得体の知れないお嬢様空間と化したカフェテリアから脱出して、ジャンヌに言われた通りに教官室へ向かうと、ひっそりとした教官室の廊下の途中で琥珀を見掛けた。
彼女もジャンヌと同じく、アシスタントとして働いているはずだから、きっと仕事中なんだろうと思い、軽く会釈して通り過ぎようとしたら、彼女の方も「どうも」と会釈し返してから鳳の後にくっついてきた。
ここで偶然会っただけのはずなのに、どうしてついてくるんだろう? と思ったら、
「僕も隊長にゴスペルを見に行くよう言われたんで」
「え、そうなの? ジャンヌはそんなこと言ってなかったけど……なんで?」
「はあ、まあ、色々ありまして……」
「ふーん。瑠璃たちは一緒じゃないの? あいつらも一緒だと煩くてかなわないから、ご遠慮願いたいんだけど……ああ、彼女じゃなくて、彼女の信者の方々がね?」
「瑠璃ならその信……ファンの子達を教練でシゴイてやるんだって張り切ってましたよ」
「そっかそっか。今度、足腰立たなくなるまでシゴイてくれと伝えておいて。俺の被害が減るから」
そんな会話を交わしながら教官室の扉を叩くと、すぐにあやめ教官が現れ、車のキーを指先で回しながらついて来いと言う彼女の後に続いて、また昨日の装甲車に乗せられ校門から外に出る。
てっきり、オリジナル・ゴスペルもこの訓練校のある軍事基地にあるのだと思っていたが、どうやらここから少し離れた山の上にあるらしかった。曲がりくねった山道を軽快に走りつつ、峠から基地を見下ろしながら教官がその理由を教えてくれた。
「見ての通り、基地は水棲魔族の上陸を阻止するために、海に面しているでしょう。だから魔族の侵攻が始まれば激戦になる可能性が高く、肝心な時にゴスペルが使えないと意味がないから、こうして山の上の研究施設に保管しているんです。あと、ドミニオン以外は基地に入っちゃいけないルールなので、アルバイトの方が通えるようにって意味もあります」
「アルバイト? バイトなんて居るんですか? ここに?」
「ええ」
「でも、ここって人里離れた基地の街ですよね? 一般人は住んでいないはずなのに、アルバイトって何をやるんですか?」
「まあ、それはもうすぐ着きますから、行ってみれば分かりますよ」
「はあ……」
説明しづらいのか、それとも話したくない理由でもあるんだろうか。首をひねっていると、また昨日みたいにミラー越しに教官が話しかけてきた。
「今日は編入初日でしたが、どうですか。講義にはついていけそうですか」
「ああ、はい。講義は結構面白くて問題ないんですけど、なんというか俺は常識が足りないから、ボロが出ないかちょっと心配ですね」
「もし、分からないことがあったら遠慮せず何でも聞いてください。ウリエル様からもそう言い付けられていますので」
教官は何か察しているかのような口ぶりでそう言った。鳳がまともじゃないことにはもう気づいてると言いたいのだろう。下手に突っ込まれるより、そうやって距離を測ってくれるのはありがたかった。まさか違う世界からやって来たなんてことは言いづらいから、その辺のことはボヤかしつつ、せっかくなので質問をしてみる。
「それじゃあ、ケアンズの情勢についてもう少し詳しく教えてもらえます? 講義で、メラネシアから撤退して、最前線はダーウィンからここまで下がっているって聞きましたが、具体的にどうしてそんな状況になっちゃったんでしょうか」
「そうですね。では、かなり過去に遡りますが……およそ300年ほど前までニューギニア島は、人類が支配していました。しかし、そのころインドネシアにいた水棲魔族が勢力を伸ばしてくると、低地の熱帯雨林で戦うのは分が悪くなって、人類は魔族が登ってこれない高地へと撤退します。
それから長い間、人類はオーストラリア北部を守りながら、魔族とニューギニア島を分け合っていたのですが……それが16年ほど前から、ちょくちょく水棲魔族が高地に現れるようになって、あっという間に押し返せないほど高所に適応した個体が増えてきてしまったんです。
