ラストスタリオン   作:水月一人

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青春は命懸けなのだ

 転入初日から瑠璃を愛する百合女子たちにいじめられて、もうパースに帰っちまおうかなとぼやいていたら、講義が始まってみれば意外とまともな内容で、そのギャップに頭がおかしくなりそうだった。

 

 教官の熱い講義を受け、おっさん顔の同級生たちに囲まれながらカリカリノートを書きなぐっていたら、いつの間にか結構な時間が経っていて、午前の講義は終わり昼休みに突入していた。

 

 よほど集中していたのだろうか、パリパリと静電気が頭の中に走るのを感じながら、席を立って背伸びをする。

 

 学校なんてもう何年も通っていないから、懐かしいを通り越して新鮮な感覚がしていた。同級生たちは年齢がまちまちなせいか、あまり交流がなくて教室内は終始静かだったが、それでも昼食を一緒にとるグループくらいは出来ているようで、昼休みになると一部が集まって一緒に教室を出ていった。その会話の内容から、彼女らが食堂へ向かうのがわかったので、鳳は黙ってその後についていった。

 

 教室から出るなり、またぎゃあぎゃあとうるさい声が耳に飛び込んできて辟易した。その動物園のような騒ぎの向こう側に食堂はあるようだが、通りすがりのマリみてワールドを見ていると、果たして自分が夢を見ているのだろうか、それとも彼女らが夢のようなから騒ぎを続けているのだろうか、一体どっちが夢か現実かわからなくなった。

 

 そんな年中お祭り騒ぎみたいな校舎を横断し、気配を殺しわざとらしくぶつかってこようとする瑠璃信者たちを避けながら、どうにかこうにか食堂にたどり着くと、そこにはまた頭が痛くなるような光景が広がっていた。

 

 そこは学食と言うよりもカフェテリアに近い、過剰な装飾の施された奇妙な空間だった。床はふかふかの絨毯が敷かれており、椅子や机は全てがマホガニー製の小洒落たもので作られ、色とりどりのテーブルクロスで覆われている。大きなガラス窓の扉をくぐるとその先にはオープンテラスのデッキがあって、そこでお嬢様たちが寄り添うように肩を並べてお紅茶を喫していた。二人連れの少女たちは例外なくイチャイチャを見せつけ、昼食はとらずケーキスタンドのお菓子を摘んでいた。

 

 ごきげんようとスカートの裾を摘んで挨拶をしている少女たちを見ていたら、来るとこを間違えたのだろうかと思い、回れ右をしかけたが、後をつけてきた同級生たちが気にせず中に入っていくので、それにならってついていくと、奥の方に普通のカウンターがあってホッと安堵する。

 

 カウンターの上にはメニューが掲げられていたが値段が書いていないのでまごついたが、同級生たちは誰も財布を出したりしないで注文していたので、どうやら好きなものを頼んでいいようだとわかった。そうとわかると現金な腹の虫が騒ぎ出したので、取りあえず気になった日替わり定食AとBを両方頼んだら、

 

「ちょっとあんた、お友達に頼まれたのかい? ここでは自分で取りに来るのがルールよ。お友達にそう言ってきなさい」

 

 とおばさんに怒られたので、

 

「え? 違うよ。俺が両方とも食べるんだよ」

「本当にぃ~?」

「こんなの一個じゃ全然足んないよ。駄目なら、A定食の方を超大盛りにして?」

 

 鳳がそう言うと、おばさんは暫く彼のことを疑うようにじーっと見てから、

 

「えらいっ! 最近の若いのはダイエットだなんだって言って全然食べたがらないっていうのに、あんたは大した胃袋だよ。軍人さんは体力が命さ。いっぱい食べて、いっぱい寝て、どんどん大きく……大きくなるんだよ!」

「なんで胸を見ながら言うんだ、胸を」

「なあに、まだまだこれからさあ! たあーんとお食べー!」

 

 おばさんはそう言ってカッカッカッと豪快に笑いながら、定食を両方とも大盛りにしてくれた。気持ちは嬉しいけど、流石にこれは重すぎないか? そうは思いはしたが、たった今足りないと言ってしまった手前、黙って受け取る。

 

 2つのトレーを抱えて振り返ると、今のやり取りの間に同級生たちはどっかに行ってしまっていた。暫くの間、同じ釜の飯を食うわけだし、出来れば仲良くなっておきたかったが……まあ、あまり馴れ馴れしくして、瑠璃信者に仲間認定されてしまったら可哀相だからこれでよかったのだろう。

