従って、伏兵があるとすれば、必ずこちらよりも少数である可能性が高く、また、発見される恐れがある場合、少数の兵はより慎重にならざるを得ません。よって、襲撃を未然に防ぐ意味でも、森の内部が見やすいところを進軍するのが得策と考えます。また、開けた平野部は敵にとっても進軍がしやすく、思わぬ大軍に遭遇する可能性があります。その場合、部隊が森の近くにいれば、森に入ってやり過ごすことも出来るので、森の側面を行軍するのが良いかと思われます」

「なるほど……貴様は面白くないやつだな。いいだろう。座ってよし」

「はっ!」

 

 鳳がストンと腰を下ろして、正面を真っ直ぐ見つめていると、教官はいじり甲斐のないやつめと、つまらなそうにまた教科書をくるくる丸め、肩をとんとんと叩きながら、

 

「後期の座学ではこのような机上演習を多く取り入れることになる。転校生が今やったように、私が戦場のある場面を提示するから、諸君らはその際にどう決断するかを考える、そういう訓練だ。ところでたった今、飛鳥は一つの答えを出したが、だがこれが正解と言うわけではないぞ? もしかしたら、もっといい方法があるかも知れない。実を言うと戦場に正解なんてものはない。

 

 じゃあ、何故こんな事をやるのかと言えば、戦場に出れば敵を前にしてあれこれ考える余裕はない。だから予め様々な状況を想定し、自分なりの答えを見つけ、それを頭に叩き込んでおくのが本演習の狙いである。必要なのは、状況を整理し、解決策を考えることだ」

 

 教官は鳳の紹介もそこそこ、そのまま講義を始めてしまった。鳳は早速やらかさずに済んでホッとしながら、編入の挨拶もしなくていいのかなと思いつつ、周囲の様子を窺った。

 

 同級生たちはみんなノートを取り出してカリカリと教官の言葉を書き取っていた。やはりこのクラスは相当真面目な人間が集まっているようだ。鳳のことも殆ど気にしていないようなので、講義の邪魔をするよりこのまま黙っておいた方がいいだろう。

 

 さて、今日は後期の初日らしいのだが、こうも駆け足に講義が始まったのは、教官曰く、そんな時間がないからだそうである。

 

 戦術科は普通科と違って体力があればいいというわけではなく、あらゆる戦闘技能や作戦立案能力、実行能力、それから装備についてと、とにかく学ばねばならないことが多いらしい。ここでは本気で将来の幕僚を育てているつもりらしく、訓練生諸君はそのつもりで一層努力しろと、鯱張って念押しまでされてしまった。

 

 ところで、士官候補生を育てるのに、何故、戦術科なのか? と言えば、正直なところ開いた口が塞がらなかったのだが、ドミニオンには戦術が無いからなのだそうである。

 

 どういうことかと言えば、ドミニオンという組織は元々、決まりきった人員が、天啓に従って行動していたため、それを遂行するドミニオンどころか、天使たちさえも作戦を立案したことが無かった。つまり、作戦立案能力に長け、戦場を臨機応変に動ける士官というものが全く存在しなかったのである。

 

 そんなアホなと思いもするが、仮に魔王が現れたとしても、神様に言われた通りにしていたら間違いないのであれば、そうなるのも仕方ないことだろう。何しろ、全知全能たる神の作戦成功率は100%なのだ。

 

 そのため16年前に天啓が来なくなってしまうとドミニオンという組織はあっという間に麻痺し、暫くの間はマニュアルに従って防衛線を維持していられたが、やはりアクシデントに対処しきれず、徐々に前線を押し返されて、ここケアンズまで後退してしまったのだそうである。

 

 現在、人類はレヴィアタン勢力と対峙しているわけだが、相手は数が多い上に年々進化し続けるのに対し、ドミニオンの方には旧態依然とした作戦しか存在しないから、このまま手を拱いていてはケアンズを維持することもままならないかも知れない。

 

 そんな状況を打破するためにも、ドミニオンの幕僚たちは、新世代の士官候補生を育てるのが急務であると考え、この戦術科を新設したのだそうである。

 

 長くなったが、そんなわけでこの戦術科というのは、人類がレヴィアタンに対し攻勢に出るために作られたわけだから、ミカエルが鳳をここに送り込んだのも、ある意味理にかなっていたようだ。

 

 因みに、16年前の最前線は、オーストラリア北端の都市ダーウィンにあり、人類はオーストラリア全土と、ニューギニア島の高地をその勢力下においていたらしい。

 

 それがこの16年間で、突然変異した水棲魔族が川を遡って来るようになり、まずはニューギニア高地から撤退せざるを得なくなって、続いてダーウィンも陥落してしまったそうだ。

 

 山を登る水棲魔族と言えば、アナザーヘブンでも身に覚えがあるが、きっとこっちでも、16年間のうちに水棲魔族と何か別種の交雑があったのではなかろうか。魔族という種は、自分に都合のいい形質ばかりを獲得して進化してしまうのだから本当に性質が悪いのだ。しかし、アズラエルの用不用説が正しかったとして、魔族が新たな形質を獲得する時、それが必要か不要かはどう決定されているのだろうか。

 

 ちょっと脱線したが、話を戻すと、16年前の人類がニューギニア島の高地に飛び地を持っていたのは、そこに油田があったからだ。この世界の人口は1千万と少なく、そこまで化石燃料を必要とはしないが、それでもニューギニアにあった石油の埋蔵量は魅力的であり、人類の生活を豊かにしてくれていたわけだが……

 

 それが失われたことでオイルショックが起こり、神の不在、再生の喪失もあって、人類社会はだいぶ混乱したようである。ブリスベン空港で見かけたデモ隊の例もあるように、人口減少と資源不足は今でも格差を生み出し続けており、魔族と戦うことを理由に、その貴重な資源を乱用しているドミニオンは、経済的に追い詰められた人々の反感を買っていた。

 

 それを緩和する意味でも、ドミニオンのニューギニア奪還は急務であり、また悲願でもあった。教官は、それを実現出来る人材が、この教室で育ってくれることを期待すると言い……第一回の講義はそんな具合に過ぎていった。

 

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