神域はその事態に際し、ゴスペル・サンダルフォンの使用を決定したのですが、これが不発……更にはバックアップのためダーウィンに配備してあったメタトロンまで不発に終わって、人類はその動揺を突かれて、水棲魔族のオーストラリア侵入を許してしまいます。
ドミニオンは一時的にここケアンズに本拠を移し、反撃の機会を窺っていたのですが……ところがそんな最中に、プロテスタントによる神域襲撃が起こってしまい、我々人類は魔族を押し返す力を失ってしまったのです」
それは以前に、アズラエルから聞いていた話と大体同じだった。そしてその時も思ったことだが、ゴスペルが不発に終わったのは、鳳たちアナザーヘブン世界が刈り取りに抵抗した結果だろう。もちろんそれを後悔しているわけじゃないが……気になるのはその後のことだ。人類はそれからどうしたのだろうか。
「神を失ってしまったドミニオンは、それでもなんとかオーストラリア北部に侵入した水棲魔族を撃退しようと、この地に踏みとどまり続けました。その間、水棲魔族は乾いた大陸性気候を嫌って北西部には向かわず、ニューギニア島、ニューカレドニア島を根城に、珊瑚海全域にその勢力を伸ばしました。
地図を見れば分かりますが、ここケアンズは珊瑚海の丁度ど真ん中にあり、水棲魔族からすればかなり目障りなのでしょう。そのため奴らは機会を窺っては、度々この地へ上陸を仕掛けてきて、その都度、我々は全力でそれを迎撃し続けてきました。
もちろん無傷とはいきませんでした。ここで防衛線を張り続けた16年の間に、我々ドミニオンは多くの命を失い、一般から募集した兵士たちもまた散っていきました。多くの犠牲を払いながら、それなのに我々ドミニオンは未だに前線を押し返すことも出来ず、ニューギニア奪還の目処も立っておりません。
そんなドミニオンに対し一般市民の風当たりも強く、昨今の世論は前線をブリスベンまで下げろという主張が強くなってきました。反政府組織などは露骨にデモを繰り返し、それに同調する人も跡を絶ちません。実を言うと、我々もそれは理に適っていると思っています。
実は、熱帯に棲息する水棲魔族は、乾燥に弱いだけではなく、寒さにも弱い特徴があります。だから、前線を南に下げれば下げるほど、人類は魔族に対して有利に戦えるのは事実なのです。きっと前線をブリスベンまで下げれば、水棲魔族はそれ以上南下してこない可能性は高いのです。
ですが、こっちにも引けない理由があるんですよ。なんだかわかりますか?」
教官はバックミラー越しに熱い視線を送ってくる。その迫力に押されて、鳳は正直にわからないと言いたくないと思いながらも、
「えーっと……わかりません」
「プライドです」
鳳のその言葉を待っていたかのように、教官が即答した。
「前線を下げれば確かに被害は減らせるでしょう。恐らく、水棲魔族も不利な南部までは我々を追いかけてこないと予想もされます。ですが、はっきりいってそれがいつまで持つかはわからないんですよ。
ニューギニア島でも、高地で暮らしていた人たちは、まさか自分たちが魔族に追い出される日が来るなんて思っていなかったでしょう。ブリスベンまで撤退しても、暫くの間は魔族の恐怖からは逃れられるでしょうが、いずれ奴らは南部の気候にも適応してきます。魔族は進化する生き物ですから。
そうなった時、魔族に怯えてオーストラリアの半分を手放してしまった人類が、果たして奴らと戦えるでしょうか。きっとそれだけの力も気概も残ってはいないでしょう。綺麗事でもなんでも無くて、人間が生きていくにはプライドが必要なんですよ」
教官はそこまで一息に喋ると、ふーっと溜息をつくように一拍置いて、
「願わくば、あなたがた戦術科のうちの誰かが、この状況を覆すだけの実力を手にしてくれれば嬉しいのですけど……期待してもいいでしょうか」
まあ、正にそれをミカエルに依頼されたわけだが……鳳はそんな教官の言葉に何も言い返すことが出来ず、ただ黙って車窓から海を眺めていた。