 

 しかし、独りで食べるのは一向に構わないが、このとち狂ったお嬢様たちの間で食べるのは気が進まないな……と思いながら手近に空いていた席に座ると、同じテーブルについていた女子が一斉に立ち上がってどっかに行ってしまった。

 

 ここは学食でレストランじゃないんだから、相席とかそういう概念はないはずである。露骨と言うかなんと言うか、鳳のことを遠巻きにしながら、ヒソヒソと何かを囁きあっている女子たちを見ながら、そうかいそうかい、君等がそういうつもりなら、こっちだってせいせいすらーと口をとがらせつつ、ガツガツと飯をかき込んでいたら、いきなり背中をパンと叩かれ、変なところにご飯粒が入ってしまった。

 

「げほげほげほげほ……なにしやがる!」

「あ、ごめんなさい。悪気は無かったのよ」

 

 てっきり瑠璃信かと思いきや、振り返ればそこにいたのはジャンヌだった。昨日別れたきりだったが、彼女も臨時教官としてここで働いているので、昼食を取りに来て鳳が孤立しているのを見つけたのだろう。

 

 背中を叩かれた時、カサカサと言う音がしたが、どうやら張り紙をされていたらしい。十分に気をつけていたつもりだったが、校舎を横切るとき瑠璃信にやられたのだろう。俺に悟られないとは、中々やるじゃねえかと強者感を演じつつ、ジャンヌに手渡された紙を見たら、『哀れ乳ホライズン』と書かれてあって、また変なところにご飯が入りそうになった。

 

「……おばちゃんに励まされたのはこういうことかよ」

 

 っていうか、気づいていたなら教えてくれればいいのに、あのおばちゃんも親切なんだか不親切なんだか……張り紙の内容の方も、悔しがればいいのか笑えばいいのか、どう反応していいか分からず鳳はテーブルに両肘をついて頭を抱えた。

 

 ジャンヌは苦笑いしながら対面の席にトレーを置くと、

 

「だいぶ苦戦してるみたいだけど、思ってたより元気そうで安心したわ」

「いきなり貧乳言われても、トンチンカンすぎてなんとも思わんからな。なんなら巨乳って書かれたほうが傷つくと思う」

 

 というか、もしも彼女らに鳳が男であると知られたらどうなっちゃうんだろうか。それにしても桔梗がなんであんなに辛辣なのかその理由がわかった気がする。学校全体が終始こんな調子なのだ。

 

「百合ドラマを見て育ったあいつらにとって、この馬鹿げた恋愛ごっこが世界の全てなんだろうな。しかし、ここは軍隊の訓練校なんだろう? 教官らはどうしてこんなになるまで放置してるんだ。流石に不安になってくるよ」

「そうね」

「そういやおまえもここの出身なんだっけ? 昔はここまで酷くはなかったんだろう?」

 

 するとジャンヌはそんなことないと首を振って、

 

「確かにここまで明け透けではなかったけれど、姉妹の契りなら昔からあったわよ。瑠璃みたいに、はんなりとして折り目正しい人が好まれる傾向も。元々、ドミニオンにそういう文化が根付いていたのもあるんじゃないかしら」

「マジかよ……なんでみんなそこまでレズに拘るの?」

「単純に恋愛対象が女性しかいないのと……あとはやっぱり、再生が出来るから命がより軽かったせいかしらね」

「……命が軽い?」

 

 ジャンヌはほらと頷いて、

 

「知っての通り、昔は再生が出来るから人間は不死だって思われていたのよ。だからドミニオンは、今よりもっと命の価値が低くて、指揮官の命令で玉砕することもしばしばあったの。実際、天啓ではそういう作戦が多かったそうよ。彼我の戦力差を、再生能力で補っていたわけね」

「……おいおい、神の作戦は成功率100%ってそういう意味かよ」

 

 鳳は聞いてた話とは、随分ニュアンスが違うと口端を引き攣らせた。

 

「でも再生できるって言っても、死ってそう簡単に割り切れるものじゃないじゃない? だから自然とみんな、自分が生まれてきた意味を求めて、いつの間にか姉妹の契りというのが流行っていたのよ。本音を言ってしまえば、みんな神様のために死ぬよりは、好きな人のために死にたいじゃない。

 