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ゴスペルが保管されているという山の上の軍事施設は、通信基地も兼ねているのか、やたらとアンテナがにょきにょき生えていて、なんと言うか悪の組織の秘密基地みたいなところだった。
山には他に目につく建物はなかったから、多分、麓から職員が通ってくるのだろう。衛兵が常駐しているゲートを潜ると、その先はやたら広大な駐車場に続いていて、少なく見積もっても200台からの自動車が整然と駐車している様はある意味壮観だった。来客スペースに車を止めて琥珀とともに車から降りると、傍に数台のバスが止まっていたから、通っている職員はみんな自家用車通勤というわけでもないのだろう。すると一体、この施設にはどれくらいの人間がいるのだろうか。
やたら大きいのに明かり取りの窓すら殆どついていない、石棺みたいな建物に入ると、内部はとてもヒンヤリしていた。空調が効いていると言うよりも、断熱が効いているというのが正解だろう。見上げれば鉄骨の梁がむき出しの天井には、ところどころにスポットライトのような証明がぶら下がっており、軍事施設というよりもテレビ局のスタジオにでも迷い込んでしまったような気分になった。
そんなだだっ広いロビーの隅にはこぢんまりとした受付スペースがあって、警備員が座っているカウンターの周りを、また別の警備員が武器を手にうろついていた。それだけを見てもここが重要な施設だということがわかる。
教官がアポイントがあることを告げると、受付は黙って内線を取り上げ、バカ丁寧な言葉で二言三言交わしたっきりだんまりを決め込んでしまい、本当にここで待っててもいいのだろうかと不安になってきた時、その受付の脇の自動ドアから、ややテンション高めな白衣の女性が出てきた。
「やあやあ、あなたが新型の開発者か! よく来てくれた! よくやってくれた!!」
女性は奥から出てきてきょろきょろ来客者の顔を見比べてから、鳳の顔をロックオンすると、いきなりガシーっとその手を握りしめブンブン振り回した。あまりにも熱烈な歓迎っぷりに驚いていると、同じくそれを横目で見ていた教官が控えめに言った。
「あの……今回は無理なお願いを聞いてくれてありがとうございます。一応、説明しておきますが、こちらの訓練生は……」
「ああ、もちろん知ってるとも。実は私の方にもウリエル様から連絡があって、よろしくって頼まれたんだよ」
「あ、そうでしたか。だからこんなにすぐにオリジナルの見学が許可されたんですね」
「そうそう! そんなことより、このあいだ新たな概念を取り入れたレプリカの新型が、神域から届いたんだよ。なんでもマダガスカルでベヒモスを撃退した部隊のアイディアを取り入れたそうなんだけど、これが本当に画期的でさ? 今までは干渉しあっていたレプリカの攻撃を、新型は打ち消すどころか逆に増幅できるようになってて、理論上、いくらでも火力が上がるから何なら魔王すらも一撃で倒せるくらいすごい威力が出るようになったんだ。こんな面白いおもちゃ、遊ばない手はないじゃない? だから、それが届いた3日前から徹夜でいじり倒してたんだけど、そしたらそいつを作った奴が来るっていうじゃないか。そりゃもう、会うしかないよ会うしか。君……君は何をどうやったらこんな面白いの思いついたんだ、後で色々聞かせてくれ」
白衣の女性は鳳の上半身がブレるほど、ブンブン両手を振り回す。その勢いには気圧されたが、歓迎されないよりはマシだと甘んじて暴力を受け入れる。
女性の話を聞いてる限りだと、どうやら鳳がミカエルにオーダーしたゴスペル・レプリカのカスタマイズ品が、新型としてこの基地にも届いていたらしい。
鳳は、今まではバラバラだった光弾の威力を、段階的にあげられるような仕組みを取り入れれば干渉を防げるんじゃないかと提案したのだが、それが規格として新たに導入されたのだ。
更にはそれをこの基地に送る際に、ウリエルが鳳のことを相当盛って紹介してくれたらしく、お陰で女性は鳳が彼女と同程度の知識を持った研究員だと考え、こうして大歓迎してくれているというわけである。鳳はボロが出ないうちにさっさとオリジナルを見せてもらった方がいいと思い、
「お会いできて光栄です。俺は別に開発者ってわけじゃなくて、ミカエルに……ミカ……ミカ、エル、様、に、お願いして作ってもらっただけなんですけど」
「ミカエル様に直接だって!? 凄い! 是非、その時の話を聞かせてよ!」
「あー、えーと、はあ……でも長くなりそうだからその前に、オリジナルゴスペルの方を見せてもらえませんか? そのつもりで今日は来たんで」
女性はぽんと手を叩くと、
「そうだったそうだった。あなたの目的はオリジナルの見学だったね。新型を作ったその調子で、オリジナルの方もなんとかしてくれると嬉しいよ」
「はあ、まあ、もしも期待に応えられたらいいですね」
鳳が愛想笑いを返すと、白衣の女性はニコニコしながら思い出したように琥珀の方へ向き直り、
「そのつもりで武田くんにも来てもらったんだ。それじゃあ、早速、ゴスペルのとこまで案内するよ。三人ともついてきたまえ!」
彼女はそう言うと颯爽と白衣を翻し、やって来た自動ドアへとまたつかつか突き進んでいってしまった。なんと言うか、話を聞かないタイプの人である。鳳たちはお互いに顔を見合わせると、扉が閉まってしまう前に、急いで彼女の後を追った。
道すがら、彼女は自己紹介がまだだったと切り出し、また一方的に話を始めた。彼女の名前は神楽やよいと言って、生まれはドミニオンではなく、神域の意向をドミニオンに伝える
本来であればレプリカの構造は機密だから、人間が触るなんてことは以ての外だったのだが、16年前の神の不在後、多くの
元々機械いじりが好きだったやよいは、レプリカを好きに弄れるようになると、これ幸いとリバースエンジニアリングをし、気がつけばゴスペル研究の第一人者になっていた。よくミカエルに目をつけられなかったなと呆れたが、彼女いわく、バレなきゃ良いのだと言うことらしい。きっと神が居た頃ならとっくに再生処理を受けていたはずである。
そんな彼女の後を追って館内を進むと、やがて狭い通路からだだっ広い大きな空間へと辿り着いた。
小中学校の体育館くらいのスペースのど真ん中には、ブリッジのように通路がまっすぐ伸びていて、鳳たちは手すりにつかまりながらその上を歩いた。
左右には所狭しとデッキチェアみたいな長椅子が並び、その上に寝そべるように人が座っているのが見える。全部で500人は居るんじゃなかろうか。本当に一つの学校規模であるが……
そんな大勢の人たちが何をしているんだろう? とよく見てみれば、長椅子の間を忙しなく歩き回る白衣の人が、時折、なにやら注射を打っているのが見えた。まるで野戦病院に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えたが、そんなわけもないだろうし、あれは一体何なんだと先を行くやよいに尋ねようとした時、タイミングよく彼女の方から声がかかった。
「あれがオリジナル・ゴスペル。メタトロンとサンダルフォンだ」
そう言って彼女が指差す先を見れば、ブリッジの辺りにはガラス張りの司令室のような小部屋があって、その中央上部に二丁の巨大なライフルのような物体が見えた。その周りには数十人の白衣の女性たちが、コンピューターの画面に鼻をぶつけそうなくらい顔を近づけて、せっせと何か作業をしている。きっとオペレーターなんだろう。
鳳はゴスペルの前まで歩み出ると、ぽかんと口を半開きにしながら言った。
「これが……ですか?」
「そう。これを見て。君はどう思うかい?」
「どうって……まいったな。まるで玩具みたいだ」
鳳がそんな感想を漏らすと、やよいは自分も同感だと言ってケタケタと笑った。部屋に詰めているオペレーターたちが、不謹慎なものを見るような目つきで、じっと手元の端末を見つめている。鳳は下手なことは言わないように口を閉ざした。