 16年前、再生が出来なくなると、姉妹の契りが持つ意味はより重くなった。迫りくる魔族を相手に誰かが戦わなければならないけど、これからはもう死んだらそれきりだから、彼女らはより強く他人を求めるようになっていったのよ。それが、あなたの言うバカ騒ぎとして現れてるわけよ。教官たちが見て見ぬ振りをしてるのはそういう理由」

「ふーん……そう考えると、連中のお嬢様ごっこが別のものに見えてくるな……」

 

 女子同士しかいないから変に思えるけど、元の世界でも、年頃の子供なんてみんなこんなもんだった気がする。テレビで推奨されるどうでもいいような価値観に振り回されて、学校なんて狭い空間の中だけで一喜一憂しているのだ。クラスの憧れの人なんて、社会に出れば群衆の一人でしかないのに、でもその時は命懸けなのだ。

 

「俺みたいな理想のカップルに割り込んだ異物は、彼女らの目には、名画に落書きをされたように見えるんだろうな」

「あら、なかなかうまいこと言うわね」

「問題は俺が描き手じゃないことだ。彼女らが勝手にそう思ってるだけで……そんなんで嫌がらせされるんじゃたまらないよ」

 

 鳳は愚痴るようにそう吐き捨てると、空になったトレーを重ねて、午後の教練を受けるつもりで立ち上がろうとした。するとジャンヌはそんな彼のことを呼び止めて、

 

「ちょっと待って、教室には戻らず、教官室に寄ってってちょうだい」

「なんで? まだ貰ってないテキストとかあったのか?」

「あなたの適応力には感心するけど、ここに来た目的を忘れたの? レヴィアタンを倒さなきゃいけないんでしょう」

「あー、そうだった……思い出したら憂鬱になってきた」

 

 ミカエルに命じられた時はなんとかなると思っていたが、その後アズラエルと話したり、こうして前線までやって来て、どんどん自信がなくなっていた。装備に関してはヘルメスの兵士とは比べ物にならないほど進んでいるのだが、正直、ここの訓練校のレベルを見てると、とてもじゃないが彼女らがレヴィアタンと戦えるとは思えなかった。戦術科の生徒は真面目でそこそこ使えそうだが、実戦で使い物になるにはまだ時間が必要だろう。

 

 鳳がそんなことを考えてぼやいていると、ジャンヌは苦笑いして、

 

「訓練生なんて最初からあてにしないでよ。あなたは使える物はなんでも使っていいって、ミカエル様に言われてるんでしょう。そのために、オリジナルゴスペルの見学も許されたんだから」

「あー、そうか。学校に入れられたもんだから、こいつらを育成しなきゃいけないんだって勝手に思い込んでた。別にゴスペルを使って片がつくならそれでいいんだよな」

 

 学生の身分はただのカモフラージュだ。もしも不要なら、ここをやめて配置換えをしてもらうのもありかも知れない。なんならそのオリジナルのあるとこに配属してもらえば、一日中調べることも出来るだろうが、流石にそんな重要拠点には入れてくれないだろうか……

 

「そのオリジナルの見学許可が下りたそうよ」

「え、もう? てっきり時間がかかるんだと思ってた」

「それが先方にあなたの話をしたら、すぐにでも来てちょうだいってお達しだったそうよ。昨晩、それを伝えに宿舎に行ったんだけど、あなたはもう寝ていたようだから」

「女子の相手で疲れてたもんで……ってか、そっちの方は好意的だな。なんでだろう?」

「さあ? とにかく話は伝えたわ。昨日、私たちをここに連れてきてくれた、あやめって教官がいたでしょう。また彼女が案内してくれるから、すぐ向かってちょうだい」

「わかった。そんじゃ一緒に行こうぜ」

 

 するとジャンヌは首を振って、

 

「私は行かないわよ。どうせ行っても何もわからないもの。ここにいる間は、教練を手伝ってって言われてるから、そっちに出るつもり。あなたのことはちゃんと教官に言って欠席扱いにしとくから心配しないで」

「そうか。それじゃあ、よろしく頼むわ」

 

 鳳がトレーを持って席を立つと、彼の様子を窺っていた周囲の女子たちが一斉に目を逸らした。どうやら、また要らぬ注目を浴びていたらしい。確かジャンヌはマダガスカルの英雄だから、この学校に限らずどこにいっても有名なのだ。

 

 その有名人と落書きが一緒に昼食を取っている姿はさぞかし目立ったことだろう。鳳はまた瑠璃信の攻撃が激しくならなければいいのだがと思いつつ、食堂もとい、お嬢様たちが優雅にランチするカフェテリアから出ていった。

 

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