オリジナル・ゴスペルの二丁はライフルと言えば聞こえが良いが、ぶっちゃけガンダムにでも出てきそうなビームライフルのような見た目をしていた。二丁の形状は全く同じで、白と赤を基調としたちょっとガンダムカラーっぽい方がメタトロン、黒をベースに赤いラインの走るシックなデザインの方がサンダルフォンとのことだった。
「知ってると思うけど、メタトロンはかつてルシフェルの最高傑作と呼ばれたゴスペルで、サンダルフォンはそのコピーなんだ。両方とも、オリジナルの中では最も広範囲を掃射することが出来る、広域戦略兵器だった。
元々ルシフェルはオーストラリア大陸に侵入してきた魔族への最後の切り札のつもりでこれを制作したらしいので、その範囲は大陸全域をカバーすると思って欲しい。これらのゴスペルには、予め内部に蓄えられたエネルギーを放出し広い範囲を面制圧する、デウスエクスマキナ・モードというのがあるんだけど、16年ほど前、ニューギニアの水棲魔族を駆逐するためにサンダルフォンが使用された際、それが不発したんだ。
悪いことは続くもので、続くダーウィン撤退戦で使用されたメタトロンも不発。同じ頃にマダガスカルでベヒモス相手にアスクレピオスが効かなかったこともあって、オリジナル・ゴスペルの限界説が唱えられたんだけど、真相はいまも不明さ」
真相も何も、それは鳳たちのせいだろう。もちろんそんなこと言っても仕方ないから黙っていると、やよいは鳳の後ろにいた琥珀に向かって、突然、そのオリジナルを手にとるように言い出した。
「武田くん。それじゃお願いできるかな」
「わかりました」
琥珀は鳳の横を通って前に出ると、壁にかけられていたゴスペル・サンダルフォンを手にとった。玩具のような見た目をしているが巨大なそれは、実際に琥珀の身長よりも大きくて、それを担いだ彼女の足はふらついていた。
そんな巨大な銃を、彼女は重量挙げのバーベルみたいに両手で持ち上げながら、顔を真っ赤にしてうんうん唸っている。それは重さに耐えきれなくてというよりは、何か儀式めいているような気がして、鳳は首を傾げながら隣に佇むやよいに尋ねた。
「これ、何をやってるんですか?」
「もちろん極秘なんだけど、まあいいや……オリジナルにはイマジナリーエンジンというコアがあって、それはゴスペル不発後も稼働をし続けて、現在もエネルギーを要求し続けているんだ。イマジナリーエンジンに供給されるエネルギーが不足すると、暴走して何が起こるかわからないと言われていて、ゴスペル自体が壊れるのを避けられないのはもちろん、最悪の場合、大陸ごと人類を吹き飛ばしてしまう可能性も否定できないんだ。
そんな馬鹿なと思うかも知れないけど、よく考えて欲しい。何しろ、デウスエクスマキナ・モードでは、メラネシア全域に散らばっている億を超える水棲魔族を狙い撃ちして掃討しようとしていたんだからね。だから我々は、今もゴスペルが暴走しないようにエネルギーを注ぎ続けているってわけ」
「エネルギーを……? どうやって?」
「今、ここに来る途中の広間を見ただろう?」
「はあ……」
鳳は最初その意味が分からなかった。だが、次の瞬間、彼女が何を言っているのか、その意味を理解すると同時に、背筋が凍りつくような衝撃を受けた。
「ゴスペルに供給されるエネルギーってのは、人間の精神エネルギーなんだ。何故かわからないけど、我々人類の脳にはそれを生み出す力がある。そのエネルギーを使って、レプリカは肉体を強化したり、様々な超常現象を作り出したりしているわけだけど、その構造はオリジナルも同じなんだよ。
当たり前だよね。オリジナルを手本にレプリカを作り出したのだから。
でだ。あそこで寝ているたくさんのアルバイトは、そのエネルギーを補充するために協力してくれてるわけさ。精神エネルギーを生み出すには、脳が活性化されているほど効率がいいから、薬物を投与してその力を増幅している……要するに、モルヒネを打ってトランス状態になるほうがいいから、そうしているんだけど、でもそんなのいつまでも続けてはいられないじゃない?
薬物の過剰摂取は確実に人の体を蝕んでいく。そして我々の人口もどんどん減っていく。今は薬物依存症の患者や、末期がん患者の人たちに協力してもらってなんとかなってるけど、今後どうなるかはわからない。だから、一日も早くデウスエクスマキナ・モードを解除したくて、武田くんにお願いしてるんだよ」
鳳は頭を抱えた。阿片中毒になりかけた自分が言えることじゃないかも知れないが、現在の人類の追い詰められ方は流石にちょっと度を越している。きっと薬物の投与を受けているアルバイトの中には、どうせ人類が助からないと思って悲観的に協力している者も多いだろう。そしてそれは今後増えていくはずだ。
それについても頭が痛かったが、もう一つ気になったのは、
「……どうして琥珀に?」
「サンダルフォンの所有者は、前世の武田くんだったんだよ」
「彼女が??」
そう言えば、再生を受ける前の彼女は前世もドミニオンだったのだ。やよいは頷いて、
「知ってると思うけど、ゴスペルは使い手を選ぶ武器なんだ。ゴスペルは、本来の所有者が手に取れば立ちどころに応えてくれるけど、そうじゃなければいくら私が研究者でも絶対に使えない。で、前世でこれを使っていた記録がある武田くんなら、暴走を解除出来るんじゃないかって、こうして試してもらってるんだけど……これが全然駄目でね。あっはっは。
……まあ、無理もないのかも知れない。前世の彼女が最後にこれを使った時、サンダルフォンはデウスエクスマキナ・モードに移行しながらも不発に終わり、彼女はそれに責任を感じて壮絶な最期を遂げたっていうからね」
「壮絶な……最期?」
「そりゃあ目の前に魔王がいたんだもん。あてにしていたゴスペルが使えなくなったらひとたまりもないでしょう。生存者の話では、彼女はゴスペルが使えなくなっても、最後まで諦めずに部隊のみんなを守って戦っていたそうだよ。責任感の強い人だったんだろうねえ」
やよいはしみじみと語った。鳳はそれを聞いて、なんとも言えない気分になった。
刈り取りに抵抗すれば、上位世界で何かまずいことが起きるのはわかっていた。ゴスペル使用者が、魔王と戦っている最中だと言うことも、もちろん理解してたつもりだった……だがこうして、実際にそのせいで死んだという人を見つけて、しかもその相手が自分のよく知る人物だったと知って、彼は自分が本当は何もわかっていなかったのだと痛感した。
もちろん、彼が彼女を殺したわけじゃないのはわかっていた。わかっていながら、自分は悪くないと開き直ることも、彼女に謝罪することも出来ないもどかしさがあった。
「はぁ~……主任さん。今回も駄目そうです。お力になれずすみません」
「そっかそっか。今回はこの人のついでに呼んだだけだし、それに、悪いと言えば研究者を名乗りながらどうすることも出来ない私の方が悪いんだから、あんまり気を落とさないでよ。あっはっは」
やよいは軽い調子でそう言っていたが、落胆の色は隠せていなかった。彼女の背後を見やれば、あの阿片窟のような光景が広がっている。琥珀はそれを見て責任を感じるのだろうか、目を背けるようにくるりと回ると、また元の場所にサンダルフォンを収めようと、重そうにそれを担ぎ上げた。
それがあまりにも重そうだったから、鳳は自然と進み出て彼女に手を貸した。
「ん……あれ?」
ところが、そうしてサンダルフォンに触れた時、彼はふいに妙な違和感を覚えた。
何となく、その内部で渦巻くエネルギーの流れがわかると言うか、それがどこで滞っているのかが分かるような、そんな気がしたのだ。
まさかな? と思いつつ試しに集中してみると、彼はそこにもう一つの違和感があることに気がついた。手にしているサンダルフォンから重さを感じなかったのだ。
琥珀と二人で持ち上げているから、彼女の方にばかり重心が傾いているのかも知れない。その可能性はある。だが、いくらなんでも軽すぎる……
そう思って、琥珀から奪い取るようにそれを受け取った時、彼の脳裏に何か風景のようなものが過ぎった。それはだだっ広い空間に、ひたすら砂嵐のようにエネルギーが渦巻いているようなそんな光景……彼がこの世界へ渡ってくる際に通った、壊れたレオナルドの幻想世界。アリュードカエルマ世界の光景だった。
それを見た瞬間、彼は理解した。
これがあの時起こった刈り取り現象の元凶なのだ。そしてこいつは、もう決して手に入れることの出来ない情報を求めて、今もこうして刈り取りを続けているのだ。
「止めなきゃ」
彼がそう思った瞬間。バチン! っとブレーカーが落ちるような大きな音が轟いて、鳳たちのいた部屋の電気が全て消えた。